「窓展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」
2019/11/1~2020/2/2



日常の暮らしにとっても身近な窓を切り口に、アートと建築の関わりを紹介する展覧会が、東京国立近代美術館にて開催されています。

それが「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」で、20世紀以降の美術を中心に、建築に関した資料を含む110点ほどの作品が展示されていました。


郷津雅夫「Windows」より 1972-1990年 個人蔵

絵画、写真、映像、インスタレーションなど、多様な表現による窓を取り上げているのも見どころと言えるかもしれません。まず冒頭で目を引くのは、郷津雅夫の「Windows」で、1971年にニューヨークへ渡った作家が、移民の多く住む地域を写した作品でした。中でも多くの窓に人々が顔を覗かせている写真は、パレードの際に撮られたもので、子どもたちが興味深そうに外を見やったり、中には星条旗を掲げたりする人物の姿も見られました。窓を切り口に、人々の暮らしなり境遇が浮かび上がってくるかもしれません。


第2章「窓からながめる建築とアート」展示風景(パネル)

窓と建築、そしてアートの関連を追う年表も大変な労作でした。ここでは窓と美術、窓と技術、そして建築など窓にまつわる様々な作品や出来事を、古代から現代まで図版を交えて追っていて、窓が如何に多様な用途を持ち、また美術において意味を変えたのかを知ることが出来ました。


アンリ・マティス「待つ」 1921-1922年 愛知県美術館

マティスやボナールなどが窓をモチーフに描いた絵画にも目を引かれました。うちマティスは窓を多く絵画に取り込んでいて、たびたび滞在した南仏ニースを舞台とした「待つ」では、海を望む室内にて誰かを待っているのか、カーテンを前にして遠くを見据える女性などを描いていました。


エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの「日の当たる庭」 1935年 愛知県美術館

エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの「日の当たる庭」も魅惑的な作品ではないでしょうか。煙の立ちのぼるタバコ越しに窓の外の庭を表していて、窓のフレームがピタリとキャンバスの額に収まるように描かれているからか、まさに目の前の窓から外を見やっているような錯覚にとらわれました。


左:パウル・クレー「花ひらく木をめぐる抽象」 1925年 東京国立近代美術館
右:ハンス・リヒター「色のオーケストレーション」 1923年 東京国立近代美術館

20世紀の抽象絵画の発想源に、窓のモチーフがあると指摘したのは、アメリカの美術批評家、ロザリンド・E・クラウスでした。ここではクレーの「花ひらく木をめぐる抽象」やハンス・リヒターの「色のオーケストレーション」などが展示されていましたが、確かにグリットで構成された色面には、手前や奥の空間を分ける窓の存在が感じられました。


西京人(小沢剛、チェン・シャオション、ギムホンソック)「第3章:ようこそ西京にー西京入国管理局」 2012年 作家蔵

小沢剛、チェン・シャオション、ギムホンソックによるユニット、「西京人」による「第3章:ようこそ西京にー西京入国管理局」も面白いインスタレーションでした。これは西京国という架空の都市国家を設定し、来館者が様々な手続きを行なって入国するという体験型の作品で、「チャーミングな踊り」や「とびきりの笑顔」などを要件とし、会場でも監視の方がさながら入国審査官ならぬ風情でカウンターに座っていました。


西京人(小沢剛、チェン・シャオション、ギムホンソック)「第3章:ようこそ西京にー西京入国管理局」 2012年 作家蔵

あくまでも西京国とは、国境線を持つ通常の国家とは異なり、現れては消える変幻自在の国家として考えられているそうです。そして国境を越えると、西京国へ移住した場合の制度について説明する映像も映されていましたが、昨今の移民や難民の問題を踏まえた作品と言えるのかもしれません。


ユゼフ・ロバコフスキ「わたしの窓から」 1978-1999年 プロファイル・ファウンデーション

20年以上も窓から外を撮影したユゼフ・ロバコフスキの「わたしの窓から」に驚かされました。ポーランドの高層アパートの9階に住んでいた作家は、窓から見える広場をフィルムに収めつつ、一人一人の職業や生活の様子などをセリフに付けていました。それらは時にリアルで生々しく、一瞬、ストーカーという言葉が頭に浮かぶほどでしたが、実際に正しいのか判別することは出来ませんでした。ひょっとして全ては妄想であることもあり得るのでしょうか。


JODI「My%Desktop OSX 10.4.7」 2006年 作家蔵

PCの窓、ウィンドウをモチーフとした映像を手がけるのが、オランダ出身の2人組アーティストJODIでした。「My%Desktop OSX 10.4.7」では、Macのデスクトップ上にフォルダやアイコンをクリックしては、ウィンドウが次々と開く光景を捉えていて、クリックやエラー音がまるでリズミカルなダンス音楽のように展開していました。あまりにも素早いためにプログラミングによって出来ているのかと思いきや、いずれもコピー&ペーストの手作業によるものでした。


ゲルハルト・リヒター「8枚のガラス」 2012年 ワコウ・ワークス・オブ・アート

この他、日本の奈良原一高やホンマタカシ、それにスイスのローマン・シグネール、ドイツのゲルハルト・リヒターなど、現代の美術家による窓に関した、ないしは窓を想起させる作品も目立っていました。


ローマン・シグネール「よろい戸」 2012年 作家蔵

マティスをデザインしたチラシ表紙からすると想像もつきませんでしたが、意外なほど現代美術が充実している展覧会と言えるかもしれません。


藤本壮介「窓に住む家/窓のない家」 2019年

美術館の中庭に設置された「窓に住む家/窓のない家」も見過ごせません。建築家の藤本壮介が考える入れ子構造を表した大型の模型で、実際に中へ入り、大きな窓越しに変化する景色などを見ることも出来ました。かねてより藤本は入れ子構造の住宅を設計していて、代表作の1つである「House N」のコンセプトモデルでもあります。


藤本壮介「窓に住む家/窓のない家」 2019年

建築においてはもちろん、まさかこれほど窓が美術においても重要な素材であったとは思いもよりませんでした。「窓が、アートと同じく、日常の中に新しい世界の眺めを開いてくれるもの」と解説にありましたが、展覧会を一通り鑑賞すると、窓、ひいては窓を思わせる美術作品への見方も変わってくるかもしれません。


第12章「窓の光」展示風景
 
一部作品を除き、写真の撮影も可能でした。(接写、動画不可。)


2020年2月2日まで開催されています。おすすめします。*東京展終了後、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(2020年7月11日〜9月27日)へ巡回予定。

「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」 東京国立近代美術館@MOMAT60th) 
会期:2019年11月1日(金)~2020年2月2日(日)
休館:月曜日。
 *但し11月4日、1月13日は開館。11月5日(火)、年末年始(12月28日~2020年1月1日)、1月14日(火)は休館。
時間:10:00~17:00
 *毎週金曜・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般1200(900)円、大学生700(500)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *本展の観覧料で当日に限り、「MOMATコレクション」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

金沢に谷口建築を訪ねて 後編:谷口吉郎・吉生記念金沢建築館

前編「鈴木大拙館」に続きます。谷口吉郎・吉生記念金沢建築館を見学してきました。



谷口吉郎・吉生記念金沢建築館が位置するのは、金沢市寺町5丁目の谷口吉郎の住まいの跡地でした。鈴木大拙館から道なりで約1.3キロと歩けなくはありませんが、私は周遊バスを利用し、最寄りの広小路バス停より向かうことにしました。



同館は谷口吉郎、ないし吉生を顕彰し、建築資料のアーカイブを構築すべく建てられた施設で、谷口吉生の設計により2019年7月に開館しました。まだオープンしてから半年も経っていないゆえに、金沢の新たな建築観光スポットと呼んでも差し支えないかもしれません。



蛤坂へと下る寺町通りの坂道に面した建物は、簾や庇などの日本の建築要素を取り入れた外観を特徴としていて、道路の反対側からもガラスを通して1階のラウンジを望むことが出来ました。また地上2階、地下1階建てで、周囲の建物と軒高を揃えていることから、街並みへも違和感なく溶け込んでいるようにも見えました。



1階のエントランスを進むと、案内、それにミュージアムショップとカフェが、縦に長いラウンジへと連なっていました。ちょうど夕方前の時間帯ゆえか、窓からは燦々と光が降り注いでいて、必ずしも広いとは言えないにも関わらず、かなりの開放感がありました。



内庭のある地下は2つの企画展示室から構成されていて、開館記念展である「清らかな意匠―金沢が育んだ建築家・谷口吉郎の世界」が開催されていました。ここでは谷口吉郎の建築をパネルや資料で紹介していて、金沢だけでなく、全国に展開する谷口建築を見知ることが出来ました。(企画展示室内は撮影不可。)



一方の2階部分には、常設展示として、谷口吉郎の設計した迎賓館赤坂離宮和風別館「游心邸」の広間と茶室が再現されていました。



そして寺町通りを挟んだ反対側には水庭が築かれていて、犀川沿いの崖地の上に面していることから、樹木越しに金沢市街を眺めることも出来ました。



1974年に建てられた「游心邸」は、日本の伝統的な建築を基にしていて、広間は47畳の一の間と12畳の二の間から成り立っています。



広間から広縁へ連なる天井は、平天井と斜め天井が組み合わせられていて、縦長のデザインの障子や広い床や棚など、思いの外に変化のある空間にも見えました。



また能舞台のような小間のある茶室は、周囲の椅子席より点前を鑑賞出来るように作られていて、ここでも斜め天井や木を編んだ網代天井など、上下に起伏のある空間が作られていました。



中への立ち入りは出来ないため、座敷から外を眺めることは叶いませんが、広間からは斜め天井を通し、広縁、そして水庭の景色を一体となって取り込むように設計されているそうです。日本の伝統的な様式へ現代の意匠を融合させた、谷口吉郎の稀なセンスも感じられました。



一通り、見学を済ませた後は、1階カフェの茶房「楓」で少し休憩することにしました。ここでは加賀紅茶やコーヒーなどの軽食をとることが可能で、まるでビールのような泡立ちのドラフトアイスコーヒーも美味しくいただけました。金沢21世紀美術館内のFusion21と同様、主に金沢でカフェなどを展開するメープルハウスが運営しています。

さて最後にお出かけの際におすすめしたいのが、金沢市文化施設共通観覧券です。

*泉鏡花記念館

同観覧券は、鈴木大拙館、及び谷口吉郎・吉生記念金沢建築館を含む、金沢市内の17の文化施設にフリーで入場出来るパスポートで、1DAYパスポート520円、3日間パスポート830円などがあります。(1年間パスポート2090円もあり。)私も1DAYパスポートを購入しました。

*寺島蔵人邸

そしてパスポートを手に泉鏡花記念館、寺島蔵人邸、室生犀星記念館の3施設もあわせて行きましたが、全て対象施設のためにフリーで見学出来ました。また「1ウィークとくとくミュージアムめぐり」にも参加し、5館のスタンプを集め、クリアファイルなどの記念品も頂戴しました。

