「ロスコ・ルーム」 川村記念美術館から

川村記念美術館
常設展示
「マーク・ロスコ -ロスコ・ルーム(7枚のシーグラム・ビル壁画)- 」



川村記念美術館の常設展示のハイライトは、マーク・ロスコ(1903-70)による7点の大きなカンヴァス画が並べられた「ロスコ・ルーム」ではないでしょうか。ニューヨークのレストラン「フォー・シーズンズ」のために制作されたというこの作品は、ロスコ本人の望みもあり、落ち着いた一展示室に集められています。もちろん、薄暗い照明の中で一人占めして鑑賞することも可能です。日本ではこの美術館だけというロスコの本格的なコレクション。これは実に貴重な空間です。

7枚とも黒みを帯びた赤い色が基調となっています。大きなカンヴァスの中には、窓枠か扉を思わせるような形があって、それが「別世界へとつながる入口のようでもあり、永遠に閉じられた窓」(川村記念美術館より。)とも見えるようです。展示室の中央に置かれた椅子に腰掛ければ、壁という壁の全てにかけられた一連の作品に囲まれます。私は、異次元や別世界への出入り口というよりも、むしろ壁からこれらの形や色が、鈍い音の連鎖とともに滲みだしてきて、部屋全体の空間を支配するか、もしくは浸食して来ているような気配を感じました。どちらかと言えば「永遠に閉じられた窓」に近い印象かもしれません。

私がこの「ロスコ・ルーム」と接したのは、今回(アルプ展)で二度目になりますが、昨年に初めてこの美術館に出向いた際に見た時は、不思議にもあまり印象に残りませんでした。しかし今度は違います。展示室に長時間居座って、その空間の余韻も深く味わってみる。監視員の方が座られている部屋の角の椅子にも座って、様々な角度で作品とじっくりと対面したいとも思いました。この部屋に長時間いれば、いつの間にかその色と形に支配されてしまった自分に気が付く。そんな雰囲気さえ漂っています。

マーク・ロスコはアメリカ抽象主義を代表する作家ですが、シュルレアリスムとの関連や、神話学的、または宗教的な主題との関係も指摘されるという幅広い表現の持ち主です。また、1996年には東京都現代美術館にて回顧展も開催されました。ただ残念ながら、それは私が美術に関心を持つ前のことだったので見ておりません。またどこかで展覧会を開催していただければとも思いました。
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「近・現代日本美術のあゆみ」 千葉市美術館 6/25

千葉市美術館(千葉市中央区中央)
「近・現代日本美術のあゆみ」
5/21~7/3

千葉市美術館で開催中の「近・現代日本美術のあゆみ」を見てきました。小林清親から吉原治良まで、同美術館のコレクションを約130点ほど集めた展覧会です。日本の近・現代美術の流れを、かなり偏った方向から概観する内容となっていました。

以前この美術館で初めて見て、とても好きになった勅使河原蒼風ですが、今回の展覧会でも数点が出品されていました。彼の作品は一応「屏風画」の体裁をとっていますが、「書」であるのも間違いありません。屏風の上方から空へ飛び去ってしまう龍のように描かれた「半身半獣」や、画面の全てを力強く激しいタッチで満たした「萬木千草」など、二度目に見ても強い生命感を思わせるものばかりです。また、今回の展示では、銅製の彫刻である「ミコ」も合わせて出品されていました。こちらも荒々しさと何処とない端正さが同居した、素晴らしい作品だと思います。

鏑木清方の「薫風」も実に魅力的でした。赤みを帯びた桃色の着物と真っ青な帯に重なる白い羽織り。この美しい組み合わせの衣装を身に纏っているのは、橋を渡りつつ斜めに構えた清楚な女性です。また、背景に描かれた「青」を基調とした植物の淡い味わいにも惹かれました。この作品は、じっと何かを見つめるような目線の不気味さと、赤く艶やかな衣装が印象的な横尾芳月の「和蘭陀土産」と並んで、展覧会でのハイライトではなかったかと思います。

小林清親の一連の錦絵も見応えがあります。思い切って前景を引き出した構図が面白い「江戸橋夕暮富士」は、既にガス灯のともった江戸橋から遠くの富士山を眺める作品ですが、画面の右下に影絵のように登場する一人の職人(?)の姿が特に印象に残ります。彼の作品は、時代のこともありますが、どれも彩色が実に見事で生き生きとしています。十点以上まとまって鑑賞できたのも嬉しいところでした。

