「吉岡徳仁 ガラスの茶室 - 光庵」 国立新美術館

国立新美術館
「特別公開『吉岡徳仁 ガラスの茶室 - 光庵』」
2019/4/17~2021/5/10



国立新美術館で公開中の「吉岡徳仁 ガラスの茶室 - 光庵」を見てきました。

2011年に第54回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展で発表され、2015年に京都の将軍塚青龍殿の大舞台でも披露された「ガラスの茶室 - 光庵」が、今年4月、東京の国立新美術館へやって来ました。



ガラスの茶室があるのは、美術館の展示室ではなく、正面入口横の屋外で、ちょうど建物と向かいあうように設置されていました。美術館を背にして立つと、まるで茶室がガラスのファサードへ溶け込んで見えるような錯覚に陥るかもしません。



白い円盤の上に置かれた茶室全体を覆う屋根はありません。私が出向いたのは、晴天時の日中でしたが、雲の合間から溢れる光を受けて、水面のようなきらめきを生み出していました。朝昼晩の時間、さらには晴や雨の天候によっても、表情を変えていくのではないでしょうか。



茶室の周囲には、パリのオルセー美術館にもコレクションされたガラスのベンチ、「Water Block」もあわせて展示されていました。

吉岡は「日本文化が生み出された根源を問う。」ために、「自然と一体となり、光そのものを感じる」ガラスの茶室を制作したとしています。また「エネルギーを知覚化する日本の自然観は、茶道の精神にも受け継がれている」(解説より)とも語りました。残念ながら中へ入ることは叶いませんが、ガラスに囲まれた茶室から外を見やると、また新たな光を得ることが出来るのかもしれません。



「光の建築は、物質の概念から解き放たれ、詩的な光景を浮かび上がらせます。」 吉岡徳仁 *キャプションより

3年間にも渡る長期の公開です。いつしか国立新美術館を成す、言わば「景色」として馴染んでいくのではないでしょうか。


2021年5月10日まで公開されています。

「特別公開『吉岡徳仁 ガラスの茶室 - 光庵』」 国立新美術館@NACT_PR
会期:2019年4月17日(水)~2021年5月10日(月)
休館:火曜日。但し祝日又は振替休日に当たる場合は開館し、翌平日休館。年末年始。
時間:美術館の開館時間に準じる
料金:無料
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
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塩田千春「6つの船」 GINZA SIX

GINZA SIX
塩田千春「6つの船」
2019/2/27~10/31(予定)



2017年に東京の銀座に誕生した複合商業施設のGINZA SIX(ギンザシックス)では、かねてより中央吹き抜けのスペースを用い、大掛かりなインスタレーションを展示してきました。



これまでに登場したのは、草間彌生、ダニエル・ビュレン、ニコラ・ビュフの3名のアーティストで、それぞれ「南瓜」、「Like a flock of starlings: work in situ」、ないし「光る象」などを出展し、多くの人の目を引いてきました。



その第4弾としてスタートしたのが、国内外の美術館で個展を行い、2015年にはベネチア・ビエンナーレの国際美術展の日本館代表を務めた塩田千春で、「6つの船」と題した、全長5メートルの6隻の船を模したインスタレーションを公開しました。



いずれも黒色の船は全てフェルトで出来ていて、無数の白く細い糸に、まるで侵食されるように吊り下がっていました。これは、戦後の復興を遂げた銀座の「記憶の海」を出航する様子を表現していて、下から見上げると、まるで花を咲かせるように四方へと広がっていました。



2階から5階部分に相当する吹き抜け状のスペースゆえか、階を追うごとに景色が変化するのも特徴で、上から見下ろすと、さも海の合間を縫って進むクジラのようにも映りました。



全てはモノクロームに染まっているため、シャンパンゴールドで統一された吹き抜けの中に、さも溶け込むかのようにも思えるかもしれません。色に鮮やかだった草間やビュフの時とは、スペースそのものの印象すら異なって見えました。



なお既に知られているように、GINZA SIXには、中央吹き抜け以外でも、大巻伸嗣や船井美佐、それにチームラボの作品が、パブリックアートとして設置されています。



塩田は、今年の6月から六本木の森美術館にて個展、「塩田千春展:魂がふるえる」(6/20~10/27)の開催を控えています。同展では、インスタレーション、立体、映像などが過去最大スケールで公開され、塩田の約20年に渡る活動が網羅的に示されるそうです。大いに注目が集まるのではないでしょうか。


10月31日まで公開されています。

塩田千春「6つの船」 GINZA SIX(ギンザ シックス)中央吹き抜け
会期:2019年2月27日(水)~10月31日(木)*予定
休館:不定休。
時間:10:30~20:30(ショップ・カフェ。B2F~5F) 、11:00~23:00(レストラン。6F、13F)
料金:無料。
場所:中央区銀座6-10-1
交通:東京メトロ銀座線・丸ノ内線・日比谷線銀座駅A3出口より徒歩2分。東京メトロ日比谷線・都営浅草線東銀座駅A1出口徒歩3分。ともに地下通路で直結。
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小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(第4室)
小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」
6/5〜9/24

東京国立近代美術館のMOMATコレクションで公開中の、小泉癸巳男の「昭和大東京百図絵」を見てきました。

1909年に上京し、自画自刻自摺を基本とした創作版画家であった小泉癸巳男(こいずみきしお)は、関東大震災後の東京を、色彩豊かな版画に表現しました。

それが1929年に頒布が開始され、1937年に完成した「昭和大東京百図絵」シリーズで、完成後に改刻された作品をあわせると、全105点ほど制作しました。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「芝浦臨海埠頭ハネ上ゲ橋」 1930年