*寺島蔵人邸

1DAYタイプであれば、鈴木大拙館と谷口吉郎・吉生記念金沢建築館でも元が取れます。さらに他の施設の見学を含めれば、相当にお得ではないでしょうか。

*ひがし茶屋街

なお言うまでもなく、金沢市内には鈴木大拙館や谷口吉郎・吉生記念金沢建築館だけでなく、石川県立伝統産業工芸館や金沢市立玉川図書館など、谷口親子の手掛けた施設が存在します。今回は残念ながら時間の都合もあり、他の建物までは廻れませんでした。また改めて出向きたいと思います。

「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」
休館:月曜日
 *月曜日が休日の場合はその直後の平日。
 *年末年始(12月29日~1月3日)
時間:9:30~17:00
 *入館は16時半まで。
料金:一般310(260)円、65歳以上210円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *金沢市文化施設共通観覧券で入場可。(1DAYパスポート520円、3日間パスポート830円。)
 *特別展開催時は別途料金の場合あり。
住所:石川県金沢市本多町3-4-20
交通:JR金沢駅兼六園口(東口)より城下まち金沢周遊バス、及び北陸鉄道路線バス「広小路」下車、徒歩2~3分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

金沢に谷口建築を訪ねて 前編:鈴木大拙館

金沢出身の建築家、谷口吉郎と、子の谷口吉生に所縁のある金沢には、いくつかの谷口建築が存在します。



その1つが金沢出身の仏教哲学者の鈴木大拙を顕彰し、思索の場として建てられた鈴木大拙館で、2011年に谷口吉生の設計によってオープンしました。



金沢駅からバスに乗り、最寄りの本多町で下車して、本多通りから小道へ折れると、鈴木大拙館が姿を現しました。ちょうど北陸放送のビルの裏側に位置し、小立野台地の斜面緑地を背にしていて、建物越しにも鬱蒼とした森を目にすることが出来ました。



玄関棟、展示棟、思索空間棟と名付けられた3つの棟からなっていて、いずれも回廊で結ばれつつ、玄関の庭、水鏡の庭、露地の庭の3つの庭が、建物を取り囲むように配されていました。



受付を済ませ、右手にクスノキのある玄関の庭を眺めながら、内部回廊を直進すると、展示棟に辿り着きました。この棟は展示空間と学習空間から構成されていて、大拙の書や写真、言葉が紹介されていた他、一部の著作を手にとって閲覧することも可能でした。

「単にものを鑑賞する場としない」(公式サイトより)とする鈴木大拙館では、あくまでも空間全体にて大拙の心や思想に触れることを志向していて、いわゆる資料などの展示品は多くはありませんでした。



展示棟を出ると、水の満たされた水鏡の庭が目に飛び込んできました。ちょうど正面の思索空間棟を囲みつつ、水盤が展示棟の間に築かれていて、ベンチに座わりながら、思い思いに建物などを眺めることも出来ました。



ちょうどこの日は雲ひとつない晴天のため、水盤には建物の影や周囲の樹木が映り込んでいて、時折、吹く風に揺れては、僅かに波を立てていました。



水に浮かぶような思索空間棟を眺めつつ、風や樹木のざわめきに耳を傾けていると、突如、大きな水音とともに、水盤に波紋が広がる光景を目に飛び込んできました。それは一瞬の静寂を打ち破り、僅かな緊張感を与えつつも、すぐさま元の静寂へと戻っていき、さも永続的な時間を刻んでいるかのようでした。



最も特徴的な建物は思索空間棟と言えるかもしれません。がらんとした内部には、畳による椅子のみがぐるりと四角形を描くように置かれていて、それ以外のものは一切ありませんでした。



そして四方には開口部があり、常に開け放たれているのか扉もなく、周囲の景色ともに、僅かな風が吹き込んでくる様を肌で感じることも出来ました。どのように中で過ごすかについてはあくまでも来館者に委ねられていました。

開口部より切り取られた借景も殊更に美しく、ぼんやりと眺めていると、いつしか時間の感覚を忘れていくかのようで、それこそ無の境地へと達するかのようでした。



明治3年に同地、金沢市本多町に生まれた鈴木大拙は、禅を研究すると、後にアメリカへ渡っては、仏教哲学を世界に紹介しました。生前には、建物の設計者である谷口吉生の父、吉郎との交流もあったそうです。



館内で紹介されていた「外は円くても中に四角なところがあって欲しい」との大拙の言葉を思い浮かびました。

鈴木大拙館はシンプルでかつ、直線で構成された幾何学的な建物でしたが、四角はもとより、水盤の波紋の円など、それこそ仙崖の表した「○△□」、つまりは鈴木大拙が「ユニバース」と名付けたとされる宇宙的な世界を感じることが出来るかもしれません。



移ろう景色に見惚れつつ、大拙の言葉にも触れながら、しばらく身と心を鈴木大拙館へと委ねました。



なお鈴木大拙館の横手からは、松風閣庭園や中村記念美術館などへと続く小道がのびています。私も少しだけ散策して、次の目的地の「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」へと向かいました。



後編「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館」へと続きます。

「鈴木大拙館」
休館:月曜日
 *月曜日が休日の場合はその直後の平日。
 *年末年始(12月29日~1月3日)
 *展示替え休館日あり。
時間:9:30~17:00
 *入館は16時半まで。
料金:一般310(260)円、65歳以上210円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *金沢市文化施設共通観覧券で入場可。(1DAYパスポート520円、3日間パスポート830円。)
住所:石川県金沢市本多町3-4-20
交通:JR金沢駅兼六園口(東口)より城下まち金沢周遊バス、及び北陸鉄道路線バス「本多町」下車、徒歩4分。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )

「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 横浜美術館

横浜美術館
「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 
2019/9/21~2020/1/13



横浜美術館で開催中の「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」の特別鑑賞会に参加してきました。

パリのセーヌ川岸に位置し、印象派とエコール・ド・パリのコレクションで定評のあるオランジュリー美術館の作品が、約21年ぶりにまとまって日本へとやって来ました。

出展数は、同館の所蔵する146点のうちの69点で、モネ、シスレー、セザンヌから、マティス、ピカソ、ドラン、スーティンら13名の画家の絵画が公開されていました。


右:アンドレ・ドラン「ポール・ギヨームの肖像」 1919年
左:アンドレ・ドラン「大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像」 1928-1929年

さて今回のオランジュリー美術館展ですが、何も漫然とコレクションが並んでいるわけではありませんでした。と言うのも、2人の人物、すなわちオランジュリー美術館の基礎を築き、コレクターでかつ画商でもあった、ポール・ギヨームとドメニカ夫人にスポットを当てて作品を紹介しているからでした。


アメデオ・モディリアーニ「新しき水先案内人ポール・ギヨームの肖像」 1915年

1891年、パリの一般的な家庭に生まれたポール・ギヨームは、自動車工場で働いていた20歳の頃、ゴムの積荷ともに輸入されたアフリカの彫刻と出会いました。それに惹かれたのか工場の窓に飾っていると、詩人アポリネールの目に留まり、彼を介してパリの若手芸術家と交流するようになりました。当時のパリでは、前衛的な芸術家がアフリカの彫刻に強い関心を寄せていて、ギヨームもアフリカ彫刻の仲買人をしては、フランスで初の写真集「ニグロ彫刻」を刊行するなどして活動しました。


ポール・ギヨームの邸宅(フォッシュ通り22番地、1930年頃):ポール・ギヨームの書斎 当時の写真や資料に基づく再現模型(1/50) オランジュリー美術館

そして1914年、23歳でアフリカ美術と同時代の美術を扱う画廊を開設すると、モディリアーニやスーティンら、まだ評価を得ていなかった画家を支援してコレクションを重ねました。さらに1927年には自らのコレクションを公開する「邸宅美術館」を構想するものの、42歳にて亡くなったため、生前の公開には至りませんでした。結果的にコレクションを引き継いだのは、後に有名な建築家であるジャン・ヴァルテルと再婚した、妻のドメニカ(本名:ジュリエット・ラカーズ)でした。


マリー・ローランサン「ポール・ギヨーム夫人の肖像」 1924-1928年頃

ブルジョワ的な嗜好を好んでいたドメニカは、前衛的な作品を売却する一方で、より古典的な作風の絵画をコレクションに加えました。そしてヴァルテルを事故で亡くし、暗殺未遂の訴訟問題というスキャンダラスな話題で世の注目を集めるも、1950年代以降、ヴァルテルとギヨームの名を冠することを条件に、コレクションを国家へ売却しました。結果的にオランジュリー美術館でのコレクションの常設展示が始まったのは、ドメニカの没してから約7年経った、1984年のことでした。


オーギュスト・ルノワール「桟敷席の花束」 1878-1880年頃

タイトルに掲げられたルノワールは8点出展されていました。中でも目を引くのは「ピアノを弾く女性たち」で、印象派の画家として、初めて政府から美術館へ収蔵するために制作を依頼された作品の1枚でした。実のところルノワールは、ピアノの練習をテーマにした同様の構図を、油彩とパステルにて計6点ほど描き、うち1枚が買い上げられました。現在はオルセー美術館へと収められています。


オーギュスト・ルノワール「ピアノを弾く少女たち」 1892年頃

オランジュリーの「ピアノを弾く女性たち」は、最初に描かれたスケッチ的な性格を伴っていて、手前のピアノを弾く女性に焦点が当てられる一方、背景に具体的な描写はなく、色面のみを筆で広げるように簡略化して表現していました。少し離れて眺めると、鍵盤の上の手や椅子、そして譜面を読みつつピアノに向かう女性の表情へ、ぴたりとピントが合うような印象を与えられるかもしれません。


アンリ・マティス「赤いキュロットのオダリスク」 1924-1925年頃

マティスにも優品が多かったのではないでしょうか。「赤いキュロットのオダリスク」は、画家の代名詞ともいえる赤色のキュロットを履き、ソファに横たわる女性を描いていて、背景の花柄の華やかなパネルを色鮮やかに表していました。ギヨームも1918年に画廊で「マティスとピカソの作品展」を開催して作品を購入するも、ギヨームの死後、妻のドメニカは1910年代の大型の作品を手放し、このような装飾性の強い「ニースの時代」と呼ばれる作品のみを手元に残しました。


右:パブロ・ピカソ「布をまとう裸婦」1921-1923年頃
左:パブロ・ピカソ「大きな静物画」 1917-1918年

この他、ルソーやピカソにも見入る作品が多い中、ハイライトはドランとスーティンにあるとしても過言ではありません。実際にドランは出展画家のうち最多の13点、またスーティンは8点出ていて、ゆうに2名の画家にて作品総数の3割以上を占めていました。私もこれほどまとまった数でドランとスーティンを見たのは初めてでした。


アンドレ・ドラン「アルルカンとピエロ」 1924年頃

ドランの「アルルカンとピエロ」は、ギヨームから注文を受けて描いた作品で、ギターを持ちながら、楽しげと言うよりも、不思議と真面目な表情を浮かべた二人の人物を表していました。ピエロのモデルはギヨーム本人とも指摘されていて、夫妻にとって重要な作品でもあったのか、ギヨーム邸の居間の中央に飾られていたそうです。ギヨームは亡くなるまでドランと信頼関係にあり、数十点の作品を所有していた上、ドメニカもドランを評価しては、計28点の作品を手元に残しました。

スーティンはギヨームが早い段階から関心を持った画家の1人で、現在もオランジュリー美術館にあるスーテインの作品群が、ヨーロッパの「最も充実した」(解説より)コレクションとして知られています。


シャイム・スーティン「牛肉と仔牛の頭」 1925年頃

そのスーティンでは「牛肉と仔牛の頭」が並々ならぬ迫力を見せていました。牛の大きな肉塊と頭部がフックにぶら下がる光景を捉えていて、さも血のように赤く、ねっとりと塗られた絵具の質感から、生々しい肉の感触が伝わってきました。スーティンは牛の屠畜体に関心を寄せていて、本作を制作した1925年には、約10点も同様のテーマの作品を描きました。


シャイム・スーティン「七面鳥」 1925年頃

さらに同じく赤を基調としつつも、朽ちては腐乱していく様子を描いたような「グラジオラス」や、鳥が断末魔の叫びを上げて身悶えするかのような「七面鳥」なども、スーティンならではの絵具の熱気を感じられる作品ではないでしょうか。一目見て頭に焼き付くほどに鮮烈な印象を与えられました。


シャイム・スーティン「白い家」 1918年頃(あるいは1933年?)

