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「書いてはいけない」
タブー、または「忖度」(そんたく)の世界
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私は親しい友人に数冊の本を勧められて読んだ。その一冊が森永卓郎著「書いてはいけない」だった。森永氏によれば、絶対に書いてはいけないものとして、ジャニーズによる性的虐待の問題と、財務省の政策批判や不祥事報道、そして、御巣鷹山に墜落した日航123便の真相報道の3つが挙げられている。これらは、カトリックの神父である私にとって、特別に関心度の高い問題ではなかったので、いずれも通り一遍の興味を惹くにとどまっていた。しかし、それらは深いところで私の関心事と根が繋がっていた。
「まず、ジャニーズだが、私はそれが事務所とジャニー氏が週刊文春を名誉棄損で訴えた裁判でジャニーズ側が全面的に敗訴し、性加害を主要な部分で真実とした高裁判決、および上告を棄却した最高裁判決に関して、TBSが全く報道しなかった事実を挙げている。」
「TBSだけではない。どこの新聞も、どのテレビ局も、文春を名誉棄損で訴えたジャニーズ側の敗訴の事実を大きく報じたところはなかったようだ。」
「それは、もし報道すれば必ず面倒な報復を受けるからだ。ジャーナリストなら、業界から締め出しを食って仕事が出来なくされてしまう。ジャニーズ事務所から恩恵を受けていた報道機関が忖度(そんたく)したのだ。マスコミは事務所怖さに見て見ぬふりをしてきたのではないか。」
森永氏が次に取り上げたのが財務省のカルト集団化だ。マスコミが財務省の政策批判や不祥事報道に踏み込んだ後には、必ずと言っていいほど、税務調査が入っているそうだ。
「事実、2000年代に入ると、国税当局は一斉に新聞各社に税務調査を展開した。2007年から2009にかけても、朝日、読売、毎日、そして共同通信に大規模調査が入り、申告漏れや所得隠しが明らかになっている。この時期には、マスコミは政権への対決姿勢を明確にし、官僚不祥事を次々に報道していた。これの調査はその〝報復〟ではないかと指摘された。」
「税務調査による報復は、新聞やテレビだけではなく、週刊誌にも向けられてきた。「財務省のスキャンダルをやった週刊誌の版元の出版社もことごとく税務調査で嫌がらせを受けてます。」それどころか、フリーのジャーナリストの中にも、財務官僚にスキャンダルを手掛けた後に、税務調査を受けたという人が結構いたという。」
税務調査を恐れているのは大手出版社も同じだ。「財務真理教」(森永卓郎の暴露本)の出版を拒絶した大手出版社の編集長は、「担当としてはやりたかったのだが、経営トップの判断で却下された。今の出版不況の中で、税務調査に入られたら、会社の経営そのものが立ち行かなくなる。会社を守るために断念せざるを得なかった。」「日本のメディアでは、財務省批判は絶対のタブーだ。それは財務省が独裁者だからだ。」などなど。
3番目は、御巣鷹山に墜落した日航123便のジャンボ機墜落の真相についてだ。私はそのジャンボ機がしりもち着陸をして後部隔壁を損傷し、ボーイング社がずさんな修理をした結果、金属疲労で修理箇所が破裂し、尾翼の油圧システムを吹き飛ばしたためという公式説明を鵜呑みしていたが、それは巨大な嘘で、真相は驚天動地の日本政府が転覆するほどの信じられないような話で、にわかには信じ難いことではあるが、世の中にはそんな信じられないことが本当にあることを知っている私は、もしかしたらこちらこそ真相ではないかと心が動いている。(これは、機会があったら深堀りしてみたい問題だが、今はこの程度にとどめる。)
私が生まれる2年前の1937年中国の北部で起きた盧溝橋事件は、中国革命軍の攻撃に端を発したという公式発表を当時の日本人は皆信じさせられたが、今では日中戦争に突入するための口実を作るための関東軍の自作自演であったことは常識になっている。しかし、当時の日本人はみな中国人の仕業だと信じていたのも事実だ。
1963年のケネディー大統領の暗殺事件が、オズワルドの単独犯罪であることを信ずる人は少ないだろう。背後にアメリカの暗黒部分を支配する巨悪の犯罪が匂う。トランプ新大統領はこの度ケネディー元大統領暗殺事件のすべての機密文書の公開を命じる大統領令に署名したが、果たして新しい真相が明らかになるか、興味を持っている。