ところで、「近・現代日本美術のあゆみ」と題されると、近代と現代の作家の作品が万遍なく展示されているように思ってしまいますが、実際出品されている作品の殆どは、いわゆる「近代」に属するものではないかと思います。具象派の吉村治良による「無題 作品(2)」や、斉藤義重の1991年の作品である「Black Box3」などが「現代」に当たるのでしょうか。何れにしても僅かな数しかありません。

土曜日だというのに、相変わらずの「閑古鳥状態」でしたが、近代の日本画や彫刻を楽しめる展覧会です。来月三日までの開催です。
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Reading Baton

「Reading Baton」「Under Water」のShallot Bさんから廻ってきました。ズバリ「Musical Baton」の読書版(二番煎じ?)です。早速回答を…。

1.お気に入りのテキストサイト(ブログ)
左下のBOOKMARKにリンクさせていただいたブログは、いつも楽しく拝見しています。

2.今読んでいる本

・「ローマ人の物語4 ユリウス・カエサル(ルビコン以前)」 塩野七生著 新潮社
 近所の図書館で借りて、シリーズの第一作目から読んでいます。文章がやや私の苦手な感じでなかなか進まないのですが、ようやくカエサルの登場までこぎ着けました。これから「ガリア戦記」です。

・「ユリシーズ」 ジェイムズ・ジョイス著 丸谷他訳 集英社文庫
 今年は英文学(もちろん訳本です。)を色々と読んでいるのですが、その中でもまだ未読だったジョイスにスポットを当ててみました。「ダブリンの市民」、「若い芸術家の肖像」と続いていよいよ「ユリシーズ」です。と言いましても昨日から読み始めたばかりなのでまだ第一部…。スティーヴン・ディーダラスが給料を受け取ったところまで進みました。

・「キリスト教は邪教です!(現代語訳アンチクリスト)」 F.W.ニーチェ著 適菜収訳 講談社+α新書
 毎月、新刊の新書を適当に何冊か読むのがクセとなっています。今は適菜氏による超意訳が話題の「アンチクリスト」です。ちくま学芸文庫で訳されている「反キリスト者」と照らし合わせて読むとまた面白味が増します。

3.好きな作家
読むジャンルがかなり偏っているので何とも言えませんが、ドストエフスキー、カフカ、バルザック、カミュ、ゾラの順で挙げられそうです。国内の作家は、古典的なもの(漱石、三島等々…。)であれば大概は読みますが、最近の方までは手が伸びていません。おすすめの作家がいたら教えていただけるとありがたいです。

4.よく読むまたは、思い入れのある本

・吉川英治「三国志」:読書とは全く縁の遠い学生時代を送っていた私ですが、中学三年生の時に寝る時間を惜しむぐらい没頭し、ロマンにどっぷりと浸ったことを憶えています。私の読書生活(?)の原点です。

・島崎藤村「破戒」:多感な十代の頃でした。オイオイ泣きました…。(今思うと何故だか分からないのですが…。)

・ジョージ・ゴードン・バイロン「チャイルド・ハロルドの巡礼」:このブログの名付け親(?)の作品でもあります。イギリスロマン派の詩人バイロンによる美しく壮大な叙事詩です。

5.この本は手放せません!
・フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー「罪と罰」:古典中の古典ですので今さら私が語ることなどありませんが、初めて読んだ時は、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けました。今でも何か機会のある度に再読しています。もちろんドストエフスキーは他の作品も大好きです。

6.次にバトンを渡すヒト3名
相変わらずの「○×の手紙」方式です。前回の「Musical Baton」の時は、バトンを持って行って下さいと呼びかけただけで終わったのですが、今回は思い切ってバトンをタッチさせていただきます。

「BLUE HEAVEN annex」のTakさん。(前回バトンを戴いたのはTakさんでした。今度はこちらから別のバトンを差し上げます。)

「徒然と(美術と本と映画好き…)」のlysanderさん。(書籍のカテゴリーで様々な本をご紹介されているlysanderさん。お好きな作家はどなたでしょうか。興味津々です。)