またおそらく南仏のカーニュか、スペイン国境近くの町を描いたとされる「白い家」は、もはや地面が波打ち、世界がねじれていき、色彩の中に崩壊していくかのようでした。一見、温かみのある色彩でまとめられつつも、破滅的な風景とさえ言えるかもしれません。


正面:アンドレ・ドラン「長い椅子の裸婦」 1929-1930年
左手前:アンドレ・ドラン「アルルカンとピエロ」 1924年頃

オランジュリーのコレクションゆえに、事前に質の高い内容であることは想像していましたが、これほどエコール・ド・パリの画家の作品が充実しているとは思いませんでした。最後にドランとスーティンの展示室に入って、思わず興奮してしまったことを付け加えておきます。


右:アンドレ・ドラン「ポール・ギヨームの肖像」 1919年
左:アンドレ・ドラン「大きな帽子を被るポール・ギヨーム夫人の肖像」 1928-1929年

どちらかと言えば土日の朝方に混み合う傾向があるそうです。一方で、金曜と土曜の夜間は大変に余裕があるとのことでした。


オランジュリー美術館では所蔵作品の大半が常設展示されていることから、作品が館外にまとめて公開されるのは珍しいそうです。今回は美術館の改修工事に伴って、来日が実現しました。

横浜美術館のみの単独の開催です。巡回はありません。2020年1月13日まで開催されています。

「横浜美術館開館30周年記念 オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」@Renoir_12) 横浜美術館@yokobi_tweet
会期:2019年9月21日(土)~2020年1月13日(月・祝)
休館:木曜日。但し12月26日は開館。年末年始(12月28日~1月2日)。
時間:10:00~18:00
 *会期中の金曜・土曜は20時まで。
 *但し1月10日~12日は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1700(1600)円、大学・高校生1200(1100)円、中学生700(600)円、小学生以下無料、65歳以上の当日料金は1600円(要証明書、美術館券売所でのみ発売)
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1
交通:みなとみらい線みなとみらい駅3番出口から徒歩3分。JR線、横浜市営地下鉄線桜木町駅より「動く歩道」を利用、徒歩約10分。

注)写真は特別鑑賞会の際に主催者の許可を得て撮影しました。絵画作品は全て「オランジュリー美術館 ジャン・ヴァルテル&ポール・ギヨーム コレクション」。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「やなぎみわ展 神話機械」 神奈川県民ホールギャラリー

神奈川県民ホールギャラリー
「やなぎみわ展 神話機械」
2019/10/20~12/1



神奈川県民ホールギャラリーで開催中の「やなぎみわ展 神話機械」を見てきました。

1967年に生まれ、「エレベーター・ガール」などの写真シリーズなどで注目を浴びた現代美術家のやなぎみわは、2011年から演劇のプロジェクトを始動させ、ステージ・トレーラーを用いて全国を巡った野外劇「日輪の翼」の上演でも話題を集めました。

そのやなぎみわの写真と演劇に関した作品が一堂に公開されました。前半が「エレベーター・ガール」や「フェアリー・テール」などの写真で、後半に「モバイル・シアター・プロジェクト」と名付けられたインスタレーションの「神話機械」が展示されていました。よって前後半での二部構成の展覧会として捉えても差し支えありません。

もはや代表作と呼んで良い「エレベーター・ガール」や「マイ・グランドマザーズ」などに改めて魅力を感じたのは言うまでもありませんが、今回、私が新たに惹かれたのが、「女神と男神が桃の木の下で別れる」(*)と題した写真連作でした。*チラシ表紙作品。

これは古事記におけるイザナギとイザナミの黄泉平坂(よもつひらさか)のエピソードに着想を得た作品で、イザナギが妻に投げつけたとされる桃をモチーフとしていました。いずれも真夜中の闇を背景に、赤くたわわに実をつけた桃の樹木を捉えていて、福島の果樹園を舞台に大判のカメラで撮影されました。

ともかく妖しいまでに桃が美しく写されていて、それこそ禁断の果実ならぬ、もぎ取るのをはばむかのようでした。桃ばかりが生々しい色彩を放つのを暗い展示室の中で目にしていると、まるであの世へと引き摺り込まれたかのような空想すら誘うかもしれません。これほど桃が恐ろしく見えたのは初めてでした。



一方の「神話機械」は、県民ホールギャラリーで最も特徴的なスペースである、階段のある展示室にて公開されていました。



ここではメインマシン「タレイア」やのたうちマシン「メルポメネー」、それに振動マシン「テルプシコラー」、投擲マシン「ムネーメー」といった、ギリシャ神話の女神の名をつけた4台の機械が展開していて、中には投擲マシンによって投げられたのか、髑髏を模したオブジェの破片も散っていました。そして本来的に4台のマシンは全て自動で動いては、音を鳴らし、光を放ちつつ、無人の演劇空間を構築していくとのことでした。



とは言え、マシンは常に動いているわけではありません。実のところ、私はタイミングを逸してしまい、マシンの演じる様子を見ることは叶いませんでした。


やはりマシンで上演する自動劇ゆえに、可動してこそ作家の意図した光景が現れるのではないでしょうか。これからお出かけの方は、以下の無人公演の時間に合わせて観覧されることをおすすめします。(チケットで観覧可)

【神話機械 上演予定(マシンにより無人公演)】
平日 11:00/15:00
土・日・祝 11:00/14:00/16:00
*上演時間は約15分。



会期最終週には有人のライブパフォーマンスも行われます。(別途チケットが必要)

【神話機械 ライブパフォーマンス ''MM’’】
構成・演出:やなぎみわ
出演:高山のえみ 音楽:内橋和久
日時:11月29日 (金)、30日(土) 19:30開演(19:00受付・上演時間1時間)
場所:神奈川県民ホールギャラリー 第5展示室
料金:全席自由(入場整理番号つき)ベンチ席2000円、立見1500円。
*各回定員100名

11月20日現在、ベンチ席は両日完売、立見席のみ残っているそうです。パフォーマンスの情報、ないしチケット購入については県民ホールギャラリーのWEBサイトをご参照下さい。

なお本展は、今年2月からの高松市美術館(2/2~3/24)に始まり、アーツ前橋(4/19~6/23)、福島県立美術館(7/6~9/1)を経て、神奈川県民ホールギャラリーへとやって来た全国巡回展です。神奈川での会期を終えると、静岡県立美術館へと巡回(2019/12/10日~2020/2/24)します。

それにしても2009年に東京都写真美術館で行われた「やなぎみわ マイ・グランドマザーズ」以来、約10年ぶりの美術館での個展とは驚きました。



私としては旧来からの写真のシリーズに強く惹かれましたが、美術と舞台を「往還」(チラシより)し、ジャンルを超えた1つの物語を紡いでいく、やなぎみわの今の制作を知るにもまたとないチャンスと言えるのかもしれません。



「神話機械」の展示室のみ撮影が可能です。12月1日まで開催されています。

「やなぎみわ展 神話機械」 神奈川県民ホールギャラリー@kanaken_gallery
会期:2019年10月20日(日)~12月1日(日)
休館:木曜日。
時間:10:00~18:00 *入場は閉場の30分前まで。
料金:一般1000円、学生・65歳以上700円、高校生以下無料。
 *10名以上の団体は100円引。
住所:横浜市中区山下町3-1
交通:みなとみらい線日本大通り駅3番出口より徒歩約6分。JR線関内、石川町両駅より徒歩約15分。横浜市営地下鉄関内1番出口より徒歩約15分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「岡山芸術交流2019」 後編:岡山城、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館

旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、林原美術館ほか
「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」
2019/9/27~11/24



「前編:旧内山下小学校、林原美術館」に続きます。「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」を見てきました。


岡山城 不明門

「岡山芸術交流2019」の岡山城内の会場は、天守閣ではなく、城内の2つの門、廊下門、不明門にありました。坂を上り、石垣を横目に進むと、まず不明門が姿を現しました。江戸時代、殆ど閉じていたことから不明門(あかずもん)と呼ばれていて、明治の廃城令にて取り壊されたものの、1966年に天守などとともに再建されました。


ポール・チャン「幸福が(ついに)35,000年にわたる文明化の末に(ヘンリー・ダーガーとシャルル・フーリエにちなんで)」2000-2003年

この不明門では、香港に生まれ、ニューヨークに在住するポール・チャンの「幸福が(ついに)35000年にわたる文明化の末にヘンリー・ダーガーとシャルル・フーリエにちなんで」と題した映像が1点、展示されていました。おおよそ17分間のアニメーションでしたが、ユートピアからディストピアへと転落する世界が、生々しいまでに表現されていて、カオスともいうべきドラマテックな展開に終始、見入ってしまいました。一見、カラフルで楽しげな描写ながらも、ヘンリー・ダーガーの作風に象徴する残虐的な場面なども垣間見えて、思わず背筋が寒くなるほどでした。



不明門を出て、再建天守閣に向かって歩くと、もう1つの会場である廊下門に辿り着きました。廊下門も天守や不明門と同様、1966年に再建された建物で、ちょうど本丸の裏の搦め手に位置した城門でした。本段と中の段を結ぶ城主専用の廊下としても使用されたことから、廊下の名がつけられました。


リリー・レイノー=ドゥヴァール「以上すべてが太陽ならいいのに(もし蛇が)」 2019年

ここではフランスのリリー・レイノー=ドゥヴァールの映像、「以上すべてが太陽ならいいのに(もし蛇が)」が映されていました。絵具だけで身を覆った作家が、ほぼ裸のままに芸術交流の各会場で踊る光景を捉えていて、一見、他の作品と関係しあうように思えるものの、言わばコラボレーションではなく、ひたすらに独立したパフォーマンスが続いていました。それは「展覧会の歴史を主観的に記録」(解説より)するという意味を持ち得ているそうです。