一例が「芝浦臨海埠頭ハネ上ゲ橋」で、貨物線である汐留貨物駅から日の出埠頭内にあり、古川河口に建設された可動橋、つまり「ハネ上げ橋」を描きました。ちょうど図では、船舶が航行出来るように、橋桁が跳ね上がっていますが、線路を利用する際には降ろされ、貨物列車が通行しました。おおよそ1分20秒ほどで開閉したそうで、完成当初は「東洋一の可動橋」と称されました。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「改版 戸越銀座・荏原区」 1940年

「戸越銀座・荏原区」では、当時の池上電鉄(現在の東急池上線)の戸越銀座駅に発着した電車を描いていました。ちょうど鉄道が到着した場面なのか、大勢の人たちがホームへ降りていて、手前の踏切も閉まっていました。戸越銀座では、1927年に商店街が発足し、翌年には中央区の銀座よりも早く、銀座の名を冠した戸越銀座駅が開業しました。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「春の銀座夜景」 1931年

その本家の銀座を舞台としたのが、「春の銀座夜景」で、ネオンサインの放つ銀座の市街を表現しました。暗がりの中、ネオンやビルの灯りの光が際立っていて、街の喧騒が伝わってくるかようでした。

いずれの「昭和大東京百図絵」も発色が鮮やかであり、なおかつ単純化した構図が特徴的で、中にはビルの幾何学的な形態を強調していることもありました。僅かに抽象を思わせる面があるかもしれません。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「東京深川塵芥處理工場」 1933年

小泉は、上京後、「水彩画のパイオニア」とも呼ばれた大下藤次郎の水彩研究所に学んでから、創作版画の道を歩みました。小泉の作品における色彩感は、師の大下に倣うところが多かったのかもしれません。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「淀橋区新宿街景」 1935年

「淀橋区新宿街景」も魅惑的ではないでしょうか。青空の下、光を受けては、クリーム色や白く輝く建物の色も美しく、まさに「ドライな感覚」(解説より)が見られました。なお、版画家で洋画家でもあった石井柏亭は、小泉を「昭和の広重」とも呼んでいたそうです。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「東京市役所」 1936年

小泉の描いた東京は、この後、第二次世界大戦の空襲により、灰燼に帰してしまいましたが、戦前の一時、同地に花開いたモダンな文化を垣間見ることが出来ました。


小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」より「兜町・取引所街」 1937年

東京国立近代美術館では、一連の「昭和大東京百図絵」を57点所蔵していますが、今回は10数点のみが公開されているに過ぎません。いつか全作を揃いで見る機会があればと思いました。

9月24日まで公開されています。

小泉癸巳男「昭和大東京百図絵」 東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー「MOMAT コレクション」(@MOMAT60th) 
会期:6月5日(火)〜9月24日(月・祝)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00
 *毎週金曜・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般500(400)円、大学生250(200)円、高校生以下、65歳以上無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *5時から割引:一般300円、大学生150円。
 *無料観覧日(所蔵作品展のみ):8月6日(日)、9月3日(日)。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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猪熊弦一郎「○○方面鉄道建設」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(第5室)
猪熊弦一郎「○○方面鉄道建設」
6/5〜9/24

猫好きでも知られた画家、猪熊弦一郎は、太平洋戦争が開戦すると、従軍画家として戦地へ派遣され、戦争画こと、作戦記録画を残しました。

そのうちの一枚である「○○方面鉄道建設」が、現在、東京国立近代美術館のMOMATコレクション(常設展)にて公開されています。



まずは作品の大きさに驚かされました。幅4.5メートルにも及ぶ大画面の中には、霞に包まれた山を背景に、鉄道建設のために切り開かれたジャングルの中、線路を築こうとする人々が描かれていました。



一見すると、自然ばかりが目に付くからか、のどかな田舎の光景にも思えましたが、軍人の姿も随所に見えていて、戦争時の光景であることが分かりました。

「○○方面鉄道」とは、すなわち、旧日本軍が、タイとミャンマーを結ぶべく建設した泰緬鉄道でした。同鉄道の建設現場においては、捕虜や現地の人が多く徴用され、過酷な労働の結果、多くの死者を出し、「死の鉄道」とも呼ばれました。「○○」とあるのは、そもそも鉄道の建設自体が、軍事機密であったからかもしれません。



切り出した土は赤く、やせ細った人々が、土を運んだり、休憩をとる光景も表されていて、隊列を組んで歩く軍人には、どことない徒労感も滲み出ていました。また森や木立を象る筆触は大胆な一方、人物などの細部は思いの外に緻密に描かれていました。

猪熊は戦中、1941年に中国、そして従軍画家として1942年にフィリピン、1943年にビルマへ3度派遣されました。結果的に全部で3枚の作戦記録画を制作したと考えられているものの、2点が行方不明になり、今では「○○方面鉄道建設」のみ所在が確認されています。

実のところ、この作品を初めて目にしましたが、猪熊と記されなければ、彼の作品とは気がつかなかったかもしれません。猪熊自身も、戦争画について、特に多くを語らなかったと言われています。なお同作は、2017年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催された「猪熊弦一郎展 戦時下の画業」でも出展されました。それが何と戦後、初めての公開でした。

まだ見知らぬ戦争画が多く眠っているのかもしれません。9月24日まで展示されています。

*写真は全て、猪熊弦一郎「○○方面鉄道建設」1944年(無期限貸与)

猪熊弦一郎「○○方面鉄道建設」 東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー「MOMAT コレクション」(@MOMAT60th) 
会期:6月5日(火)〜9月24日(月・祝)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00
 *毎週金曜・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般500(400)円、大学生250(200)円、高校生以下、65歳以上無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *5時から割引:一般300円、大学生150円。
 *無料観覧日(所蔵作品展のみ):8月6日(日)、9月3日(日)。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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海北友松「宮女琴棋書画図屏風」 東京国立博物館

