『ゴッホのプロヴァンス便り』 マール社

フィンセント・ファン・ゴッホ(以下、フィンセント)が家族や仲間に宛てた多くの手紙の言葉で、画家の絵と生涯を追いかける一冊が、マール社より刊行されました。


『ゴッホのプロヴァンス便り』@MAAR_sha

それが『ゴッホのプロヴァンス便り 手紙とスケッチで出会う、あたらしいゴッホ』で、フィンセントが晩年の3年間、南フランスにて書かれた260通の手紙のうち半数を引用しながら、あわせて当時制作中のスケッチや絵画を紹介していました。

著者はイギリスにおけるゴッホ研究の第一人者で、『ファン・ゴッホと英国(Van Gogh and Britain)』(2019年、テートブリテン)などの展示会などを企画したマーティン・ベイリーで、アート系の翻訳も多い岡本由香子が訳を担い、東京ステーションギャラリーの館長で美術史家の冨田章が学術協力を務めました。



まず冒頭ではフィンセントが南フランスへ至るまでの経緯が紹介されていて、その後、黄色い家やゴーガンとの出会いや耳切り事件の起きたアルル、さらに精神科病院へ入院したサン=レミ=ド=プロヴァンス、また自ら命を絶ったオーヴェル=シュル=オワーズへと続いていました。



フィンセントは弟のテオだけでなく、エミール・ベルナールやポール・ゴーガンといった画家仲間にも手紙を送っていて、南フランスに何を感じて、どのように理知的な意図をもって作品を描いていったのかについて知ることができました。



テオに対する強い親愛の感情と、画家としての矜持、反面の葛藤など、言わば内面を露わにするフィンセントの手紙は、その人間像を如実に浮き彫りにしていて、これほどゴッホの存在が近しく感じられたことはありませんでした。



と同時に、フィンセントが手紙の内容や生涯を補って紹介する解説も充実していて、画家のたどった時間を追体験することができました。またB5ヨコ変型判の見開きに、手紙と絵画の図版が並ぶように掲載されているのも見やすかったかもしれません。

「いつかぼくの絵に、絵の具代と生活費(貧乏生活であるけれど)以上の価値があるということが、世間に理解される日が来るはずだ。」 1888年10月25日ごろ

「ぼくらが絵を描きつづけるのは、画家同士の仲間意識や、自然に対する愛情があるからです。何より努力して筆遣いを習得したのに、描くのをやめることなどできません。」 1889年10月21日ごろ


フィンセントの自殺から半年後、弟のテオも33歳の若さで亡くなりました。そしてテオの妻ヨーは、フィンセントの絵を世の中に認めさせるために尽力し、義兄の手紙を編纂して出版しました。「義兄の文章を胸に刻み、魂に染み込ませました。義兄の言葉は常にわたしと共にあります。」との言葉も残しています。



人と話すのが苦手だったと言われるフィンセントは、手紙では頭の中の思考をさまざまに表現していたことでも知られています。また手紙ゆえに独特の抑揚やニュアンスがあるのも魅力的です。

一気に読み進めるのも面白いかもしれませんが、作品の図版を見やりつつ、一言一句、ゴッホの心を拾っていくかのようにゆっくり音読するのも楽しいかもしれません。



まずは『ゴッホのプロヴァンス便り 手紙とスケッチで出会う、あたらしいゴッホ』をお手に取ってご覧ください。

『ゴッホのプロヴァンス便り 手紙とスケッチで出会う、あたらしいゴッホ』
出版:マール社@MAAR_sha
2023年4月25日新刊
定価:3278円 (本体 2980円+税)
著者・編者:マーティン・ベイリー 著
翻訳 :岡本由香子
ページ数 :160ページ
原書タイトル :The Illustrated Provence Letters of Van Gogh
内容:「配色によって詩を綴ることもできるといったら理解できるだろうか。音楽で誰かの心を慰めるのと同じだ——」。その"絵と言葉"で、わたしたちの心を惹きつけてやまない画家、ゴッホ。本書は、彼の最高傑作が生まれた南フランスでの3年間に書かれた260通のうち、半数の手紙を軸に据えた「手紙とスケッチと完成作品」でゴッホを読む1冊です。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ウィークリーブック『隔週刊 古寺行こう』 小学館

依然としてコロナ禍が続くも、18都道府県に適用されていたまん延防止等重点措置も解除され、この春は遠方への旅行を考えている方も多いかもしれません。



そうした中、全国の古刹を案内するウィークリーブック『隔週刊 古寺行こう』が、小学館より刊行されました。

『隔週刊 古寺行こう』
公式サイト:https://www.shogakukan.co.jp/pr/koji/
Twitter:https://twitter.com/koji_ikou
Facebook:https://www.facebook.com/kojiikou



『隔週刊 古寺行こう』は、全40巻、約130のお寺を1年半にわたって取り上げるもので、3月8日に1号『法隆寺』と2号『東寺』が同時発売されました。※3号『東大寺』は3月29日発売。以降隔週火曜日発売予定。

まず目立つのが誌面4ページ分の引き出しページを用いた「寺宝ギャラリー」で、1号『法隆寺』では『救世観音』と『涅槃像土』が極めて精細な写真にて掲載されていました。いずれも写真家の三好和義さんによって撮影され、『救世観音』に至っては実物大でした。



通常の拝観では暗くて分かりにくい『涅槃像土』も、目の前にて覗きこんでいると錯覚するほどリアルに写されていて、横たわる釈迦の周りで嘆き悲しむ仏弟子のすがたを臨場感をもって見ることができました。これほど繊細な写真で『涅槃像土』が捉えられたことは、ひょっとすると過去になかったかもしれません。



そして伽藍、仏像、宝物なども拡大写真を用いながら丁寧に解説されていて、お寺の見どころを分かりやすく知ることができました。小学館のウィークリーブックでは、以前、全国の国宝を紹介した『週刊 ニッポンの国宝100』も充実していましたが、それと比べてもテキストに厚みが増しているようにも思えました。


第1号『法隆寺』では「斑鳩の古刹をめぐる」と題し、中宮寺や法輪寺、法起寺についても解説していて、あわせて「旅の栞 斑鳩の里」として斑鳩の宿やカフェも紹介していました。私もかつて法隆寺を訪ねた際、法輪寺や法起寺へ歩いて巡ったことがありましたが、誌面に記載されていたレンタルバギーでドライブするのも面白いのではないでしょうか。



実際に現地へ赴いて有用なのが、巻末の「境内地図」と「広域マップ」で、特に「境内地図」はQRコードよりスマホへ閲覧することも可能でした。(※)また第1号『法隆寺』の別冊付録の「京都・奈良行事カレンダー」もGoogleカレンダーへと行事予定を共有することができました。こうした誌面からスマホへと連動するのも『隔週刊 古寺行こう』の新たな取り組みと言えるかもしれません。※小学館IDアカウントが必要

この他、橋本麻里さんの「寺院建築の見方」や田中ひろみさんの「仏像のフシギ」といった連載も充実していました。ともかく美しい写真にばかり見惚れてしまいますが、豊富なテキストとじっくり向き合うのも『隔週刊 古寺行こう』の楽しみ方の1つとなりそうです。



さて現在、公式ツイッターでは、好きなお寺や思い出のお寺などを自由に発信する「#推し古寺」のキャンペーンが行なわれていますが、私が『隔週刊 古寺行こう』の古刹の中で特に推したいのが、一昨年に訪ね歩いた奈良の室生寺です。



奈良盆地の東、宇陀市内の山中に位置する室生寺は、「女人高野」とも呼ばれ、多くの人々の信仰を集めてきました。



金堂や弥勒堂、また本堂などは緑深い山中に点在していて、とりわけ石段の上にすがたを現す五重塔の美しさには目を見張るものがありました。



また山の緑の匂いとともに、湿り気を帯びた空気が全身に染み渡るかのようで、自然と一体化したような佇まいも強く印象に残りました。※『隔週刊 古寺行こう』では第8号にて長谷寺とあわせて掲載予定。

なお小学館では過去に2度、『週刊 古寺をゆく』(2001年創刊)と『週刊 古寺を巡る』(2007年創刊)を刊行していて、累計実売数は1400万部を記録しました。


今回の『隔週刊 古寺行こう』は、約15年ぶりとなる新たな「古寺シリーズ」となりますが、情報や知見の更新はもとより、撮り下ろし写真やスマホとの連動など新たな試みがなされているのは言うまでもありません。



来年9月にかけて130のお寺を紹介する『隔週刊 古寺行こう』を読みながら、全国の古刹を巡るのも良いのではないでしょうか。まずは書店などにて手にとってご覧ください。

『隔週刊 古寺行こう』
出版:小学館
発売日:2022/3/8
価格:1号『法隆寺』、2号『東寺』同時創刊 特別価格各490円(税込)
内容:実売累計1400万部を超えたウイークリーブックの名作、「古寺」シリーズの第3弾が、15年ぶりに装いも新たに創刊します。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )

「2021年 見逃せない美術展」 日経おとなのOFF

年末恒例の美術展特集が今年も刊行されました。日経おとなのOFFの「絶対見逃せない 2021美術展」を読んでみました。


これは全国の大型展を中心に、2021年に開催予定の展覧会情報を網羅したもので、付録のハンドブックでは80の展覧会がピックアップされていました。

「マティス 自由なフォルム」 国立新美術館(9月15日~12月13日)
「生誕150年記念 モンドリアン展」 SOMPO美術館(3月23日~6月6日)



お馴染みの山下裕二先生と山田五郎さんの「必見の美術展」の対談に続いて特集されたのが、マティスとモンドリアンの展覧会で、「マティス 自由なフォルム」や「生誕150年記念 モンドリアン展」についての情報が詳しく掲載されていました。

「ゴッホ展」(仮) 東京都美術館(9月18日~12月12日)
「コンスタブル展」 三菱一号館美術館(2月20日~5月30日)


西洋美術でクローズアップされていたのは、2021年の秋に東京を皮切りに、福岡、名古屋へと巡回予定の「ゴッホ展」と、2月から三菱一号館美術館で行われる「コンスタブル展」でした。そのうちコンスタブルは35年ぶりの回顧展だけあり、待ち望んでいた方も多いかもしれません。

「カラヴァッジョ キリストの埋葬展」 国立新美術館(3月24日~5月10日)
「KING&QUEEN展」 上野の森美術館(開催中~1月11日)


この他、今年予定され、来年へと延期となった「カラヴァッジョ キリストの埋葬展」や、現在、上野の森美術館で開催中の「KING&QUEEN展」についての特集も目を引きました。

また「アートを解読」と題した中野京子先生の「KING&QUEEN展」の解説や、キュレーターの長谷川祐子氏によるおすすめ現代美術展のガイド、さらには武蔵野美術大学教授の森山明子さんの「デザインを知る3つの視点」など、読みものとして充実しているのも嬉しいところでした。

「渡辺省亭 欧米を魅了した花鳥画」 東京藝術大学大学美術館(3月27日~5月23日)
「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンへ」 三井記念美術館(2月6日~4月18日)
「笠松紫浪 最後の新版画」 太田記念美術館(2月2日~3月28日)
「川瀬巴水展」(仮)  SOMPO美術館(10月2日~12月26日)
「曾我蕭白展」(仮) 愛知県美術館(10月8日~11月21日)



日本美術では曾我蕭白、吉田博、田中一村などが取り上げられていて、特に今春に大規模な回顧展が予定された渡辺省亭と、近年人気を高めている小村雪岱について掘り下げていました。また版画では吉田博や川瀬巴水などと並び、2月から太田記念美術館で回顧展の予定された笠松紫浪にも注目が集まるかもしれません。

さらに仏像に関する展示の特集や、全国47都道府県のおすすめ美術館を紹介する「県民自慢の美術館」などと内容も盛り沢山でした。



今年も3大付録の「2021 美術展80ハンドブック」と「2021年美術展名画カレンダー」、それにマティスの「クリアファイル」が健在でした。そのうち「2021 美術展80ハンドブック」から、私が注目したい展覧会をいくつかピックアップしてみました。(上に取り上げた展覧会を除く)

