眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

振り飛車第五世代

2020-06-17 09:05:00 | 短い話、短い歌
 はじまりと同時に飛車先を一歩一歩伸ばしていく。近頃ではそんな光景は名人戦でも町の道場でもすっかり見られなくなった。「飛車は最初の場所に居座って縦に使うもの」それが王道であった時代は長かった。居飛車は遙か歴史の奥に封じられ、今は振らなければ始まらない。

「大駒は大きく動かすものだ」中飛車、四間飛車、三間飛車、向かい飛車……。そして、もっと新しい振り飛車が、既に将棋バーの片隅で指され始めている。(それはまだ開拓されていないどこか……)
 石田流に構えた新四段が、窓の外に視線を向けた。まもなく空飛ぶ車があたたかい昼食を運んでくるのだ。
「ビーフストロガノフ」


最初からよくはならない振り飛車の出だしは呪い多きメルヘン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

自習ファンタジー

2020-06-16 15:20:00 | 自分探しの迷子
8時50分。先生はまだ来なかった。
(今日は急用ができて……。なので……)
 次の瞬間、別の先生がよい知らせを持って入ってくればいいのに。黒く埋め尽くされた教科書よりも、今必要なのは真っ白いノートの方だ。僕は小説を書く。異世界の扉を開く。筋書きを組み立てる。キャラを立ち上げる。会話をつなぐ。想像の赴くままに、時にも倫理にも縛られることなく、自分の書きたいように書いていく。そのために先生は不在であるべきだ。8時50分。先生はまだ顔を見せなかった。

(今日は急な私用ができて……。なので……)次の瞬間には吉報を携えて隣の担任が現る。そんな未来を思いながら、私はノートの中に異世界の扉を開きます。待ち合わせていたのに、冷たい顔のドラゴン。午前中のドラゴンはまだ半分寝ぼけていて、羽ばたくのにも一苦労です。種々の魔物と妖術使いと絡まって、熱い炎を吐き出すのはきっと午後のことになりそうです。ノートを1枚2枚めくったくらいではそれはかなわなくて、もっと長い助走が必要だから、そのためにどうしても必要なのは先生の不在なのでした。8時50分。先生はまだ教室のドアを開けない。

(大人しく自習せよ)
 まもなくそんな指令が出るはずだ。俺は小説家。もう用済みの教科書を引出の奥に詰め込んで、俺はマイノートを机に置いた。銃弾が俺の相棒をかすめて教室の窓に飛んでいく。窓際の男は涼しい顔で消しゴムを回している。二重スパイだ。

「担任が夕べから行方不明」怪しい情報を持ち込んでくるのは、教頭のマスクを被った偽教員だ。何も信じるな。ここに味方はいない。本能の命じるノートの隅々をスパイが駆ける。
消しゴムの中の国家機密。
罫線上の取引を見張る昆虫型のドローン。
上空に持ち込まれた経済マフィアの台本。
折れ線グラフを描く雨上がりの渡り鳥。

 タピオカに株価を交ぜてランドリーに届ける。タクシードライバーから暗号つきクーポンを受け取って鶴を折る。スパイはやたらと忙しい。眠ったり食べたりの猫のように。
「来るな」僕は強く念じる。異世界の扉を開くための長い助走。その時、先生の大きな顔は最大の障害になる。温まり始めたキャラも、広がり始めた筋書きも、力をつけた魔力も、先生の一言によって崩壊してしまう。「おはよう」と先生が口を開けた瞬間、大切に守ってきたすべてが跡形もなく消えてしまう。8時50分。先生の姿はまだそこに見えない。

「来るな」心の中で私は強く叫ばないわけにはいきませんでした。ドラゴンの翼を広げるためには、どうしても先生の不在が必要でした。教えられることではなく、教えられないことによってのみ育つ世界があるからでした。5分や10分の幼い時間ではとてもではなく、少なくともそれは授業一つ分ほどはなくてはならないのです。先生を足止めする理由(それは何だって構わない)先生を絶対的な不在へと導く物語を味方につけて、私は私たちは翼が広がる時間内にできるだけ遠くへと向かわなければならない。

