「元伯宗旦と樂茶碗」 樂美術館

樂美術館京都市上京区油小路中立売上ル
「元伯宗旦と樂茶碗」
9/11-12/16

京町家風のこじんまりした建物で見る樂焼の味わいは格別です。樂美術館で開催中の「元伯宗旦と樂茶碗」展へ行ってきました。



恥ずかしながら茶の素養がないので存じませんでしたが、元伯宗旦とは利休の子孫とも伝えられる、千家三代目を継いだ茶人です。侘茶に徹し、「乞食宗旦」とも言われるほど清貧な生活を送りました。そんな彼と樂との関係は、長次郎、そして道入に深いものがあります。長次郎茶碗の書付けを行い、道入の「ノンコウ」という名称も、宗旦より送られた花入れの銘によっているのだそうです。展示では主に、宗旦の書付けのある長次郎の樂が紹介されていました。



まずちらしの表紙も飾った長次郎の赤樂、「銘聖」に引き込まれます。薄茶色に灯る赤樂独特な温かみと、胴を少しくねらせるようにして動きを与える様子がとても魅力的です。造形にどこかバランスを崩してしまうような危うさをも感じさせる作品でした。

樂では一番好きな道入からは、数少ない宗旦の書付けによる「無一」が展示されています。すくっと立ち上がるような軽やかな形と、さらっとかけられたような黒光りする釉薬の組み合わせがモダンです。この遊び心もたまりません。



宗旦が樂家にあてた器のいわゆる注文書も見逃せません。上に挙げた軸の作品では、側面が少しおり曲がったような、やや歪とも言える形の器が宗旦の筆にて描かれています。これは利休後に流行した器の様式も反映していて、例えばこの時代に隆盛した織部の影響も見ることが出来るのだそうです。

いわゆる常設展示にあたるのでしょうか。入口先すぐの展示室では、長次郎から当代の吉左衛門までの樂がずらりと揃っています。畳を敷き、ちょうど胸の下あたりの高さのケースに入れて器を並べているのは観賞にも最適でした。樂のためだけの空間だからこそなし得る展示だと思います。

「楽焼創成 楽ってなんだろう/楽吉左衛門/淡交社」

12月16日までの開催です。(10/26)
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「狩野尚信生誕400周年記念特別展 後期」 二条城・展示収蔵館

二条城・展示収蔵館(京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
「狩野尚信生誕400周年記念特別展 後期」
9/29-11/25



やや手狭な収蔵館で開催中のミニ企画展(展示作品数全6点。)です。主に、狩野尚信の描いた城内の黒書院障壁画が展示されています。

そもそも二条城の障壁画を制作したのは、徳川家の庇護をうけた江戸狩野の探幽一派です。当然ながら、その弟尚信も障壁画を手がけることになります。今回紹介されているのは黒書院四の間の「菊図」と「秋草扇面散図」、そして三の間の襖絵「松図」、それに杉戸の「花籠図」でした。「花籠図」では胡粉を立体的に配して菊などを描く一方、細やかな編目まで浮き出る籠が実に精緻に表されています。ここはガラスケース、そしてその上での停止線越しの観賞になるので、単眼鏡などでじっくりと味わいたいところです。(ガラスケースがあるならもう少し間近で見せていただきたいと思いました。)

襖絵の「松図」にも興味深いものがありました。通常、二条城の松は徳川の繁栄の永続を願う意味合いのもの、つまりは常緑の松が描かれていますが、尚信のそれはうっすらと雪も冠り、四季の色合いも感じさせる叙情的な作品へと仕上がっています。基本的に黒書院障壁画は、他の建物に比べて大和絵の雰囲気が強く出ているそうですが、その最たるものとしてこの「松図」が挙げられるのではないでしょうか。画面下方に並ぶ松もどことなく控えめです。力強さはありません。

「秋草扇面散図」の扇面に一点、あまり見られないモチーフが描かれていました。それが「花いかだ」と呼ばれるものです。深い青みに浮かぶ何艘ものいかだの上に、いくつかの花が置かれています。おそらくは曲水の宴等々で遊ばれた光景かと思われますが、その風雅な味わいはなかなか魅力的です。ちなみにこの作品には山水画、花鳥画など計10面の扇面が流されていました。

尚信の障壁画と並んで展示されているのが、元は姫宮御殿の上段、中段に描かれていた「武蔵野図」、及び「竜田風俗図」です。これらは二条城が離宮として使われていた明治から昭和初期に御所から移され、おそらく貼り直されたものだと推定されています。「竜田風俗図」は純然なる大和絵です。竜田川にて紅葉狩りをする人々の様子が細やかに描かれています。また「武蔵野図」は大地に靡く秋草に雲霞、そして月が幻想的な出で立ちで示されたお馴染みの構図です。空が不気味に青く照る中、満月がどこか神々しい様で雲霞の這う秋草へと沈んでいます。作者は狩野永伯です。(竜田図は狩野宮内という人物ですが、その素性は殆ど分かっていません。)彼ははじめ京狩野の流れを汲む絵師として活躍していましたが、のちに江戸狩野家の門下に入ったとも考えられているそうです。



入城料(600円)の他に、収蔵館入場料として100円がかかります。お城見学のついでにでも見るのが良いのかもしれません。城はそれなりに混雑していましたが、ここ収蔵館はとても空いていました。

11月25日までの開催です。(10/26)
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関西見聞紀行顛末記(Vol.2) 2007-10

Vol.1の京都編より続きます。2日目は奈良、大阪、神戸の変則三都物語(?)で楽しみました。まずは朝一番で京都から近鉄に乗り込みます。目指すは奈良博での正倉院展です。



奈良に到着したのは8時半前でした。この朝も昨日よりの雨が降り続いています。まだ鹿も見当たらない芝生の上をとぼとぼ歩いて、奈良博前に着いたのは8時40分頃。それほど駅から歩いている人も多くなかったので、大して混雑していないのかと思いきや、入口付近より仮設テントへと続く行列を見て驚きました。おおよそ1000名は並んでいたでしょうか。続々と大型バスが到着し、人が磁石に吸い付かれるように列へとおさまっていきます。開館前の美術館・博物館でこれほどの行列を見たのははじめてです。恐るべし正倉院展です。その集客力は絶大でした。



展示の感想はまた別エントリに廻しますが、私としては古代史好きの方がお宝をひっそりと楽しむというようなイメージを正倉院展にもっていたので、ともかく館内の混雑、ある意味での無秩序ぶりにはほとほと参りました。結局、入場したのは9時10分頃とそれほど待ちませんでしたが、中の賑わい様はそれこそ某テーマパークのはじけた雰囲気に似ています。展覧会というよりも何かのバーゲンの会場のようでした。(とは言え、見るべき作品が展示されているのも事実です。ちなみに係の方のお話によると、この日は例年の初日に比べると空いているということでした。)



