2009年7月の記録

まずは見聞録編です。手短かにまとめます。

展覧会

◎「鴻池朋子展」 東京オペラシティアートギャラリー
◯「Stitch by Stitch展」 東京都庭園美術館
「高島屋史料館所蔵名品展」(前期) 泉屋博古館分館
「謎のデザイナー 小林かいちの世界」 ニューオータニ美術館
「写楽 幻の肉筆画 - ギリシャに眠る日本美術」 江戸東京博物館
「川瀬巴水と吉田博 - 日本の風景・世界の風景 - 」 UKIYO-E TOKYO
「コレクションの誕生、成長、変容 - 藝大美術館所蔵品選 - 」 東京藝術大学大学美術館
「上村松園/美人画の粋」 山種美術館
◎「ゴーギャン展(プレビュー/レクチャー)」 東京国立近代美術館

ギャラリー

「永瀬武志 - super real - 」 YOKOI FINE ART
「熊谷直人 pd - exhibition『p』 - 」 ギャラリーテオ
「『続・続・続』展」 市田邸/はらっぱ音地
「池田光弘 - 漂う濃度 - 」 シュウゴアーツ
「佐伯洋江展」 タカ・イシイギャラリー
「阪本トクロウ展」 キドプレス
「A House is not A Home」 SCAI
「厚地朋子 - ヘビノス - 」 TARO NASU
「増子博子 - 盆栽剣伝説 -」 Gallery Jin Projects
「META2 - 2009展」(前期展示) 日本橋高島屋美術画廊X
「大野智史 - 予言者 PROPHET - 」 小山登美夫ギャラリー
「内海聖史 - 千手 - 」 ギャラリエアンドウ
「小原昌輝 - LAKE - 」 マキイマサルファインアーツ
「荘司美智子 - LOCATION」 ZAPギャラリーB
「早川克己 - Double:Vision - 」 GALLERY MoMo Ryogoku
「内海聖史 - 色彩のこと - 」 スパイラルガーデン

コンサート

「東京シティ・フィル第230回定期演奏会」 「ムソルグスキー:展覧会の絵」他 パスカル・ヴェロ(16日)
「東京フィルハーモニー交響楽団第774回オーチャード定期演奏会」 「プロコフィエフ:シンデレラ」他 渡邊一正(5日)



8月に入るとオフシーズンになることもあり、7月中は駆け込みで色々と画廊を見て回ったような気がします。その中ではやはり内海さんのスパイラルの展示が圧巻でした。またタロウナスの厚地、YOKOIの永瀬の両氏など、これまで未見だった作家、とりわけペインターの方に実力を感じたのも印象的な出来事だったかもしれません。インスタレーションも好きですが、やはり色々な意味での絵画を見ることから得る充足感というのは、なかなか他では味わえない体験だと改めて思いました。



展覧会ではニューオータニのかいちが☆印の超お勧めです。近日中にアップ予定の感想にも書くつもりですが、個人的には巴水を初めて見た時のような衝撃を受けました。まだの方は是非とも夏休み中に赤坂見附までお出かけ下さい。

今月の予定編へと続きます。
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「永瀬武志 - super real - 」 YOKOI FINE ART

YOKOI FINE ART港区東麻布1-4-3 木内第二ビル6F)
「永瀬武志 - super real - 」
7/17-8/1



DM画像だけは写真かと思われる方も多いのではないでしょうか。1979年生まれで、「人の目を通した世界」(画廊HPより引用)をリアルに描く永瀬武志の絵画を紹介します。YOKOI FINE ARTで開催中の個展へ行ってきました。

決して広くない画廊スペースとのことで、大小合わせて計6点ほどの展示でしたが、遠目からではややピンとずらしたような写真的表現、また近づいて見ると肌のキメまでもがアクリルのグラデーションで示されていることが分かる、まさに『super real』と言うべき作品には感心するものがありました。エアブラシを用い、タッチの跡をほぼ残さないで描かれたという一連のポートレート群は、前述の皮膚の層はもとより、髪や眉の生際、そして睫毛の広がり、さらには瞳孔の輝きまでが、精巧極まり確かな画力で見事に再現されています。ぼんやりと、それでいてリアルにも浮かぶその『間』のイメージにこそ、また単なる写実の追求にとどまらない永瀬の魅力があるのかもしれません。

モチーフはどれも作家の身近にいるという女性たちでした。正面から見つめ、また横から見て浮かび上がる女性の何気ない仕草を、例えばカメラのファインダー越しに覗いて写すかのように捉えています。絵具の細やかな粒子は透明感にも満ちあふれ、彼女らに差し込む光を優しく表していました。

この6月には文化村ギャラリーでの個展もあったのだそうです。残念ながらそちらは見逃しましたが、その他、ファイルで紹介されていた草木や花を描いた作品も観る機会があればと思いました。

8月1日まで開催されています。
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ルーシー・リー@懐食みちば

銀座にある「懐食みちば」にて、ルーシー・リーの器がいくつか出ていることをご存知でしょうか。先日、その話を私も伺い、いつもブログでお世話になっている方数名とランチをいただいてきました。なお初めて知りましたが、同店では、道場氏と器を所有するコレクター氏の親交のもと、しばらく前からこうしてルーシーの作品を展示していたそうです。



手前「緑釉の鉢」、奥が「マンガン釉象嵌/掻き落としの鉢」。また奥の盆栽は、盆栽作家の森前誠二氏によるものです。ルーシー・リーらしい薄手の低い円錐形の鉢に、色味に繊細な釉薬が美しくかかっていました。



縦縞の模様もまた特徴的ではないでしょうか。



緑釉の鉢の色はまるで沼地を覗くかのようでした。

 

