加波山(かばさん)。
「加波山」山上には「加波山神社」(前々項)、「加波山三枝祇神社本宮・親宮」(前項)の拝殿・本殿が立ち並んでいてわかりにくいのと、巨岩・奇岩もあって面白いので、別項にした。文章の内容が薄い分、写真が多くなっているが、そういう事情なので悪しからず。
「加波山」の登山ルートはいくつかあり、林道丸山線というのがあって自動車でも行けないことはないようだが、「加波山神社」の駐車場に自動車を置かせてもらって、そこから歩くのが普通だと思う。パンフレット等では、山頂まで約90分(あるいは往復3時間)と書いてあるが、急な登りが多く、山道も筑波山ほど整備されていないので、結構大変。
「加波山」(標高709m)は、茨城県桜川市真壁町と同石岡市大塚の境にある山で、石岡市側の字名が「加波山」で、桜川市側は「樺山」となっているらしい。他に、「神母山」、「神場山」、「神庭山」などとも表記されている。特に、「神母山」は、「加波山神社」、「加波山三枝祇神社本宮・親宮」ともに主祭神の1柱としているイザナミが、神々の母であることに由来するという。
「加波山」は近世まで神仏混淆の修験道の霊場であり、これは「筑波山」(「筑波山神社」(2020年9月12日及び19日記事))、「足尾山」(「足尾神社」(2018年12月22日記事))、「岩間山」(「飯綱神社」(2018年12月15日記事))なども、そうである。ただし、「筑波山」(「筑波山大権現」)は、「常陸国風土記」にも記された信仰の山であること、「筑波山神社」が常陸国式内社であること、江戸時代には幕府の篤い庇護を受けたことなどから、知名度も高く、相応の経済基盤があった。一方で、門前には遊女屋もあるくらい、俗化されていたともいえる。これに比べて、「加波山」は真面目な、というか、真剣に修行しようとするプロの修験者が集まったようである。そうしたことから、平田篤胤の「仙境異聞」では、「岩間山に十三天狗、筑波山に三十六天狗、加波山に四十八天狗」とあり、また、(山人=天狗の)武術稽古場が「加波山」にあって、剣術や棒術などを習う、としていて、「筑波山」よりも修験道が盛んだったのだろうと思われる。因みに、大天狗の番付(知切光蔵著「天狗の研究」による。)では、「筑波山」の「筑波法印」、「加波山」の「岩切大神」と「天中坊」があげられているが、「筑波法印」が前頭三枚目と上位で、「岩切大神」と「天中坊」は前頭で、かなり下位の方である。なお、ヴィジュアルは、「岩切大神」が飯縄権現系で、嘴があって背に羽が生えている、所謂「烏天狗」。「天中坊」が赤ら顔で鼻の長い、所謂「鼻高天狗」となっているようである。
写真1:「加波根不動明王」(寝不動尊)。ここが二合目で、未舗装の登山道は、この鳥居の先へ進む。
写真2:採石場。四合目と五合目の中間くらいで、多分、この採石場のために、ここまで別路の舗装路がある。舗装路を登ってきた方が楽だったかも。
写真3:「山椒魚谷」。七合目。
写真4:「加波山神社」鳥居。頂上の手前。この付近に林道からの駐車場がある。
写真5:頂上に来て最初に見えるのが「加波山三枝祇神社親宮」の拝殿。「頂上」という石碑(丁石)があるが、ここで標高635m。
写真6:石段を挟んで、向かって左に「加波山神社」(中宮)の奥宮。「天中坊大天狗」の大きな面やリンガ石像も。
写真7:更に上って行くと、「加波山三枝祇神社親宮」の本殿。
写真8:次いで「たばこ神社」。「加波山神社」(中宮)の摂社で、9月5日の「きせる祭」では長さ3.6mの大煙管を真壁拝殿から担ぎ上げるという。主祭神は草野姫命。
写真9:続いて「加波山神社」(中宮)の本殿。
写真10:その先、「加波山三枝祇神社本宮」の本殿。この近くに三角点がある。
写真11:山頂付近の巨石。いかにも磐座のような。。。
写真12:同上。石祠も。
写真13:同上。
写真14:「三尊石」
写真15:山頂から少し下がって「加波山三枝祇神社本宮」の拝殿。
写真16:巨石と小祠。
写真17:「加波山神社三枝祇神社本宮」拝殿から降りてきた道にある鳥居。「本宮」・「新宮」側では、採石場の先から上って行く道を「親宮道」、舗装路の三合目付近からの道を「本宮道」と称している。
写真18:巨石。
写真19:「桜観音」。三合目。
