三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「楽園」

2019年11月10日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「楽園」を観た。
 https://rakuen-movie.jp/

 ムラ社会に追い詰められる二人の主人公を描いた、ある意味では社会派とも言える作品である。杉咲花が演じるつむぎが所謂狂言回しの役割で、物語を前に進めると同時に、ムラ社会の息苦しさと断ち切り難い絆を伝えている。
 つむぎの幼馴染みである、村上虹郎演じた広呂の言葉がこの作品の世界観を端的に言い表している。「誰もが表の顔と裏の顔を持っている」
 村人たちは誰も自分のことしか考えていないが、村の利益を優先させる態度で本音を覆い隠す。村は長老たちを頂点とするヒエラルキー社会であり、村の利益とは即ち長老たちの利益である。ある種の利権のようなもので、政治家のサンバンよろしく世襲がらみに受け継がれていく。他所者は決してこの利権構造に食い込むことはできない。
 村はひとつの運命共同体であり、出て行った者を許さない。入ってきた他所者に対しては、村に利益を齎すかどうかと、利権に対する脅威とを天秤にかけながら、表面を取り繕って対応する。他所者がヒエラルキーを疎かにしようものなら、徹底的に叩き潰そうとする。ムラ社会にとって外敵は長老たちの求心力を強化させる絶好のチャンスでもあるのだ。
 アベ政権と殆どそっくりだと思った方もいるだろう。ロッキード事件やリクルート事件に匹敵するモリカケ問題でも辞任せず、韓国叩きに汲々とする安倍一味とその支持率をみると、日本は国全体がこの映画と同じムラ社会なのだと認識を新たにしてしまう。

 綾野剛のたけしと佐藤浩市のぜんじろうは、互いの接点は殆どないが、他所者である点は共通している。ムラ社会の都合によって翻弄され、追い詰められ、脅かされる。
 二人とも無口で自分が他所者であることを自覚していて、少しでも村人のために役に立とうとするが、ムラ社会は彼らを少しも評価しない。他所者はどこまでも他所者に過ぎないのだ。

 最期はそれぞれに衝撃的な展開だが、ある意味では必然とも言える。他にどうしようもなかったと、納得できるところがある。綾野剛も佐藤浩市も、よくこんな難役を演じ切ったと讃えたい。心にずっしりとくる重厚な作品である。

 
 

映画「Gemini Man」

2019年11月10日 | 映画・舞台・コンサート

 映画「Gemini Man」を観た。
 https://geminiman.jp/

 DIA(米国防情報局)という組織の存在は、アメリカの作家ロバート・ラドラムやトム・クランシーの小説で初めて知った。ペンタゴンの下部組織だが軍人よりも文民が多くて、職員が3万人いるCIAと同様に過半数が事務職で、人数割合としては少ない方の現場職が実力行使の仕事を担当する。CIAの場合は現場職をエージェントと呼ぶが、DIAでは普通に軍人だ。中には女性の軍人もいて、本作品でメアリー・ウィンステッドが演じたダニーがそれに当たる。
 見たことのある女優さんだなと思っていたが、数年前に観た「10クローバーフィールドレーン」の主演女優だった。SF調のサスペンス映画で、支配する側とされる側の力関係の変化や心理的な駆け引きなどが稠密に展開して、目を離せなかった作品だったと記憶している。
 本作品のダニーはDIAでも軍人の方の職員の役で、ウィル・スミス演じる主人公ヘンリーと行動を共にしつつ、訓練された戦闘力と演技力で敵を倒したり騙したりして主人公を助ける。
 ウィル・スミスは心に傷や矛盾を抱える複雑な人格を演じるのが得意な俳優で、この人が演じると単細胞の軍人も奥深い思索家に見えてくる。本作品のヘンリーは秘密作戦で沢山の人間を殺した人格破綻の軍人である筈だが、ウィル・スミスの表情には自分自身を飄々と客観視しているようなところがあって、PTSDに陥ることなく平静に生きている雰囲気を醸し出す。観客にとっては否応なしに感情移入してしまうキャラクターである。どんな役柄でも観客を引き込んでしまうのがウィル・スミスの稀有な魅力で、本作品もウィル・スミスでなかったら面白さが半減していただろう。

 本作品では人造人間のアイデンティティの問題が出てくるが、既に語り尽くされている感がある。議論はどこまでも仮定の話であり、実際に人造人間が登場したら、まったく考えもしなかった事態が発生すると予想される。仮定の議論にあまり意味はないのだ。そこで本作品は、アイデンティティの問題を追及することなく、プラグマティックな対応を考える方向に向かう。
 DIAはアメリカの権力組織で実力行使を伴う活動をしている訳だから、組織の存在の是非や権力そのものの是非について、もう少し掘り下げがあってもよかったが、ハリウッドのB級娯楽作品としてはよくまとまっている。残るものは何もないが、それなりに楽しめる作品だと思う。