「棚田康司展 ○と一(らせんとえんてい)」 スパイラルガーデン

スパイラルガーデン
「棚田康司展 ○と一(らせんとえんてい)」
9/22-10/10



スパイラルガーデンで開催中の棚田康司個展、「○と一(らせんとえんてい)」へ行ってきました。

本展の概要、作家プロフィールについては同ギャラリーのWEBサイトをご覧ください。

【Exhibition】棚田康司展「○と一」(らせんとえんてい)@スパイラルガーデン

さて市ヶ谷ミヅマでの個展(10/1まで開催)の印象も鮮やかな棚田ですが、ここスパイラルでは全く趣きの変わった展示が繰り広げられています。

スパイラルご自慢の吹き抜けのアトリウムには計4体の人物像が並んでいますが、その配置に意表を突かれた方も多いかもしれません。


手前「ナギとナミ」2011年

手前の二体、「ナギとナミ」と名付けられた作品は、ご覧の通り真横、言い換えればそれこそ鑑賞者の行く手でも遮るかのように置かれています。


「風の少年」2011年

さらに興味深いのがその奥の二体の立像です。それぞれ「遠雷少女」、「風の少年」と名付けられていますが、それらはなんと風神雷神のアイディアに由来しているのだそうです。予想もしないモチーフだっただけに、これには心底驚かされました。


「てんせん少女」2011年

そのアトリウムから少し離れ、上の4体を眺めるかのように置かれたのが「てんせん少女」です。上目遣いの意味ありげな表情に惹かれた方も多いのではないでしょうか。

エントランスの「家の少女」は震災の経験を経て製作された作品だそうです。なお今回のスパイラルでの作品については、棚田自身がエキサイトイズムにてインタビューに応えています。そちらを参照するのも良いかもしれません。

棚田康司展 日本古来の木彫技法「一木造り」@エキサイトイズム

また会場内で配布されていたスパイラルペーパーにも同様にインタビュー記事が掲載されていました。



率直なところ、私はミヅマの展示の方が印象に残りましたが、単体の作品ではエスプラナードにあるレリーフ状の「記念日」に一番惹かれました。その慈悲深い表情はぐっと心をとらえて離さないものがあります。

10月10日まで開催されています。

「棚田康司展 ○と一(らせんとえんてい)」 スパイラルガーデン@SPIRAL_jp
会期:9月22日(木)~10月10日(月・祝)
休館:無休
時間:11:00~20:00
住所:港区南青山5-6-23
交通:東京メトロ銀座線・半蔵門線・千代田線表参道駅B1出口前。
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「アート・スコープ 2009-2011」―インヴィジブル・メモリーズ 原美術館

原美術館
「アート・スコープ 2009-2011」―インヴィジブル・メモリーズ
9/10-12/11



日独のアーティスト4名が異文化交流プログラムの成果を発表します。原美術館で開催中の「アート・スコープ 2009-2011」―インヴィジブル・メモリーズへ行って来ました。

2003年よりダイムラーのアーティスト異文化交流プログラム、アート・スコープを開催している原美術館ですが、今年も2009年にドイツから招聘した2名、また2010年に日本より派遣した2名の計4名によるグループ展がはじまりました。


アーティスト・トーク(9/10 原美術館にて)

出品作家は以下の通りです。

小泉明郎(1976~)
佐伯洋江(1978~)
エヴァ・ベレンデス(1974~)
ヤン・シャレルマン(1975~)


日独とも男女1名ずつ、いずれも1970年代に生まれたほぼ同世代のアーティストです。それぞれ交換プログラムの後に制作された作品を中心に展示されていました。

さて必ずしも作品に滞在経験が直接露わとなっていない点が、むしろこの展覧会の大きな個性であるかもしれません。

そもそもタイトルに「インヴィジブル・メモリーズ」とありますが、受け手が作品から各作家の背後の「記憶」を探っていくのも鑑賞のポイントではないでしょうか。


エヴァ・ベレンデス「Untitled」 2010年 絹、シルクペイント、スチール、ラッカー、磁石 121×121cm

エヴァ・ベレンデスは来日当初、一見、西洋とあまり変わらない街並みや生活の中にしっかりと根付く日本的なものを探り出し、とりわけ建築においてその融合した形が多く見られることを指摘しました。

ベレンデスの作品はまさに建築的な要素を取り入れているかもしれません。邸宅そのものでもある原美術館の一室には、まるでインテリアの衝立のような金属製のオブジェとカーテン状の平面作品が並んでいます。

衝立と言えば日本の屏風も挙げられますが、ベレンデスはそうした屏風と同様、空間全体の雰囲気を変える力を持っていました。

光や風を通す穴の空いた金属のそれは素材を思わせないほど軽やかです。一点は外光の入り込む空間に置かれていますが、そこでは見る側の視点によって移ろう光と影のコントラストを存分に味わうことが出来ます。

ベレンデス自身は来日の体験が個々の作品へ直接反映されるわけではなく、むしろ作品へとおぼろげに広がったようなイメージがあると述べていましたが、借景の利用、時間などによって変化する繊細な光の移ろい、また簾を思わせる透けの効果などは、どこか日本の美意識を思わせるものがありました。

もう一人の女性アーティスト、お馴染みの佐伯洋江は大小あわせて25点ほどの新作を展示しています。


佐伯洋江「Untitled」 2011年 紙にシャープペンシル、色鉛筆、アクリル 68.5×109.5㎝ 協力:タカ・イシイギャラリー

余白を大きくとり、極めて細かな線にて、生き物や草花をシュールに描く佐伯の作品はいつもながらに魅力的ですが、今回はその中にもっと生々しい、言わば力強いまでの有機的なモチーフが登場しているのを見逃すことは出来ません。

佐伯は三ヶ月半の渡欧を殆ど一人で過ごし、滞在中の時間そのものを大切にしていたそうです。またその経験はこれから表れてくるのではないかとも語っています。

彼女自身、作品を言葉で説明することに疑問も持ち、制作そのものも下絵から描くのではなく、直接鉛筆やシャープペンシルをとって作品へと向かっています。

そうした制作行為を「空間を旅していく体験。」と述べた佐伯ですが、どこかリズミカルな作風も、それこそ今回の旅を踏まえ、さらにまた変化しているのかもしれません。

金属という重い素材を用いながら軽やかな作品を作ったベレンデスに対するのが、ヤン・シャレルマンです。


ヤン・シャレルマン「Happy Hole1」 2011年 エポキシ樹脂、顔料、スタイロフォーム 250×120×110cm

彼はスタイロフォームと呼ばれる発砲スチロール状の素材を使いながらも、どこか塔のように重厚感溢れるオブジェを展開しています。

敢然と起立するボリュームの存在感は強烈です。シャレルマンは作品に反映されているとした子どもの頃の記憶のうち、SFの宇宙船を一例として挙げましたが、確かに近未来を思わせるシャープな造形はそうしたものに由来しているかもしれません。

また内部に塗り重ねられた色にも注目です。こちらは階段をあがった2階部分からも確認出来ますが、その色から放たれた強い光はまるで宝石の輝きのようでした。

小泉明郎の映像2点は非常に見応えがあります。


小泉明郎「若き侍の肖像」 2009年 ヴィデオインスタレーション(2画面) 9分45秒

2009年に発表された「若き侍の肖像」はもちろん、震災後に制作されたという「ビジョンの崩壊」からは、小泉がテーマとする『見えるものと見えないもの関係』を、時に奇妙な形で探ることが出来るのではないでしょうか。

「若き侍」は約10分、「ビジョン」については2画面で13分ほどあります。ここはじっくり構えてそのメッセージを受け止めたいところです。

アート・スコープはちょうど私が現代アートに興味を持った頃に始まったこともあり、第一回展から欠かさず見ている展覧会ですが、今回もお目当ての佐伯洋江はもちろん、多様な作品で楽しむことが出来ました。

なお会期中の10月1日(土)と2日(日)夜、同館中庭にて「白夜-BYAKUYA-」が開催されます。



場所:原美術館中庭
日時:10月1日(土)~10月2日(日) 19:00~
入場料:3800円
作・演出・映像:奥秀太郎
振付・出演:黒田育世
音楽:松本じろ

原美術館の建築と空間を活かしながら、映像とダンスをコラボレーションさせた新しい感覚のイベントとのことです。なお本入場券では公演当日、開演前までアート・スコープ展の観覧も可能です。こちらとあわせて出かけられても良いかもしれません。イベントの詳細は下記リンク先をご参照下さい。

パフォーマンスイベント「白夜-BYAKUYA-」10/1[土]・10/2[日]

