「栄西と建仁寺」 東京国立博物館

東京国立博物館
「開山・栄西禅師 800年遠忌 栄西と建仁寺」
3/25-5/18



東京国立博物館で開催中の「開山・栄西禅師 800年遠忌 栄西と建仁寺」を見て来ました。

臨済宗を日本に伝え、京都最古の禅寺の建仁寺を開創した栄西。(本展では「ようさい」と読んでいます。)亡くなったのは1215年です。今年800年の遠忌を迎えました。

それにあわせての栄西展。絵画に工芸に書跡。全183件です。(会期途中に展示替えあり。)栄西や建仁寺、及び建仁寺派の寺院のゆかりの品々が一堂に会しました。

さてチラシのキャッチは「国宝風神雷神5年ぶりに参上」、表紙のビジュアルも同屏風絵です。裏面には海北友松の雲龍図があり、中を見開けば再び風神雷神に雲龍図、さらには若冲と、潔いほどにまで桃山・江戸絵画推しですが、何も本展はいわゆる絵画展というわけではありません。


栄西「誓願寺盂蘭盆一品経縁起」(部分) 平安時代・治承2(1178)年 誓願寺 *展示期間:3/25~4/6

そもそも出品数からしても桃山・江戸絵画は30点ほどです。むしろ大半を占めるのは栄西の足跡を伝える書跡の他、栄西を含む建仁寺の僧の肖像画に坐像など。また中国絵画や仏画、染織に工芸品も目立ちます。それに栄西は日本で初めて茶の専門書を著した人物でもある。お茶関連の展示も目を引きました。

そのお茶関連で冒頭、いきなり見逃せないのが「四頭茶会」です。これは栄西の生誕を祝し、今も建仁寺に伝わる禅方の茶会のことですが、会場ではその様子を再現。東博に建仁寺の方丈がそのままやって来ています。

正面には三幅の軸画、栄西像と龍に虎図が掲げられ、前面にはたくさんの茶会用具が並べられる。完全露出展示です。通路からは少し距離がありますが、前方の卓。螺鈿でしょうか。実に細やかに紋様が描かれています。

また天目茶碗も展示されている。2点、うち油滴は九博、また鸞天目は三井記念所蔵の作品です。油滴の小宇宙に優雅に舞う尾長鳥。見入りました。

栄西の肖像で興味深いのは頭の形です。例えば現存する最古の栄西坐像と言われる「妙庵栄西坐像」。ともかく角張って四角く、また長く、頭の上が平べったい。既に理想化された姿とのことでしたが、その大きな頭は豊かな知恵の象徴でもあるのだそうです。

長きに渡る建仁寺の歴史。ゆかりの禅僧も多くおられる。うち個性的なのが「放牛光林像」です。南北朝時代に建仁寺の住持であった僧、何やら少し屈みながら、前に肩をぐっと迫り出すように構えている。上目使いの視線は鋭い。迫力があります。


院達「小野篁立像」 江戸時代・元禄2(1689)年 六道珍皇寺 *全期間展示

応仁の乱で荒廃した建仁寺。再興は16世紀になってからのこと。武士たちが檀越として寺に布施をした。建仁寺にはそれらが寺宝として収められています。

北政所が所用していたという打掛はどうでしょうか。「打掛 亀甲花菱模様縫箔 高台院所用」。艶やかな花菱亀甲紋。デコラティブな刺繍が連なっている。模様の隙間は銀箔だそうです。

それでは安土桃山・江戸絵画へと参りましょう。まずは何と言っても海北友松。チラシや広告では宗達が目立っていますが、会場では友松の方が充実している。その数10点ほど。途中に展示替えがあり、常に全点(全面)見られるわけではありませんが、10幅の軸画や8面の襖絵など大作揃い。ちょっとした海北友松展と呼んでも差し支えありません。


海北友松「雲龍図」(左4幅のうち2幅) 安土桃山時代・慶長4(1599)年 建仁寺 *展示期間:8幅のうち左4幅:3/25~5/6、右4幅:4/22~5/18

中でも力作はやはり「雲龍図」ではないでしょうか。建仁寺の玄関に近い「礼之間」を飾る襖絵。全8幅。会期をわけての4幅毎の展示。前期では左4幅が出品されています。展示替えのため、龍が左右に対峙する姿を同時に見ることは出来ませんが、半分だけでも迫力があるというもの。これが8幅揃うとどのような光景になるのか。思わず想像してしまいます。

また建仁寺方丈の障壁画が何点も出ていましたが、掛け軸に改装されていました。これは1934年に台風で方丈が倒壊。その後保存のために為されたことだそうです。おそらくは長らく実用されてきた障壁画。いくつかの作品においてはやや痛んでいるようにも見受けられました。


伊藤若冲「雪梅雄鶏図」 江戸時代・18世紀 両足院 *全期間展示

江戸絵画では他に狩野山楽が目立ちます。若冲に盧雪、蕭白は各1点ずつ、白隠も2点ありました。盧雪の軽快な作は席画でしょうか。いずれも京都の寺院所蔵の作。普段見る機会もそうないかもしれない。やはり若冲の「雪梅雄鶏図」です。得意の大見得をきるかのような鶏にねっとりとした雪。椿の紅の発色が思いの外に鮮やかでした。


「涅槃図」 清時代・17世紀 春徳寺 *全期間展示

曼荼羅に印象深い作品がありました。それが「熊野観心十界曼荼羅」です。下部の地獄の表現が凄惨。鬼に串焼きにされ、釘を打たれた人間たち。人面の牛もいる。姿を変えられてしまったのでしょうか。背筋がぞっとします。


俵屋宗達「風神雷神図屏風」 江戸時代・17世紀 建仁寺 *全期間展示

宗達の「風神雷神図屏風」はラストのお出ましです。暗がりの展示室に屏風が一点。ケースの中央の黒い線が惜しい気もしますが、ともかく東博では5年ぶり。久々の対面です。不思議と左右の間の余白が随分と開いているような印象も受けましたが、よく考えてみれば左右がほぼぴったり付いている図版のイメージが頭にこびりついているのかもしれない。実際の屏風絵は何もくっ付けて並べるわけではありません。ぐっと身を引くかのように体くねらせては雷鳴を轟かす雷神に、少し遅れて来たといわんばかりにすっと現れる風神。これから大風を吹かそうとするのでしょうか。互いのかけひき、表情。ここはじっくりと楽しみました。

さて改めて出品の情報です。会期中、一部の作品が入れ替わります。

「栄西と建仁寺」作品リスト

宗達の「風神雷神図屏風」は全期間の展示です。なお光琳作の「風神雷神図屏風」も本館2階(常設展)で4/8から公開されます。(5/18まで)そのタイミングを狙っても良さそうです。

会期早々、しかも平日の観覧だったせいか、館内は余裕がありました。但し上野のお花見シーズン、もしくはGW以降会期末に向けては混雑してくるかもしれません。

栄西と日本の美 (洋泉社MOOK)/洋泉社」

5月18日まで開催されています。

「開山・栄西禅師 800年遠忌 栄西と建仁寺」 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR
会期:3月25日(火)~5月18日(日)
時間:9:30~17:00。但し毎週金曜日は20時まで、土・日・祝休日は18時まで開館。(入館は閉館の30分前まで。)
休館:月曜日。但し4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開館、5月7日(水)は休館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生900(600)円。中学生以下無料
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「いま教わりたい和食」 とんぼの本(新潮社)

新潮社とんぼの本の「いま教わりたい和食:銀座『馳走 そっ啄』の仕事」を読んでみました。

「いま教わりたい和食:銀座『馳走 そっ啄』の仕事/平松洋子/とんぼの本」

エッセイストの平松洋子さんが惚れ込んでは通い続ける銀座の和食店「馳走 そっ啄」。ご主人西塚茂光氏との親交もあるのでしょうか。軽妙ながらも含蓄のあるテキストです。西塚氏の手がける和食のエッセンスを巧みに引き出しています。

それに表紙の「トマト含め煮」しかり、和食を引き立たせる器も美しい。美術ファンとしては「器の盛り方」にも注目したいところですが、それ以前に和食好きの私にとっては嬉しい本。豊富な写真で目で見ても味わえる。思わず舌を唸らせてしまいます。



「季節には味がある。」本書においても春夏秋冬、扱うのは四季折々の食材です。全24種、118品。旬のものをいかにして楽しむのか。例えば春の筍です。掘り立て茹で立てをそのまま刺身にして味わう「刺身筍」。梅肉和えです。酸味も程よく利いているのではないでしょうか。



また車エビの挟み揚げに定番の筍ご飯も。そして筍の下ごしらえです。そもそも産地によって筍の個性は異なり、例えば京都産はえぐみが少なくて柔らかいために、下茹でも必要ない。一方で名産地として知られる大多喜産は歯ごたえがあり、むしろそれを楽しむのだとか。また部位によっても料理との相性が変わってくるのだそうです。



そして西澤氏の食材への率直な評価。この辺も読むべきところかもしれません。一例が大根です。市中に出回る青首大根を「料理の素材としてはまったくつまらない。」と一刀両断。替わって使うものとして亀戸大根を挙げる。もちろん希少性高く、一般ではなかなか入手出来ないそうですが、ここはプロの視点です。一度試してみたくもなります。



とは言え、家庭でも出来る知恵がさり気なく触れられているのもポイントです。冬の野菜の代表格、鍋でも定番の白菜はどうでしょうか。ここでは切り方に注目する。繊維に沿って切るのか逆らって切るのか。しゃりしゃりした食感が欲しい時は前者、甘みを取り出したい時は後者です。また煮える時間も変わってくるそうです。



鯖に関する西塚氏のコメントが興味深く感じました。「庶民の味」とあるように、量販店の鮮魚コーナーでは定番ともいえるの鯖の切り身。価格も手頃なため、私もよく買っては焼き、また煮たりしていただきますが、氏は鯖をむしろ「高級魚」であると述べている。「いい鯖は値段も高い。」その「おいしさには、幅がある。」のだそうです。