「私たちはもういっぱいだ」それぞれにかなえるべきビジョンが空気を満たしている。8時50分。先生はまだ現れない。

「来るな」詰むや詰まざるや。極限の譜面の中にわしは銀を金を馬を香車を真っ赤に染まった龍を放さねばならない。それには中盤からはみ出した無慈悲な王の演説はいらない。それぞれがまだ何者でもない朝の喧噪こそが、わしの中にまだ見ぬ筋を生み出すんじゃ。わしは詰将棋作家。わしの見立てによってすべての駒は配置される。金銀から歩に至るまで無駄と言える駒は一つとしてない。それがわしのいる世界じゃ。

 無駄のない一枚一枚が王を呼ぶ声によって一つ一つ消えていく。あとには王と将しか残らない。その時に、本当の意味の対話が始まる。それがわしの作る詰将棋じゃ。
「来るな」わしは扇子を大きく広げて、先生という名のちっぽけな王を追い払っている。詰むや詰まぬやわからぬ瀬戸際の中でわしらはみんな勝負を始めたようじゃ。

 転がった4Bは未来を指す香になる。落下した消しゴムは才能を研ぐ桂馬になる。教壇は何じゃ。教科書は何じゃ。筆箱は何じゃ。わしは何じゃ。前から三列目の男子が王の不在を祝福しながら龍を召還したようじゃ。

「来るな!」僕らは合い言葉のように声を揃えた。教わるよりも早く旅立たなければ。向かうべき道を知る私たちは、迷いも障壁も私たちの手で乗り越えなければならない。私たちにとって自習以上に崇高な教室は存在しなかったのです。

8時50分。
「おはようございます!」わるいわるい。
「それでは昨日の続きから……」
 続くのか……。
(来るな。きっとあの声は幻聴だった)
 僕は日常の続きの中で(私たちはそれぞれの本を閉じた。)



おわり


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

負けたのは僕

2020-06-16 14:40:00 | 夢追い
 やっぱり駄目だった。差がつきすぎていた。力の半分も出せずに破れてしまった。こんな時もあるのか。応援するものがいつも勝つとは限らない。僕はゆっくりと沈みながら再び眠りに落ちていく。現実から逃れるなら最も近い逃げ道だから。

 夢の中で彼は頭を下げた。目が覚めて彼が反省の言葉を口にするのを聞いた気がした。なんだやっぱり負けたのか。夢の奥の間で感想戦が行われ、僕はすぐそばで見守っていた。研究手順の周辺が繰り返し並べられていた。

「君も何か言えば?」という顔をして観戦記者が僕を見た。(素人の僕がいったい何を言うことがあるだろう)時々、目が覚める。テレビはコマーシャルをやっている。わからない。どちらが夢の方だったか。半分ごはんの残った茶碗を下げる。返却口がよくわからない。面倒だから後は人任せに……。取材陣がぞろぞろと廊下を歩いて行く。戦いはとっくに終わったはずだった。

 目が覚めるとliveの文字がついていた。感想戦の雰囲気ではない。19時を回り夕食休憩のない試合がまだ続いていた。絶望的な評価値を越えて彼はずっと指し続けていたのだ。「50秒、1、2、3……」
 秒読みの声が聞こえてくる。
「詰みました」
(こんなことがあるんですね)
 解説の先生が逆転を告げた。
 ああ、また勝ったよ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タイム・ウォッチャー

2020-06-16 08:20:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
バスがきて女が去ったバス停をみている僕はインサイド・モス


壮大なドラマに心奪われてソファーの上ではや200年


静けさを足下に置いて立っているメッシの前に飛び込めぬ君


キラキラのフォークとナイフ脇に置き若鶏を待つ150歳


雑巾の行く先にある汚れこそ僕らの生きた歴史と誇り


まばたきが乙女をかえすだまし絵に恋した視線もう逸らせない


チェック・イン・アウトがつくる缶詰になってみつめる時間芸術


やりかけたことができないやり出した昨日の僕はどこへ行ったの


口づけたコーヒーカップ察するに四の五の40分の冷たさ


生産の過程を盗み見る人に鶴が返した野生のジャッジ


文字盤に文字はみえない8年を打ち込みすぎたpomeraキーボード



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

折句短歌アラカルト「のむ、くう、ける」

2020-06-15 16:11:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
おつかれの文句を残し手を引けば夏に弾けるシークヮーサー
「おもてなし」