12月11日まで開催されています。

「アート・スコープ 2009-2011」―インヴィジブル・メモリーズ 原美術館@haramuseum
会期:9月10日(土)~12月11日(日)
休館:月曜日、但し9月19日と10月10日は開館。9/20(火)、10/11(火)
時間:11:00~17:00。*毎週水曜日は20時まで開館(11/23は除く)
住所:品川区北品川4-7-25
交通:JR線品川駅高輪口より徒歩15分。都営バス反96系統「御殿山」下車、徒歩3分。
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「柳宗悦展」 松屋銀座

松屋銀座本店8階イベントスクエア
「没後50年・日本民藝館開館75周年 暮らしへの眼差し 柳宗悦展」
9/15-26(会期終了)



日本民藝の祖、柳宗悦(1889-1961)の業績を辿ります。松屋銀座で開催されていた「没後50年・日本民藝館開館75周年 暮らしへの眼差し 柳宗悦展」へ行ってきました。


「染付草花文壺」 朝鮮半島 18世紀

柳宗悦と言えばもちろん民藝、そして駒場の民藝館が思い浮かびますが、今回はその開館75年を祝して、柳の蒐集した朝鮮の工芸の他、琉球や台湾の衣装や装身具などが一堂に会しています。

その数、全250点です。松屋のスペースは必ずしも広いとは言えませんが、白磁に首飾りに文字絵に紅型と、まさに民藝館の中身をそっくりそのまま持ってきた展示は見応え十分でした。


「紅型衣装」 首里 19世紀
 
様々な表情を見せる民藝の魅力を一言で示すことは到底出来ませんが、今回と気にひかれたのはアイヌの切伏や琉球の紅型などの衣装です。


「切伏衣装」 樺太・アイヌ 19世紀

艶やかな色遣いに花々が紅型の美しさは今更確認するまでもありませんが、切伏の独特な幾何学模様にはどことない力強さを感じてなりません。


「首飾り」 台湾・バイワン族 19世紀

切伏はかつて樹皮を用いて衣服に仕立てたこともあったそうです。その他、こうした衣服だけでなく、台湾の首飾りなど、装身具にも注目すべき作品がいくつもありました。


「白磁湯呑・土瓶」 *柳工業デザイン研究会所蔵

なお展示の最後には柳宗悦の長男であり、今も様々なデザインの活動を手がける柳宗理の作品もいくつか紹介されていました。展覧会そのものも単に民藝品をジャンル別に並べるのではなく、宗悦の業績を時系列で辿っています。その時間軸を追いながら、民藝運動の昔と今を知ることの出来る構成も秀逸でした。


「木喰仏 地蔵菩薩像」 江戸時代 1801年

なお松屋での会期は既に終了しましたが、この展覧会は全国巡回展です。東京の後はすぐ横浜、以降、大阪、広島、鳥取へと巡回します。見逃された方はそちらを狙っても良いのではないでしょうか。(巡回スケジュール

【横浜】そごう美術館  2011年10月22日(土)~12月4日(日)
【大阪】大阪歴史博物館 2012年1月7日(土)~2月29日(水)
【鳥取】鳥取県立博物館 2012年4月7日(土)~5月20日(日)
【広島】奥田元宋・小由女美術館 2012年5月29日(火)~7月8日(日)


また先日のエントリで感想をまとめたばかりですが、同じく民藝運動に参加し、主に白磁研究で名を馳せた浅川伯教、巧の兄弟の業績を辿る展覧会が千葉市美術館で開催中です。



「浅川巧生誕120年記念 浅川伯教・巧兄弟の心と眼 朝鮮時代の美」@千葉市美術館 8月9日(火)~10月2日(日)

千葉の浅川兄弟展の会期はまだ少し残っています。柳宗悦展とあわせて、民藝の系譜を千葉まで辿ってみては如何でしょうか。

「柳宗悦の世界/別冊太陽/平凡社」

展示は既に終了しました。

「没後50年・日本民藝館開館75周年 暮らしへの眼差し 柳宗悦展」 松屋銀座本店8階イベントスクエア
会期:9月15日(木)~26日(月)
休館:会期中無休
時間:10:00~20:00
住所:中央区銀座3-6-1
交通:東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線銀座駅A12番出口直結。都営地下鉄浅草線東銀座駅A8番出口より徒歩3分。JR線有楽町駅より徒歩8分。
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「浅川伯教・巧兄弟の心と眼 朝鮮時代の美」 千葉市美術館

千葉市美術館
「浅川伯教・巧兄弟の心と眼」
8/9-10/2



朝鮮陶磁に傾倒し、民藝運動とも深い関わりを持った浅川伯教(1884-1964)、巧(1891-1931)兄弟の事跡を辿ります。千葉市美術館で開催中の「浅川巧生誕120年記念 浅川伯教・巧兄弟の心と眼 朝鮮時代の美」へ行ってきました。


「青花鉄砂葡萄文壺」 朝鮮時代・18世紀前半 大和文華館

日本統治下において、朝鮮の工芸品などの『美』と向かい合った人物としては、それこそ民藝運動の第一人者である柳宗悦が知られていますが、とりわけ陶磁に関して最も深く関わりあったのが、他ならぬこの浅川伯教と巧の兄弟でした。

日韓併合の3年後、1913年に朝鮮へと渡った兄の伯教は、現地で教員として生業をたてながら、朝鮮陶磁の美しさにひかれ、その研究などをはじめます。

1年後に同じく朝鮮へ赴いた弟の巧も同様です。彼は朝鮮総督府の職員として働きながら、それまで一段低く見られていた白磁に価値を見出し、その美を広める活動につとめていきました。


「粉青粉引碗 粉引茶わん 銘ミンクンドン」 朝鮮時代・16世紀後半 大阪市立東洋陶磁美術

展示ではそうした浅川兄弟の見出した朝鮮陶磁と工芸品が紹介されています。私自身、前々より惹かれる白磁の名品はもちろん、刷毛目茶碗、また壺などがずらりと揃う様子には、思わず息をのんでしまいました。(出品リスト

また浅川兄弟は宗悦やリーチとも交流を深めながら「朝鮮陶磁研究会」を立ち上げ、朝鮮半島における陶磁の蒐集の他、窯の調査までを手がけていきました。

中でも重要なのは「朝鮮陶磁名考」や巧が著した「朝鮮の膳」です。後者では跋に柳宗悦を据えています。朝鮮の白磁に対して「素朴なあたたかみ」(キャプションより引用)を見出した彼らの思いは、そうした資料からもひしひしと伝わってきました。


「白磁壺」 朝鮮時代・17世紀後半~18世紀前半 大阪市立東洋陶磁美術館

東洋陶磁コレクションでは国内随一と言える大阪の東洋陶磁美術館よりもかなりの数の作品がやってきています。世界的にも珍しいという高さ50センチほどの巨大な「白磁壺」なども見どころの一つでした。


「粉青刷毛目碗 鶏龍山茶わん 銘東鶴寺」 朝鮮時代・15世紀硬軟~16世紀前半 大阪市立東洋陶磁美術館

弟の巧は残念ながら若くして肺炎で亡くなりますが、兄の伯教は終戦後に日本へ引き上げ、千葉市内に居を構えていたそうです。言わばご当地の人物の展覧会といえるかもしれません。

松屋銀座で柳宗悦、また汐留のパナソニック電工ミュージアムで濱田庄司の展示がそれぞれ開催されていましたが、この浅川兄弟展を見ることで、改めて民藝運動の横の軸が繋がったような気がしました。そういう意味ではタイムリーな展示です。

10月2日まで開催されています。なお千葉展終了後、山梨県立美術館(11/19-12/25)と栃木県立美術館(2012/1/14-3/20)へと巡回します。

「浅川巧生誕120年記念 浅川伯教・巧兄弟の心と眼 朝鮮時代の美」 千葉市美術館
会期:8月9日(火)~10月2日(日)
休館:9月5日
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
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「草間彌生展」 TABLOID GALLERY

TABLOID GALLERY
「草間彌生展」
9/13-10/15



タブロイドギャラリーで開催中の「草間彌生展」へいってきました。

現在、ポンピドゥーやテートなど、世界各地の美術館で個展が進行している草間彌生ですが、ここタブロイドにおいても主に高橋コレクションを中心とする作品の展示が始まっています。

キーワードはずばり初公開です。自転車などを青い突起物で覆って平面と組み合わせた「自転車と三輪車」(1983)や、同じく突起物を用いた「海底」(1983)は、ともに東京で初めて展示されました。

何かと露出機会の多い草間だけに、ともすると見慣れた感がある方も多いかもしれませんが、総じて思いの外に新鮮味のある展覧会という印象を受けました。

そしてその初公開において最大の目玉なのが、何と全長10メートルにも及ぶ「INFINITY-NETS WHXOTLO」(2006)に他なりません。この作品は東京はおろか、アジアで初めて公開されたものだそうですが、ともかくお馴染みのネットの紋様が揺らめき、また連なる様子は、例えていえば波のざわめきを見ているような錯覚さえ与えられます。

