都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
2023年 私が観た展覧会 ベスト10
年末恒例の私的ベスト企画です。2023年に観た展覧会のベスト10をあげてみました。
2023年 私が観た展覧会 ベスト10
1.『恐ろしいほど美しい 幕末土佐の天才絵師 絵金』 あべのハルカス美術館(4/22~6/18)

幕末から明治初期にかけて現在の高知県で活動した絵師、絵金の、実に同県外では半世紀ぶりとなる展覧会でした。絵金を代表する芝居絵屏風や絵馬提灯など約100点が公開された上、高知の夏祭りをイメージした会場構成もあり、まるで同地の「絵金祭り」に出かけているような気分を味わえました。かつて板橋区立美術館や江戸東京博物館での江戸絵画に関する展覧会で数点の絵金の作品を見て以来、心惹かれていた絵師だけに、ようやく回顧展に接することができました。
2.『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ』 アーティゾン美術館(6/3~8/20)

石橋財団のコレクションを中心に、国内外の美術館など約250点の作品により、フランスを中心としたヨーロッパ、およびアメリカ、また日本における抽象絵画の展開をたどる内容でした。このうちアーティゾン美術館における近年の新収蔵作品が95点も公開されていて、カンディンスキーやクレーはもとより、あまり見る機会の少ないドローネーやクプカの優れた作品も鑑賞することができました。あくまでも同館のコレクションに沿った構成のため、例えばロシア・アヴァンギャルドについては割愛されるなど、すべてを網羅しているわけではなかったものの、これほどの大規模な抽象絵画展は国内ではしばらく望めないと思うほどに充実していました。
3.『リニューアルオープン記念特別展 Before/After』 広島市現代美術館(3/18~6/18)

2020年末からの改修工事を終え、今年春に再開館した広島市現代美術館のリニューアル展で、国内外45組のアーティストによる新作を含めた約100点を全館スケールにて公開していました。劣化、変質、修復、原子力、爆発、夢、治癒といったキーワードを「#(ハッシュタグ)」として提示し、展示のテーマを伝えているのも特徴で、16年ぶりの新規購入作品となったシリン・ネシャットの『Land of Dreams』など、政治や社会へ批評的に向き合った作品も少なくなくありませんでした。また改修工事の図面や記録写真をはじめ、SNS投稿された「#ゲンビの工事日記」の画像など、工事のプロセスを紹介する展示も楽しく思えました。
4.『パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ』 国立西洋美術館(10/3~2024/1/28)

パリのポンピドゥーセンターのコレクションから、初来日作品50点以上を含む140点の作品によって構成された、実に国内では半世紀ぶりの大規模なキュビスム展でした。キュビスム以前からピカソ、ブラック、そしてその後の展開へと、まさにキュビスムの通史を極めて粒揃いのコレクションにて追っていて、ロシアにおけるネオ・プリミティヴィスムから立体未来主義、また第一次世界大戦とキュビスムの関係なども作品と資料にて検証していました。単にキュビスムといえども、その運動の諸相は驚くほどに多面的でかつ複層的に連なっていたのかを見て取ることができました。
5.『諏訪敦 眼窩裏の火事』 府中市美術館(12/17~2023/2/26)

緻密で再現性の高い画風で知られる画家、諏訪敦の、公立美術館としては11年ぶりの個展でした。終戦直後の満州で病没した祖母をテーマにした「棄民」をはじめ、コロナ禍の中で取り組んだ静物画、さらに舞踏家の大野一雄を描いた絵画などが紹介されていて、博物館の標本室を思わせる空間から最新作『Mimesis』の掲げられた展示室へと続くドラマチックな構成も魅惑的でした。また人の気高さ、尊厳までが滲み出す作品はもとより、対象へ真摯に向き合いつつ、長い時間をかけてリサーチを重ね、絵画として表していく諏訪の制作のアプローチそのものにも強く心を打たれました。
6.『聖地 南山城-奈良と京都を結ぶ祈りの至宝-』 奈良国立博物館(7/8~9/3)