東京国立博物館・本館7室
海北友松「宮女琴棋書画図屏風」
7/3~8/5

東京国立博物館・本館7室で公開中の、海北友松の「宮女琴棋書画図屏風」を見てきました。

「四芸」と称され、文人に嗜みとして重んじられた「琴棋書画」は、様々な絵師により絵画に描かれ、海北友松もいくつかの作品を残しました。



その中でも異色とも言えるのが、「宮女琴棋書画図屏風」で、通常、男性の文人で表される人の姿を、中国の官女の姿に換えて描きました。



両隻ともに舞台は山間の湖畔で、色彩の豊かな衣装を纏った女性が、画を眺めていたりする様子を見ることが出来ました。その右手で3人の女性が画を広げているのは、まさに「画」で、足元の岩場に隠れるような囲碁盤によって、「棋」が示されていました。



一方の左隻では、中央の樹に寄り掛かかる女性が文を読んでいて、机の上に積まれた書籍と同じく、「書」を表していました。そして、童子の持つ楽器により、「琴」の場面を表現していました。また、文を読む女性の表情がどこか艶やかでもあることから、おそらくは恋文を手にしているとも指摘(*)されています。さらに、もう一人の女性がそっと手を添える姿も、より趣き深く感じられました。



ともかく目を引くのは、硬軟を使い分けた筆さばきで、樹木や岩などを大胆な筆で表した一方、女性の衣装や指先、また顔の輪郭は、実に細かい線で描いていました。総じて彩色も丁寧で、衣服の文様が鮮やかに浮かび上がっていました。



「宮女琴棋書画図屏風」は、友松の描いた琴棋書画の中でも、特に穏やかな雰囲気を見せているそうです。確かに女性たちは、まるで湖畔で休暇を楽しむべく、のんびりと寛いでいるかのようでした。

なお本作は、2017年に京都国立博物館で開催された、「特別展覧会 海北友松」にも出展がありました。そちらで印象に残っている方もおられるかもしれません。(*は展覧会のカタログより)

8月5日まで公開されています。*写真は全て、重要文化財「宮女琴棋書画図屏風」 海北友松筆 安土桃山〜江戸時代・15〜17世紀 東京国立博物館

海北友松「宮女琴棋書画図屏風」 東京国立博物館・本館7室(@TNM_PR
会期:7月3日(火) ~8月5日(日)
休館:月曜日。但し8月13日(月)は開館。
時間:9:30~17:00
 *但し、金曜・土曜は21時まで開館。日曜は18時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *特別展チケットでも観覧可。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR線上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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ベルト・モリゾ「黒いドレスの女性」 国立西洋美術館

国立西洋美術館・常設展
ベルト・モリゾ「黒いドレスの女性(観劇の前)」
2017/9/30〜

2017年度に収蔵された、ベルト・モリゾの「黒いドレスの女性(観劇の前)」が、国立西洋美術館の常設展にて公開されています。


ベルト・モリゾ「黒いドレスの女性(観劇の前)」 1875年 国立西洋美術館

縦長のカンヴァスに描かれたのは、肩を露わにしながら、漆黒のドレスを着た若い女性で、まさにタイトルが示すように、オペラ座などの劇場に出かける時の様子が表されています。

白い手袋を両手にはめ、右手ではドレスの裾を僅かに掴む、ないしは触れるような仕草を見せていました。一方の左手は、黄金色にも染まるオペラグラスを持っていて、少し前に出ているからか、今にも差し出すような気配も感じられなくはありません。その表情は温和であり、安心しきっていました。ちょうど友人でも現れたのでしょうか。どことない親密感も感じられました。

このモリゾの「黒いドレスの女性」は、1876年に行われた、第2回印象派展にて公開されました。同展は、デュラン=リュエル画廊で4月11日から約1ヶ月ほど開催され、モリゾをはじめ、カイユボット、ドガ、モネ、それにピサロ、ルノワールら、計20名の画家が作品を出展しました。モリゾ自身も、出産の年を除き、第1回から第8回までの印象派展に参加しました。

とりわけ目を引くのが、女性の纏うドレスの黒で、実際にも当時、「ゴヤのようだ」とも評されたそうです。そしてこの黒が深ければ深いほどに、ドレスを飾る白いバラがより映えて見えるかもしれません。マネの得意とした黒を思い出しました。また本作とほぼ同一のドレスを着た、モリゾの肖像写真が残されていることから、モデルに自らの衣装を着せて描いたとも考えられています。

モリゾの没後、作品は、パリで印象派の画家と交流を持ち、美術商をしていた林忠正の手に渡りました。1905年、林は500点もの印象派コレクションを持って帰国しましたが、その中にモリゾの作品は一枚もありませんでした。よって、事情こそ明らかではないものの、帰国前に手放したとも言われています。


縦60センチ弱、横30センチほどの、小さな作品ではありますが、穏やかな笑みをたたえ、ステップを踏むかのように歩む女性からは、観劇を前にした高揚感も感じられるのではないでしょうか。その美しき姿に心惹かれました。



なお本作については、国立西洋美術館ニュース「ゼフュロス」のNo.73に、詳細な解説が掲載されていました。あわせてご参照下さい。

ベルト・モリゾ「黒いドレスの女性(観劇の前)」 国立西洋美術館
会期:2017年9月30日(土)〜公開中
休館:月曜日。但し、月曜日が祝日又は祝日の振替休日となる場合は開館し、翌日の火曜日が休館。
時間:9:30~17:30 
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般500(400)円、大学生250(200)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園7-7
交通:JR線上野駅公園口より徒歩1分。京成線京成上野駅下車徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅より徒歩8分。
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葛井寺「千手観音菩薩坐像」 仁和寺と御室派のみほとけ(東京国立博物館)

東京国立博物館・平成館(仁和寺と御室派のみほとけ)
葛井寺「千手観音菩薩坐像」
2/14~3/11



「仁和寺と御室派のみほとけ」展で公開中の、葛井寺「千手観音菩薩坐像」を見てきました。

天平の秘仏とされ、1041本の腕を持つ、現存最古の千手観音像、大阪・葛井寺の「千手観音菩薩坐像」が、東京国立博物館へとやって来ました。

会場は、「仁和寺と御室派のみほとけ」展を開催中の平成館で、展示終盤、御室派の寺院に伝わる仏像を紹介する「第5章 御室派のみほとけ」のコーナーに安置されていました。



「千手観音菩薩坐像」はケースなしの露出で、円形のスペースの中央に配されていたため、360度の角度から鑑賞することが可能でした。お寺の厨子では到底叶わない、後方からの姿も見ることが出来ました。

ともかく1000本の脇手の存在感が凄まじく、否応なしに腕ばかりに目が向いてしまいましたが、菩薩自体は意外にも細身で、着衣の紋様や、装身具も極めて繊細でした。また目をやや下に見据えた表情も穏やかで、手を合わせるというよりも、僅かに両手を触れるような合掌のポーズなど、実に物静かな佇まいを見せていました。

丸みを帯びた脇手も一本一本がしなやかで、かつ動きがあり、特に手の指の滑らかな屈曲は、艶やかとも言えるかもしれません。極めて優美な仏像でした。



1041の腕のうち、40本は大きな手で、様々なものを持っていました。特に目を引いたのが、向かって左横から突き出た髑髏宝杖で、杖の先に、丸い顔をしたドクロがあしらわれていました。あらゆる神々を使役する存在でもあるそうです。

通常、「千手観音菩薩坐像」は、葛井寺にて、毎月18日にご開帳されますが、お寺を出る機会は極めて少なく、実に東京で公開されたのは、何と江戸時代の出開帳以来のことでした。まさに一期一会の機会と言えるのではないでしょうか。

なお「仁和寺と御室派のみほとけ」展は、2月14日(水)を機に、多くの作品が入れ替わりました。ほぼ前後期の2会期で、1つの展覧会と言って良いかもしれません。


まず仏像では、仁和寺の同じく秘仏である「薬師如来坐像」が出展されました。円勢・長円の作され、像高は約10センチ、光背と台座を含めても24センチあまりの小像で、白檀を極めて精緻に彫り起こし、如来坐像と十二神将を象っていました。その意匠は実に精巧で、大きさもあるのか、細部の全てを肉眼で確認するのは困難でした。単眼鏡があった方が良いかもしれません。

全帖公開こそ終了しましたが、「三十帖冊子」を納めるための、「宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱」も同じく後期からの出展で、金銀の粉を蒔いた地に、飛雲や宝相華などの文様を、実に華やかに描いていました。平安時代の蒔絵の代表作としても知られています。

前期で特に目を引いた、中国・北宋時代の「孔雀明王像」は、江戸時代の源證の描いた同名の作品に入れ替わりました。それに展示室の天井付近にまで達する巨大な「両界曼荼羅」も、場面が胎蔵界から金剛界へ替わり、また「十二天像」も、梵天と地天から、毘沙門天と伊舎那天に替わっていました。

古代神話に取材した、狩野種泰の「彦火々出見尊絵」も場面替えされていました。ほかにも香炉を持って立ち、父の用明天皇の平癒を祈った「聖徳太子像」も、新たに展示されました。目がややつり上がり、随分と険しい表情をしていたのが印象に残りました。

さらに後期では金剛寺の「五秘密像」も興味深いのではないでしょうか。一つの蓮台の上に五体の菩薩が描かれていますが、うち右から姿を見せる菩薩が、中尊を抱くようにしていました。



最後に混雑の状況です。「千手観音菩薩坐像」が出陳された最初の週、2月第3週の金曜の夕方に見てきました。

博物館に着いたのは、おおよそ17時半頃で、行列こそはなかったものの、平成館のコインロッカーは全て使用中の状態でした。既に1度、空海の「三十帖冊子」の公開されていた第1週目にも、同じく夜間開館に出かけましたが、その時と比べても、明らかに人出が増していました。

「仁和寺と御室派のみほとけ」 東京国立博物館(はろるど) *前期展示の際の感想です。

観音堂の再現展示(撮影可)の様子も以下の通りでした。「千手観音菩薩坐像」の周辺も、仏像を取り囲む人々による2〜3重の人垣が出来ていました。



実際、「千手観音菩薩坐像」が展示された以降、平日においても、午前中を中心に、約30分程度の待ち時間が発生しています。行列は昼過ぎまで続き、15時頃までには段階的に解消しているようです。今後、さらなる行列が出来ることも予想されます。

混雑情報は、「仁和寺と御室派のみほとけ」の公式Twitterアカウント(@ninnaji2018)がリアルタイムで発信しています。そちらも参考になりそうです。


「千手観音菩薩坐像」 南北朝時代・14世紀
「四天王立像」 鎌倉時代・14世紀 文化庁


本館1階(常設展)にも、南北朝時代の作とされる「千手観音菩薩坐像」が展示されていました。持ち物こそ失われていますが、42本の手や台座、光背などは、当初のものが残っているそうです。その周囲には、東大寺の大仏殿様の一例と呼ばれる「四天王立像」が並び立っていました。あわせてお見逃しなきようにおすすめします。

3月11日まで公開されています。

「仁和寺と御室派のみほとけー天平と真言密教の名宝」@ninnaji2018) 東京国立博物館・平成館(@TNM_PR
会期:1月16日(火)~3月11日(日)
 *葛井寺の「千手観音菩薩坐像」の展示は、2月14日(水)~3月11日(日)。
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し2月12日(月・祝)は開館。2月13日(火)は休館。
料金:一般1600(1300)円、大学生1200(900)円、高校生900(600)円。中学生以下無料
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 東京国立博物館

東京国立博物館・本館7室
円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」
2/6~3/18

東京国立博物館・本館7室で公開中の円山応挙の「海辺老松図襖」を見てきました。


円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 江戸時代・天明7(1787)年

「海辺老松図襖」は元々、南禅寺の塔頭である帰雲院を飾った障壁画の一部で、応挙が54歳の時に描きました。


円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 江戸時代・天明7(1787)年

中央には海が開け、その水面は右手の黒い岩を回り込み、遠景の霧を伴いながら、右後方へと広がっていました。波の描線は至って細く、また柔らかで、岩場にぶつかっては、砕け散る白い波頭も僅かに見ることも出来ました。


円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 江戸時代・天明7(1787)年

岩の上で根を下ろす松は、手前から奥へと枝を振り上げているからか、どことなく遠近感もあり、「雪松図屏風」の表現を思わせなくはありません。

左の面にも同じように水辺から岩が切り立ち、やはり松を何本か従えていました。右の岩に比べると墨は薄く、霧に包まれていて、心なしか松も薄い墨で象られているようにも見えました。


円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 江戸時代・天明7(1787)年

崖から上方へ向けて峰が連なり、奥の方にも松が生えていることが見て取れました。そしてこの峰の細部が実に精緻で、離れて見ると良く分からないかもしれませんが、目を凝らすと、山の稜線に無数の松が林立していることが分かりました。


円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 江戸時代・天明7(1787)年

どれほどに深遠な空間が広がっているのでしょうか。この頃の応挙は、香川の金刀比羅宮や、兵庫の大乗寺などの障壁画を手がけるなど、大変に精力的に活動していました。まさに充実した力作と言えそうです。

なお応挙の作品は、7室に続く8室(書画の展開ー安土桃山~江戸)でも、2点の人物像、「拡元先生像」と「端淑孺人像」が公開されています。


円山応挙「拡元先生像」 江戸時代・安永8(1779)年
円山応挙「端淑孺人像」 江戸時代・18世紀


ともに高い写実を思わせる作品で、着衣の文様なども、極めて精緻に描きこんでいました。あわせて鑑賞するのが良さそうです。

3月18日まで公開されています。

円山応挙「海辺老松図襖(旧帰雲院障壁画)」 東京国立博物館・本館7室(@TNM_PR
会期:2月6日(火)~3月18日(日)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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横山大観「無我」 東京国立博物館

東京国立博物館・本館18室
横山大観「無我」
1/2~2/12

東京国立博物館・本館18室にて、横山大観の「無我」が公開されています。



「無我」は明治30年、まだ若き大観が29歳の時に描いた作品で、老荘思想に発し、禅における悟りの境地を、無心の童子に表して描きました。背丈の長い草の生えた川辺近くの子どもは、俄かに表情を伺えず、まさに無心そのもので、だらりと肩を落としては、ぼんやりとした様で立っています。当時、禅の世界を童子に託す発想にも注目が集まり、大観の出世作として評価を得ました。

なお「無我」は全部で3点あり、ほかの2点は、足立美術館と水野美術館のコレクションとして知られています。サイズは足立美術館、水野美術館、東京国立博物館の順に大きく、後者の2点が鮮やかな彩色を持つ一方、足立美術館の作品のみが、墨絵の淡彩で描かれました。また足立美術館の作品は、童子の表情がやや険しく、どこか大人びた風情にも見えなくはありません。

ともかく印象に深いのは、童子のあどけない表情をはじめ、自然体とも言えるような全身の姿で、一切の力みが感じられないことです。また背後の水の青色が、思いの外に鮮やかなのも特徴ではないでしょうか。

今年は大観の生誕150周年です。よって大観に関する展覧会がいくつか行われます。


現在、開催中なのが、山種美術館の「生誕150年記念 横山大観ー東京画壇の精鋭」で、同館創設以来、初めて大観のコレクションが全点公開されています。

「生誕150年記念 横山大観ー東京画壇の精鋭」@山種美術館
会期:1月3日(水)~2月25日(日)

また4月からは、同じく生誕150年を期した「横山大観展」が、東京国立近代美術館にて開催されます。(以降、京都国立近代美術館へと巡回。)


「生誕150年 横山大観展」@東京国立近代美術館
会期:4月13日(金)~ 5月27日(日)
*京都国立近代美術館:6月8日(金)~7月22日(日)

2013年にも、横浜美術館で大規模な大観展(「横山大観展 良き師、良き友」)がありましたが、国立美術館としては、2008年の「没後50年 横山大観ー新たなる伝説へ」(国立新美術館)以来の開催となります。

ひょっとすると「無我」の展示も、今年の大観イヤーを意識してのことなのかもしれません。山種から近代美術館の大観展も、ともに追いかけたいと思います。

2月12日まで公開されています。

*写真は、横山大観「無我」 明治30(1897)年 東京国立博物館

横山大観「無我」 東京国立博物館・本館18室(@TNM_PR
会期:1月2日(火)~2月12日(月)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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河鍋暁斎「地獄極楽図」 東京国立博物館

東京国立博物館・本館18室
河鍋暁斎「地獄極楽図」 
11/14~12/25

東京国立博物館の本館18室にて、河鍋暁斎の「地獄極楽図」が公開されています。



まずは大きさに驚きました。縦は約2メートル、横幅は3メートル50センチ弱もあります。近代美術を展示する18室は、東博本館の中でも特に広い空間ですが、それにも負けない存在感を見せていました。



画面中央のやや右に鎮座するのが閻魔大王で、右上で衣服を剥がされた亡者に対し、目を剥き出し、大きな口を開けながら、凄まじい形相にて審判を下しています。

血みどろの表現を得意とした暁斎のことです。亡者らの地獄での責め苦の描写も真に迫っていました。鬼らしき奇怪な獣が、まだ赤ん坊を抱っこした亡者の髪の毛を掴み、長い棒で打ち叩こうとしています。また首に輪をつけられては連行される者や、許しを乞うためか、跪いては両手を前に差し出し、祈るような仕草をする者もいました。左下の火炎からは煙も立ち上がり、さも地獄を前にしたかのような臨場感さえありました。



とはいえ、細部に目を凝らすと、閻魔大王の台の意匠など、意外と精緻に描いていることも分かります。左上に目を転じると、地蔵が亡者を救い出していました。どこか戯画的な味わいも感じられるかもしれません。暁斎の地獄画といえば、「地獄極楽めぐり図」も知られていますが、その一部である「地獄見物」を彷彿させる面もありました。

近年、暁斎は人気を集めているのか、展覧会で紹介される機会も増えつつあります。

ここ数年、都内でも、Bunkamura ザ・ミュージアムにて「これぞ暁斎!世界が認めたその画力」(2017年)が、また三菱一号館美術館で「画鬼・暁斎ーKYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」(2015年)など、比較的大規模な展覧会も開かれてきました。


河鍋暁斎「新富座妖怪引幕」 早稲田大学演劇博物館 *参考図版

ともに充実した内容ではあったものの、必ずしも絶対的な回顧展とまでは言い難く、スペースの都合か、例えば暁斎畢竟の超大作である「新富座妖怪引幕」などは出展されませんでした。

「別冊太陽 河鍋暁斎/安村敏信/平凡社」

そろそろ機は熟して来たのではないでしょうか。東博などの大規模な博物館での回顧展に期待したいです。


12月25日まで公開されています。

*写真は全て、河鍋暁斎「地獄極楽図」 明治時代・19世紀 東京国立博物館

河鍋暁斎「地獄極楽図」 東京国立博物館・本館18室(@TNM_PR
会期:11月14日(火) ~12月25日(月)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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山口晃「大ダルマ」 墨田区役所庁舎

墨田区役所庁舎1階アトリウム
山口晃「大ダルマ」 
10/26~11/22

墨田区役所庁舎1階アトリウムで公開中の山口晃「大ダルマ」を見てきました。

1817年、葛飾北斎は、名古屋の寺院の境内にて、120畳もの紙に巨大なダルマを描きました。それは当時、大変な評判を呼び、人々は列を作って観覧し、周囲には露店も並んだとの記録も残されています。

それからちょうど200年。現代の日本画家、山口晃は、北斎のエピソードに因み、約120平方メートルもの綿布に、同じくダルマを描くというライブパフォーマンスを行いました。

観客を前にした山口は、巨大な筆を操りつつ、綿布に対峙し、一気呵成、約2時間半にて、ダルマを描き上げたそうです。山口自身も早描きを意識したと語っています。

「縦横無尽の大だるま 巨大筆握り大仕事 北斎にちなむ」(朝日新聞デジタル)

その「大ダルマ」は制作後、ライブパフォーマンスの行われたYKK60ビル(すみだ北斎美術館近く)にて公開されていましたが、10月26日に墨田区役所庁舎へと移されました。



公開場所は、区庁舎内の1階のアトリウムです。ちょうど作品の向かいのエスカレーターの上に立つと、その姿が目に飛び込んできました。ともかく話には聞いていましたが、想像以上の大きさでした。実際のところ、9メートル×13.5メートルもあります。相応のスペースがなければ、展示すら出来ません。

ただ私が出かけた際、たまたま偶然だったのか、鑑賞に際して、一つ、支障になるものがありました。というのも、写真でもお分かりいただけるかもしれませんが、作品の下に、区の福祉、あるいは医療関連の情報パネルがたくさん並べられていたからです。実際、遠目から見ると、作品の下の部分が隠れていました。



しかしここは美術館ではなく、あくまでも区の事務を取り扱う区役所です。空間にも制約があるゆえに、致し方ないのでしょう。ともかくはまず近寄ろうと、エスカレーターを降りて、作品の方へと近づいてみました。



するとやはり前のパネルが立ちはだかります。一瞬、近くまで寄れないのかと思いましたが、よく見ると、通路があり、パネルを抜け、無事に作品の目の前まで辿り着くことが出来ました。観賞のために一定の配慮がなされていたようです。



目の前から見上げると迫力満点です。この大きなダルマを、濃い墨と薄い墨を駆使しながら、素早い筆触で描いていることが分かります。眉間にしわを寄せ、いかつい表情をしながらも、僅かに目が潤んでいるようにも見えました。髪と眉、そして髭を象る筆のストロークが、特に激しく感じられました。まさにダイナミックでした。



画面の左下に目を転じると、お馴染みの山愚痴屋の号が記されていました。随所で見られる墨の飛沫が、ライブにおける即興的な制作の姿を彷彿させました。



それにしてもこれほどの大きさです。今後はどのような場所で展示されるのでしょうか。その迫力に魅了されるとともに、作品の行く末も気になりました。



なおパフォーマンスは、この10月、すみだ北斎美術館にて開催された「パフォーマー☆北斎~江戸と名古屋を駆ける~」展の関連して行われました。その制作時の映像が、インターネットミュージアムにより、youtubeへアップされています。制作のプロセスが良く分かりました。



見学は無料です。11月22日まで公開されています。

山口晃「大ダルマ」 墨田区役所庁舎1階アトリウム
会期:10月26日(木)~11月22日(水)
時間:9:00~19:00。
休館:区庁舎閉庁日に準じる。
料金:無料
住所:墨田区吾妻橋1-23-20
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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酒井抱一「四季花鳥図巻」(巻下) 東京国立博物館

東京国立博物館・本館8室
酒井抱一「四季花鳥図巻」(巻下)
10/31~12/17

東京国立博物館の本館8室にて、酒井抱一の「四季花鳥図巻」(巻下)が公開されています。

「四季花鳥図巻」は1818年、根岸の庵居に「雨華庵」の額をかけた翌年に制作した作品で、抱一は上下の二巻に、四季の花鳥を描きました。巻子、箱の体裁ともに上質なことから、おそらくは、高位の家の吉事のために作られたとされています。



上下巻に示された植物は、全部で60種にも及び、禽鳥8種、昆虫9種を加えているのも特長です。草花は、琳派的な装飾性を帯びたものと、一転して写実的な描写が混在していました。とりわけ重要なのは、随所に昆虫が登場することです。

これまでの琳派、つまり宗達や光琳は、花鳥図において、昆虫を描き加えませんでした。よって自然の趣を琳派へと落とし込んだ、まさに江戸琳派の様式を確立した作品とも言われています。



中でも目立つのが、菊の花の蕾の上に乗るカマキリで、さも自らの存在感を示すかのように、前脚を振り上げていました。こうした虫は、円山四条派、ないし中国の伝統な草虫図、さらにこの頃に流行した博物図譜を参照したと考えられているそうです。



秋の冒頭は、白い萩と銀の月、そして丸い単純な朝顔の取り合わせで、いずれも琳派、特に光琳の様式に近い表現がとられています。



秋では楓の幹に赤ゲラが止まっていました。洗練された秋草の描写も魅力の一つです。随所に空気感、ないし風も感じられるかもしれません。



冬の到来を告げるのが雪でした。白梅には雪がシャーベット状に降り積もっています。またラストには隷書体で署名を記しています。印章は2つ押されていました。



撮影も可能です。抱一による、身近な草花や昆虫への、温かい眼差しも感じられるのではないでしょうか。その流麗な自然描写に心を惹かれました。



12月17日まで展示されています。

*写真は全て、酒井抱一「四季花鳥図巻 巻下」 江戸時代・文化15(1818)年 東京国立博物館

酒井抱一「四季花鳥図巻」(巻下) 東京国立博物館・本館8室(@TNM_PR
会期:10月31日(火) ~12月17日(日)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜、および11月2日(木)は21時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し10月9日(月・祝)は開館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
 *特別展の当日チケットでも観覧可。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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川端龍子「草炎」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
川端龍子「草炎」
7/19〜9/10

東京国立近代美術館のMOMATコレクションにて、川端龍子の「草炎」が公開されています。


川端龍子「草炎」 1930(昭和5)年 文化庁管理換(東京国立近代美術館)

ごくありふれた夏の雑草が六曲一双の大画面に広がっています。1930年、川端龍子は、大田区大森の自宅近くに生えていた草を題材にして描きました。

金色の草花が闇夜に浮かび上がる姿は神秘的とも呼べるしれません。龍子は、平安時代に多く制作された、紺地金泥の装飾経のスタイルを借りて表現しました。熱心な仏教徒でもあった龍子です。おそらくはその縁から装飾経に関心を寄せたと言われています。

「その制作の結果の収穫としては、題材に雑草を主題にしたこと、そうしたものを紺地金泥、しかも六曲一双にもしたという、その計画そのものの先鞭のそれである。」 川端龍子 日記 1930年8月2日付 *「川端龍子ー超ド級の日本画」(山種美術館)カタログより引用。(110頁)


川端龍子「草炎」(部分) 1930(昭和5)年 文化庁管理換(東京国立近代美術館)

金泥の一部には青み、ないし赤みを帯びていて、龍子が雑草のニュアンスを細かに変えながら表していることも分かります。ともすると見過ごされがちな雑草を全面に捉えて描くこと自体にも、龍子の機知が伺えるのではないでしょうか


「草炎」を似た構図をとる作品として知られるのが、「草の実」(大田区立龍子記念館蔵)です。同じく濃紺の装飾経のスタイルを借り、今度は秋の草花を金やプラチナの泥にて描きました。現在は山種美術館で開催中の「川端龍子ー超ド級の日本画」に出展中(8/20まで)です。ご覧になった方も多いかもしれません。

先に描いたのが「草炎」でした。第2回青龍展へ出品。評判を呼び、久邇宮家らが所望したそうです。その声に応えるために龍子は、「草炎」の翌年、「草の実」を制作しました。

「草炎」からは暑い夏の湿気を、「草の実」からは秋の涼風を感じられるような気がしてなりません。ともに甲乙つけがたい魅力が存在します。竹橋と広尾を行き来しながら見比べるのも面白いかもしれません。


川端龍子「パラオ島スケッチ アイライ村 アバイ内部」 1934(昭和9)年 

またMOMATコレクションでは、龍子がパラオなどの南方で描いたスケッチも数点展示中です。こちらもお見逃しなきようおすすめします。


川端龍子「草炎」(部分) 1930(昭和5)年 文化庁管理換(東京国立近代美術館)

川端龍子の「草炎」は、東京国立近代美術館の所蔵品ギャラリー、1室「ハイライト」にて、9月10日まで公開されています。

川端龍子「草炎」 東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー「MOMAT コレクション」(@MOMAT60th) 
会期:7月19日(水)〜9月10日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~17:00
 *毎週金曜・土曜日は20時まで開館。
 *企画展「日本の家」の会期中の金曜・土曜日は21時まで開館。
 *入館は閉館30分前まで
料金:一般500(400)円、大学生250(200)円、高校生以下、65歳以上無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
 *5時から割引:一般300円、大学生150円。
 *無料観覧日(所蔵作品展のみ):8月6日(日)、9月3日(日)。
場所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。
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尾形光琳「風神雷神図屏風」 東京国立博物館

東京国立博物館・本館7室
尾形光琳「風神雷神図屏風」
5/30~7/2



尾形光琳の「風神雷神図屏風」が東京国立博物館で公開されています。


重要文化財「風神雷神図屏風」 尾形光琳 江戸時代・18世紀

二曲一双の屏風の左隻が雷神です。左足を前に出し、雷鼓を打ち鳴らそうとしています。右足を強く引き、右手を曲げているゆえか、やや身構えているようにも見えなくはありません。

一方で右隻に現れたのが風神でした。風を起こすための大きな白い袋を持っています。視線を互いに合わせているのでしょうか。ともに嵐を予兆される黒い雲を従えていました。双方は鬼の姿でありながらも、にやりと笑っているかのようで、どことなくコミカルです。親しみやすさも感じられました。

光琳が元にしたのが宗達の「風神雷神図屏風」でした。宗達画はかつて建仁寺の末寺である妙光寺に伝来。そこは光琳の弟である乾山の営んでいた鳴滝窯にほど近い場所でした。


重要文化財「風神雷神図屏風」(左隻) 尾形光琳 江戸時代・18世紀

おそらく光琳は乾山を通して宗達画の存在を知り、何らかのインスピレーションを得て、模写、すなわちトレースしたと考えられています。大きさも同一である上、輪郭線なども極めて精緻に写し取っています。また残された画稿から古絵巻を参照したことも分かっているそうです。いずれにせよ相当に力を入れて制作したことは間違いありません。


重要文化財「風神雷神図屏風」(右隻) 尾形光琳 江戸時代・18世紀

ただし幾つかの相違点があります。最も顕著なのが全体の配置です。宗達画は太鼓や衣の一部が画面からはみ出ているのに対し、光琳は風神、雷神とも位置をやや低くし、全体像を画面の中に収めています。さらに寸法自体も光琳画の方が大きめです。よって空間自体は光琳画の方が広いものの、両神とも宗達画よりやや小さく見えます。また細部の彩色なども一部変えているそうです。

会場は東博本館の2階7室。常設展内です。同室にはほか、宗達派の「扇面流図屏風」と17世紀の「洛中洛外図屏風」もあわせて公開されています。


重要文化財「夏秋草図屏風」 酒井抱一 江戸時代・19世紀 *2010年の東博平常展での展示風景。(現在は展示されていません。)

のちに光琳に私淑した酒井抱一は、本作の裏に「夏秋草図屏風」を描きました。雷神には雨にうたれる夏草を配し、風神には風に吹かれる秋草を表しました。

抱一はここで風神と秋草、雷神と夏草、風神雷神の金に夏秋草図の銀、天上の神と地上の自然などを対比しました。いわば琳派変奏の代表的な作品として知られています。

かつて光琳の「風神雷神図屏風」と抱一の「夏秋草図屏風」は表裏一体、2つで1つの作品でした。それが保存上の観点から切り離されたのは1974年です。以来、別々の作品として独立しています。

大琳派展など、同じ展覧会に出展される機会こそありますが、表裏一体の形で公開されたのを、私は一度見たことがありません。いつか目にできればと思いました。


尾形光琳の「風神雷神図屏風」は7月2日まで公開されています。

尾形光琳「風神雷神図屏風」 東京国立博物館・本館7室(@TNM_PR
会期:5月30日(火)~7月2日(日)
時間:9:30~17:00。
 *毎週金・土曜は21時まで、日曜・祝日は18時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し月曜日が祝日または休日の場合は開館し、翌平日に休館。
料金:一般620(520)円、大学生410(310)円、高校生以下無料。
 *( )は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園13-9
交通:JR上野駅公園口より徒歩10分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、京成電鉄上野駅より徒歩15分。
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「大巻伸嗣 Memorial Rebirth 千住 2016 青葉」 千寿青葉中学校

千寿青葉中学校
「大巻伸嗣 Memorial Rebirth 千住 2016 青葉」
10/9(開催終了)



現代美術家の大巻伸嗣によるシャボン玉を用いたインスタレーションが、東京の足立区の中学校にて行われました。



会場は千寿青葉中学校。北千住駅から歩いておおよそ10分ほどの場所です。開場は13時半。昼の部と夜の部の2回の開催です。私が出かけたのは18時からの夜の部。既に陽は落ち、学校に着く頃にはすっかり暗くなっていました。



校庭中央に設置されていたのがシャボン玉の吹き出し装置です。取り囲むのは大勢の人たち。思いのほかにファミリーが目立ちます。昼間は地域の飲食店による屋台も出ていたようです。さながらお祭りのような賑わいでした。



18時を少し過ぎた後にイベントはスタート。装置からシャボン玉がたくさん吹き出します。照明により7色に染まる様子はとても美しい。と同時に静かな音楽が鳴り響きました。「音まちビックバンド」による即興演奏です。シャボン玉は時に風の勢いを借りて天高く舞い上がります。子どもたちが楽しそうにシャボン玉を掴み取ろうとする姿も印象的でした。

「大巻伸嗣 Memorial Rebirth 千住 2016 青葉」


シャボン玉の海を背景に行われるのは2人のダンサーによるパフォーマンスです。手を伸ばし、足を高くあげ、音楽に合わせては踊っていきます。所作は緩やかであり、また時に激しく動きます。シャボン玉の波を背に舞う姿はさも精霊です。シャボン玉をかがり火に見立てれば何らかの神事のようです。おおよそ30分弱。音楽に耳を傾けながら、美しき舞に見惚れました。



千住界隈を舞台に行われるシャボン玉のショーは今年で6年目。「Memorial Rebirth」、通称「メモリバ」とも呼ばれ、地域の人々も参加し、かなり浸透してきたようです。

大巻は「メモリバ」を「地域を越えて手渡される、現代版の御輿のような役割をになってほしい。」とも語っています。

ラストにはまた来年とのアナウンスもありました。大巻とシャボン玉を介して続く千住の「Memorial Rebirth」。また来年にも期待したいと思います。

「大巻伸嗣 Memorial Rebirth 千住 2016 青葉」 千寿青葉中学校
日時:10月9日(日) 夜の部 18:00~
料金:無料
出演:くるくるチャーミー(大⻄健太郎、富塚絵美、松岡美弥子)、桔梗みすず、町田良夫、栗原荘平、音まちビッグバンド ほか
住所:足立区千住宮元町27-6
交通:JR線、東京メトロ千代田線・日比谷線、東武スカイツリーライン、つくばエクスプレス線北千住駅西口より徒歩10分。京成線千住大橋駅より徒歩10分。
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