金曜日、本当に久々に練習を見ました。1週間ぶりです。この間には支部新人なども含まれているのである程度は仕方ないかなという部分もありますが、細かい練習が見れていないというのは良いことではありません。周りからは「kanekoがいないからリラックスして練習できて記録が出るのでは?」とからかわれることが大半ですが、長期間練習を見れないというのは私の精神衛生上良くないですね(笑)。
金曜日は前日大目に走っているので身体づくりメニューとしました。これもある程度は形になって来たかなと思ってはいます。特別な練習ではなくしっかりと筋力を上げていく。それも寝転がってやるようなトレーニングではなく動きながら鍛えるというものです。この日は特に「重心の移動」という部分に着目して練習を進めていきました。「やるだけ」で終わらずに一つ一つの練習の中で重心を遠くに運ぶ。この感覚を身につけさせたいというものです。めちゃくちゃ専門的な話になってくるのでまー省略(笑)。基本的には「陸上日記」とうたっているので突き詰めて書いても良いのですが、陸上に関係ない人も結構見ているみたいなのでその辺りも意識(笑)。興味がない内容だったら読み飛ばしてください。
かなりこの部分は言いました。見ていると「動いているだけ」の者も複数います。とりあえず与えられたメニューを消化しようという感じが見ていて伝わってきます。これでは強くはなりません。練習には常に目的があるのです。「動かしていたらいい」だけの練習は行っていません。もちろんやるだけでもそれなりに強くなるというのは分かっています。これまでその「結果」がでていますから。しかし、本当はもっと上のレベルで練習ができるのです。この辺りは難し話になるのかな。
例えば「漢字の書き取り」をする。宿題で書いて来いと言われたからとにかく漢字を書いてノートを埋める。覚えようとか書き順とかを意識するのではなく「書く」という行為を繰り返すだけ。よくある姿です。私が求めるのは「書く」という行為ではなく「書き順をしっかり覚えよう」とか「止めや払いに気を付けて丁寧に書こう」という部分です。「文字が書かれた」という「結果」は同じかもしれませんがそこに到達するまでにどのような意識を置いているかで全く違ってくるのです。「書く」だけのものは途中で感じを間違えていても気になりません。結果的に間違えた漢字を覚えてしまうことになる。こうなるとなかなか正しい漢字を覚えることはできないと思います
練習も同じ。たんに「やるだけ」でも疲れます。その「疲れ」で「自分は練習をしたんだ」と錯覚してしまう。単純な意味での「練習」はしています。しかし、「技術を身につける」「感覚を身につける」という意味では効果はありません。逆に適当な動きをしていたらそれが自然と身についてしまって狙った方向ではないところにいきます。「一生懸命やっている」と思う事であっても実際は「違う」ことをやっている。ここに大きな落とし穴があると考えています。
高校生の指導の中でこの部分を徹底するのは非常に難しい部分があります。それでも言い続けていき「正しいこと」を身につけさせていく必要があるのです。それが「指導」だと思っています。めちゃくちゃ労力がかかるのですが、見て見ぬふりはできません。
話が少しそれましたがジャンプ系の練習を少し入れました。以前からやっていましたがしっかりとやっていこうと考えています。大きな負荷にならない程度で「バネ」を強化する。跳躍選手もいますからその選手のためにも必要になってきます。うちの選手はどうしても強くなった筋肉に頼ってパワーで押し切ろうとしてしまいます。これでは目指す走りはできないと思っています。そのためにも「バネ」を生かす走りを意識させたい。一瞬の動きをどうするかなので難しい部分がありますが「動きの先取り」(難しい(笑))をしていく感じでしょうか。その場になった時に意識してもできない。事前に意識しておかないととっさにはできないのです。この部分も日常生活と同じ感じがしますね。
ひとますここで終了。
金曜日は前日大目に走っているので身体づくりメニューとしました。これもある程度は形になって来たかなと思ってはいます。特別な練習ではなくしっかりと筋力を上げていく。それも寝転がってやるようなトレーニングではなく動きながら鍛えるというものです。この日は特に「重心の移動」という部分に着目して練習を進めていきました。「やるだけ」で終わらずに一つ一つの練習の中で重心を遠くに運ぶ。この感覚を身につけさせたいというものです。めちゃくちゃ専門的な話になってくるのでまー省略(笑)。基本的には「陸上日記」とうたっているので突き詰めて書いても良いのですが、陸上に関係ない人も結構見ているみたいなのでその辺りも意識(笑)。興味がない内容だったら読み飛ばしてください。
かなりこの部分は言いました。見ていると「動いているだけ」の者も複数います。とりあえず与えられたメニューを消化しようという感じが見ていて伝わってきます。これでは強くはなりません。練習には常に目的があるのです。「動かしていたらいい」だけの練習は行っていません。もちろんやるだけでもそれなりに強くなるというのは分かっています。これまでその「結果」がでていますから。しかし、本当はもっと上のレベルで練習ができるのです。この辺りは難し話になるのかな。
例えば「漢字の書き取り」をする。宿題で書いて来いと言われたからとにかく漢字を書いてノートを埋める。覚えようとか書き順とかを意識するのではなく「書く」という行為を繰り返すだけ。よくある姿です。私が求めるのは「書く」という行為ではなく「書き順をしっかり覚えよう」とか「止めや払いに気を付けて丁寧に書こう」という部分です。「文字が書かれた」という「結果」は同じかもしれませんがそこに到達するまでにどのような意識を置いているかで全く違ってくるのです。「書く」だけのものは途中で感じを間違えていても気になりません。結果的に間違えた漢字を覚えてしまうことになる。こうなるとなかなか正しい漢字を覚えることはできないと思います
練習も同じ。たんに「やるだけ」でも疲れます。その「疲れ」で「自分は練習をしたんだ」と錯覚してしまう。単純な意味での「練習」はしています。しかし、「技術を身につける」「感覚を身につける」という意味では効果はありません。逆に適当な動きをしていたらそれが自然と身についてしまって狙った方向ではないところにいきます。「一生懸命やっている」と思う事であっても実際は「違う」ことをやっている。ここに大きな落とし穴があると考えています。
高校生の指導の中でこの部分を徹底するのは非常に難しい部分があります。それでも言い続けていき「正しいこと」を身につけさせていく必要があるのです。それが「指導」だと思っています。めちゃくちゃ労力がかかるのですが、見て見ぬふりはできません。
話が少しそれましたがジャンプ系の練習を少し入れました。以前からやっていましたがしっかりとやっていこうと考えています。大きな負荷にならない程度で「バネ」を強化する。跳躍選手もいますからその選手のためにも必要になってきます。うちの選手はどうしても強くなった筋肉に頼ってパワーで押し切ろうとしてしまいます。これでは目指す走りはできないと思っています。そのためにも「バネ」を生かす走りを意識させたい。一瞬の動きをどうするかなので難しい部分がありますが「動きの先取り」(難しい(笑))をしていく感じでしょうか。その場になった時に意識してもできない。事前に意識しておかないととっさにはできないのです。この部分も日常生活と同じ感じがしますね。
ひとますここで終了。