「加波山」山上には「加波山神社」(前々項)、「加波山三枝祇神社本宮・親宮」(前項)の拝殿・本殿が立ち並んでいてわかりにくいのと、巨岩・奇岩もあって面白いので、別項にした。文章の内容が薄い分、写真が多くなっているが、そういう事情なので悪しからず。
「加波山」の登山ルートはいくつかあり、林道丸山線というのがあって自動車でも行けないことはないようだが、「加波山神社」の駐車場に自動車を置かせてもらって、そこから歩くのが普通だと思う。パンフレット等では、山頂まで約90分(あるいは往復3時間)と書いてあるが、急な登りが多く、山道も筑波山ほど整備されていないので、結構大変。
「加波山」(標高709m)は、茨城県桜川市真壁町と同石岡市大塚の境にある山で、石岡市側の字名が「加波山」で、桜川市側は「樺山」となっているらしい。他に、「神母山」、「神場山」、「神庭山」などとも表記されている。特に、「神母山」は、「加波山神社」、「加波山三枝祇神社本宮・親宮」ともに主祭神の1柱としているイザナミが、神々の母であることに由来するという。
「加波山」は近世まで神仏混淆の修験道の霊場であり、これは「筑波山」(「筑波山神社」(2020年9月12日及び19日記事))、「足尾山」(「足尾神社」(2018年12月22日記事))、「岩間山」(「飯綱神社」(2018年12月15日記事))なども、そうである。ただし、「筑波山」(「筑波山大権現」)は、「常陸国風土記」にも記された信仰の山であること、「筑波山神社」が常陸国式内社であること、江戸時代には幕府の篤い庇護を受けたことなどから、知名度も高く、相応の経済基盤があった。一方で、門前には遊女屋もあるくらい、俗化されていたともいえる。これに比べて、「加波山」は真面目な、というか、真剣に修行しようとするプロの修験者が集まったようである。そうしたことから、平田篤胤の「仙境異聞」では、「岩間山に十三天狗、筑波山に三十六天狗、加波山に四十八天狗」とあり、また、(山人=天狗の)武術稽古場が「加波山」にあって、剣術や棒術などを習う、としていて、「筑波山」よりも修験道が盛んだったのだろうと思われる。因みに、大天狗の番付(知切光蔵著「天狗の研究」による。)では、「筑波山」の「筑波法印」、「加波山」の「岩切大神」と「天中坊」があげられているが、「筑波法印」が前頭三枚目と上位で、「岩切大神」と「天中坊」は前頭で、かなり下位の方である。なお、ヴィジュアルは、「岩切大神」が飯縄権現系で、嘴があって背に羽が生えている、所謂「烏天狗」。「天中坊」が赤ら顔で鼻の長い、所謂「鼻高天狗」となっているようである。
写真1:「加波根不動明王」(寝不動尊)。ここが二合目で、未舗装の登山道は、この鳥居の先へ進む。
写真2:採石場。四合目と五合目の中間くらいで、多分、この採石場のために、ここまで別路の舗装路がある。舗装路を登ってきた方が楽だったかも。
写真3:「山椒魚谷」。七合目。
写真4:「加波山神社」鳥居。頂上の手前。この付近に林道からの駐車場がある。
写真5:頂上に来て最初に見えるのが「加波山三枝祇神社親宮」の拝殿。「頂上」という石碑(丁石)があるが、ここで標高635m。
写真6:石段を挟んで、向かって左に「加波山神社」(中宮)の奥宮。「天中坊大天狗」の大きな面やリンガ石像も。
写真7:更に上って行くと、「加波山三枝祇神社親宮」の本殿。
写真8:次いで「たばこ神社」。「加波山神社」(中宮)の摂社で、9月5日の「きせる祭」では長さ3.6mの大煙管を真壁拝殿から担ぎ上げるという。主祭神は草野姫命。
写真9:続いて「加波山神社」(中宮)の本殿。
写真10:その先、「加波山三枝祇神社本宮」の本殿。この近くに三角点がある。
写真11:山頂付近の巨石。いかにも磐座のような。。。
写真12:同上。石祠も。
写真13:同上。
写真14:「三尊石」
写真15:山頂から少し下がって「加波山三枝祇神社本宮」の拝殿。
写真16:巨石と小祠。
写真17:「加波山神社三枝祇神社本宮」拝殿から降りてきた道にある鳥居。「本宮」・「新宮」側では、採石場の先から上って行く道を「親宮道」、舗装路の三合目付近からの道を「本宮道」と称している。
写真18:巨石。
写真19:「桜観音」。三合目。
「島根の八雲山」というと、須我神社の奥宮、「夫婦岩」という磐座ですか。
以前、岡山県に住んでいたとき、出雲の方に旅行に行って、参拝しました。出雲も、吉備も、神の気配の濃いところですね。また、行ってみたいと思います。