「庭は夏の日ざかり」のSonnenfleckさん。(「晴読雨読」の素敵なコーナーがあるSonnenfleckさんに是非お願いします。)

Musicalの次はReading。この分だとまた新たな話題でバトンが廻されそうです。さて何時まで…。
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「ハンス・アルプ展」 川村記念美術館 6/25

川村記念美術館(千葉県佐倉市坂戸)
「ハンス・アルプ展」
4/5~6/26(会期終了)

なめらかな曲線が描き出す温もりのある造形。磨き抜かれた美しい質感と穏やかな表情。抽象的でありながらも、どことなく詩的で、さらには遊び心すら持っているような世界観…。川村記念美術館の広い空間を贅沢に使った、日本では20年ぶりというハンス・アルプの回顧展へ行ってきました。

言うまでもなくアルプは、20世紀を代表する彫刻家として知られていますが、詩人としても大いに活躍していたのだそうです。「ダダ」から前衛芸術へと目を向けていた彼の芸術観は、一見するところ抽象的な作品群に接すれば理解できるように思いますが、さらに彼の面白い点と興味深いのは、その抽象性の上に、詩の持つイマジネーションを大きく投影させていることではないでしょうか。作品の「形」や「色」だけではすぐに結びつかないような「温かみ」や「微笑ましさ」を感じるのは、詩の魅力を、半ばウィットを込めて作品へ投入しているからのように思いました。

上にアップしたパンフレットに載っている作品は、「デルメルの人形」(1961年)です。柔らかい曲線が、頭や胴を美しいフォルムで包んでいます。作品をぐるりと廻ると、見る角度によって表情が少しずつ変化していきます。どこも非対称的で均一性がありません。また、作品の表面の光沢感は、作品へ差し込む光を様々な方向へ反射させ、また取り込んでいました。大きさも30センチ程度で、そっと手で撫でたくなるような愛くるしさを感じます。とても魅力的な作品です。

まさにおとぎ話の国から出てきたような「地の国の精から」(1949年)や、構成や形の関係性を問題にしたような「配置」(1928年)まで、幅広い世界をカバーするような創作の多様性も、アルプの魅力の一つではないかと思います。ブロンズや大理石、または木材などの異なる素材による表情の変化も興味深く、どれも飽きさせません。

彫刻以外にはドローイングなどがいくつか展示されていましたが、まるでマティスを思わせるかのような造形でした。何か影響なり関係があったのでしょうか。興味が湧きました。
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川村記念美術館と今年の花菖蒲

こんにちは。

今日は「ハンス・アルプ展」を見るために、千葉県佐倉市にある川村記念美術館へ行ってきました。強い日差しが照りつけていましたが、木陰は思ったより涼しく、束の間ながらの森林浴を楽しんできました。



塔を思わせる独特の建物が川村記念美術館。昨年のライマン展に続いて二度目です。


大日本インキ化学工業株式会社の総合研究所の広大な敷地内にあります。


一企業の所有地なので、立ち入り制限がなされている場所も多いのですが、隅々まで手入れが行き届いています。


花菖蒲畑が一般公開されていました。今年はやや遅めなのだそうです。




なかなか見事です。美しく咲き誇ります。


可愛らしい睡蓮でした。

アルプ展を楽しんだ後は千葉市へ移動して、市美術館で開催されていた日本の近・現代美術の展覧会を見てきました。両方の感想は、また後日にでもアップしようかと思います。
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今年の秋は「横浜トリエンナーレ2005」

こんにちは。

先日、映画や展覧会を楽しむために横浜へ出向いたところですが、今秋開催予定の「横浜トリエンナーレ」があちこちで宣伝されていました。9月28日から12月18日まで、山下公園先のふ頭倉庫に「現代美術」が一同に集まる首都圏随一の美術イベントです。今から期待が高まります。

ところで、2001年に開催された第1回の横浜トリエンナーレですが、実は私はあまり良い思い出がありません。当時は今程現代美術に関心もなく、当然ながら頻繁に「美術館巡り」もしていませんでしたが、作品云々の問題というより、会場のあまりにも雑多な雰囲気と異常な人ごみにすぐ疲れてしまって、作品を碌に見ないで帰ってしまったことを憶えています。今思い返すと勿体ないことをしたものです。