食材の簡単な歴史。日本人との関わり。そうした記述もあります。「和食はレシピではないと思うんです。」とは西塚氏の言葉。実際にもいわゆる「レシピ」は一切載っていません。あくまでも読み物です。



西塚氏の和食にかける創意、また裏打ちされた技術。「家庭料理と和食の世界はおなじ。」料理上手になるためのシンプルなヒントは随所に記されている。「素材に教わり、素材に寄り添ってつくる。」何かと調味料に頼ってしまいがちな私にとっては耳の痛い言葉です。

実のところ家で料理当番の私にとって台所はとても身近な場所。あくまでも毎日の生活、大したことも出来ず、時にルーティン的な作業に感じられることもないわけではありません。しかしその中で少しでも見つめたい和食の奥深さ。調理において覚えておきたい約束事。常に肩肘張ると疲れてしまうかもしれませんが、何か挟持のようなものを教わったような気がしました。

またとてもお酒が飲みたくなる本でもあります。各料理にどのようなお酒が合うのか。そうしたことを想像していくのも楽しいかもしれません。

「いま教わりたい和食 銀座『馳走 そっ啄』の仕事/平松洋子/とんぼの本」

「いま教わりたい和食:銀座『馳走 そっ啄』の仕事」 とんぼの本(新潮社
内容:平松洋子さんがほれ込む名店「馳走 そっ啄」。三年間のレッスンが伝えた和食の本質とは?味を足しすぎない、レシピはいらない、だしに頼らない。四季のめぐみを日常の中で味わうコツを伝授。24の旬の素材の活かしかた、いま教わりたい118品を収録。
著者:平松洋子
価格:1890円
刊行:2014年3月
仕様:158頁
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

4月の展覧会・ギャラリーetc


少し早いですが、4月中に見たい展覧会などをリストアップしてみました。

展覧会

・「江戸絵画の19世紀」 府中市美術館(~5/6)
・「のぞいてびっくり江戸絵画」 サントリー美術館(3/29~5/11)
・「光琳を慕うー中村芳中」 千葉市美術館(4/8~5/11)
・「燕子花図と藤花図」 根津美術館(4/19~5/18)
・「キトラ古墳壁画」 東京国立博物館(4/22~5/18)
・「中村一美展」 国立新美術館(~5/19)
・「魅惑のニッポン木版画」 横浜美術館(~5/25)
・「少女たちの憧れ 蕗谷虹児展」 郵政博物館(~5/25)
・「華麗なる貴族コレクション展」 Bunkamura ザ・ミュージアム(4/4~5/25)
・「明和電機 EDELWEISS展」 市川市芳澤ガーデンギャラリー(4/19~6/1)
・「映画をめぐる美術 マルセル・ブロータースから始める」 東京国立近代美術館(4/22~6/1)
・「日本絵画の魅惑」 出光美術館(4/5~6/8)
・「没後50年 松林桂月展」 練馬区立美術館(4/13~6/8)
・「イメージの力ー国立民族学博物館コレクションにさぐる」 国立新美術館(~6/9)
・「コメ展」 21_21 DESIGN SIGHT(~6/15)
・「ジャック・カロ/非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」 国立西洋美術館(4/8~6/15)
・「フランス印象派の陶磁器 1866-1886」 パナソニック汐留ミュージアム(4/5~6/22)
・「法隆寺ー祈りとかたち」 東京藝術大学大学美術館(4/26~6/22)
・「江戸絵画の真髄ー秘蔵の若冲、蕭白、応挙、呉春の名品、初公開」 東京富士美術館(4/8~6/29)
・「オランダ・ハーグ派展」 損保ジャパン東郷青児美術館(4/19~6/29)
・「幸福はぼくを見つけてくれるかな? 石川コレクション(岡山)からの10作家」 東京オペラシティアートギャラリー(4/19~6/29)
・「こども展 名画にみるこどもと画家の絆」 森アーツセンターギャラリー(4/19~6/29)
・「バルテュス展」 東京都美術館(4/19~6/22)
・「ニコラ ビュフ:ポルフィーロの夢」 原美術館(4/19~6/29)
・「再発見 歌麿 深川の雪」 岡田美術館(4/4~6/30)
・「超絶技巧!明治工芸の粋 村田コレクション一挙公開」 三井記念美術館(4/19~7/13)

ギャラリー

・「武田陽介 Stay Gold」 タカ・イシイギャラリー(~4/19)
・「ライアン・ガンダー Explorers vs Pioneers」 TARO NASU(~4/19)
・「さわひらき展」 オオタファインアーツ(~4/26)
・「イ・ガンウク展 Invisible Space」 東京画廊(4/5~4/26)
・「鬼頭健吾 新作展」 ケンジタキギャラリー(4/5~4/30)
・「伊庭靖子 まばゆさ/けしき」 日本橋高島屋美術画廊X(4/23~5/12)
・「イグノア・ユア・パースペクティブ 24」 児玉画廊東京(4/19~5/24)
・「椿会展2014 初心」 資生堂ギャラリー(4/10~5/25)
・「西野康造ーSpace Memory」 リクシルギャラリー(4/18~5/27)
・「タマ/アニマ(わたしに息を吹きかけてください) 内藤礼 畠山直哉」 ギャラリー小柳(4/4~5/31)

入れ替わりの季節ということでもあるのでしょうか。4月始まりの展覧会がいくつもありますが、まず待ち遠しいのが千葉市美術館。中村芳中の展覧会です。



「光琳を慕うー中村芳中」@千葉市美術館(4/8~5/11)

いわゆる「和みの琳派」として人気を集めながらも、展覧会ではともすると影が薄かった芳中。しかしながら今回はメインです。光琳を踏まえ、芳中から大阪画壇までを見る。芳中受容史にとっても重要な展覧会になることが予想されます。

また会期中に注目したいのが講演会ラインナップ。抱一研究でお馴染みの玉蟲先生も登壇されます。

講演会:「光琳追慕の系譜ー光琳の江戸下りから抱一をつなぐ─」
【講師】玉蟲敏子(武蔵野美術大学教授)
4月12日(土)14:00より(13:30開場予定)

特別市民美術講座:「かわいい琳派 中村芳中」
【講師】福井麻純(細見美術館主任学芸員)
4月20日(日)14:00より(13:30開場予定)

市民美術講座:「『光琳画譜』と中村芳中」
【講師】伊藤紫織(同館学芸員)
5月3日(土・祝)14:00より(13:30開場)

*会場はいずれも11階講堂。無料。先着150名。講演会及び特別市民美術講座は当日12時より11階にて整理券を配布。

会期は僅か1ヶ月強。展示替えもあります。まずは講演会にあわせて一週目の日曜、その後も順次追いかけるつもりです。



「のぞいてびっくり江戸絵画」@サントリー美術館(3/29~5/11)

なお「春の江戸絵画まつり」とは府中市美術館でお馴染みのコピーですが、今月はそれ以外にも江戸絵画展が目白押しです。富士美術館では新出の江戸絵画も展示される。また岡田美術館では以前に報道で大いに話題となった歌麿の「深川の雪」が公開されます。

「喜多川歌麿《深川の雪》の発見 @NHK日曜美術館」@Art & Bell by Tora

「再発見 歌麿 深川の雪」@岡田美術館(4/4~6/30)


今月中に出かけられるかどうか分かりませんが、これを機会に岡田美術館デビューといきたいところです。

さて4月。ともかく目につくのは19日スタートの展覧会が多いことです。根津の「燕子花」に三井の「明治工芸」、そして原美の「ビュフ」に都美館の「バルテュス」。損保の「ハーグ派展」に初台オペラの「石川コレクション」等など。数えてみてもこれだけあります。



「バルテュス展」@東京都美術館(4/19~6/22)

うち特に期待したいのはバルテュスでしょうか。チラシやポスターでも強い印象を与える作品。いわゆる美術ファン以外からも話題を集めるかもしれません。



「六本木アートナイト2014」@六本木地区一帯 (@r_artnight

今年もアートナイトの季節がやって来ました。残念ながら私はスケジュールの都合で参加出来そうもありませんが、年々混雑に拍車がかかっている感もあるイベント。また大いに賑わいそうです。

現在、東博で開催中の「栄西と建仁寺」展にもあわせたのでしょうか。出品中の宗達の「風神雷神図屏風」が芸術新潮にて特集されています。

「芸術新潮2014年4月号/宗達のすべて/新潮社」

板橋区立美術館の前館長である安村先生のテキスト。これがまた読ませます。しばらく楽しめそうです。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「101年目のロバート・キャパ」 東京都写真美術館

東京都写真美術館
「101年目のロバート・キャパ 誰もがボブに憧れた」
3/22-5/11



東京都写真美術館で開催中の「101年目のロバート・キャパ 誰もがボブに憧れた」のプレスプレビューに参加してきました。

いわゆる「戦争写真家」として知られ、「ボブ」の愛称でも親しまれたロバート・キャパ。5つの戦争を渡り歩き、戦渦に生きる人間を次々とカメラに収めていく。と同時にキャパは戦場以外でも終始人を見つめていた。そもそもキャパの風景写真はほぼ皆無。常に人が写っています。


右:「ロバート・キャパ 1951年」 ルース・オーキン撮影 ゼラチン・シルバー・プリント 1981年

そうしたキャパの人への眼差しを紹介する企画と言っても良いかもしれません。今年生誕101年目を迎えたキャパの展覧会が始まりました。

さて出品の殆どは東京富士美術館の所蔵作品。何でも同館は国内有数のキャパ・コレクションで知られるそうです。また一部ビンテージ・プリント、日本初公開の作品も含みます。なお展示は5つのテーマ別での構成です。時系列ではありません。


