hokutoのきまぐれ散歩

ブログも12年目、4000日に到達。ネタ探しはきついけどまだまだ毎日更新を続けるつもりです。

中井駅〜高田馬場駅の坂②

2023-07-21 05:00:00 | 坂道
『東京の坂、日本の坂』その184。引き続き中井から高田馬場あたりの坂を巡る。見晴らし坂を上り、そのまままっすぐに歩く。


(カラスウリの花)

だんだん道が狭くなり、不意に階段の上に到着。階段の下は新目白通り、山手通りとの交差点を反対側に渡り、右にいく。二又になるが、左側に上る坂道、これが『市郎兵衛坂』である。



案内板によると『豊多摩郡誌によれば市郎兵衛坂、中井道、字不動谷と前谷戸との間にあり』とある。また、坂道の名前の由来についてははっきりしない、ゆかりのある人名をとったものと思われる。つまり分からないみたいである。



この細い坂道は緩く、登ると今度は下り、新目白通りに合流する。新目白通り開通前はもう少し長い坂ではなかったかと思う。



(新目白通りとの合流にある標識)

新目白通りを少し行くと左に一度曲がり、ここから急坂となってぐねぐね登って行く坂が『霞坂』。新目白通りの歩道橋も霞坂歩道橋と名付けられている。



霞坂は明治時代に開かれた坂道で、坂下が一面田んぼであったため、春霞が立つのんびりとした田園風景が美しかったので付けられた名前であろう。



この坂道も勾配がきつい上にグネグネと曲がっていて下から頂上が見通せない。上まで登るがかなりくたびれる。

再び、坂を降りてまた新目白通りを行く。少し先を左に行く細い道があり、これを行くと鋭角に戻るような急坂が現れる。



これが『西坂』で、江戸後期の絵図にも名前が残されている。かつては坂上にあった徳川男爵邸の牡丹園は盛時には一般公開され、落合の名所の一つであった。



この坂道も幅は狭く、蛇のように曲がっているが、左右は高級マンションや老健施設となっている。歳を取ってからこのきつい坂道を登ったり、降りたりするのはかなりきついだろうと思いながら坂を登った。





(以下、次回)

神田味喜庵〜神田ランチグルメ

2023-07-20 05:00:00 | グルメ
神田駅近くをうろうろしていたらどこかで聞いたことのある名前のお蕎麦屋さんを発見。『神田味喜庵』という大きな看板が出ていたが、店の入口は狭い。しかし、地下のお店は看板通り広いお店である。この『味喜庵』さんはかつてS先輩に教えてもらったお店でリーズナブルな価格で宴会ができる優れたお店、ただ、私が行ったことがあるのは御徒町にある。

ランチメニューも中々の充実ぶりでぶっかけ蕎麦や天丼と蕎麦のセットなどボリュームもありそう。気になる『まかない丼』はこの日はシラス丼、『週替わり蕎麦』は海老天とイカ天の乗ったぶっかけ蕎麦、このいずれも1100円である。



周りをみわたすとこのメニューは人気があるようで私は週替わり蕎麦をチョイスした。



店内は広く、小上がりのように暖簾で仕切られた部屋が幾つもある。うち、大きな10人くらい入る部屋では大宴会中、空のビール瓶が机の上に何本も並び、真っ赤な顔をしたおじさん達が声高に喋っている。昼間から飲めるのは羨ましい限りである。

少し経つとまずはお前に緑色の冷茶が入ったグラスとネギと大根おろし、ワサビの入った小さな入れ物が登場。お姉さんが、もうすぐきますのでと言って下がる。

それから少し経過して大きな嵩の高い黒塗りの塗り物が登場。1番上にはイカ天と海老天が交差していて、山盛りの九条ネギ、ワカメ、温泉卵が入っている。

そば猪口に入ったツユを全て掛け、ワサビを溶かして食べ始める。そこに蕎麦が入っているのだが、量は結構入っている。冷水で締めた蕎麦はしっかりとコシがあり、少し甘めなツユとよく合い、美味い。ワカメはシャキッとしていて歯応えがいい。

大根おろしもツユに混ぜ、イカ天を一口、柔らかい。蕎麦と共に食べる。海老天も揚げたて、九条ネギもたっぷり入っているのもネギ好きには嬉しい。

食べ終わる頃には蕎麦湯を持ってきてくれ、最後にこれを注いで、ゆっくり飲む。12時近くなってきたからか、急にお客様が増えてきて席が埋まっていく。隣のお客さんが食べている大海老天丼も中々のボリューム、大きめの海老天が3匹も乗っていてこれもよさそうであった。