絡まればカゴメとナスのミートソース板場に落ちた新緑を添え
「鏡石」


三つ編みがソーダを置いて去ったあとサンドバッグに生きた前蹴り
「ミソサザイ」


ムーミンとシシカバブに和み行く送別会のバッドボーイズ
「ムジナそば」


結べないショートショートを投げ出してそつなく焼いたバラ肉を食う
「ムジナそば」


海鮮が海賊色に満ちるまで板に張り付くシェフの連勤
「鏡石」


ええ麺をお腰につけたマルちゃんのいちおし今日は赤いたぬきち
「エオマイア」


Aメロをトンビに託すシンガーの口にあふれるサブウェイサンド
「江戸仕草」


ワニをどう倒そうものか思考する武道家は観念を知らない
「渡し船」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフサイドトラップ

2020-06-15 15:23:37 | オフサイドトラップ
「とりあえず、お金の方はなんとか用意できました。どうしましょう?」
「ありがとうございます。と言いたいところなんですが……」
「どうかされましたか?」
「実はその……」

「何か、問題でも?」
「少し弊社の方で、先走ったところがあったようでして、審判の旗が上がってしまいましてですね……」
「どこを走ったんですか?」
「ええ、何事も先走りすぎるのはよくないものですね」
「審判と言うと、いったい何の審判です?」
「それがその、詳しいことは申し上げられないんですが、何か大きな国家的な力が働いていまして」

「それは穏やかではありませんね」
「そうなんですよ。穏やかでないばかりか、ただ事でもない状況でして、お客様の方にも多大な迷惑をおかけしております」
「お客様?」
「ええ、ですから。今回は、お客様との契約も結ぶことができなくなってしまった次第です」

「私はお客様でしたっけ? 何か自分でもよくわからない立場で話をしていました。そうでしたか」
「誠にご迷惑をおかけして申し訳ございません。また次の機会がありましたら、ということで……」
「そうですか。あるんですかね?」
「何とも申し上げられません。その時まで夢を大切にしまっておいていただけるといいかと思います」
「そうですね。でも、もう醒めかけている気もします。何かもう、やっぱり駄目なんだという気がします」
「まあ、そう落ち込まないでください」

「いつもそうなんですよ。私はいつも、大事な日の前夜に決まって風邪を引いてしまうんです。決して体が弱いというわけでもないのに。タイミングの合わせ方が、悪い意味で絶妙なんですよね」
「誰だってそういうことがありますよ。そう深刻に受け止めないでください」
「そうですね。元々なかった話と思えば、何でもない」
「その通りです。気をしっかりとお持ちになってください。この世界は夢のおまけのようなものですよ」

「ははは、それはいい。背中に翼でも生えたみたいだ」
「では、これで失礼させていただきます。お忙しいところ誠に失礼いたしました」
「その通りだ。もう2度と電話してこないでください」
「失礼いたしました」
「ちっ」


(完)



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

未来裁判

2020-06-15 10:42:00 | ナノノベル
「随分と荒れていたようだな」
「餅を大量に食べた後、国道を10キロ走っています」
「ほお」
「長編小説を2冊一気読みし、古新聞で鶴を折っています」
「新聞を取ってるのか」
「牛丼屋を5件梯子してます」
「梯子牛か」

チャカチャンチャンチャン♪

「コンビニに行き出入りを繰り返してます」
「鬱陶しい奴だ」
「ツイッターでログインログアウトを繰り返してます」
「何かつぶやくことはなかったのか」
「その後は高級クラブに」
「金はあるのか」
「挙げ句の果てにはカラオケを歌いながら麻雀をしています」
「なんと礼儀知らずな」
「レートはテンピンということです」
「どうでもいい」

チャカチャンチャンチャン♪

「昼間は普通に働いていたようです」
「何の仕事だ」

チャカチャンチャンチャン♪

「寿司を200貫食べています」
「そのあとは?」
「そのあと川に飛び込んでいますね」
「魚みたいな奴だな」

チャカチャンチャンチャン♪

「アマゾンプライムに入会してすぐに退会してますね」
「時間の無駄だな」
「駅で切符を買いまくってますね」
「行き先は?」
「その後、千切って絵にしています」
「何だと?」
「どからともなく仲間が現れ麻雀をしています」
「それでレートは?」

チャカチャンチャンチャン♪

「餅をたらふく食べて縄跳びをしています」
「気持ち悪いな」
「牛丼屋を7件梯子してます」
「梯子牛か」
「お腹がパンパンだと言って橋の上で踊っています」
「やりたい放題だな」