近隣の興福寺で行われている秘仏公開も気になっていましたが、実はまだ一度も奈良博の常設を見たことがなかったので、正倉院展の後は本館・常設を観賞することにしました。東博級に充実したミュージアムシュップのある広々とした地下回廊を進み、本館へと入場するとそこに広がるのは仏様の共演です。こちらは正倉院展に比べるとはるかに空いていたので、じっくりと拝みながら楽しむことが出来ました。館蔵のものより、近隣のお寺の仏様が多く紹介されているのが奈良ならではことだと思います。

 

奈良博を出たのは11時過ぎだったでしょうか。この時点で正倉院展への入場が約30分待ちだという掲示が出ていましたが、それを横目に近鉄奈良駅へと歩き、今度は快速急行で一路、生駒を越え大阪へと向います。乗換え駅の難波でうどんをすすって腹ごしらえした後は、四つ橋線で肥後橋へ。中之島のビル群を望みながら着いたのはもちろん国立国際美術館でした。ここは今年、相国寺で若冲展を見た時にも足を運んでいます。駅には新しい出口も完成し、美術館への徒歩アクセスも若干改善されていました。山本現代でも見た小谷元彦のオブジェも出ている「現代美術の皮膚」展を堪能し、コールダーや須田のオブジェに見入ります。



  

   

  

国立国際美術館の次は北摂、池田です。再び肥後橋へと舞い戻り、地下鉄で西梅田、地下街経由阪急梅田より宝塚線に乗って池田へと進みます。マルーン色に光る車体に伝統の鎧戸、そして深い木目調の化粧板に渋いグリーンのクッションを見ると、改めて関西に来たことが実感出来るというものです。梅田から池田までは急行で30分ほどだったでしょうか。下車後、関西では珍しくないアーケード商店街を抜け、この頃にしてようやく姿を見せてくれた太陽の元、丘をあがってしばらく歩きました。目的地は阪急グループの創始者、小林一三のコレクションを紹介する逸翁美術館です。現在、その開館50周年を記念する特別展が開催されています。それにしてもこの美術館で特筆すべきは、小林一三の旧邸をそのまま用いたという建物自体の深い味わいでしょう。遊行さんおすすめの場所だったので期待はしていましたが、建物を見るだけでも池田まで出向く価値があるというものです。(駅からは少し離れているのでタクシーが便利かもしれません。)もちろん展示も充実していました。門外不出の佐竹本藤原高光をはじめ、楽茶碗、光琳、それに南北朝時代の重文、大江山絵詞などが公開されています。

 

ここでかなり時間を使った後は池田へと歩いて戻り、十三経由の今度は神戸線で一気に三宮へと進みました。この時点で既に夕方5時半。最終目的地は兵庫県立美術館です。神戸は土地勘がないので三宮で少し迷いましたが、何とか美術館行きのバスの場所を発見し、しばし揺られること10分。6時前には美術館に到着しました。それにしても中には誰もいません。ほぼ貸し切り状態にて、研ぎすまされた美感と観念的なアプローチの興味深い河口龍夫の展覧会を観賞します。安藤建築ともなかなか相性の良い展示でした。もちろん常設も見逃せません。近代日本の洋画からミロなどの版画、またはムーアやジャコメッティの彫刻などを企画展と合わせ、たっぷり2時間見入りました。

閉館後は阪神岩屋へ歩き、梅田経由新大阪より最終ののぞみで東京へ帰りました。本当は京都でもう1、2カ所、(例えば京都市美などですが。)見たい展示がありましたが、まずは心配された台風の影響もなく、ほぼ予定通りに廻ることができました。前もって購入していたフリーパス、「スルッとKANSAI 2day用」も一応、元がとれたのではないでしょうか。

永徳、正倉院展をはじめ、個々の展示の感想についてはまたいつものように挙げていきたいと思います。長々と失礼しました。

*二日目の旅程
京都→奈良博・正倉院展→大阪、国立国際美術館(現代美術の皮膚)→池田、逸翁美術館(開館50周年記念展)→神戸、兵庫県立美術館(河口龍夫展)

*関連エントリ
関西見聞紀行顛末記(Vol.1) 2007-10
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関西見聞紀行顛末記(Vol.1) 2007-10

京博の永徳に合わせて、金曜からの一泊二日で関西の美術館・博物館を廻ってきました。気のきいた旅行記など書けるものでもありませんが、拙い写真とともに歩いた箇所をだらだらと綴っていきたいと思います。お付き合い下されば幸いです。



朝の京都駅です。新幹線で9時半頃に到着しました。もちろんそのまますぐ永徳へという手もありましたが、この日の京博は夜間開館で夜8時まで開いています。観賞はそちらへ廻すことにして、まずは博物館界隈にある智積院、養源院の、等伯、宗達の絵を見に行くことにしました。超満員のバスで京都駅から東山七条へ、早くもひっきりなしに人がゲートをくぐる博物館を横目に、三十三間堂の脇を少し入ります。そこが養源院です。



宗達の象図や唐獅子と言えば高名な作品です。てっきりそれなりの人で賑わっているのかと思いきや、境内には誰もいませんでした。拝観は随分とご丁寧なガイド付きです。受付の方と一緒にカセットのアナウンスをききながら、まさに目と鼻の先にある杉戸絵を眺めることが出来ます。それにしてもガラスケースの中にあるとはいえ、現在も元あった杉戸のままに置いているとはさすが京都です。残念ながら作品の状態はあまり良くないようですが、それでも宗達の迫力ある筆を楽しむのには十分の環境でした。ちなみに唐獅子は来年、修復も兼ね、東博へ貸し出しする予定もあるそうです。





養源院は伏見城から移築して建てられたお寺です。自害して果てたという鳥居元忠の血の跡も残っているという廊下に生々しい歴史を感じながら、今度は歩いて智積院へと向いました。智積院は、ちょうど養源院と東山通を挟んだ反対側にあり、ゆっくり歩いても10分とかかりません。広大な境内に立ち並ぶお庭や金堂などの拝観は今回はパスして、そそくさと収蔵庫で公開中の等伯の楓図を見ました。こちらは温度、湿度の厳重管理された作品です。板の間をぐるりと取り囲むように襖絵が並んでいます。華々しい巨木の舞いは圧巻です。期待通りの見事な作品でした。





等伯の次は狩野派です。七条通を鴨川方向へ歩き、美術館のチケットなどの前売券を販売している本屋をひやかしながら、七条→三条京阪→東西線のコースで二条城へと進みます。ここはさすがに京都でも随一の観光地というだけあって、修学旅行生の団体などで賑わっていました。そう言えば私も中に入ったのは、いつかの遠足以来かもしれません。目当ては収蔵館にある狩野尚信の黒書院障壁画です。収蔵館は立派なお城の割には随分と小さな場所でしたが、城内の障壁画は殆どが複製とのことで本物を見るにはここへ行くしかないのでしょう。ちなみに尚信と合わせて、御所の大広間より移された「武蔵野図」なども展示されています。これらは、二条城が離宮として使われていた、明治から昭和前期に持ち込まれたものだそうです。