この店も御徒町と変わらず美味い蕎麦を食べさせてくれる店であった。ご馳走さまでした。
神田味喜庵
千代田区鍛冶町1ー16ー7
05058692842

中井駅〜高田馬場駅の坂道①

2023-07-19 05:00:00 | 坂道
『東京の坂、日本の坂』その183。今回は西武新宿線中井駅から坂を巡りながら高田馬場駅を目指すことにした。一部かなり前に行ったことはあるが、久しぶりなので既訪問の坂道も歩く。



中井駅は今も昔も山手通りの高架下にある。北口に出てまっすぐ歩くと山手通りに出る石段が出てくる。



これを登り、山手通りを北に向かい歩き始める。今から40年位前にこの地で集金をしていたが、基本的な道は変わっていない。



新目白通りとの交差点手前に戻るようにある坂道が『山手坂』。坂下には案内板もあり、登るが細く勾配が急な坂である。坂上から一方通行となっている。



山手坂を降り、左に曲がっていく坂道が『振り子坂』である。ブログなどを読んでいると大正時代にはこの2つの坂は既に名付けられていたようである。

お屋敷が多く、確かこの辺りに赤尾の豆単で有名な旺文社社長の赤尾敏夫氏の屋敷があったことを覚えている。



山手通りを渡り、少し左へ。2本目の道はまずは階段、これを上がると見晴らしがいい。そのまままっすぐに歩くと急に勾配のきつい下り坂となっていく。



この坂道が『六天坂』である。勾配はどんどんきつくなっていく。説明板には『大正時代に新たに開かれた道。

(坂下の案内標識)

坂の上に第六天の祠があったことから付けられた名前』とある。取り敢えずこの坂道は下まで降りる。



左に曲がると次の上り坂は『見晴し坂』である。先ほどの六天坂と並行しているため、どれだけ登りがきついかは想像された。実際に登ると左右に蛇行しながら、やや細い坂道を登る羽目になる。後ろから傘を差したおばあちゃんが登ってくるが、何回も休みながらしか難しいようだ。



(坂上の案内標識)

上に登るとさらに勾配がきつくなっていき、ようやく登り切る。振り返ると今も高層ビル群がよく見える。昔は高い建物もなく、素晴らしい眺望だったのだろう。それにしてもここから富士山が見えたなら最高だろう。(以下、次回)




笠置そば〜新宿ランチグルメ

2023-07-18 05:00:00 | グルメ
最近グルメネタが立喰そばに偏りつつある。一つは暑い日が続き、冷やし系が食べたくなること、もう一つはサラメシで出てきたおじさんがそばダイエットで10kg痩せたと豪語していたことに影響されている。

昼に東新宿駅を降りたところでお隣に『笠置そば』を見つけてしまったのである。笠置そばは殆どがフランチャイズで某立ち食いそばというサイトによると今残っているのが10店舗ないくらいである。特徴は生そばを茹でたてで提供するだけでなく、天ぷらも限りなく揚げたてのところとか。

店に入ると間口が狭いと思っていた店はL型で奥には2人掛けの席が5つくらいあり、意外に広い。カウンターに食券を出して呼ばれるとそばを取りに行く形式。私は食券を出すといなり寿司(2コ180円)を買い、お冷やを取って席で待つ。

言い忘れたが、そばは冷やしかき揚げそば(510円)をお願いした。1時近いこともあり、5分程度で呼ばれた。職人さんは2人ほど、ぐらぐらくる鍋のおかげで暑そうである。

平べったい皿にそば、かき揚げ、ネギ、ワサビが乗っていてツユが張られている。まずはワサビを溶いて、そばを一口。コシのない蕎麦が多いなか、かなりバリカタの蕎麦である。茹でたてで冷たい水でよく締めてあるのは嬉しいが少し固いかな。


かき揚げはやはり揚げたて、カリッという食感が嬉しい。蕎麦のツユに浸しても硬さは割に維持できている。

ネギの量とワサビの量は少なすぎ、小諸そばが懐かしい。蕎麦つゆは甘みが少なく、よく言えばキリッしている。好みはもう少し甘い方がいいが。



また、1個あたり90円のいなり寿司はちゃんとラップされていたためか、しっとり。またお揚げも甘く、生姜も付いていて嬉しい。全体としては美味いと思う。まあ、好みもあるからね。大混雑ではないが、ひっきりなしに来店客はあり、職人さんは暑くて大変であった。ご馳走さまでした。

笠置そば東新宿店
新宿区新宿7ー27ー3

都電スタンプ⑦

2023-07-17 05:00:00 | 鉄道
『鉄道シリーズ』その217。都電スタンプ逍遥⑦終。荒川〇〇という停留所が続くが、次の『荒川七丁目』停留所まで私の足と電車とどちらが先に着くかを競走してみる。



電車は6分間隔、今出たばかりなのと並行する道路が左に曲がったところにあるため勝算ありと急ぐが、軌道のこの区間は信号がない一方で歩道には信号が2つ。これに引っかかったため、僅かながら都電の勝ちとなった。

スタンプは『区の花ツツジ』が意匠であった。



『町屋駅前』停留所では京成線と東京メトロ千代田線に乗換ができるため、多くの乗客が入れ替わる。ところで東京メトロ町屋駅の1階隣はパチンコ屋で地下通路から上がってくると駅直結となっている。大阪などでは珍しくはないが、東京メトロの駅で直接パチンコ屋に入れるのはこの駅くらいであろう。

スタンプは駅に近い町屋文化センターが描かれている。



『町屋ニ丁目』停留所はちょうどカーブのところにある。周囲は高層住宅と商店が建ち並んでいる。スタンプは満光寺という天台宗のお寺が描かれている。



『東尾久三丁目』停留所も高層住宅に囲まれた静かなところ。スタンプには交通公園がデザインされていた。





『熊野前』停留所は日暮里舎人ライナーとの乗換ができる。かなりの人が乗り降りをする。



今では橋ができているがかつて荒川には渡し船があったが、その熊野の渡しがスタンプには描かれている。



さらにあまり今では知られていないが、東京初空襲の案内板がすぐ近くにある。昭和17年4月18日正午過ぎに爆弾3個と焼夷弾1個を落とし10名の死亡者が出たのである。



そして最後の停留所は『宮ノ前』、停留所にある『宮』とは目の前にある尾久八幡神社の事である。



この神社は応神天皇を祭神とし、尾久周辺の総鎮守として信仰を集めてきた。最初の写メにあるように、小高くなっている本殿から見ると、鳥居の向こうに都電が見える風景を楽しむことができる。この宮ノ前電停でさくらトラムのスタンプラリーは完了ということになった。



長いような、短いような。駅間の短いさくらトラムを一駅ずつ、たまには歩いて巡る、しかし遅い電車にも抜かされてしまう、というのも楽しいものである。次はどの線に行こうか。

巴屋〜野木町ランチグルメ

2023-07-16 05:00:00 | グルメ
野木宿をほぼ歩き、野木駅に行く途中で昼過ぎになった。ショッピングセンターの近くに地元のお蕎麦屋さんを発見、早速入店した。店の名前は『ともえや』、『玄そば石臼びき、自家製粉』と謳っている。



玄関の戸を開けると左側には小さな石臼、先客はすれ違いに帰った人のみ。目の前には黒っぽい大きな鮭が吊るしてあり、民藝風。店の人に聞くと鮭は本物だと言われた。てっきり彫刻かと思ったのだが。

メニューは色々あるが、天せいろと天ざるがあり、100円違う。詳しく聞いてみると天ざるは海苔とうずらの卵がつくが、天せいろはそれがないとのこと。天せいろ(1600円)をお願いした。

待っている間に店内をよくみると奥には大きなお座敷、これから予約が入っているとのこと。厨房は3人で切り盛り、繁盛店のようで冷蔵庫には伯楽星の一升瓶が入っていた。次々とお客さんが入ってきて、注文は天ざるか鴨せいろばかりである。



おばさんがそばを運んできたが、大きな入れ物に天ぷらとそばが一杯に詰めてある。蕎麦は3つの塊になっていてまずは一箸、流石に手打ち。コシがあって美味い。

天ぷらは海老天、茄子、南瓜、大葉。もちろん揚げたてでカリッと揚げてあり、旨い。

また、ちゃんと天ツユと蕎麦ツユが分けてあるのは嬉しい。かなり塩辛いツユを予想したが、出汁がよく効いている。

思いの外、麺の量が多く、街道を長く歩き、腹が減っていたのにかなり満腹となった。今日の蕎麦粉は岩手県西和賀町と群馬県渋川市のブレンドだとか。ゆっくりしたかったが、先を急ぐので入口にあった天かすを頂き、店を出た。ご馳走さまでした。
巴屋
栃木県野木町丸林200ー2
0280572637


野木宿②

2023-07-15 05:00:00 | 宿場町
『宿場町を行く』その25。野木宿②。野木神社は同じのぎだからということもあり、乃木希典大将が何度もお参りに来て、軍刀を奉納するほど崇拝していたことでも有名である。



また、谷文晁作と言われる『黒馬繁馬図』という絵馬が奉納されていた。ここで御朱印と御宿場印を頂き、神社の方と歓談。
伺ったお話は『野木宿は隣の古河宿とは距離がないが、これは大名や幕府関係者など身分の高い者しか古河宿に泊まることは許されず、野木宿はその補完として作られたもので大層は商人などが利用。そのため、庶民的な宿だった』とのこと。

野木神社を出て北に向かって歩く。1kmのところにほぼ向かい合うように本陣跡、脇本陣跡がある。何も今は熊倉氏の個人宅となっているが、なぜか脇本陣の方が広く見えた。
(脇本陣跡)




(本陣跡)

満願寺というお寺には『十九夜』の石碑が入口に置いてある。十九夜様とは如意輪観音のことで主に安産の神様として女性の信仰を集めていた。



旧暦の十九日夜に十九夜様の周りに集まり、線香や灯籠をあげ、念仏を唱え、お産が軽く済むことを祈ったのである。

その先には一里塚跡がある。江戸から十七里にあたり、榎が植えられていたのだが、今は説明板があるのみであった。



少し歩くとようやくセブンイレブンがあり、小休止。お隣にある友沼八幡神社には『将軍御休所跡』がある。

これは家康が亡くなった後、久能山に葬られたが、その後日光東照宮に改葬された。代々の将軍を始め、大名や武家、庶民までもが日光参りを行なった。



将軍は江戸を出発、岩槻・古河・宇都宮で各1泊、日光に入るのだが、古河を出たのちに最初に小休止をしたのが、この地だったようだ。



神社の向かいに法音寺がある。ここには芭蕉の句碑、『道端のむくげは馬に喰われけり』が門人により建てられた。



他にも『十九夜塔』『二十三夜塔』(旧暦23日の月待行事の一つ)などがある。600年ほど前に作られた由緒あるお寺で野木村ができた際の役場も置かれたことがある。(以下、次回)


対DeNA戦は内弁慶シリーズ?〜タイガースファンの戯言

2023-07-14 05:00:00 | 阪神タイガース
阪神タイガースも6月の低迷からようやく抜けはじめた感じがある。交流戦終盤のSB戦からDeNA3連戦まで今年初めて5連敗を喫した。しかし、その後は4勝5敗1分とほぼ五分、7月9日ヤクルト戦からは久しぶりの3連勝となった。

その中で特徴的なのは対DeNAの戦歴。甲子園で阪神が開幕3連勝、しかし、4月14、16日は横浜スタジアムでDeNAが連勝(15日は雨天中止)。

5月12〜14日は甲子園で阪神3連勝、6月23〜25日は横浜スタジアムでDeNAが3連勝。今回は7月11日は倉敷で阪神が勝ち、12日は甲子園でサヨナラ勝ち。

つまり、対戦成績は阪神の8勝5敗なのだが、阪神は甲子園(倉敷)で8連勝、DeNAは横浜スタジアムで5連勝、つまり、それぞれのフランチャイズでは負けなしという構図になっている。

実はDeNAは横浜スタジアムではとにかく強い。対中日は横浜スタジアムで6勝1分、対ヤクルトも同様に5勝2敗1分、こちらも7月4日に敗れるまでは4勝1分であった。全体でも横浜スタジアムでは22勝5敗2分、アウェーでは9勝23敗と大きな差が出ている。(除く交流戦)

阪神に話を戻すとペナントレースでは阪神は5球団に負け越しはなく、全てのチームから7〜8勝を上げている。

優勝(アレ)を目指すためには苦手チームを作らないのはもちろんだが、得意チームも作れればさらに強固なものになる。

最後にもう一つ、気になったのは12日の試合で7回表に投手交代にあたり、佐藤輝明に変えて投手の馬場を入れ、島本に変えて糸原を入れた作戦。その糸原が8回裏にヒットを放ち、森下の同点2ランに繋がったのだが。ここで佐藤輝明が交代するのは寂しいことである。
(7月12日脱稿)




野木宿①

2023-07-13 05:00:00 | 宿場町
『宿場町を行く』その24。野木宿①。この企画も前回が11月でから7か月ぶりということになる。当たり前だが、日本橋宿から始め、千住、草加、越ヶ谷、粕壁あたりまでは到達するのもそれほど時間が掛からなかったが、栗橋、中田、古河と来ると電車で来てもかなり時間がかかる。(渋谷〜古河は湘南新宿ラインで1時間12分)



今回のルートは古河駅で降りて古河市循環バスぐるりんに乗り、一番野木町に近い松並2丁目まで行く。ここからは歩きとなる。



少し歩くと目印のコスモ石油のスタンドは健在でその隣にある地蔵尊にお参りに行く。『塩滑地蔵』と名付けられていてこの地蔵の塩を体の悪いところにご利益があるとされ、ちゃんと塩も供えられている。



少し先はSC(古河マーケットプレイス)。マツモトキヨシ、K'sデンキ、パチンコ、ゲームセンター、手芸用品、ブックオフなどたくさんの専門店が並ぶ。

そのすぐ先に茨城県と栃木県の県境がある。県道9号線は国道4号線と合流するが、この辺りから野木宿には松並木が続いたらしく、説明板のみが残されている。



その手前に野木神社の石鳥居があり、参道を行くが、これが長い。両側は並木、石鳥居が2つもあり、ようやく本殿に到着。



延暦年間に創設されたと言われる由緒ある神社であり、現在も広い敷地を有する。入口にフクロウが親子で木に住んでいる姿のオブジェがあるが、今も何組かの親子が住んでいる。



私もかつて山形県の慈眼寺でフクロウの雛に合ったことがあるが、あの可愛らしさを思い出した。(以下、次回)





てしごとや霽月(改装後再訪)〜神楽坂グルメ

2023-07-12 05:00:00 | グルメ
久しぶりに神楽坂で飲む。東京メトロ神楽坂駅で降り、地上に出ると神楽坂通り沿いに提灯がお出迎え。ポスターによると7月23日から神楽坂踊りというイベントがあるとのこと。元々、雰囲気のある街だが、提灯がさらに風情を醸し出す。

飯田橋方面に坂を降りながら、少し早く着いた時は新しい店がないか、うろうろ。昭和30年代に作られたと思われる民家も現役で頑張っている。国鉄EF13のような凸型の家は中々珍しい造り。



植田まさしの新聞漫画の主人公コボちゃん像の前を通過し、今日のお店に到着。『てしごとや霽月』、1年半前にきたが、店内改装されていてモダンな感じになっていた。
メンバーは5分前には全員集合、生ビールをお願いした。お通しはとりつくね2つ、お出汁で煮て冷たくしたものである。

各自が食べたいものを注文、まずは『刺身3種盛り』。好きなネタを3つ頼めるシステムで鯛、〆さば、生ウニを選択。いずれも新鮮、特に生ウニはミョウバン臭もなく、甘みもあり、美味い。



『出汁巻玉子』はたっぷり出汁が入っていて万人が好む旨さ、一方『塩もつ煮込み』は見た目が女子受けせず。かなりいい味だったが、特にハチノスが不評。

『海老しんじょうの湯葉まき揚げ』は周りのカリカリの湯葉と中のフワッとした海老しんじょうの食感の妙、アボガドソースもいい。ここでお酒に移る。



まずは『飛露喜』『瀉樂』(いずれも福島県)を頼む。結果として同県の銘酒の飲み比べとなったが、会津坂下の酒『飛露喜』に軍配が上がる。

『イカのワタ焼き』は柔らかいイカとワタの旨味を余すことなく食べられる一品。コロナ前には良く行ったしんばし光寿でもよく食べたが、残った汁で雑炊を作ってもらったことを懐かしく思い出す。



酒も旨口、『田酒』(青森県)と『雅山流』(山形県)を選択する。



ここで名物の『炙り』をお願いする。炭の入ったコンロで鮭とばとエイヒレを炙る。思っているより火勢が強く、よく見ていないとすぐ焦げる。やはり自ら炙ったつまみの焼き立てを食べるのは楽しい。さらに『鶏ナンコツの唐揚げ』も頂く。



もう少しがっつりという女性陣のリクエストに答えて『黒毛和牛の炙り』、これは見た目通り美味い。



量が少ないので『銘柄ぶたの炙り焼き』も頼んでしまうが、じゃんけんで取り合う人気ぶり。酒は『屋守』(東京都)と『雨後の月』(広島県)。特に雨後の月はクセはあるが、逆にこれが人気であった。



『肉シウマイ』は蒸したて、酢醤油や辛子も付いているが、味は十分そのままでもいける。酒は石巻市の『日高見』(宮城県)、地元の川の名前、辛口を貫いている。



まだ飲み足りないと『七田』(佐賀県)、『義侠 えにし』(愛知県)という対照的な酒を注文。辛口は変わらないが、フレッシュでキレのいい七田と3年熟成のベテランの味のような義侠、何も人気であった。

締めはニンニクチャーハン、まあ、よく食べ、よく飲みました。これで1人前6500円は中々のお値打ちです。ご馳走さまでした。



てしごとや霽月
新宿区神楽坂6ー77
05055946341