三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「窓ぎわのトットちゃん」

2023年12月10日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「窓ぎわのトットちゃん」を観た。
映画『窓ぎわのトットちゃん』公式サイト

映画『窓ぎわのトットちゃん』公式サイト

大ヒット上映中!世界中から愛されている、黒柳徹子<トットちゃん>の国民的ベストセラー小説、初の映画化!

 戦前の愚かな時代である。時代と言ったのは、戦争に突き進んだ軍部だけでなく、それを応援し支え続けた多くの国民の愚かさも含めて、日本全体が自分で考えることを放棄した状態になっていたからである。
 戦後に大宅壮一がテレビの登場が「一億白痴化」を進めると言って、松本清張がそれを「一億総白痴化」と言い換えたのが流行語になったが、テレビが登場する前から、日本では一億総白痴化が進んでいたのだ。

 人間は弱くて、争って傷つけ合う。松田聖子が「瑠璃色の地球」で歌った通りだ。そして差別する動物でもある。差別が身に染み込んでいるから、平気で差別的な発言をしてしまう。小林校長が、女教師の安易な差別発言を厳しく追及するシーンには、ちょっと驚いた。このシーンを紹介したということは、女教師の差別発言の本質が、軍国主義を礼賛していた愛国婦人会の精神性と変わるところがないのが、幼いトットちゃんにも分かっていたという訳だ。驚くべき鋭い感性である。小林校長も、初対面でそれを感じ取ったのだろう。

 そういう意味から言えば、本作品は反戦映画である。好戦のパラダイムに乗じて国民に対して尊大な態度を取る警察官は、戦時の日本人の白痴化の象徴だ。それに対して小林校長とパパの存在は、反戦の象徴であり、知性と寛容の象徴でもある。
 暴力は絶対にいけないという小林校長の教えは、そのまま、戦争は絶対にいけないと子どもたちに教えたのと同じだ。戦争こそ、暴力の最たるものだからだ。そして自分のバイオリンで軍歌は弾きたくないというパパに、トットちゃんは、小林校長と同じ匂いを感じたに違いない。

 小林校長や学園の子どもたち、いつも挨拶する親切な駅員、それにお祭りのひよこなど、トットちゃんには多くの出逢いがあり、そして別れがある。死の意味を知り、人々の悪意を知る。
 トットちゃんは強い。強いから差別しない。強いから優しい。優しいから強いのだ。ナレーションの黒柳徹子は、年老いて顫える声がいい味を出していた。反戦についてはひと言も語られなかったが、皆さん、戦争は絶対に駄目ですよ、強く生きてくださいねと語りかけられているように思えた。とても感動した。