チャカチャンチャンチャン♪

「そんな夜が続いてますね」
「何日だ?」
「何日もです」
「何? 寝てないと言うのかね」
「そういうことになります」

チャカチャンチャンチャン♪

「警部。これでは責任を問うことができません」
「おのれー」

チャカチャンチャンチャン♪

「困りましたね」
「しかしこのまま野放しにもできまい」
「はい」

チャカチャンチャンチャン♪

「夜を粗末にした責任は取ってもらおう」
「しかしどうやって」
「眠ってもらうとするか」
「警部。まさか……」
「馬鹿野郎! 早とちりするんじゃねえ」

チャカチャンチャンチャン♪

「タイムカプセルの中に眠らせるんですね」
「強制スリープだ」

チャカチャンチャンチャン♪

「しかし200年ですか……」
「長いと思うかね」
「わかりません。眠っている間は眠っているわけだし」
「結論の先送りだよ」
「はい。裁きは未来の人に委ねるのですね」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タイムライン神話

2020-06-15 09:43:00 | 【創作note】
僕がお菓子を食べている時
あなたは空にレンズを向けている

僕がジュースを飲んでいる時
あなたは馬の横顔を描いている

僕がラーメンを食べている時
あなたは詩を書いている

僕が忘れ物をした時
あなたは今を語っている

僕が寝っ転がっている時
あなたは映画の話をしている

僕が夢を見ている時
あなたはギターに触れている

僕がぼんやりとしている時
あなたは将棋を指している

僕がスープを飲んでいる時
あなたはクラゲを透かし見ている

僕があくびをしている時
あなたは猫と遊んでいる

僕が椅子にかけている時
あなたは街を走っている

僕が落ち込んでいる時
あなたはもっと深く沈んでいる


僕らが互いに知るのは
ほんの僅かなこと
言葉をかわすことはなく
干渉し合うこともない

僕はここにいる
あなたもいる

同じ世界を生きている
ただそう信じている

僕らの タイムライン

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏の折句のあいうえお短歌

2020-06-15 07:38:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
浜風は夏近しユーミンをきく
ずる休みした京の六月

(折句「ハナミズキ」短歌)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

一手の善悪/一局の物語

2020-06-14 17:37:00 | 将棋の時間
~果たして逆転は起きていたか~

 歩を突いて角筋を通し飛車取りにしたところはらしさがあり、形勢は先手優勢のように見えた。それから私は目を離した。

 再び局面をみた時、二枚飛車が敵陣の隅っこに封じられており、それに対して後手の二枚馬が攻防に輝きを放っていた。先手に何か誤算があったことは明らかだった。局面は後手勝勢に向かっていた。しかし、秒読みの中で打ち込まれた銀を強く玉で取って香を成り込まれたところで、後手を引いて受けるようでは少しの危うさが残っているようでもあった。先手が眠れる竜を活用した直後、先手玉頭に向けて王手で香が打ち込まれた。その時、AbemaテレビのAIの評価値が激変した。(香を玉で取り払って数値はすぐ元に戻った)その瞬間、期待や不安でハラハラした人も多かったと思われる。これは新しい「将棋の観方」なのかもしれない。

 どうやら王手を横にかわす手があったようだ。馬が王手で出てきたら更に斜めに落ちる。その時、横から飛車で王手なら歩の合駒が利く。また、横にかわす手に対してすぐ飛車の王手なら、そこで香を取る。飛車を打たせたことによって、実戦で現れたような王手で成香を抜く筋が消える。ところで、後手玉は詰めろになっているのか? (もしも詰めろでないのなら、後手はもっとシンプルな順で勝ちにくるはずだ)恐らく玉の頭から金を放り込み竜の王手で桂や色々取れそうなので詰むのだろう。逆転の可能性はまあまああったと言える。(こういうギリギリのところでは持ち時間を残していることが大きい。互いに秒読みであれば指運になっても不思議はない)

 一手のミスを突いて勝つことは勝負としては正しいが、将棋の道としては信頼に欠ける。それでは長続きしないことは明らかだ。一局を通してよく指した方が勝つべきだという雰囲気は存在する。(実戦的にも、苦しい時間が長ければそれだけ時間/体力を削られて勝ちにくい)

