日々の恐怖 4月18日 影踏み鬼
学校の側のバス停で最寄り駅までのバスを待っていたときのことだ。
普段は自転車を利用しているが、朝から怪しい雲が垂れ込めていたのでバスにした。
だが予想は外れ雨は降らず、さらにKと遭遇してしまった。
隣でKがべらべらとうるさく何か喋っていたが、いつものことなので聞き流す。
それよりも前方にいる女性のほうが気になっていた。
明らかにイライラとした様子で、何度も繰り返す舌打ちが耳障りだった。
ふと雲間から太陽が顔をのぞかせた時だった。
Kがふいに声を落として呟く。
「 あ~、あ~、うん、良くない、これはいかん。」
脳内に誰か住んでるんだなと思っていると、おもむろに女性の背後に忍び寄った。
「 ○○さんの影、踏~んだ!」
女性がぎょっと振り返る。
Kは嘘くさい棒読みで、
「 子供心に戻るのって大切だよね!」
と言うと、何事もなかったように僕のほうへ戻ってくる。
顔を背けてみたが、確かに彼女の不信なものを見る目つきの先には僕も含まれていた。
ほどなくしてバスがやってくると、女の人は車内に知人を見つけたのか甲高い声を上げて乗り込んだ。
相手方が、○○さんと声を掛けていたのが聞こえた。
僕達は、○○さんから離れた場所に座った。
「 あの人と知り合いかなんか?」
Kはニヤリと笑う。
「 時々乗り合わせるんだよね、美人じゃん?」
ストーカーだった。
「 影踏みには魔を解き放つって意味があるんだよ。
なんつか、あの人の影は淀んでて不安定だっただろ。
美人を放って置く訳にはいかんよ男として。」
僕には、あの人の影がKが言うようには見えなかった。
だが、言われると影を踏む前と踏んだ後ではガラリと纏う空気が変わった気がした・・・、ような気がするようなしないような・・・。
「 なんつか、隠してても出る、体調悪いとか元気ないとか。
そういうヤツの影を、名前を呼んで踏んでやんの。」
Kはそう言った。
「 ちゃんと名前を呼んで相手が気付くように踏むのが重要なんだ。
影は、体とは同じで違うもう一人の自分だから。
自分が踏まれたことを認識させるんだよ、自分が意識していないとしても。
俺の影は、くっきりぱっきりして実に綺麗っしょ!」
Kの影なんて見ようとして見たことなんてないが、うっとうしいぐらい元気だからKの方式で行くと、そういうことになるんだろう。
「 あんま、むやみやたらと人前に影を晒さんほうがいいよ。」
そうも言ったが、それでは闇に生きるしかない。
僕は生まれたときから昼の人間だ。
ふと思いついてKに聞いた。
「 それじゃKは永遠に鬼なんだな。」
ヤツは答えた。
「 そうだよ。」
Kの影踏みの話を聞き流しているうちに駅に着いた。
○○さんとその知り合いらしい人が賑やかに降りていく。
「 お前の影はぼんやりしていて実に薄い。
たまに登校してても気がつかないときあるしな。
俺様が踏んでやろう。
Sの影踏~んだ!
はい、確かにこれこのように踏みました。」
そう言ってKは僕の影をぐりぐりと踏んづけた。
あれだけ出ていてた太陽が引っ込んですぐさま雨が降り出した。
魔を解き放つということが実際あるのかどうか解らない。
だがK自身にそんな力はなかっただろうと思っている。
それは、確信に近い。
理由は自分が心底ヘコむだけなので話したくない。
別れしなにKが付け加えた言葉がある。
「 影を踏むのにはまだ理由があるんだけど、Sはやらんほうがいいなァ・・。」
あれが何だったのかは解らないままだ。
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