白銀にも光るタッチはとても動的で、一定の表情を持ち得ません。角度を変え、立ち位置を変えながら、絵画上において変化するイメージを楽しむことが出来ました。

なお会場ではこの「INFINITY」の裏側にも要注目です。作品の裏の通路には1950年代のドローイングの小品なども展示されています。「INFINITY」の原点ともいえる同じネットモチーフの「Nets Obssesion」も見どころの一つでした。

来年1月には国立国際美術館で一大個展(1/7~4/8)も開催されます。(その後、埼玉県立近代美術館へ巡回予定。)その前にじっくり見ておくのも良いのではないでしょうか。

「クサマトリックス/草間弥生/森美術館」

10月15日まで開催されています。

「草間彌生展」 TABLOID GALLERY@TABLOID_tcd
会期:9月13日(火)~10月15日(土)
休廊:日・月・祝日
時間:11:30~19:00
住所:港区海岸2-6-24 TABLOID1F
交通:ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線日の出徒歩1分。JR線、東京モノレール羽田線浜松町駅徒歩13分。
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「広げてわくわくシリーズ 小栗判官と照屋姫」 東京美術

東京美術の「広げてわくわくシリーズ ミラクル絵巻で楽しむ 『小栗判官と照屋姫』伝岩佐又兵衛画」を読んでみました。



岩佐又兵衛作とも伝えられる浄瑠璃絵巻、「をぐり」こと「小栗判官物語絵巻」を、手元へ引き寄せて楽しめる一冊が東京美術より出版されました。

それがこの「広げてわくわくシリーズ ミラクル絵巻で楽しむ 『小栗判官と照屋姫』」です。同絵巻は2009年の皇室の名宝展にも出品されたように、現在、宮内庁の三の丸尚蔵館で所蔵されていますが、本著作の監修もその学芸室の主任研究官である太田彩氏が担当しました。



それこそ宮内庁での宝物を調査、研究する中心的存在の太田氏の監修があってからこそ実現した企画と言えるのではないでしょうか。鮮やかな図版と豊富なテキストは、「をぐり絵巻」の魅力を余すことなく伝えていました。

それでは目次です。(東京美術サイトより転載)

人気の絵師と浄瑠璃操り、夢の共演:絵巻「をぐり」への誘い 太田彩
絵巻「をぐり」の概要と特徴
伝説の絵師、岩佐又兵衛とは?

第一巻 鞍馬の申し子
第二巻 妻選び
第三巻 魔性の誘惑
第四~五巻 婿入り
第六~七巻 人喰い馬
第八巻 小栗暗殺
第九巻 照手の危機
第九~十巻 照手の行方
第十巻 青墓の宿
第十~十一巻 小栗蘇生
第十一~十二巻 餓鬼阿弥の旅
第十二~十三巻 夫婦の奇縁
第十三巻(一) 悲しき別れ
第十三巻(二) 熊野・湯の峯へ
第十三巻(三) 小栗復活!!
第十四巻 再びの邂逅
第十五巻(一) 大団円
第十五巻(二) 結びの口上

巻末付録  本書をより深く味わうために
〈解説その一〉絵巻のルーツ、「小栗伝説」
〈解説その二〉又兵衛工房と古浄瑠璃絵巻群
〈資料その一〉現存する、又兵衛の古浄瑠璃絵巻群(「をぐり」を除く)の概要
〈解説その三〉絵巻「をぐり」の物語ダイジェスト
〈資料その二〉絵巻「をぐり」各巻概要
絵で知る人々のくらし
 座産と鳴弦/長寿を願う蓬莱飾り/吉夢と凶夢/埋葬の方法/小栗伝説のキーパーソン、藤沢の上人/篤い信仰を集めた、熊野詣


第一巻から十五巻という巻数を見ただけでもお分かりいただけるかもしれませんが、ともかくこの「をぐり」は第一巻から四巻までで12メートル、そして五巻から十五巻で25メートルという長大な絵巻です。

江戸時代の人気浄瑠璃であった小栗判官と照手姫の恋物語を、又兵衛はお馴染みの軽妙かつ繊細な描写で表現しました。もちろん図版ではいかにも又兵衛風の面長の人物描写の他、全体の艶やかな彩色など、その細部の細部までを存分に味わうことが出来ます。

ドラマチックな物語の展開は、ともすると話の内容自体を知らないと、なかなか取っ付きにくい面があるやもしれませんが、本著作ではそうした心配は無用です。各巻の粗筋はもちろん、個々の描写、つまりは各段にまで、そのストーリーの解説がついています。



しかもそれが思いの外にくだけています。例えば第二巻の「妻選び」では、「インテリ・イケメンのわがまま原因?娶っては返し、返しては娶った御台の数は三年余りで、何と72人に!」などというフレーズも登場します。こうした文を読むと、前提知識のない私のような素人でも、絵の内容がすっと入ってきました。



もちろん太田氏のこと、詳細な解説がおざなりにされているわけではありません。興味深いのは各シーン毎の「絵を味わうポイント」のコーナーです。ここでは粗筋だけでなく、絵巻の表現上で注目すべき部分の要点が記されています。



また巻末の付録のテキストも充実しています。ここでは絵巻のルーツである小栗伝説や、又兵衛作とされる一連の浄瑠璃絵巻群についての作者の同定の問題などについて触れられていました。

なお絵巻の作者については諸説あるそうですが、太田氏は全体を通して複数の画工が関与したと考えられるものの、主要場面については又兵衛本人が関与して指導したのではないかということでした。



ところでこのシリーズのタイトルに「広げてわくわく」とありますが、それはこの写真を見ていただければ一目瞭然ではないでしょうか。



引き出せるサイズは何と4ページ分です。小栗を見初めた大蛇の姿もこの通りの迫力でした。

「ミラクル絵巻で楽しむ 小栗判官と照手姫/太田彩/東京美術」

まずは是非書店でご覧ください。
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「イケムラレイコ うつりゆくもの」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「イケムラレイコ うつりゆくもの」
8/23-10/23



東京国立近代美術館で開催中の「イケムラレイコ うつりゆくもの」へ行ってきました。

私自身、イケムラというと、よく知られた少女モチーフの絵画の印象が強く残っていますが、今回の回顧展ではそうした作品だけにとどまりません。

ドローイング、絵画、そしてテラコッタやブロンズによる彫刻など、キャリア初期より最新作にまで至る様々な作品、全145点が一堂に会しています。

まさにこれまでになかった規模での回顧展です。国内の美術館では2006年にヴァンジ彫刻庭園美術館で個展が開催されたそうですが、今回ほどの質量による展覧会は初めてとのことでした。

構成は以下の通りです。

1.「イントロダクション」
2.「新作:山水画」
3.「インターヴァル(写真)」
4.「横たわる人物像:彫刻と絵画」
5.「写真」
6.「うみのけしき」
7.「樹」
8.「成長」
9.「インターヴァル(本)」
10.「ブラック・ペインティング」
11.「出現」
12.「アルプスのインディアン」
13.「1980年代の作品」
14.「インターヴァル(これまでの展覧会)」
15.「新作:人物風景」


全15章の細かな章立てです。作品は必ずしも時系列に並んでいるわけではありません。テーマ別に分かれた各章を追うことで、イケムラの製作の全貌、またその背景にある意図などを探る内容となっていました。


「赤の中の青い人物像」 2007年 個人蔵

冒頭から巧みにイケムラの微睡みの世界へと誘われます。「イントロダクション」では2008年頃より登場したという『眠り』のモチーフの絵画と立体が紹介されています。その言わば実在感の希薄な、まさに夢心地の空間へと足を踏み入れた時、イケムラの展覧会における一つのストーリーが始まるというわけでした。

過去の作品ではなく、新作から提示する構成も興味深いポイントです。「イントロダクション」に続くのは、イケムラがごく最近になって描き始めた山水画と呼ばれる風景画でした。

ここで面白いのは風景と人物を融合させた表現です。朧げに広がる山水の景色の中には人の影が入り込み、それが時に岩や動物と化して風景の一部を構成します。まさに冒頭の夢を思わせるような朧げな山水の景色でありながら、どこかシュールなモチーフを取り込むのも、大きな特徴と言えるかもしれません。


「二羽の鳥をかかえた黄色い服」 1996年 個人蔵

夢の世界は闇夜を会場にもたらします。4番目の「横たわる人物像」の暗室のセクションは秀逸です。床面にはまさに眠っているかのような少女のオブジェが横たわり、それを同じように横たわる少女がぼんやりと浮ぶ絵画が見下ろしています。彼女らにはっきりした目も鼻も、また足もありません。大地の声を聴くかのように横になって眠る姿は、それこそ人間ではなく、彼岸の世界に住む精霊たちのようでもありました。