今回のトリエンナーレは、紆余曲折ありながらも川俣正さんを総合ディレクターに迎えて、国内外の80名のアーティストが、「日常からの跳躍」をテーマにして様々な「芸術」を提示します。(まだ最終的な参加者が確定していないそうですが。)パフォーマンスや演劇などの交流イベントも多数用意されているそうで、前回と比べると全体の規模は若干の縮小となるかもしれませんが、大変に熱気のあるイベントとなりそうです。私としてはともかく、一つ一つの作品を質感を損なわない形で展示していただきたいと願うばかりです。

横浜トリエンナーレ2005 アートサーカス「日常からの跳躍」
会期:2005/9/28~12/18
会場:横浜山下ふ頭3号、4号上屋(みなとみらい線元町・中華街駅下車)
7月31日まで、ちけっとぴあで「特別先行前売券」を1300円で発売しているようです。当日券が1800円ですから結構お得です。

*第一回目のトリエンナーレの総括が国際交流基金のサイトにPDFにて掲載されていました。アンケート結果の自由回答欄の率直な意見がなかなか興味深かったです。
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「広がりのある風景画」 山種美術館 6/19

山種美術館(千代田区三番町)
「広がりのある風景画」
5/14~6/26

山種美術館で開催中の「広がりのある風景画」展を見てきました。

まず、一番始めに展示されていた正井和行の「流水」(1975年)に魅せられました。悠久の時を思わせるような大きな地平線をバックに、河が大きく何度も蛇行しながら滔々と流れています。手前側にスクッと立っている一本の細い木が、奥の地平線との対比を示して、構図に安定感を与えます。モノトーンのような落ち着いた彩色も好印象でした。

出品作品の中でも一際目立っていたのは、奥村土牛の「鳴門」(1959年)でした。朧げに浮かぶ淡路島の峰を背景に、真っ白な飛沫を上げながらグッと大きく渦巻く潮の様子が、極めてダイナミックに描かれています。また、油彩画のようにたっぷりと塗られた色が、波打つ海の立体感を巧みに表現して、水の重さすら感じさせるような高い質感を見せていました。これは文句なしに素晴らしい作品だと思います。

二つの作品が展示されていた川合玉堂も、大変に見応えがあります。「遠雷春秋」(1952年)は、奥に横たわる山々の連なりと、手前側に描かれた農作業の様子が対比されていて、とても奥行きを感じさせますが、さらにその二者の間が靄でぼかされた表現となっているのが実に見事です。靄から立ち上がってくる山の急峻な頂きは、広がりと高さを美しく自然に表現していました。

以前、この美術館で作品を見てからとても気になっている菱田春草も、一点展示されていました。縦に長い構図が印象的な「月下牧童」(1910年)です。真ん丸の月が上の方の遠い彼方に描かれていて、そこから目を下へ降ろすと、牧童が精彩な描写で表現されています。牧童の後ろで風になびく草の様子がまた魅力的で、後方へ向かうに従って徐々にぼかされているのも美しく感じました。

他には加山又造の「満月光」(1973年)などが特に印象に残りました。緑深くなった千鳥が淵を散歩しながら山種美術館で美しい風景画を楽しむ。あの辺りは良い散歩コースにも恵まれています。次の日曜日までの開催です。
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「ルーヴル美術館展」 横浜美術館 6/18

横浜美術館(横浜市西区みなとみらい)
「ルーヴル美術館展 -19世紀フランス絵画 新古典主義からロマン主義へ- 」
4/9~7/18

横浜美術館に到着したのは17時頃だったでしょうか。金曜だけでなく土曜日も延長開館(20時まで)していただけるのは有難いものです。館内は想像していたよりも空いていて、ゆったりとした雰囲気で作品と向かい合うことができました。

「新古典主義かロマン主義のどちらが好きか。」と問われれば、今の段階での私の趣向はロマン主義にあると思います。中でも「盟主」ドラクロワの作品は多く展示されていました。初期作品である「母虎と戯れる子虎」(1831年)の意外なまでに端正に描き込まれた二頭の虎の迫力、諧謔的な雰囲気さえ漂わせる「墓場のハムレットとホレーショ」(1859年)、さらには激しいタッチが生々しい「怒りのメデイア」(1862年)、そして展示されていた作品の中で最も繊細な色彩感が見られた「オフィーリアの死」(1844-53頃)など、どれも印象に残るものばかりで見応えも抜群でした。これまでドラクロワをまとまって拝見したことがなかったので、貴重な機会を楽しむことができました。

「ロマン主義による自然への関心。」とのことで、「自然主義」として登場していたコローやミレーも味わい深い作品ばかりです。中でもコローは好きな作家の一人ですが、今回改めて接してみると、画面全体に美しく散りばめられた小さな宝石のように塗られた油彩の味わいと、幻想的ともいえる「光」の穏やかな表現にはうっとりとさせられます。特に「カステルガンドルフォの思い出」(1865年)は深く印象に残りました。また「泉水のわきにたたずむギリシア娘」(1865-70年頃)も美しい作品です。凛とした横顔を見せる女性が、淡いタッチの中から映えるように描かれて、地面まで長く伸びた白い服が見事な質感を見せています。コローの魅力を十分に満喫できる作品でした。その他「自然主義」では、水際に照らされた陽の温かさと中央部分の木立の柔らかな質感に魅せられたドービニーの「沼、ロンプレの近く」(1870年)と、何やら胸騒ぎをさせられる赤々しい夕焼けが強烈なルソーの「森の落日」(1866年)が心に留まりました。

以前はあまり関心を持って見てこなかったアングルですが、極めて高い完成度を感じさせる「トルコ風呂」(1859-63年頃)の凄まじさには圧倒されます。全裸の女性がのたうち回るように描かれ、その特異な構図感からして目を見張らせますが、それぞれの女性の官能的な表情には非常に興味をそそられました。古典的な技法が見せる堅牢な画面構成とは裏腹に、そこから垣間見ることのできる人間の欲望を剥き出しにしたようなある意味での「卑猥さ」のギャップ感。入浴という日常の「癒し」の光景を切り取った作品なのに、落ち着きや安らぎ感を与えません。見る前に抱いていた漠然とした先入観は簡単に打ち砕けました。「泉」(1820-56年)で見せた女性の柔らかな肉体の美しさと合わせて、アングルの深い魅力を初めて教えられたような気がしました。

ダヴィットの「マラーの死」(19C初頭)や、ピコの「アモルとプシュケ」(1817年)などの名画も、実際に目にするのは初めてでしたが見応え十分でした。会場を一巡しながら作品を流し目で見ても、今回の展覧会に出品されたものがどれだけ素晴らしいのかが良く分かります。もちろん、二巡目はじっくり時間をかけて鑑賞しました。名前負けすることのない期待以上に力の入った展覧会です。

ところで今回のチケットは、昨年に横浜美術館が企画した「開館15周年スタンプカード」でいただいた特典の無料券で観覧しました。これは、4つの展覧会を有料で入場すれば、ショップの500円引きと一つの企画展招待券がプレゼントされるというものです。残念ながらこの企画は今年はありませんが、その代わり次の企画展から「リピーター割引」を始めるそうです。観覧済みの有料券を提示すればチケット料金が団体料金になるとのことで、チケットの期限も一年間です。些細な取り組みかも知れませんが私は支持したいです。秋から開催される予定の「李禹煥展」が今から楽しみです。
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「海が満ちる時」 フランス映画祭2005 6/18

パシフィコ横浜会議センター(横浜市西区みなとみらい)
「海が満ちる時」
(2004年/フランス/ヨランド・モロー+ジム・ポルト監督)
6/18(フランス映画祭2005

パシフィコ横浜で開催されていた「フランス映画祭2005」で「海が満ちる時」を見てきました。

監督でもある主演のヨランド・モローが演じるのは、一人芝居を演じながら北フランス各地の小さな劇場を渡り歩く「旅芸人」イレーヌです。ラブストーリーということで、舞台をきっかけにして彼女に惚れ込んだドリスとの恋の過程が、ぎこちない印象で描かれていきます。彼女が移動用に使っていた自動車の故障の修理を手伝った彼との出会い。想い焦がれる彼の情熱的なアプローチ。彼に徐々に心を開くイレーヌの繊細な恋心。一時の別れやその後の破局…。展開は「お決まり的」な印象すら受ける程の古典的な恋愛劇が続いていきます。

この作品の最も優れた点は、言葉にならないような恋心を抱くイレーヌを、モローが細やかな表情で演じたことでしょう。「私のヒヨコちゃん。」として、ドリスと舞台へ上がった時に見せる彼女の微妙な立ち振る舞い。そしてその後に得る二人の幸せな時間。二人が結ばれていく過程は、移動中の「密室」である自動車の中や、何故か二人で忍び込んだ立ち入り禁止の海岸での「戯れ」などのシーンで切なく描かれます。イレーヌが砂浜で風を爽やかに受けながら、喜びに溢れた声で一人唄い出す場面が最も美しく感じました。

イレーヌが演じる一人芝居のシーンも頻繁に登場します。彼女の劇は観客の笑いを常に誘っていました。彼女の温かい心持ちは「劇中劇」からも伝わります。赤い仮面をかぶって舞台から観客を呼び上げ、客席と一体となって楽しさを分かち合う。実は私はその「笑い」や「楽しさ」を殆ど共有出来なかったのですが、雰囲気は十分に感じとれました。この辺の面白さを感じとれるか否かで、この映画への評価も大きく変わってくるかもしれません。

上演後は主演と監督を務めたモローが登場し、簡単な質疑応答と、作品中に使われた「歌」を即興で披露して下さいました。個人的には物足りなさを感じた作品だったのですが、ステージ上で優しく振る舞うモローの姿を見て、何やら納得させられました。フランスでは数々の名誉ある賞を受け取って、興行成績も良かったということなのですが、日本での配給はどうなるでしょうか。
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「イスラエル美術の兆し展」(横浜会場) ヨコハマポートサイドギャラリー 6/18

ヨコハマポートサイドギャラリー(横浜市神奈川区栄町)
「イスラエル美術の兆し展 多文化社会に生きる」
6/10~7/7

東京と横浜の二会場に分かれて開催されているイスラエルの現代美術展です。出品作家は全部で四名。横浜会場であるヨコハマポートサイドギャラリーでは、ダニエル・バウァーとニラ・ペレグの作品が展示されていました。

展示室の中央に置かれているビデオ・インスタレーションは、ニラ・ペレグの「Canicule」という作品です。ホームセンターで購入してきたという、裏地に葉とレンガの模様が描かれたビニールシートをスクリーンに見立てて、多くの人々が水浴びをしている光景を、靄のかかったような不鮮明な映像で見せていきます。イスラエルの作家ということで、映し出された場所がイスラエルを含んだ中東地域かと思ってしまいますが、実は数年前猛暑に見舞われたパリで撮影されたフィルムなのだそうです。様々な人種の人たちが肌を露にしての水浴びの姿。この映像の手にかかると、それが人々の暴力的なぶつかり合いやデモ行進などの、力強く逞しい営みへと変化させて見えてきます。本来はガラスに映し出して両面から見ることの出来る作品だったそうですが、今回の展示ではあえてビニールシートという全く別の素材を使って、新たな表現を模索していったのだそうです。パッと見ただけでは水浴びとは分からない映像です。見る側の様々な物語が投影されそうな作品でした。

ペレグの作品の横に4点程並んでいたのは、ダニエル・バウァーによる平面作品でした。一見、ごく普通のイスラエルの風景写真かと思いきや、実は写真に17世紀オランダ絵画の光の表現を取り込んで重ね合わせたという、凝った仕掛けになった作品です。荒々しい岩肌の露出するイスラエルの地平線にのしかかるオランダ絵画の独特の空。全く接点のない「場」を同一化させて斬新な「場」をもう一つ生み出していました。私には面白く見えましたがどうでしょうか。

ヨコハマポートサイドギャラリーは、この展覧会の開催で、初めてその存在を知りました。駅前とは思えないような横浜駅東口の殺風景な所を歩くこと5~6分。オフィスビルの一階にある目立たない小さなギャラリーです。私が行った時はギャラリーの方がわざわざ「作品解説」をして下さいましたが、美術展で説明を受けるのは初めての体験で少し驚きました。(もちろんとても参考になりましたので、有難かったです。)今度は東京会場のトーキョーワンダーサイトで、残りの二名の作品を見てこようかと思います。

*ヨコハマポートサイドギャラリーは日・祝日がお休みです。
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速水御舟 「茶碗と果実」 東京国立近代美術館から

東京国立近代美術館
常設展示
「速水御舟 -茶碗と果実- 」(1921年)