京都府最南部、奈良市に隣接する南山城に伝わってきた仏教美術を紹介する展覧会で、同地域に伝わる仏像や神像、また絵画や典籍、古文書など約140点の作品と資料が公開されました。古代寺院から密教に由来する山岳寺院の諸像、そして修理を終えた浄瑠璃寺の『九体阿弥陀像』のうち2軀などの仏像の展示がことさら充実していた上、行基への信仰とともに生まれた律宗文化など地域の信仰のあり方も資料などで細かく紹介していていました。この後、『特別展「京都・南山城の仏像」』と名を変え、東京国立博物館でも展示が行われましたが、奈良の方が大変に網羅的な内容で見応えがありました。
7.『佐伯祐三 自画像としての風景』 東京ステーションギャラリー(1/21~4/2)/大阪中之島美術館(4/15~6/25)

大正から昭和にかけて活動し、30歳の若さで世を去った画家、佐伯祐三の東京では18年ぶりの本格的な展覧会でした。大阪から東京、そして2度のパリへと渡ったのち、モランの地を経て亡くなった佐伯の画業を約140点の作品でたどっていただけでなく、これまであまり評価されてこなかった一時帰国時代の作品にも光を当てていて、まさに回顧展の決定版というべき充実した内容でした。また今回、東京と巡回した大阪中之島美術館の双方で展示を見ることができましたが、東京展では会場の都合上、一部作品に展示替えがあったものの、大阪展ではすべての作品が公開されていて、一度により多くの佐伯の絵画を楽しむことができました。
8.『ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画』 太田記念美術館(6/3~7/26)

3歳の時に来日し、64歳にて亡くなるまで日本で暮らした画家、ポール・ジャクレーの新版画に着目した展覧会で、彼の描いた全162点の新版画が首都圏の美術館としては初めて公開されました。いずれもミクロネシアやアジアの人々のすがたを瑞々しく七色に染まるような色彩にて描いていて、戦後に海外でも人気を博したというジャクレーの作品を存分に味わえました。近年、川瀬巴水や橋口五葉、吉田博といった作家による新版画が人気を集め、展覧会も多くの開かれてきましたが、さまざまな国の老若男女が暮らすすがたを描いたジャクレーの作品は、当時の新版画の中でも異彩を放っていて、その独創的な世界に魅了されました。
9.『挑発関係=中平卓馬×森山大道』 神奈川県立近代美術館 葉山館(7/15~9/24)

同じ年に生まれた中平卓馬と森山大道(1938年〜)の活動をたどりながら、ふたりの写真家の関係を出会い、交流、共同作業、相違、交差、反発、共感、畏敬などのさまざまなキーワードにて紹介する展覧会でした。作品は60〜80年代の雑誌や写真集、ヴィンテージ・プリント、さらには映像から2000年代以降の写真などと網羅的で、とりわけ近年、コロナ禍の中、Nこと中平との記憶を蘇らせながら、自宅のある逗子界隈や人々を撮り続けた森山の「Nへの手紙」に胸を打たれました。タイトルに「挑発」とあるように、一筋縄でいかない両者の有りようを丹念に検証する良い展示でした。
10.『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』 東京都美術館(1/26~4/9)

世紀末のウィーンにて活動したエゴン・シーレの画業を、ウィーンのレオポルド美術館の所蔵作品とともに、クリムトやココシュカ、ゲルストルをはじめとする同時代作家たちの作品などからたどっていました。画家の中にある自信や不安定さといった多感な繊細な感性を伺わせる自画像をはじめ、あまり知られていない風景画も紹介されていて、単に写生して描くというよりも、心象を投影するように風景を再構成したり、平面性や装飾性を強調するといった独自のスタイルを見ることもできました。
次点.『葛飾北斎と3つの信濃―小布施・諏訪・松本(後期)』 長野県立美術館(8/3~8/27)