 将棋は一手一手交互に指すものだが、一手一手の「点」で戦っているわけではない。AIのように割り切ることはできない。一局全体としてのつくり/世界観/構想を競うことが人間の将棋ではないか。人間同士の戦いでは、流れ/読みの中から漏れてしまう手/手順というのが少なからずあるものだ。「あの一手がね……」と、そこだけを言っても仕方がない。
 一日をかけて戦う勝負の中で、一手だけを取り上げて善悪を語ることができるのは、横でみている者の気楽さでもあるのだろう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

折句の湧き出る泉、ホット短歌いろは歌

2020-06-14 08:54:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
抜きん出たレビューのとけた温泉に
血はよみがえる「はーーーーーー、」

(折句「濡れ落ち葉」短歌)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルーラの覚え

2020-06-13 16:22:00 | 【創作note】
目が覚めても
目が覚めないまま
夢の浅瀬をさまよっている
(忘れ物が思い出せない)

カーテンを開いても
現実はぼやけたまま
一行も書き出すことができない
(一日を生きることができない)

今日は駄目かも知れない
ずっとこのまま
駄目かも知れない

不安を引きずりながら
空白のページを見つめている

突然 
一つの比喩が降りてくる
いつか歩いた街の風景と結びついて
一つの台詞が聞こえてくる
(ああ。ここはいつかもきた)

一行の詩が
世界の隅っこに僕を呼び戻す
堰を切ったように確信があふれ出す

「書ける」(生きられる)

もう 行けない場所はどこにもない
一つの比喩をはじまりにして
世界中を旅することができるのだ

僕はまだ何も書き出さないまま
ただ笑っている
(大丈夫)

もう いつでもはじめることができる

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

我こそはヤーヤーヤー

2020-06-13 11:27:09 | オフサイドトラップ
 反則をアピールして手を上げた時、試合はもう何百年も前に終わりましたよと言うので、どうしてそんなことを知っているのかと思ったが、ほらごらん旗が、そこに倒れているでしょうと言うので、見るとその通り旗が一本倒れていて、それが負けた武将の顔なのだと教えられて、ああこの人何だかよくわからないやと改めて思ったのだった。
 この場面を覚えておこうと思って、いつものように押そうとしたら保存ボタンが消えていた、馬鹿野郎と叫びたくなった。

(馬鹿野郎)
 全部頭の中に覚えておけって言うか。どこにも持ち帰ったらいけませんって言うか。帰って聞かせる相手がいるのですかって言うか。ここでいっぱい食べて、林檎は一つも持ち帰ってはいけませんって言うか。鞄の中を見せろって、ポケットの中に詰めてないかって、口の中を開けろって、腹を割って見せろって、もっと他の場所に隠してるんだろって言うか。

(馬鹿野郎)
 僕は林檎は好きだったけど、それがどんな関係があるって言うんだ、あなたは誰なんだ。
 苦手な人を前に自分がどんどん最悪な人間になってゆくような気がする。最悪な自分を消したくて消したくて、消えろ消えろと呪文をかけている。前列から歌に乗って回覧が回ってくるから、僕は力いっぱい消えながらじっと嵐が過ぎ去るのを待っている。あの人はいないんだ。頭の中でここではない風景を描いてその中にうまく逃げ込んでしまう。ふわふわした軒先の下、「消え仲間」の猫が姿を見せて眠り方を教えてくれる。あの人はいないんだ。あの人はとても猫とは合わないのだから。何百回とかけた呪文が環境に染み込んで、僕を透明化してくれる。あの人はいないんだ。自分はこんなとこにはいないんだ。いてもたってもいられなくなって、どこにもいくところはなかったし、何度でも旅に出ることにしたのだ。

あの美しいゴールが消えることはない

 腕を振って歩いてくるのは太鼓打ち、徐々にその音は大きくなって、続いて艶やかな着物姿の踊り子たちが両手を宙に突き出しては蚊を掴み取るような仕草をしながら、ゆらゆらと歩いてくる。踊りの輪が賑やかな太鼓の音とともに大きくなったかと思うと、中央が開け、中から巨大な神輿の一団が現れたのだった。今まで見えなかったのがとても不思議に思えるほど、その巨大さは町一つを丸ごと包み込むほどだった。

「一緒に踊らない?」
 仮面をした踊り子が言ったが、前に出る力が失われていた。
(生きる力って気まぐれだなあ)
 三日前には、それなりに元気だったと思えたが、そんなことも信じがたいほど今は萎れていた。気がかりの上に気がかりが積み重なり、気がかりの中から気がかりが派生しては膨らみ、巨大気がかり群を形成して全身から精気を吸い取っていくのだった。