ベトナム戦争の最中、1964年に米軍の北爆の口実になったトンキン湾事件もアメリカの自作自演だったことは今では証明されている。
同時多発テロ
2001年のニューヨークの世界貿易センターコンプレックスを崩壊させた9.11いわゆる同時多発テロだが、10人余りのアルカイダのテロリストの手で4機の旅客機を組織的にハイジャックできるものではないことは、頭を冷やして冷静に考えれば、それが不可能であることはだれの目にも明らかなはずだ。それなのに、同時多発テロとして幕引きが行われて、今もって真相は隠されたままだ。
私はフリーの放浪神父生活を余儀なくされていた時、グアム島のチャランパゴ教会の主任司祭をしていた友人のS神父に頼まれて、彼の帰国休暇中留守番神父を引き受けたことがあった。羽田-グアムの往復キップだけ用意してくれるならと、休暇気分で留守番神父を引き受けた。ところが、実直な信徒会長さんは、毎月規定の司祭のお手当を出してくれた。江戸っ子は宵越しの金を使わないとばかりに、そのお手当を一部は実弾射撃場でいろんなピストルやライフルや自動小銃をぶっ放して硝煙の臭いを嗅ぐのと、大部分はセスナ機の操縦練習で全部使い果たした。
もともと国際金融業の激しいストレスから逃れるためにラジコン飛行機を作って飛ばすことを気晴らしにしていた私は、教官の隣の操縦席に座ってグアムの空を鳥のように飛びまわった。頭上を舞う点のように小さなラジコン機の姿勢を見上げながら操縦するよりも実機に乗り込んで操縦桿を握るほうがははるかに簡単だった。離陸してしまえば路上を車で走るより遥かに自由な爽快感に浸った。呑み込みが早いと教官におだてられながら、一番難しい着陸もこなすところまで上達した。セスナ機の巡航速度は時速180-200キロ。着陸時は減速して70-80キロだから道を行く車の速さと変わらない。
しかし、ハイジャックされた大型ジェット旅客機はそうはいかない。着陸速度はフラップを下ろしエンジンを失速ぎりぎりまで絞っても250キロあたりだが、世界貿易センタービルに突っ込んだ時のボーイング757型と767型機はほぼ巡航速度の時速900キロだったから、素人が教習所のプロペラ機で私の10倍以上の飛行時間練習したとしても、死を目前にした極度の恐怖と興奮状態の中で、初めて見るコックピットの無数の計器類を前にして、手動でビルに正確の突っ込むなんて人間にできることではない。
何しろ、時速900キロの機体が目標の5キロ手前で進入角度をたった1度違えただけで100メートル近く目標を逸れる。それを20秒以内に超正確に微調整しないとあっという間に目標を外して飛び抜けてしまうのだ。現に、私の中学からの友人に日航のロッキードトライスターの機長を長く務めたのがいるが、ベテランの彼でも地上からの誘導アシストなしにはそんな曲芸は全く不可能だと断言した。そして、その言葉がヒントになった。
つまり、ワールドトレードセンターコンプレックス(WTC)のいずれかのビルの屋上に、国際空港にあるのと同じ全天候全自動の着陸誘導装置をあらかじめ設置して、飛行機の側も操縦桿から手を放し、全自動操縦に切り替えてその誘導に委ねなければ一発勝負で貿易センタービルに正確に突っ込むことは全く不可能なのだ。恐らく、ツインタワーからわずかな時差で静かに崩壊したWTC第7ビルあたりに着陸誘導装置が設置されていたとしか考えられない。
また、これだけの大事件の場合、普通は徹底した現場検証が終わるまで長期間現状保全が行われるはずなのに、なぜか数日を待たずに中国籍の貨物船がニューヨーク港に接岸し、大型ダンプで次々に運ばれてくる鉄骨の残骸を実に手際よく中国の溶鉱炉に運んで行ったことをどう説明する?一体誰がそんなことを計画し、あらかじめ手配することが出来たのだろう。考えれば考えるほど謎に満ちている。恐らく着陸誘導装置も瓦礫の鉄くずと一緒に証拠隠滅のため中国に持ち去って溶かしてしまったに違いない。すべては前もって綿密に計画されていたことでなければならない。
そんなことは素人の神父でも簡単に推理できるのに、大手のマスコミ、報道関は一切沈黙して書かないのはなぜか。それは書いたら最後、見えない力が働いて2度と報道分野で仕事ができないようにされてしまうからだ。下手すると真相に迫り報道しようとする者は不審死を遂げて消されてしまうかもしれないのだ。