私としてとても惹かれたのは「うみのけしき」に登場する一連の油彩画です。現在もイケムラはドイツに在住していますが、オランダへ何度か訪れ、彼の地の平らな空と海を描きました。


「みずうみ」 2004年 ヴァンジ彫刻庭園美術館

作品そのものイメージは、オランダ云々とするよりももっと普遍的で、半ば場所を特定しない曖昧な海と言えるかもしれません。深い青みをたたえた闇夜には、黄色い光の帯がぼんやりと滲み出していました。

海の次は陸です。「樹」では、文字通り樹の一部が人の姿となる様子を、さらに「成長」のセクションでは、植物や人間、また人間と動物が合わさって、新たな生命を得る姿を示しています。


「キャベツ頭」 1994年 国立国際美術館

またここではイケムラの詩がいくつか紹介されていました。そのうちの一節、「毎夜ゆめ喰いして旅に出よ。魂をひろいにいくため、色をつけるため、神をおこしにゆくため。」という行は、この展覧会の大きなメッセージの一つと言っても良いのではないでしょうか。


「さかな」 1985年 滋賀県立近代美術館

さて展示後半へ入るとイケムラのキャリア初期のペイントなどが登場します。そこでは近作における少女イメージへ至る以前のプロセスを伺い知ることが出来ますが、まさか最初期には表現主義風の絵画を描いていたとは思いもよりません。特に80年代の作品はおおよそ今のイケムラの作風とはかけ離れています。その辺を楽しめるのも、こうした回顧展ならではのことと言えるかもしれません。


「マンダリン」 2010年 個人蔵

ラストはやや混沌としています。近作の「人物風景」と呼ばれるドローイングの他、殆どグロテスクなまでに見えるテラコッタの人物像などが展示されています。ここでも風景と人物、そして生と死、また人間とそれ以外の何かの境界はあいまいです。もののうつろいを追いかける夢の旅は、なにか定まりのある地点へ達することはなく、再び次の「うつりゆくもの」を探していきました。


「黒に浮かぶ」 1998-99年 豊田市美術館

一言でイケムラの世界を表すことが出来ませんが、その曖昧さが作品の持ち味となっているのかもしれません。最後の最後まで煙に巻かれたような印象もありましたが、展覧会を見終えたあとには深い余韻が残りました。

「イケムラレイコ うみのこ」

建築家フィリップ・フォン・マットによる会場デザインが非常によく出来ています。スタイリッシュな公式WEBサイトと相まって、展覧会の見どころの一つとなりそうです。

イケムラレイコSide B(イケムラレイコ展公式WEBサイト)

10月23日まで開催されています。

「イケムラレイコ うつりゆくもの」 東京国立近代美術館
会期:8月23日(火)~10月23日(日)
休館:水曜日
時間:10:00~17:00 但し金曜は20時まで。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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「川上元美 デザインの軌跡」 リビングデザインセンターOZONE

リビングデザインセンターOZONE
「川上元美 デザインの軌跡」
9/9-9/25



日本を代表するプロダクトデザイナー、川上元美の制作を辿ります。リビングデザインセンターOZONEで開催中の「川上元美 デザインの軌跡」へ行ってきました。

「1960年代後半より活動をはじめ、1970年代に名作椅子などの成功でトップデザイナー」(OZONEサイトより引用。一部改変。)の地位を確立した川上元美ですが、今回は彼のデザインした約800点のうち、代表作が約80点ほど勢揃いしています。


「BLITZ」(1981-1994)

メインは出世作となった「BLITZ」などの椅子であるのは間違いありませんが、その他にも「NEWS」と呼ばれるウオッカ、さらには茶筒や仏具に文具、また時計からシステムバスなど、大小様々なジャンルの作品があるのも見どころと言えるのではないでしょうか。

うち小さいもので印象的なのは、卓上ステーショナリー「SILICOMBO」です。素材にシリコン樹脂を用いた色とりどりの入れ物は、それこそ重箱のように積みあげて整理することも出来ます。シンプルな美感に秀でながらも、巧みな機能性を持ち得ていました。


「鶴見つばさ橋」(1994)

逆に大きい作品で一つ挙げておきたいのは、鶴見つばさ橋です。全長1キロを超える同橋は、一面吊りの斜張橋としては世界一の長さを誇るそうですが、川上は橋の景観デザインを担当しました。

首都高湾岸線で一際目につく美しい橋が、まさかこの川上の手によって生み出されたとは思いもよりません。展示では模型や映像で橋の魅力を味わうことが出来ました。

さてこうした個々の作品以外に、今回の展示で特筆すべきは、会場全体の展示デザインです。

実は展示デザインをトラフ建築設計事務所が出がけていますが、それが川上作品の魅力を引き出すのはもちろん、展覧会の一つの流れを巧みに作り出すことに成功しています。

会場には人の背の高さ、あるいはそれ以上の木のボックスがいくつも置かれ、来場者は受付で配布されたMAPを手に、その合間を縫うようにして歩きながら、作品へと辿り着くという仕掛けがとられています。

しかもそのボックスを順路通りに進むと、川上の制作を時系列で追うことが出来るわけです。ボックスに回り込み、中をのぞき、また入りながら、椅子などを見て行くという鑑賞行為そのものも大きな魅力でした。


「Step Step」(2008)

なお会場内の撮影は不可、また作品に触れることも許されていませんが、入口付近の「円意」と題されたサークル状の展示スペースの椅子には実際に座ることが出来ます。座り心地を確かめてみては如何でしょうか。


「有田 HOUEN」(2005)

またボックスには、インテリアスタイリストの長山智美氏によってコーディネートされたベットルームの再現展示もあります。こちらは残念ながら中へ入れませんが、川上のデザインがどう生活の中に入り込むのかを知る一つヒントになるかもしれません。

恥ずかしながら川上氏の名前を今回初めて知った私でしたが、思いの外に長居して楽しむことが出来ました。

excite.ismに展示風景の写真が多数掲載されています。そちらも是非ご覧ください。

「25日まで川上元美展、日本の巨匠を知る」@イズムコンシェルジュ

9月25日までの開催です。なお入場は無料でした。

「川上元美 デザインの軌跡」 リビングデザインセンターOZONE
会期:9月9日(金)~9月25日(日)
休館:水曜日
時間:10:30~19:00
場所:新宿区西新宿3-7-1 新宿パークタワー リビングセンターOZONE3階 パークタワーホール
交通:JR線新宿駅南口から徒歩15分。新宿駅西口エルタワー前より無料バス(約10分間隔)運行。
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「世紀末、美のかたち」 府中市美術館

府中市美術館
「世紀末、美のかたち」
9/17-11/23



府中市美術館で開催中の「世紀末、美のかたち」へ行ってきました。

19世紀末の画家や工芸家なりを単独で紹介することはさほど珍しいことではありませんが、ジャンルの異なる絵画と工芸をクロスオーバーさせ、世紀末芸術の特質や共通点を探り出すことはあまりなかったと言えるかもしれません。

この展覧会ではメインの縦軸にガレとラリックの工芸品を、横軸としてミュシャ、ルドン、それにゴーギャンらの版画(一部、油彩)を据えています。

会場には主に北澤美術館所蔵の工芸品40点と、川崎市民ミュージアム、神奈川県美、また町田の国際版画館の版画作品の40点、つまり計80点の作品が一堂に会していました。(府中市美術館所蔵の作品は一点もありません。)

それでは構成です。

1.自然とかたち
2.文字を刻む
3.異形の美
4.光と闇


上記4つのテーマのもと、19世紀末の西洋美術の「かたち」の諸相を提示していました。


ドーム兄弟「罌粟文花器」1901-1903年 北澤美術館

冒頭の「自然とかたち」のセクションには、ラリック、ガレ、ドーム兄弟の工芸品が集います。水の精を象り、あたかも女性が蝶へと変化する様子を捉えたかのようなラリックのブローチ「羽のあるニンフ」(1898年頃)には、ダイヤの煌めきと七宝の細かな技術が共存していました。

また変化と言えば、シンプルながらもクロッカスの赤い花を象ったガレの花器「クロッカス文花器」(1897-1904年)も忘れられません。もはや花びらそのものが器と化したかのような洗練されたデザインには感銘させられました。


ルネ・ラリック「蓋物 二人のシレーヌ」1921年 北澤美術館

海に住む妖精シレーヌのモチーフを取り入れたラリックのガラスにも注目です。ここでは「三足鉢 シレーヌ」(1920年)の他、「蓋物 二人のシレーヌ」(1921年)など数点の作品が展示されていましたが、円形のガラスの中でまさに水にそよぐかのようにして表れるシレーヌの姿は実に美しいのではないでしょうか。