ベスト10以外で特に印象に残った展覧会は以下の通りです。(順不同)
『中﨑透 フィクション・トラベラー』 水戸芸術館(2022/11/5~2023/1/29)
『江戸絵画の華 〈第1部〉若冲と江戸絵画 〈第2部〉京都画壇と江戸琳派』 出光美術館(1/7~2/12、2/21~3/26)
『生誕100年 柚木沙弥郎展』 日本民藝館(1/13~4/2)
『トンコハウス・堤大介の「ONI展」』 PLAY! MUSEUM(1/21~4/2)
『没後190年 木米』 サントリー美術館(2/8~3/26)
『速水御舟展』 茨城県近代美術館(2/21~3/26)
『戸谷成雄 彫刻』 埼玉県立近代美術館(2/25~5/14)
『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』 東京都現代美術館(2022/12/21~2023/5/28)
『椿椿山展 軽妙淡麗な色彩と筆あと』 板橋区立美術館(3/18~4/16)
『東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密』 東京国立近代美術館(3/17~5/14)
『憧憬の地 ブルターニュ —モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷』 国立西洋美術館(3/18~6/11)
『ブルターニュの光と風』 SOMPO美術館(3/25~6/11)
『大阪の日本画』 東京ステーションギャラリー(4/15~6/11)
『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023』 京都市中心部・二条城・両足院・光明院(4/15~5/14)
『マティス展 Henri Matisse: The Path to Color』 東京都美術館(4/27~8/20)
『没後200年 江戸の知の巨星 大田南畝の世界』 たばこと塩の博物館(4/29~6/25)
『小林古径 生誕140周年記念 小林古径と速水御舟—画壇を揺るがした二人の天才—』 山種美術館(5/20~7/17)
『恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造』 上野の森美術館(5/31~7/22)
『若林奮 森のはずれ』 武蔵野美術大学美術館(6/1〜8/13)
『蔡國強 宇宙遊 ―<原初火球>から始まる』 国立新美術館(6/29~8/21)
『三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions』 千葉市美術館(6/10~9/10)
『ガウディとサグラダ・ファミリア展』 東京国立近代美術館(6/13~9/10)
『本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語』 東京都写真美術館(6/16~9/24)
『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』 東京ステーションギャラリー(7/1~8/27)
『スペインのイメージ:版画を通じて写し伝わるすがた』 国立西洋美術館(7/4~9/3)
『発掘された珠玉の名品 少女たち-夢と希望・そのはざまで 星野画廊コレクションより』 京都文化博物館(7/15〜9/10)
『虫めづる日本の人々』 サントリー美術館(7/22~9/18)
『野又穫 Continuum 想像の語彙』 東京オペラシティ アートギャラリー(7/6~9/24)
『テート美術館展 光 —ターナー、印象派から現代へ』 国立新美術館(7/12~10/2)
『デイヴィッド・ホックニー展』 東京都現代美術館(7/15~11/5)
『ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室』 DIC川村記念美術館(7/29~11/5)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond』 六甲山上(8/26~11/23)
『ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン』 アーティゾン美術館(9/9~11/19)
『イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル』 国立新美術館(9/20~12/11)
『東京ビエンナーレ2023(秋会期)』 東京都心北東エリア(9/23~11/5)
『北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023 物質的想像力と物語の縁起―マテリアル、データ、ファンタジー』富山県富山市富岩運河沿いの3エリア(9/15~10/29)
『生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ』 東京国立近代美術館(10/6~12/3)
『やまと絵—受け継がれる王朝の美—』 東京国立博物館(10/11~12/3)
『さいたま国際芸術祭2023』 旧市民会館おおみや(10/7~12/10)
『new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった』 千葉市美術館(10/4~12/17)
『石川真生 —私に何ができるか—』 東京オペラシティ アートギャラリー(10/13~12/24)
『鹿児島睦 まいにち展』 PLAY! MUSEUM(10/7~2024/1/8)
『ゴッホと静物画 伝統から革新へ』 SOMPO美術館(10/17~2024/1/21)
『特別展 北宋書画精華』 根津美術館(11/3~12/3)
『FUJI TEXTILE WEEK 2023』 山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域(11/23~12/17)
『大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ』 国立新美術館(11/1~12/25)
『倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙』 世田谷美術館(11/18~2024/1/28)
『明治のメディア王 小川一眞と写真製版』 印刷博物館(11/18~2024/2/12)
『みちのく いとしい仏たち』 東京ステーションギャラリー(12/2~2024/2/12)
『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』 森アーツセンターギャラリー(12/9~2024/2/25)