お城を出ると分厚い雲より雨が落ちてきましたが、今度は目の前の堀川通を上がるバスに乗って中立売へと進み、バス停より5分ほどの楽美術館へと歩きました。ここは以前、三井で楽焼の展示を見て以来、どうしても行きたかった場所です。京町家の趣きある建物が出迎えてくれました。それにしても居心地の良い美術館です。入口での丁寧なご挨拶や、清掃も行き届いた館内、または随所の生け花や小さなお庭をのぞむ休憩スペースなど、まさしくもてなしの心を感じさせます。楽焼の静けさがそのまま体現した空間とでもいえるかもしれません。耳に入るのは屋根を激しく打つ雨の音だけでした。この上ない環境です。





雨が全くやまず、むしろ雷も交じって激しくなって来たのには難儀しましたが、今度は楽美術館より、ちょうど烏丸通を今出川を軸にして反対側にある相国寺へと進みます。土砂降りの御所の横を通りながら、約20分から25分程度の道のりです。靴の中も濡れた頃にようやく相国寺に到着。展示は禅関連のものでしたが、目当てでもあった等伯の見事な屏風絵二点、または天目茶碗に探幽と、想像以上に充実した内容で驚きました。そして常設と化した若冲の葡萄や月夜芭蕉図など、かの重要な鹿苑寺障壁画二点もガラガラの環境で見ることが可能です。これから京都へお出かけの方は相国寺の展示も入れてみては如何でしょう。これはおすすめ出来ます。



時計を見るともう2時を過ぎていたのでこの近辺で軽く食事を済ませ、今出川より地下鉄にて御池乗換え東山下車、そして疎水の傍を歩いて今度は細見美術館へと向いました。琳派好きにはそれこそ聖地のような場所でもありますが、入ったのは今回が初めてです。チケットのかわりのシールを胸に貼り、洞窟の迷路のような不思議な建物の中を雪佳に魅せられながら歩き回ります。こちらは比較的さらっと見られる内容かもしれません。雪佳は改めてデザイナーだと思い入りながら会場をあとにしました。



この時点で時間は午後4時半を廻っています。そろそろ永徳です。バスで二条から七条へと下り、美術館の入口にある昔懐かしいからふね屋で少し休んだ後、期待を胸に特別展会場へと向いました。既に雨はほぼ小康状態でしたが、おそらくはあいにくの天候のせいもあったのでしょう。入場待ちなどの列も一切なく、平日の夕方以降ということを考えてもそれほど混雑していませんでした。例えばいつかの上野のオルセー展などの殺人的な混雑に比べればはるかにスムーズです。(但し、会場中盤に展示されている洛中洛外図の前だけは別です。最前列で見るための列が出来ていますが殆ど進みません。辛抱強く待つか、少し無理矢理気味に見るしかありませんでした。)結局、閉館の8時まで、会場内を行き来しながら思いっきり楽しみました。





さすがにこの時間になると開いている美術館もありませんが、等伯の重文も展示されている高台寺のライトアップはまだやっているというので少しのぞいてみることにしました。バスで安井へ行き、少し坂を上がってお寺に着いたのは8時半頃だったでしょうか。等伯の障壁画は遠くて殆ど見えず、(しかも保存状態に問題もありそうです。)この界隈のお寺にありがちな商売気が強過ぎるのには幻滅しましたが、縁台に腰掛けてしばしぼんやりとライトを追っかけるのは悪くありません。ちなみにここは夜にも関わらずかなり賑わっていました。観光スポットなのでしょう。

宿は五条にとっていましたが、最後にもう一歩きということで夜道をとぼとぼと川の方へと降りていきました。本当に長々としたエントリになってしまいましたが、2日目に行った奈良の正倉院展などは次回「Vol.2」へ廻したいと思います。

*一日目の旅程
養源院(宗達、象図・唐獅子図)→智積院(等伯、楓図)→二条城収蔵館(狩野尚信生誕400周年展)→楽美術館→相国寺承天閣美術館(相国寺の禅林文化展)→細見美術館・雪佳→京博・永徳→高台寺

*関連エントリ
関西見聞紀行顛末記(Vol.2) 2007-10
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「美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション」 三井記念美術館

三井記念美術館中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階)
「美の求道者 安宅英一の眼 安宅コレクション」
10/13-12/16



珠玉の東洋陶磁コレクションが何と30年ぶりに大阪からやって来ました。三井記念美術館で開催中の「安宅英一の眼 安宅コレクション」展です。実業家、安宅英一(あたかえいいち。1901~94)氏が収集し、後に大阪市立東洋陶磁美術館へと寄贈された世界屈指の東洋陶磁コレクション(全1000点)のうち、126点をここ東京で楽しむことが出来ます。





まず圧巻なのは国宝と重文の天目の共演です。金色の縁より牡丹雪が降りしきって積もり行くような「油滴天目」(南宋時代。国宝)と、葉脈や虫食いの跡まで残る葉を一枚、ひらりと器にたらした「木葉天目」(南宋時代。重文)は、ともに時間を忘れて見入ってしまうような魅力をたたえていました。これらはそれぞれ、豊臣秀次、加賀前田家が所有していたという歴史にも愛されて来た名品ですが、艶と深みを両立させた色と、思いの外に小ぶりな形の生み出す静けさ、そしてある意味で雄弁な滴の表情などを見る喜びは格別のものがあります。この2点だけを楽しむだけでも、日本橋まで足を運ぶ価値が十分にあるといえそうです。

安宅コレクションの中心は朝鮮陶磁です。特に、高麗時代、12、13世紀の青磁、及び白磁が充実しています。中でも、水辺で小さな白い鶴が群れる光景が描かれた「青磁象嵌六鶴文陶板」(高麗時代)や、花の模様が力強く這う「青磁逆象嵌牡丹文梅瓶」(高麗時代)などが印象に残りました。ちなみに逆象嵌とは、背景を象嵌(模様を彫った部分に赤土や白土を塗って白黒の色を加える方法。)したものだそうです。どこかゆるみを感じさせる紋様でありながら、無骨でかつシンプルな味わいに独特な美意識を見るような気がしました。



中国陶磁へ戻りますが、青みの鮮やかな「青花蓮池魚藻文壺」(元時代)も忘れられない一品です。水草の間をぬうようにして進む大きな金魚が、実にユーモラスな出で立ちで表現されています。どっしりとした壺に体躯の良い金魚と、何やら重厚感も思わせている壺です。思わず水をたっぷりと注ぎたくなります。



「油滴天目」と並んで評判の高い「飛青磁花生」(元時代)は、残念ながらその素晴らしさを感じるまでに至りませんでした。現在、大阪市立東洋陶磁美術館は改装のために休館していますが、今度は是非、現地でこの作品の魅力を発見したいと思います。