内側が仄かに照り出された小さな茶碗と、赤く熟れた瑞々しい果実。東京国立近代美術館で展示されている速水御舟(1894-1935)の作品の中では、この「茶碗と果実」に強く惹かれます。

茶碗と三つの果実は、画面の中で対になるように配されています。どれも光が微かに当たっているのでしょうか。影が右側へやや伸びているばかりか、仄かな照りを見せています。また果実は、まるで談笑しているかのように仲良く寄り添っていますが、一つは寝そべるように横たわっています。そして、色合いが若干あせたように見える茶碗は、使い古された味わいを感じさせる。茶碗と果実という「物」を対象としているのに、何やら可愛らしさや愛おしさを思わせる作品でもあります。

実際にご覧になった方も多いかとは思いますが、昨年秋に山種美術館で「生誕110年 速水御舟展」が開催されていました。今年になって日本画を見出した私は、折角のその展覧会をパスしてしまって、今更ながらに悔やんでいるところです。40歳という若さで亡くなった彼ですが、その創作はかなりの数に及ぶとか。是非まとまった形で拝見してみたいと思いました。
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Musical Baton

「Musical Baton」Takさんから廻ってきました。

「海外のブログに端を発する、音楽に関する企画。音楽に関するいくつかの質問が「バトン」として回ってきたら、自分のブログ上でこれらの質問に答え、次の5人を選びその人にバトンを渡す、というルール。」

初めて知りましたが、検索してみるとあちこちのブログで取り上げられているようです。「次の五名へ渡すルール」というのがとても義務的ですが、折角バトンを受け取ったので「回答」だけはしてみます。

1.コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量
殆ど入っていません。音楽は今のところステレオで楽しんでいます。

2.今聞いている曲
ウェーベルンの「ヴァイオリンとピアノのための4つの小品」です。最近ステレオに入れっぱなしのブーレーズのコンプリートボックスから聴いています。

3.最後に買ったCD
CDは憶えていません。ただ、先週、中古CD店で投げ売りになっていたセルのレコードを何枚か買いました。

4.よく聞く、または特別な思い入れのある5曲

・モーツァルトのピアノ協奏曲:インマゼールの演奏で一通り聴くのが好みです。古楽器系では、とてもおすすめできるCDだと思います。

・ウェーベルンの全集:今も聴いているブーレーズの「コンプリートボックス」を聴くのが最近の日課(?)です。ウェーベルンは作品数が少ないので、全部聴いてもそんなに時間がかかりませんし、とても美しい作品ばかりです。

・ギュンター・ヴァント「エッセンシャル・レコーディングス」:ヴァントの至芸をたっぷり楽しめるボックスです。ブルックナーからストラヴィンスキーまで。彼の精緻な演奏は曲を浮き彫りにします。

・スティーブ・ライヒ「18人の音楽家のための音楽」:ライヒの代表作です。この音楽をかけると部屋の空気が一変するような気配がします。

もう一曲がどうしても思いつきません。また、思い入れのある曲もたくさんありすぎて、取りあえず、最近良く聴く曲を挙げてみました。日によってはドニゼッティやロッシーニのオペラばかり聴いている時もあります。このところはクラシックばかりです。

5.バトンを渡す5名
バトンが欲しい方はいらっしゃいますか。ここに5本余っていますのでご遠慮なくどうぞ…。「はい、あなたどうぞ。」というのは私には抵抗があります。

それにしても妙な企画もあるものです。単純な計算では、15回で廻ることで地球の総人口を超えてしまいますが、どれほどまで流行っているのでしょうか。
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哀しみのカンタービレ ジュリーニ氏逝去

艶やかでありながら品の良さを思わせる高貴な雰囲気。希有な芸術性を持った指揮者がまた一人亡くなってしまいました。心よりご冥福をお祈り致します。

訃報:C・M・ジュリーニさん=イタリアの著名指揮者(毎日新聞)
カルロ・マリア・ジュリーニ氏(イタリアの著名指揮者)14日、イタリア北部ブレシアで死去、91歳。死因は不明だが、終末医療施設に長期入院していた。

