大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 4月23日 椅子

2013-04-23 18:42:03 | B,日々の恐怖







    日々の恐怖 4月23日 椅子







 Kさんが高校受験を間近に控えた冬のことです。
元気だった祖父が、腹部の痛みを訴え入院しました。
検査の結果肝臓ガンで、もう手の施しようが無い末期だった。
 3月末に無事受験と卒業式を終え中学校最後の春休みを過ごしていた頃、日に日に痩せ細りゆく祖父に身内が交代で側につく毎日が続いていた。
その週は多忙だった父と姉が体調を崩したため時間に余裕のあったKさんが、仕事帰りに父が迎えに来るまで祖父の側に付くことになっていた。
 Kさんが病室にいると、不意に祖父から声を掛けられた。

「 ○○。」
「 ん、なに、じいちゃん?」

時刻は、消灯時間を過ぎた午後9時だ。
 その日は、父からは遅くなる旨を告げられていた。
椅子に座り本を読んでいたKさんの方に首を傾け、こちらを見る祖父と目が合う

「 ○○、椅子。」
「 椅子・・・?」

祖父はもう自力では寝返りさえ困難になっており椅子など不用の筈で、その言葉に違和感を覚えた。

「 椅子出して。」
「 椅子って?」
「 △△が来てるじゃないか。」

よく見れば祖父の視線は、KさんではなくKさんの後ろの入り口を見ていた。
一瞬の間があり、全身が総毛立ち言い知れない不安に押し包まれる。
 祖父が名前を呼んだ実兄の△△さんは1週間前に脳溢血で既に急逝しており、その葬儀等の慌しさの中、祖父に言うかどうかの話し合いが持たれ、結果、祖父には知らせずにおこうと言うことになっていた。

「 椅子出して。」

投与される鎮痛剤で幻覚でも見ているのだと自分に言い聞かせるものの、薄気味悪さで一杯になりながら空いてるスペースに椅子を差し出した。

「 ん・・・・。」

と、一言言ったきり何も話さず空間を見つめ続ける祖父。
 自分の直ぐ隣には、主のいない椅子が置かれてる状況である。
沈黙が支配する個室でアナログ時計の音だけが静かに響き、時間が異常に長く感じられた。

「 ○○。」

5分程経った頃に、不意に祖父が沈黙を破った。

「 △△が、帰るそうだ。」
「 あ、ああ・・・、送って行くよ。」

何故、そんな応え方をしたか分からない。
ただ部屋から出たい一心で、傍らの椅子を素早く片付け個室を出た。
 暗く沈んだ無人の廊下を自分の履くスリッパの音を聞きながら、ナースセンターの前を横切り、小さい明かりのついた薄暗いホールで閉じられたエレベーターの扉に向かって何故か会釈をした。
 それで、相当気分も滅入っていたけれど、突っ立っている訳にも行かず祖父の個室へ戻った。
そして、病室に戻るなり全ての電気を点け、すっかり室温と同化した温めの飲み物を喉に流し込み、父が来るまでに何とか気でも紛らわそうとテレビに手を伸ばしたときだった。
 病室から出るときに目を閉じていた祖父が、またこちらを見ているのに気がついた。 

「 なに?」
「 ○○、△△を送ってあげなきゃ駄目じゃないか。」

 後日、この話を母に告げたところ、容態が悪化して母が病室に泊まりこんだときは毎日のように来客があったそうです。
















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