お城から次の旧福岡醤油建物へは、旭川と後楽園を右手に、土手の上の石川公園をしばらく進む必要がありました。晴天の心地良い風を受けながら、水面を眺めつつ、のんびりと歩いていると、透明のガラス張りの作品が見えてきました。ともにニューヨークに在住するメリッサ・ダビン&アーロン・ダヴィッドソンの「遅延線」でした。


メリッサ・ダビン&アーロン・ダヴィッドソン「遅延線」 2019年

中には水が医療器具を思わせるガラスの器を絶えず循環している上、マンタ型のシリコンロボットがプールに沈んでいて、まるで生き物を培養しているようにも見えました。


メリッサ・ダビン&アーロン・ダヴィッドソン「遅延線」 2019年

実際に水は旭川の伏流水から汲み上げた水を使用し、機械から出る熱を取り除いているとのことでした。まるで実験装置のような無機的な作品でしたが、ガラスゆえか景観に溶け込んでいるのが不思議でなりませんでした。


旧福岡醤油建物 *外観

後楽園通りにも面し、カフェなどが立ち並ぶ一角にある旧福岡醤油建物は、かつて醤油製造や市民銀行の窓口として用いられた、母屋を明治時代に由来する古い建物です。


エヴァ・ロエスト「自動制御下」 2017年 *会場風景

地下ではエヴァ・ロエストのVR作品が展示されていましたが、かなりの人気ゆえか、既に当日の受付が終了していて、残念ながら鑑賞は叶いませんでした。そもそもVRは台数が限定され、数人ずつしか体験できないため、混雑時は待ち時間が生じる場合があるそうです。


岡山県天神山文化プラザ *入口

岡山県天神山文化プラザの広い展示室を用いたインスタレーションも見応えがあったのではないでしょうか。


ミカ・タジマ「フォース・タッチ(からだ)」 2019年

ニューヨーク在住のミカ・タジマは、「フォース・タッチ(からだ)」において、ホワイトキューブの壁面に散気装置であるジェットディフューザを設置し、風を放出させる彫刻作品を展示していました。かなり強い風で、展示室内にはごうごうと風の吹く音が轟いていました。


ミカ・タジマ「ニュー・ヒューマンズ」 2019年

また床面にぽっかりと空いた四角い「ニュー・ヒューマンズ」は、機械学習プロセスによって生成された磁性流体を用いた作品で、それこそ黒い液体の下には何らかの未知の生き物が泳いでいるかのようでした。旧内山下小学校のプールで泡を立てていた、パメラ・ローゼンクランツの「皮膜のプール(オロモム)」の動きと重なって見えるかもしれません。


エティエンヌ・シャンボー「熱」/「ソルト・スペース」 2019年

フランスのエティエンヌ・シャンボーによる「ソルト・スペース」にも驚かされました。開口部から入る光以外、ほぼ光源のない暗室の黒い床には、白い粉が散りばめられていて、上を自由に歩いて回ることが出来ました。初めは砂かと思い、靴底の感触を確かめましたが、明らかに硬く、ざらついていて、すぐに砂とは違った粉であることが分かりました。


エティエンヌ・シャンボー「ソルト・スペース」 2019年

実のところこの粉は、死んだ動物を粉砕した骨粉でした。生と死について踏み込んだ作品と言えながらも、ともするといたたまれない気持ちにさせられたのは私だけでしょうか。


岡山市立オリエント美術館 *外観

古代オリエントのコレクションで知られた、岡山市立オリエント美術館も会場の1つでした。ただここでは先の林原美術館とは異なり、コレクションの展示も行われていて、考古資料とアーティストらの作品の合わせ見る内容になっていました。なおオリエント美術館では作品の撮影が出来ません。

基本的にコレクション展が比重が大きく、必ずしも芸術交流の作品は目立っていなかったかもしれませんが、テキスタイルの無機物がまるで生き物ように踊る、ポール・チャンの「トリオソフィア」が見どころだと言えそうです。


ダン・グラハム「木製格子が交差するハーフミラー」 2010年

オリエント美術館の展示を見終えた後は、岡山神社のダン・グラアム「木製格子が交差するハーフミラー」や、岡山ランドリービルの壁面にペイントを施したペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスの「より良く働くために」などの屋外作品をいくつか鑑賞し、岡山駅へと戻ることにしました。


ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイス「より良く働くために」 1991年

今回の芸術交流では、各施設での展示の他、関連プロジェクト「A&C」と題し、街中のパブリックスペースにも幾つかの作品が点在しています。


リアム・ギリック「多面体的開発」 2016年

前回の芸術交流時に制作された2作品に加え、新たに4作品が制作され、開催に先立って公開されてきました。城下の交差点に高くそびえるリアム・ギリックの「多面体的開発」が目立っていたかもしれません。

この日はスケジュールの都合上、午後から半日程度しか時間が取れませんでしたが、一部の映像を除けば、大半の作品を鑑賞することが出来ました。ゆっくり見て回ったとしても1日あれば十分に楽しめる内容ではないでしょうか。


シネマ・クレール丸の内 *外観(ローレンス・ウィナーの作品)

特に展示に順路はありませんが、私が準備していた前売券を旧内山下小学校で引き換える必要があったため、まず同小学校の作品を見た後、南から北へとぐるりと一周、林原美術館、岡山城、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館へと見て回りました。ただしシネマ・クレール丸の内の映像は上映時間に間に合わなかったため、屋外で展開するローレンス・ウィナーの作品のみを観覧して来ました。



全ての展示は城下駅を起点に、岡山城から旭川沿いに集中しているため、徒歩で移動することも十分に可能でした。またカフェや古い喫茶店も随所にあり、街歩きとしても楽しめました。


旧内山下小学校 *廊下内

「もし蛇が」と題した謎めいたタイトルしかり、ともすると難解な内容だったかもしれませんが、生命科学を取り巻く様々な問題を意識させるようなコンセプチャルな作品も少なくなく、他の芸術祭とは良い意味で差別化されていたのではないかと思いました。昨今の芸術祭で見られるフォトジェニックな要素も殆ど感じられません。


岡山県天神山文化プラザ *外観

キーワードとして「新しい生命体とテクノロジー」を掲げ、芸術交流全体が「独立した1つの生命体」(リリースより)と定義づけられています。それこそ蛇が這うかのように展示を見て歩いていると、いわゆる芸術作品を目にしているというよりも、近未来の生命や知能に関する実験を前にしているような錯覚に囚われました。

会期も残すところ1週間を切りました。11月24日まで開催されています。

「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」 旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、林原美術館ほか
会期:2019年9月27日(金)~11月24日(日)
休館:月曜日。但し10月14日(月・祝)、11月4日(月・振休)は開館し、翌日の火曜日が休館。
時間:9:00~17:00
 *入館は16時半まで。
料金:一般1800円、一般岡山県民1500円、専門学生・大学生1000円、65歳以上1300円。
 *8名以上の団体は1300円
 *単館観覧券(500円)あり。
住所:岡山市北区丸の内1-2-12(旧内山下小学校)、岡山市北区弓之町17-35(旧福岡醤油建物)、岡山市北区天神町8-54(岡山県天神山文化プラザ)、岡山市北区天神町9-31(岡山市立オリエント美術館)、岡山市北区丸の内2-3-1(岡山城)、岡山市北区丸の内2-7-15(林原美術館)
交通:JR線岡山駅より路面電車東山線4分「城下」下車、徒歩5分。(メイン会場の旧内山下小学校へのアクセス。)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「岡山芸術交流2019」 前編:旧内山下小学校、林原美術館

旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、林原美術館ほか
「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」
2019/9/27~11/24



岡山市内各所で開催中の「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」を見てきました。



2016年にスタートし、3年ごとに行われる国際現代美術展の「岡山芸術交流」は、今年で第2回を数えるに至りました。



芸術交流の開催地は、岡山駅より東側の後楽園や岡山城を望んだ、旭川沿い一帯に集中していました。よって岡山駅前のインフォメーションセンターで場所を確認した後、駅前から路面電車に乗って、まずは旧内山下小学校へ向かうことにしました。



旧内山下小学校の最寄りは東山線の城下駅でした。駅で下車し、地下広場を経由して、「烏城みち」と呼ばれる坂道を少しのぼると、ピンク色に染まる「岡山芸術交流2019」のフラッグが見えてきました。


旧内山下小学校 *外観

2001年に廃校となったという内山下小学校は、芸術交流の中で最も出展作家が多い上、会場も広く、事実上の主会場と捉えて差し支えありません。学校の入口にて事前に手配しておいた前売り券を観覧券に引き換え、校舎や体育館などで展開する作品を見てまわりました。なお内山下とは「うちやました」ではなく、「うちさんげ」と読むそうです。


パメラ・ローゼンクランツ「皮膜のプール(オロモム)」 2019年

大きく目を引くのは、プールをピンク色に染めたスイスのアーティスト、パメラ・ローゼンクランツの「皮膜のプール(オロモム)」でした。時にブクブクと泡立つプールは僅かに波打っていて、やや粘り気を帯びているようにも見え、さもプール自体が息を吐く1つの生き物であるかのようでした。


パメラ・ローゼンクランツ「皮膜のプール(オロモム)」 2019年

プールの色は、ヨーロッパ人の肌を標準化し、合成したものに基づいていて、パメラ・ローゼンクランツは「オロモム」なる造語の名を与えました。またプールの周りのフェンスには、シーン・ラスペットの手掛けた、遺伝子操作により時間で色が変化するという朝顔が、淡い紫色の花を咲かせていて、ピンク色のプールと独特のコントラスを描いていました。


ジョン・ジェラード「アフリカツメガエル(宇宙実験室)」 2017年

さらにプールの外を見やると、正面に建つRSK山陽放送を背に、ジョン・ジェラードの「アフリカツメガエル(宇宙実験室)」が一面に映されていて、カエルが足をバタつかせながら、無重力状態で浮遊する姿を見やることが出来ました。何でも18世紀の科学者の行ったカエルに関する生体電気の実験と、1992年のスペースシャトル「エンデバー」での繁殖実験を結びつけ、映像として表現したそうです。


タレク・アトウィ「ワイルドなシンセ」 2019年

体育館の広いスペースを用いた、レバノンのタレク・アトウィによる大規模なサウンドインスタレーション、「ワイルドなシンセ」も見応え十分ではないでしょうか。


タレク・アトウィ「ワイルドなシンセ」 2019年

ここでは世界の楽器のパーツを用い、アトウィが制作したオリジナルの楽器が、さも個々に自立して運動するかのように様々な音を奏でていて、体育館全体で1つのオーケストラとでも言うべき巨大な音響空間を築き上げていました。


タレク・アトウィ「ワイルドなシンセ」 2019年

いずれも機械的でありながら、楽器には石や動物の骨なども取り込まれていて、どことなくプリミティブな印象も与えられるかもしれません。また細かな音を立ててはカシャカシャと動く姿は、不思議と小動物を思わせる面もあり、可愛らしくも映りました。


ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニ「非ずの形式(幼年期)、無人、シーズン3」 2019年

旧内山下小学校では校舎内や中庭にも作品が多く展示されていました。ともにフランス生まれのファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニは、複数の教室を用い、彫刻やパフォーマンスを捉えた映像をインスタレーションに展開していました。


ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニ「反転資本(1971年-4936年)、無人、シーズン2、エピソード2」 2019年

実のところ一連の彫刻は、校舎を舞台に演じられたパフォーマンスに使われた道具で、映像は丸1日、すなわち24時間かけて撮影されました。廃校ならではのうら寂れた空間と相まっては、何やらおどろおどろしい雰囲気を醸し出していました。


マシュー・バーニー&ピエール・ユイグ「タイトル未定」 2019年

フランス人アーティストで、「岡山芸術交流2019」のアーティスティックディレクターであるピエール・ユイグと、アメリカで活動するマシュー・バーニーによる水槽を用いた共作、「タイトル未定」と題した新作も見逃せないかもしれません。


マシュー・バーニー&ピエール・ユイグ「タイトル未定」 2019年

一見すると青い水の入った水槽で何らかの実験が行われているようでしたが、実際には電解液が貯められていて、中にはバーニーのエッチングした銅版が沈められていました。そして会期中、電気メッキ加工がなされることで、表面へ付着物が集まることから抽象化し、最後には銅の1つの物体となっていくように作られていました。さらに終了後はバーニーの水槽より取り出され、同じ展示室にあるユイグの水槽に移されては、立体作品として設置されるとのことでした。一体、どのような姿形で現れるのでしょうか。


エティエンヌ・シャンボー「微積分/石」 2019年

この他、校庭ではピエール・ユイグの映像が映され、奥の土俵では蛇をモチーフとしたようなロボットが動くなど、小学校の内外で多様な作品が展示されていました。うち砂丘のように砂の堆積した校庭の中、ひっそりと佇むオブジェ、エティエンヌ・シャンボーの「微積分/石」は、ロダンの「考える人」から人の部分を取り除いた作品で、いわば不在を表現していました。奇妙な形ゆえに、まさかロダン作を引用しているとは思えないかもしれません。


ピエール・ユイグ「タイトル未定」 2019年

また撮影は叶いませんでしたが、突如、予告なくはじまるティノ・セーガルによるパフォーマンスも1つの見どころでした。そして一通り、旧内山下小学校の展示を見終えた後は、近くの林原美術館へと向かうことにしました。


林原美術館 *外観

林原美術館は旧内山下小学校から歩いて5分弱ほどで、武家屋敷から移されたという立派な長屋門が出迎えてくれました。同館は、岡山の実業家である林原一郎による蒐集品と、旧岡山藩主池田家に由来する大名調度品を中心としたコレクションで知られていて、絵画、書跡、刀剣、武具、能面他、装束などを合わせると、約9000件もの作品を有しています。


林原美術館 *入口

ただ「岡山芸術交流2019」会期中は、展示室も芸術交流の会場に使われるため、コレクションの公開は一切ありません。受付で観覧券を提示し、がらんとした展示室へ入ると、突如、1人の女性による朗読がはじまりました。先の小学校と同様、ティノ・セーガルの手掛けたパフォーマンスでした。


ピエール・ユイグ「2分、時を離れて」 2000年

ここではピエール・ユイグのアニメーション「2分、時を離れて」に連動していて、少女のキャラクターのアン・リーがまずCGで観客に語りかけた後、今度はティノ・セーガルによってアン・リー役の少女がリアルに観客に向かい、様々な質問を投げかけるというものでした。なおアン・リーとは1999年、ユイグらが日本の代理店より権利を購入したキャタクターで、様々な作家が映像作品にて二次創作を行いました。そして2001年には、何とキャラクターの権利がアン・リー本人に譲渡されたそうです。


イアン・チャン「BOBのいる世界(経典その1)」 2019年

林原美術館の展示は、このユイグとティノ・セーガルによる映像、及びパフォーマンスの他、アメリカのイアン・チェンによる独特のグラフィック表現を用いた「BOB」など、ほぼ映像作品で占められていました。



美術館の前には岡山城の堀が広がっていました。そして堀に沿って歩き、次の会場である岡山城へと向かいました。


ファビアン・ジロー&ラファエル・シボーニ「非ずの形式(幼年期)、無人、シーズン3」 2019年

「後編:岡山城、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館」へと続きます。

「岡山芸術交流2019 IF THE SNAKE もし蛇が」 旧内山下小学校、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館、岡山城、林原美術館ほか
会期:2019年9月27日(金)~11月24日(日)
休館:月曜日。但し10月14日(月・祝)、11月4日(月・振休)は開館し、翌日の火曜日が休館。
時間:9:00~17:00
 *入館は16時半まで。
料金:一般1800円、一般岡山県民1500円、専門学生・大学生1000円、65歳以上1300円。
 *8名以上の団体は1300円
 *単館観覧券(500円)あり。
住所:岡山市北区丸の内1-2-12(旧内山下小学校)、岡山市北区弓之町17-35(旧福岡醤油建物)、岡山市北区天神町8-54(岡山県天神山文化プラザ)、岡山市北区天神町9-31(岡山市立オリエント美術館)、岡山市北区丸の内2-3-1(岡山城)、岡山市北区丸の内2-7-15(林原美術館)
交通:JR線岡山駅より路面電車東山線4分「城下」下車、徒歩5分。(メイン会場の旧内山下小学校へのアクセス。)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」 森アーツセンターギャラリー 

森アーツセンターギャラリー
「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」
2019/9/21~11/17



森アーツセンターギャラリーで開催中の「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」を見てきました。

1960年にニューヨークで生まれ、80年代に「アートシーンで旋風を巻き起こす」(公式サイトより)も、薬物の過剰摂取により27歳で死を遂げたジャン=ミシェル・バスキアは、近年さらに評価され、「黒いピカソ」(カタログより)と称されるほどの地位を獲得しました。


ジャン=ミシェル・バスキア「メイド・イン・ジャパン1 2」 1982年 Private Collection

そのバスキアの作品が世界各地より約130点ほど日本へやって来ました。またバスキアも生前、複数回来日し、日本の文化などを取り込んだ作品を制作していて、タイトルの「MADE IN JAPAN」ならぬ、日本との影響関係にある作品も出展されていました。


ジャン=ミシェル・バスキア「フーイー」 1982年 高知県立美術館

僅か10年間に2000点を超えるドローイングと1000点以上の絵画を残したバスキアですが、よく指摘されるように、確かに作品には熱気とも呼びうる強烈なエネルギーが渦巻いていました。またモダニズム美術を踏まえつつも、ジャズやヒップホップ、アフリカの民俗や人種問題などの主題を扱っていて、どこか1980年代のアメリカ社会に対しての批判的態度も見受けられました。


ジャン=ミシェル・バスキア「炭素/酸素」 1984年 Hall Collection

既に多くの人々を虜にし、多様に語られるバスキアについて、私が付け加える言葉も見つかりませんが、あえて1つあげるとしたら、主に絵画における重層的な質感に大いな魅力があることでした。

とするのも、時に塗り固めるように塗られた絵具は、想像以上に激しく躍動感があり、ダイレクトに身振りをキャンバスへぶつけたかのような、振幅のある生々しい画面が築き上げられていたからでした。


ジャン=ミシェル・バスキア「無題」 1982年 Yusaku Maezawa Collection

そして「無題」の口や目の中の空間など、画面には奥行きも感じられて、さもレイヤーを重ねたような複雑な空間も表現されていました。かつてのブリヂストン美術館で回顧展のあった、デ・クーニングの筆触を思い起こさせる面もあるかもしれません。


ジャン=ミシェル・バスキア「プラスティックのサックス」 1984年 agnés b. Collection

一方で絵画を特徴づける文字は、極めて断片的な引っ掻き傷のような線で示されていて、それこそジャズのような即興性と、バスキア自身の何らかの叫びというような強いメッセージが表れているようにも思えました。なお線に関しては、バスキアの敬愛したトゥオンブリーに近いとも言われているそうです。


ジャン=ミシェル・バスキア「自画像」 1985年 Private Collection

これほど熱量のある作品をどこまで受け止められたかどうか自信がありませんが、事前に図版などで見知っていたグラフィックなイメージとは異なり、生の迫力という観点からしても、相当に見応えのある内容ではなかったでしょうか。しばらく作品を前にしていると、頭を殴られるかのような衝撃を感じました。


ジャン=ミシェル・バスキア「消防士」 1983年 北九州市立美術館

さて9月下旬からスタートしたバスキア展ですが、早くも今週末、11月17日をもって終了します。実のところ、私自身、会期初めと11月上旬の計2回、展覧会へ行きました。


ジャン=ミシェル・バスキア「ナポレオン」 1982年 Private Collection

今回の展覧会では「二度楽しめる!」と題して、11月1日までに入場し、出口にて所定の写真撮影をすると、11月8日までの平日17時から20時の間に限り、無料で再入場出来るキャンペーンが行われていました。

ちょうど2度目に出かけたのは、キャンペーンの終了間際、11月6日(木)の17時頃でした。入館に際しての待ち時間は特になく、会場内も撮影可の作品を中心に賑わっていたものの、おおむねスムーズに見られました。


ジャン=ミシェル・バスキア「無題(ドローイング)」 1986年 Collection of Larry Warsh

とはいえ、会期末が迫り、現在はチケットカウンターを中心にかなり混み合っているそうです。ラストの土日も大変な混雑が予想さるため、もしこれからお出かけの際は、予めコンビニなどでチケットを購入しておくことをおすすめします。


ジャン=ミシェル・バスキア「オニオンガム」 1983年 Courtesy Van de Weghe Fine Art

チラシ表紙に掲載された「無題」しかり、このところ何かとメディア等に露出も多かったバスキアでしたが、少なくとも近年、国内で今回ほど網羅的に紹介されたことはありません。


バスキアの作品は幾つかの公立美術館にも所蔵されているものの、100点超のスケールで見られる機会は、次、いつのことになるのでしょうか。その意味では一期一会の展覧会とも言えそうです。


ジャン=ミシェル・バスキア「自画像」(部分) 1985年 Private Collection

一部作品の撮影も出来ました。本エントリの写真も撮影可能な作品を掲載しています。



11月17日まで開催されています。遅れに遅れてしまいましたが、おすすめします。

「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」@fujitvart) 森アーツセンターギャラリー 
会期:2019年9月21日(土)~11月17日(日)
休館:9月24日。
時間:10:00~20:00
 *9月25日、26日、10月21日は17時まで。
 *入館は閉館の30分前まで
料金:一般2100(1900)円、大学・高校生1600(1400)円、中学・小学生1100(900)円
 *( )内は15名以上の団体料金。
住所:港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階
交通:東京メトロ日比谷線六本木駅1C出口徒歩5分(コンコースにて直結)。都営地下鉄大江戸線六本木駅3出口徒歩7分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「現在地:未来の地図を描くために」 金沢21世紀美術館

