眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

完封ドライブ賞(自転車なんて大嫌い)

2022-12-14 20:35:00 | デリバリー・ストーリー
 自転車なんて大嫌い。左右は少しも確認しないし、減速することも知らない。一旦停止なんてするわけがない。赤信号は平気で無視するし、横断歩道に猛スピードで突っ込んでくる。我が物顔で歩道に入り生身の人間の1ミリ横をかすめて走り抜けていく。夜というのに明かりもつけずに走っているし、スマホを片手にふらふらしている奴ばかり。それが当たり前の日常なのか、誰も文句を言うこともない。そんな自転車に乗って僕は物を運んで暮らしている。ラーメン、バーガー、丼、ラテ、ケーキ、時には乾電池1つを大きな鞄に詰めて5キロの道を進むこともある。

「あべのからミナミまでゴールデン・タイムの見事な完封ドライブでしたね」

「運ぶ準備はできていたけど、注文が入らない時には入りませんから」

「リコから大道の方に抜けて行かれましたけど、あの辺りはどんな感じでしたか?」

「裏てんのうじに少し期待を持っていました。前田のうどんのところは道がいいんで。その先には松屋町筋にゴースト・レストランがあります。駄目でしたけど」

「そこから北に進路を取られました」

「ミナミに出れば少しは景色が変わると思っていました」

「どの辺りで本格的な渋さを感じられたのでしょうか?」

「心斎橋筋ですね。キックボードの奴らがのろのろと走る後をついて行く時に、ここで駄目なら今日は駄目なんだろうなということは思いました」

「実際どのような心境だったのでしょうか?」

「誰からも呼ばれない時間が長く続けば、本当に自分は必要なのか疑問になります。こんなところでいったい何をしているのだろう……。一言で言えば心が折れそうな感じです」

「そうなった時に、どうやって乗り越えられるものなのでしょうか?」

「心を無にすることですね。無になったら折れませんから」

「この経験は今後に生かせそうですか?」

「明日太陽の下で生かすつもりです」

「他のドライバーの皆さんにメッセージをお願いします」

「1年の大半は閑散期です。苦しい時間は長く、輝ける時は限られているというのは、メルヘンチックではありませんか。自転車は他の乗り物と比べて速度が出ない分、単価も安くなりがちです。時給にしてみれば最低賃金にも満たないことも多々あります。報酬は宝箱のようなものかもしれません。みつけた瞬間にはどきどきもするけど、開けてみたら空っぽだったということもあります。だけど、自転車は小回りが利くし一通を逆に入って行くことだってできる。生身の体だからすぐに傷ついたり、邪なものにぶつかって命の危険に晒される夜もあるけれど、その分鍛えられるところもある。コツコツと経験値を積めば、その内に魔法使いや賢者にだってなれるかもしれない。その気になれば僕らは職業を自由に選ぶことができるのです。ダイスを転がして報酬が変わるなら、これはギャンブルみたいなものでもある。いい時もわるい時もあるけれど、色んな差別がなくなるように、清く正しく、ちゃんと安全に気を配り、特に雨の日はマンホールの上でブレーキかけないように、ヘルメットを被って走りましょう!」

「あえてコンパクトに表現するとすれば?」

「ペダルを踏むということです」

「一度の機会で多くを運べるサービスも始まったということですが、これについてはどうでしょう?」

「よしあしですよね。抱き合わせのような話ですから。機会を括れば1つ1つの品質が低下することは十分あり得ます」

「機会か品質かということですね」

「料理が冷めてもよければ話はまた別ですが」

「おめでとうございます! 完封ドライブ賞の300円です。よろしければ使い道の方を聞かせてもらってもいいでしょうか?」

「自分への投資に当てたいと思います」

「ぜひそうしてください。本日はありがとうございました!」
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レッド・マカロン

2022-12-14 01:57:00 | ナノノベル
 考えてもなかったことを考えつくため、考え込んでみる価値はあると信じられる。苦心の果てにひねり出せる手を持っている。それが人間の指す将棋だ。だから将棋は時間ばかりがかかる。時間をかけた分、よい手が指せるとは限らない。かけた時間を裏切るように悪手を指すことも多い。それでも人間は、理想を実現するために時間をかけなければ気が済まない。そういう生き物だ。最善手にたどり着くためだけではない。考え続けることは、上達にも欠かせない。考えている間に考えになかったことが浮かび、それが次へつながるヒントになったりする。

 目先の勝負がすべてではない。まとまりそうでまとまらない読み筋が、絡まって、どこかで結びついて香車1本強くなる。それは日々の積み重ねなくして、決して起こり得ないことだ。先に歩を成り捨てるべきか、それとも単に香を出るべきか。私が突き詰めていたのは、微妙な手順の組み立てだった。どちらが受けの余地が、あるいは手抜きの余地が少ない? 細かな違いが勝敗に直結することもあれば、どちらも大差がないこともある。その場合、考えた時間の大半は無駄とも言える。考え抜いた結果、何も考えなかったのと同じ所に戻る。そうだとしても考えずにはいられないのが棋士ではないか。一局に魂をかける以上、一手を疎かにできるはずがない。

 私は1時間以上長考したところで、マカロンをいただいた。読み耽る間に失われたエネルギーを補うには、お茶では不十分だからだ。形勢は楽観的にみて互角。夜戦は厳しい激戦になることが予想される。次の一手はどうやら自身の直感に戻ることになりそうだ。


「大事な相談がありまして……」
 静寂を破ったのは駒音ではない。
 そこにいるのは、立会人の先生ではないか。

「人生相談か何かですか?」
 名人が即座に反応した。

「まあ詳しくはみなさん向こうの方で」
 立会人は部屋の外を指しながら言った。

「いやー、流石に今は」
 名人が顔をしかめる。

「終わってからにできませんか」
 私もここでの中断は望まない。一度切れた緊張の糸は、簡単につなげるものではないからだ。

「とりあえず時計を止めから」
 立会人は記録係に指示を出した。

「時計は止められません!」
 制服を着た少年はきっぱりと言い切った。

「いいから止めて。今はいいから……」

「いいえ、よくありません! 終局まで時計は止められません!」
 少年は両手で覆うようにしてタブレットを守っている。誰よりも強い意志を持っているように見えた。近い将来、彼は棋界に新しい風を吹かすことになる。私は確信に似た予感のようなものを感じた。


「失格!」

 立会人が、いきなり失格を告げた。それは私だ。
 部屋の中で食べてもよいおやつの直径は10センチ以内と定められていたが、私の食べたマカロンがそれを超えていたという判断のためだ。

 開いたままになった私の口から一気に魂が抜けていく。もっと銀の頭を叩いて、もっともっと踊りも見せたかったよ、田楽刺しを楽しみに取っておいたのに、銀の横に張り付いて寄せに参加したかったし、近づいてくる竜がいるならピシリと叱りつけてみたかったの、もうすぐ馬になってかえってくるつもりだった、もう少しだった、わし天国への道筋をずっと描いておったのよ、ずっと先かまだこれからのことだった……。共に陣を組んで戦った駒たちの無念を引きずる魂だった。

「何センチでしたか?」
 私は厳しく立会人に迫った。
 私の感覚が正しければ、これは重大な誤審に違いない。
 記録係がビデオ判定を求めた。名人は黙ってコーヒーを飲んでいた。立ち昇る湯気が盤上を越えて、竜の魂と交わるのが見えた。

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