たくさんの展覧会をあげてしまいましたが、『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023』や『六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond』、それに『東京ビエンナーレ2023(秋会期)』や『北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023』、また『さいたま国際芸術祭2023』に『FUJI TEXTILE WEEK 2023』など、コロナ禍の制限がなくなって開かれた各地の芸術祭も印象に残った年だったかもしれません。

『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023』 Vol.1 京都芸術センター・くろちく万蔵ビル・誉田屋源兵衛、Vol.2 八竹庵(旧川崎家住宅)・HOSOO GALLERY・京都文化博物館別館、Vol.3 二条城・東福寺塔頂光明院、Vol.4 世界倉庫・藤井大丸ブラックストレージ・Sfera、Vol.5 嶋臺(しまだい)ギャラリー・ASPHODEL・両足院
『六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond』 神戸・六甲山上
『東京ビエンナーレ2023』 東京都心北東エリア
『北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023』 富山県富山市富岩運河沿いの3エリア
『さいたま国際芸術祭2023』 旧市民会館おおみや
『FUJI TEXTILE WEEK 2023』 山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域

この一年、皆さまはどのような美術との出会いがありましたでしょうか。このエントリをもちまして年内のブログの更新を終わります。今年も「はろるど」とお付き合い下さりどうもありがとうございました。それではどうぞ良いお年をお迎え下さい。
*過去の展覧会ベスト10
2022年、2021年、2020年、2019年、2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年、2012年、2011年、2010年、2009年、2008年、2007年、2006年、2005年、2004年(その2。2003年も含む。)
2023年 私が観た展覧会 ベスト10
1.『恐ろしいほど美しい 幕末土佐の天才絵師 絵金』 あべのハルカス美術館(4/22~6/18)

幕末から明治初期にかけて現在の高知県で活動した絵師、絵金の、実に同県外では半世紀ぶりとなる展覧会でした。絵金を代表する芝居絵屏風や絵馬提灯など約100点が公開された上、高知の夏祭りをイメージした会場構成もあり、まるで同地の「絵金祭り」に出かけているような気分を味わえました。かつて板橋区立美術館や江戸東京博物館での江戸絵画に関する展覧会で数点の絵金の作品を見て以来、心惹かれていた絵師だけに、ようやく回顧展に接することができました。
2.『ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ』 アーティゾン美術館(6/3~8/20)

石橋財団のコレクションを中心に、国内外の美術館など約250点の作品により、フランスを中心としたヨーロッパ、およびアメリカ、また日本における抽象絵画の展開をたどる内容でした。このうちアーティゾン美術館における近年の新収蔵作品が95点も公開されていて、カンディンスキーやクレーはもとより、あまり見る機会の少ないドローネーやクプカの優れた作品も鑑賞することができました。あくまでも同館のコレクションに沿った構成のため、例えばロシア・アヴァンギャルドについては割愛されるなど、すべてを網羅しているわけではなかったものの、これほどの大規模な抽象絵画展は国内ではしばらく望めないと思うほどに充実していました。
3.『リニューアルオープン記念特別展 Before/After』 広島市現代美術館(3/18~6/18)

2020年末からの改修工事を終え、今年春に再開館した広島市現代美術館のリニューアル展で、国内外45組のアーティストによる新作を含めた約100点を全館スケールにて公開していました。劣化、変質、修復、原子力、爆発、夢、治癒といったキーワードを「#(ハッシュタグ)」として提示し、展示のテーマを伝えているのも特徴で、16年ぶりの新規購入作品となったシリン・ネシャットの『Land of Dreams』など、政治や社会へ批評的に向き合った作品も少なくなくありませんでした。また改修工事の図面や記録写真をはじめ、SNS投稿された「#ゲンビの工事日記」の画像など、工事のプロセスを紹介する展示も楽しく思えました。
4.『パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展—美の革命 ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ』 国立西洋美術館(10/3~2024/1/28)