ところで展覧会のタイトルが、単に「大阪市立東洋陶磁美術館名品展」となっていないのは訳があります。それはもちろん、これらのコレクションが安宅氏のものであったことにも因んでいますが、随所にてそれぞれの作品を彼がどのように取得し、また愛していたのかというミニエピソードが紹介されているのです。(文章は東洋陶磁美術館の館長、伊藤郁太郎氏です。)価格が高過ぎて問題だとか、二点セットでないと売れないなど、生々しい話も満載でした。こちらも必見です。

三井での開催の後は福岡、さらに金沢へと巡回します。金沢21世紀美術館で見る東洋陶磁というのも興味がわきました。

12月16日までの開催です。おすすめします。(10/21)
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「ベルト・モリゾ展」 損保ジャパン東郷青児美術館

損保ジャパン東郷青児美術館新宿区西新宿1-26-1 損保ジャパン本社ビル42階)
「 - 美しき女性印象派画家 - ベルト・モリゾ展」
9/15-11/25



油彩から版画まで揃う(全70点)国内初のモリゾ回顧展です。率直に申し上げると彼女の絵に惹かれる部分は少ないのですが、それでも何点かの作品には印象深いものを感じました。独特な白の色遣いに、包み込まれるような光を感じる画家です。



画題を問わず、ともかくも娘、ジュリーへの愛情がたっぷりと注がれているような作品が目立ちますが、まず挙げるべきはちらし表紙も飾る「コテージの室内」(1886)でしょう。燦々と降り注ぐ光がモリゾ一流の白にて描かれていますが、上でも触れたようにモリゾのそれは単に眩しい光線を表現したのではなく、まさにジュリーを優しく包むような慈愛の体現なのかもしれません。テーブルクロスやカップ、それにジュリーのドレスまでが全く区別されることなく、塗ると言うよりも絵具を置くとでもいうような颯爽かつ大胆なタッチでまとめ上げられています。また、白より滲み出す水色の透明感も特徴的です。外に広がる海や空と連続するような屋内の空間を作り出しています。



同時期の「少女と犬」(1886)もモリゾならではの色が楽しめる作品です。藍色のように深いブルーのドレスを着たジュリーが、むくむくとした白い毛を見せる可愛らしい子犬を抱いて座っています。また椅子に少し斜めに腰掛け、頭上には観葉植物を配するその構図感も巧みです。無垢な犬をしっかりと受け止める、どこか憂いを帯びたジュリーの表情にも見入りました。



憂いと言えば、晩年の「夢見るジュリー」(1894)も忘れることが出来ません。ここにはこれまでのモリゾに特徴的な色遣いとタッチは消え、どこかルノワールのようなある意味で完成させた画風を見せていますが、成長したそのジュリーの姿に、親の手を離れつつある一人の大人の女性の自意識が現れているような気もしました。またそのような観点からするとこの展覧会は、単にモリゾの絵を時系列に観賞するのではなく、彼女の絵を通してみるジュリーの成長を、まさにモリゾと同じ視点に立って楽しむべきものなのかもしれません。画家の対象への優しい眼差しをこれほど感じたのは久しぶりのことでした。

ジュリーへの愛の反面、夫ウジェーヌ・マネの存在感が皆無に等しいものがあります。また対象への愛という点においてモリゾの絵と同等なのは、展示でも紹介されていたウジェーヌの兄エドゥアールにおけるモリゾ肖像画でした。上野のオルセー展にも出ていた超傑作、「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾ」が生み出されたのは、単にエドゥアールの画力が優れていたからだけではないのかもしれません。

作品を女性風云々とするのには抵抗がありますが、少なくとも女性が美術学校に入れなかった当時、これほどの画業を達成したその事実に深い敬意を払いたいと思います。

11月25日までの開催です。(10/21)
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「酒井抱一 - 200年前の展覧会 - 」 千葉市美術館・市民美術講座(Vol.1)

千葉市美術館(コレクション理解のための市民美術講座)
「酒井抱一 - 200年前の展覧会 - 」
9/29 14:00~
講師 松尾和子(美術館学芸員)

参加してから約一ヶ月も経ってしまいましたが、内容を以下に記録しておきたいと思います。千葉市美術館の市民美術講座、「酒井抱一 - 200年前の展覧会 - 」です。講演では、まず抱一の作品をスライドで紹介し、その上でタイトルにもある、彼が200年前に行った「光琳百年忌」の話へと移っていきました。Vol.1では前半部、つまりは抱一の系譜、及び作品紹介の部分をまとめてみます。


酒井抱一の系譜

1761年 姫路藩主酒井雅楽頭忠恭の三男忠仰の次男として、江戸神田小川町の酒井家別邸にて生まれる。本名、忠因(ただなお)。
1772年(12歳) 兄忠以が家督を継ぐ。
1782年(21歳) 兄に同行して初めて上洛する。また9月、初のお国入り。
1790年(30歳) 忠以急逝。甥の忠道が家督を継ぐ。
1797年(37歳) 出家。法名、「等覚院文詮暉真」。
1809年(49歳) 下谷根岸大塚村に転居。「鶯邨」号を用いる。
1815年(55歳) 光琳百年忌。法会、遺作展を開催。
1817年(57歳) 庵居に「雨華庵」と命名。この頃より次々と主要作が生まれていく。
1819年(59歳) 妙顕寺の光琳墓の修復に着手。
1828年(68歳) 雨華庵にて没。築地本願寺に埋葬される。


代表作一覧



・「松風村雨図」(1785)
 最初期の浮世絵。渋めの色遣い。(=「紅嫌い」と呼ばれ、この時期に流行した。)
 酒井家に伝わる作品。兄忠以の着物と同じ衣の巻物が用いられている。

・「美人蛍狩図」(1788)
 涼を求めて佇む女性。豊春風。完成された画風である。



・「立葵・紫陽花に百合図押絵貼屏風」(1801)
 初めての光琳風の作品。立葵に見るたらし込みの多用は乾山風でもある。
 これより「抱一」の号を使うようになった。

 

・「絵手鑑」(文化、文政期。1804~1829)
 全72図の画帖。(一種のアルバム。)表紙、箱の内書きも本人の直筆。
 谷文晁風の山水画、南宋画の花鳥画などの影響が顕著。
 若冲の拓版画「玄圃瑶華」に倣う。(全11図)
 →拓版画のモノクロを彩色のカラーに置き換えている。また若冲画に見る一種の『穴』を塞ぐなど、抱一らしいアレンジも見られる。(図版左抱一、右若冲。)

・「四季花鳥図屏風」(1816)
 鮮やかな金屏風に、四季の花や鳥を明晰なタッチで描いている。たらし込みは少ない。



・「四季花鳥図巻」(1818)
 全2巻。四季花鳥図屏風で見せたメリハリのある描写はなく、柔らかく、また流線型を多用した優美な感覚にて四季の花鳥を描いている。非光琳的。