金沢21世紀美術館
「現在地:未来の地図を描くために」
第1期:2019/9/14〜12/19、第2期:2019/10/12〜2020/4/12



金沢21世紀美術館で開催中の「現在地:未来の地図を描くために」を見てきました。

2004年に開館し、今年で15周年を迎えた金沢21世紀美術館は、これまで1980年以降の現代美術を中心に、約4000点にも及ぶコレクションを蒐集してきました。

その一端を紹介するのが「現在地:未来の地図を描くために」と題した展覧会で、「エコロジー」、「エネルギーの伝播」、「抽象的な価値」、「身体」、「KOGEI」など、複数のテーマに沿って多様な作品を展示していました。

何やらワオーンと狼の遠吠えのような声が聞こえてきました。それが泉太郎の「30」で、2つの映像の少年と複数の大人たちが、狼の鳴き声を真似て呼びかける作品でした。


泉太郎「30」 2017年 金沢21世紀美術館

人が狼の声で互いに呼び合う様からして奇怪と言えるかもしれませんが、ここで泉はSNSなどの言語によらないことの多い、現代のコミュニケーションについて問いを投げかけているのかもしれません。


ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー「驚異の小部屋」 2017年 金沢21世紀美術館

同じく一部に音を取り込んだのが、ジャネット・カーディフ & ジョージ・ビュレス・ミラーの「驚異の小部屋」でした。


ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー「驚異の小部屋」 2017年 金沢21世紀美術館

展示室の中央には一台の古いキャビネットが置かれていて、引出しを開けると、カストラートの歌声やカーディフ自身の朗読など、作家のアーカイブより抽出された様々な音が鳴り響きました。またここでは引出しの開け閉めによって音が変化することから、キャビネットを楽器に見立て、鑑賞者を演奏家としても捉えているそうです。


エリアス・シメ「綱渡り:音を立てずに5」 2019年 作家蔵

エチオピア出身のエリアス・シメの「綱渡り:音を立てずに5」も興味深い作品ではないでしょうか。幾つかに区切られた長方形の平面には、主に曲線によってまだらな紋様が描かれていて、いわゆる抽象的なパターンが広がっていました。


エリアス・シメ「綱渡り:音を立てずに5」 2019年 作家蔵

もはや遠目では一体、何で作られているか分かりませんが、実のところ素材は携帯やパソコンなどから剥ぎ取られたワイヤーなどで、確かに近づくと無数の線の束で紋様が築かれていることが見て取れました。エリアス・シメは約25年以上も渡り、糸やボタン、プラスチック、動物の皮や布地、それに廃材などを用い、コラージュを制作してきました。


ペドロ・レイエス 「人々の国際連合 武装解除時計」 2013年 金沢21世紀美術館

メキシコのペドロ・レイエスは「人々の国際連合 武器解除時計」にて、不法所持から回収された銃を組み合わせて楽器にした作品を制作しました。また時計は中から解放される社会を目指すべく時を刻んでいて、約15分おきに作品は自動で動き、バチによって金属音が鳴りました。


クリス・バーデン「メトロポリス」 2004年 金沢21世紀美術館

クリス・バーデンの「メトロポロス」も目立っていました。一部にレゴブロックが用いられた大きなオブジェには、鋼鉄などによってビルが築かれていて、道路やモノレールが複雑に行き来していました。まさに横と縦へ広がり、終始、車や電車の目まぐるしく行き来する、現代の大都市のネットワークを表した作品と言えるのかもしれません。


オラファー・エリアソン「水の彩るあなたの水平線」 2009年 金沢21世紀美術館

光を用いたインスタレーションで知られた、オラファー・エリアソンの「水の彩るあなたの水平線」も見逃せません。ここでは暗室に水の張った器が置かれていて、ランプとプリズムによる波紋が壁に光の帯を作り上げていました。また光の帯は、鑑賞者が踏む入口の板の動きと連動していて、インタラクティブな仕掛けも取り込まれていました。

この他、ネトの体験型の「身体・宇宙船・精神」など、一連の大規模なインスタレーションも、展覧会の見どころと言えそうです。


ジュディ・ワトソン「グレートアーテジアン盆地の泉、湾(泉、水)」 2019年 作家蔵

やや駆け足気味の観覧になってしまいましたが、社会の問題意識を提起するようなテーマ設定はもとより、単に見栄え云々ではなく、コンセプトに重きを置いた作品が多く、思いの外に考えさせられる展示でした。また工芸の街、金沢だけあるのか、現代の工芸作家の作品を展示した「KOGEI」のコーナーも見応え十分でした。



さて繰り返しになりますが、金沢21世紀美術館は開館15周年を迎えました。


パトリック・ブラン「緑の橋」 2004年 恒久展示作品

もはや金沢を代表する観光スポットと化した美術館だけに、この日は平日にも関わらず、大勢の観光客で賑わっていて、チケットブースには待機列も生じていました。


フロリアン・クラール「アリーナのためのクランクフェルト・ ナンバー3」 2004年 恒久展示作品

ガイド本でも案内されていますが、金沢21世紀美術館はチケット購入の際に時間がかかることがあります。あらかじめコンビニのプレイガイドなどで前売り券を手配しておくことをおすすめします。


レアンドロ・エルリッヒ「スイミング・プール」 2004年 恒久展示作品

美術館の中で特に人気を集めていたのは、あまりにも有名なエルリッヒの「スイミングプール」で、プールの上から覗き込みつつ、下へフロアへと進んでは、またプールの上の写真を撮って楽しむ方がたくさん見受けられました。


レアンドロ・エルリッヒ「スイミング・プール」 2004年 恒久展示作品

実は私は今回、遅ればせながら初めて金沢21世紀美術館に行ってきました。



市中心部の香林坊や兼六園にも近い抜群のロケーションの上、SANAAによる360度ガラス張りの円形の建物など、明らかに目を引く施設で、全方位が正面ともいうべき開かれた動線も含め、いかに街のシンボルになっているのかが良く分かりました。



一方、館内は思いの外に複雑で、個々に独立した展示スペースを移動していると、時にどの場所にいるのかが分からなくなることもありました。ただそれも21世紀美術館の建物の1つの個性と言えるのかもしれません。


オラファー・エリアソン「カラー・アクティヴィティ・ハウス」 2010年 恒久展示作品

屋外に設置されたエリアソンの「カラー・アクティヴィティ・ハウス」やフロリアン・クラールのチューバ状のオブジェなども、子どもたちやファミリーが入れ替わり立ち替わり見学、ないし遊んでいて、人が途切れることはほぼありませんでした。


ヤン・ファーブル「雲を測る男」 1998年 恒久展示作品

一通り、観覧を終えると、ちょうど日没が迫っていたため、タレルの部屋こと、「ブルー・プラネット・スカイ」へと足を運んでみました。


ジェームズ・タレル「ブルー・プラネット・スカイ」 2004年 恒久展示作品

この空間では、天井の中央部分が正方形に切り取られていて、壁際の椅子から雲などの靡く空を眺めることが出来ます。


ジェームズ・タレル「ブルー・プラネット・スカイ」 2004年 恒久展示作品

ほぼ快晴に近い晴天でした。ここではかつて旅した越後妻有の「光の館」のようなライトプログラムは行われませんが、しばし時間を忘れ、日が暮れるに従って移ろう空の光にぼんやりと見入りました。


大岩オスカール「壁面ドローイング 森」 2019年

なお「現在地:未来の地図を描くために」は、基本的に[1]と[2]に分かれた2会期制の展覧会です。

「現在地:未来の地図を描くために」
[1]2019年9月14日(土) 〜12月19日(木)
[2]2019年10月12日(土) 〜2020年4月12日(日)

第1期で45作家による約70点、第2期は会期中に展示替えがあり、トータルで75作家、約140点の作品が紹介されるそうです。そして[1]と[2]を同時に見られるのは、10月12日から12月19日の間になります。



また[2]の会期中のうち12月20日から翌年2月3日にかけては、館内設備の改修工事のため、全館休館します。お出かけの際はご注意下さい。



一部作品の撮影も可能でした。



「現在地:未来の地図を描くために」は2020年4月12日まで開催されています。

「現在地:未来の地図を描くために」 金沢21世紀美術館@Kanazawa_21
会期:[1]2019年9月14日(土) 〜12月19日(木)、[2]2019年10月12日(土) 〜2020年4月12日(日)
休館:月曜日。但し9月16日、9月23日、10月14日、10月28日、11月4日、2月24日は開館。9月17日(火)、9月24日(火)、10月15日(火)、11月5日(火)、12月20日(金)〜2月3日(月)、2月25日(火)は休館。
時間:10:00~18:00 
 *金・土曜日は20時まで開館。
料金:一般1200(1000)円、大学生800(600)円、小・中・高生400(300)円、65歳以上1000円。
 *現在地[2](会期:2019年10月12日〜12月19日)にも入場可。
 *現在地[2]は一般450(360)円、大学生310(240)円、65歳以上360円。高校生以下無料。
  *( )内は20名以上の団体料金。
場所:石川県金沢市広坂1-2-1
交通:JR金沢駅兼六園口(東口)3番、6番乗り場よりバスにて約10分「広坂・21世紀美術館」下車すぐ。JR金沢駅兼六園口(東口)7番乗り場より城下まち金沢周遊バス約20分「広坂・21世紀美術館(石浦神社前)」下車すぐ。JR金沢駅兼六園口(東口)6番乗り場から兼六園シャトル約10分「広坂・21世紀美術館」下車すぐ。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )

「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」 東京国立近代美術館工芸館

東京国立近代美術館工芸館
「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション―メトロポリタン美術館所蔵」
2019/9/13〜12/8



東京国立近代美術館工芸館で開催中の「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション―メトロポリタン美術館所蔵」を見てきました。


田辺竹雲斎(初代)「柳里恭式釣置花籃」 1900-1920年頃 アビー・コレクション

日本の竹籠や竹の造形作品に魅せられ、約20年以上も収集してきたニューヨークのダイアン&アーサー・アビー夫妻の竹工芸コレクションが、再び海を渡って日本へと里帰りしてきました。


右:飯塚琅かん齋「手付花籃」 1936-1949年頃 アビー・コレクション
左:藤井達吉「銅切透七宝巻雲紋手箱」 1920年 東京国立近代美術館

その数は約200点を超えるコレクションのうちの75点で、竹工芸に限らず、近代美術館所蔵の染織や花瓶などの工芸作品と合わせて紹介されていました。


飯塚琅かん齋「花籃 日朗」 1940年代頃 アビー・コレクション 他

まず会場で興味深いのは、竹工芸作家の作品を東日本と西日本、それに九州といった地域別に展示していたことでした。そもそも日本には600種類以上の竹や笹が存在していて、特に竹は主に日本の南の地方に生育してきました。大分県や山口県、それに栃木県が主な産地として知られています。


「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」会場風景

また西日本の竹は柔らかく、しなり、東日本は固く、九州の竹は水分の含有量が多いという特徴を持っています。こうした竹の性質や、地域によって異なる竹工芸の史的展開などについても解説のパネルなど知ることが出来ました。


