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ミンガラ春庭「さらにドタバタヤンゴン生活」

2015-12-02 00:00:01 | エッセイ、コラム
ミンガラ春庭ミャンマー便り>ヤンゴン暮らし11月12月(2)さらにドタバタヤンゴン生活

 ヤンゴン到着後、もドタバタが続きます。 

・11月28日(土)
 今回も、教育省の外国人教員宿舎に入居するまでは、大学近くのマジェスティホテルに数日間泊まります。ボスはずっとホテル暮らし。下っ端の私は、見てくれはきれいだけれど、問題アリアリの宿舎住まいです。

 ホテルの部屋、今回は3階。
 フロントまで降りようとして、階段をすべり、したたかお尻をうちました。お尻の肉布団のおかげで、打ち身程度ですんだとおもうのだけれど。奥さんがタイガーバームのような塗り薬を持ってきてくれたので、すり込んでおいた。ミャンマーの伝統薬、効くといいのだけれど。

 ボスとタクシーで大学へ。土曜日なので文学部校舎の入り口が開いているかどうかわからなかった。出入り口は鍵がはずしてありました。でも、12月1日の新学期開始前だから、トイレへ通じる廊下が閉鎖されており、水を汲みにいくこともできない。

 2か月間閉鎖していた事務室。部屋の中は砂ぼこりとカビ。
 箒でボスの事務室と私の事務室を掃く。なんでこういう掃きづらい作り方をする箒なんだろうと、掃除するたびに思う。ミャンマーの人たちにとっては、こういうのが掃きやすいのかもしれないけれど。
 洗面器を持って、カンティーン(大学食堂エリア)へ行き、水まきをしていたウェイターにたのんで、ホースの先から水をもらう。ほこりだらけの机やカビがついている椅子を拭く。
 水が不自由なので、十分なことはできないけれど、今のところ、しかたなし。

 ボスは昔の教え子ふたりが今はえらくなって尋ねてきて、いっしょにランチに出て行きました。現在ミャンマーで活躍している方々なので、いろいろなミャンマー情報を交換できるとのこと。
 
 新学期開始前の土曜日だから、校舎内には、掃除係の人のほかは学生もいない。トイレにいきたくなったらどうしようか、カンティーンのトイレ、借りられるかなと思い、外にでようとして出入り口のジャバラ式のシャッターを開けようとしたけれど、開きませんでした。あらら、、、、私、外に出られないのか。閉じ込められたのか。ボスがランチから帰ってこなかったらどうしよう。不安はつのる。
 パニック状態で時計を見たら6時過ぎ。あらら、ボスはランチから直接ホテルに帰ったのかも。私はこのまま大学事務室で一晩過ごすことになるのだろうか。
 あせった私は、東京の派遣元大学への「ヤンゴン到着メール」に、新学期開始前の土曜日に事務室清掃に来たら、校舎から外に出られない状態になってしまい、ボスの帰りを待っています。という内容。

 そこから大騒動が始まりました。「ヤンゴンで校舎に閉じ込められて出られなくなってしまった先生を救出せよ」という指令メールが東京からヤンゴンに発せられ、鍵を持っていそうな人に次々メールが転送され、何人もの人を巻き込んでの騒ぎになりました。
 ボスがランチを終えて帰ってきて、ふと気づくと時計は4時。東京時間の時計をはめていて、6時過ぎても帰ってこない、と思ってしまったのは、冷静さを失って時計を見てもう夜だと勘違いした私のはやとちりでした。しかも、シャッターは古いゆえひっかかって開かなかっただけで、鍵がかかっていたわけでもなかったのです。

 学科長夫人は頭にカーラーを巻いたまま、鍵を持ってかけつけてくれましたし、鍵を持っている英語科学科長から指令を受けた先生も来る。もう大騒ぎの結果、「鍵がかかっていて閉じ込められた、というのは勘違い」というありさまで、私はオオカミ少年状態。
 もう、恥ずかしいやら申し訳ないやら、ほんとうにどうしましょう、と「穴があったらはいりたい」ヤンゴン初日になりました。
 なんぞコトあらば、大勢の人が動いて助けてくれる、というありがたい環境で仕事しているのだ、ということはよくよくわかりましたが、「コトあらば」が、不安からパニックになった老女の勘違い、では、どうにもおさまりません。

・11月29日(日)
 授業で使用するマイクを買いに行きました。大人数クラスで語学授業を行うのは、日本ではやったことがありません。国費留学生を中心としたエリートクラスの日本語授業で、15人クラスを受け持つと「10人以上のクラスだと、多すぎてやりずらい」と、文句を言っていた、恵まれた日本語授業を展開してきたのです。初日に学生の顔と名前を覚えられるのは、最大20人まで。

 でも、今回日本語入門カナクラスでは、100人までの登録を認めて、最初ふたつに分けてカナ文字を導入し、カナ文字テストの結果上位50名を一クラスにして入門クラスを運営する、という方針を決めました。50人を相手に、どのように授業をしたらカナ文字が定着するのか、試行錯誤です。

 12時に大学カンティーンでオン先生と待ち合わせ。彼女の車でダウンタウンの電気屋街に行き、スピーカー専門店で、ヘッドマイク、手持ちマイク、スピーカーで7万5千チャット(7500円)のセットを購入。
 2時半にホテルまで送ってもらいました。そのあと、3時半まで部屋で休憩。4時半から7時半まで、レーダンのスーパー2軒まわって、とりあえず必要なものを買いました。
 YKKOレストランで、シーフードヌードル(5400チャット)を食べて帰りました。途中、道ばたの店でりんご1個500チャット。コットンズボン3900チャット。今回、テキトーに衣類を詰めたら、パジャマズボンが入ってなかったので。 

・11月30日(月)
 どうやら階段落下おしり滑り込みは、セーフとはいかず、尾てい骨にヒビでも入ったようす。3日たっても、歩くのはなんとかなるけれど、椅子から立ち上がるときにものすごく痛い。ほんとうは病院に行って診てもらうべきでしょうけれど、2008年に足の親指を骨折したとき、レントゲンを撮って「親指の骨、骨折。全治3ヶ月」という診断を受けたあと、湿布薬を貼る程度で、治療と言うほどの治療はしなかった記憶があります。おそらく、今回、病院で診てもらったとしても、数ヶ月間の自己治癒力頼みということになるのでは、と思います。

 だったら、尾てい骨の診察は、できればしたくない。尾てい骨を人様にさらす姿、、、医者でもいやです。私、痔になったことないので、おしりを他人に診られたことないの。
 ネット検索の結果も、尾てい骨骨折は、自己治癒頼み以外に治療法はない、と出ていました。

・歩くとき座るときにはそれほど痛くない。
・立ち上がるとき、非常に痛い。
・あおむけに寝ると痛いので、横向きに寝る。
・尾てい骨あたりを触ってみると、骨が曲がっている。

 そ、そう。その通り。全部あてはまる。

 椅子から立つとき痛いのは、1ヶ月くらいで、激痛から「鈍い痛み」程度に収まってくるそうなので、しばらくは、顔をしかめながら立ち上がることにします。「鈍い痛み」は、半年、場合によっては一生続くのだと。

 11月30日は、新学期前日の準備。ただし、週末などの勤務時間外に出勤しても時間外手当などはない。なぜならこの仕事は「業務委託」という形で行う、いわば「請負仕事」だからです。
 請負仕事は、ひとまとまりの仕事を完了してナンボ。時間外手当などはないけれど、1月に3日間欠勤して日本に一時帰国する場合、3日分の給与は減額するという連絡をうけました。勤務地を離れる、という理由によります。
 11月28日、29日、30日と3日間、無給のボランティア勤務。

 超過勤務には時間外手当なし、欠勤は給与減額。どこのブラック企業だよ。

<つづく>
コメント (8)
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