パリのポンピドゥーセンターのコレクションから、初来日作品50点以上を含む140点の作品によって構成された、実に国内では半世紀ぶりの大規模なキュビスム展でした。キュビスム以前からピカソ、ブラック、そしてその後の展開へと、まさにキュビスムの通史を極めて粒揃いのコレクションにて追っていて、ロシアにおけるネオ・プリミティヴィスムから立体未来主義、また第一次世界大戦とキュビスムの関係なども作品と資料にて検証していました。単にキュビスムといえども、その運動の諸相は驚くほどに多面的でかつ複層的に連なっていたのかを見て取ることができました。
5.『諏訪敦 眼窩裏の火事』 府中市美術館(12/17~2023/2/26)

緻密で再現性の高い画風で知られる画家、諏訪敦の、公立美術館としては11年ぶりの個展でした。終戦直後の満州で病没した祖母をテーマにした「棄民」をはじめ、コロナ禍の中で取り組んだ静物画、さらに舞踏家の大野一雄を描いた絵画などが紹介されていて、博物館の標本室を思わせる空間から最新作『Mimesis』の掲げられた展示室へと続くドラマチックな構成も魅惑的でした。また人の気高さ、尊厳までが滲み出す作品はもとより、対象へ真摯に向き合いつつ、長い時間をかけてリサーチを重ね、絵画として表していく諏訪の制作のアプローチそのものにも強く心を打たれました。
6.『聖地 南山城-奈良と京都を結ぶ祈りの至宝-』 奈良国立博物館(7/8~9/3)

京都府最南部、奈良市に隣接する南山城に伝わってきた仏教美術を紹介する展覧会で、同地域に伝わる仏像や神像、また絵画や典籍、古文書など約140点の作品と資料が公開されました。古代寺院から密教に由来する山岳寺院の諸像、そして修理を終えた浄瑠璃寺の『九体阿弥陀像』のうち2軀などの仏像の展示がことさら充実していた上、行基への信仰とともに生まれた律宗文化など地域の信仰のあり方も資料などで細かく紹介していていました。この後、『特別展「京都・南山城の仏像」』と名を変え、東京国立博物館でも展示が行われましたが、奈良の方が大変に網羅的な内容で見応えがありました。
7.『佐伯祐三 自画像としての風景』 東京ステーションギャラリー(1/21~4/2)/大阪中之島美術館(4/15~6/25)

大正から昭和にかけて活動し、30歳の若さで世を去った画家、佐伯祐三の東京では18年ぶりの本格的な展覧会でした。大阪から東京、そして2度のパリへと渡ったのち、モランの地を経て亡くなった佐伯の画業を約140点の作品でたどっていただけでなく、これまであまり評価されてこなかった一時帰国時代の作品にも光を当てていて、まさに回顧展の決定版というべき充実した内容でした。また今回、東京と巡回した大阪中之島美術館の双方で展示を見ることができましたが、東京展では会場の都合上、一部作品に展示替えがあったものの、大阪展ではすべての作品が公開されていて、一度により多くの佐伯の絵画を楽しむことができました。
8.『ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画』 太田記念美術館(6/3~7/26)

3歳の時に来日し、64歳にて亡くなるまで日本で暮らした画家、ポール・ジャクレーの新版画に着目した展覧会で、彼の描いた全162点の新版画が首都圏の美術館としては初めて公開されました。いずれもミクロネシアやアジアの人々のすがたを瑞々しく七色に染まるような色彩にて描いていて、戦後に海外でも人気を博したというジャクレーの作品を存分に味わえました。近年、川瀬巴水や橋口五葉、吉田博といった作家による新版画が人気を集め、展覧会も多くの開かれてきましたが、さまざまな国の老若男女が暮らすすがたを描いたジャクレーの作品は、当時の新版画の中でも異彩を放っていて、その独創的な世界に魅了されました。
9.『挑発関係=中平卓馬×森山大道』 神奈川県立近代美術館 葉山館(7/15~9/24)