「田中一村展」 千葉市美術館(1月5日~2月28日)
「ショック・オブ・ダリ」 三重県立美術館(1月9日~3月28日) 諸橋近代美術館(4月24日~6月27日)
「フランシス・ベーコン」 神奈川県立近代美術館葉山(1月9日~4月11日) 渋谷区立松濤美術館(4~6月)
「20世紀のポスター 図像と文字の背景」 東京都庭園美術館(1月30日~4月11日)
「与謝蕪村 ぎこちないを芸術にした画家」 府中市美術館(3月13日~5月9日)
「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」 世田谷美術館(3月20日~6月20日) 兵庫県立美術館(7月~8月)
「ライゾマックス マルティプレックス」東京都現代美術館(3月20日~6月20日)
「マーク・サンダース」 東京都現代美術館(3月20日~6月20日)
「あやしい絵展」 東京国立近代美術館(3月23日~5月16日) 大阪歴史博物館(7月3日~8月15日)
「ピピロッティ・リスト」 京都国立近代美術館(4月6日~6月13日) 水戸芸術館(8月7日~10月17日)
「大・タイガー立石展」(仮) 千葉市美術館(4月10日~7月4日) 青森県立美術館(7月20日~9月5日) 高松市美術館(9月18日~11月3日) 埼玉県立近代美術館・うらわ美術館(11月6日~2022年1月16日)
「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」 サントリー美術館(4月14日~6月27日) 福島県立美術館(7月8日~9月5日) MIHO MUSEUM(9月18日~12月12日)
「グランマ・モーゼス展」 あべのハルカス美術館(4月17日~6月27日) 名古屋市美術館(7月10日~9月5日) 静岡市美術館(9月14日~11月17日) 世田谷美術館(11月20日~2022年2月27日)
「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力」 森美術館(4月22日~9月26日)
「コレクター福富太郎の眼」 東京ステーションギャラリー(4月24日~6月27日)
「イサム・ノグチ 発見の道」 東京都美術館(4月24日~8月29日)
「聖徳太子と法隆寺」 奈良国立博物館(4月27日~6月20日) 東京国立博物館(7月13日~9月5日)
「クロード・モネ 風景への問いかけ」 アーティゾン美術館(5月29日~9月10日)
「上村松園」 京都市京セラ美術館(7月17日~9月12日)
「KAWS TOKYO FIRST」 森アーツセンターギャラリー(7月16日~10月11日)
「福田美蘭展」(仮) 千葉市美術館(10月2日~12月19日)
「民藝の100年」 東京国立近代美術館(10月26日~2021年2月13日)



2020年は新型コロナウイルスの影響により、多くの美術館が臨時休館に追い込まれ、予定されていた展覧会の多くが延期、もしくは中止となってしまいました。未だ先が見通せない状況が続いていますが、来年は何とかスケジュール通りに展覧会が開催されることを願ってやみません。


この年末年始、日経おとなのOFFの「絶対見逃せない 2021美術展」を読みながら、来年の展覧会についてあれこれ思いを巡らせるのも楽しいかもしれません。まずは書店で手にとってご覧下さい。

「日経おとなのOFF 2021年 絶対に見逃せない美術展」(日経トレンディ2021年1月号増刊)
出版社:日経BP社
発売日:2020/12/9
価格:950円(税込)
内容:惜しまれつつ休刊になった「 日経おとなのOF 」ですが、年末の「見逃せない美術展」特集号は、今年も健在です。コロナ禍の影響が不安視される2021年の美術展ですが、美術館の担当学芸員やスタッフの皆さんの、知恵と努力の成果、期待以上の「見逃せない美術展」の予定が目白押しです。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

かつてないスケールの大型豪華本 「小学館SUMO本 東大寺」(三好和義著)

近年、アート関連の書籍でもトレンドとなっている大型豪華本に、破格のスケールの一冊が小学館より出版されました。



「SUMO本 東大寺」三好和義著 
公式HP:https://www.shogakukan.co.jp/pr/sumo/todaiji/
Twitter:https://twitter.com/sumo_books
Facebook:https://www.facebook.com/sumo.books/
Instagram:https://www.instagram.com/sumo.books/



それが小学館SUMO本シリーズ第一弾「東大寺」で、写真家、三好和義が約10年に渡って取材した東大寺のあらゆる光景を、約200点の写真にまとめたものでした。サイズは天地690mm×左右500mmのB2版にも及んでいて、肉眼で見えない部分にまでクローズアップして収録するなど、もはや従来の大型本や写真集の概念を超えていました。



「SUMO本 東大寺」の情報を小学館より寄せていただきました。ブログでもご紹介したいと思います。



ともかく異例の出版だけに見どころは多岐に渡っていますが、まず注目したいのが、大型豪華本のジャンルの中でも最大級と言えるB2版のサイズでした。ページを開くと、45インチから46インチのテレビに相当する幅1メートルほどあり、被写体が目に飛び込んで来るような迫力を得ることが出来ました。

B2は、現在のデジタル印刷機で1枚の紙として印刷可能な最大サイズで、コニカミノルタ社のKM-1という最新鋭機を用い、指紋もつきにくい上質な紙に印刷されました。また風格のある表紙のデザインは、美術館やギャラリーの空間デザインで知られるおおうちおさむが手掛けました。



さらに重要なのは、通常は見られない秘仏や法要などの神聖なシーンなど、知られざる東大寺の姿を克明に捉えていることでした。中でも三好が何年にも渡って撮影を希望していた法華堂の「執金剛立像」は、秘仏調査の際に特別な許可を得て写されていて、何千枚もの様々なアングルから厳選された写真が「SUMO本 東大寺」に掲載されました。



普段立ち入れない蓮華座の上から見上げた「盧舎那仏」を広角レンズで捉えたり、上方から魚眼レンズを差し出して光背化仏全体を写すなど、おおよそ一般の拝観では叶わない光景が見られるのも特徴でした。また創建以来1200年以上も伝わり、「お水取り」の名で知られる「東大寺二月堂修二会」も、特別な許可を得て撮影されました。松明の炎が闇を焦がす光景は、まるで龍がダイナミックに舞うように見えるかもしれません。



高い印刷技術も見過ごせません。最新のインクジェット印刷で表現された色の表現力は、既存の本よりも格段に増していて、特に金色に関しては、金箔を貼ったかのような輝きを放っていました。



こうした色の再現力に関しては、先に触れた法華堂の「執金剛立像」でも同様で、1300年前の制作時の様子を今に伝える極彩色はもとより、口の中の朱色や髭の痕跡はおろか、ライティングによって浮き上がる筋肉や血管の動きまでを見事に写し撮っていました。



上の写真は北極星を背にする大仏殿で、雲のない澄み切った深夜に、シャッタースピード3秒で約90分間、1000枚連続撮影したデジタル写真を比較明合成して作られました。その光景は神々しいまでに美しく、実際に目にすること不可能でもあり、まさに人間の目を超えた視点と呼んでも過言ではありませんでした。



東大寺の自然を感じられるのも「SUMO本 東大寺」の大きな魅力ではないでしょうか。と言うのも、勧進所に咲く枝垂桜から夏の百日紅越しに垣間見える境内、それに南大門を見上げる紅葉や厳冬の大仏池なども記録していて、神秘的なまでの四季の移ろいを見て取れるからでした。



年中行事では、煌びやかな法衣をまとった僧侶なども多く写していて、東大寺にまつわる人々の息遣いも感じることが出来ました。これほど東大寺の「人」に迫った写真作品もないと言って良く、いわゆる建物や仏像のみの写真集ではありませんでした。また写真に日本語と英語で解説が付いているのも重要なポイントで、文化財の概要とともに、撮影の意図やプロセスの知見も得られました。



さて何から何まで規格外の「SUMO本 東大寺」ですが、本体360000円(+税)の価格も驚くべきものと言えるかもしれません。ただ制作に大変な費用がかかっていることから、いわゆる利益は僅かでもあるそうで、そもそも極めて限られた部数のみしか刊行されません。



「SUMO」とは大型豪華本の構想の段階において、同じくアート関連の大型本を手がけるドイツのタッシェンの「SUMO BOOKS」などの例を参考にして名付けられました。4K映像よりも緻密でリアルな世界を追求していて、紙そのものも約30年は劣化しないように作られています。



1958年に徳島市に生まれた写真家、三好和義は、17歳にて二科展に入選し、銀座のニコンサロンでも個展を開催。1985年はデビュー写真集「RAKUEN」を発表しては、当時の最年少にて第11回木村伊兵衛賞受賞を受賞しました。



三好が初めて東大寺を訪ねたのは小学6年生の修学旅行で、今も古いアルバムには大仏殿を前にカメラを持っている写真が残されています。そして東大寺に強く惹かれたのか、中学生の頃にも一人で徳島から奈良へ向かい、法華堂に籠っては一日を過ごしたと語っています。



本格的に東大寺を撮り始めた10年前のことで、2017年には東日本大震災復興祈念特別展「東大寺と東北-復興を支えた人々の祈り」のポスターや図録の撮影のため、奈良へ移り住みました。以来、基本的は奈良で過ごし、毎日カメラを持っては東大寺の境内を歩いているとしています。人の少ない早朝と夕方がお気に入りの時間でもあるそうです。



奈良時代、東大寺は旱魃や飢饉、地震や天然痘の流行に見舞われる中、世界や人々の平安を祈って造顕されました。そして新型コロナウイルス渦の現代においても、早期終息や罹患された方の快復、及び亡くなられた方の追福菩提を祈る勤行を欠かさず行っている上、外出自粛に伴って寺の映像を「ニコニコ動画」で配信する「大仏定点生放送 リモート参拝」にも取り組みました。なお大仏殿の拝観は6月1日より再開されました。(大仏殿以外の諸堂は6月15日より再開予定。)



本書の刊行に際し、華厳宗管長で第223世東大寺別当である狹川普文氏は、「持って見ることさえ難しい大きく思い写真集を何故刊行するのか、当初は首をかしげた。」と振り返っています。確かにサイズしかり、価格を鑑みても、空前絶後なスケールであることは間違いありません。



しかし三好が少年時代から愛し、通い続けた東大寺を、情熱と持ちつつ高い技術で撮影した「SUMO本 東大寺」は、端的な大型豪華本と言うよりも、1人の写真家の集大成としての美術作品と呼べるのではないでしょうか。もちろん価格も価格ゆえに、簡単におすすめ出来るものではありませんが、東大寺の新たな歴史のワンシーンを切り開いているとしても良いかもしれません。


三好自身も「SUMO本 東大寺」の撮影に対する意気込みや制作の裏話を、公式Twitter(@sumo_books)の動画などで語っています。そちらも是非合わせてご覧ください。

「SUMO本 東大寺」 著:三好和義 (@sumo_books
出版社:小学館
発売日:2020/5/25
価格:本体360000円+税
内容:アート本の世界で近年次々と発売されトレンドとなっている超特大本。本の形をしてはいますが、掲載されている美術作品がまるで目の前にあるかのような体験ができ、読むというよりはその世界に入り込む感覚です。このたび新しくSUMO本シリーズというレーベルを立ち上げ、第一弾として写真家・三好和義が10年にわたり撮影した「東大寺」のあらゆる姿を掲載。最大限に大きくした写真で迫力ある世界観をお届けします。驚くのは大きさだけでなく、掲載された写真一枚ずつのクオリティ。劇的に進化した、デジタルカメラや印刷などの最新技術によって実現可能となった、贅沢で特別な写真集です。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「2020年 見逃せない美術展」 日経おとなのOFF

今年も残すところ半月となり、来年の美術展のスケジュールもかなり出揃ってきました。

「2020年 絶対に見逃せない美術展/日経トレンディ/日経BP」

そうしたスケジュールを網羅したのが、日経おとなのOFFの「絶対見逃せない美術展」で、2020年の美術展の開催情報を多く掲載していました。



「カラヴァッジョ キリストの埋葬」(仮) 国立新美術館(10月21日〜11月30日)

まず冒頭、速報として掲載されたのが、先だって公表された「カラヴァッジョ キリストの埋葬」展で、約30年ぶりに来日することの決まった「キリストの埋葬」を大きくクローズアップしていました。なお本展は現在、バチカンに残る日本の資料を調査する「バチカンと日本の100年プロジェクト」の一環として行われるもので、日本の使徒がローマに送った書状などが公開されるなど、両国の交流の歴史について明らかにされます。「キリストの埋葬」以外の詳細な内容も待たれるところです。