・「三十六歌仙図色紙貼付屏風」(文化、文政期。1804~1829)
 酒井家に伝わった名品。
 描かれた絵の上に色紙を貼ったのではなく、あくまでもはめ込まれた形にて配されている。(=色紙の下は余白。)
 高価な金と純度の高い顔料が用いられている。
 →酒井家関連の慶事に使われたのではないか。



・「老子図」(1820)千葉市美術館蔵
 千葉市美術館のコレクションでも人気の作品。(ボランティアの人気投票で上位を得たこともあり。)
 老子引用の画賛が書かれている。
 「鶴の足が長いからといって切ろうとするのはまずい。」
 →自然のものにはあるがままの姿があるのだから何事も本来のままが良い。
 *「抱一」(=自然のままであるもの。)号も老子からとられたのではないかと言われている。



・「夏秋草図屏風」(1821~1822)
 抱一の代表作。
 光琳の「風神雷神図屏風」の裏面に描かれている。注文主はその所有者の一橋家。
 →夏草=雷神、秋草=風神
 近年下絵(出光美術館蔵)も発見され、作品研究が大いに進展した。
 長らく原形をとどめていたが、解体修理された昭和49年に風神雷神図と切り離された。
 秋草の「すだれ効果」=葉の裏に隠れる花々。すかして百合を見る趣向。

・「蔓梅擬目白蒔絵軸盆」(1821)
 抱一の意匠、原羊遊斎の蒔絵。
 梅の木に目白が二羽の構図。余白を用いて蔓を大胆に配している。光琳的なデザインではない。
 神田の材木商のために制作された。

・「十二ヶ月花鳥図」(1823)
 掛軸装で4種確認されているが、中でも三の丸尚蔵館所蔵の作品が高名。
 季節感を平易な描写で親しみ易く示す。=「抱一様式」 

・「羅生門之図」千葉市美術館蔵
 千葉市美術館に近年寄託された作品。
 即興的なタッチで羅生門を描く。(=注文主の前で描いた可能性もあり。)
 八百善(江戸一の料理屋。抱一と関係が深く、八百善の紹介された冊子「江戸流行料理通」の表紙には彼の絵が掲載されている。)に代々伝わっていた。

前半部は以上です。本題の前振りということなのか、突っ込んだ話は殆どありませんでした。メインの「200年前の展覧会=光琳百年忌」については、次回Vol.2のエントリでまとめます。

*関連エントリ
「酒井抱一 - 200年前の展覧会 - 」 千葉市美術館・市民美術講座(Vol.2)
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「Great Ukiyoe Masters/春信、歌麿、北斎、広重」(前期展示) 渋谷区立松濤美術館

渋谷区立松濤美術館渋谷区松濤2-14-14
「Great Ukiyoe Masters/春信、歌麿、北斎、広重 - ミネアポリス美術館秘蔵コレクションより - 」
10/2-11/25(前期:10/2-28、後期:10/30-11/25)



確かにこれなら「秘蔵」とするのも間違いではありません。非常に保存状態の良い浮世絵が揃っています。日本美術部門では全米屈指のコレクションを誇る(ちらしより。)という、ミネアポリス美術館蔵の浮世絵展です。約3000点を数えるというそのコレクションのうち、副題にもある春信、北斎、歌麿、それに写楽らの作品全245点が、前後期に分けて紹介されていました。



ともかく挙げるべきは鈴木春信です。そもそも浮世絵でここまで色が美しく、またデリケートに表されているのを見たことがありませんが、この「水売り」(1765)からして繊細な色遣いに感じ入るものがあります。天秤棒に桶を吊るし、冷水を入れて売り歩く様子が描かれていますが、背景における淡く滲み出すような桃色の発色が絶品です。これは紅花よりとられたものですが、光にも弱いこの顔料がこれほど残っている作品は極めて珍しいのだそうです。まるで水彩を見るかのような瑞々しさをたたえていました。



春信では座鋪八景より、「塗桶の暮雪」(1766)も印象に残ります。これは、当時人気のあった近江八景などの山水画の画題を、春信が室内の情景に置き換えて制作した作品で、ここでは「比良の暮雪」の主題を桶の上で乾かす綿に変えて表現されています。(桶に被せられた綿の白みが、降り積もる雪山に見立てられているというわけです。)エンボスで示す綿の立体感はもちろんのこと、二人の女性の着物の細やかな柄と、桶の下に見る薄い朱色が実に魅力的でした。



色の鮮やかさという点においては、北斎の百物語より「こはだ小平二」(1831-32)の右に出るものはありません。上目遣いの亡骸がかやの縁から顔を覗かせる図版でもお馴染みの作品ですが、かやに見る深い青緑の透明感はもちろんのこと、亡骸に象られた筋肉の色までがほぼ完璧に残っていました。この発色の良さはとても150年以上前の浮世絵には見えません。目に染みるような美しさです。



八頭身美人のワイド版で魅せる、鳥居清長の「三囲神社の夕立」(1787)も見逃せない作品です。傘を手に、風雨にも洗われる女性たちが、清長らしい妖艶なポーズをとりながら臨場感も巧みにその場を彩っています。まずは、両端に並ぶ鳥居と門の発色にも見入るところですが、奥行きのある田を中央に配し、横と縦への広がりを感じさせるその構図感にも見事なものがありました。また彼女らの頭上には、この嵐を起こしてる雷神らも見え隠れしています。おおよそ、下界の光景など関せずともいうように寛いだ様を見せているのもまた面白いものです。



この他にも、後摺りだからこその鮮烈な色の輝きを楽しめる「赤富士」や、山肌のモザイクが丹念に塗り分けられている広重の箱根なども印象に残りました。それこそ、惹かれた作品を挙げていくとキリがないような魅力たっぷりの浮世絵展です。

前後期合わせても入場料は600円しかかかりません。内容の割に高価な図録を除けば、これ以上にないほどコストパフォーマンスの良い展覧会だと思います。

前期は28日まで、後期は30日より11月25日までの開催です。もちろん後期も見に行きます。(10/21)

*関連エントリ
Great Ukiyoe Masters/春信、歌麿、北斎、広重」(後期展示) 渋谷区立松濤美術館

*関連リンク
MINNEAPOLIS INSTITUTE OF ARTS
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「日本美術『今』展」 日本橋三越本店ギャラリー

日本橋三越本店新館7階ギャラリー(中央区日本橋室町1-4-1
「東京藝術大学創立120周年記念企画 日本美術『今』展」
10/16-28



ついでにと言ってしまうのは失礼ですが、近くの三井で極上の陶磁を楽しんだ帰りに寄ってみました。日本橋の三越で開催中の「日本美術の『今』展」です。芸大の創立120周年企画とのことで、現、旧教授陣99名による最新作(一部、近作。)が一堂に会しています。ちなみに会場は、新館7階ギャラリー他、同フロア2つの特設スペースを含む計3カ所です。三越の展覧会としては過去最大級の規模かもしれません。