シレーヌは歌声で旅人を呼び、そのまま永遠に戻れないようにしてしまうという恐るべき妖精ですが、世紀末芸術ではそうした半ば「淫欲で残忍」(キャプションより引用)な女性にも人気が集まったそうです。道理で官能的なわけでした。


アルフォンス・ミュシャ「ラ・トスカ」1898年 川崎市民ミュージアム

さて2つ目のセクション「文字を刻む」へ進むと、工芸と絵画が本格的にクロスし始めます。世紀末芸術では作中に文字を刻んだ作品がよく見られそうですが、確かにポスター「サラ・ベルナール」(1896年)など、一連の有名なミュシャの石版画にもビザンティン風の文字が強く記されています。


エミール・ガレ「好かれようと気にかける」1880-90年 北澤美術館

またこうしたポスターだけではなく、工芸の領域にも文字が入り込んでくるのも世紀末芸術の特徴かもしれません。ガレの「好かれようと気にかける」(1880-90年)では、褐色にも染まるガラス表面にややグロテスクなカエルとトンボが描かれていますが、そこに表題の文言が刻まれています。

トンボに好かれながらも実は食べてしまおうとするカエルなのか、逆に本当にトンボを愛してただ見つめるカエルなのかは解釈が分かれるそうですが、こうした寓話的の素材による文言は、ガレ作品を『読み解く』面白さでもあるそうです。これまでガレで文字を意識して見たことがなかっただけに、この展示はかなり新鮮でした。

さて先に『グロテスク』と書きましたが、今回の核心はそうした作品が数多く登場する3つ目の「異形の美」にあるかもしれません。ここではガレの象った不気味な生き物や、ルドンの描く怪物などがいくつか紹介されています。


エミール・ガレ「海馬文花器」1903年 北澤美術館

ガレの「海馬文花器」(1903年)には思わず仰け反ってしまう方も多いのではないでしょうか。まるで血の色のような褐色の器の表面には、あたかも蛇のようにうねるタツノオトシゴがまとわりついています。

他にも「においあらせいとう」(1900年)など、花の器官そのものを取り込んだ作品もありましたが、これらは元々、ガレが植物学者であったことにも由来しているとのことでした。


オディロン・ルドン「つづいて魚の胴体に人間の頭をもつ奇妙な生き物が現れた(聖アントワーヌの誘惑より)」1888年 神奈川県立近代美術館

それに先の「海馬文花器」と一緒に、ルドンの「聖アントワーヌの誘惑」の一枚を見ると、その言わば奇異なモチーフが「かたち」として似ていることが分かるかもしれません。なおルドンは生命の起源に強い関心を抱いていました。世紀末を含む近代は、そうした謎を解明、また研究していった時代です。それこそ科学と技術の進展も、美術に与えた影響は大きかったかもしれません。なるほどミュシャのカラーのリトグラフもガレの被せガラスも、この時代だからこそ成立した素材でした。

さらにともに蜘蛛の巣の表現を導入したドーム兄弟の「蜘蛛の巣文壺」(1900年頃)と、ベルトンのポスター「フォリー=ベルジェールのリアーヌ・ド・プジー」(1896年)が併せて展示されています。

このように世紀末芸術では工芸と絵画の両面で、これまでの美の範疇からすれば異質なモチーフが導入されていたことが明らかにされていました。

さて印象派絵画の先例を挙げるまでもなく、世紀末には光の表現でさらなる革新があったことはよく知られるところかもしれません。最後のセクションでは、この時代に生まれた光と闇の様々な姿を、ガレ、ルドン、ドニ、ゴーギャンで紹介しています。

ルドンの黒における漆黒の闇の深さは言うまでもありませんが、一転しての繊細な色彩表現によって温かい光を示したドニ、さらには反透明ガラスを用いて光と闇の絶妙なコントラストなど操るガレなど、まさに三者三様とも言うべき光と闇を楽しむことが出来ました。


オディロン・ルドン「眼をとじて」1890年頃 個人

出品作で唯一の油彩であるルドンの「眼をとじて」(1890年頃)も注目の一作です。作中における様々な神秘の光、例えば水面の光に、頭部の後ろの光の輪などは、それこそ展示のフィナーレを飾るのに相応しいような煌めきを放っていました。


エミール・ガレ「薔薇文花器」1890-1900年 北澤美術館

ルドンの黒の版画とガレのガラスを一度に見る経験は私自身、初めてかもしれません。いくつかある世紀末美術の展覧会でも、今回ほど個性的なものはないと言えるのではないでしょうか。

なお展示監修の府中市美術館の音学芸員をはじめ、館長の井出氏らによる展覧会講座も予定されています。

「世紀末、美のかたち」 展覧会講座

第1回「世紀末前夜、写実主義から印象派まで 1850年代から1880年代」
日時:10月2日(日)
講師:井出洋一郎(府中市美術館館長)

第2回「ガラスの象徴主義、ガレの技法と表現」
日時:10月15日(土)
講師:池田まゆみ(北澤美術館研究企画員)

第3回「石に描く 画家を惹きつけた石版の魅力とは」
日時:11月13日(日)
講師:杉野秀樹(富山県立近代美術館学芸課長)

第4回「世紀末、美のかたち 時代のかたちをさぐる」
日時:11月20日(日曜日)
講師:音ゆみ子(府中市美術館学芸員)


いずれも14時から同館にて無料(予約不要)での開催です。こちらにあわせてお出かけされるのも良いのではないでしょうか。

「もっと知りたいエミール・ガレ/東京美術」

巡回はありません。11月23日まで開催されています。

「世紀末、美のかたち」 府中市美術館
会期:9月17日(土)~11月23日(水)
休館:月曜(但し9/19、10/10日を除く)。及び9/20(火)、10/11(火)、11/4日(金)。
時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
場所:府中市浅間町1-3
交通:京王線東府中駅から徒歩15分。京王線府中駅からちゅうバス(多磨町行き)「府中市美術館」下車。
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「日曜美術館」(NHK・Eテレ)で酒井抱一特集を放送

明日、朝のNHK・Eテレ「日曜美術館」にて、本年生誕250年を迎えた江戸琳派の祖、酒井抱一の特集が放送されます。

「雨の夏草 風の秋草 ~坂東玉三郎 酒井抱一をよむ~」 NHK日曜美術館

放送日 9月18日(日) 9:00~10:00
再放送 9月25日(日) 20:00~21:00


抱一の画業こそ、既に例えば東博の大琳派展などでもよく知られたところですが、如何せん琳派の二巨頭である宗達、光琳らに比べると扱いは少なく、それこそメディアで今回のように単独で取り上げられる機会は殆どありませんでした。


酒井抱一と江戸琳派の全貌特設ブログより

その抱一がとうとう日曜美術館に登場です。ゲストに歌舞伎俳優の坂東玉三郎氏を迎え、番組の本編にて満を持して紹介されます。

番組WEBサイトによると「夏秋草図」の制作の背景を中心に、その生き様の変遷に注目した内容とのことですが、ともかく抱一ファンの私としては、待ちに待った特集としても過言ではありません。



さてご存知かとは思いますが、現在、酒井抱一と江戸琳派の軌跡を辿る一大展覧会が、姫路他、千葉、京都を巡回中です。

「生誕250年記念展 酒井抱一と江戸琳派の全貌」
姫路市立美術館:2011年8月30日~10月2日 *現在開催中
千葉市美術館 :2011年10月10日~11月13日
細見美術館  :2012年4月10日~5月13日


ともに抱一だけでなく、其一らをはじめとする江戸琳派の絵師たちの作品も展示されますが、いずれも会場も展示替えがあるにせよ、総出品数では300点超と、これまでにはないスケールで楽しめることは間違いないのではないでしょうか。


酒井抱一と江戸琳派の全貌特設ブログより

ちなみに現会期の姫路会場では入館者が1万人を突破したそうです。また姫路の特設サイトもなかなか充実しています。

「酒井抱一と江戸琳派の全貌 特設ブログ」 姫路市立美術館/神戸新聞

またその中には、今回放送される日曜美術館特集についての記事もありました。

「会うことがなくても伝わる魂 玉三郎さんが語る抱一への思い」 抱一展特設ブログ

そして関東の人間にとって待ち遠しいのが千葉巡回です。会場である千葉市美術館にも先日より詳細情報がWEB上に出始めました。

「酒井抱一と江戸琳派の全貌」 千葉市美術館 10/10-11/13

展示ももちろん楽しみですが、同時に興味を引かれるのが極めて充実した講演会ではないでしょうか。(以下、千葉市美術館WEBサイトより転載)

オープニングトーク
第一話「抱一に魅せられて―細見コレクションと江戸琳派」
【講師】 細見良行(細見美術館館長)
第二話「酒井抱一の大回顧展に寄せて」
【講師】 岡野智子(細見美術館上席研究員)
10月10日(月・祝)13:00より /11階講堂にて
聴講無料/先着150名