そしてこちらがもう一点、「スパイラル文様の花生」です。この繊細な色のグラデーションは私の拙い写真では到底再現出来ません。開口部は仄かなピンク色をたたえていました。



ところで食べ物ブログというわけではありませんが、食事も美味しくいただけたので是非とも記録しておきたいと思います。




黄色の花模様の器にトマトなど、舌だけではなく目でも楽しめるメニューでした。詳しくはご一緒したこちらのブログもご覧下さい。



さてルーリー・リーと言えば、来年春、乃木坂の国立新美術館で開催される展覧会に触れないわけにいきません。既に下の美しいチラシも出ているのでご存知の方も多いとは思いますが、この展示は彼女が93歳で没した1995年以降、おそらくは初めてとなる大規模な回顧展です。作品数も約200点に至るとのことで、内容にも大いに期待が持てるのではないでしょうか。

早くも公式HPがオープンしています。こちらも来春へ向けての情報をチェックしておきたいところです。


ルーシー・リー展@国立新美術館(2010/4/28-6/21)

私とルーシー・リーの出会いは、数年前に東近美工芸館で開催された「特集展示 ルーシー・リーとハンス・コパー」でした。その際、端正でかつどことない脆さを連想させるフォルムと、器の小宇宙に潜む繊細な色遣いに一目惚れしましたが、以来、不思議とまとまって紹介される機会も少なく、望み得るような展示を見ることは一度もありませんでした。よって今回の回顧展はまさに待ちに待った展覧会です。懐食みちばにてルーシーの器を間近で見ることで、改めて彼女の作品に対する愛情のようなものを感じました。

なお懐食みちばのHP内にも、ルーシーの展示作品情報、または解説が掲載されています。銀座のど真ん中にありながら、その喧噪とは無縁のスペースにて、ルーシー・リーの器を愛でながら和食に舌鼓を打つのもまた良いのではないでしょうか。リンク先も合わせてご覧下さい。
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「写楽 幻の肉筆画 - ギリシャに眠る日本美術」 江戸東京博物館

江戸東京博物館墨田区横網1-4-1
「写楽 幻の肉筆画 - ギリシャに眠る日本美術」
7/4-9/6



江戸東京博物館で開催中の「写楽 幻の肉筆画 - ギリシャに眠る日本美術」へ行ってきました。

まずは展覧会の構成です。冒頭に狩野派の屏風絵を並べ、その後に浮世絵を通史的に概観しながら、途中で摺物(下の四章を参照。)を紹介する流れとなっていました。

第一章「日本絵画」:狩野克信他「探幽筆 野馬図屏風模本」等屏風絵、9点など。
第二章「初期版画」:奥村政信、鳥居派ら、初期の浮世絵群、約20点。
第三章「中期版画」:春信、春章、清長、歌麿らのオールスターを概観、また今回の目玉である写楽の扇面肉筆など。44点。
第四章「摺物・絵本」:一般向けに流通せず、仲間内だけで楽しんだ限定品の摺物を紹介する。14点。
第五章「後期版画」:豊国、北斎、国芳へ。約40点。

ところでタイトルだけをとると、さも新発見の写楽のみが目玉の一点豪華的な内容かと思ってしまいますが、実際には一部屏風を含む、計120点超の浮世絵がこれ見よがに揃う展覧会でした。写楽だけという心構えで出向くと、非常に良い意味で期待を裏切られること間違いありません。鑑賞もおおよそ2時間は見ておいた方が良いのではないでしょうか。大変に見応えがありました。(出品リスト

なお今回は鑑賞に先立ち、弐代目・青い日記帳のTakさんのご配慮にて、同館学芸員の我妻直美氏のスライドレクチャーを聞くこと出来ました。その内容から、本展示の概要についてを簡単にまとめておきます。



【今回の展覧会について】(我妻氏レクチャー)

・コルフ・アジア美術館:ギリシャ、コルフ島にある、日本、及びアジア美術専門の美術館。イギリス統治時代の城をそのまま利用している。
・19世紀末から20世紀初めにかけて、ギリシャの外交官グレゴリオス・マノス(1850~1928?)がウィーンやパリで蒐集した東洋美術品を所蔵。
・マノスは後、外交官を辞めてまで日本美術に傾倒。晩年は作品を美術館に全て寄贈し、その一室で所蔵目録を整理するなどの仕事をした。墓地はどこにあるのかすらわからない。財を失ってまでも熱を上げてコレクションにのめりこんだ。
・近年になって、同館のコレクションが日・欧州の研究者に知られるようになる。昨年7月、美術史家小林忠氏を団長とする国際調査団が、同地へ赴き、収集品の調査、研究を行った。
・今回はその日本美術部門の調査結果を踏まえ、日本とギリシャの修好110周年を記念して開催することになった展覧会である。

それでは以下、レクチャーで取り上げられた作品を中心に、印象深かった作品を挙げていきます。なお我妻氏の指摘された点は、文末尾に氏をカッコで記しておきました。私の拙い感想よりも数十倍以上参考になります。是非ご覧下さい。

第一章「日本絵画」



狩野山楽「牧馬図屏風」
桃山時代、京都で活躍した狩野山楽の貴重な屏風。山楽の基準作として挙げられる妙法院の「繋馬図絵馬」と良く似ている。(我妻)
馬が駆けてるというよりもひしめき合っているとした方が適切な作品。白、黒、そしてまだら模様の馬が数十頭、妙に慌てた様子で描かれている。また一部、向かい合って決闘するかのような仕草を見せるなど、擬人化された表現も面白い。