展示作品は日本画、油画、彫刻、工芸と幅広く揃っていますが、私の趣向の問題なのか、特に前者二つに惹かれるものがありました。まずはじめの日本画では、斉藤典彦の「かのおか」を挙げたいと思います。一見、木彫を思わせるような厚みのある紙を支持体に、淡い白や桃色の顔料が滲み出すように美しく広がっています。薄暗い照明にはやや映えない部分もありましたが、雲の谷間をのぞくような光景には魅入るものがありました。(ちなみに展示の最初に登場したのは、やはり平山郁夫でした。出品作家でも最大サイズと思われる超大作、計二点が出品されています。)



李禹煥の最新作「対話」(2007)も展示されています。お馴染みの白よりグレーへのグラデーションを見せるストロークが、画面中心よりやや外れた場所にて静かに鎮座していました。周囲の空気を変化させる力もある李の作品(実際にも彼の作品はこの展示で明らかな異彩を放っています。)を置くにはともかく会場が狭過ぎますが、既知の作家による親しみのある作品を見る奇妙な安心感を覚えることも出来ます。また既知といえば、つい先日、写美の個展を見て非常に感銘した鈴木理策の「SAKURA」も出品されていました。これも李同様、単独で展示されても今ひとつ魅力が浮き上がりませんが、逆に彼らが作品を通して稀有なインスタレーションを実現しているということを再確認出来ると言えるのかもしれません。



工芸、彫刻では、現学長の宮田亮平の「陰陽二行」に見る、摩訶不思議とも言えるような面白さが印象的でしたが、その他に記憶に残る作品が殆どありませんでした。ただ、前田宏智の花器におけるシャープな感覚には味わい深いものがあります。丁寧な仕事を思わせる磨き抜かれた処理も見事だと思いました。



ポストカード、図版、グッズ等、物販コーナーが、あたかも一催事の如く非常に充実していました。中村政人の「7-ELEVEN」のミニオブジェでもあれば購入したかもしれません。

今月28日まで開催されています。(10/21)
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「BIOMBO/屏風 日本の美」 サントリー美術館

サントリー美術館港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン・ガレリア内)
「BIOMBO/屏風 日本の美」
9/1-10/21



明日までサントリー美術館で開催されている「BIOMBO/屏風 日本の美」展です。計7回にもわたる展示替えは鑑賞者にとって全く優しくありませんが、出品されていた屏風はどれも見応えがありました。タイトルのBIOMBOの由来、もしくは展示構成については公式HPをご参照いただくとして、以下、いつものように惹かれた作品を順に挙げていきます。(結局、会期を通して3回ほど足を運びました。)



まずは会期はじめより中盤にかけて展示されていた大作、「泰西王侯騎馬図屏風」(17世紀。9/1~10/1展示。)です。右からペルシア、エチオピア、フランス王アンリ4世、そしてカール5世と思われる人物が、艶やかな衣装を身に纏いながら馬に跨がって勇壮な姿を披露しています。そもそも伝統的な日本の屏風に堂々と西洋人が描かれていることからしてエキゾチックですが、彼らの乗っている塔のような石の舞台などはまさに西洋絵画風です。和洋折衷の奇妙な融合を楽しみました。



エキゾチックといえば、フェリペ2世がトルコを打ち破った戦争をモチーフとする「レバント戦闘図・世界地図屏風」(17世紀。9/1~24展示。)も印象に残ります。右隻には象にのって進むトルコ軍や、橋を渡って進み行くスペイン軍などが入り組んで描かれていますが、右隻の世界地図に登場する15組の各国の人物風俗画も興味深いものがありました。そこにはフランス人など、正装したヨーロッパ人などが描かれる一方で、おそらく南米のものと思われる人種が『人食い人間』として表現されています。オリエンタリズムの極致と言えるのかもしれません。



さて、お祭りの光景を描いた屏風が目につくのもこの展覧会の特徴です。中でもサントリー美術館所蔵の「祇園祭祭礼図屏風」と、同名のケルン東洋美術館蔵の作品、そしてメトロポリタン美術館蔵の「社阿頭図屏風」(全て17世紀。全期間展示。)が一堂に並ぶ様子は圧巻でした。元々この三点は、一枚の襖絵として描かれたものだそうですが、それが屏風になる際に別々に切り離され、さらには海を渡って日・米・欧の各美術館におさめられたという経緯をたどっています。(里帰りの展示です。)また一枚の作品としては狩野内膳の「豊国祭祭礼図屏風」(17世紀。9/16~10/21展示。)も充実しています。祭に講じる人々が精緻に描かれ、見物人らも生き生きとした様子でそれを眺めていました。単眼鏡を片手にじっくり見入りたいような作品です。幾重にも円を描くその行列に祭の熱気を感じます。





狩野派と言えば、金碧障壁画の先例としても知られる元信の「四季花鳥図屏風」(16世紀。10/10~21展示。)を忘れるわけにはいきません。金地と雲霞が渾然一体となって煌めく金色を背景に、力強い鳥や花々が見事なまでに華々しく配されています。また水の青、竹の緑、そして梅や楓の紅も鮮やかで、金に負けないほどの存在感をもって目に飛び込んできました。ちなみに、中期のハイライト的作品でもあった探幽の「桐鳳凰図屏風」(17世紀。10/3~8展示。)は少々期待外れでした。江戸狩野らしく、簡素なスタイルで鳳凰が描かれていますが、枯れた水辺や鳳凰を象る線などは、言ってしまえば主題にも似合わずとても貧相に見えてしまいます。探幽にとってはあまり得意とするモチーフではなかったのかもしれません。



現存する作品が展示品を含めて2、3例ほどしか確認されていないという白屏風こと、「白絵屏風」(18-19世紀。全期間展示。)も見入る作品です。上の画像を見てもお分かりいただけるように、モチーフの全てが胡粉などの白一色で象られています。ちなみにこの屏風は平安期以来、高貴な家などで出産の際などに用いられたものだそうです。だからこそ、鶴や松など、言わばお目出たい主題ばかりで埋め尽くされているのでしょう。



秋草がリズミカルにそよぐ「武蔵野図屏風」(17世紀。9/19~24展示。)もこの時期にピッタリの名品でした。非常に細い線で描かれた草が生い茂り、その奥には雲霞より顔のつき出す富士の姿を眺めることが出来ます。風雅でありながらも、その趣きは幽玄です。ただならぬ気配を感じさせています。

タイミング悪く「日月山水図屏風」を見られなかったのが心残りでした。ちなみにこの展覧会は今月末より大阪へ巡回します。そちらでも複雑な展示替えがあるかどうかは不明ですが、貴重な屏風の数々を総覧出来る良い機会となりそうです。(大阪市立美術館:10/30~12/16)