「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」 国立西洋美術館(3月3日〜6月14日) *国立国際美術館(7月7日〜10月18日)へ巡回。

「ロンドン・ナショナル・ギャラリー」展の情報も詳しく掲載されていました。これは表紙を飾ったスルバランの「アンティオキアの聖マルガリータ」をはじめとする61点のコレクションが一堂に来日するもので、全ての出品作が日本初公開であることも話題を呼んでいます。

日本にあるゴッホの「ひまわり」の元になったロンドンの「ひまわり」の他、細かなディテールが際立ったクリヴェッリの「聖エミディウスを伴う受胎告知」など、「その時代の傑作が分かる」(解説より)とされる名作群も大いに注目されそうです。



「ハマスホイとデンマーク絵画」 東京都美術館(1月21日〜3月26日) *山口県立美術館(4月7日〜6月7日)へ巡回。

北欧のフェルメールと呼ばれるハマスホイの作品を展示する、「ハマスホイとデンマーク絵画」も人気を集めるのではないでしょうか。ハマスホイは2008年、ハンマースホイとして日本でも紹介されたデンマークの画家で、室内の扉や後ろ向きの女性など、独自の静謐な構図やモチーフを特徴としてきました。約12年ぶりの開催ゆえに、再びハマスホイを見られることを待ち望んでいる方も多いかもしれません。


一方の日本美術では、「日本美術フェスティバル」と題し、浮世絵、江戸絵画、きもの、絵巻、屏風の5つの観点から、各種の展覧会をピックアップしていました。言うまでもなく2020年は東京でオリンピックが開催されることもあり、海外でも人気の高い浮世絵など、訪日客などへ向けて日本美術を発信するような企画も少なくありません。

「The UKIYO-E 2020ー日本三大浮世絵コレクション」 東京都美術館(7月23日〜9月13日)
「きもの KIMONO」 東京国立博物館(4月14日〜6月7日)
「おいしい浮世絵展」 森アーツセンターギャラリー(4月17日〜6月7日)


江戸絵画でまず注目したいのは出光美術館です。今年、プライスコレクションまとめてを購入した同館が、「江戸絵画の華」と題した展覧会にて、同コレクションの一部(80件)を公開します。また府中市美術館の恒例企画である「春の江戸絵画祭り」も面白いのではないでしょうか。昨今の奇想ブームに対し、あえて「ふつう」で挑む内容にも期待が持てそうです。

「江戸絵画の華」 出光美術館(9月19日〜12月20日)
「奇才 江戸絵画の冒険者たち」 江戸東京博物館(4月25日〜6月21日) *山口県立美術館(7月7日〜8月30日)、あべのハルカス美術館(9月12日〜11月8日)へ巡回。
「猿描き狙仙三兄弟」 大阪歴史博物館(2月26日〜4月5日) *熊本県立美術館(7月18日〜9月6日)へ巡回。
「ふつうの系譜 京の絵画と敦賀コレクション」 府中市美術館(3月14日〜5月10日)



甲乙丙丁4巻の全場面を初めて一挙に公開する「国宝 鳥獣戯画のすべて」や、「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」と「吉備大臣入唐絵巻」の2つの国宝級絵巻が来日する「ボストン美術館展 芸術×力」、さらに23年ぶりに法隆寺より百済観音が出陳する「法隆寺 金堂壁画と百済観音」の各展も大勢の人々で賑わいそうです。

「国宝 鳥獣戯画のすべて」 東京国立博物館(7月14日〜8月30日)
「ボストン美術館展 芸術×力」 東京都美術館(4月16日〜7月5日) *福岡市美術館(7月18日〜10月4日)、神戸市立博物館(10月24日〜2021年1月17日)へ巡回。
「法隆寺 金堂壁画と百済観音」 東京国立博物館(3月13日〜5月10日)

現代美術では、共に2020年に展覧会が予定されている、ウォーホルとバンクシーについて細かに紹介されていました。特にバンクシーはネズミの絵でニュースにも取り上げ、いわばトレンドになるなど、アートファン以外の関心を集めるかもしれません。

「アンディ・ウォーホル・キョウト」 京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ(9月19日〜2021年1月3日)
「BANKSY展」 寺田倉庫G1ビル(8月29日〜12月6日)


日本の現代アートシーンをチャート形式で追うコーナーも充実していたのではないでしょうか。横須賀美術館での回顧展の記憶が未だ忘れられない「白髪一雄」展、また叙情的な画風が目を引く「ピーター・ドイグ」展、それに原美術館での日本初個展が2005年にまで遡る「オラファー・エリアソン」展などは、私も心待ちにしたいと思います。

「白髪一雄」 東京オペラシティアートギャラリー(1月11日〜3月22日)
「ピーター・ドイグ」 東京国立近代美術館(2月26日〜6月14日)
「オラファー・エリアソン」 東京都現代美術館(3月14日〜6月14日)



恒例の付録のうち「2020 美術展100ハンドブック」も大変に有用でした。ここでは2020年の年間の美術展をカレンダー形式で掲載していて、各展の開催館や会期、それに見どころなどを簡単に紹介していました。そのうち私が注目したい展覧会を以下にピックアップしてみました。(上に掲載した展覧会を除く)

「岡崎乾二郎 視覚のカイソウ」 豊田市美術館(~2月24日)
「出雲と大和」 東京国立博物館(1月15日~3月8日)
「毘沙門天 北方鎮護のカミ」 奈良国立博物館(2月4日~3月22日)
「画家が見たこども展」 三菱一号館美術館(2月15日~6月7日)
「古典×現代2020 時空を超える日本のアート」 国立新美術館(3月11日~6月1日)
「和食 日本の自然、人々の知恵」 国立科学博物館(3月14日~6月14日)
「超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」 Bunkamura ザ・ミュージアム(3月18日~5月11日)
「雅楽の美」 東京藝術大学大学美術館(4月4日~5月31日)
「飄々表具 杉本博司の表具表現世界」 細見美術館(4月4日~6月21日) 
「聖地をたずねて 西国三十三所の信仰と至宝」 京都国立博物館(4月11日〜5月31日)
「神田日勝 大地への筆触」 東京ステーションギャラリー(4月18日〜6月28日) *神田日勝記念美術館(7月11日〜9月6日)、北海道立近代美術館(9月19日〜11月8日)へ巡回。
「STARS展:現代美術のスターたち」 森美術館(4月23日〜9月6日)
「ファッション イン ジャパン 1945〜2020」 国立新美術館(6月3日〜8月24日) *島根県立石見美術館(9月19日〜11月23日)へ巡回。
「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮」 国立新美術館(7月8日〜9月22日)
「スポーツ in アート ギリシャ彫刻×印象派の時代」 国立西洋美術館(7月11日〜10月18日)
「クロード・モネ 風景への問いかけ」 アーティゾン美術館(7月11日〜10月25日)
「隈研吾展」 東京国立近代美術館(7月17日〜10月25日)
「揚州八怪」 大阪市立美術館(8月29日〜10月18日)
「佐藤可士和展」 国立新美術館(9月16日〜12月14日)
「ゴッホと静物画 伝統から革新へ」 SOMPO美術館(10月6日〜12月27日)
「ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING & QUEEN展」 上野の森美術館(10月〜2021年1月)
「琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術」 アーティゾン美術館(11月14日〜2021年1月24日)


2020年は新たにオープン、あるいは建て替えなどを終えてリニューアルオープンする美術館も少なくありません。

「京都の美術250年の夢」 京都市京セラ美術館(3月21日〜12月6日) *「杉本博司 瑠璃の浄土」(3月21日〜6月14日)を新館・東山キューブで開催。
「Thank You Memory 躍動から創造へ」 弘前れんが倉庫美術館(4月11日〜8月31日)
「見えてくる光景 コレクションの現在地」 アーティゾン美術館(1月18日〜3月31日)
「珠玉のコレクション」 SOMPO美術館(5月28日〜7月5日)
「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」 千葉市美術館(7月11日〜9月6日)

年明け早々にオープンするのが、新たに建て替えられ、ブリヂストン美術館より名を改めたアーティゾン美術館で、開館記念展では、休館中に収蔵された作品を含む200点のコレクションが一堂に公開されます。なお同館ではリニューアルに際し、事前日時予約制のシステムが導入されました。既に公式サイトにて同展のチケットも販売されています。


年内まで「目 非常にはっきりとわからない」を開催中の千葉市美術館も、年明けより改修拡張工事のため、2020年6月末を目処に全館休館期間に入ります。リニューアル後は7月11日より「ジャポニスム 世界を魅了した浮世絵」が行われる予定です。また2020年4月には、北海道白老町にアイヌ文化復興や創造の拠点となるべく、国立アイヌ民族博物館もオープンします。



さらに誌面ではあまり触れられていませんでしたが、2020年は芸術祭も目白押しです。「ひろしまトリエンナーレ」など新たに始まる芸術祭もあり、各地へ遠征される方も多いのではないでしょうか。

「さいたま国際芸術祭2020」(3月14日〜5月17日)
「いちはらアート×ミックス2020」(3月20日~5月17日)
「北アルプス国際芸術祭2020」(5月31日〜7月19日)
「東京ビエンナーレ2020」(7月中旬〜9月上旬)
「ヨコハマトリエンナーレ2020 Afterglow―光の破片をつかまえる」(7月3日〜10月11日)
「奥能登国際芸術祭2020」(9月5日〜10月25日)
「ひろしまトリエンナーレ2020 in BINGO」(9月12日〜11月15日)
「札幌国際芸術祭2020」(12月19日~2021年2月14日)

基本的には関東や関西の大型展の情報が中心で、それ以外の地方の展覧会についてはあまり触れていません。おそらく情報自体の数で比べれば、12月20日発売予定の「美術の窓」の「今年の展覧会250」特集の方がより網羅的であると思われます。



とは言え、明治学院大学の山下裕二教授と編集者の山田五郎さんの対談など読み物もあり、昨年より値上がりしたものの、「2020 美術展100ハンドブック」、「2020年美術展名画カレンダー」、「クリアファイル」が付いて935円(税込)と、未だお得ではないでしょうか。また全国の美術館の広告が多いのも特徴で、そこからも各館のスケジュールを追うことも出来ました。

「2020年 絶対に見逃せない美術展/日経トレンディ/日経BP」

なおタイトルに「日経おとなのOFF」とありますが、同雑誌は今年休刊になったため、「日経トレンディ」の増刊号として刊行されていました。まずは書店で手に取ってご覧下さい。


「日経おとなのOFF 2020年 絶対に見逃せない美術展」(日経トレンディ2020年1月号増刊)
出版社:日経BP社
発売日:2019/12/6
価格:935円(税込)
内容:惜しまれつつ休刊になった「日経おとなのOFF」ですが、年末の美術展特集は健在です。 2020年オリンピックイヤーは、美術館・博物館も日本の文化力発信のために、 ありったけのエネルギーをつぎ込んで熱い美術展が繰り広げられます。その見どころを熱血解説!
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「バスキアを見たか。」 Pen(2019年10月1日号)

雑誌「Pen」2019年10月1日号、「ニューヨークを揺さぶった天才画家 バスキアを見たか。」を読んでみました。



「ニューヨークを揺さぶった天才画家 バスキアを見たか。」Pen(ペン)2019年10月1日号
https://www.pen-online.jp/magazine/pen/482-basquiat/

1960年にニューヨークに生まれ、ウォーホルらと友人関係を築きながら、若くしてアート界を席巻したジャン=ミシェル・バスキア(1960~1988)。27歳にして薬物の過剰摂取により没するも、約10年間あまりに1000点以上もの絵画を残し、近年も欧米を中心に回顧展が行われるなど、人気が衰えることはありません。

また日本では2017年、頭蓋骨のような頭部を激しい筆致で描いた「Untitled」が、約123億円で落札されたことも話題となりました。とは言え、国内でバスキアは過去、数回展示が行われたに過ぎず、必ずしも現在、作品を見る機会が多いとは言えません。

さらに何かと知名度の高まる中、意外にもバスキアについて書かれた日本語の文献や資料が殆どありませんでした。実際にも、バスキアに関した日本語の書籍の多くは、古書でしか入手出来ないそうです。

リリースの「いま読める唯一のバスキア大特集」もあながち誇張ではありません。雑誌「Pen」最新号にてバスキアが大きくクローズアップされました。



【バスキア特集の見どころ】

・27歳で世を去った、彗星のごとき天才の生涯。
 アート界に彗星のごとく現れ、27歳という若さで亡くなったバスキアの生涯をたどる。

・出発点は、ストリートに描いたグラフィティ
 1970年代後半のニューヨーク。10代だったバスキアは、友達とふたりで「SAMO©」という署名を添えた言葉を、廃墟の壁にスプレーペイントしていった。

​・初期に才能を認めていた、ギャラリストの証言。
 バスキアの才能に早くから着目していたひとり、ギャラリスト・美術評論家のジェフリー・ダイチが、バスキアのアートが世界で人々を惹きつけている理由を語る。

・ジャズにインスパイアされて、誕生した傑作の数々。
 チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーなど、黒人のジャズ・ミュージシャンをモチーフとした作品について。

・差別への怒りが、黒人アスリートを描く原動力。
 野球選手ハンク・アーロン、ボクサー カシアス・クレイ(モハメド・アリ)やジョー・ルイス、陸上選手ジェシー・オーエンスなどを描いた作品について。

・レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿が、心を捉えた。
 多くのアートを積極的に学んだバスキア。特にルネサンスの万能の人、レオナルドの手稿にある絵や言葉を作品に取り込んでいった。

・日本との意外な関係を知る、大展覧会が開催。
 待望の日本初の大型展『バスキア展 メイド・イン・ジャパン』の見どころを、キュレーターのディーター・ブッフハートに聞いた。



まず冒頭ではバスキアの生涯を、作品の図版や年譜などで辿りつつ、ウォーホルやデヴィット・ボウイなどの様々なアーティストとの関係を紐解き、バスキアが如何にして制作活動を行ったのかについて詳細に解説していました。多方面に渡るバスキアの交流の軌跡などが一覧出来るのではないでしょうか。

さらに黒人のアスリートモチーフとした作品を取り上げ、当時のアメリカが抱えた人種問題などの社会状況がバスキアに与えた影響についても浮き彫りにしていました。それこそ「差別への怒り」とありますが、かの時代の社会への強い批判精神を持ち得ていたからこそ、バスキアは次々とエネルギッシュな作品を生み出していったのかもしれません。



一連の特集の中で特に興味深く感じたのは、バスキアがレオナルド・ダ・ヴィンチについて深い関心を寄せていたことでした。しかもいわゆる絵画ではなく、レオナルドが膨大に残した手稿の中の人体の図を自作に取り込んでいて、バスキアが幼少期に見て影響を受けたとされる解剖学書と深く関係しているようでした。


ジャズとの関わりも大変に重要で、バスキアが多くのジャズミュージシャンからインスピレーションを受けて制作した作品も多く紹介されていました。バスキアの作品からはどこか音楽的な即興性も感じられますが、その源泉はリズミカルなジャズにあるのかもしれません。

さて最後にバスキアの展覧会についての情報です。9月21日(土)より、六本木の森アーツセンターギャラリーにて「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」が開催されます。



「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」@fujitvart) 森アーツセンターギャラリー 
期間:2019年9月21日(土)~11月17日(日)
 *9月24日のみ休館
時間:10:00~20:00(9月25日、26日、10月21日は17時まで。)
 *入館は閉館の30分前まで
場所:六本木ヒルズ森タワー52階(港区六本木6-10-1
料金:一般2100(1900)円、大学・高校生1600(1400)円、中学・小学生1100(900)円
 *( )内は15名以上の団体料金。

今回の「バスキア展」では、度々、バスキアも来日しては個展やグループ展を開いた日本との関係にも着目し、約130点にも及ぶプライベートコレクションが公開されます。いわゆる国際巡回展ではなく、日本のオリジナルな展覧会でもあります。



そして誌面のバスキア特集でも、「バスキア展」のキュレーターのインタビューや、一部の出展作品も掲載されていました。まさに来るべき「バスキア展」の前に、一通りアーティストについて知る良い機会とも言えるのではないでしょうか。私もこの特集を踏まえた上で、「バスキア展」を見に行きたいと思います。

なお紙版に合わせ、デジタル版も刊行されましたが、今号に限っては2000ダウンロード限定のみの発売になります。ひょっとすると途中で販売終了となるかもしれません。

「Pen(ペン) /ニューヨークを揺さぶった天才画家 バスキアを見たか。」

雑誌「Pen」No.482、特集「ニューヨークを揺さぶった天才画家 バスキアを見たか。」は、9月17日に発売されました。

「Pen(ペン) 2019年10/1号 [ニューヨークを揺さぶった天才画家 バスキアを見たか。]」(@Pen_magazine
出版社:CCCメディアハウス
発売日:2019/9/17
価格:700円(税込)
内容:ジャン=ミシェル・バスキアについては、インパクトのある頭部や王冠の絵、あるいはドキュメンタリーや映画を通して知っているという人も多いだろう。だが作品をじっくり見たことはあるだろうか?過去、日本での展覧会は数回きりだ。ここ数年、欧米では画期的な回顧展が開かれバスキア再発見の機運が高まっている。なぜならシンプルで直接的に見える作品の背後にはさまざまな意味があり、黒人のアイデンティティをモチーフとした重要な作品であることが示されたからだ。今年、待望の大規模展が日本で開かれる。バスキアを見る―いまこそ、その時だ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

メールマガジン「『失われたアートの謎を解く』の謎を解く!」が発行されます

9月7日(土)にちくま新書より発売される『失われたアートの謎を解く』(監修:青い日記帳)。

「失われたアートの謎を解く/監修・青い日記帳/ちくま新書」

レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」やフェルメールの「合奏」などの盗難事件をはじめ、ナチスの美術品犯罪や戦争による破壊、ないし高松塚古墳やラスコーといった文化遺産など、いわゆる「失われたアート」についてまとめた本で、失われた経緯や奪還、再生への努力など、歴史の裏側に潜むドラマや人との関わりなどについて紐解いています。



またちくま新書としては異例と言って良いほどヴィジュアルが多く、テキストを追うだけでなく、図解資料を一覧しながら楽しめるようにも工夫されています。



その『失われたアートの謎を解く』の発売に際し、本の概要や魅力を紹介するメールマガジン、「『失われたアートの謎を解く』の謎を解く!」が発行されます。

登録は至って簡単です。下記の専用サイトにお名前とメールアドレスを記入するだけです。ご登録後、翌日朝7時より毎日計5通、メールマガジンが自動で届けられます。お名前はハンドルネームで構いません。無料(通信料金を除く)で利用いただけます。途中で配信を停止することも可能です。

▼「『失われたアートの謎を解く』の謎を解く!」メールマガジン登録はこちらから
https://mail.os7.biz/add/ITqX


計5回のメールマガジンでは、本の内容だけでなく、執筆陣や編集者へのインタビューの他、監修を務めた青い日記帳のTak(@taktwi)さんのコメントなども掲載されます。また第1回目と5回目には、無料で紙面を試し読み出来るメールマガジン読者限定の「特典PDF」もプレゼントされます。

▼「『失われたアートの謎を解く』の謎を解く!」メールマガジン注意事項

1. メールアドレスをご登録いただいた方にEメールにて配信いたします。
2. 本サービスは無料(通信料金は除く)でご利用いただけます。
3. 本サービスの利用に当たっては、メールアドレスの登録が必要になります。
4. 本サービスは「『失われたアートの謎を解く』編集チーム」が登録受付及びメール配信におけるサービス利用契約を締結した株式会社オレンジスピリッツのオレンジメールサービスを使用しての提供になります。

メールマガジンは「『失われたアートの謎を解く』編集チーム」が受付、発行しますが、配信に際しては筑摩書房の許可をいただいています。なお今日9月6日には、筑摩書房より『失われたアートの謎を解く』の特設サイトもオープンしました。そちらでは「ムンク《叫び》は二度盗まれる」を試し読みすることも出来ます。



▼『失われたアートの謎を解く』特設サイト
https://www.chikumashobo.co.jp/special/mysteryof_lostart


最後にイベントの情報です。現在、「青い日記帳×池上英洋!失われたアートの謎を解く」のトークイベントの参加者を募集中です。



<丸善雄松堂 知と学びのコミュニティ>
「青い日記帳×池上英洋!失われたアートの謎を解く」
日時:2019年9月14日 (土) 19:00〜20:40 *受付開始:18:30
会場:DNPプラザ2階(新宿区市谷田町1丁目14
参加費:500円
申込サイト→https://peatix.com/event/1311804

これは青い日記帳のTakさんと、『失われたアートの謎を解く』に寄稿された東京造形大学教授の池上英洋先生が、紙面に取り上げられた美術品などについて話すもので、来年に池上先生の企画されたレオナルド・ダ・ヴィンチに関する展覧会についても触れていただきます。



会場は市ヶ谷駅にほど近いDNPプラザです。先着順で定員の100名に達し次第、受付は終了となります。



なお『失われたアートの謎を解く』では、私も執筆担当の一員として、原稿の一部の作成に関わりました。よってメールマガジンにもコメントを寄せています。



私の拙い原稿はともかくも、プロの編集者の方が何度もチェック、及び加筆と修正して下さったため、読み応えのある内容になったと思います。まずはメールマガジンにご登録下さり、『失われたアートの謎を解く』を手にとって頂ければ嬉しいです。


それでは多くの方の「『失われたアートの謎を解く』の謎を解く!」メールマガジンへのご登録をお待ちしております。

▼「『失われたアートの謎を解く』の謎を解く!」メールマガジン登録(無料)
https://mail.os7.biz/add/ITqX


「失われたアートの謎を解く」(ちくま新書) 監修:青い日記帳 
内容:美術史の裏に隠された、数多くの失われたアート。その歴史は、人間の欲望の歴史でもあるーアートが失われた詳細な経緯と、奪還や再生の努力、歴史上の人物とアートの関わりまで、美術の歴史の裏側を徹底ビジュアル解剖!  《モナ・リザ》盗難/修復不可能にされたムンク《叫び》/ナチスの美術品犯罪/フェルメール《合奏》を含む被害総額5億ドルの盗難事件…
新書:全224ページ
出版社:筑摩書房
価格:1037円(税込)
発売日:2019年9月7日
特設サイト:https://www.chikumashobo.co.jp/special/mysteryof_lostart
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「2019年 見逃せない美術展」 日経おとなのOFF

年の瀬も近づき、今年の展覧会の振り返りとともに、来年を見据えた記事も目立つようになってきました。

「日経おとなのOFF/2019年見逃せない美術展/日経BP社」

そのうち、毎年恒例と化しているのが、雑誌「日経おとなのOFF」の「絶対見逃せない美術展」特集で、2019年の展覧会の開催情報を多く掲載していました。



まず冒頭を飾るのが、カラヴァッジョの「ホロフェルネスの首を斬るユディト」と、クリムトの「ユディトI」、それに同じくクリムトの「パラス・アテナ」などで、いずれも2019年に開催される「カラヴァッジョ展」、「クリムト展 ウィーンと日本1900」、それに「ウィーン・モダン クリムト、シーレ世紀末への道」で出展される作品でした。実際のところ、クリムトに関しては、大型の展覧会が2件も続くだけに、2019年で最も注目される西洋美術展になるのではないでしょうか。


つい先だっても、「クリムト展 ウィーンと日本1900」に、クリムトの最大規模の作品となる「女の三世代」(ローマ国立近代美術館)の追加出品も決まりました。

また全国3会場を巡回する「カラヴァッジョ展」は、約10点の作品が来日するものの、会場で一部の出展作が異なるため、どこで見るのか悩ましく思う方も多いかもしれません。

「カラヴァッジョ展」 北海道立近代美術館(8月10日~10月14日)
 *名古屋市美術館(10月26日~12月15日)ほか、あべのハルカス美術館へ巡回。
「クリムト展 ウィーンと日本1900」 東京都美術館(4月23日~7月10日)
 *豊田市美術館(7月23日~10月14日)へ巡回。
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ世紀末への道」 国立新美術館(4月24日~8月25日)
 *国立国際美術館(8月27日~12月8日)へ巡回。



そして続くのが、雑誌表紙も飾ったマネの「フォリー=ベルジェールのバー」の出展される「コートールド美術館展」、「ギュスターヴ・モロー展」、「ラファエル前派の軌跡展」、「ゴッホ展」などで、今年の「フェルメール展」、「ムンク展」と同様、2019年も西洋絵画に関した展覧会に人気が集まりそうです。

「コートールド美術館展」 東京都美術館(9月10日〜12月15日)
 *愛知県美術館(2020年1月3日〜3月15日)ほか、神戸市立博物館へ巡回。
「ギュスターブ・モロー展 サロメと宿命の女たち」 パナソニック汐留ミュージアム(4月16日〜6月23日)
 *あべのハルカス美術館(7月13日〜9月23日)ほか、福岡市美術館へ巡回。
「ラファエル前派の軌跡展」 三菱一号館美術館(3月14日〜6月9日)
 *あべのハルカス美術館(10月5日〜12月15日)へ巡回。
「ゴッホ展」 上野の森美術館(10月11日〜2020年1月13日)
 *兵庫県立美術館(2020年1月25日〜3月29日)へ巡回。

一方の日本美術で大きく取り上げられていたのは、若冲、蘆雪、蕭白、国芳らに加え、白隠や其一の作品が一堂に会する「奇想の系譜展 江戸絵画 ミラクルワールド」でした。奇想と言えば、一昨年、東京都美術館で開催された「若冲展」が、連日、凄まじい行列となり、社会現象となるほどに話題を呼びました。ひょっとすると「奇想の系譜展」でも、美術ファンの垣根を超えたムーブメントがおきるのかもしれません。


「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」 東京都美術館(2月9日〜4月7日)

「絶対見逃せない 2019年 美術展」は読み物としても充実していました。冒頭のカラヴァッジョやクリムトも、「2019年に見るべきスキャンダラスな美女たち」と題した、作家の中野京子さんのガイドで、ほかにも美術史家の山下裕二先生と、画家の山口晃さんの「奇想の系譜展 Special対談」も読み応えがありました。



そもそも単に特集は、「噂のポートレイト」や「数寄者達の事件簿」、それに「名僧の至宝」など、テーマをもって構成されていて、単なる展覧会の紹介ではありませんでした。さらに各記事も、例えば「カラヴァッジョの濃すぎる人生」ではバロック美術が専門の宮下規久朗先生、また「スター絵師たちのヒットの法則」では北斎館の安村敏信館長がアドバイザーとしてコメントを寄せるなど、専門家の見地も加わっていました。



「2019年に見られる名画でつづる 西洋美術史入門」も有用で、来年に見られる西洋絵画を参照しながら、大まかな西洋美術史を俯瞰していました。また雑誌の本編以外にも、美術館の広告が多いのが特徴で、各館の展示情報を得ることも出来ました。心なしか、年々、美術館の広告が増しているかもしれません。

日本美術でほかに着目しているのが、「佐竹本三十六歌仙と王朝の美」で、いわゆる絵巻切断事件で37幅に切り分けられた佐竹本三十六歌仙絵のうち、少なくとも21幅(以上)が京都国立博物館で公開されます。一部の佐竹本は、単発的に見る機会も少なくありませんが、これほどまとまって紹介されるのは稀で、実際にも過去最大のスケールの展示となります。

「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」 京都国立博物館(4月13日〜6月9日)
「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」 京都国立博物館(10月12日〜11月24日)


さらに同じく京都国立博物館では、「一遍聖絵」の12巻、130メートル超が公開される「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」も開催されます。ともに同館の単独の展覧会で、巡回はありません。



特別付録の「美術展100ハンドブック」も情報が満載でした。年間を通した100の美術展をカレンダー形式で掲載されている上、各展覧会の情報を、開催館、会期、見どころなどに分けて紹介していました。その中より、私が特に注目したい展覧会をいくつかピックアップしてみました。(上に掲載した展覧会を除く)

「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」 愛媛県美術館(2018年12月19日~3月24日)
 *Bunkamura ザ・ミュージアム(4月27日~6月30日)ほか、静岡市美術館、広島県立美術館へ巡回。
「シャルル=フランソワ・ドービニー展」 ひろしま美術館(1月3日~3月24日)
 *東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館(4月20日~6月30日)へ巡回。
「世紀末ウィーンのグラフィック」 京都国立近代美術館(1月12日~2月24日)
 *目黒区美術館(4月13日~6月9日)へ巡回。
「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」 国立新美術館(1月18日~4月1日)
「クリスチャン・ボルタンスキー」 国立国際美術館(2月9日~5月6日)
 *国立新美術館(6月12日~9月2日)ほか、長崎県美術館へ巡回。
「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ」 国立西洋美術館(2月19日~5月19日)
「トルコ至宝展 チューリップの宮殿 トプカプの美」 国立新美術館(3月20日~5月20日)
 *京都国立近代美術館(6月14日~7月28日)へ巡回。
「国宝 東寺 空海と密教曼荼羅」 東京国立博物館(3月26日~6月2日)
「百年の編み手たち 流動する日本の近現代美術」「MOTコレクション ただいま/はじめまして」 東京都現代美術館(3月29日~6月16日)
「アイチアートクロニクル 1919-2019」(仮) 愛知県美術館(4月2日~6月23日)
「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション」 千葉市美術館(4月13日~5月26日)
 *静岡市美術館(6月8日~7月28日)へ巡回。
「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館(6月15日〜10月27日)
「メスキータ展」 東京ステーションギャラリー(6月29日〜8月18日)
「原三渓の美術 伝説の大コレクション」 横浜美術館(7月13日〜9月1日)
「円山応挙から近代京都画壇へ」 東京藝術大学大学美術館(8月3日〜9月29日)
 *京都国立近代美術館(11月2日〜12月15日)へ巡回。
「没後90年記念 岸田劉生展」 東京ステーションギャラリー(8月31日〜10月20日)
 *山口県立美術館(11月2日〜12月22日)へ巡回。
「美濃の作陶」 サントリー美術館(9月4日〜11月10日)
「バスキア展」 森アーツセンターギャラリー(9月21日〜11月17日)
「大浮世絵展〜五人の絵師の競演」 江戸東京博物館(11月19日〜2020年1月19日)

2019年は改修工事などを終え、再開館する美術館が幾つかあります。うち東京では、都現代美術館が3年の休館を挟み、2019年3月にリニューアルオープンします。それを記念したのが、「百年の編み手たち 流動する日本の近現代美術」と「MOTコレクション ただいま/はじめまして」で、全館規模でコレクションが公開されます。また愛知でも4月に県美術館がリニューアルを終え、「アイチアートクロニクル 1919-2019」で再開し、愛知県の地域コレクションが紹介されます。ともに美術館の核である、コレクションに目を向ける良い機会となりそうです。


現代美術では「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」(国立新美術館)に、「クリスチャン・ボルタンスキー」(国立国際美術館・国立新美術館・長崎県美術館)、「塩田千春展:魂がふるえる」(森美術館)のほか、「バスキア展」(森アーツセンターギャラリー)などに関心が集まるのではないでしょうか。また誌面には記載がありませんが、2019年は、「瀬戸内国際芸術祭」、「あいちトリエンナーレ2019」、「岡山芸術交流2019」などの芸術祭も予定されています。



基本的に掲載情報は、関東、関西の美術館や博物館の大型展が中心です。それ以外の地域や小さな美術館の展覧会は、あまり網羅していません。とは言え、「美術展100ハンドブック」、「2019年美術展・名画カレンダー」、「クリムト・クリアファイル」の付録もついていて、税込820円とはなかなかお得ではないでしょうか。来年の展覧会のスケジュールを大まかに把握するのに、最適な一冊と言えそうです。


「日経おとなのOFF」の美術展特集は、毎年、人気があり、去年も一時、書店で品切れとなったこともありました。まずはお早めに手にとってご覧下さい。

「日経おとなのOFF 2019年1月号 絶対見逃せない 2019年 美術展」
出版社:日経BP社
発売日:2018/12/6
価格:820円(税込)
内容:「絶対見逃せない2019年美術展」。フェルメール、クリムト、マネ、ベラスケス、カラヴァッジョ、ゴーギャン、ゴッホ、若冲、蕭白、北斎---。中野京子と読み解く恐い! ?名画美女。60年ぶりの帰還行方不明だった モネ「睡蓮」。他
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「近代彫刻の天才 佐藤玄々(朝山)」 求龍堂

求龍堂より刊行された「生誕130年 近代彫刻の天才 佐藤玄々(朝山)」を読んでみました。

「生誕130年 佐藤玄々/求龍堂」

明治21年に福島県の相馬で生まれた佐藤玄々(朝山)は、宮彫師の父や伯父に木彫を学んでは上京し、山崎朝雲に入門すると、野菜や小動物などの小像から、大型の歴史人物像など、多様な木彫を制作しました。



その玄々の制作の全貌を紹介するのが、「生誕130年 近代彫刻の天才 佐藤玄々(朝山)」(求龍堂)で、時間を追って足跡を辿りつつ、日本彫刻と西洋彫刻を半ば融合した、玄々の独自に辿り着いた木彫の魅力について明らかにしていました。



玄々といえば、日本橋三越本店の1階のホールにそびえ立つ「天女(まごころ)」が圧倒的に知られていますが、何も当初から巨大な木彫を手がけていたわけではありませんでした。日本美術院の同人に参加し、奈良で仏像を研究したのち、1年半パリに留学した玄々は、ブルーデルの美術研究所に通い、ジャコメッティと交流するなど、幅広い分野の彫刻を吸収しては、制作に活かしていました。



また帰国後に取り込んだ動物の作品も可愛らしく、玄々は馬込の自宅周辺にあった牧場で、鶏やウサギ、それに牛などの動物をよく観察していたこともあったそうです。一連の動物彫刻はフランソワ・ポンポンとの類似性も指摘されていて、筍や白菜などの野菜彫刻は、中国の宋元画の蔬菜図に関連性を見る向きもあるそうです。玄々は「東西のイメージを自在に翻案」(解説より)した彫刻家でもありました。



鳩や鳥、それに蜥蜴なども魅惑的ではないでしょうか。極めて写実的に表された蜥蜴の一方、鳩などはかなり形を大胆に捉えていて、振り幅の広い作風も、玄々の面白いところかもしれません。



はじめに朝山と称していた佐藤が、玄々と号を改めたのは、戦後、昭和23年になってからのことでした。昭和26年に三越の社長より、日本橋本店に設置するための記念像を依頼された玄々は、例の「天女(まごころ)」を構想し、弟子たちとともに制作をはじめました。何せ10メートルにも及ぶ超大作だけに、2年の予定で完成するはずが、結果的に10年の歳月が費やされたそうです。本書においても、「天女(まごころ)」の制作プロセス、そして賛否入り混じった評価などについて、細かに触れていました。



なおまた戦前、戦中に関しては、震災や戦争でアトリエを焼失するなどして、多くの作品が失われました。それも、玄々の評価が定まらない一因と言えるのかもしれません。



「生誕130年 近代彫刻の天才 佐藤玄々(朝山)」(求龍堂)には、図版はもとより、複数の論考や資料写真、さらに年譜、文献目録など、玄々の全てが記されていると言っても良いかもしれません。また玄々は過去の展覧会のカタログが完売しているため、現時点で手に入れやすい資料は、この本しかありません。また酒豪であった玄々の酒にまつわるエピソードも記載されるなど、作家の知られざる生き様も伺うことが出来ました。

最後に玄々の展覧会の情報です。現在、生地である福島県の県立美術館にて、「生誕130年 佐藤玄々<朝山>展」が開催されています。



「生誕130年 佐藤玄々<朝山>展」 (福島県立美術館)
会期:2018年10月27日(土)~12月16日(日)
https://art-museum.fcs.ed.jp

同県では初の大規模な展覧会で、木彫、ブロンズ、石膏原型、墨画など、約100点の作品が公開されています。そして本書も、玄々展の公式図録兼書籍として発売されました。

また展覧会は福島会場終了後、来年1月から3月にかけ、愛知県と東京都に巡回し、計3つの会場で行われます。

「生誕130年 佐藤玄々<朝山>展」 巡回スケジュール
碧南市藤井達吉現代美術館:2019年1月12日(土)~2019年2月24日(日)
日本橋三越本店: 2019年3月6日(水)~2019年3月12日(火)



東京会場は「天女(まごころ)」で有名な日本橋三越本店です。おそらく新館7階の催物会場で開かれます。福島で見るのがベストかもしれませんが、玄々畢竟の大作である「天女(まごころ)」は、当然ながら他会場では公開されません。



来春に東京へやって来る展覧会を前にして、一通り玄々について知っておくためにも、有用な一冊となりそうです。

「生誕130年 佐藤玄々/求龍堂」

「生誕130年 近代彫刻の天才 佐藤玄々(朝山)」は求龍堂より刊行されました。

「生誕130年 近代彫刻の天才 佐藤玄々(朝山)」
出版社:求龍堂
発売日:2018/10/31
価格:2484円(税込)
内容:福島県相馬市に生まれた彫刻家佐藤玄々(朝山)は、抜群の写生力と官能性のある生命力、彫刻の枠を超えたスケールの大きい造形が特徴的な近代木彫の大家。大正から昭和にかけて、平櫛田中、石井鶴三、戸張孤雁、中原悌二郎らとともに活躍。「宮彫師」としての日本伝統の彫刻と、「ブールデル」に学んだ西洋彫刻を融合し、近代彫刻として独自のスタイルを築く。あの巨匠横山大観をして天才と言わしめた玄々の知られざる全貌がわかる初めての作品集。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「超おさらい!日本美術史。」 Pen(2018/11/15号)

縄文時代から戦前へと至る日本美術の歴史を、一挙におさらい出来る特集が、雑誌「Pen」11月15日号に掲載されています。



「完全保存版 超おさらい!日本美術史。」 Pen(ペン) 2018年11/15号
https://www.pen-online.jp/magazine/pen/463-nihonbijyutsushi/

それが「完全保存版 超おさらい!日本美術史。」で、縄文、飛鳥、平安、桃山、江戸(前〜中期、後期)、明治、そして戦前の順に、各時代の核となる作品を参照しながら、美術の大まかな通史を紹介していました。



はじまりは縄文時代で、東京国立博物館での「特別展 縄文」でも記憶に新しい十日町の「火炎型土器」のほか、有名な「遮光器土偶」を見比べながら、土器の文様の変遷、また土偶における造形美を踏まえ、縄文人の生活などについて触れていました。



また、基本的に通史ながらも、利休の「わび」や南蛮美術、それに若冲や蕭白、蘆雪などの18世紀の京都の絵師に着目したコーナーもあり、それぞれの特質や各絵師の個性を見比べることも出来ました。



私として特に面白かったのは、「美人」や「かわいい」などをキーワードに、時代を横断して作品をピップアップしていることで、「美人」では奈良時代の「鳥毛立女屏風」に起源を辿りつつ、平安時代の「源氏物語」、さらには清長や歌麿の美人画から、黒田清輝の「智・感・情」などを取り上げ、時代ごとに移り変わる「美」の様相、ないしトレンドを追っていました。

現代美術に関しては、「現代のアートシーンに現れた、日本美術のDNA」と題し、美術史家の山下裕二先生のインタビュー記事が掲載されていました。ここでは山下先生が注目する現代アーティストを取り上げ、それぞれの作品から見られる、日本美術の影響について触れていました。

来年2月より開催予定の「奇想の系譜」展にも関した特集、「奇想をキーワードに、非凡なる美を再発見」も興味深いのではないでしょうか。ここでは奇想を「奇なる発想に基づく、既知や諧謔、エンターテイメント性に富んだ芸術表現」と捉え、奈良から明治時代までの奇想的な作品を紐解いていました。また各時代の監修者が作品を選出しているのも特徴で、推薦コメントならぬ、解説も付されていました。新たな視点で作品を理解することができるかも知れません。

さらに「日本画の味わいをつくり出す、伝統的な画材」では、顔料、筆、また絹や和紙など日本画の画材の特徴についても踏み込んでいて、時代を経て、どのように使われていたのかを紹介していました。



【縄文時代から戦前までの日本美術史を、各時代の出来事とともに学ぶ】(特集より一部紹介)
縄文時代:1万年もの定住生活から生まれ出た、美の原点。「火焔型土器」「遮光器土偶」etc.
飛鳥時代:仏教が伝来し、日本で初めて仏像がつくられた。「法隆寺 釈迦三尊像」「中宮寺菩薩半跏像」etc.
平安時代:往生を切望する貴族が欲した、華麗なる仏画。/スクロールする絵巻の楽しさ。『仏涅槃図』『伴大納言絵巻』(常盤光長)etc.
桃山時代:天下人に愛された、永徳と等伯がしのぎを削る。『檜図屏風』(狩野永徳)『松林図屏風』(長谷川等伯)etc.
江戸時代(前~中期):美意識の継承によって、育まれていった琳派。『風神雷神図屏風』(俵屋宗達)『風神雷神図屏風』(尾形光琳)etc.
江戸時代(後期):江戸の風俗を生き生きと描いた、浮世絵の盛栄。『高島おひさ』(喜多川歌麿)『三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛』(東洲斎写楽)etc.
明治時代~戦前:西洋の写実表現に学びを得た、近代の日本画。『班猫』(竹内栖鳳)『落葉』(菱田春草)etc.



見開きの図版が精細でかつ大きく、それを見るだけでも楽しめますが、テキストの記述が詳細で、かなり読み応えがありました。しばらく楽しめそうです。

「Pen 2018年11/15号[超おさらい! 日本美術史。]CCCメディアハウス

雑誌「Pen」、特集「超おさらい!日本美術史。」は、11月1日に発売されました。

「Pen(ペン) 2018年11/15号 [超おさらい! 日本美術史。]」(@Pen_magazine
出版社:CCCメディアハウス
発売日:2018/11/1
価格:700円(税込)
内容:燃え盛る炎のような模様の縄文土器、力強い肉体を表した仏像、金を貼った豪華な屏風……。誰もが知る名作でも、なぜそれが生まれ、どんな意味をもったかを案外知らないものだ。今回Penの誌上には、縄文時代から現代まで、日本美術史上の傑作が勢揃いした。パリやモスクワで日本美術の展覧会が相次ぐなど、海外からも注目される日本の美。その歴史を作品誕生のエピソードや背景となる当時の情勢を交えながら、時代別に振り返ろう。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「ルーベンスぴあ」 ぴあMOOK

2018年10月16日より国立西洋美術館ではじまった「ルーベンス展 バロックの誕生」。ルーベンスを40点を含む、全70点の作品にて、ルーベンスとイタリア・バロック美術の影響関係について紹介しています。

「ルーベンスぴあ/ぴあMOOK」

その「ルーベンス展」の開催を記念し、新たなルーベンス本、「ルーベンスぴあ」が刊行されました。

【ルーベンスぴあ CONTENTS】
・「ルーベンス展―バロックの誕生」へようこそ
・ルーベンスLOVE~著名人が語るルーベンスの魅力
・<大特集>超入門 ルーベンスってどんな人?
・<大特集>絶対に見逃せない! ルーベンス作品BEST20
・<展覧会紹介>ここを見よ! 「ルーベンス展―バロックの誕生」
・<美術館紹介>国立西洋美術館 見どころガイド
・ルーベンスと『フランダースの犬』の物語
・ルーベンスの故郷 ベルギー・アントウェルペンを歩く



まずはじめは「超入門 ルーベンスってどんな人?」で、「バロックの巨匠」、「誰もが魅了される超イケメン」、「王の画家にして画家の王」、「家族愛に溢れた教養人」など6つのキーワードを元に、作品の図版を踏まえながら、ルーベンスを画業を読み解いていました。



それぞれ漫画が掲載されているのも特徴で、親しみやすく接することが出来ますが、テキストは美術ジャーナリストの藤原えりみさんが担当されているので、専門的な見地を十分に踏まえた内容になっていました。



そして「ルーベンス 名作ギャラリー」では、ルーベンスの年譜とともに、代表的な作品を図版で紹介し、肖像画から風景画、祭壇画までを幅広く描いた、ルーベンスの名画を一覧することも可能でした。



続く「絶対に見逃せない!ルーベンス作品BEST20」では、特に見逃せない20点の作品をピックアップしていて、単に作品を羅列するだけでなく、「イタリア」、「聖書」、「神話」、「家族」のテーマ別に掲載していました。作品の背景やモチーフについても細かく触れていて、1点1点への理解を深めることが出来ました。また20点は全て「ルーベンス展」の出展作でもあるので、展覧会の予習をしたり、振り返ったりするのに重宝するかもしれません。



さらに「ルーベンス展」の4つの特徴や、会場となる国立西洋美術館の見どころガイドがあり、ここでも「ルーベンス展」にも準拠するように構成されていました。



ルーベンスの画業を追いかけつつ、作品の多面的な魅力に迫り、なおかつ「ルーベンス展」の見どころも紹介する「ルーベンスぴあ」。実のところ現在、ルーベンスに関する一般向けの本は必ずしも多くありません。私もまだ読み進めている段階ですが、内容は想像以上に充実していました。



「ルーベンス展 バロックの誕生」@国立西洋美術館
会期:2018年10月16日(火)〜2019年1月20日(日)
https://www.tbs.co.jp/rubens2018/

巻頭の「ルーベンスLOVE」に、私こと「はろるど」の選んだ、ルーベンスの魅力や一押し作品についてのコメントを載せていただきました。

ほかにもお馴染みの「青い日記帳」のたけさん、そして美術ジャーナリストの藤原えりみさんや、作家の平野啓一郎さんなどもコメントを寄せておられます。私のコメントの内容はともかくも、皆さん、大変に示唆に富むコメントばかりです。是非、ご覧下さい。



帯の裏には「ルーベンス展」の入場割引券(100円引)もついています。「ルーベンスぴあ」は、ルーベンス展会場のショップでも販売されていますが、先に本誌を手にして、割引券を切り取って、展覧会に行くのも良さそうです。


「ルーベンスぴあ」はぴあより10月11日に発売されました。

「ルーベンスぴあ」 (ぴあMOOK)
出版社:ぴあ
ムック:98ページ
発売日:2018/10/11
価格:1404円(税込)
内容:2018年秋、史上最大級の「ルーベンス展」がやってくる! 「ルーベンス展―バロックの誕生」開催記念MOOK『ルーベンスぴあ』は、バロック美術の大巨匠・ルーベンスの魅力と展覧会の見どころをわかりやすく解説したガイドブックです。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「週刊ニッポンの国宝100」が完結しました

小学館ウィークリーブック、「週間ニッポンの国宝100」が、第50号に達し、全ての刊行が終了しました。



「週刊 ニッポンの国宝100」
http://www.shogakukan.co.jp/pr/kokuhou100/
国宝応援団twitter:https://twitter.com/kokuhou_project
国宝応援プロジェクトFBページ:https://www.facebook.com/kokuhouproject/



第50巻の特集は、「深大寺 釈迦如来/大浦天主堂」で、白鳳時代の仏像の優品として知られた、東京・深大寺の釈迦如来が表紙を飾っていました。丸みを帯びたお顔立ちも特徴的で、口元には僅かな笑みも浮かべていました。



さらに「名作ギャラリー」では全身像をピックアップし、「原寸美術館」では顔の正面と横の姿を紹介していました。いつもながらの高精細な図版で、顔の平彫りの鑿の痕までも確認することが出来ました。



もう一方の大浦天主堂は、ちょうど今年の7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する文化財として、世界遺産に登録された長崎の教会で、八角錐の尖塔の建つ外観も目を引きました。内部のアーチ天井も美しく、荘厳な空間を臨場感のある写真で味わえました。



「くらべる大図鑑」では、長崎に点在する教会をいくつか掲載していて、各々に個性的な建物を一覧することも出来ました。さらに「行こう!国宝への旅へ!」でも、大浦天主堂をはじめとした長崎の教会を紹介していて、旅情気分も楽しめました。このように「週刊ニッポンの国宝100」は、単に国宝文化財を紹介するだけでなく、現地への旅を誘うようなガイド本としても有用でした。



山下先生の連載、「未来の国宝・MY国宝」の最終回では、現代美術家の池田学による「誕生」取り上げられていました。同コーナーは、山下先生が、未来を見据え、将来の国宝となるべき作品を紹介するもので、今回のように現代美術を網羅するなど、従来にはない観点が際立っていました。

さて、初めにも触れましたが、今号で「週間ニッポンの国宝100」の刊行が全て終わりました。昨年の9月の発刊以来、実に一年をかけての完結でした。


刊行時に「国宝応援プロジェクト」が誕生し、JR東海が「国宝新幹線」を走らせたほか、日清食品が国宝の土器をモチーフとした「縄文DOKI★DOKIクッカー」を発売するなど、各社を巻き込んでの派手なプロモーションも行われました。もちろん京都国立博物館の「国宝展」との記事の連動もありました。



「国宝検定公式サイト」(2018年10月28日開催)
https://www.kentei-uketsuke.com/kokuhou/

さらに今年に入っても、10月28日に第1回の「国宝検定」の開催が決まっていて、9月20日の申込の締め切りが迫っています。


私も「週刊ニッポンの国宝100」を毎号を追いかけていましたが、漠然と捉えていた文化財が、いかに貴重であり、また何故に国宝となり、そして魅力的であるのかを、誌面を通してよく学べました。ともかく毎号、高いクオリティーを維持していて、読み応えがあり、毎週の刊行を楽しみにしていました。



全号が終了したことにより、以後、新たな「週間ニッポンの国宝100」を読むことは叶いませんが、9月末より「ザ・極み」と題した別冊が、「刀剣」、「仏像」、「絵画」と3冊続けて発売されます。



また「週刊ニッポンの国宝100」の全50号の完結を記念し、日本橋三越本店の「はじまりのカフェ」では、国宝の魅力を伝えるイベント、「国宝応援団2018」が開催されます。ここでは「週刊ニッポンの国宝100」のバックナンバーをはじめ、国宝に関したグッズの販売のほか、「洛中洛外図屏風 舟木本」の高精細な複製品の展示も行われます。

特別イベント『国宝応援団2018』を日本橋三越本店で開催します~(サライ.jp)
会期:9月19日(水)~10月8日(月)
会場:日本橋三越本店本館7階「はじまりのカフェ」



「週間ニッポンの国宝100」を通して、実際に見たい、また訪ね歩きたい国宝をたくさん見つけました。これからも国宝を鑑賞する際、折に触れては「週間ニッポンの国宝100」を見返したいと思います。

「週刊ニッポンの国宝100」@kokuhou_project) 小学館
内容:国宝の至高の世界を旅する、全50巻。国宝とは「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」(文化財保護法)国宝を知ることは、日本美術を知ること。そして、まさに日本のこころを知る旅だともいえます。「週刊 ニッポンの国宝100」では、現在指定されている1108件の中からとくに意義深い100点を選び、毎号2点にスポットを当てその魅力を徹底的に分析します。
価格:創刊記念特別価格500円。2巻以降680円(ともに税込)。電子版は別価格。
仕様:A4変形型・オールカラー42ページ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「いちばんやさしい美術鑑賞」 青い日記帳

アートブロガーの草分け的存在で、いつもお世話になっている「青い日記帳」のTak(@taktwi)さんが、8月6日、ちくま新書より「いちばんやさしい美術鑑賞」を上梓されました。

「いちばんやさしい美術鑑賞/青い日記帳/筑摩書房」

「いちばんやさしい美術鑑賞」は、年間、数百の展覧会をご覧になり、日々、ブログ「青い日記帳」を更新されているTakさんが、「美術の骨の髄まで味わいつくす」べく、書かれたもので、構想から2年越し、全250ページにも及ぶ、大変な労作になっています。



内容は、大きく「西洋美術を見る」と、「日本美術を見る」の二本立てで、グエルチーノ、フェルメール、モネ、セザンヌ、ピカソ、それに雪舟、光琳、若冲、松園など、各作家の作品を引用し、Takさんならではの鑑賞のコツ、ないし楽しみ方をまとめていました。全ての作品が、国内の美術館のコレクションであるのも特徴で、本を読んだ上、実際の作品を鑑賞するのにも、あまり障壁はありません。また、おおまかに年代順に取り上げられているため、美術の流れを掴み取ることも出来ました。



はじまりの第1章は、グエルチーノでした。2015年の春に国立西洋美術館で回顧展が開催され、Takさんの言われるように、一般的に「聞いたこともない画家」でありながらも、作品の第一印象を大切して見る点や、キャプションの読み方などについて触れ、画中の「手」こそ、鑑賞のポイントであると書かれています。



いわゆる美術の解説本ではないのが、最大の特徴と言えるかもしれません。前書きに、「素人による素人のための指南書」と記されているように、Takさん独自の視点から、美術の見かたのヒント、ないしコツについてのアドバイスをされています。筑摩書房の編集者である大山悦子さんも、「美術史家の書くことはか書かなくて良い。あくまでも鑑賞術を書いて欲しい。」として、Takさんに執筆を依頼されました。よって、編集の段階で、Takさんの書かれた専門的な内容の部分を、あえて削ることもあったそうです。



そもそも執筆の切っ掛けになったは、先に三菱一号館美術館の高橋明也館長が上梓した「美術館の舞台裏」にありました。ここで、打ち上げと題し、Takさんを交えた飲み会的な会合で、大山さんから新書執筆への依頼がなされました。当初、Takさんも社交辞令と思っていたものの、その後、正式にメールでお願いがあり、書くことを決めたそうです。

元々、大山さんはTakさんのブログを読んでいましたが、「美術館の舞台裏」が、「青い日記帳」に取り上げられたことにより、爆発的に本が売れたと言います。そこで、「青い日記帳」の勢いを目の当たりにした大山さんは、ブロガーでもあるTakさんのような、プロではない視線による美術の本があれば面白いのではないかと思い、筆をとってもらうことになりました。ブログで、「アート好き」が前面に出ていることに、とても好感を持たれていたそうです。



執筆に際しては、まず第1章、すなわちグエルチーノの章から書かれ、一部に構成上の入れ替えがあったものの、順番通りに15章まで書き進められました。第1章が完成した際、大山さんは、率直に面白いと感じられたそうです。また、写真作品(グルスキー)や浮世絵を入れるのかについて、色々と議論があったものの、最終的にはTakさんが書きたい作品で、章立てが決まりました。

しかし、さすがに紆余曲折あり、当初の期日であった2017年の8月末に間に合いませんでした。中でも、第12章の曜変天目は時間がかかり、最後の最後まで取り掛かっていたそうです。しかし、そもそも大山さんは、腰を据えて書くのであれば、新書は2年ほどかかると言い、結果的に、7~8回は熟読の上、校閲へのチェックがなされました。編集に際しては、内容を縮小するよりも、節を入れ替えるなどの、再構成が多かったそうです。

Takさんが、15作品にて、特に好きに書いたのが、第11章の若冲で、セザンヌも積極的に進めたものの、大山さんは面白さを伝えるのが難しいと考えておられたそうです。また、第9章の永徳も楽しく筆が進み、第13章の並河靖之は、当初、大山さんは不要と考えたものの、東京都庭園美術館での展覧会を見て、書いてもらうことが決まりました。元は224ページで構想され、最終的には250ページに達しました。



現代美術では、美人画で有名な池永康晟さんが取り上げられました。ここでTakさんは、池永さんについて、「昔の浮世絵につながる(美人画の伝統や系譜)を現代版にアレンジされている」と言い、美人画に新しい流れが生まれていると指摘されました。第11章の上村松園から、最終、第12章の池永康晟さんへの展開は、美人画の系譜を追う点でも、興味深いかもしれません。

本書の核心は鑑賞のアドバイスにありました。「美術鑑賞は妄想のラビリンス」、「モネ絵画の抜け感」、「たくさん見ることこそ面白さに繋がる」、「複眼的な視点で立体的に鑑賞する」、またあえて「好きか嫌いかで見る」や、「作品の一つの色に着目して見る」、「分からない作品はとことん付き合って見る」、などは、長年、ファンとして美術に接してきた、Takさんならでのオリジナルな視点ではないでしょうか。また、曜変天目には炊きたての白米を盛り付けたいとされるなど、作品から様々なイメージを膨らませて見る点も、面白く感じられました。



また「WEBで一目惚れ」し、実際の作品を見ることの意味を書かれるなど、美術とWEBとの関係にも踏み込まれていました。この辺りは、常日頃、ブログで、美術について書きとめられているTakさんの姿勢が現れているのかもしれません。

本編とあわせて、2つのコラム、「便利な美術鑑賞必需品」と、「美術館の年間パスポート」も、エンタメとしての美術の見かたを知る際に有用でした。クリアファイル、単眼鏡などは、私も常に持ち歩くようにしています。

たまにTakさんと展覧会をご一緒していると、初めから漫然ではなく、要点を絞って見ておられる印象があります。この「いちばんやさしい美術鑑賞」も同様で、温和な語り口ながらも、時に熱が入り、かと思えば、さり気なく脱線的なエピソードを交えるなど、実にメリハリのある内容になっていました。ブログ同様に、読み手を引き込む文章で、相当の量ながらも、最初から最後まで、一気に読むことが出来ました。

編集の大山さんは、本書を読み、やはり「アート鑑賞は作品への愛がないと駄目だということをよく学んだ。」とし、改めて作品を見る面白さを学んだと語っています。そして、新書という形態を取ることで、美術に関心が薄い人にも、気軽に読まれることを望まれました。



なお、内容は前後しますが、本の刊行に際し、「青い日記帳」のTakさんと、編集を担当された筑摩書房の大山悦子さんに、書籍の内容や、刊行へ至った経緯、さらにはTakさんの個人的な美術への関心などについてインタビューしました。

その詳細は、同じくインタビューを行った、@karub_imaliveさんの「あいむあらいぶ」に前後編へ記載されています。

ブログ「青い日記帳」Takさんにいろいろインタビューしてみた!~新書『いちばんやさしい美術鑑賞』出版によせて~(前編)
ブログ「青い日記帳」Takさんにいろいろインタビューしてみた!~新書『いちばんやさしい美術鑑賞』出版によせて~(後編)

2時間以上のロングインタビューとなりましたが、たくさんの興味深いお話をお聞きすることが出来ました。あわせてご覧下さい。(本エントリでもインタビューを反映してあります。)


なお、刊行に合わせ、Takさんのトークショーも、各種、開催されます。

【『いちばんやさしい美術鑑賞』×美術書カタログ『defrag2』ダブル刊行記念トークイベント カリスマ美術ブロガーが語る《もっと美術が好きになる!》】
日時:2018年08月17日(金) 19:30~
出演:中村剛士(アートブログ「青い日記帳」主宰)、ナカムラクニオ( 「6次元」店主・アートディレクター)
会場:ジュンク堂書店池袋本店 9Fギャラリースペース
住所:東京都豊島区南池袋2-15-5
参加費:無料
申込み:要予約。ジュンク堂書店池袋本店1階サービスコーナーもしくは電話(03-5956-6111)にて。
URL:https://honto.jp/store/news/detail_041000026934.html

まずは、ジュンク堂書店池袋本店でのトークで、6次元のナカムラクニオさんを迎え、「いちばんやさしい美術鑑賞」と美術書カタログ「defrag2」について語られます。事前の予約が必要です。(無料)*本イベントは定員に達したため、受付が締め切られました。

【美術館に出かけてみよう! ~いちばんやさしい美術鑑賞~】
日時:2018年8月29日 19:00~20:30
出演:『青い日記帳』Tak氏(中村剛士氏)、株式会社筑摩書房 編集局第一編集室 大山悦子氏
会場:DNPプラザ(市ヶ谷)セミナー会場
住所:東京都新宿区市谷田町1丁目14-1 DNP市谷田町ビル
集客人数:100名(先着順)
参加費:無料
URL:https://rakukatsu.jp/maruzen-event-20180806/

申込みは下記のURLから↓↓
https://peatix.com/event/416560/view

続くのが、「いちばんやさしい美術鑑賞」の編集者である大山悦子さんを迎えてのトークで、本の内容に触れながら、西洋、日本美術を問わず、Takさんおすすめのアート鑑賞法などについて語られます。出版に際しての苦労話などがお聞き出来そうです。


インタビューに際し、Takさんから読者の皆さんへのメッセージを頂戴しました。

takさん:一つのきっかけになってくれればいいなと。これの見方は、正しいとか、正しくないとか、これをしなくちゃいけないと強制的なものではなくて、こんなふうにしたらいいんだよ的な感じで書いてあるので、真似する必要は全然ないんですけど、この本を読んで、もし面白いなと思ったら、実際に絵の前に立って見て下さいね。

まさに、美術鑑賞の見かたを楽しく学び、新たなヒントを与えてくれる「いちばんやさしい美術鑑賞」。私も改めて熟読の上、作品や絵の前に立ってみたいと思いました。

「いちばんやさしい美術鑑賞」(ちくま新書)「青い日記帳」著 
内容:「わからない」にさようなら! 1年に300以上の展覧会を見るカリスマアートブロガーが目からウロコの美術の楽しみ方を教えます。アート鑑賞の質が変わる必読の書。
新書:全256ページ
出版社:筑摩書房
価格:994円(税込)
発売日:2018年8月6日
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「国宝の解剖図鑑」 エクスナレッジ

エクスナレッジの「国宝の解剖図鑑」を読んでみました。

昨年、京都国立博物館の特別展として過去最多の入場者を記録した「国宝展」は、国宝に対しての関心を集めただけでなく、国宝が多様な出版物やメディアに取り上げられる契機ともなりました。



その1つが、私も毎号追っている、「週間ニッポンの国宝100」(小学館)で、全50号のうち、既に39号に達し、いよいよ完結を迎えようとしています。

「国宝の解剖図鑑/佐藤晃子/エクスナレッジ」

新たな国宝本が登場しました。それがエクスナレッジの「国宝の解剖図鑑」で、日本、西洋の美術に関する数々の書籍を刊行されている、美術ライターの佐藤晃子さんが執筆されました。



現在、国宝として指定されている文化財は、全1110件あり、うち「国宝の解剖図鑑」では、考古・工芸、絵画、彫刻、建造物・歴史資料の4つのジャンルより、93件の国宝をピックアップしていました。

「国宝の解剖図鑑」の最大の特徴は、全ての国宝をイラストで紹介していることでした。そしてこのイラストが、国宝を理解するのに大いに重要で、ほかに多くある国宝本の中でも、殆ど唯一の「完全イラスト版」と言っても差し支えないかもしれません。



例えば、先だっての「名作誕生」(東京国立博物館)でも出品された「彦根屏風」では、登場人物をイラストで表すだけでなく、一体、それぞれがどういう人物で、何をしているのかについても、細かに触れていました。また、人物の配置、つまり構図にも言及していて、画題や描写など、「彦根屏風」の見方を、専門的な見地を交えて紹介していました。



三佛寺奥院の「投入堂」も、イラストによって、お堂の位置関係が分かるように工夫されていました。また、参拝に際しては、2人以上で行く決まりがあることや、実際に辿り着ける場所、さらには往復の所要時間(90〜120分)についても触れていて、観覧に際して便利な情報も多く記載されていました。さらに、法隆寺の「救世観音」や浄土寺の「阿弥陀三尊像」などでも、公開日時や、おすすめの拝観時間を記していて、豆知識的な要素も盛り込まれていました。

千利休作とされる現存唯一の茶室、「待庵」では、人を交えたイラストにより、建物のスケール感を一目で理解することが出来ました。また「厳島神社」の見取り図も、社殿の配置関係が良く分かるかもしれません。干潮時のおすすめ写真スポットも記されていました。



絵師などの制作者も登場します。例えば雪舟の「慧可断臂図」では、達磨と神光の描写自体をイラストで細かく見ている一方、長谷川等伯の「楓図襖」では、襖絵と合わせて、当時の等伯と狩野派の動向や関係を、年表形式で比較していました。このように、国宝を取り巻く人や歴史も踏まえていて、単なる国宝を紹介するだけに留まっていませんでした。

国宝に因む焼き物や絵画、それに仏像の見方などのコラムも読み応えがあるのではないでしょうか。特に、国宝に関する数字を集めた「数で読む国宝」は、国宝の基礎的知識を得るのに、大いに参考になりました。

【Column】
国宝の基礎知識:選定基準、全国分布、日本にあったら即国宝?!etc.
ジャンル別国宝の見かた:絵、やきもの、仏像、寺と神社etc.
数で読む国宝:件数、サイズ、歴史・保存編etc.


全160頁とボリュームがありながらも、持ち運びにも便利なA5サイズのため、実際の国宝鑑賞の際に持ち歩くのも楽しいのではないでしょうか。佐藤晃子さんによる「国宝の解剖図鑑」。好評のために2刷となったそうです。まずは書店でご覧になることをおすすめします。

「国宝の解剖図鑑/佐藤晃子/エクスナレッジ」

「国宝の解剖図鑑」
内容:「国宝の、どこがすごい?」がマルわかり。一度は見たことのある仏像、建築、日本画も、見かたがわかると100倍楽しい!国宝約100件の、すごさ・見どころ・知られざる人間模様まで大解剖
著者:佐藤晃子。美術ライター。日本、西洋の絵画をやさしく紹介する書籍を多数執筆する。明治学院大学文学部芸術学科卒業。学習院大学大学院人文科学研究科博士前期課程修了(美術史専攻)。
価格:1728円
単行本(ソフトカバー)160ページ
出版社:エクスナレッジ
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「週刊ニッポンの国宝100」が第30号に達しました

小学館の「週間ニッポンの国宝100」が、第30号に達しました。



「週刊 ニッポンの国宝100」
http://www.shogakukan.co.jp/pr/kokuhou100/
国宝応援団twitter:https://twitter.com/kokuhou_project
国宝応援プロジェクトFBページ:https://www.facebook.com/kokuhouproject/

「週刊ニッポンの国宝100」は、昨年9月より刊行がはじまったウィークリーブックで、おおむね週に1度、2件の国宝が特集されてきました。これまでにも「阿修羅」や「松林図屏風」をはじめ、「厳島神社」や「瓢鮎図」、それに「向源寺 十一面観音」など、彫刻、絵画、建築の名だたる国宝が登場しました。全50号の刊行が予定されています。

「週刊ニッポンの国宝100 30 醍醐寺/信貴山縁起絵巻/小学館」

節目の第30号は、「醍醐寺/信貴山縁起絵巻」で、表紙には、火炎を従えた醍醐寺の不動明王の姿が捉えられていました。赤々とした炎も鮮やかではないでしょうか。



まず「国宝名作ギャラリー」では、醍醐寺の建築物を鮮やかな写真図版で紹介し、「国宝鑑賞術」において、同寺の境内を俯瞰しつつ、建物や美術品の見どころを取り上げていました。醍醐寺は真言宗の大寺であることから、密教関係の名品が特に目立っているそうです。また醍醐天皇の御願寺でもあり、のちの天皇にも庇護されたことから、朝廷との結びつきが深く、華麗な密教美術が多く残されてきました。



そのうちの1つが「文殊渡海図」で、誌面では、全図から文殊の姿を原寸で掲載していました。獅子に乗る文殊の着衣や装身具も実に鮮やかで、いつもながらの高精細な図版により、細部の細部まで手に取るように見ることが出来ました。鎌倉時代後期の制作で、「文殊渡海図」の最高傑作でもあります。



さらに「国宝ワンモアミステリー」では、かの有名な秀吉の花見のエピソードにも触れ、当時の様子を描いた「醍醐花見図屏風」を引用していました。秀吉は花見のために畿内各地から700本の桜を取り寄せ、山道の両側に埋め込んでは花見を楽しみました。応仁・文明の乱にて荒廃していた醍醐寺を、座主のために再興しようとする秀吉の熱意が込められていたそうです。醍醐寺の座主、義演は、関白就任の際などで、秀吉と密接な関係にありました。



一連の密教壁画も、見応えがあるのではないでしょうか。これは醍醐天皇の冥福を祈るために建てられた、五重塔内部に描かれたもので、951年に完成した、作例の少ない平安期の貴重な壁画資料でもあります。また五重塔は、京都に残る最古の木造建築として知られています。



後半の「信貴山縁起絵巻」も読み応えありました。同絵巻は信貴山上の朝護孫子寺を中興した僧、命蓮にまつわる3つの奇跡を描いた作品で、細かい線描により、臨場感のある人物表現などを特徴としています。



驚いたのは、「国宝名作ギャラリー」における「延喜加持の巻」で、命蓮の加持祈祷により派遣された護法童子が、清涼殿の醍醐天皇の枕元へ到達する場面でした。通常、絵巻は右から左へ時間が進みますが、ここでは逆に童子が左から現れ、右の清涼殿へと至る光景を描いていました。



また「尼公の巻」には、日本最古ともされる猫の絵が登場していて、それも「国宝名作ギャラリー」で確認することが出来ました。猫は奈良時代に中国から渡来し、平安時代にはペットとして飼われていました。



さらに東大寺大仏殿に参詣する尼公の場面を原寸で掲載し、南都焼討以前の大仏の姿の様子を見ることも出来ました。創建当初の大仏の姿を知る資料としても、「信貴山縁起絵巻」は重要であるそうです。

「信貴山縁起絵巻」の現状模写プロジェクトについて触れた、「国宝ジャーナル」も興味深いのではないでしょうか。現状模写とは、人の想像力を排した純然たる模写で、東京藝術大学では2004年より国宝三大絵巻の現状模写を行って来ました。既に「源氏物語絵巻」と「伴大納言絵巻」が完成し、2017年より「信貴山縁起絵巻」の制作に取り掛かりました。おおよそ11年後の完成を目指しています。



そのほか、山下裕二先生の名物コラム、「未来の国宝・MY国宝」では、長沢芦雪の「虎図襖」が取り上げられていました。つい昨年、愛知県美術館の回顧展でも人気を集めたのは、記憶に新しいところかもしれません。

[第30号以降の週刊ニッポンの国宝のラインナップ]

30:醍醐寺/信貴山縁起絵巻
31:仏涅槃図/出雲大社
32:浄土寺/彦根屏風
33:明恵上人像/仁和寺
34:四天王寺扇面法華経冊子/法隆寺釈迦三尊像
35:葛井寺千手観音/薬師寺吉祥天像
36:志野茶碗 銘卯花墻/東大寺伽藍
37:羽黒山五重塔/聚光院花鳥図襖
38:辟邪絵/色絵雉香炉
39:勝常寺薬師三尊像/夕顔棚納涼図屏風
40:天燈鬼・龍燈鬼/金剛峯寺
41:浄瑠璃寺九体阿弥陀/二条城
42:東大寺不空羂索観音/観音猿鶴図
43:普賢菩薩/三佛寺投入堂
44:神護寺薬師如来/十便図・十宜図
45:玉虫厨子/臼杵磨崖仏
46:唐招提寺/火焔型土器
47:本願寺/鷹見泉石像
48:中宮寺菩薩半跏像/崇福寺
49:青不動/赤糸威鎧
50:深大寺釈迦如来/大浦天主堂

「週刊ニッポンの国宝100 31 仏涅槃図/出雲大社/小学館」

第30号に続き、第31号の「仏涅槃図/出雲大社」も発売されました。以降も「彦根屏風」、先の仁和寺展で話題を集めた「葛井寺千手観音」、また縄文展にも出展予定の「火焔型土器」、さらに「青不動」に「大浦天主堂」など、興味深い国宝が次々と登場する予定です。



これからも定期的に「週刊ニッポンの国宝100」を追っていきたいと思います。

「週刊ニッポンの国宝100」@kokuhou_project) 小学館
内容:国宝の至高の世界を旅する、全50巻。国宝とは「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるもの」(文化財保護法)国宝を知ることは、日本美術を知ること。そして、まさに日本のこころを知る旅だともいえます。「週刊 ニッポンの国宝100」では、現在指定されている1108件の中からとくに意義深い100点を選び、毎号2点にスポットを当てその魅力を徹底的に分析します。
価格:創刊記念特別価格500円。2巻以降680円(ともに税込)。電子版は別価格。
仕様:A4変形型・オールカラー42ページ。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