狩野克信・狩野興信「狩野探幽筆 野馬図屏風模本」
江戸城、本丸を飾っていたと思われる狩野探幽の「野馬図」を、後になって克信と興信が描いた作品。克信のメモに「御本丸屏風」として江戸城におさめられていた記録が残っている。12枚ばらばらで保存されていたものを一枚でに繋げて展示した。(我妻)
繊細な描写が探幽の芸風を伝える大きな野馬図。全体の時間も山楽と比べてどことなくのんびりと流れている。

狩野養信他狩野派「郊けい佳勝図帖」
都より離れた郊外の美しい景色をおさめた画帳。高輪、向島の三囲神社、桜で有名な小金井の光景などが描かれている。(我妻)
色味が見事。海岸線越しに緩やかなカーブを描く高輪の鳥瞰的な景色が特に美しかった。

懐月堂派「立美人図」
堂々とした体つきの女性が描かれている。同派の作品には派手な色彩を用いたものが多いが、これは衣装の下半部が白い。書きかけの可能性もある。(我妻)

第二章「初期版画」

奥村政信「遊君 達磨一曲」
中国の仙人と遊女を絡めて描いた作品。達磨と遊女の着衣が交換されていることに注視したい。(我妻)

奥村利信「傘を持つ若衆」
花を飾った傘を持って踊る男性。色鮮やかな彩色が目にしみる。また傘の花には銀が用いられているのだろうか。近づくと光って見えた。



鳥居清忠「初代市川門之助」
美男の役者、市川門之介の姿絵。傘から衣の足先の部分にかけて真鍮の粉が入っている。見る角度によってはキラキラと輝き出すので要注意。(我妻)
キャプションに真鍮云々の記述がないので、殆どの方がその輝きを確認せずに通り過ぎていたのが残念。下から少し覗き込むような角度がベスト。見事に輝いていた。



佐川近信「初代市川門之助の花売り」
作品はもとより、絵師自体の名も今回初めて確認された。後ろの花の部分に上の清忠同様、真鍮の粉が入っている。(我妻)
こちらの真鍮の輝きは少し分かりにくい。

第三章「中期版画」

鈴木春信「母と子と猫」
上品な様子で描かれた母と娘。春信の作品にはこのような親子をモチーフとした作品が多い。(我妻)



鈴木春重(司馬江漢)「朝顔」
江漢は春信の元で浮世絵を学んでいた。その頃の作品。春信のコピーに近い。(我妻)
芝色、薄桃色、そして帯の黒などの配色も美しい、まさに春信風の一枚。一輪の朝顔をつまむ少女の表情は少年をしっかりと見つめていた。それにしてもこれが江漢だと誰が気がつくのだろう。春信と書かれていたら間違いなく信じた。

鈴木春重(司馬江漢)「碁」
朝顔より少し時を経過した描いたと思われる江漢の作品。得意の遠近法に江漢らしさを伺うことが出来る。春信を見据え、それを超えようとして奇妙な方向に走ったとも言えるような滑稽な描写が興味深かった。



喜多川歌麿「歌撰恋之部 深く忍恋」
歌麿の大首絵の代表作としても知られている。刷りの状態が最高に近い。背景の薄い桃色のきら刷りが際立っている。(我妻)
今回の一推し。煙管をひょいと持ち上げた動的な描写はもちろん、その人となりを意識させるような内的表現、さらには髪の透けた部分に見られる冴えた技巧など、一点の隙もない見事な作品だった。

喜多川歌麿「錦織歌麿形新模様 浴衣」
歌麿の作品として良く見かけるが、浴衣の花柄に残る薄い水色がここまで美しく発色された作品は初めてだった。



喜多川歌麿「風流六玉川」
六枚綴りのまま揃って出てきたのは初めてである。色も見事。濃い紫もはっきり残っている。(我妻)
「忍恋」と並んでもう一点挙げるとしたらこの作品。艶やかな着物に身を纏う女性たちが小川に沿って並んでいる。上下左右、一見すると単なる群像的に見える作品も、基軸に小川を置くことで、まるで一つの絵巻物を見るようなストーリーが浮かんで来るのが興味深い。



東洲斎写楽「四代目松本幸四郎の加古川本蔵と松本米三郎の小浪」
今回の目玉でもある写楽の扇面肉筆画。大首絵のイメージとは異なり繊細な線が印象的である。また画中の賛に「五代目」と記されているが、それはおそらく後世の書き込みで間違いではないだろうか。またマノス自身、素材の「竹紙」を雲母と間違えて記録していた。(我妻)
我妻氏の解説の通り、大首絵の写楽のイメージとは異なった繊細な表現が興味深い作品。線が金色に光り、衣装の緑も見事に発色している。造形の面白さよりも色遣いの妙味に強く惹かれた。なおライティングのセンスも良い。作品が浮き上がって見える。

第四章「摺物・絵本」

歌川国芳「汐干五番内 其三」
極めてデリケートな描写で潮干狩りの様子が表されている。波には銀も塗り込まれ、仲間内だけで流通した摺物ならではの魅力を味わうことが出来る。(我妻)
色の発色が絶品。この作品だけによらず、第四章の摺物だけでも見る価値のある展覧会ではなかろうか。浮世絵の命は色にあることが良く分かった。

第五章「後期版画」

歌川豊国「風流てらこや吉書はじめけいこ」
書き初めの様子を生き生きと描いた作品。子どもが嫌がって暴れたりしている。また画面の上の部分のたくさんの札がかかっているが、その中に豊国という署名を入れている。これは極めて珍しい。(我妻)

歌川豊国「原桜之景色 五枚つゞき」
5枚続きで描かれた吉原の花見の光景。艶やかな花魁に侍がふと視線を送る様子など、群像的な表現の中にも人間のドラマが示されている。(我妻)