記念講演会(すべて事前申込制)
「酒井抱一の雅俗」
10月16日(日)14:00より(13:30開場)/11階講堂にて
【講師】 小林忠 (当館館長)
聴講無料/定員150名 *申込締切10月10日(月・祝)[必着]
 
「鬼才・鈴木其一の魅力」
10月23日(日)14:00より(13:30開場)/11階講堂にて
【講師】河野元昭 (秋田県立近代美術館館長)
聴講無料/定員150名 *申込締切10月14日(金)[必着]
 
「酒井抱一と下谷」
10月30日(日)14:00より(13:30開場)/11階講堂にて
【講師】 河合正朝 (慶応義塾大学名誉教授)
聴講無料/定員150名 *申込締切10月21日(金)[必着] 

【申込方法】
往復はがきに郵便番号、住所、電話番号、氏名、参加希望の企画、人数(各2名までお申込可)を明記の上、下記までお送りください。
応募多数の場合は抽選となります。*はがき1枚につき、1企画のお申込となります。
〒260-8733 千葉市中央区中央3-10-8 千葉市美術館 企画係

市民美術講座
「酒井抱一と江戸琳派~新出資料紹介を中心に」
11月6日(日)14:00より/11階講堂にて
聴講無料/先着150名
【講師】松尾知子(当館学芸員)



酒井抱一「夏秋草図屏風」東京国立博物館蔵

一般向けの抱一に関する講演会がここまで連続して行われることなど見たことがありません。こちらも非常に注目したいところです。

「もっと知りたい酒井抱一/玉蟲敏子/東京美術」

それでは明日の朝(9/18)、もしくは翌週夜(9/25)のNHK・Eテレ「日曜美術館」をお見逃しなきようご注意下さい。
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「阪本トクロウ展 交差点」 GALLERY MoMo 両国

GALLERY MoMo 両国
「阪本トクロウ展 交差点」
9/3-10/1



GALLERY MoMo 両国で開催中の阪本トクロウ個展、「交差点」へ行ってきました。

展示概要については同ギャラリーのWEBサイトをご参照下さい。

阪本トクロウ展 交差点@開催中の展覧会

出品は全て新作による計30点弱のアクリル画、及び鉛筆画です。同ギャラリーとしては3度目の個展とのことですが、最近では2010年に銀座のギャラリー桜の木で開催された個展も印象に残りました。

さて日常の風景の断片を大きな余白をとった独特の空間で見せる阪本の作品ですが、今回とりわけ心に留まるのは都市の夜景を描いた、その名も「夜景」シリーズでした。


「夜景」2011年

ビルの明かりが煌めく街の上には、深遠なる闇夜が彼方へとのびていきます。建物の描写はかなり鮮明で、少し離れてみると写真のような感触があるのも興味深いところですが、そのリアルな感覚はほぼ実景に基づいているということにも由来するかもしれません。

というのもこれらは両国界隈のとあるビルの上から描かれています。構図上の問題からあえてスカイツリーの方向を描かなかったそうですが、地理にお詳しい方にとっては見慣れた景色ではないでしょうか。闇に浮かび上がる光の斑紋はとてもピュアでした。


左「地図」、中央「水」、右「呼吸」2011年

さて「夜景」の他のアクリル画に関しては、これまでとはやや異なった作風を見せているかもしれません。上から緑の花畑をのぞき込んだ作品や、水の斑紋を捉えた作品などは、半ば抽象画風と言えるのではないでしょうか。



また新境地と言えば、鉛筆画にもやや雰囲気が変わった作品が登場しています。木立の並ぶ光景の「Bird」では、木々の枝の他にざわめく葉までが描かれていました。

10月1日まで開催されています。

「阪本トクロウ展 交差点」 GALLERY MoMo 両国
会期:9月3日(土)~10月1日(土)
休廊:日・月・祝
時間:11:00~19:00
場所:墨田区亀沢1-7-15
交通:都営大江戸線両国駅A3出口より徒歩1分。JR両国駅東口より徒歩約5分。
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「瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館

埼玉県立近代美術館
「瑛九展 宇宙に向けて」
9/10-11/6



うらわ美術館のエントリに続きます。埼玉県立近代美術館で開催中の「生誕100年記念 瑛九展 宇宙に向けて」へ行ってきました。

「瑛九展 夢に託して」 うらわ美術館(拙ブログ)

上記リンク先の感想でも触れましたが、本展はうらわ美術館と同時開催の展覧会です。各テーマのトピックによって会場が分かれています。

展示構成(青字が埼玉県立近代美術館。黒字がうらわ美術館。)

1.文筆家・杉田秀夫から瑛九へ
2.エスペラントと共に
3.絵筆に託して
4.日本回帰
5.思想と組織
6.転位するイメージ

7.啓蒙と普及
8.点へ


うらわ美術館が油画の画風の展開をメインとすると、ここ埼玉県立近代美術館は瑛九の創作の中心でもあるフォトグラムと、晩年の点描表現による大作絵画の展示が見どころとな言えるかもしれません。

展示の掴みが秀逸です。うらわ美術館は瑛九の原点、つまりは制作最初期の評論活動などを紹介する1番目のトピックから始まっていましたが、埼玉県美の導入には、瑛九の思想面を絵画作品とあわせて見るトピック(5.思想と組織)がおかれています。

端的に言えば絵画と言葉のコラボレーションです。会場には彼が文芸誌や書簡などに残した言葉が大きく提示され、さらには数点の油画とフォトデザインの作品が何点か展示されていました。


「旅人」1957年 うらわ美術館

ここにおける油画がなかなか力作揃いではないでしょうか。瑛九ならではの鮮烈な色彩が力強く交じり合う「窓をあける」(1949)の他、うらわ美術館でも紹介されていた古賀春江の作風にも連なる「海」(1950)などが紹介されていました。

そして言葉も胸に響くものが散見されます。「なんもまとまった絵にする必要はない。つっついてつっつき廻すことだ。」や、「僕は僕の精神を表現したいだけだ。僕は今までの概念にあてはまらぬものを表現したい。」などからは、様々なジャンルへ果敢に挑戦し続けた瑛九の人生そのものが示されているように思えてなりませんでした。

さてそのような展示で瑛九の大まかな作風、また生き様を見たあとは、彼のもっと込み入った部分、ようは関心の領域へと踏み込みます。それがエスペラント語です。

エスペラント語とは1880年代、ポーランドのザメンホフによって創案された人工言語ですが、瑛九はその世界共通の公平な言語という位置づけに強い共感を覚え、日常の生活にも取り入れていきました。

また瑛九は故郷の宮崎でエスペラント協会に参加します。彼の兄は支部長までをつとめていたそうですが、夫人にもエスペラント語を教え、普段の会話やメモなどにも使っていました。


「ザメンホフ像」1934年 宮崎県立美術館

なおここでは夫人をモデルに本を読む女性を描いた「読書」(1948)の他、兄やザメンホフの肖像画などが展示されています。エスペラントを通し、瑛九の家庭の生活を垣間見ているような気がしました。

さて埼玉県美では、絵画と並んで瑛九の作品の中核であるフォトデザインの展示が質量ともに極めて充実しています。瑛九はフォトデザインにいくつもの表現上の実験をおこない、結果非常に多様性のある作品を生み出していきました。

同じモチーフを油絵と紙、そしてフォトデザインと変えて表現する様は、例えて言えば先日、東近美の展覧会でも印象深かったクレーの制作の在り方を思い起こさせるのではないでしょうか。

写真原版への直接描画、またはフォトデザインの薬品調合のガラス棒を印画紙の上に載せて写したもの、フォトデザインからエアブラシで描いたものから一つの型紙を反転させて作ったコラージュなど、ともかくその技法は驚くほど多岐にわたっています。また展示ではそれぞれの作品の比較の他、技術面に関しての紹介もあります。瑛九フォトデザイン制作のエッセンスを分かりやすい形で知ることが出来ました。


「卵」1940年 北九州市立美術館

さて全編を通しての最後のトピック、8の「点へ」が展示のフィナーレであるのは間違いありません。

出口前の展示スペースには、細かな点描表現があたかも宙に舞うかのように連なる晩年の大作が十数点のスケールで並んでいました。


「黄色い花」1958年 愛知県美術館

点や粒の表現は何も突然出現したわけではなく、制作期によっていくつかの違いもありますが、やはり圧巻なのは最晩年に到達した、より抽象性の高い三次元的な地平をとる連作群でした。

色とりどりの点は粒状に散り、それらが色のグラデーションによって表情を変えながら、独特の浮遊感と無限の奥行きを生み出しています。


「雲」1959年 埼玉県立近代美術館

展示ではそれらの絵画をあたかも鑑賞者を包みこむように並べています。 その中央に立ち、色と粒の織りなす深淵なイメージを全身で受け止めた時、何とも言い難い感動を得たのは私だけでないかもしれません。