下段:「パリの解放を祝う人々、パリ、フランス 1944年8月26日」 ゼラチン・シルバー・プリント 1991年

さてキャパを捉えたポートレートから始まる展示。まず見入るのは「戦禍」のセクションです。ノルマンディー上陸作戦やスペイン内戦時の「崩れ落ちる兵士」など、代表作とも言うべき作品が登場する。興味深いのは「パリの解放を祝う人々、パリ、フランス」です。ヨーロッパにおける二次大戦の終結、ドイツ軍撤退直後に沸くパリの群衆を捉えた作品。街路はおろか、建物の2階、3階にも黒山の人だかり。歓声を上げていたのでしょう。それがさもキャパのカメラを向いてポーズをとるかのように写っています。


中央:「Dデイ 作戦日に上陸するアメリカ軍先陣部隊、オハマ海岸、ノルマンディー、フランス 1944年6月6日」 ゼラチン・シルバー・プリント 1991年

ノルマンディー上陸作戦においてはアメリカ軍の第一陣とともに行動したキャパ。決死の覚悟で数本のフィルムを撮ったものの、後の現像作業に失敗しネガは破損。結果的に11枚の作品しか残りませんでした。水面に頭を出す兵士。画面はブレている。なおブレは撮影時ではなく、現像の失敗によって生じたという説もあるそうです。


上段:「シャルトル、フランス 1944年8月18日」 ゼラチン・シルバー・プリント 1991年

また戦後、ドイツ軍への協力者として扱われた女性たちを写した写真はどうでしょうか。彼女らは占領下においてドイツ兵と時に関係を持ち、また子どもを産んだ。それが後に非難され、市民によって私刑、ようは罰を受けさせられます。頭を丸めている。それをキャパは住民たちと等しく捉えた。彼女たちへの同情心があったのかもしれません。

常に人を見続けたキャパ。戦時においても何も劇的でかつ悲惨な光景ばかりを写したわけではありません。兵士や市民たちの戦時下のつかの間の休息。そうした部分にも目を向けています。


右:「共和国側の市民軍女性兵士、バルセロナ、スペイン 1936年8月」 ゼラチン・シルバー・プリント 1991年

ファッション誌を読む女性兵士にジープに腰掛けて編み物をする兵士。はたまたトランプに興じる兵士などが写される。またキャパ自身もポーカを得意としていました。


右:「キャパとスタインベック、モスクワ、ロシア 1947年8~9月」 ゼラチン・シルバー・プリント 1991年

等身大のキャパを友人や恋人の存在を通して知る。スペイン戦争以来の付き合いとなったヘミングウェイ、またピカソにスタインベックらとの交流。「キャパとスタインベック、モスクワ、ロシア」では鏡に写り込むキャパ自身の姿も見える。そしてキャパの名付け親でもあり恋人でもあったゲルダ・タローです。


中央:「ゲルダ・タロー、パリ、フランス 1936年頃」ゼラチン・シルバー・プリント 2014年

ベットで寝るタローを写した「ゲルダ・タロー フランス、パリ」は日本初公開。2007年にメキシコでネガが見つかった写真だそうです。


ロバート・キャパのビンテージ・プリント

ビンテージは全部で4点です。いずれもがキャパが1938~39年頃にスペインの戦場で撮影し、その直後にプリントした写真。当時のニュースの配信原稿として使用されたものです。

またここでは裏面にも注目。現像時のスタンプに手書きのキャプション、寸法なども記されている。さらに目を引くのがキャパのカメラです。何と彼が最後に使っていたもの。時は1954年5月25日。かのインドシナ戦争の取材です。フランス軍に同行し、北ベトナムで地雷を踏んで亡くなったキャパが、まさにその瞬間まで手にしていたカメラです。


「ロバート・キャパ愛用の最後のカメラ(ニコンS)」

レンズには泥が付着。そして隣のポフィルムにはキャパがファインダー越しで最後に見た景色が記録されている。このカメラが東京で公開されるのは1998年以来、16年ぶりのこととか。ちなみにキャパは亡くなった1954年、ベトナムへ向かう前に来日。3週間ほど滞在し、東京や関西などの地を訪れては撮影しました。


右:「焼津、日本 1954年4月」 ゼラチン・シルバー・プリント 1991年
 
会場でも4点ほど日本で撮影した作品を展示。さらには同年に金原眞八が静岡駅を訪れたキャパを写した写真も出品されています。裏面にはキャパ直筆のサイン。死亡を伝える新聞記事も貼られている。亡くなる約一ヶ月前。言うまでもなく最後のポートレートでもあります。

その他には30代後半のキャパの肉声を収めた音声ガイドも見どころならぬ聴きどころ。ラジオ番組に出演した彼が「崩れ落ちる兵士」について語っている。スタインベックとの旅行についても言及があります。これは2013年にNYの国際写真センターで見つかったものだそうです。


「101年目のロバート・キャパ」展会場風景

キャパと言えば一昨年に横浜美術館で「ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー 二人の写真家」展がありました。その際は文字通りタローとの関係を深く掘り下げていましたが、今回のキャパの人間像を着目しながら業績全般を俯瞰していく。より取っ付き易く、また間口の広い展覧会という印象を受けました。

5月11日まで開催されています。*東京展終了後、九州芸文館(8/2~9/15)へと巡回。

「101年目のロバート・キャパ 誰もがボブに憧れた」 東京都写真美術館
会期:3月22日 (土) ~ 5月11日 (日)
休館:毎週月曜日。但し4/28、5/5は開館。5/7(水)は休館。
時間:10:00~18:00 *毎週木・金曜日は20時まで。(入館は閉館の30分前まで。)
料金:一般1100円(880円)、学生900円(720円)、中高生・65歳以上700円(500円)
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *第3水曜日は65歳以上無料。
住所:目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
交通:JR線恵比寿駅東口改札より徒歩8分。東京メトロ日比谷線恵比寿駅より徒歩10分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「探幽3兄弟~狩野探幽・尚信・安信」 板橋区立美術館

板橋区立美術館
「江戸文化シリーズNo.29 探幽3兄弟~狩野探幽・尚信・安信」
2/22-3/30



板橋区立美術館で開催中の「江戸文化シリーズNo.29 探幽3兄弟~狩野探幽・尚信・安信」を見て来ました。

江戸狩野の祖として名高い狩野探幽。余白を用いての瀟洒端麗な画風。言うまでもなく後の狩野派の絵師たちに大きな影響を与えました。

その探幽に弟が二人いたことをご存知でしょうか。一人は5歳年下の尚信。そしてもう一人は11歳下の安信です。ともに奥絵師の木挽町狩野家、また中橋狩野家を興した絵師でもある。この三兄弟の作品なり役割を見る展示が板橋区立美術館で行われています。

さて構成は絵師別。編年体での構成です。早速、探幽画から見ていきましょう。


狩野探幽「富士山図屏風」(部分) 板橋区立美術館 *後期展示

まずは板橋区美所蔵の「富士山図屏風」。左に富士で右に三保の松原。ほぼモノトーンながらも海は青みを帯びている。墨の滲みを活かした朧げな森林。余白の美。一転して鋭い筆致による岩山も見えます。硬軟使い分ける探幽の技が冴えていました。

一転しての力強い作品と出会いました。それが「群虎図襖」です。南禅寺の小方丈三の間を飾る襖絵。通称「水のみの虎」と呼ばれる作品です。


狩野探幽「群虎図襖」 南禅寺 重要文化財 *後期展示

ここに見られるのは桃山の狩野派を伝えるような迫力のある画面。実際にも探幽が若い頃に描いたものだそうです。全4面の金色の空間。右の二面には青々とした太い幹を誇る竹林。そこには一頭の虎が向こうから手前に向かって進んでいる。左の二面にいるのが水飲みの虎です。姿勢を低くし、尻を突き出しながら、赤い舌をぺろりと出して、舐めるように水を飲む虎。虎は筋肉隆々。また百合でしょうか。草花の表現がリアルでもある。見事です。

また本作は当然ながら南禅寺からやって来たもの。申し遅れましたが、本展は館蔵品展ではありません。南禅寺と同じく京都の金地院、それに滋賀の聖衆来迎寺から静岡県立美術館に根津美術館等々。個人蔵を含め、日本各地から作品が集まっています。

44歳で世を去った尚信は年記のある作品が少ないそうです。余白の取り入れ方は探幽よりもさらに大胆。例えば「山水花鳥図屏風」はどうでしょうか。墨画の作品ですが、墨の滲み、跳ね、さらに止めによって表された山水の世界はもはや抽象美の領域。画面は茫洋。小禽のみがリアルに示されています。


狩野尚信「雉子に牡丹図」寛永5(1628)年頃 金地院 *後期展示

探幽の指示の元に描いたという「雉子に牡丹図襖」も目が止まりました。こちらは20代の頃の作品。金色にそまる空間。やはり余白が多い。岩に水流、また牡丹が細かな筆致で描かれる。雉は画面の下方、水のすぐ側にいます。

安信は3兄弟の中で探幽と並び比較的長寿。73歳で亡くなったそうです。(探幽は72歳で亡くなりました。)彼は画論を著し、絵画の鑑定もおこなった。言わば後の江戸狩野を一定の形で体系付けた絵師でもあります。


狩野安信「若衆舞踊図」 愛知県美術館 *後期展示

「若衆舞踊図」に惹かれました。軸画の小品です。扇子を片手に両手を広げて舞う若衆。背景はありません。描線は滑らかでかつ軽快。表情は生き生きとしている。初期の浮世絵の風俗画を思わせるものがあります。

なおこの作品と近しいのが探幽の「若衆観楓図」です。また他にも同じ富士を描いた屏風絵もあります。絵師毎の展示のため、同時に比べることは出来ませんが、同じようなモチーフの作品からそれぞれの個性なりを見出すのも面白いかもしれません。