歌川豊国「両国花火之図」
今も昔も変わらない隅田川の花火の賑わいを描いている。花火が炸裂する様の描写はまさにアバンギャルド。ドーンという音まで伝わるかのような臨場感だった。



菊川英山「風流夕涼三美人」
菊川英山の傑作の一つ。室内の喧噪を離れ、しばし一息つく三名の美人を描いている。宴会の様子を影絵で表す点にも注目したい。(我妻)

葛飾北斎「俳諧秀逸 日に濡れて」
まだ春朗と号していた若き時代の北斎の一枚。今回初めて確認された。(我妻)



葛飾北斎「百物語」
「しうねん」、「笑ひはんにや」、「こはだ小平二」、「お岩さん」、「さらやしき」と、5枚連なって発見されるのは珍しい。(我妻)

このところベルギーロイヤルやボストン、またあの伝説的なミネアポリスと、状態の極めて良い浮世絵を楽しめる里帰り展が続いていますが、今回はどちらかというと状態よりも珍しさという観点から見るべき展覧会と言えるのかもしれません。表題の写楽はともかくも、歌麿の「風流六玉川」、そして今回の隠れた目玉でも摺物群など、見慣れないにもかかわらず一目で惹かれる品々には心を奪われました。

なお先日、改めて会場の混雑状況について問い合わせたところ、土日を中心にチケット購入に若干の列が出来るものの、これまでに入場制限等が行われたことは一度もないとのことでした。画面の小さな浮世絵とのことで、少し混雑するとやや見難くなるのは事実ですが、その際は土曜の夜間開館(19:30まで)を利用するのもまた良いかもしれません。

展示替えはありません。9月6日までの開催です。遅くなりましたがおすすめします。
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「熊谷直人 pd - exhibition『p』 - 」 ギャラリーテオ

ギャラリーテオ品川区東五反田2-5-15
「熊谷直人 pd - exhibition『p』 - 」
7/18-8/1



植物をモチーフに、その存在感や気配を表現する(画廊サイトより引用。一部改変。)熊谷直人のペインティングを紹介します。ギャラリーテオで開催中の「熊谷直人 pd - exhibition『p』 - 」へ行ってきました。



陽の差し込む窓も並び、グレーの床板と白の壁面で覆われたテオのスペースと、パステルカラーも鮮やかな熊谷の絵画との相性が良いと感じたのは私だけではないかもしれません。まるで陽炎のように草花の紋様がゆらめくその『大地』は、赤や紫、そして緑などの『花畑』を包み込みながら、照明や時に外の光を浴びて、大きく深呼吸するかのように伸びやかに広がっています。爽やかな風と草木や花の色、そしてその匂いすら漂うようなまさに気配を感じさせていました。決して凝った作風ではありませんが、そのシンプルさが逆に好感を持てる作品と言えるかもしれません。



塗りこめられた絵具の質感もまた特徴的ではないでしょうか。色の線は白の面に沈み込むように伸び、表面は若干の凹凸を思わせるような厚みがありました。もちろんこれは決して絵具を上から削ったわけではなく、あくまでも色を重ねて生み出した画肌とのことでしたが、紗幕に覆われたような色の花束は、まるで白昼夢のような幻想的な景色を生み出しています。

なお本展は二部構成です。8月の会期終了後、今度は9月より絵画に替わってドローイング作品が展示(9/5-9/19)されます。今回のタイトルのpとはペインティング、そしてもう一つのdとは言うまでもなくドローイングを意味するというわけでした。

8月1日までの開催です。
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ネットラジオでバイロイト 2009

真夏の音楽イベント、バイロイト音楽祭が開幕しました。今年もいつものように世界各地のネットラジオにてリアルタイムで楽しむことが出来ます。まずは昨日、日本時間の深夜に始まった「トリスタンとイゾルデ」を少し聴いてみました。



バイロイト音楽祭2009 開幕は25日深夜@オペラキャストバイロイト音楽祭特設ページ



スケジュール(全て生中継。時間は日本時間。)

7/25 22:55~ 「トリスタンとイゾルデ」 ピーター・シュナイダー
7/26 22:55~ 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 サバスチャン・ヴィーグル
7/28 00:55~ 「ラインの黄金」 クリスチャン・ティーレマン
7/28 22:55~ 「ワルキューレ」 クリスチャン・ティーレマン
7/30 22:55~ 「ジークフリート」 クリスチャン・ティーレマン
8/01 22:55~ 「神々の黄昏」 クリスチャン・ティーレマン
8/02 22:55~ 「パルジファル」 ダニエレ・ガッティ

全て生で追っかけるのは不可能です。というわけで、やはり便利なのは一週間、高音質のオンデマンドを配信するバルトークラジオではないでしょうか。以下のページよりダウンロードが出来ました。

バルトークラジオ・オンデマンド(例えば「トリスタン」なら、土曜、現地時間の15:55-23:55に放送されているので、ハンガリー語で土曜を示すSzombatの15から23、それぞれのHallgatの『t』を、右クリックでダウンロードするとファイルを入手することが出来ます。)



なお現地時間の記載など、その他ネットラジオの放送スケジュール全般にしては、いつも拝見させていただいているokaka様のブログが非常に有用です。あわせてご覧下さい。

おかか since 1968 Ver.2.0

なお既に開幕中のイギリスの世界最大の音楽祭、プロムスも公式サイトよりオンデマンドの配信があります。(演奏会後、一週間限定。)先日、ハイティンクのマーラーの第九番を聴きましたが、少々訥々とした語り口に戸惑いながらも、素朴な情感を歌い上げる演奏で感心しました。

Proms2009

ともにオンデマンド配信なので、先にファイルを入手し、後でじっくり聴けるのも有り難いところです。今年の夏もPCを前に、音楽祭気分を手軽に味わいたいと思います。

*写真はWELT ONLINEより。BILDERGALERIE「Tristan」2009には舞台写真が掲載されています。
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「『続・続・続』展」 市田邸/はらっぱ音地