うらわ美術館の感想にも記したように、二会場ともテーマ別の構成です。特に順路はありません。しかしながらこれらの作品を最後に見て、その深い余韻に浸る体験は稀有なものがありました。

二人で一つの展覧会です。チケットは両会場で各800円と別に扱われていますが、一つ目の展示で二つ目の会場の半額割引券をいただけます。つまりあわせて1200円で楽しめるというわけでした。

このクラスの回顧展はもうしばらく望めないかもしれません。実のところ私はこれまで瑛九を特に意識して見たことがありませんでしたが、今回でとても印象に深い画家の一人となりました。

11月6日まで開催されています。

*関連エントリ
「瑛九展 夢に託して」 うらわ美術館

「生誕100年記念 瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館 *うらわ美術館と同時開催
会期:9月10日(土)~11月6日(日)
休館:月曜日。但し9月19日、10月10日は開館。
時間:10:00~17:30
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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「瑛九展 夢に託して」 うらわ美術館

うらわ美術館
「生誕100年記念 瑛九展 夢に託して」
9/10-11/6



生誕100年に際し、画家瑛九(本名:杉田秀夫 1911~1960)の軌跡を辿ります。うらわ美術館で開催中の「瑛九展 夢に託して」へ行って来ました。

宮崎に生まれ、晩年に浦和の地へアトリエを構えた瑛九ですが、今回の回顧展では彼の画業はもとより、フォトグラム制作、評論、教育活動、さらには思想面までの全てを余すところなく紹介しています。

展示は埼玉県立近代美術館との同時開催です。瑛九に関する8つのトピックを儲け、その1、3、4、7をうらわ美術館、残りのトピックを埼玉県美で見せるという構成となっていました。

展示構成(青字がうらわ美術館。黒字が埼玉県立近代美術館。)

1.文筆家・杉田秀夫から瑛九へ
2.エスペラントと共に
3.絵筆に託して
4.日本回帰

5.思想と組織
6.転位するイメージ
7.啓蒙と普及
8.点へ


テーマ別の章立てということで、必ずしも時系列に瑛九の制作を紹介しているわけではありません。ただ、1つめに最初期の創作活動を、最後のトピックで最晩年の点描絵画の変遷を辿っています。

特にどちらからという順路はありませんが、1のトピックがうらわ美術館、ラスト8が埼玉県美ということもあり、はじめにこのうらわ美術館の展示から見ることにしました。

展示は瑛九が瑛九と名乗る前、つまりは本名の杉田秀夫として活動していた頃からはじまります。彼は10代から絵画や美術評論に関心を抱き、例えば文芸誌に論文を投稿するなどしていました。

いわゆる瑛九としてデビューしたのは1936年、20代の半ばになってからのことです。マン・レイやナジらの影響もあってか、フォトグラム制作にも力を入れ、フォトデザイン集「眠りの理由」の発表を機会に瑛九と名乗りました。

また彼の評論などで印象に深いのは展覧会評です。当時、フランスの画家のルシアン・クトーの展覧会が行なわれたそうですが、そこで瑛九は美術を見るに当たって、「自分の生活費感情をとおして見る。」ことや、「現代美術の知識がなくとも勝手に見よ。」ということを主張しました。

絵画やフォトグラムだけにとどまらない瑛九の多芸な創作は、こうした言わば無勝手流のスタンスとも関係があるのかもしれません。

決して広いとは言えないうらわ美術館ですが、瑛九の油画がずらりと並ぶトピック3「絵筆に託して」は壮観の一言です。


「作品」1956年

ここでは瑛九が生涯描き続けた油彩画が約70点も展示されています。


「マッチの軌跡」1936年 宮崎県立美術館

ともかく瑛九というと点描を用いた抽象画のイメージがありますが、むしろそこへ至る多様な画風をこれほどのスケールで楽しめることはなかなかないかもしれません。

故郷宮崎を僅か14歳の時に描いた「秋の日曜日」(1925)や、分厚いタッチで果実や瓶をまとめた「卓上の静物」(1934)などは知られざる杉田時代の佳作と言えるのではないでしょうか。


「宮崎郊外」1943年 宮崎県立美術館

それに印象派風の「宮崎郊外」(1943)などもおおよそ瑛九の作とは分かりません。

また興味深いのは瑛九が色々な画家に多くの影響を受けているということです。

その例としては、彼が信頼していたというオトサトの他、強く画風を意識して吸収した古賀春江、さらにそこからクレー、また思想面で傾倒していた長谷川三郎などが挙げられます。

また三好好太郎に関しては没後、アトリエへと出向き、「蝶とかいがら」のデッサンを入手、そのかいがらのモチーフを取り込んだ「海底」(1948)を描きました。

また実験的な作品としては支持体にガラスを用いた「花の家」(1951)も面白いのではないでしょうか。瑛九の得意とする華やかな色彩感覚は、ガラスという透明感のある素材を借りて、さらに強度を増していました。


「れいめい」1957年 東京国立近代美術館

50年代以降はいわゆる眼のモチーフが登場し、次第にドットを取り入れた独特の抽象へと展開していきます。鮮やかな色面がまるで星のように散らばる「れいめい」(1957)など、それこそ宇宙的広がりを持つ大作が生み出されていきました。

さてこれらの油彩画のあとは、なんと墨画が登場します。瑛九は芭蕉や良寛にシンパシーを抱き、そこから東洋的なものへの関心も深めていきました。


「題不明」 宮崎県立美術館

墨を用いた作品はどれも席画と言えるような即興性の高いものでしたが、書を記すような豪胆なストロークでうなぎを描いた一枚など、なかなか楽しめものもあります。それまでの油画の世界とは似てもにつかない展開です。まさか瑛九がこのようなジャンルで作品を残しているとは思いませんでした。

最後は瑛九の教育者としての側面を紹介します。彼は創造美育協会に参加し、子どもの美術教育にも尽力しました。

またここでは彼の記した「やさしい銅版画のつくり方」と関連し、エッチングプレス機なども展示されています。なおフォトグラムもいくつか出ていましたが、それに関してはもう一つの会場の埼玉県美が充実していました。


「月」1957年 宮崎県立美術館

ここうらわ美術館ではやはり油画の展開がメインと言えそうです。手狭なスペースを考えれば、予想以上に密度の濃い展示でした。

この後は埼玉県立近代美術館へと移動して残りのトピックを楽しみました。そちらの展示については次のエントリでまとめる予定です。 *追記:以下のリンク先にまとめました。

「瑛九展 宇宙に向けて」 埼玉県立近代美術館(拙ブログ)

11月6日まで開催されています。

「生誕100年記念 瑛九展 夢に託して」 うらわ美術館 *埼玉県立近代美術館と同時開催
会期:9月10日(土)~11月6日(日)
休館:月曜日。但し9月19日、10月10日は開館。
時間:10:00~17:00
住所:さいたま市浦和区仲町2-5-1 浦和センチュリーシティ3階
交通:JR線浦和駅西口より徒歩7分。
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「実況中継EDO」 板橋区立美術館

板橋区立美術館
「江戸文化シリーズ No.27 実況中継EDO」
9/3-10/10



江戸絵画における「写生表現」を紹介します。板橋区立美術館で開催中の「江戸文化シリーズ No.27 実況中継EDO」へ行って来ました。

板橋区美恒例の江戸絵画シリーズということで、いつもながらに楽しめる展覧会であることは間違いありませんが、今回は広義の「写生」のみに焦点を当てるという、かなりマニアックな内容に仕上っています。


狩野探幽「草花写生図巻」 東京国立博物館

そして当然ながら写生と単に捉えても、その内実は様々であることは言うまでもありません。本展では写生を3つの観点に絞り、その全体像を探っていました。

構成は以下の通りです。

1.スケッチと真景図
2.事件
3.博物趣味


冒頭の「スケッチと真景図」が充実しています。中でも圧巻なのは伊能忠敬の3幅の作品、「日本沿海輿地図(小図)」ではないでしょうか。


伊能忠敬「日本沿海輿地図(小図)東部諸国」(部分) 東京国立博物館

これはあまりにも有名な忠敬の日本地図の江戸期の複製(最終版は残念ながら焼失してしまったそうです。)ですが、ともかくは北海道から九州まで、日本列島の海岸線の地形の様子が極めて精緻に記されています。

また興味深いのは海岸線だけでなく、内陸の街道筋の地図も書かれていることです。例えば関東では東海道はもちろん、中山道や日光街道方向にも地名と地図が表されています。

その文字や地形図はあまりにも細かく、もはや肉眼で見るのは困難なほどでしたが、そこは板橋区美の単眼鏡貸出サービスを利用するのも良いのではないでしょうか。

受付に申し出れば、保証金1000円にて単眼鏡を借りることが出来ます。(保証金は返却されます。)地図好きの私にとってはたまらない作品だけに、ここは単眼鏡片手に食い入るように見つめてしまいました。