「探幽3兄弟展」チケット

そういえばチケットも3兄弟の虎をあしらったデザインでした。三つの円が連なる様子は、少し古いですが、団子三兄弟ということなのでしょうか。

いつもの手狭なスペースです。スケールではやむを得ない面はあるかもしれません。ただそれでも江戸絵画に強い板橋らしい企画。楽しめました。

なお本展は群馬県立近代美術館と2館開催の展覧会。板橋の先行です。また会期は2期制。現在は後期です。既に半数の作品が入れ替わっています。(出品リスト

前期:2月22日(土)~3月16日(日)
後期:3月18日(火)~3月30日(日)


ちなみに図録には78点の作品が掲載されていましたが、板橋展の総出品数は53点でした。(一会期での出品は半数ほど。)おそらく群馬展においても展示替えがあるかと思いますが、そちらの出品数の方が多いことが予想されます。あえてこれから追うのであれば、群馬展を狙うのも良いのかもしれません。また板橋のチケット(有料)の提示で観覧料が割引になるサービスもあるそうです。(図録は共通。また群馬展はテーマ別での展示です。)



「探幽3兄弟展ー狩野探幽・尚信・安信」@群馬県立近代美術館(4/19~6/1)

会期末も迫っているからでしょうか。なかなか盛況でした。

来年度の板橋区立美術館の主な展覧会スケジュールが発表されました。(WEBではまだ出ていないようです。)

「館蔵品展 焼け跡と絵筆ー画家のみつめた戦中・戦後展」 4/12~6/15
「2014イタリア・ボローニャ国際絵本原画展」 7/5~8/17
「20世紀検証シリーズNo.4 種村孝弘展」 9/6~10/19
「静かなる詩心 イエラ・マリの絵本展」 11/22~2015/1/12
「館蔵品展 18世紀の江戸絵画」 2015/2/28~3/29

お馴染みの「ボローニャ国際絵本原画展」や「20世紀検証シリーズ」などが目を引きますが、それこそ「探幽3兄弟」しかり、毎年ほぼ必ず開催されてきた「江戸文化シリーズ」がありません。少し気になるところです。(*館蔵品展は無料。)



3月30日まで開催されています。

「江戸文化シリーズNo.29 探幽3兄弟~狩野探幽・尚信・安信」(@edo_itabashi) 板橋区立美術館
会期:2月22日(土)~3月30日(日)
休館:月曜日。但し12/23は開館し翌日は休館。年末年始(12/29~1/3)。
時間:9:30~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般650円、高・大生450円、小・中学生200円。
 *毎週土曜日は高校生以下無料。
 *65歳以上は325円。(要証明書)
住所:板橋区赤塚5-34-27
交通:都営地下鉄三田線西高島平駅下車徒歩13分。東武東上線・東京メトロ有楽町線成増駅北口2番のりばより増17系統「高島平操車場」行き、「区立美術館」下車。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「荒木愛展 I SPY」 画廊くにまつ


画廊くにまつ
「荒木愛展 I SPY」 
3/20-3/31



画廊くにまつで開催中の荒木愛個展、「I SPY」を見て来ました。

2012年に東京藝術大学大学院の美術研究科デザイン専攻描画・装飾(中島千波)研究室を修了。その後も主に都内のグループ展に参加しながら作品を発表してきた日本画家、荒木愛。

「荒木愛 WEBサイト」

東京では二年ぶりの個展です。出品は大小10点ほどの日本画。モチーフはお馴染みの瑞々しき果物に可愛げな文鳥たち。新たな試みとしての立体も含みます。会場に踏み入れては開けてくる美しき色彩。まずは見惚れました。


「荒木愛展 I SPY」会場風景

さて今回、作品を見て私が感じたことを。はじめは構図です。そこに変化、言い換えれば動きのさらなる導入が見られるということです。

もちろん一昨年の個展に展示された「また会える日まで」(貝殻を従えて大きく飛び出すツバメが描れていました。)など、これまでにも躍動感のある作品はありましたが、今回はどこか鑑賞者の視線の移動を誘うかのような意図すら感じられる。例えばDM作の「LINE OF RUMOR」を挙げてみましょう。


荒木愛「LINE OF RUMOR」

斜めの枝にちょこんとのる小鳥たち。計5羽でしょうか。いずれもビーズを連ねた糸を引っ張っている。特に上の白い3羽の小鳥。殆ど絡み合うように糸をよせる。端の2羽の表情は険しい。また一番右の鳥はまるで関心のないようにそっぽを向いていは糸を口にくわえています。

そしてそこから殆ど垂直に落ちる赤い糸。地面ではとぐろをまき、その先はビーズが散っては糸も切れる。顔を出す小鳥はもう糸を口にくわえていない。静観しているのか、あえて入りこまないのか。ともかくはこの一本の赤い糸を廻って小鳥たちにドラマが生じている。それを鑑賞者側は糸を目でなぞる形で追体験していくわけです。

なおタイトルの一部に「LINE」とあるように、本作はWEB上での情報や噂のやり取りなどについてテーマとしているとか。SNSで拡散し、時に本来の文脈とは異なって受け取られる情報。その危うさ。そもそも鳥はおしゃべりでもある。また「集団思考」も同様です。単に小鳥が可愛らしく描かれているわけではない。タイトルがヒントにもなり得ます。ようは鳥たちに作家のメッセージなりがこめられているのです。


荒木愛「集団思考」

またもう一つ変化を感じたのは絵具の塗り方でしょうか。色に対する認識についてです。

というのも今回の出品作の多くは絵具をあまり盛っていません。画面は思いがけないほどにフラット。何でもこれまでに用いて来た日本画の削り出しの技法を採らなかったそうです。

もちろん例えば以前の貝や歯の作品における絵具の強い質感も魅力的でしたが、今回は薄くのばされた絵具が特徴的。より洗練されているようにも映ります。どちらが好きかと問われれば迷いますが、また一歩『深化』と捉えても良いのではないでしょうか。


荒木愛「夢見る前の夢見心地」

間を活かした空間美。そのセンス。箔を取り込んだ作品は銀色に煌めいている。琳派を思い浮かべます。また小鳥の動きはそれこそ盧雪画を連想させるものがある。江戸絵画との関連。その辺を意識しても面白いのではないでしょうか。


左:荒木愛「味見」

最後に挙げたいのが「味見」です。西瓜と鳥を取り合わせた一枚。意外にも文鳥は西瓜を食べるそうです。まず目を引くのが果肉の鮮やかな色。皿の白と背景のややグレーを帯びた白のニュアンスが微妙に異なって美しい。鋭敏な色彩感覚。折重なる和紙や箔の豊かな感触。前も触れたことがありましたが、ともかく写真でまるで分かりません。



作家の荒木さんはツイッターアカウント(@aispy)をお持ちです。そちらで在廊の情報などを逐次つぶやかれています。要チェックです。

[作家在廊予定]
3月20日(木)~23日(日)
3月26日(水)
3月28日(金)~31日(月)
*時間は未定。問い合わせは画廊まで。



3月31日まで開催されています。

「荒木愛展 I SPY」 画廊くにまつ
会期:3月20日(木)~3月31日(月)
休廊:3月24日(月)
時間:月~金:11:00~19:00、土日祝:12:00~18:00。
 *最終日は17時閉廊
住所:港区南青山2-10-14 アオヤマアネックス1F
交通:東京メトロ銀座線外苑前駅4a出口、東京メトロ銀座線・半蔵門線・都営大江戸線青山一丁目駅1、3、or5出口より徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「観音の里の祈りとくらし展」 東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館
「観音の里の祈りとくらし展ーびわ湖・長浜のホトケたち」
3/21-4/13



東京藝術大学大学美術館で開催中の「観音の里の祈りとくらし展ーびわ湖・長浜のホトケたち」のWEB内覧会に参加してきました。

琵琶湖北岸、さらに北は福井県にも接する長浜市。そこには古くから受け継がれて来た観音像がある。そもそも滋賀県自体、重文の指定を受けた観音像が最も多いことでも知られています。

長浜の人たちに根付いた厚き観音信仰。それを紹介する展覧会が上野の芸大美術館で始まりました。

今回は撮影の許可をいただきました。展示の様子を追ってみます。

まず出品は長浜地域の観音像、全18躯。重文3点を含みます。主に平安時代に造られたもの、中にはお堂を出たのすら初めての仏像もある。いずれも東京初出展でもあります。

さて長浜の観音信仰の特徴とは何か。それが初めにも触れたように地域の人々が代々観音像を守って来たということです。


「観音の里の祈りとくらし展」会場風景

そもそも琵琶湖北岸地域には平安期から天台宗(及び山岳信仰)による観音信仰が存在していましたが、室町期以降、次第に弱体化。さらに新仏教が台頭。そこに加わって戦国の混乱です。天台宗の寺院の多くは衰退して無住、廃寺化していきました。

一方でこの地域では中世以降に村落共同体が発達。力のある村人自身がこうした無住寺に本尊としての観音を納めていく。以降、住職らに替わって守り続けてきた。そもそも観音像とはいわゆる庶民仏。現世利益的な信仰も強く、全ての人々を救済するという意味をもちえています。

今回の出品の観音像も2、3躯を除いては無住寺のもの。中には自治会所蔵の仏像もあります。如何に観音像が身近な存在なのか。その一端を伺い知れるのではないでしょうか。


左:「十一面観音立像」平安時代・12世紀 大浦十一面腹帯観音堂

よって観音像は今も人々の日常にある。一例が「十一面観音立像」ではないでしょうか。これは通称「腹帯観音」と呼ばれる仏像ですが、文字通りお腹の部分にサラシの帯を巻いている。いわゆる子宝や安産の神として信仰されたもの。何でも帯には毘沙門天などの尊像の摺物が表され、その版木は何と江戸時代から受け継がれているとか。祈願の申し出があると、この実際に巻かれた腹帯を授与する。そのためにこのように新しいのだそうです。


「十一面観音立像」(部分)平安時代・12世紀 大浦十一面腹帯観音堂

また近年、一度盗まれたことがあり、懸賞金つきで行方を探したところ、懸賞金欲しさに犯人自ら名乗り出て御用。などということもあったそうです。


右:「菩薩形立像」平安時代・9世紀末~10世紀初頭 安念寺
左:「如来形立像」平安時代・10世紀 安念寺


「菩薩形立像」と「如来形立像」はどうでしょうか。木が剥き出しになった姿。痛々しくも見えますが、これは信長の兵火の際、それを逃れるために村人が田に埋めて隠したとも伝えられている。そして驚くのは次のエピソード。何と昭和初期の頃までは夏に子どもたちがこの像を川に浮かべて遊んだりしていたのだそうです。


重要文化財「千手観音立像」奈良~平安時代・8世紀末~9世紀初頭 日吉神社(赤後寺)

出品中最も名高いのが「千手観音立像」。重文指定。平安期の作例とされますが、限りなく奈良時代に近い。いわゆる地方の仏像としては最古となる8世紀末の作とも言われる観音様です。

檜の一木造。堂々たる体躯。時の官営の工房の職人が関与したとも言われる充実の造り。お顔は穏やかです。但し頭上面は全て失われ、腕も12本残るのみ。賤ヶ岳の合戦の際に川に沈められて隠された。そうした謂れも残されています。


「観音の里の祈りとくらし展」会場風景

全18躯のこじんまりとした展示。しかしながら長浜の観音さまをじっくりと拝む事が出来る。またキャプションも充実。来歴や由来もよく理解出来ます。それに仏像は確かに平安期のものですが、伝えて来たのは近世以降、現代までの長きに渡っている。その歴史をひも解く展覧会でもあるのです。


国宝「絵因果経」(部分)8世紀 東京藝術大学大学美術館

また本展と同時に開催中なのが春恒例の「芸大コレクション展」です。驚くほど彩色の鮮やかな国宝「絵因果経」から光琳の「槙楓図屏風」に蕭白の「群仙図屏風」を経て、由一、清輝、コランなどとお馴染みの名品が揃っている。もちろん「観音の里」チケットで観覧可能。二つあわせて500円で堪能出来ます。

短期限定の展覧会。会期は一ヶ月もありません。まずは早めの観覧をおすすめします。


「長浜・米原・奥びわ湖観光情報」公式サイト

一度、奥琵琶湖の地を旅したいと思いました。4月13日まで開催されています。

「観音の里の祈りとくらし展ーびわ湖・長浜のホトケたち」(@nagahama_kannon)  東京藝術大学大学美術館
会期:3月21日(金・祝)~4月13日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00 *入館は16時半まで。
料金:一般500(400)円、高校・大学生300(200)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *同時開催中の「藝大コレクション展」も観覧可。
住所:台東区上野公園12-8
交通:JR線上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ千代田線根津駅より徒歩10分。京成上野駅、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅より徒歩15分。

注)写真は内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )

「横山奈美展」 アルマスギャラリー

アルマスギャラリー
「横山奈美ーそれは山であり川でもあった。 昨日は私自身であり、夫でもあった。」
3/15-4/26



アルマスギャラリーで開催中の横山奈美個展、「それは山であり川でもあった。 昨日は私自身であり、夫でもあった。」を見て来ました。

もやしを描き、もやしを彫る。

あくまでも私の経験の範疇ではありますが、あの食べ物としての「もやし」それ自体を、絵画上の主たるモチーフにしている画家は他にいないのではないでしょうか。


「渓谷」2014年 麻布に油彩

会場に並ぶのも油画によるもやし。厚塗り、いずれも強く塗りこめられた絵具の層にもやしがにょろりといる。まるで生き物のような姿。それでいてもやしの並ぶ様子はまるで記号や図像のようにも見える。何らか象徴なのでしょうか。また写真では分かりませんが、支持体の麻布の質感を活かした凹凸のある画肌も独特な味わいがあります。

実際にいくつかのもやしにおいては山や川などを半ば投影しているもいるそうです。タイトルがヒントになるかもしれません。また象形文字。そんな印象も受けました。


「木のドローイング1・2」2014年 木に油彩

さてもやしではもう一つ、木片を用いた作品に目が止まりました。こちらは何でも作家がホームセンターで買ってきたという木片にもやしを彫っている。縦に一本。すくっとのびる。切れ込みはさながらフォンタナ。横山自身もフォンタナの作品について言及しているそうです。

実は昨年、私も一度「jikka」(実家)で横山の個展を見たことがありました。その時にキャンバス、また麻布だったでしょうか。もやしが切れ込み状になって描かれている作品があったことを覚えています。

その際はてっきり地へ今回の彫刻同様、絵筆なりで彫るように描いているのかと思いましたが、それはもやしを描いた後に周囲の絵具を盛っていた。ようは彫ったのではなく、もやしを周囲から埋め込むようにして表していたのだそうです。気がつきませんでした。


「その一本の枝」2014年 麻布に油彩

さてもやしに次いでもう一本、ゆらゆらと画面にたゆたうものが。紐です。画面の中を大きく曲げて進む紐。ちなみに本作、何でも夜空の元で下から木の枝を見上げた時に広がる景色を投影しているとか。背景の黒を帯びた青、深い藍色とも言えるでしょうか。確かに夜の空の色にも見えます。


「山が三つ在る」2014年 麻布に油彩

殆ど偶然に「jikka」で見知って惹かれた横山の作品。さらなる変化もある。また一つまとまった形で楽しむことが出来ました。

なお作家の横山は現在、豊田市美術館で開催中の「手探りのリアリズム」(常設展)にも出展しています。



「手探りのリアリズム」@豊田市美術館 1月7日(火)~4月6日(日)

4月26日まで開催されています。

「横山奈美ーそれは山であり川でもあった。 昨日は私自身であり、夫でもあった。」 アルマスギャラリー
会期:3月15日(土)~4月26日(土)
休館:月、火曜日。*水、木、金曜日はカフェ併設。土、日曜は展示のみ。
時間:12:00~19:00
住所:江東区清澄2-4-7
交通:東京メトロ半蔵門線、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口より徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「ポーラ ミュージアム アネックス展2014」 ポーラミュージアムアネックス

ポーラミュージアムアネックス
「ポーラ ミュージアム アネックス展2014ー光輝と陰影」
3/14-4/6



ポーラミュージアムアネックスで開催中の「ポーラ ミュージアム アネックス展2014ー光輝と陰影」を見て来ました。

過去にポーラ美術振興財団によって助成された作家を紹介する「ポーラ ミュージアム アネックス展2014」。今年で既に5回目です。監修は木島俊介氏。今回は以下の4名が選定されました。

[出展作家]
武居京子・米倉大五郎・大成哲・柏原由佳

会場内、撮影が可能でした。簡単に追ってみます。


大成哲「both of the same」他

まずは出品中唯一の彫刻作家である大成哲。ガラスです。ガラス板をさながら折り紙に見立てる。「both of the same」は折り鶴の展開をそのままガラス板に当てはめた作品。面白いのは折ったものと折り目の付いたものを左右に並べていることです。


大成哲「both of the same」(部分)

ガラスの折り鶴も美しいものですが、一方で折り目のガラス板の紋様もまた魅惑的である。同じように飛行機をガラスで折った展開図もあります。


武居京子 展示風景

いわゆる抽象で「空間と空間の曖昧な境界を表現」(キャプションより)する。武居京子です。並ぶのは色も鮮やかな抽象画。時に幾何学的に色面が分割される。しかしながら緑、それに暖色を多用した色の故だからでしょうか。どこか花や自然を描いた作品のようにも見えます。


武居京子「French colors」2009年

また目を引くのが「French colors」です。丸みを帯びた色同士のせめぎ合い。これを見て何となく岡田謙三の絵画を思い出しました。

2012年のVOCA展にも出品がありました。ペインターの柏原由佳は計3点の油絵を展示。テンペラの技法も取り込んでいるそうです。


柏原由佳 展示風景

深い森の奥の泉。奥に続くのは小路でしょうか。人気のない景色。瑞々しい色彩に包まれた自然。実景のようにも見え、そうでもないようにも映る。幻想的な雰囲気も感じられます。


米倉大五郎 展示風景

米倉大五郎が異彩を放っていました。モノクロームの世界。掠れや滲み。何やらモチーフが溶け出すようでもある。不思議です。



銀座にお出かけの際にでも立ち寄られては如何でしょうか。入場は無料でした。

4月6日まで開催されています。

「ポーラ ミュージアム アネックス展2014ー光輝と陰影」 ポーラミュージアムアネックス@POLA_ANNEX
会期:3月14日(金)~4月6日(日)
休館:会期中無休
時間:11:00~20:00
住所:中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
交通:東京メトロ有楽町線銀座1丁目駅7番出口よりすぐ。JR有楽町駅京橋口より徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「VOCA展2014」 上野の森美術館

上野の森美術館
「VOCA展2014 現代美術の展望 新しい平面の画家たち」 
3/15-3/30



上野の森美術館で開催中の「VOCA展2014 現代美術の展望 新しい平面の画家たち」を見て来ました。

毎年春の恒例、上野発の現代美術の「VOCA展」。今年も専門家諸氏によって推薦された40歳以下の作家が集結。一定の「平面」というカテゴリーの中で表現された様々な作品が展示されています。


大小島真木「遺伝子/Gene」(部分)

各受賞作家は以下の通りです。

【VOCA展2014 受賞作家】
VOCA賞 田中望
VOCA奨励賞 大小島真木、金光男
佳作賞 大坂秩加、染谷悠子
大原美術館賞 佐藤香菜

それでは私の印象深かった作品を挙げてみます。まずは一階通路正面、大小2点の作品を出品した高橋大輔。燦然と輝く色彩美。チューブからそのまま出したような分厚い画肌に筆致。絵具が線と化して交わり、いつしかレイヤー状に展開していく。いわゆるステンドグラスのような煌めき。これまでにも何度か見て来たつもりでしたが、今回はふとルオーの絵画を思い出しました。


田中望「ものおくり」

VOCA賞を受賞したのは田中望です。タイトルは「ものおくり」。日本画の技法による作品です。盛られた胡粉。大きな渦を巻くのは鯨。その輪の中をたくさんの兎たちが踊っている。何でも流れ着いた鯨を祀る東北地方の習俗を素材としているとか。鯨から赤く流れる血は生々しくもある。ちなみに作家は東北芸術工科大の院生です。秋田の竿燈のようなものも見える。広がる雪景色と白い波しぶき。そこでは東北の地に因む様々な物語が展開しています。

ヴィヴィットな色遣いが目に飛び込みます。入谷葉子の「シャングリア」。ショッキングピンクにレッド、またイエローなど。輪郭線はなく、色面のみで組上げられた風景。華やかでかつトロピカルな雰囲気。しかしながら描かれているのはお葬式の景色です。祭壇でしょうか。たくさんの花と遺影も見える。参列者が反面のグレー、半ばモノトーンで表されているのも印象に残りました。

何も単に平面とはいわゆる絵画のみに限定されません。臼井良平はどうでしょうか。床面に立て掛けられたのは一枚の曇りガラス。下の方だけは曇らずに反射する。その横には木の板。上には一枚の紙。一見、何も書かれていないようにも映りますが、仄かなグレーの筆致も確認出来る。白い紙と板にガラス、さらには映り込む床。空間との関係を問うインスタレーションとして捉えても良いのかもしれません。


大坂秩加「そんなに強くなってどうするのあなた」

天井高のあるスペースを効果的に利用しています。佳作賞の大坂秩加です。それこそ天井を突きそうなほどの縦長のフォーマット。一人の女性がてっぺんからブーケを投げている。そしてそれを一生懸命受け止めようとするのもまた女性たち。あまり身なりは良くない。貧しいのでしょうか。そして長い塔のような建物はブリキで出来ている。その緻密な質感表現。一方での垂直性を活かした動きのある構図感。さすがに魅せるものがあります。


染谷悠子「かみあわぬ水に沈む月」

去年のVOCA展の感想にも書きましたが、この展示を通して初めて作家を見知り、その後、追っかけていくことも少なくありません。とは言え、長らく行われてきたVOCA展。賛否はともかくも、今年は展覧会そのものに疑問を投げかけるような作品も見受けられました。もちろん推薦者も変わるなどして来たのは事実。制度疲労という言葉は適切ではないかもしれません。しかしながらそもそも平面とは何だろうか。今後あるべき姿を考える段階はとうに過ぎているのかもしれない。漠然とした感想で恐縮ですが、そのようなことも思いました。

会期中は無休です。3月30日まで開催されています。

「VOCA展2014 現代美術の展望 新しい平面の画家たち」 上野の森美術館
会期:3月15日(土)~3月30日(日)
休館:会期中無休
時間:10:00~18:00(入場は閉館30分前まで)
料金:一般・大学生500円、高校生以下無料。インターネット割引券
住所:台東区上野公園1-2
交通:JR線上野駅公園口より徒歩3分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅徒歩5分。京成線京成上野駅徒歩5分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「ブルーノ・タウトの工芸」 LIXILギャラリー

LIXILギャラリー
「ブルーノ・タウトの工芸ーニッポンに遺したデザイン展」 
3/6-5/24



LIXILギャラリーで開催中の「ブルーノ・タウトの工芸ーニッポンに遺したデザイン展」を見て来ました。

ドイツ表現主義の建築家として知られるブルーノ・タウト。彼は1933年から3年半あまり日本に滞在しました。今、その間の制作を紹介する展覧会がリクシルギャラリーで行われています。

さてタウトの日本における制作とは何か。建築ではない。むしろ専門外でもある工芸です。タウト自身も「建築家の休日」と称した来日の期間。主たる滞在先であった高崎の工芸所において工芸品の開発に取り組みました。

ジャンルも多彩。漆工に木工、そして竹工や染織まで。その数は数百点にも及びます。うち会場に展示されているのは90点ほど。デザイン画も含みます。

ではいくつか印象に深かった作品を挙げてみましょう。まずは家具です。赤と緑のシンプルなデザイン。タウトが滞在していた高崎の達磨寺のもの。面白いのは時に補修跡が見られることです。何でも制作時、強度を試すために肘などに圧力をかけたりしていたとか。そのために時に破損。直してまた使うこともありました。

先にも触れたようにタウトは日本で建築の仕事に恵まれませんでしたが、達磨寺の講堂を改修し、タウト学校として用いる計画もあったそうです。その図面も展示されていました。

竹工芸はどうでしょうか。竹はタウトが日本でこよなく愛したという素材。従来は雪下駄などに用いられることの多かった竹皮を、盛皿や籠に仕立てていく。制作にあたってはドイツの技術を取り込んでもいるそうです。

また竹を骨組みに利用した電気スタンドも人気を博す。ここでポイントになる人物がタウトの元で工芸の制作を担当していた水原徳言です。タウトが深く信頼していたという水原。その両者の関係を見る資料でしょうか。タウトがトルコから水原氏に当てた手紙なども展示。文章とともに添えられるのはボスポラス海峡に浮かぶ舟の絵。軽妙な筆致で表されています。

漆塗りの筆入れに惹かれました。中の部分が赤や茶に黄色などの縞模様になっている。シンプルながらも美しい。またペーパーナイフなども目を引きます。

ラストはタウト直筆のデザイン画です。約25点。当時流行していたというシガレットボックスを多く描いています。それにステッキ立てやぬいぐるみのデザインもある。皇室への献上作品も手がけたそうです。いずれも薄い彩色に細かな指示書。そもそもタウトは日本に「多彩な色」を見出し、工芸にも「色」を取り込もうした人物でもあります。

こうしたタウトデザインの工芸品を販売していたのが「ミラテス」です。1943年にはタウトを高崎に招き、その工芸運動にも深く関与していた群馬の資本家、井上房一郎とともに銀座店をオープン。数多くの工芸品を送りだします。

「タウトが撮ったニッポン/武蔵野美術大学出版局」

それらはいずれも高価だったため、必ずしも一般には普及しなかったそうですが、タウトデザインを世に知らしめる拠点ともなった。展示では「ミラテス」で使われた包装紙を紹介。アルファベットでミラテスを表す。くるくるととぐろを巻くようなデザイン。モダンです。

「ブルーノ・タウトの工芸/LIXIL BOOKLET」

タウトの日本における工芸制作に焦点を当てた企画。コンパクトな展示でしたが、なかなか見応えがありました。

入場は無料です。5月24日まで開催されています。

「ブルーノ・タウトの工芸ーニッポンに遺したデザイン展」 LIXILギャラリー
会期:3月6日(木)~5月24日(土)
休廊:水曜日。
時間:10:00~18:00
住所:中央区京橋3-6-18 LIXIL:GINZA2階
交通:東京メトロ銀座線京橋駅より徒歩1分、東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅7番出口より徒歩3分、都営浅草線宝町駅より徒歩3分、JR線有楽町駅より徒歩7分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「MOTアニュアル2014」 東京都現代美術館

東京都現代美術館
「MOTアニュアル2014 フラグメントー未完のはじまり」
2/15-5/11



東京都現代美術館で開催中の「MOTアニュアル2014 フラグメントー未完のはじまり」を見て来ました。

既に第13回を数えるに至ったMOT恒例のアニュアル展。今回は以下の6名(組)の作家を紹介。テーマは欠片や破片、またPC上の不連続データなどを意味する「フラグメント」です。時に既製品や風景から「フラグメント」を取り出す。そこから各作家がどのような表現をするのか。平面や立体、また映像にインスタレーションと様々な展示が行われていました。

青田真也|高田安規子・政子|パラモデル|福田尚代|宮永亮|吉田夏奈

では順に作品の印象を挙げてみます。トップバッターは高田安規子・政子。まず目につくのが三つの白い洗面器。何が入っているのだろう。ともかくは覗いてみました。

するとコロッセオや凱旋門が建っている。古代ローマ、いずれも小さなミニチュアです。表面には無数の穴があき、作品の周囲には粉のようなものが散っている。素材を知って驚きました。軽石です。ようは軽石に彫刻を施して遺跡を作ったわけです。


*参考写真:高田安規子・政子 「ラントシャフト5」@ラディウム 2010年

そして目を転じれば長いガラスケース。中には色とりどりのカットグラスが並んでいる。こちらも素材を見て驚くこと請け合いです。何と吸盤です。先の軽石は何となく分かりましたが、今度はまるで吸盤と分からない。まさにガラス面の如く美しい光を放っています。軽石に吸盤。また苔を西洋の庭園迷路に見立てた作品もあります。身近で小さなモノや生き物が遺跡や庭園へと転換する。スケール感は大きく変化します。興味深いものがありました。

私の目当ては映像作家の宮永亮です。2011年のギャラリーαMでも個展を開催。インスタレーションを交えての見事な展示を見せてくれました。


*参考写真:宮永亮 「成層圏 vol.5」@ギャラリーαM 2011年

今回は映像一点勝負。「WAVY」です。巨大なスクリーンに映し出される風景の断片。宮永が国内各地から採取した風景が「波」を軸に交錯する。初めは黄色に靡く静かな花園です。そこから野山、穀倉地帯、海をも俯瞰する田園地帯へと進み行き、高速道路を疾走、いつしかガラス張りの高層ビルの立ち並ぶ大都会へと移り行きます。ある時に映像は上下に反転。凄まじいスピード感をもっては入れ替わり、またレイヤー状に何層も合わさっていく。波が打ち寄せては引く光景と重なるのではないでしょうか。音と映像による巨大なイリュージョン。ネタバレになるので細かには触れませんが、10分間の映像の「旅」。最初から最後までじっくり楽しみました。

もはやストイックなまでにあらゆるものを削りに削る。作家の名は青田真也です。先だっての横浜「日常/オフレコ」では何とピアノを削った作品を展示していました。


*参考写真:青田真也 「日常/オフレコ」@KAAT神奈川芸術劇場 2014年

さて今回は何か。ホワイトキューブの中の台の上に並ぶのは色とりどりのボトルです。大きさは様々。10センチにも見たない小瓶から40センチを超えるものまである。そして表面はいずれもつや消しのような質感をたたえています。言うまでもなくこれらは青田が市販のボトルの表面をヤスリがけで削り取ったものです。

ボトルの形が留まっているからでしょうか。当初あったラベルこそないものの、その形や色なりで、元々のボトルが何であったのかが推測出来る。ハイターでしょうか。アタックの容器のようなものも。それにサイダーやワインボトルもある。また白くざらりとした削り跡の由縁でしょうか。まるで土の中から取り出してきた何らかの遺品のようにも映ります。

出品作家の中でもっと身近な「かけら」を素材にしているかもしれません。福田尚代は栞や消しゴム、それに色鉛筆の芯などに作為を加えてオブジェを作り上げます。なお素材として文房具が多いのは、そもそも福田が回文の詩作など、かねてより言葉に対して強い関わりをもっているからだとか。中のくり抜かれた消しゴムの脆いフレーム。その想像されうる細かな手仕事。どれほどの手間をかけて作られたのでしょうか。見当もつきません。


*参考写真:吉田夏奈 「吉田夏奈 海は青い、森は緑」@アートフロントギャラリー 2013年

ガラリと雰囲気が変わります。このところ都内近辺でも展示の機会の多い吉田夏奈です。小豆島の景色をMOTの空間へ落とし込む。今回は立体が壁面、しかも上の方に掲げられていました。転じて地球を卵に見立てたオブジェ、「エッグエクステリア」はどうでしょうか。島や海の地層をさらに深く掘り下げてマントルや核を表現する。ランドスケープとしての広がりではなく、地球の深部へ意識。横から縦への展開です。作家の関心の在り方も変化しているのかもしれません。


「MOTアニュアル2014」 パラモデル展示室風景

ラストは人気のパラモデルです。この展示室のみ撮影が可能。アトリエと呼んでも良いのでしょうか。お馴染みのプラレール、そしてマスキングテープ。大阪の地下鉄の構内図を連ねた作品も。いずれも美術館の壁面のほぼ全体を使っての展示です。迫力がありました。


「MOTアニュアル2014」 パラモデル展示室風景

会期中は各種トーク、ワークショップが行われます。また毎週日曜日に「サンデー・ツアー」と題し、参加者のみが「見たり触れたりできる」体験ツアーも実施されるそうです。

[サンデー・ツアー]
2014年3月2日(日)から5月4日(日)までの毎週日曜日 15:00~1時間程度。
解説スタッフが展覧会ツアーを行います。参加者限定で「見たり触れたり」できるフラグメント体験あり。

会場内は余裕がありました。5月11日まで開催されています。

「MOTアニュアル2014 フラグメントー未完のはじまり」 東京都現代美術館@MOT_art_museum
会期:2月15日(土)~5月11日(日)
休館:月曜日。但し5/5は開館。5/7は休館。
時間:10:00~18:00 *入場は閉場の30分前まで。
料金:一般1000(800)円 、大学生・65歳以上800(640)円、中高生500(400)円、小学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *本展チケットで「MOTコレクション」も観覧可。「驚くべきリアル」とのセット券あり。
住所:江東区三好4-1-1
交通:東京メトロ半蔵門線清澄白河駅B2出口より徒歩9分、都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口より徒歩13分。
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )

「宮本佳美 Canon」 イムラアートギャラリー東京

イムラアートギャラリー東京
「宮本佳美 Canon」
2/27-3/23



イムラアートギャラリー東京で開催中の宮本佳美個展、「Canon」を見て来ました。

モノクロームの空間に溶けては乱れ咲く花の世界。

1981年に福岡で生まれた宮本佳美は、2008年に京都市立芸術大学大学院の美術研究科絵画専攻を修了。在学中より主に関西の画廊で個展を開催。2012年にはVOCA展にも参加しました。

東京では初めての個展だそうです。展示されているのはほぼ花を捉えたモノクロの絵画。大作が目立ちます。一部人物をモチーフとしたものもありました。

さてその作品、まず印象深いのは花の描写がどこか幻想的でもあること。と言うのも確かに一見して花であることはすぐ分かりますが、例えば花弁に茎、さらには棘でしょうか、それらが空間の前後を行き来するかのように描かれている。動的と言って良いかもしれません。近い距離で見ているのか、そうでないのか。時に歪んだ空間。そもそも花はどこから捉えられたのか。半ばシュールでもあります。


「poppy」2013年 水彩、アクリル、綿布

また花の命というべき色をあえて除いてのモノクロの世界。光の陰影が非常に際立ちます。明るい白は眩しいほどの光を放つ。黒の色調も深みがあり、また多様。瑞々しさも感じられます。

何でもこれらは特殊な溶液に浸し、水分を抜いて長期に保存するために作られた花、つまりプリザーブドフラワーを描いているのだそうです。溶液に浸した花を下から見上げた作品もある。先にも触れた歪んだ空間とは、液体を通して揺らぐ花の姿だったのかもしれません。


「silent」2013年 水彩、アクリル、綿布

花に混じっての唯一のポートレートも目を引きます。横顔の女性。こちらは特定のモデルを描いたのではなく、ネット上から収集した画像なのだそうです。宮本は以下のように述べています。

「プリザーブドフラワーは(略)、いわば死んだ花。女はまた、情報としては既に死んでいるネットに残された残像。」(会場内リリースより)

ともに共通する何とも言い難い儚さ。花と同様に幻影を見ている。そんな感覚も受けました。

なお作家は本年度の「第25回五島記念文化賞美術新人賞」に選出されました。

「平成26年度(第25回)五島記念文化賞・公演助成決定」@五島記念文化財団

3月23日まで開催されています。

「宮本佳美 Canon」 イムラアートギャラリー東京(@imuraartgallery
会期:2月27日(木)~3月23日(日)
休館:月・火・祝祭日
時間:12:00~19:00
住所:千代田区外神田6-11-14 アーツ千代田3331 206
交通:東京メトロ銀座線末広町駅4番出口より徒歩2分、東京メトロ千代田線湯島駅6番出口より徒歩4分、都営大江戸線上野御徒町駅A1番出口より徒歩8分、JR御徒町駅南口より徒歩8分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」 練馬区立美術館

練馬区立美術館
「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」 
2/18-4/6



練馬区立美術館で開催中の「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」を見て来ました。

ヘッドフォンを聴き、自転車に乗っては駆け、さらにはタケコプターならぬプロペラで空を舞う男たち。ではそれらがいずれも戦国や江戸の鎧武者だったらどうでしょうか。作家の野口哲哉は樹脂や化学繊維などの素材を用い、実にリアル。しかしそれでいながら時に架空、何ともユーモラスな武者人形を作り続けています。

作家は1980年生まれ。美術館では初の個展です。出品数は90点余。絵画も含みます。

さて今回は美術館より撮影の許可をいただきました。以下、写真を交えながら、展示の様子をご紹介したいと思います。


野口哲哉「稼働する事 紫糸威腹巻 筋兜鉢付」2010年

まずは「稼働する事 紫糸威腹巻 筋兜鉢付」と名付けられた作品。台座に座る武者。足をだらんと垂らして少し前屈みになっている。鎧も実に精巧。それでいて古色までを見事に再現しています。またこの人物、普通に町を歩いているような今の若者のようにも見える。何も往時の武者をそのまま甦らせているわけではありません。


野口哲哉「誰モ喋ッテハイケナイ」2008年

では「誰モ喋ッテハイケナイ」はどうでしょうか。少し頭を上げて手を耳に当てる老武者。ヘッドホンで音楽を聴いています。手に持つのは再生装置でしょうか。目を瞑っているのもきっと音楽に集中しているからなのでしょう。そしてここでは鎧の図柄にも要注目。「不言猿」、つまりは口に指を当てて周囲に静粛を請う猿が描かれている。人物の様子と絵柄との関係。この辺もまた巧みに絡み合わせているのです。


野口哲哉「Talking Head」2010年

以前、ブログでとんぼの本の「変り兜」をご紹介したことがありましたが、野口の手がける武者でも兜の個性が際立ちます。例えば「Talking Head」です。黒熊の兜。また他に猫や兎の兜も登場する。まさに変り兜のオンパレードです。


野口哲哉「武人浮遊図屏風」2008年

平面の作品も制作しています。目を引くのは「武人浮遊図屏風」。隊列を組んで飛んでゆく武者たち。芸が細かいのは武者たちがお揃いの甲冑を纏っていること。それにしても人形同様の古色の再現。まるで実際の江戸時代の屏風絵のような風合い。これをアクリル絵具で表現しているというから驚きです。


野口哲哉「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿」2013年

それにしても野口の武者世界、ともかく感心するのは古典を実に丁寧に取材していることです。この「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿」。後ろに見える絵と比べて下さい。実は江戸時代のもの。細川家に仕えた澤村大学吉重の肖像画です。90歳で天寿を全うした武士。それを立体に野口が「解凍」(キャプションより)する。つまり「サムライ・スタンス」は澤村大学という実在の人物をモチーフとしているのです。