「その気まぐれを知って理解しなさい」
 踊り子の手に引かれて進み出た。踊りの中心の中に引き込まれて戸惑った。気を操られたように手は宙に向かって開き、蚊を掴み取るような仕草をしながら回っていた。
「そうしたら少し大丈夫」
 踊り子の言葉を信じて踊った。大丈夫、生きるって踊るみたい、ふわふわと踊るように、不安定。きーんと敵が飛んできたら、この手で掴んで消してしまおう。ふわふわ、ふわふわ、楽しいな……。
 コツを覚え始めた頃、踊り子たちは雲に溶けて、神輿の一団は町に呑み込まれて消えてしまった。
 太鼓打ちの腰に太鼓はなく、万歩計が正確に夜の足音を記録しているだけだった。

今日の授業はもはやここまで

 夜の足音に聞き入っていると思いつめたくなった。浮かれているよりも、思って思って、思いつめたかった。あちらこちらに流れているよりも、一点に集中して、そこにあるすべてに向けて思いつめたかった。迷ったり、ぶれたりするのではなく、ただ一途に、約束された未来や恋人を見つめる人のように、心置きなく思いつめたかった。思いの他うまくいかないことがあっても、それも最初からわかっているというように、どうぞ今はうまくいかない時なのだから、それも過程の中の一滴の苦味にすぎないのだから、どうぞ落ちてくださいという態度を保ちながら、思いつめたかった。思いつめた目をしているねと言って誰かの目に留まりたかった。何かに触れるように思いつめていると、手の中でスプーンが折れ曲がった。

「どうしてくれるの? 砂糖もすくえなくなったじゃない」
「わーっすごいって言ってくれないんですか?」
「どうしてそんなに言ってほしいの?」
「言われたら生きていける気がするから」
「何が生きていけるの?」

「自信を持って生きていけるから。自信さえあればだいたいのことはできるでしょ」
「そんなに褒めてほしいの?」
「猫にだって鬼にだって敵にだって、僕は褒められたいんです」
「どうしてそんなに褒めてほしいの?」
「自信を持って生きていけるから。自信さえあればだいたいのことはできるでしょ」
「あなたは褒められたいのね」

「猫にだって蜂にだって、あらゆるものから褒められたい」
「そんなに褒めてほしいの?」
「あなたにだって褒められたいんだ」
「もうここには来ないでちょうだい!」

 旅に出ればいつも空っぽになって帰ってきた。どうして出て行ったのだろう。どうしてまた出て行って、また帰ってきたのだろう。太鼓の音に誘われて、踊り子たちがすべてを奪っていった、夜。その遥か前から、ずっと空っぽだった。もう、残っているのは向上心だけだった。
 空き地の前の旗は、すべて立ち上がっていた。誰かが、敗れた武将の旗を立ち上げたのだ。
 風が、それぞれの旗にとりついて波を起こしている。我こそがここで生きるもの。我こそがここで歌うもの。我こそがここで揺らぐもの。我こそがここで惑うもの……。
「ヤーヤーヤー」



 


「どうですか? いよいよという感じですか? 一歩前に進む決断がつきましたか?」
「考えてみると、消費税が上がるって誰かが言っているんですよ」
「上がりますね。流石、世の中の動きに精通していらっしゃいますね」
「そうなんですよ。それでどんよりと内側にくるものがありましてね」
「繊細な方ですね。けれども、あなたは選ばれた人だから、大丈夫ですよ」
「端的に言うと、先行きが不安なんです。身に迫る生活のことです」

「みなさんそうおっしゃっていますね。私も含めて、不安がない人なんているのでしょうか」
「毎日平和に食べられるだろうか、食べても大丈夫だろうか。靴下に穴が開いたとして、新しい靴下を買うことができるだろうか。雨の日がずっと続いて、破れた靴底から雨が浸透して、足の先からどんどん冷たくなって、家に帰って一晩眠って次の朝出かけていく時に、履いていく代わりの靴はあるだろうか。電気代が上がり、ガス代が上がり、突然水道代も上がって、ある時急に公益費が上積みされて月々の家賃が上がったとして、それでも今いる部屋に住み続けることはできるだろうか。そのような不安が、最近になってよくつきまとうようになったのです」