細かいといえば、浮世絵師北尾政美こと鍬形慧斎の「江戸一目図」も忘れられません。その名の通り江戸の市中をパノラマ的に描いた作品ですが、江戸城の他、連なる家屋、さらには隅田川に浮かぶ舟などが、これまたガラス越しの肉眼では分からないほどの細かさで描かれています。

またもう一点、北斎の門人として知られる蹄斎北馬の「浅草寺境内図屏風」も単眼鏡必須の一枚です。

お祭りで賑わう浅草寺境内の様子が描かれていますが、参詣人から商売人が一体何名いるのかと思うほどたくさん登場しています。キャプションには関取もいると案内されていましたが、この芋洗い状態の中で探すのは至難のわざではないでしょうか。結局見つけることは出来ませんでした。


守住貫魚「袋田滝図」(部分)

さらにもう一点、真景図で挙げておきたいのは守住貫魚の「袋田滝図」です。守住は幕末期に徳島藩の御用絵師として活躍し、明治に入ってからは帝室技芸員にも選ばれたという画家ですが、滝の水の流れの何とも言い難い清涼感は他の作品からは得られません。水の向こうで透き通って見える岩肌など、細部の描写もかなり優れていました。

精緻云々の一方で、緩やかなタッチで魅せるのが池大雅らの「三岳紀行」です。登山好きとして知られる大雅は友人らと白山や立山に登った際、ラフなスケッチにて山の様子を記しました。


池大雅「比叡山真景図」練馬区

ちなみに大雅では、少し前に発見され、練馬区美にて初公開された「比叡山真景図」も出ています。こちらはもっと景色をリアルに描いたものですが、硬軟使い分ける大雅の筆を楽しめる展示と言えるかもしれません。

第二章の「事件」は、震災などを考慮し、作品が4点と少なめです。

ここでは「富岡八幡宮祭礼永代橋崩壊の図」が忘れられません。これは1807年、実際に起きた橋の崩落事件を無名の画家が記したものですが、二つに折れた橋から川へと落ちる人々の姿が動きのある描写で表されています。

他にも地震や大火など、江戸時代にも何度か起きた災害は、様々な絵師によって記録されてきたそうです。単にリアルに描くだけでなく、こうした臨場感のある描写も、写生表現における重要な要素ではないでしょうか。

ラストの博物趣味のコーナーがまた壮観です。とりわけ六曲一双の大画面に19種、53体の動物を描いた円山応挙の「群獣図屏風」は一つのハイライトであること間違いありません。


円山応挙「群獣図屏風」(部分) 宮内庁三の丸尚蔵館

いつもながらに可愛らしい子犬にはじまり、うさぎや猿、さらには巨大な象などが、それぞれの特徴を良く表している形で描かれています。

また二本の樹木の枝ぶりや後方に描かれた小さな馬など、画面に遠近感があるのも応挙ならではのことかもしれません。三の丸尚蔵館の作品とのことでしたが、初めて見られて喜びもひとしおでした。

また何もこうした大作だけでなく、小品にも興味深いものがあります。その一つが武蔵石寿編、服部雪斉画による「目八譜」です。これは約900もの貝を種類別に分け、絵画に記録したものですが、例えばほら貝の内側には雲母が塗られ、そのキラキラとした輝きも浮かび上がってきます。

博物学が隆盛した18世紀以降、こうした生き物の図鑑のような書籍が多く編纂されました。中でも有名な「博物館」と呼ばれる書の編纂は残念ながら明治になって中断されてしまいましたが、残りの一部の作品もいくつか展示されています。 そのうち、あの高橋由一が画を担当した「魚譜」も見どころの一つでした。


中島仰山「うみがめノ図(腹面)」 国立科学博物館 *チケットから

最後に紹介したいのは、今回の展覧会のチケットのデザインにも採用されたに中島仰山の「うみがめノ図」です。

将軍慶喜に油絵を伝授した経歴も持つ中島は、小笠原のウミガメをほぼ等身大サイズにて、正面、横、背面の三方向から描きました。

予想以上に巨大です。チケットや図版ではその迫力は伝わりません。ここは是非会場でご覧になられることをおすすめします。


狩野探幽「獺図」 福岡市美術館

板橋のスペースもいうこともあり、出品数は全部で40点強ですが、写生繋がりでよくぞここまで様々な作品を集めたかと感心しました。江戸絵画好きにはやはり見逃せない展覧会ではないでしょうか。

関連の講演会も充実しています。(会場:板橋区立美術館講義室、定員:先着100名、聴講無料)

「粉本と写生」
と き:9月19日(月・祝)14:00~15:30
講 師:榊原 悟(群馬県立女子大学教授)

「殿中でござる-江戸城中の事件の真相-」
と き:9月25日(日)14:00~15:30
講 師:氏家幹人(歴史学者)

「風景ということ、それを描くということ」
と き:10月1日(土)14:00~15:30
講 師:金子信久(府中市美術館学芸員)

「肉薄する眼差し-江戸と明治のはざまで-」
と き:10月8日(土)14:00~15:30
講 師:児島薫(実践女子大学教授)


なお一部作品において巻替え、及び展示替えがあります。詳細は出品リストをご参照下さい。

江戸文化シリーズNo.27 「実況中継EDO」 出品リスト(PDF)


羽川藤永「朝鮮通信使図」

10月10日まで開催されています。

「江戸文化シリーズ No.27 実況中継EDO」(@edo_itabashi) 板橋区立美術館
会期:9月3日(土)~10月10日(月・祝)
休館:月曜日。但し9/19、10/10は開館し、9/20は休館。
時間:9:30~17:00
住所:板橋区赤塚5-34-27
交通:都営地下鉄三田線西高島平駅下車徒歩13分。東武東上線・東京メトロ有楽町線成増駅北口2番のりばより増17系統「高島平操車場」行き、「区立美術館」下車。
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「成層圏 vol.4 松川はり×川北ゆう」 ギャラリーαM

ギャラリーαM
「成層圏 vol.4 松川はり×川北ゆう」 
9/3-10/8



ギャラリーαMで開催中の「成層圏 vol.4 松川はり×川北ゆう」展へ行ってきました。

展示概要については同ギャラリーWEBサイトをご覧下さい。

vol.4 松川はりx川北ゆう Hali MATSUKAWA x Yu KAWAKITA

川北ゆうは2010年に東京・京橋のINAXギャラリーでも個展がありました。

さて今回は上記2名の作家による絵画展ですが、その共通する要素は「水」とでも言えるかもしれません。


左、松川はり「Aqua mirror-t」他 2011年 テトロン、水干、岩絵具、ペン、紙 

松川は素材に岩絵具を、また川北は油絵具やアクリルを用いるなど、素材こそ全く異なりますが、生み出された表現はどこか水面や流れを連想させるものがあるのではないでしょうか。

松川が展開しているのは水面を通して見る二つの景色、ようは鏡面世界です。「わたし」(画廊WEBサイトより引用)を水色に揺らぐ水面に写し、そこから広がる光景を上下の構図にて描きだしました。

また作品の表面にも要注目です。支持体は言わば二層構造に透け、さらにその奥、つまりは向こう側の世界を見通せるような仕掛けがとられています。水に写り込んだ二つの「わたし」というモチーフと、二層の支持体という表現技法の双方から、巧みなダブルイメージを浮かび上がらせていました。


川北ゆう「2011.813」他 2011年 パネル、油絵具

さて一転しての川北はほぼ一見するところモノクロームの世界です。まさに水にインクを滲ませて流したような線が支持体を幾重にも緩やかに駆けています。その様子はまさに滴り落ちる滝であり、またとうとうと流れる河の水紋のようでもありました。

また線が横に流れる作品では、地層の表面、また大地の斑紋を思わせるものがありました。一見、抽象的ながらも、上下左右、それこそ自在にそよぐ線描から広がってくる様々なイメージもまた魅力であるのかもしれません。仄かな色のグラデーションもまた表情に細かな変化を生み出していました。

なお本展より開廊時間が1時間ほど延長し、18時までとなりました。(オープンは従来通り12時から。)

10月8日まで開催されています。

「成層圏 vol.4 松川はり×川北ゆう」 ギャラリーαM@gallery_alpham
会期:9月3日(土)~10月8日(土)
休廊:日・月・祝
時間:12:00~18:00
住所:千代田区東神田1-2-11 アガタ竹澤ビルB1F
交通:都営新宿線馬喰横山駅A1出口より徒歩2分、JR総武快速線馬喰町駅西口2番出口より徒歩2分、日比谷線小伝馬町駅2、4番出口より徒歩6分
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