ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

岩手県陸前高田市、広田町黒崎「黒崎神社のスギ」です!!

2024-11-06 13:00:20 | 巨樹・大木
 広田町黒崎地区は、陸前高田市役所の南東約11kmのところ

 陸前高田市役所の北側の道路を東へ、約200mで丁字路を左(北北東)へ

 約600mの横断歩道のある交差点を右(東南東)へ、高田病院と高田小学校の間の道路です

 道成りに約6.5kmからはアップルロードです、

 道成りに約5.4kmで「⇐黒崎仙峡・県道38号線」の標識に従って左(東)へ

 約1.8kmで「⇐黒崎仙峡・黒崎温泉」のい案内板を左(東南東)へ

 約1kmで道路左手に南南西向きに黒崎神社が鎮座します

 鳥居左手に大きなスギです

 鳥居です

 由緒石碑です
   黒崎神社由緒
     祭神 息氣長帯姫命
 長い文面は殆ど読めませんでした・・・ので、三陸防災復興プロジェクト等のネットの記事を参考に載せておきました
*黒崎神社は、古くから漁師たちの信仰を集めており、海上安全と大漁満足を祈願する人々が多く訪れます。
*黒崎神社は、広田の東端黒崎海岸の中心部にあり、祭神は息氣長帯姫命。旧村社。
 社伝によれば、黒崎神社の創建は、平安時代末期の承安2年(1172)山伏源真により勧請されたといい、元徳2年(1330)現在地に移されたとされる。
 旧社地は南方海辺のそばだつ岩上であったという(宝暦11年「気仙風土草」)。
 「封内風土記」は嘉禄年中(1225~27)の勧請とする。
 明応5年(1496)2月18日、源綱継を大旦那、賢春を願主として「田郷黒崎大明神御宝殿」に本地仏十一面観音の懸仏一面が奉納された。
*広田町黒崎神社式年例大祭は、この黒崎神社がある広田町は8つの地区で構成されており、各地区ごとの祭組から奉納出演目があります。
 その中でも根岬の「梯子虎舞」は、国の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれている市指定無形民俗文化財です。
 長さ約20mのはしごを命綱なしで登り、法領と悪魔退散を祈願して舞う姿は迫力があります、その他にも太鼓や手踊り、子供たちが踊る演目もあり、どれも魅力満載です。

 船玉碑と金毘羅大権現の石碑です

 移転経緯の説明石碑です
   中吉丸漂流記
     金毘羅大権現碑・船玉碑移設の由来
 天保10年(1839)11月15日、小友村から五十集荷物を積んだ中吉丸が、乗組員6人で常州那珂湊(現在の茨城県ひたちなか市)へ出発、航海途中で大風に遭い、漂流35日のすえ小笠原諸島父島に漂着、島の人々の世話を受け、約2ヶ月後の天保11年3月24日に現在の千葉県銚子湊に着くことができたそうです。
 その後、江戸での丸9ヶ月に及ぶ取り調べを受け、天保12年2月5日に全員が帰村いたしました。
 この碑は、漂流中の助命を祈願した船玉様のご加護に感謝し、当時の船頭であった白井三之亟が、広田町天王前の自宅の傍に建立したものです。
 しかし、この船玉碑は平成23年3月11日の大津波により流倒され、歴史上後世に残る貴重な証として、関係者の御協力とご支援により、この地黒崎神社境内の一角に移設絵射たものです。
      平成24年1月 吉日

 東側からスギを見ました

 北側から、樹高約33m、目通り幹囲5.3mの巨木です

 西側から

 南側から見上げました、南側にはスギの根元から水が湧いています

 南側の道路沿いには神池にマツです

 では、黒崎神社にお参りしましょう、参道石段を上がります

 拝殿です

 本殿覆い屋です

 境内東端にはお稲荷様です

 観光案内図です、はす向かいの「黒崎仙峡温泉」で入浴したい所でしたが・・・水曜日は定休日でした

 観光案内図・2⃣の「大船渡の三面椿」へ行きましょう




 2024・10・16・13・30

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