「不安を呑み込んで、それを言葉に置き換えて、夢を広げてみませんか? 私たちはお手伝いをする準備ができていますから、あとはあなた次第で始められると思うのです。選ばれたあなたの最初の一歩を私たちは待ち続けているのです」

「今でさえあやしい状態だというのに、その上税金だってどんどん上がっていくというのに、投資だなんて……。私は大きく何かを逸脱していくような気がしてならないんです」
「あなたの慎重さは私も理解します。その上で、言わせてもらえるなら、あなた自身が上昇すればいいのではないでしょうか? あなたは選ばれた存在なのだから、心構え1つでどんどん上を目指せるはずですよ。税金と言うなら、あなたはそれを受け取る側にだってなれるじゃあないですか。あなたはその権利を持った人なのだから」

「長い夏が終わると秋を思う猶予もなく、突然真冬がやってくる。1時間歩いて、家に帰った時、すっかり体は冷え切っている。部屋に入って明かりをつけた後、私は暖房を入れるかどうか考えてやっぱりまだ12月の終わりじゃないかと思い直す。熱いシャワーを浴びることが許されるのは、何秒間でしょうか」

「大丈夫ですよ。そんなに心配しすぎなくても。あなたはもっと温かく迎えられるべきです。なぜなら、あなたは選ばれた人なのだから」
「たまたまではないですかね? 選ばれるべくして選ばれたのではなく、たまたま選ばれただけじゃないですかね? ちょうど通りかかったタクシーを拾うみたいに」

「そうではありません。私たちはタクシーを拾うために、道を歩いていた通行人とは違います。私たちは確固たる目的を持ってサバンナに足を踏み入れる学者や開拓者の類と言った方が近いでしょう。壮大な大地の中を疾走する野生の生き物たちに目を凝らし、その無数の影の中からより優れた種を残せる個体を探し当てます。私たちの目に狂いはありません。たまたま選んだというのとはわけが違います」

「それは自信を持つべきなんですかね。大きな自信にすべきなんですかね」
「勿論、そうですよ。そうに決まってます。次を待つほど、人生は長くもないですよ」
「短いですよね。悩んでいる間にも、どんどん過ぎていくし」
「この機会を逃したら、先があるとは限りませんよ。才能なんてどんどん枯れていくものですから」
「そういうものかもしれませんね。寂しくなりますね」

「だから今なんです! 今こそその時ではないでしょうか!」
「今か……」
「熱意を持って申し上げているのは、あなただからですよ!」
「はあ」

「選ばれたのはあなたですよ!」
「私は選ばれたんですよね」
「そうです。選ばれたあなただからこそ、夢をつかんでいただきたいのです」
「夢ですか……。そうですね」
「一緒に夢を見ましょうよ! あなたは選ばれたんだから!」
「選ばれたんですよね」
「選ばれました。もう1度言いましょう。選ばれたのはあなたです!」
「ありがとうございます!」


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界の車窓「SpotifyからSuperfly」

2020-06-13 11:16:04 | MTV
胸にiPhoneを抱いた旅人のSpotifyからSuperfly


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

記録係がいない

2020-06-12 19:18:00 | 幻日記
 九段は60%勝ちそうだった。次の一手を考える表情に楽観の色は見えなかった。最善手を追ってもがき苦しんでいるようにも見えた。しばらくして九段は席を立った。その後すぐに記録係も席を外した。
 九段は戻ってきた。記録係はまだ戻っていなかった。
 九段は正座になって盤上を鋭く睨んだ。ここは勝負どころなのか、相当に深く先を読んでいるようだった。時々視線を外し記録机の方を見た。いつまでも記録係は戻って来ない。そんなことがあるのだろうか……。ちがう! 記録は自動化されたのだ。(私は認識を修正した)
 1時間以上、九段は一手も指さなかった。

「6時になりました」
 戻ってきた先生が休憩を告げた。
 時を告げるのはまだ人間だった。(やがては機械化されるだろう)
 うとうとしている内に私は眠ってしまった。

 目が覚めると九段は80%負けそうになっていた。
 休憩のあとに何を指したのだろう。今日は解説の先生が誰も来ない日だった。玉は端まで追いつめられ、歩頭に桂が飛んできた。もう逃れられまい。私はテレビを消して応援席を離れた。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする