私は、禅を多少やったことがある。とは言っても例えれば、それは鼠が地球を齧ったようなもので、お話にならない。
さて、禅宗の寺には、必ず掛軸が掛かっている。その時は、確か「春水満四澤」だったと思う。
家に戻り、この軸で何か一句を得ようとして考えているうちに、五字では長すぎるので、「四澤」だけでどうだろうか?しかし、それでもまとまらず「春」一字に辿り着いたというわけ。僧坊も最初は「禅堂」だったが、間口を広げてみた。
つまり、事実と違うのだが、そんな掛軸があってもいいんじゃあないか、いやきっと日本のどこかにあるはずだ、という想像を勝手に信じ始めていた。