同じ年に生まれた中平卓馬と森山大道(1938年〜)の活動をたどりながら、ふたりの写真家の関係を出会い、交流、共同作業、相違、交差、反発、共感、畏敬などのさまざまなキーワードにて紹介する展覧会でした。作品は60〜80年代の雑誌や写真集、ヴィンテージ・プリント、さらには映像から2000年代以降の写真などと網羅的で、とりわけ近年、コロナ禍の中、Nこと中平との記憶を蘇らせながら、自宅のある逗子界隈や人々を撮り続けた森山の「Nへの手紙」に胸を打たれました。タイトルに「挑発」とあるように、一筋縄でいかない両者の有りようを丹念に検証する良い展示でした。
10.『レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才』 東京都美術館(1/26~4/9)

世紀末のウィーンにて活動したエゴン・シーレの画業を、ウィーンのレオポルド美術館の所蔵作品とともに、クリムトやココシュカ、ゲルストルをはじめとする同時代作家たちの作品などからたどっていました。画家の中にある自信や不安定さといった多感な繊細な感性を伺わせる自画像をはじめ、あまり知られていない風景画も紹介されていて、単に写生して描くというよりも、心象を投影するように風景を再構成したり、平面性や装飾性を強調するといった独自のスタイルを見ることもできました。
次点.『葛飾北斎と3つの信濃―小布施・諏訪・松本(後期)』 長野県立美術館(8/3~8/27)

ベスト10以外で特に印象に残った展覧会は以下の通りです。(順不同)
『中﨑透 フィクション・トラベラー』 水戸芸術館(2022/11/5~2023/1/29)
『江戸絵画の華 〈第1部〉若冲と江戸絵画 〈第2部〉京都画壇と江戸琳派』 出光美術館(1/7~2/12、2/21~3/26)
『生誕100年 柚木沙弥郎展』 日本民藝館(1/13~4/2)
『トンコハウス・堤大介の「ONI展」』 PLAY! MUSEUM(1/21~4/2)
『没後190年 木米』 サントリー美術館(2/8~3/26)
『速水御舟展』 茨城県近代美術館(2/21~3/26)
『戸谷成雄 彫刻』 埼玉県立近代美術館(2/25~5/14)
『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』 東京都現代美術館(2022/12/21~2023/5/28)
『椿椿山展 軽妙淡麗な色彩と筆あと』 板橋区立美術館(3/18~4/16)
『東京国立近代美術館70周年記念展 重要文化財の秘密』 東京国立近代美術館(3/17~5/14)
『憧憬の地 ブルターニュ —モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷』 国立西洋美術館(3/18~6/11)
『ブルターニュの光と風』 SOMPO美術館(3/25~6/11)
『大阪の日本画』 東京ステーションギャラリー(4/15~6/11)
『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023』 京都市中心部・二条城・両足院・光明院(4/15~5/14)
『マティス展 Henri Matisse: The Path to Color』 東京都美術館(4/27~8/20)
『没後200年 江戸の知の巨星 大田南畝の世界』 たばこと塩の博物館(4/29~6/25)
『小林古径 生誕140周年記念 小林古径と速水御舟—画壇を揺るがした二人の天才—』 山種美術館(5/20~7/17)
『恐竜図鑑 失われた世界の想像/創造』 上野の森美術館(5/31~7/22)
『若林奮 森のはずれ』 武蔵野美術大学美術館(6/1〜8/13)
『蔡國強 宇宙遊 ―<原初火球>から始まる』 国立新美術館(6/29~8/21)
『三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions』 千葉市美術館(6/10~9/10)
『ガウディとサグラダ・ファミリア展』 東京国立近代美術館(6/13~9/10)
『本橋成一とロベール・ドアノー 交差する物語』 東京都写真美術館(6/16~9/24)
『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』 東京ステーションギャラリー(7/1~8/27)
『スペインのイメージ:版画を通じて写し伝わるすがた』 国立西洋美術館(7/4~9/3)
『発掘された珠玉の名品 少女たち-夢と希望・そのはざまで 星野画廊コレクションより』 京都文化博物館(7/15〜9/10)
『虫めづる日本の人々』 サントリー美術館(7/22~9/18)
『野又穫 Continuum 想像の語彙』 東京オペラシティ アートギャラリー(7/6~9/24)
『テート美術館展 光 —ターナー、印象派から現代へ』 国立新美術館(7/12~10/2)
『デイヴィッド・ホックニー展』 東京都現代美術館(7/15~11/5)
『ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室』 DIC川村記念美術館(7/29~11/5)
『六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond』 六甲山上(8/26~11/23)
『ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン』 アーティゾン美術館(9/9~11/19)
『イヴ・サンローラン展 時を超えるスタイル』 国立新美術館(9/20~12/11)
『東京ビエンナーレ2023(秋会期)』 東京都心北東エリア(9/23~11/5)
『北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023 物質的想像力と物語の縁起―マテリアル、データ、ファンタジー』富山県富山市富岩運河沿いの3エリア(9/15~10/29)
『生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ』 東京国立近代美術館(10/6~12/3)
『やまと絵—受け継がれる王朝の美—』 東京国立博物館(10/11~12/3)
『さいたま国際芸術祭2023』 旧市民会館おおみや(10/7~12/10)
『new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった』 千葉市美術館(10/4~12/17)
『石川真生 —私に何ができるか—』 東京オペラシティ アートギャラリー(10/13~12/24)
『鹿児島睦 まいにち展』 PLAY! MUSEUM(10/7~2024/1/8)
『ゴッホと静物画 伝統から革新へ』 SOMPO美術館(10/17~2024/1/21)
『特別展 北宋書画精華』 根津美術館(11/3~12/3)
『FUJI TEXTILE WEEK 2023』 山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域(11/23~12/17)
『大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ』 国立新美術館(11/1~12/25)
『倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙』 世田谷美術館(11/18~2024/1/28)
『明治のメディア王 小川一眞と写真製版』 印刷博物館(11/18~2024/2/12)
『みちのく いとしい仏たち』 東京ステーションギャラリー(12/2~2024/2/12)
『キース・ヘリング展 アートをストリートへ』 森アーツセンターギャラリー(12/9~2024/2/25)