ところで、私は何のためにこんなことを書いているのだろうか。それは、世界断突の暖簾(のれん)を誇る巨大宗教、カトリックの世界にも「書いてはいけない」タブーや「忖度(そんたく)」が隠然として存在していることを書きたかったからだ。
今日の日本でも、カトリクの司祭による性的虐待を訴えてその司祭の属するカトリックの「神言会」という修道会を相手取って起こした女性信者の裁判が進行中だが、不思議なことに大手のマスコミは一斉に沈黙・無視を貫いている。また、そのほかにも破門をちらつかせて公然と信徒を脅した司教を相手取って起こされた「パワハラ」裁判についても、新聞もテレビも週刊誌も腰が引けて何も報道しない。世俗国家でもあるバチカン市国の何を恐れて忖度し沈黙を貫いているのかは知らないが、なぜかカトリックの恥部にメスを入れようとしないマスコミに不信感を抱くのは私だけではあるまい。
ジャニーズの事件があったばかりだか、今、フジテレビの女性アナの「性上納接待疑惑」で世間は騒がしい。2000年の伝統を誇るカトリック教会も歴史的に古い恥部である聖職者による稚児虐待(ペドフィリア)や女性への性的虐待に本気でメスを入れる自浄作業に誠実に取り組まなければ、ここ半世紀の慢性的教勢凋落のV字回復はとても期待できない。現に、アメリカのボストン大司教区は、無数のペドフィリア裁判で軒並み敗訴して、その膨大な慰謝料の支払いで教区財政は破綻し、ついに大司教館の土地と建物を売却せざるを得ないところまで追い詰められたばかりだ。
特ダネニュース!
私のユーチューブチャンネルを開局しました!始めたばっかりです。
表題は「バンカー、そして神父」です。
見るためにはユーチューブで 谷口幸紀 と検索してください。それだけですぐ見つかります。試しに3個上げましたが、どんどん増やしていきます。初めは固いですが、すぐ慣れて、もっと上手に、自然に、なるでしょう。
是非チャンネル登録してご愛顧ださい。
URL は以下の通りです。クリックしてご覧ください。↓
https://www.youtube.com/watch?v=po01WasrYnc&t=123s
https://www.youtube.com/watch?v=-c0PGwfKEJA&t=63s
https://www.youtube.com/watch?v=a9vPP-nIOAU&t=64s
P2(ピードゥエ)ですね?!
イタリアの地下政府のメンバーリストが金庫から発見された話のことでしょう?!
私は依然にそれについていろいろ調べて書いたことがありますが。手元にすぐ出てこない。85歳はもう年ですね。もう一度資料を集めなおすのはちょっと時間と手間と根気がかかりそうです。
新しいことをこれからボチボチ書き進むので、YouTubeで「谷口幸紀」と検索して見てください。
「カトリック清水教会」が解体されていく様子が、ドキュメンタリーで放映され多くの国民が視聴したと思われる。しかし、このテレビが放映された二か月少し後2024年9月6日に、この清水教会解体をめぐる一つの裁判が開廷された。しかしこの裁判を知る国民はほとんどいないと確信する。被告人横浜教区梅村司教、原告小畑雪江氏。清水教会解体に長年反対を唱えていた小畑氏に対する梅村司教の恫喝、すなわちパワハラの裁判が始まったのである。
私はこの事実を広く国民に知ってほしいと願い、いわゆる「オールドマスメディア」に片っ端から情報提供をした。しかし、メディアがどこに忖度したのか全部スルーされた。やはりこの国は何かおかしい。梅村司教の恫喝は昨今に始まったことではない。20年前横浜藤が丘教会の当時の神父マウリッイオ神父が、信徒の献金訳二千万円を私的に流用した。信徒たちは困って梅村司教に善処てほしい旨お願いに行ったら、逆に信徒たちは恫喝されマウリッイオ神父には何んのおとがめもなかった。かなりの月日は経っているが今でも藤が丘教会の信徒たちの胸にとげが刺さっている。
梅村司教によるパワハラ裁判をご存知でしたか。
大手のメディアがこぞって沈黙を守り、 傍観を決め込む背景には、世界の大宗教であるカトリック教会の態勢が醸す得体のしれない力に対する忖度があるのだろうか?触れたら怪我をするという恐れからタブー視されているのだろうか?