サントリー美術館での展示は明日までです。展示方法の問題を除けば、非常に高く評価すべき展覧会だと思います。(9/22、10/6、10/19)
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「青山悟 Crowing in the studio」 ミヅマアートギャラリー

ミヅマアートギャラリー目黒区上目黒1-3-9 藤屋ビル2階)
「青山悟 Crowing in the studio」
10/17-11/17



例えばレントゲンの「あるがせいじ展」などと並んで、この秋、一推しにしたいギャラリーの展覧会です。一種の『刺繍画』とも言える細密な表現で他の追従を許さない、青山悟の新作個展へ行ってきました。



まず目に飛び込んでくるのは、お馴染みともなった絵画風の刺繍、計6点です。「Crowing in the studio」と名付けられたそれらの連作は、青山のスタジオを、作中に登場するカラスとともに追っかけて見る構成で展開されています。工業用ミシンのメタリックな感覚から、テーブル足のパイプの質感、それに床の汚れやライトの陰影などの全てが、まさに遠目からでは絵画かCG画とも見間違うような細やかな刺繍で描かれているのです。カラスの黒い羽に模様のようにのびる茶色の部分や、紙に刺繍ドローイングを施す様子なども、もちろん様々な色をとる糸だけで表現されていました。ちなみに上の画像はTABより引用したものですが、これが絵ではなく刺繍であるということからして、いかに青山が興味深い仕事をしているのかが分かるのではないかと思います。彼の魅力を知るのに長々とした説明はいりません。

「刺繍画」の他に、それと連動する形で描かれた「Drawings」シリーズも見応えがありました。これは、例えば上の作品中のミシンで制作されたモチーフをそのままドローイング仕立てに刺繍化したものですが、トイレットペーパーの垂れる様子や、鉛筆にて鉛筆を描くというどこかシュールな構図などが、それこそスケッチ風の味わいにて糸で表現されています。また、このミシンで刺繍を施す様子をアニメーションとして見せるインスタレーションも展示されていました。こういう試みは初めてなのではないでしょうか。

11月17日までの開催です。強くおすすめします。(10/19)
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「谷文晁とその一門」(後期展示) 板橋区立美術館

板橋区立美術館板橋区赤塚5-34-27
「谷文晁とその一門」
9/8-10/21



幕末の江戸民間画壇の巨星(美術館HPより)・谷文晁(1763~1840)と、その門下の絵師たちの画業を辿る展覧会です。文晁と養子文一、実子文二ら谷一族と、その一門として活動した喜多武清、金子金陵、鈴木鵞湖、そして渡辺華山らが一堂に紹介されていました。



谷文晁というとどうしても文人画のイメージが強いのですが、意外なことにもその一門の作品は水墨や写生画など多岐にわたっています。ピンク色にも映えるすすきが秋を彩る文晁の「武蔵野水月図」はそれこそ抱一画のような詩情も見せ、また文晁の養子として才能を表した谷文一の「玉津嶋・明石浦・住吉浦図」は純大和絵風の作風を示し、さらには文晁の右腕として一門を支えたという喜多武清の「秋草図屏風」では、草花の様子が琳派顔負けにリズミカルに配されていました。もちろん制作の中心となっていたのは文人画ですが、それ以外のジャンルの作品を楽しめるのもこの展示の奥の深いところです。そもそも文晁と抱一との関係は密接だったとは聞きましたが、作品でもそれを表すものがあったとは知りませんでした。



展示のハイライトはやはり文晁の「山水図襖」でしょう。画面の中央にてそびえ立つ岩山が力強く迫出し、木々の生い茂る水際には小舟が風雅に浮いています。また山肌にうっすらと塗られた緑青と、木々の鮮やかな緑も目に飛び込んできました。ちなみにこの裏には、当時、文晁と並んで人気があったという絵師、春木南湖の「後赤壁図」が描かれています。残念ながらこの展示ではそれを見ることは叶いませんが、文晁との合作と言うことで、ある意味で非常に贅沢な作品であると言えそうです。



文晁一門でありながら、南蘋派にも学んだ金子金陵も興味深い存在です。彼は門人に椿椿山や渡辺華山らを抱えていたそうですが、その画風はまさに写実を極めたものとして見応えがあります。珍しいモチーフの西洋犬と牡丹を合わせた「牡丹遊狗図」や、若冲を連想させる鶏を二羽並べた「双鶏図」が印象に残りました。ちなみにその門下の華山では、蝙蝠が波間をぬうようにして群れる「福海図」が特徴的な一枚です。水墨にて即興的にも描かれた蝙蝠が13羽、不気味に舞っている光景が描かれていますが、タイトルにある福とは、蝙蝠の蝠の字がそれに通じていることに由来しているのだそうです。蝙蝠がお目出たい画題だったとは意外でした。



一推しは目賀田介庵の「蛍図」です。このモノクロの画像では分かりませんが、闇に舞う蛍が黄色く瞬き、実に幻想的な光景を見ることが出来ます。また、折重なる一枚の葉の上にのったキリギリスの描写も見逃せません。蛍の灯火を引き立てるかのように暗がりにまぎれて佇んでいます。

お馴染みの個性的なキャプションも健在でした。馴染みの薄い文晁一門の画を楽しみながら見られる良い機会だと思います。江戸絵画ファンには必見の内容です。

次の日曜日、21日まで開催されています。(10/13)
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「藤本由紀夫 SILENT et LISTEN」 シュウゴアーツ

シュウゴアーツ江東区清澄1-3-2 5階)
「藤本由紀夫 SILENT et LISTEN」
10/6-11/2



最近、名古屋や大阪の美術館などで大規模な展示も見せているサウンド・アーティスト、藤本由紀夫のミニ個展です。静かに耳を傾けて『見たい』オブジェが紹介されています。



藤本の作品に親しみのある方にとってはお馴染みかもしれませんが、音をテーマとしたアートということで、いわゆるサウンド・インスタレーションに期待して行くと肩すかしを食らいます。つまりは藤本本人も言う、「聴覚を通して生まれてきた、哲学的な関心をオブジェ化した作品」、ようは音をイメージさせるオブジェだけが展示されているのです。オルゴールを透明ケースに入れたものや、LPを規則正しく並べた「DELETE COMPLETELY」など、本来、音を出して楽しむべきはずの事物が、そのまま音をださない事物として作品化されていました。そこに視覚と聴覚との関係を見出し、目より入ってくる一種の『静寂』を聴くという体験も出来るというわけです。



シュウゴアーツより歩くこと約20分強、木場のMOTの常設展にも、藤本の作品「EAR WITH CHAIR」(上の画像です。)が展示されています。今月20日からの「第3期」にも出るかどうかは分かりませんが、合わせて楽しんでみるのも良いのではないでしょうか。