たくさんの展覧会をあげてしまいましたが、『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023』や『六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond』、それに『東京ビエンナーレ2023(秋会期)』や『北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023』、また『さいたま国際芸術祭2023』に『FUJI TEXTILE WEEK 2023』など、コロナ禍の制限がなくなって開かれた各地の芸術祭も印象に残った年だったかもしれません。

『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2023』 Vol.1 京都芸術センター・くろちく万蔵ビル・誉田屋源兵衛、Vol.2 八竹庵(旧川崎家住宅)・HOSOO GALLERY・京都文化博物館別館、Vol.3 二条城・東福寺塔頂光明院、Vol.4 世界倉庫・藤井大丸ブラックストレージ・Sfera、Vol.5 嶋臺(しまだい)ギャラリー・ASPHODEL・両足院
『六甲ミーツ・アート芸術散歩2023 beyond』 神戸・六甲山上
『東京ビエンナーレ2023』 東京都心北東エリア
『北陸工芸の祭典 GO FOR KOGEI 2023』 富山県富山市富岩運河沿いの3エリア
『さいたま国際芸術祭2023』 旧市民会館おおみや
『FUJI TEXTILE WEEK 2023』 山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域

この一年、皆さまはどのような美術との出会いがありましたでしょうか。このエントリをもちまして年内のブログの更新を終わります。今年も「はろるど」とお付き合い下さりどうもありがとうございました。それではどうぞ良いお年をお迎え下さい。
*過去の展覧会ベスト10
2022年、2021年、2020年、2019年、2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年、2012年、2011年、2010年、2009年、2008年、2007年、2006年、2005年、2004年(その2。2003年も含む。)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 『パリ ポンピ... | 謹賀新年 2024 » |
コメント |
コメントはありません。 |
![]() |
コメントを投稿する |
![]() |
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません |