hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

神宮外苑の史跡を巡る②

2022-06-11 05:00:00 | 日記
外苑外周道路を歩き、神宮球場の裏を通過。

左手にこんもりとした森のような場所があるが、この森の中に『建国記念文庫』が静かに立っている。一見、お寺の鐘撞堂のように見える建物は1967年建国記念日制定にあたり全国から数十万通の建白書・意見書が寄せられた。この書類を保管するため、奄美地方の高倉様式を移築、天井部分にテンパガラスを施工したものである。



建国記念日制定にあたり、当時は賛否両論があり、かなりの紆余曲折があったが、今はその事実を知る人も少なくなった。

目の前には新国立競技場、外苑外周道路を渡り、絵画館に向かう。絵画館の案内板の隣に『お鷹の松』と名付けられた松が植えられている。



その由緒はかつてここには境妙寺があり、3代将軍家光が鷹狩りで休んでいた。すると江戸城から飛び去った『遊女』と名付けた愛鷹が松の枝に止まった。これを家光は大層喜び、『遊女の松』と名づけた。その後碑文にある2代目の松は東京オリンピックの工事のため、取り去られたが、1979年に新たな松を植え、石碑が戻されたものである。



絵画館の横にひっそりと置かれている石碑は『樺太国境画定標石』である。1905年日露戦争に勝利した日本は南樺太を併合したが、1906年9月に日露両国は4基の天標石と17の小標石を置いたがそのレプリカを絵画館前に記念して置いたもの。



前面には日本を表す菊の紋章があるが、裏にはロシアを表す鷲の紋章が刻まれている。



絵画館の裏に回るが、『葬場殿跡』がある。1912年7月に明治天皇は崩御、9月13日に葬儀が行われた場所である。もちろん、当時この一帯は青山練兵場であった。葬儀をした場所を残すために植えられた楠木が今はこれだけ茂っている。



絵画館の正面から軟式野球場に行くとちょうど草野球の真っ最中。ユニホームを着ている人はわずか、でも女子が応援しにきているからか盛り上がっている。また、バッティングセンターも横に。



ヤクルトスワローズのマスコットキャラクターつば九郎の店ではヤクルト関連のグッズならレプリカユニホームから鉛筆までなんでも揃う広いお店であった。