市田邸台東区上野桜木1-6-2)/はらっぱ音地台東区谷中7-17-6
「『続・続・続』展」
7/18-26



102年の歴史を持つ古民家を舞台に、若いアーティスト6名(内、1ユニット。)が多様な表現を繰り広げます。芸大裏、市田邸にて開催中の「『続・続・続』展」へ行ってきました。

出品作家は以下の通りです。なお作家の詳細は公式HPのメンバーの欄をご参照下さい。

大平龍一/コマドル(映像ユニット:工藤真穂+鈴木わかな)/重田佑介/並河進/新見文/森一朗

昨年より始まった本イベントも、今年は参加人数も増え、ややスケールアップしての展開となったようです。メインスペースはちょうど芸大の裏、上野桜木の交差点へと抜ける小道の入口に建つ市田邸です。前述の通り、築100年超の民家が、現代アートの世界に彩られて来場者を待ち構えています。小さな建物なので二、三の部屋で数点の作品が紹介されるのにとどまりますが、インパクトのあるインスタレーションをはじめ、映像など、なかなか楽しめる内容に仕上がっていました。


市田邸入口。なお目印は緑色の看板です。


市田邸内部。純和風建築です。


今回のハイライトがいきなり登場します。巨大な蝉のメタリックなオブジェ、「セミカミサマ」が、無数の『部下』を従えて部屋に鎮座しました。その姿はまるで大きな仏壇です。


緑豊かな庭にも作品が潜んでいます。この写真でも何とか分かるかもしれませんが、その姿は是非現地で確認してみて下さい。


廊下を伝っての奥にある蔵では映像作品、「谷中町内怪談」が上映されています。こちらはユーモア満点の愉しい怪談です。楽しめました。なお蔵手前の天井付近には平面作品も展示されていました。


最後に玄関口の靴もお見逃しなきようにご注意下さい。赤いひも先にある矢印に要注目です。あまりにも素っ気ないため、気がつかない方も続出とのことでした。


市田邸の塀にも水をイメージした作品が展示されています。この水と庭のあるオブジェはセットでした。

さて市田邸に続くもう一つの会場は、並河進のインスタレーションが展開されているはらっぱ音地です。市田邸からは徒歩7~8分とやや距離があります。ここは谷中散策も兼ねて少し歩いてみました。


上野桜木交差点。直進します。


SCAI横。ちょうど本日までグループ展を開催中です。


初音の道。この小道の先の右側にはらっぱ音地があります。


現地は小さな空き地です。


ここでは並河がこの場所からインスピレーションを得て書いた詩を展示しています。詩を読みながら、家に挟まれたその空間で、また自分の新たな想像力をかき立ててみるのも面白いのではないでしょうか。なお私が行った際はこの一点のみでしたが、以降、冊子などにまとめた別の詩も紹介する予定もあるそうです。

(ミニグッズも販売中でした。)

こじんまりとしたスペースでの企画ということで、アットホームな谷中にもぴったりではないでしょうか。今週末、美術館などで上野界隈へのお出かけの際に、日暮里、谷中方面へと足を伸ばして見るのも良いかもしれません。(地図

明日、日曜日の夕方6時までの開催です。なお入場は無料でした。
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「池田光弘 - 漂う濃度 - 」 シュウゴアーツ

シュウゴアーツ江東区清澄1-3-2 5階)
「池田光弘 - 漂う濃度 - 」
6/27-7/25



大野、阪本、佐伯と、見逃せない展示の続いた清澄の画廊ですが、中でも特に充実していたのがこの池田の個展ではなかったでしょうか。シュウゴアーツで開催中の「池田光弘 - 漂う濃度 - 」へ行ってきました。

奥行きのある同ギャラリーの空間に入った瞬間、奥の壁面のペイントにすっと引き込まれたのは私だけではないかもしれません。まるで漆黒の闇に覆われた宇宙に浮かぶ梯子のようなモチーフが、観客の視線を画廊のスペースを超えたさらなる地平へと誘っています。また星屑のように散る色の粒は、この深淵の画面に小さな光の命をもたらしていました。まさに神秘の景色です。

上記DMにも掲載された大作の油彩にも、そのどことなく神秘でかつ不思議な空気感を得ることが出来ます。純白の壁に覆われた平屋建ての家は、不穏に開ける赤い空と、白く爛れた線を垂らす木立に覆われ、人気もなく、ただひっそりと静かに建っていました。住人の気配もまた生活の匂いも感じられないこの家の主は一体何者であるのでしょうか。背筋がゾクゾクするような恐怖感さえ覚えました。

なお前述の通り、今の清澄界隈は実力派の展示が目白押しです。まだの方は最終日の明日にでも駆けつけては如何でしょうか。(以下、明日まで開催される展示の関連リンク。小山登美夫ギャラリーは画廊サイト、他は拙ブログのエントリへと飛びます。)

「阪本トクロウ展」 キドプレス
「佐伯洋江展」 タカ・イシイギャラリー
「井上有一展」@小山登美夫ギャラリー(書と表装、そして現代美術をテーマとした2日限りの限定企画だそうです。)

明日までの開催です。遅くなりましたがおすすめします。
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「佐伯洋江展」 タカ・イシイギャラリー

タカ・イシイギャラリー江東区清澄1-3-2 5F)
「佐伯洋江展」
6/27-7/25



原のマイクロポップ、そして上野のネオテニーにも出品のあった佐伯洋江が、ここタカ・イシイにて3回目となる個展を開催しています。新作ドローイングによって構成された展示を見てきました。