藤塚松星「潮」 1978年 アビー・コレクション

現代における竹工芸についても見逃すことは出来ません。ここ十数年、竹工芸は技法や構想においてより多彩である一方、歴史や地域性に対して敬意も示され、伝統と革新の双方を踏まえながら多面的に展開してきました。


生野祥雲斎「竹華器 怒涛」 1956年 東京国立近代美術館

そして近年は美術の素養を持つ作家だけでなく、美術との無関係の分野から竹工芸の道へと飛び込む人物もいるそうです。とはいえ、基礎から技を学ぶには5年から10年、さらに様式を発展させるには「十数年」(解説より)も要するとしています。その精緻でかつ、時に量感のある竹工芸を目にすれば、到底、一朝一夕に作られるとは思えませんが、やはり熟練の手仕事が重要になってくるのかもしれません。


飯塚小かん齋「白錆花籃 雲龍」 1990年 アビー・コレクション

2018年に菊池寛実記念智美術館で行われた「線の造形、線の空間」、それに今年に太田市美術館の「生誕100年 飯塚小玕齋展」(2019年)でも取り上げられた、飯塚琅かん齋や田辺竹雲斎、それに飯塚小かん齋の作品が複数出ていたのにも目を引かれました。実のところ、前者の展覧会が私にとって初めての竹工芸との出会いでもあり、あまり時間をあけることなく、このような形で再び竹工芸をまとめて見られたのも嬉しいところでした。


本田聖流「舞」 2000年 アビー・コレクション

それにしても特に現代の竹工芸に関しては、実用性云々や用途を超え、いわば端的なオブジェとして斬新でかつ、極めて大胆な作品も少なくありません。


長倉健一「花入 女」 2018年 アビー・コレクション

そもそもどのように編み上げたのかすら分からないほど精巧な竹工芸もありました。竹工芸の世界は発見や驚きに満ち溢れていると言っても差し支えありません。


「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」会場風景

アビー夫妻は長年の竹工芸の収集に際し、綿密な研究を元にすることよりも、自らの「鑑識眼と美的嗜好」(解説より)に基づいて購入の決断を下してきたそうです。とはいえ、日本の東西の作品が網羅的にコレクションされていて、竹工芸の多様な魅力に接することも出来ました。


「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」会場風景

これまでにもアメリカ国内の美術館に貸し出されてきたアビー・レクションですが、2017年から2018年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で「日本の竹工芸:アビー・コレクション」としてまとめて公開され、約47万名以上を動員するなどして大きな話題を集めました。そして2020年にはコレクションが一括してメトロポリタン美術館へと寄贈されます。


「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」会場風景

作品の撮影も可能でした。(フラッシュ、三脚、動画は不可。)


12月8日まで開催されています。なお東京展終了後、大阪市立東洋陶磁美術館へと巡回(2020/12/21〜2020/4/12)します。おすすめします。

「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション―メトロポリタン美術館所蔵」 東京国立近代美術館工芸館@MOMAT60th
会期:2019年9月13日(金)〜12月8日(日)
休館:月曜日。但し9月16日、9月23日、10月14日、11月4日は開館し、翌火曜日は休館。
時間:10:00~17:00 
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般900(700)円、大学生500(350)円、高校生300(200)円、中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *本展の観覧料で当日に限り、本館所蔵作品展「MOMATコレクション」も観覧可。
場所:千代田区北の丸公園1-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩8分。東京メトロ半蔵門線・東西線・都営新宿線九段下駅2番出口より徒歩12分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」
2019/11/1~12/15



東京国立近代美術館で開催中の「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」を見てきました。

日本画家、鏑木清方の代表作とされながら、1975年のサントリー美術館での展示以来、行方不明となっていた「築地明石町」、「新富町」、「浜町河岸」の3部作が、44年ぶりに所在が確認され、東京国立近代美術館にて公開されました。

いずれも同じのサイズの軸画で、中でも「築地明石町」は1927年、清方が帝国美術院展に出品し、「審査委員の絶賛を受け」(解説より)て、同美術院賞を得た作品でした。明治時代、外国人居留地であった築地明石町(現在の中央区明石町)を舞台としていて、微かに帆船のマストを望み、朝顔の咲く垣根を背景に、黒い羽織姿の女性が、袖を合わせながら振り返る光景を描いていました。



あたりは朝霧が立ち込めているのか、すっかり白んでいて、女性もやや肩を閉じつつ、衣を引き寄せては、寒そうな様子をしていました。またやや口元を引き締め、上目で後ろを向く表情は、思いのほかに凛としていて、女性の気位の高さを感じさせるものがありました。指にきらりと光る金色の指輪も艶やかではないでしょうか。

この作品に対して当時、外国人相手の妾をモデルとしたとの解釈がありましたが、清方は上流の夫人であると反論したそうです。モデルは清方夫人の女学校時代の友人で、清方に絵を習っていた江木ませ子とされています。

一方で「新富町」と「浜町河岸」は、ともに「築地明石町」の3年後である1930年に描かれた作品でした。うち花街を舞台とした「新富町」では、雨の降る中、蛇の目傘をさして歩く芸者を表していて、先を急ぎつつも路面を気にするのか、僅かに慌てた表情で足下を見やっていました。

右手に新大橋のシルエットが望む「浜町河岸」では、稽古帰りの娘が、扇を口にしつつ歩く姿を描いていて、髪には一輪の淡いピンク色のバラの簪をさしていました。口元に扇を当てる仕草など、どことなくあどけない表情も個性的と言えるかもしれません。


「築地明石町」、「新富町」、「浜町河岸」とも、モデルの年齢は言うまでもなく、表情、さらに季節感もが異なっていて、確かに3部作ならぬ「女三態」(解説シートより)として描いた清方のコンセプトも知ることも出来ました。また衣の模様や彩色など、図版では到底わからない繊細な描写も大いな魅力と言えそうです。

なお今回の特別公開は3部作のみに留まりません。その他にも清方の「三遊亭円朝像」や「明治風俗十二ヶ月」、それに伊東深水の描いた「清方先生寿像」など、館蔵の清方に関する作品が約15点ほど紹介されていました。いずれも優品ばかりで、スケールこそ小さいものの、粒揃いの清方展と捉えて差し支えありません。

さほど混雑していなかったものの、単眼鏡を片手にしながら、熱心に鑑賞されている方を少なからず目にしました。「築地明石町」を含む三3作は、今年6月、東京国立近代美術館が、都内の画商より計5億4000万円で購入したことでも話題となった作品でもあります。

何せ44年以上ぶりの一般向けの公開です。心待ちにしていた方も多かったのかもしれません。

最後に新たな清方展の情報です。東京国立近代美術館では、没後50年に当たる2022年、清方の大回顧展を開催するそうです。(京都国立近代美術館でも開催予定。)同館で清方展が開かれるのは、1999年の回顧展以来、2度目となります。こちらも約20年越しのため、大変な注目を集めるのではないでしょうか。

会場は、所蔵品ギャラリー第10室、つまり3階の日本画の展示室でした。通常、所蔵品ギャラリーは、コレクション展や企画展チケットで観覧出来ますが、今回の清方展は専用のチケットが必要でした。お出かけの際はご注意下さい。(企画展「窓展」とのセット券もあり。)

1つ上のフロア、4階の1室(ハイライト)では、同じく清方の「墨田河舟遊」があわせて公開されていました。


鏑木清方「墨田河舟遊」 1914年

第8回の文展で2等を受賞した6曲1双の屏風作で、左右に江戸後期の隅田川の舟遊びの情景を描いていました。


鏑木清方「墨田河舟遊」 1914年

ともかく目を引くのは右隻に表された大きな屋形船で、中では色とりどりの着物に身を包んだ女性らによって、人形の舞が艶やかに披露されていました。


鏑木清方「墨田河舟遊」 1914年

また屋形船が左隻にまで突き出すように広がる構図もダイナミックで、さも舟が画面の奥から左手前へと動くかのような臨場感もあるかもしれません。船頭の動きや風を受けた衣の表現しかり、川を進みゆく船の動きまでを巧みに示していました。

「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」の会場内の撮影は出来ません。(4階1室は撮影可。)



12月15日まで開催されています。

「鏑木清方 幻の《築地明石町》特別公開」 東京国立近代美術館所蔵品ギャラリー第10室(@MOMAT60th) 
会期:2019年11月1日(金)~ 12月15日(日)
休館:月曜日。
 *但し11月4日は開館し、11月5日(火)は休館。
時間:10:00~17:00
 *毎週金曜・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般800(600)円、大学生400(300)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *本展の観覧料で当日に限り、「MOMATコレクション」も観覧可。
 *同時開催の「窓展」は別途観覧料が必要です。窓展とのセット券(一般1500円)あり。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )

「目  非常にはっきりとわからない」 千葉市美術館

千葉市美術館
「目  非常にはっきりとわからない」
2019/11/2〜12/28



千葉市美術館で開催中の「目  非常にはっきりとわからない」を見てきました。

アーティストの荒神明香、ディレクターの南川憲二を中心に活動する現代アーティストチームの「目」は、これまでにも資生堂ギャラリーでの個展(2014年)の他、さいたまトリエンナーレ(2016年)などにおいて、空間を大胆に変容させた作品を出展させては、人々の注目や関心を集めてきました。

その「目」による美術館初の個展が「非常にはっきりとわからない」で、「美術館の施設全体の状況をインスタレーション」(美術館サイトより)として展開した作品を公開していました。

*本エントリの内容は、主に美術館の公式サイトやリリースに記された情報、及び会場内撮影可能エリア(1階)の作品の感想で構成しています。メインの7階と8階の展示の具体的内容については触れていません。



ところで現在、千葉市美術館は、2020年の拡張リニューアルオープンに向けて工事中です。美術館の下の階に入居していた中央区役所は、今年の5月に複合施設「きぼーる」へ移転し、跡地にアトリエや美術図書室、常設展示室を開設すべく、整備が進められています。



よってしばらく前から建物外側にも工事用のフェンスが張られ、隣接地では拡張のための空調設備工事の準備も行われていました。



1階エントランスに到着すると、白い防炎シートが辺りを囲っていて、普段とは明らかに雰囲気が違うことが見て取れました。通常、千葉市美術館では、ビルの8階が受付に当たり、その後、8階から7階へと展示室が続いていますが、今回の「目」の個展は、1階のさや堂ホールに受付が設置されていました。



さや堂ホールとは、旧川崎銀行千葉支店の建物を復元保存したもので、8本の円柱が並ぶネオ・ルネサンス様式の天井高のあるスペースは、コンサートなどにも活用されています。



そのさや堂ホールから「目」の展示が始まっていました。受付を済ませ、ホールの内部を見渡すと、ほぼ全面が白く半透明のビニールで覆われていて、奥には高い足場も組まれていました。また雛壇には、美術館のものと思しき備品が半ば散乱するように置かれていました。



そして彫像らしきオブジェも梱包された状態にあり、足元には引越し業者の養生シートが張られるなど、さも展示の設営や準備の作業がそのままの状態で残されているようでした。



