<5月の鑑賞予定映画>
ここ数年を振り返ると、自分自身にとって、2つ転換期があったなと感じます。
1つは、理恵先生に出会ったこと。
もう一つは、ある先生に言われた言葉です。
それは、娘が小2の時の担任、S先生。
この先生と、私たち親子は、まったく合いませんでした。
事の発端は、2年生に進級してまもない4月のこと。
娘が私にこんな質問を。娘:「私の絵はだめな絵なの?」
総合の時間で、週末家族で過ごした様子を絵に描く・・・ということで
みんな思い思いの絵を描いたのですが、S先生、娘の絵を見て、クラス中に
響き渡る声で、「こんなマンガみたいな絵を描いちゃだめじゃないのっ!」
と一喝したそうです。
~どうして私だけ?ほかの子も描いてるのに?なんで?
図工の時間でもないのに、どうして?~
娘の頭の中はクエスチョンだらけ。先生に反論なんて小2ではできません。
「なんでなんで?」の思いだけ頭が駆け巡り、娘は泣いてしまいました。
S先生、更にとどめの一言。
「そんなことぐらいで、泣くんじゃないわよ。親の顔が見てみたいわ」
その日帰宅した娘。泣きながら最初に書いた言葉を話したのです・・・・。
当然、私はカチンときました。
なぜダメなのか理由を述べていないのに。いきなりの否定。
さらに、親まで否定する言動にどうにもこうにも腹の虫がおさまりませんでした。
数日後、家庭訪問だったので、このことについて先生に問いました。
S先生:「2年生になれば写実的な絵も描かなければなりません。
そういう意味も込めて、注意したんです」
NAO:「だったら、そういう描写をしている子全員にいえばいいじゃないですか」
S先生:「Rさんをとおして、みんなが気づけばいいと思ったんです」
NAO:「は?うちの娘は槍玉ですか?冗談じゃない。言われた本人は
先生に言われて凹んでるんですよ。注意するのは構いませんが
なぜ、それがダメなのか理由を述べないのは、
配慮不足と思いませんか」
で、この後、今でも忘れない言葉を言われました。
S先生:「おかあさん、人間、なにか言われたら、“なによ!”と思い
そこから進まずに終わるか、“なら、そこから頑張ろう”とプラスに
考えるかで、人間の器は決まるのです。
私の発言で、Rさんが泣いたことは謝りますが、私が言った事は
間違っていません!」
この先生、言ってることが、すっごく矛盾しています。
結局、認めていないじゃない・・・、決裂した家庭訪問でした。
でもこの時、赤文字の言葉が、ものすごく私の心にひっかかったんです。
さぁ、そこから私と娘はとことん話し合いました。
プライドの高い私なので、「あんな先生に言われっぱなしでたまるか!」
という思いが強かったんです。
先生がとりあえず、謝ってくれたこと。
図工以外での授業で絵を描くときも、これからは写実的な絵を描いていかないと
ダメなんだ、ということを娘には素直に話しました。
あと、何か言われても、ぺしゃんこになる前に、私に話す。
雑草のように踏まれても強くなろう、と親子で話し合いました。
この先生、とにかく私ら親子にはきつかった。
娘は、このころ自分が出来ない!と思い込んでしまうとパニックになり
泣いてしまう傾向があったので、秋の個人面談の時に
S先生:「未だに泣くので、ご家庭で一体どんな教育されてるんだろう?
と電話しようと思ってたとこだったんですよ」
なんて、とんでもないことも言われました。
なぜ、そういう風になってしまうのか、子どもの立場になって考えようという
のが微塵も感じられませんでした。
この1年は楽しくない年でしたが、こんな先生のおかげで、
娘との意思疎通は図れるようになりました。
3月の学年末で、通信表の所絢爛に
「いろいろありましたが、泣く回数も少しずつ減りました。
勉強のほうも、努力のあとが見られました。
3年生もその調子でがんばってください」
という文面を見たときは、「やったね」とガッツポーズでした。
この先生のやり方には、今でも納得していませんが、少なくと親子で
メンタル部分は鍛えられました。そういう意味では、この先生に感謝ですね。
↑の言葉は、困難なことに出くわしたときに、今でも思い出して
自分に刷り込ませています。
でも、2度とお会いしたくない先生です。