白の余白も伸びやかに、細密なペンによってシュールな景色を生み出す佐伯のドローイングは、今回の新作群によっていささかその趣きを変化させたかもしれません。本展示で紹介される新作のどれもは、例えば余白であればそれ自体が画面の大半を占めるように広がり、またモチーフもかつて見られた花とも植物とも似つかない、何やら細胞分裂をして生き続ける奇怪な軟体動物のようなものへと半ば変種していました。前述の植物はもとより、時に和のイメージをも喚起させた佐伯の平面空間は、ここにもっと生々しく、また事物というよりも何らかの現象を捉えたかのような景色に生まれ変わってはいたのではないでしょうか。また所々、意味ありげに余白へと闖入する赤丸をはじめ、どこかコンセプチュアル的な要素を感じる部分もありました。具体性はほぼ消えかかってもいます。

佐伯の作品は、まとまって見ると俄然に魅力を増してきます。先にも触れた両展覧会にて印象に残った方は是非ともお見逃しないようご注意下さい。

25日までの開催です。
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「阪本トクロウ展」 キドプレス

キドプレス江東区清澄1-3-2 6階)
「阪本トクロウ展」
6/27-7/25



作家本人の初めてとなる銅版画の個展です。キドプレスで開催中の「阪本トクロウ 展」へ行ってきました。

モチーフにこそ、これまでにも見慣れたアクリル画とそう変わりませんが、細部に目を凝らすと、ひっかいたような線をはじめ、水墨調の滲み出す黒い面など、絵画にはない版画特有の味わいを見出すことが出来ました。あたかも白昼夢の中に漂うかのような鉄棒やブランコを描いた「エンドレスホリデイ」では、例えば鉄棒に記された傷のような線描が深い陰影と重みをもたらし、静けさに満ちた空間の中にも対象の物質感を引き出すことに成功しています。シルエット状にも浮かぶ、それ自体がトマソンのように寡黙な景色は、銅版の技法でさらに素朴な味わいを醸し出していたのではないでしょうか。

版画ということでお値段もリーズナブルでした。実際のところ、阪本の作品はアクリルの色にも魅力があるので、版画ではそれが得られない面もありますが、手頃に雰囲気を楽しむにはまたとないチャンスなのかもしれません。

25日まで開催されています。
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「A House is not A Home」 SCAI

SCAI THE BATHHOUSE台東区谷中6-1-23
「A House is not A Home」
6/26-7/25



4名のアーティストが立体や平面に思い思いの表現を繰り広げます。SCAIで開催中の「A House is not A Home」へ行ってきました。

出品作家は以下の4名です。

安部典子、古武家賢太郎、永山祐子、齋木克裕



画廊HPによれば場所の記憶、もしくは魂のランドスケープ、または空間への照応云々といったテーマも掲げられていますが、全体としてあまり難しく考えるとやや取っ付きにくくなってしまう面はあるかもしれません。冒頭、白のオブジェで観客を誘うのは、安部典子の紙を用いた立体の連作、「A piece of Flat Globe」でした。一見するだけでは、まさかこれが紙だと思えませんが、近づくと確かに厚手の紙が何層にも重なる様子を見て取ることが出来ます。まるで隆起する大地、そして連なる山岳のジオラマです。ユポといわれる特殊な紙を用い、熱処理を加えることで生み出された独特の粘土のような質感も印象に残りました。



唯一の絵画を展示する古武家賢太郎は、良く言えばスタイリッシュ、また反面にはやや無味乾燥な気配も漂う今回のグループ展では明らかに異質ではなかったでしょうか。木目も残る木のパネルや紙に色鉛筆で描かれる奇怪な人物や風景は、その色鮮やかな色彩感、もしくはシュールで逞しい造形美にもよるのか、南国の原初的なイメージをこの空間に呼び込んでいます。そのデフォルメには好き嫌いが分かれるやも知れませんが、インパクトの点に関しては断然に他を超える何かを感じました。

25日までの開催です。
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「厚地朋子 - ヘビノス - 」 TARO NASU

TARO NASU千代田区東神田1-2-11
「厚地朋子 - ヘビノス - 」
6/26-7/25



1984年生まれの「新世代ペインター」(画廊HPより引用)、厚地朋子の作品を紹介します。TARO NASUで開催中の個展を見てきました。

厚地の作品は以前にも、同ギャラリーのオープニングで見ていたはずですが、今回の個展に接すると、その際に殆ど印象に残らなかったのが不思議でなりません。人気画家、ネオ・ラウホの影響を受けているというその画風は非常にアクが強く、うねりながらも厚みのあるストローク、またマスキング風の塗り、もしくはビビッドな色彩の全てが、絵具から熱気を沸き立たせるかのような力強さを見せつけていました。

人工と農村を織り交ぜたような風景、もしくは蛇の頻出する人物像など、やや謎めいたモチーフには好き嫌いも分かれそうですが、色、そしてそのタッチだけでも、例えば名画を見た時に感じるような独特な充足感を得られるのではないでしょうか。新世代ペインターという古びた言葉も、厚地にだけは次の展開に期待したくなる前向きなそれとして聞こえてくるほどでした。

私感ながら、TARO NASUで開催される日本人若手画家の個展は見逃せないことが多いと思いますが、その最たる一例として挙げるべき展覧会としても過言ではありません。

25日までの開催です。遅くなりましたがおすすめします。
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「増子博子 - 盆栽剣伝説 -」 Gallery Jin Projects