私がクラシックを聴き始めた頃には既に指揮活動を引退なさっていて、残念ながら一度も実演に接することが出来ませんでした。勝手な思い込みではありますが、彼は私にクラシック音楽の素晴らしさを教えてくれた指揮者の一人です。コンサートでの演奏はともかくも、CD録音では期待を裏切られたことがありません。大好きなシカゴ響とのマーラーの交響曲第九番の演奏では、大河のように滔々と流れる哀しみのカンタービレに強く心を打たれます。節目節目にじっくりと構えて聴きたい演奏です。

ジュリーニの数ある録音の中でも、私が特に頻繁に接したのはオペラです。壮大な劇を遅めのテンポで深く陰鬱にまとめた「ドン・カルロ」や、細部まで丁寧に歌い上げてしっとりとした味わいの「ファルスタッフ」、それに颯爽とした瑞々しいキレの良さを感じさせるモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」や「フィガロの結婚」などは、今でも私がこれらの曲を聴く時の「ベスト盤」的な存在です。膨大な量の録音の中には、入手困難となっているものも多くあるそうですが、最近再発されているシリーズを含めて、これからまたどんどん「再評価」されることに期待したいです。

*カルロ・マリア・ジュリーニ 1914/5/9(バレッタ)~2005/6/14(ブレシア)

 1946~50 ローマ・イタリア放送管弦楽団 主席指揮者
 1950~53 ミラノ・イタリア放送管弦楽団 音楽監督
 1953~58 ミラノ・スカラ座 主席指揮者
 1969~73 シカゴ交響楽団 首席客演指揮者
 1973~76 ウィーン交響楽団 主席指揮者
 1978~84 ロサンゼルス・フィルハーモニック 音楽監督
 1993~ ミラノ・ジュセッペ・ヴェルディ交響楽団 名誉指揮者

 来日は、イスラエル・フィルやロサンゼルス・フィルなどと三度なさったそうです。
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パウル・クレー 「花ひらく木をめぐる抽象」 東京国立近代美術館から

東京国立近代美術館
常設展示
「パウル・クレー -花ひらく木をめぐる抽象- 」(1925年)

東京国立近代美術館には、いくつかクレー(1879-1940)の作品が所蔵されていますが、現在鑑賞することの出来る二つの作品の中では、この「花ひらく木をめぐる抽象」が特に魅力的です。

厚紙のゴツゴツとした質感の上には、様々な色絵具が格子状に配されています。画面上の四角形や長方形は、どれもややいびつな形をしていて大きさもまちまちですが、中央部分に小さな形が密集していることが分かります。また色調は、中央部分の明るさから周縁部の暗い感じへと、美しいグラデーションを描きながら変化しています。そして油彩と厚紙の組み合わせが、温もりを感じさせるソフトな味わいを醸し出し、大変に素朴な印象を与えている。さらには、厚紙が釘で外枠の木へ直接打ち付けられているのも興味深い点でした。「花ひらく木をめぐる。」何やら詩的なタイトルでもあります。

美術館のサイトの解説によれば、これと対になる形の「花ひらいて」(1934年)という作品が、スイスのヴィンタートゥーア美術館に所蔵されているそうです。そちらはもっと色調が明るめで、特に周縁部分が全体的に緑色で占められています。大きさも倍近くあるそうです。そちらと合わせて是非鑑賞してみたいものです。
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若杉弘氏、新国立劇場の次期芸術監督予定者として芸術参与に就任

次期芸術監督予定者(オペラ)について(新国立劇場)
本日(6月15日)、財団法人新国立劇場運営財団理事会において、本年7月1日より若杉弘氏が次期芸術監督予定者(オペラ)として芸術参与に就任することが決定いたしましたので、お知らせいたします。

ノヴォラツスキー芸術監督の後任が事実上決定しました。若杉さんについては恥ずかしながら実演に接したことがないので何とも申し上げられませんが、現在はびわ湖ホールの芸術監督などを務められていて、オペラに対する造形が深いことは聞いています。新国立劇場でも十分にその力を発揮していただけるものでしょう。(ヴェルディやR.シュトラウスのあまり有名でない作品も、レパートリーになるでしょうか。その辺も楽しみです。)

私は随分と意外な印象を受けましたが、決まってしまえば納得の人選かもしれません。五十嵐さんからノヴォラツスキー氏、そして若杉さんへ。毎回変化を見せる新国立劇場ですが、今回の決定にはどのような意図が込められているのでしょうか。芸術監督としての任期予定は、2007年9月から2010年の8月までだそうです。
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