「白革威本伊予札二枚胴具足唐冠兜」桃山時代 川越歴史博物館

このように本展では野口の作品にあわせて古美術品もいくつか登場します。上の写真は「白革威本伊予札二枚胴具足唐冠兜」と呼ばれる桃山時代の甲冑。さらに下は江戸時代の「洛中洛外図屏風」です。


「洛中洛外図屏風」江戸時代 個人蔵

また洛中洛外の前にはまるで中から出て来たかのような武者人形が立っているのもポイント。拡大写真を載せてみました。お分かりいただけるでしょうか。


野口哲哉「Pixie of Toy」2010年

古の甲冑に野口の甲冑。過去に現代が入れ混ぜになった武者世界。一体自分はどちらを見ているのか分からなくなる。そうした面白さもあります。


野口哲哉「ポジティブ・コンタクト」2011年

しかしながら常に古典に則っているわけではないのも重要なところです。はじめに「架空」とも書きましたが、「仮想現実」と呼んでも良いでしょう。野口は個々の武者人形に何らかの「物語」を盛り込む。これが古典の引用があったり、またそうでなかったりする。見極めは時に難しい。言い換えればトリッキーでもあるのです。


野口哲哉「シャネル侍着甲座像」2009年

よってキャプションも見逃せません。例えば「シャネル侍着甲座像」。文字通りシャネル紋入りの武者です。その横には「所用者は従来考えられていた常陸介隆昌ではなく、叔父の入道である。」(部分省略。一部改変。)などという、いかにも尤もらしいテキストが付いていますが、最後には「作者がでっちあげた架空の解説であり、全ての事柄は存在しない。」と記されている。ちなみにシャネル家とは紗練家だとか。本当にマニアックです。野口の設定した物語に引込まれれば、もう逃れるのは難しい。フィクションとしても読ませます。


野口哲哉「Red Man」2008年

2009年には森美術館での「医学と芸術」展にも出展があったそうです。失礼ながらその時はあまり印象に残りませんでしたが、今回は違いました。野口曰く「でっちあげ」の武者世界が美術館全体を支配している。作品しかり空間しかり、ここまで自家薬籠中の物にした展覧会もそうありません。自分でも驚くほど楽しめました。

[テレビ放送] 「ぶらぶら美術・博物館」@BS日テレ
「野口哲哉の武者分類図鑑」~世界が注目!不思議で愉快な侍ワールド~
3月14日(金)午後8時~9時

「野口哲哉ノ作品集『侍達ノ居ル処。』/青幻舎」

4月6日までの開催です。まずはおすすめします。

「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」 練馬区立美術館
会期:2月18日(火)~4月6日(日)  
休館:月曜日。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人500(300)円、大・高校生・65~74歳300(200)円、中学生以下・75歳以上無料
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。

注)写真は事前に美術館の許可を得て撮影したものです。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「平成の大津波被害と博物館」 江戸東京博物館

江戸東京博物館(常設展示)
「2011.3.11 平成の大津波被害と博物館ー被災資料の再生をめざして」
2/8-3/23



江戸東京博物館で開催中の「平成の大津波被害と博物館ー被災資料の再生をめざして」を見て来ました。

かの3.11の大震災から3年。東日本の太平洋沿岸を襲った大津波は、信じ難いほどに多くの人々の命を奪い、また地域の文化財や博物資料を破壊しました。

いわゆる復興はどれほど進んだのでしょうか。本展では主に陸前高田市をはじめとする岩手県内の被災文化財資料を展示。文化財のレスキュー活動や修復の過程を紹介しています。

さて会場は江戸博の5階、常設展内の第2企画展示室です。室内の撮影も可能でした。(一部資料を除く。)


「津波でとまった時計」 陸前高田市立博物館

冒頭は震災全般の被災状況を見る展示です。パネルや写真で振り返ります。3時30分を少し回って止まった時計。陸前高田の市民体育館に設置されていたものです。地震そのものが発生したのは午後2時46分。津波の到達時間でしょう。もちろん時計は何も語りません。ただその時の状況を想像するだけでも、何とも惨たらしい気持ちにさせられます。


「大海嘯極惨状之図」明治29年 岩手県立博物館

また三陸を襲った大津波、それは3.11だけではありません。繰り返される被害。明治三陸地震の惨状を絵に表したのが「大海嘯極惨状之図」です。また昭和8年にも三陸は津波の被害を受けています。今度は写真です。アサヒグラフの臨時増刊号も展示されています。

さて3.11の文化財のレスキュー活動へ進みましょう。まずは陸前高田の市立図書館。津波により約8万冊の蔵書の殆どを失ってしまいます。しかしながら2階の書庫に収蔵されていたという県指定の文化財、「吉田家文書」などの古文書は流失を免れました。

こうした救出活動が始まったのは地震発生から半月以上経った4月2日のことです。陸前高田ではこれを機会に市内の博物館や文化財収蔵庫でも救出活動が順にスタート。取り出された資料は盛岡の県立博物館の他、市内で比較的被害の少なかった小学校などに移されました。


「高田村絵図」江戸時代 個人蔵(吉田家)

ちなみに吉田家とは江戸時代に気仙郡一帯の行政を実質的に担っていた家のことです。また吉田家の住宅自体も県の文化財に指定を受けるなどして保存されていましたが、残念ながら津波で完全に破壊されてしまいます。


「被災前の吉田家住宅」 *写真パネル

後に梁などが回収され、現在はかつて存在していた周辺の歴史的街並と一体で復元する計画が練られているそうです。


「大肝入吉田家屋敷模型」 八戸工業大学大学院

会場ではその吉田家住宅の主屋の垂木や屋敷全体の模型なども紹介されていました。


「津波の被害を受けた陸前高田市立博物館」 *写真パネル

続いては市立博物館。主に陸前高田の漁撈関係の用具、また隕石などの地質標本、それに自然史標本を所蔵していました。そしてここも津波で大きく被災します。データベースからして破壊。資料の殆どは流失し、残ったものも大半は瓦礫や土砂に埋もれてしまいました。


「被災した標本箱」 陸前高田市立博物館

津波をかぶった標本箱です。中がぐちゃぐちゃになっている。原型すら留めていないようにも見えます。なお市立博物館の資料が救出されたのは4月15日から。その後の経緯は図書館とほぼ同様です。盛岡の県立博物館などに運ばれ、全国からの協力を受けて洗浄や復元が進みます。


「昆虫標本類の修復過程」 *写真パネル

なお展示では昆虫標本類の修復過程、つまり安定化作業についてもパネルで紹介しています。まず泥や塩分を除き、その後カビなどを殺すために洗浄液を加えて乾燥。脚や羽を一本一枚ずつのばしたり貼付けたりして修復するのだそうです。


「被災コウチュウ類ドイツ標本箱(修復済み)」 陸前高田市立博物館

結果修復されたのがこの標本箱です。先の被災した標本箱と比べてどうでしょうか。大変な労力が伺い知れます。


「土偶」縄文時代 陸前高田市教育委員会

さらには同じく流されてしまった考古資料の化石の他、土偶や石棒も救出されました。ちなみに石棒は博物館のマスコットキャラクターであるとか。また同市で同じく被災した海と貝のミュージアムの貝類標本資料の洗浄についてのパネル展示もありました。


「ペルム紀化石標本セット」 陸前高田市立博物館(旧矢作小学校寄贈)

収蔵直前に流出を免れた資料もあります。市内矢作小の化石標本です。これは震災当日、博物館が寄贈を受ける予定だった標本で、しばらく行方不明になりましたが、8月になって小学校に残されていたことが判明しました。しかしながら極めて残念な出来事も起こっています。この寄贈を受けるために小学校へ向かった博物館の職員の方は、途中に津波にあって亡くなられてしまいました。心中如何なるものだったと思うと、本当に言葉にもなりません。


「高田人形」 陸前高田市立博物館

比較的最近の資料として挙げられるのが高田人形や紙芝居です。前者は昭和8年頃まで作られていたという土人形。波をかぶって損失、何と殆どが溶けてバラバラにまでなってしまったそうですが、昭和女子大学の学生らの手によって修復。ここで公開されることになりました。


「鵜住居観音堂 本尊十一面観音立像」永正7年 他 個人蔵

最後は仏様です。釜石市の鵜住居町の観音堂の仏像。この地域も津波で大きな被害を受けました。お堂もそれ自体が流出、宝物庫に残されていた像も大きく破損して埋まってしまいます。ここでは修復後の仏様、3体が展示されていました。


「県内文化財関係者等による遺物の回収」他 *写真パネル

本展はそもそも岩手県立博物館と昭和女子大学光葉博物館との共催で行われた展覧会。その東京巡回展です。また付随する関連のリーフレット(有料)も充実しています。古文書や屏風絵などの修復過程についての細かい解説も載っている。展示の内容を補うのに有用でした。


「ボランティアによる貝標本の洗浄」 *写真パネル

さて初めにも触れたように今日で震災から丸3年です。このように津波で破壊された博物学資料を補修しては保存、世に公開する大切な活動がある。デジタルでアーカイブ化する試みも行われています。ただその反面、そもそも修復不可能な資料、まだ手の付いてない資料も多数残されている。またいわゆる文化財レスキューに対して様々な議論も存在しています。節目の時。改めて事実や問題点を知る。その切っ掛けになり得る展示ではないかと思いました。


「平成の大津波被害と博物館」会場風景

3月23日まで開催されています。

「2011.3.11 平成の大津波被害と博物館ー被災資料の再生をめざして」 江戸東京博物館@edohakugibochan
会期:2月8日(土)~3月23日(日)
時間:9:30~17:30 *毎週土曜日は19時半まで。(入館は閉館の30分前まで。)
休館:月曜日
料金:一般600(480)円、大学・専門学生480(380)円、小・中・高校生・65歳以上300(240)円。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *常設展も観覧可。
住所:墨田区横網1-4-1
交通:JR総武線両国駅西口徒歩3分、都営地下鉄大江戸線両国駅A4出口徒歩1分
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