Gallery Jin Projects台東区谷中2-5-22
「増子博子 - 盆栽剣伝説 -」
7/4-25



盆栽をモチーフに、細密なペン画によって新たなる生命を生み出します。1982年生まれのアーティスト、増子博子の個展へ行ってきました。



白地にモノクロのペン画と言うと、奇しくも同時期に清澄で個展開催中の佐伯洋江を思い出しますが、似て非なりというのはまさにこのことなのかもしれません。白いパネル上を激しく動きながら、また盆栽を超えた未知の生命へと進化するのは、枝を刀として振り乱し、虚空を駆けるかの如く大見得をきった幻獣そのものでした。



必ずしも細部は技巧を誇示するかのように繊細に描かれているわけではありませんが、まさに盆栽の松のような葉をキノコのように生やし、菊の如く花模様を増殖させて一種の巨大なモチーフへと展開する様は、たとえれば池田学の世界にも通じるものがあるのではないでしょうか。その濃縮されたペンの密度と、開けてくる自由なイメージには圧倒されました。



盆栽剣の由来は縦長の作品を見れば一目瞭然です。力強く伸びる大きな剣から枝が突き出し、その表面には小さな宝飾品を敷き詰めたような文様がびっしりと描かれています。作家によると剣は強さの象徴とのことですが、確かに作品からは迷いのない逞しさを感じました。

増子はほぼ毎日、一枚ずつ小さなスケッチを描いていますが、制作はそれを画面の任意の場所に写すことからスタートするのだそうです。上の写真に挙げた二点の大作にも、その生命の種がどこかに潜んでいるのかもしれません。

25日まで開催されています。
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「川瀬巴水と吉田博 - 日本の風景・世界の風景 - 」 UKIYO-E TOKYO

UKIYO-E TOKYO江東区豊洲2-4-9 ららぽーと豊洲1階)
「川瀬巴水と吉田博 - 日本の風景・世界の風景 - 」
7/4-26

久々に美しい「巴水ブルー」が目と心に染み渡りました。UKIYO-E TOKYOで開催中の「川瀬巴水と吉田博 - 日本の風景・世界の風景 - 」へ行ってきました。

お馴染みの目立たない場所での小展示室とのことで、いつもの如く量への期待は出来ませんが、巴水、吉田博を合わせて約60点の木版の響宴はなかなか見応えがありました。本展の見所はズバリ以下の二点です。

・日本の風景を描いた巴水だけではなく、同時代の水彩画家で、米国遊学後、世界各地の景色を木版で表した吉田博の作品を楽しめる。(=日本の風景・世界の風景)
・巴水版画では他の追従を許さない渡邊木版のプロデュースの元、今回、新たに発見された版木を用い、今に蘇らせた巴水の「十和田湖」を見ることが出来る。

それでは早速、印象に残った作品をあげます。

[川瀬巴水]

「旅みやげ第三集 但馬城崎」(大正13年)
雨降りしきる城崎の街角をぼんやりと照らす明かりが美しい。濡れた路面には情緒が漂う。

「旅みやげ第三集 飛騨中山七里」(大正13年)
降り積もる雪の中に広がった飛騨の山里。巴水の雪にはいつも確かな湿り気が感じられる。

「日本風景選集 木曽の寝覚」(大正14年)
紅葉に染まる木曽の渓谷。谷に沿って影が伸びている様子もまた趣深い。

「十和田湖(版木一式含む)」
前述の通り、今回の展示のために改めて刷られた出来立てほやほやの巴水版画。6枚の版木の表裏、計12面を使い、ぼかし刷りを含めた計22度の刷りで巴水ブルーが蘇った。輝きを放つその鮮やかな色彩に『今』を感じる。



「大宮見沼川」(昭和5年)
闇夜に覆われた見沼の田園に蛍が舞う。うっすらと藍色を帯びた夜の川面には、仄かな明かりがもれていた。この静けさこそ巴水版画の醍醐味でもあろう。

「井の頭の春の夜」(昭和6年)
桜満開の井の頭の水辺を描く。月明かりに照らされたのか、桜のピンクが紫色にも光っているのが興味深い。



「日本風景集 関西編 高野山鐘楼」(昭和10年)
グレーの曇り空の下でしんしんと降りしきる雪に覆われた高野山。背を向けて道を進む僧侶の姿が絶筆の「平泉金色堂」と重なった。どこか物悲しい。

「川瀬巴水 木版画集/阿部出版」

[吉田博]



「ヴェニスの運河」(大正14年)
建物の窓や運河に浮くゴンドラの影、また水紋などの細やかな色のグラデーションが美しい。

「タジマハルの庭(昼/夜)」(昭和6年)
インドの有名なタジマハルを昼と夜に分けて描く。ブルーを操る巴水は夜の景色もまた印象に深いが、華やかな色彩をうりにする吉田の版画はやはり日差し眩しい昼の方がより魅力的だ。

「石鐘山」(昭和15年)
中国の景勝地、石鐘山の景色を捉える。土色の道のぬかるみまでが細やかに表現されていた。

「吉田博 全木版画集/阿部出版」

元々、水彩を手がけていた吉田は、遊学先のアメリカで浮世絵版画の人気を知り、帰国後に巴水とも関係の深かった渡邊庄三郎を訪ね、次々と木版画を次々と制作し始めました。ともに大正より昭和初期にかけ、一方は国内、そして他方は世界を描き続けた画家の個性を比較するのも興味深いのではないでしょうか。吉田の版画は、数十回にも及ぶという摺り重ねの効果もあってか、まさに水彩的表現とも言うべき色の細やかな陰影が際立っていました。

いつもながらにこのスペースだけはららぽーとの喧噪と無縁です。がらんとしたスペースでじっくりと木版の美しさに浸ることが出来ました。

今月26日までの開催です。巴水ファンの方はお見逃しなきようご注意下さい。
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「コレクションの誕生、成長、変容 - 藝大美術館所蔵品選 - 」 東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館台東区上野公園12-8
「コレクションの誕生、成長、変容 - 藝大美術館所蔵品選 - 」
7/4-8/16