同じ圧迫感は教会の内部改革や浄化を願う試みに対しても迫ってくるものがある。
ナザレのイエス・キリストは当時のユダヤ教社会の体制の中で敢然とその正しさ貫き通して、敢え無く十字架上の過酷な刑死に果てたが、その死は復活の勝利の栄光に輝いたのだった。
>ポンポコさんへ... への返信
ひどすぎますね。
バチカンも聖職者も政治家も、腐敗がひどく、地球は変だし、経済も裏で操作され
世も末。
私は今、黙示録の時代の末尾にいると思っています。
最後の7年間が始まったかもしれない、と。
誰が666=ビーストなのかな?と注視しています。
ホセア書は、今のことを言ってると思います。
神父様が終末論者でなさそうなのが、不思議です。
今月から、またブログ再開し始めたので、一応アドレスをお入れしてみました。
神父さまの YouTube の動画「解説 1 迷える子羊 2」を視聴いたしました.初めて神父さまの声を聴きました.優しい声だと感じます.激しく泣くということでは,聖ペトロのことを思い起こします.
神父さまのこのブログの記事「★ 私の「インドの旅」総集編 (9)田川批判ー2 2022-01-31 00:00:01 | ★ インドの旅から」のわたしのコメント「神が介入してきた出来事 (新米信徒) (16/03/2024)」に,キコ先生の著書「ケリグマ IL KERIGMA」の中のキコ先生のカテケージスの次のことばを引用いたしました.
「あなたは神を信じますか? どうして神を信じますか? あなたの歴史の中に神が介入してきた出来事がありましたか。それとも、誰かから聞いたので信じているのですか? あなたの歴史の中の具体的な出来事について話してください」
わたしの場合は,修道院のある神父さまが,わたしが数学に関わっていることを知り,わたしに興味を持っておられるということを聞いたので,その神父さまに会いに修道院に行きました.指導室でその神父さまと話しているときに,神父さまが,
「それは渇いているのだ」,とかなり激しく大きな声で仰ったことはよく覚えています.そのうち,何か大きなものに包まれているように感じ始め,今のままでよいのかと感じ,暫くの間かなり激しく泣きました.その間神父さまはわたしの頭に手をおいて,「心配するな」,と何度も仰いました.その後,短い間に,わたしのまわりがいろいろ変わっていき,与えられたいくつかの仕事をしました.神父さまを介して,向こうから何かが来て,わたしのうちから湧き上がってきたように感じます.あそこまで泣いた理由はよくわかりませんし,わたしがそのときに何か変わった(変えられた)かどうかも分かりません.あれほど泣いたことは,あのときが最後で,何か大きなものに包まれているように感じたことも,あの時一度だけです.ただ不思議なことだと感じます.
私は私の最初の本「バンカー、そして神父」に書いたかとも思いますが、国際金融業に見切りをつけて、放蕩息子のように教会に帰り、何十年ぶりに「許しの秘跡」(告解)をうけたときに、わたしも大泣きにむせびました。司祭になってから数えきれない信徒の告解を聴きましたが、度々告白者の甘美な涙の場面に立ち会い私の涙腺も壊れもらい泣きをしました。
私はこの種の涙は聖霊が人の魂に触れたときの目に見える「しるし」だと理解しています。
http://asaisatoshi.jp/catholic/hamon yokohama
返信をありがとうございます.神父さまの著書に確かにあります.神父さまとアジアの女性たちとの関りも大変心に残っています.彼女たちの素直な信仰とともに.「祈りについて 府主教 イラリオン・アルフェエフ 著 ロシア正教会駐日代表部(ボトヴォリエ) 訳 教友社(2020)」の,17 共鳴と涙,にもあります.「心を開かなければなりません.」,とあります.Liturgia Horarum で一日の初めに詩編 95 を唱える所以ではないかと思います.
「聖書のメッセージ 正教徒のとらえ方 ジョージ・クロンク [著] (司祭 ゲオルギイ 松島雄一 [訳] 西日本主教教区 出版(2005)」の,第七章 聖使徒パウエルの神学,の,聖使徒パウエルの使信(メッセージ),の,神の救済計画,に,
「 神のクリスチャンへの『予定』は決してクリスチャンの霊的な自由を否定するものではありません.正教会の見方では,私たちは聖神(せいしん)に
よってハリストスのもとへ導かれますが,神がハリストスによって差し出した救いを受け取るか受け取らないかは,依然として私たちの自由に委ねられて
います.神は永遠のかなたから,誰が福音を受け入れ誰が拒絶するかを知っていました.そして受け入れる者たちを神の子・ハリストスとともに『神の子たち』へと定め,拒絶する者を永遠に神を離れた者へと定めました.神は私たちがどのような選択をするのかを定めたのではありません.むしろ私たちの自由な選択の結果としての,私たちの霊的な定めをあらかじめ見通したのです.この世での私たちの生涯において,私たちが聖神(せいしん)の導きに従うか抵抗するかについては一貫して自由であり続けます.」 cf. pp. 191-192. ,とあります.岩下神父さまの論文のことばと大変近いように感じます.ここをこの書全体から切り離すべきではありませんが,岩下神父さまの本を通して知った新教との決定的な溝を再確認したので,引用させていただきました.わたしの場合は,ルーテル教会(ルーテル派にあらず)の牧師先生に初めに出会い,人間の堕落について尋ねたことがありますが,天使の堕落のことから話されました.また,サタンの働きのことを大変警戒しておられ,祈ることを大変大切にして
おられました.その先生はわたしのために泣いてくださったこともあります.説教で,杉原千畝さんのことを話された時に泣かれたこともあります.理由はわかりませんが,今は,ルターとユダヤ人のことが思い浮かびます.
もう少しだけ書くことをお許しください.わたしがちょうど「時課の典礼」を唱えていたときに,信仰の友がわたしの家に来られました.久しぶりに会って話をしました.話の中で,カトリック教会では毎晩(夕毎に)時課の典礼で永眠された人をおもって(記憶して)祈ることを話しました.その後,相手は自身を否定的な言葉で三度ほど表現されました.単に長くなった話を切り上げるために仰ったのかもしれません.そのことがあったので,心配して,
相手に手紙を書き,二通目からは,ある日の Liturgia Horarum をラテン語から日本語におきかえ,それをさらに古語風におきかえて送りました.わたしができるだけラテン語に忠実にと一生懸命になればなるほど,相手の信仰に悪かったのかもしれません.当時,わたしは信仰の根本的な違いをほとんど知りませんでしたから.その手紙を書くときに,プロテスタント教会との出会いを中心にして,わたしのことを思い出していきました.そのときに,修道院でのこと,わたしのうちからの衝動のことが思い起こされました.
「救い」,ということについて,FEBC の番組 「光,イイススというお方 ゲオルギイ松島雄一(日本正教会大阪ハリストス正教会管轄司祭)<2019年4月2日 - 9 月 24日放送>(毎週一回)で,松島神父ははっきりと仰っておられます.ある程度連続して Mp3 disk を聴き,以前の覚え書きと異なる箇所が響いてきました.朗読箇所がつながっているので(正教会の典礼暦にしたがっています),ある程度連続して聴くことはよいように思います.Mt 8:28-9:1, Mt 9:27-31, Mt 14:14-22, Mt: 22-34, ... ,が朗読箇所です.イエス様に触れて(手を延べて),起きて,歩いていく,倒れたら何度でも立ち上がって,主はともにおられる,ハリストス復活,ということを感じました.生きている間に救われる,ということは本田哲郎神父様,押田成人神父様からも聞いていました.わたしはこのようなことをカトリック教会から聞いたことがあまりないように思います(聖人の方からは聴いたはずですが).ホイヴェルス神父様
の著書「時間(とき)の流れに」に,永遠と時間への警告がありますが,救霊に逃げた時期がわたしにはあり,意識がつくり上げた永遠に惹かれた時期が若い頃にはありました.