透明のビニールで囲まれたホールの出入り口を抜けると、今度は青い養生シートで覆われたエレベーターホールが姿を現しました。もはや展示を終えて、通常、観客は立ち入れない、作品の移設作業の場に立ち会っているかのような錯覚に陥るかもしれません。



この後、エレベーターにて8階、もしくは7階にあがり、「目」の展示を見ていく流れとなっていましたが、これ以上はネタバレに当たるため、伏せておきたいと思います。なお展示は、7階と8階のどちらのフロアからも自由に鑑賞出来るように作られていました。(その旨は案内にて受付されます。)



結果的に私は、7階と8階のフロアにて、約2時間近く滞在していたかもしれません。いずれのフロアも紛れもなく千葉市美術館でありながら、通常とは明らかに異なっていて、何度か上下に行き来すると、自分の立ち位置、あるいは何を見ていて、そして見ていないのかが分からなくなるほどでした。率直なところ、美術館を出た後も、何を見たのか、把握出来たのかが覚束ず、まさにタイトルの「はっきりと分からない」という言葉が強く残りました。



美術館のサイトに「様々な状況が集積されてゆく動的な展示空間」と記されていますが、私がこれまでに接した「目」の展示の中では、確かに最も動きを感じる内容でした。資生堂ギャラリーの個展の際、ギャラリー空間をホテルへと仕上げた「目」でしたが、今回はより美術館という場所や機能を強く意識しては、空間を築き上げていたのかもしれません。その意味ではたとえネタバレがあったとしても、見入る点が多いのではないかと思いました。またチバニアン、すなわち逆転地層という展示の1つのテーマも、作品に反映されているように感じられました。


怪訝な表情で場内を回っている方も少なからず目にしました。率直なところ、すぐに出てしまう方もおられるかもしれません。ともかくひたすらに「気付き」を意識させる展示でしたが、見終わると、「後から気になってきたり、もう一度確かめたくなったり」(美術館リリースより)するような内容ではありました。人の存在や時間も重要な要素でした。

千葉市美術館では初めてパスポート制のチケットが導入されました。一度、チケットを購入すると、会期中、本人に限り、何度でも入場することが出来ます。私も分からなく、見えていない部分を確かめに、改めて出向こうと思いました。



まずは体感しないことには何も始まりません。12月28日までの開催です。おすすめします。

「目  非常にはっきりとわからない」 千葉市美術館@ccma_jp
会期:2019年11月2日(土)〜12月28日(日)
休館:11月5日(火)、11日(月)、18日(月)、25日(月)、12月2日(月)、9日(月)、16日(月)、23日(月)。
時間:10:00~18:00。金・土曜日は20時まで開館。
 *入場受付は閉館の30分前まで
料金:一般1200(960)円、大学生700(560)円、高校生以下無料。
 *ナイトミュージアム割引:金・土曜日の19時以降は大学生無料、一般600円。
 *期間中、本人に限り何度でも展覧会へ入場可。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:千葉市中央区中央3-10-8
交通:千葉都市モノレールよしかわ公園駅下車徒歩5分。京成千葉中央駅東口より徒歩約10分。JR千葉駅東口より徒歩約15分。JR千葉駅東口よりC-bus(バスのりば16)にて「中央区役所・千葉市美術館前」下車。JR千葉駅東口より京成バス(バスのりば7)より大学病院行または南矢作行にて「中央3丁目」下車徒歩2分。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

2019年11月に見たい展覧会【ラスト・ウキヨエ/大浮世絵/目(mé)】

今年の秋は東日本を中心に、度重なる風水害に見舞われ、各地で甚大な被害が起きてしまいました。関東では、収蔵庫が浸水した川崎市民ミュージアムや、水害により電気設備に影響の発生したホキ美術館が、今も活動を再開出来ない状況に置かれています。特に川崎市民ミュージアムは、被害の全容すら明らかになっていないだけに、再開には相当の時間がかかると思われます。コレクションの状態も大いに懸念されます。

10月は上野の2つの展覧会に混雑が集中しました。1つは東京国立博物館の「正倉院の世界」展で、平日休日を問わず、長蛇の列となり、会期半月にして早くも10万名の入場者を記録しました。また上野の森美術館の「ゴッホ展」も、土日を中心に入場に際しての待ち時間が発生しています。

今月も多くの興味深い展覧会がスタートします。気になるものをリストアップしてみました。

展覧会

・「不思議の国のアリス展」 そごう美術館(~11/17)
・「エドワード・ゴーリーの優雅な秘密」 練馬区立美術館(~11/24)
・「辰野金吾と美術のはなし 没後100年特別小企画展」 東京ステーションギャラリー(11/2~11/24)
・「おかえり 『美しき明治』」 府中市美術館(~12/1)
・「線の迷宮〈ラビリンス〉3 齋藤芽生とフローラの神殿」 目黒区美術館(~12/1)
・「やなぎみわ展 神話機械」 神奈川県民ホールギャラリー(~12/1)
・「描く、そして現れる―画家が彫刻を作るとき」 DIC川村記念美術館(~12/8)
・「ラウル・デュフィ展―絵画とテキスタイル・デザイン」 パナソニック汐留美術館(~12/15)
・「カミーユ・アンロ|蛇を踏む」 東京オペラシティ アートギャラリー(~12/15)
・「金文―中国古代の文字―」 泉屋博古館分館(11/9~12/20)
・「東山魁夷の青・奥田元宋の赤―色で読み解く日本画」 山種美術館(11/2~12/22)
・「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち―悳俊彦コレクション」 太田記念美術館(11/2~12/22)
・「建国300年 ヨーロッパの宝石箱リヒテンシュタイン 侯爵家の至宝展」 Bunkamuraザ・ミュージアム(~12/23)
・「鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界」 日比谷図書文化館(~12/23)
・「江戸の茶の湯 川上不白 生誕三百」 根津美術館(11/16~12/23)
・「目【mé】 非常にはっきりとわからない」 千葉市美術館(11/2~12/28)
・「オランジュリー美術館コレクション ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 横浜美術館(~2020/1/13)
・「アジアのイメージ―日本美術の『東洋憧憬』」 東京都庭園美術館(10/12~2020/1/13)
・「ルネ・ユイグのまなざし フランス絵画の精華―大様式の形成と変容」 東京富士美術館(10/5~2020/1/19)
・「ニューヨーク・アートシーン-滋賀県立近代美術館コレクションを中心に」 埼玉県立近代美術館(11/14~2020/1/19)
・「北斎没後170年記念 北斎 視覚のマジック 小布施・北斎館名品展」 すみだ北斎美術館(11/19~2020/1/19)
・「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」 江戸東京博物館(11/19~2020/1/19)
・「印象派からその先へー世界に誇る吉野石膏コレクション展」 三菱一号館美術館(~2020/1/20)
・「山沢栄子 私の現代」 東京都写真美術館 (11/12~2020/1/26)
・「奈良原一高のスペイン――約束の旅」 世田谷美術館(11/23~2020/1/26)
・「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」 東京国立近代美術館(11/1~2020/2/2)
・「人、神、自然-ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界」 東京国立博物館・東洋館(11/6~2020/2/9)
・「MOTアニュアル2019 Echo after Echo:仮の声、新しい影/ダムタイプ|アクション+リフレクション/ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」 東京都現代美術館(11/16~2020/2/16)
・「ミイラ~永遠の命を求めて」 国立科学博物館(11/2~2020/2/24)
・「㊙展 めったに見られないデザイナー達の原画」 21_21 DESIGN SIGHT(11/22~2020/3/8)
・「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命―人は明日どう生きるのか」 森美術館(11/19~2020/3/29)

ギャラリー

・「藤元明 陸の海ごみ」 ギャラリーA4(~11/14)
・「竹村 京 Madeleine. V, Olympic, and my Garden」  タカ・イシイギャラリー東京(~11/22)
・「中岡真珠美 個展 : SCALE PUZZLE」 アートフロントギャラリー(11/7〜12/1)
・「O JUN展 途中の造物」 ミヅマアートギャラリー(11/13〜12/14)
・「三宅信太郎 ふと気がつくとそこは遊園地だった」 小山登美夫ギャラリー(11/16〜12/14)
・「167人のクリエイターと京都の職人がつくる ふろしき百花店」 クリエイションギャラリーG8(11/26〜12/21)
・「ジェイ・チュン & キュウ・タケキ・マエダ セレクションによるグループ展」 資生堂ギャラリー(~12/22)
・「舘鼻則孝 It's always the others who die」 ポーラ ミュージアム アネックス(11/22~12/22)
・「みえないかかわり イズマイル・バリー展」 メゾンエルメス8階フォーラム(~2020/1/13)
・「動きの中の思索―カール・ゲルストナー」 ギンザ・グラフィック・ギャラリー(11/28~2020/1/18)
・「αMプロジェクト2019 東京計画2019 vol.5 中島晴矢」 ギャラリーαM(11/30~2020/1/18)

今月は2つの浮世絵の展覧会に注目です。まずは太田記念美術館にて「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち―悳俊彦コレクション」が始まります。



「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち―悳俊彦コレクション」@太田記念美術館(11/2~12/22)

これは「最後の浮世絵師」と呼ばれる月岡芳年や小林清親をはじめ、明治から大正時代にかけて活動した浮世絵師37人に着目するもので、洋画家であり、コレクターとしても知られる悳俊彦(いさおとしひこ)氏のコレクションが一堂に公開されます。


タイトルに「ラスト・ウキヨエ」とありますが、「継ぐ者たち」と定義することで、一般的に衰退したとされる明治の浮世絵を肯定的に捉える意味もあるそうです。おそらくは知られざる浮世絵師に思わぬ優品があるに違いありません。出来れば前後期の展示替えを追いかけたいと思います。

2014年の「大浮世絵展」の続編が約5年の時を超えてやって来ました。江戸東京博物館にて「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」が行われます。



「大浮世絵展―歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」@江戸東京博物館(11/19~2020/1/19)

この「大浮世絵展」は、文字通り、歌麿、写楽、北斎、広重、国芳にスポットを当てたもので、前回のように網羅的に通史を紹介するのではなく、いわば浮世絵師5人のグループ展的な内容となります。


国内のみならず、海外からも優品が出展されるそうです。「誰もが知っており、そして誰もが見たい」とありますが、とりわけ人気の浮世絵師の揃う展覧会だけに、早々から多くの人で賑わいそうです。

ラストは現代美術です。現代アーティストチーム「目」の個展が、千葉市美術館にて開催されます。



「目【mé】 非常にはっきりとわからない」@千葉市美術館(11/2~12/28)

近年、各地の国際芸術祭などでも活動する「目」は、2014年には資生堂ギャラリーで個展を開き、まるでホテルと見間違うようなミステリアスな空間を築いては、多くの注目を浴びました。


その「目」は今回の展示に際し、市原市で発見された地球磁場逆転地層、チバニアンを訪ね歩き、1つの着想のヒントとしたそうです。千葉市美術館のスペースをどのように変容させるのでしょうか。

11月に入って一気に冷えてきました。身体に気をつけてお過ごし下さい。

それでは今月もよろしくお願いします。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )