国民の審判を受けたくないというので、必死に逃げ回る民主党。それを批判することもしないマスコミ。日本の政治が劣化したのは、民主党とマスコミがタッグを組んで、日本国民を騙したからではないか。しかし、当初からその胡散臭さに気付いていた人はかなりいたはずだが、何が何でも政権交代という馬鹿騒ぎの前に、まともな議論がかき消されてしまったのだ。団塊の世代や、その前後の者たちが政権を手にしただけに、一度占拠すると、力ずくでなければ梃子でも動かないのが、彼らの習性なのだろう。中野正剛は『戦時宰相論』で「非常時宰相は絶対に強気を要する」と述べながらも、その力を与えてくれるのは、単なる個人の資質ではないことを見抜いていた。だからこそ「大日本は上に世界無比なる皇室を戴いている。かたじけないことには、非常時宰相は必ずしも蓋世(がいせい)の英雄たらずとも、その任務を果たし得るのである。いな、日本の非常時宰相はたとえ英雄の本質を有するも、英雄の盛名をほしいままにしてはならないのである。日本の非常時宰相は殉国の至誠を捧げ、匪躬(ひきゅう)の節を尽くせば、おのずから強さが出てくるのである」と書いた。今の日本の政治指導者の多くは、自惚れが強くて勘違いをしている。唯一違うのは安倍晋三総裁だけである。国民の平安を願っておられる天皇陛下の意を受けて、粉骨砕身できるかどうかなのだ。その意味でも、傲慢であっては、日本では指導者として評価されないのである。
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