11月2日までの開催です。(10/13)
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狩野永徳展がはじまる

この秋、一番話題となりそうな展覧会です。今日16日より、京都国立博物館にて桃山時代の怪物絵師、狩野永徳の回顧展が始まりました。会期は僅か一ヶ月(11/18まで。)です。早速という方も多いのではないでしょうか。



狩野永徳:きらびやかな桃山絵画 京都で特別展始まる(毎日jp)

特別展覧会 狩野永徳京都国立博物館) 出品目録

そもそも、現存する作品の少ない永徳の回顧展ということからして貴重な機会ではありますが、やはり注目されているのは、先日発見されて話題となった「洛外名所遊楽図屏風」の公開にあるのかと思います。今回、作品に関連性の指摘される米沢の「洛中洛外図屏風」と初めて並んで展示されることで、改めてその価値も問われていくのではないでしょうか。見比べられることなどもうしばらくなさそうです。(ちなみに「洛外名所遊楽図屏風」は、以下、別冊太陽の「桃山絵画の美」でも『誌上公開』されています。)

「桃山絵画の美/別冊太陽」



とは言え、私が一番期待しているのは、伝永徳の「檜図屏風」です。身近なはずの東博に所蔵されていながらタイミングも悪く、なかなか見ることが叶いませんが、図版で確かめても心躍るようなパワーを秘めた作品です。巨木が激しく空間を裂く様を全身で味わいたいと思います。

ところで京博といえばその常設も見逃せないところですが、永徳展会期中に公開される作品をHPよりいくつか抜き出してみました。特に会期後半に出る狩野山楽の「唐獅子図」などは、永徳の「唐獅子図屏風」と合わせる形で興味深く見ることが出来そうです。

京都国立博物館、平常展示
・展示中~10/28
 狩野元信「耕作図屏風」、「松下渡唐天神像」、「楼閣山水図」(中世水墨画 9室)
 俵屋宗達「牛図」、円山応挙「春秋瀑布図」(絵巻 10室)
 狩野山楽「耕作図」、「山水図」、「狩猟図」(近世絵画 11室)
・10/31~11/25
 狩野山楽「神馬図絵馬」、狩野山雪「唐人物図座屏」、「磐谷図」(絵巻 10室)
 狩野山楽「唐獅子図」、「薔薇図」(近世絵画 11室)

「狩野派決定版/別冊太陽」

また「日経おとなのOFF」にも掲載されていましたが、この展覧会と合わせて、博物館近辺にある智積院の等伯「楓図」、また養源院の宗達「象図、唐獅子図」を楽しむのも良いかもしれません。それに二条城では、永徳の孫、探幽の弟である尚信の生誕400年を記念した展覧会も行われています。(狩野尚信生誕400年記念特別展。)

「日経おとなのOFF2007/10月号」(永徳展に連動した特集です。展覧会と同じ期間に京都で公開される予定の作品一覧を掲載するなど、情報源としても有用です。おすすめします。)

21日の新日曜美術館でも取り上げられるそうです。私としては今年最も楽しみにしていた展覧会なので、ともかくはじっくりと見てきたいと思います。

*関連エントリ
「ブルータスで先取り!狩野永徳展」 BRUTUS 9/15号
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「印象派とエコール・ド・パリ展」 日本橋三越本店ギャラリー

日本橋三越本店新館7階ギャラリー(中央区日本橋室町1-4-1
「印象派とエコール・ド・パリ展」
10/2-14(会期終了)

定評のある吉野石膏のコレクションとくれば、見応えがあるのも当然かもしれません。日本橋の三越にて先日まで開催されていた「印象派とエコール・ド・パリ展」へ行ってきました。



こう言ってしまうのは失礼かもしれませんが、ともかくデパートの名画展とは思えないほど充実した内容で驚かされます。印象派以前のクールベよりはじまりピサロ、シスレー、モネ、ヴラマンク、マルケ、シャガール、ピカソ、ユトリロ、ビュフェと、まさに王道のラインナップ(約75点)で名画を見る喜びに浸ることが出来ました。特に、展示室の一角を占めるかのように並んでいたシャガール(14点)とルノワール(8点)、そしてモネ(7点)が質量ともに優れていたと思います。それこそちらしの表紙にも掲載されている、ルノワールの「シュザンヌ・アダンの肖像」からして魅力十分です。豊かなブロンドの髪をふくよかに垂らした女性が、澄んだ青い瞳を大きく開いてこちらを見つめています。ぼんやりとしたオレンジ色彩の海より浮かび上がる、その穏やかな表情に釘付けになりました。吸い込まれてしまうような美しさをたたえています。



惹かれた作品を挙げていきます。まずは、波や静物等の力強いタッチでお馴染みのクールベから、印象深い女性を描いた肖像画、「ジョーの肖像」です。どこか気怠く、退廃の雰囲気も感じさせる女性が一人、鏡に見入っている姿を捉えていますが、そのモチーフ自体に「虚栄」の意味が込められてもいるのだそうです。赤らんだ頬とそのたくし上げる髪の重量感などが見事に描かれています。国内のコレクションでこれほど充実したクールベの肖像画を他に知りません。



大好きなシスレーは3点ほど出ていましたが、その中ではとりわけ晩年の「モレのポプラ並木」(1888)が魅力的です。燦々と降り注ぐ陽光に包まれた川辺の光景を、ほぼ点描による木立を中心に鮮やかに描いています。また空の抜けるようなブルーと川の色と、木立、もしくは草地のグリーンが、ともに後景、前景と対比的に置かれているのも印象に残りました。当地の風や光を感じるような臨場感にも溢れた作品です。



ヴラマンクの、通称「セザンヌの時代」と呼ばれる時期に描かれた「風景」(1911)も面白い作品です。いわゆるヴラマンクに見る激しいタッチは比較的影を潜め、その力強い色彩分割にセザンヌの画風を見ることが出来ます。また画中に登場するローマ時代の水道橋は、セザンヌも好んで描いたモチーフだそうです。ちなみにセザンヌでは、一点出ていた「サン=タンリ村から見たマルセイユ湾」が絶品でした。この水色はセザンヌ以外にまず表せない色だと思います。(上の画像はセザンヌです。)



抽象好きにとっては嬉しいカンディンスキーにも佳品が出ていました。また、それまでの流れからすると違和感さえ感じるビュフェの「椅子の上の静物」(1958)は強烈な印象を与える作品です。神経質にも見える執拗な線描によって象られた椅子や瓶には、ビュフェに独特な寂寥感が漂っていました。絵そのものとしては、印象派の優れた作品に及ばない部分もあるかもしれませんが、この展示で私が一番心打たれたものを挙げるとしたらまぎれもなくこれです。

普段、これらの作品は、寄託先の山形美術館にて公開されているそうです。一度、現地でも拝見出来ればと思いました。(10/13)
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