美術館の開館10周年を祝し、館蔵の名品をコレクションの形成史を踏まえて展観します。東京藝術大学大学美術館で開催中の「コレクションの誕生、成長、変容 - 藝大美術館所蔵品選 - 」へ行ってきました。

構成は以下の通りです。コレクション(約140点)を時間軸で区切るとともに、そこに携わった人物と関連させて紹介していました。(出品リスト

第1章「コレクションの誕生」
 前身の東京美術学校による初期収蔵作品。曽我蕭白「群仙図屏風」、狩野芳崖「悲母観音」など。
第2章「正木直彦の校長時代」
 明治末期より昭和初期にかけて校長を務めた正木直彦時代の収集品。上村松園「序の舞」他。
第3章「黒田清輝と西洋画コレクション」
 黒田清輝と初期西洋画コレクション。新発見の藤田嗣治の「婦人像」など。
第4章「平櫛田中の彫刻コレクション」
 平櫛田中によって寄贈された彫刻作品。

単なる名品展とならない、上記のような秩序だった構成にも見るべき点がありましたが、いきなりの第一、二章で登場する江戸絵画、近代日本画、そして仏像だけで、コレクション変遷云々など頭から消えてしまい、その驚くばかりの名品のオンパレードに頭が真っ白になってしまったのは私だけではなかったのではないでしょうか。かの見事な芳崖展でハイライトを飾った「悲母観音」がさり気なく出ていたかと思うと、後ろを振り返れば蕭白の「群仙図屏風」、それに未だ輝きを失わない後漢の「銅筒」に清方の写実に完璧な「一葉」、そして圧巻の松園の「序の舞」まで、まさに目も奪われんとばかりに続く品々には心から感服するものがありました。率直に申せば、この前半部があまりにも印象に強く、後半の記憶がかすれてしまいましたが、何はともあれ、美術館の記念年に相応しい所蔵品展であったのは間違いありません。

前置きが長くなりました。では以下、いつものように印象に残った作品を挙げていきます。

[第1章・第2章]

「飛天像」(北魏時代)
入口すぐのパーティーションの壁面上方に高らかに展示。導入に優雅な飛天像を掲げるセンスにも感心した。

「岩石/狩野芳崖」(明治20年)
岩石だけが描かれているシュールな作品。切り立つ岩に覆われて閉ざされたにはどことない緊張感すら漂う。墨画の前衛。



「悲母観音/狩野芳崖」(明治21年)
一回顧展を飾った名品も出し惜しみなく出品。透明感のある着衣、その線描と絶妙な色味に再度酔いしれた。

「伊香保の沼/松岡映丘」(大正14年)
今回一番気になった惹かれた作品。足を沼に差し入れ、髪を振り乱しながら口を尖らせ、悲しみに打ちひしがれたように佇む女性が描かれている。一体、どのようなシチュエーションなのだろうか。畔の野花もどこかしおれているように見えた。

「鵜飼/川合玉堂」(昭和6年)
荒々しい渓流で水と格闘する鵜飼が描かれている。篝火に反射して煌めく川面には金が散っていた。眩い。



「序の舞/上村松園」(昭和11年)
堂々たる舞を披露する女性。扇子を突き出した様はまるで戦で指揮を執る武士のよう。凛とした様に松園画らしいプライドを感じさせる。

「蜀江錦幡残欠」(飛鳥時代)
赤い残欠には細やかな文様が施されていた。色味が見事。良くこれほどにまで赤が残っているものかと感心した。

「群仙図屏風/曾我蕭白」(江戸時代)
一番の目玉的作品。右に西王母、左に仙人を配して、これぞ蕭白といった奇想の光景が広がる。西王母の扇子越しに透けた口元、また着衣の線に描かれた金泥など、細部の描写にまで神経が行き届いている。これともう一点、同じく蕭白の妖気漂う「柳下鬼女図屏風」だけでも入場料を払う価値はあり。



「鯉図/伊藤若冲」(江戸時代)
若冲にしてはやや大人しい作品。水草の靡く様子は其一画のようでもあった。

「金錯狩猟文銅筒」(後漢時代)
4段の銅筒。表面には金象嵌にて細微な紋様が施されている。ライティングも効果的で美しい。

[第3章・第4章]

「靴屋の親爺/原田直次郎」(明治19年)
こちらを睨みつけるような男の姿。渡欧して西洋画のデッサンを身につけて描いたという画家渾身の一枚。眉間の皺をはじめ、日焼けした肌の質感などにはリアリティーがある。迫力を感じた。

「黄泉比良坂/青木繁」(明治36年)
当時、理想画として注目を浴びたという作品。全体を覆う青みがかったパステルと色鉛筆の色彩が美しい。仄かに浮かび上がる女性の姿はまさに神秘的だった。(展示は7/27まで)

「婦人像/藤田嗣治」(明治42年)
新出の一枚。今回の展示が初公開。(報道)まだ藤田が『師』(キャプションより引用)黒田清輝の影響を受けていた頃の作品とされる。確かに一見では藤田の作品と分からない。あまり印象に残らなかった。



「ティヴォリ、ヴィラ・デステの池/藤島武二」(明治42年)
後半の洋画では一番惹かれた作品。ローマ東の小都市の池を描く。エメラルドブルーの池と上から垂れる枝葉の調和が見事。迷いのないタッチも力強い。

私の拙い感想では伝わらないかもしれませんが、今開催中のぐるっとパスのフリー入場可の展示の中で『最強』の一つであるとしても過言ではありません。

8月16日まで開催されています。もちろんおすすめです。
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