水曜日、予報通り雨。朝から色々と大変でした。私はかなりご機嫌斜め。コントロールしなければいけないと思っています。
午後の練習、最初はミーティングから始めました。「練習をする」ことは大切です。しかし、それだけでは強くならないと思っています。「心」の部分がどこまで「競技」に向かうか。これが重要だと思っているからです。練習さえすれば強くなるのであれば問題はありません。しかし、そこに向かう「心」がなければ強くなれる者も強くなれないと思っています。持論ですが・・・。
県総体に向けて何をするか。ここだと思っています。試合終了後にも話しましたが「チーム」として戦う気持ちを持ってもらいたい。試合に出る者だけが「一生懸命にやる」のではありません。「チーム」に所属する全員が「県総体で戦う」という気持ちで取り組まなければいけないのです。みんなが「目標を共有する」ことで初めて戦えるようになる。図を描いて説明しました。複数の選手がいてそれぞれが好き勝手なことを考えている。そうすると「総体で勝ち上がりたい」と思っている選手の「エネルギー」がどれだけ総体に向かっていても「チーム」としての総力は上がりません。「勝手に走ればよい」と思っているような選手が複数いれば目標へ向かうベクトルは小さくなるのです。
が、全員が「総体で戦う」と思ってそれぞれの「使命」を果たしていく。走る選手は「少しでも速く走る」ことを考え、走らない選手は「どうすれば試合に出る選手にプラスになるか」を考える。だれもが主役になれるわけではありません。試合に出て脚光を浴びることができなくても「支える」ことでその選手の存在は大きく輝くのです。そういう感覚を持って「チーム」としての取り組みができるか。リレーで戦うことも必要。そのためには「個」の力が必要です。それぞれができることを最大限にやって「勝負の舞台に立つ」のです。走る選手を「勝負の舞台に立たせる」のです。重要なことだと思っています。
また、「個」としての「エネルギーの使い方」に関しても話をしました。人間のエネルギーの総量は決まっています。残念ながらその「個」のエネルギー総量には「差」があります。MAXが100の選手もいれば120の選手もいる。厳しいようですが「覆すことのできない力の差」は存在します。どれだけやっても「生まれもって才能にあふれる選手」には簡単には勝てない。うちの選手が努力をすればボルトに勝てるのか?難しいですね。それから目を背けることはできない。
だからといって全員が「100」の力を使えるわけではない。遊びに行きたい。テレビが見たい。彼女と過ごしたい。お菓子を食べたい。毎日寝て過ごしたい。こういう様々な要素の中で競技に対して何%の力が使えるのかです。図で書いたほうが分かりやすいのですが。100の力の選手と120の力の選手がいる。100の選手は普通の選手です。特段強いわけではない。が、この選手が自分の持っている80%の力を競技に使う。残りの20%は勉強に使う。そうすれば持っているエネルギーの「80」は競技に向かうのです。120の選手が「50%を競技」に使い、40%は「遊び」に使う。残り10%を「勉強」につかう。そうすると120の50%ですから「60」しか持っている力は出せない。そうすれば「普通の選手」にも可能性が出てくるのです。
個人個人が力を高める。その高めた力の方向性を定める。そうすることでこれまでとは全く異なるチームとなる。私はそう信じてやっています。これをきちんと感じ取って真剣に競技と向き合ってくれるかどうかだと思っています。
分かりにくい内容ですね。それでも書いておきたいなって感じています。もう少しだけ書きます。
午後の練習、最初はミーティングから始めました。「練習をする」ことは大切です。しかし、それだけでは強くならないと思っています。「心」の部分がどこまで「競技」に向かうか。これが重要だと思っているからです。練習さえすれば強くなるのであれば問題はありません。しかし、そこに向かう「心」がなければ強くなれる者も強くなれないと思っています。持論ですが・・・。
県総体に向けて何をするか。ここだと思っています。試合終了後にも話しましたが「チーム」として戦う気持ちを持ってもらいたい。試合に出る者だけが「一生懸命にやる」のではありません。「チーム」に所属する全員が「県総体で戦う」という気持ちで取り組まなければいけないのです。みんなが「目標を共有する」ことで初めて戦えるようになる。図を描いて説明しました。複数の選手がいてそれぞれが好き勝手なことを考えている。そうすると「総体で勝ち上がりたい」と思っている選手の「エネルギー」がどれだけ総体に向かっていても「チーム」としての総力は上がりません。「勝手に走ればよい」と思っているような選手が複数いれば目標へ向かうベクトルは小さくなるのです。
が、全員が「総体で戦う」と思ってそれぞれの「使命」を果たしていく。走る選手は「少しでも速く走る」ことを考え、走らない選手は「どうすれば試合に出る選手にプラスになるか」を考える。だれもが主役になれるわけではありません。試合に出て脚光を浴びることができなくても「支える」ことでその選手の存在は大きく輝くのです。そういう感覚を持って「チーム」としての取り組みができるか。リレーで戦うことも必要。そのためには「個」の力が必要です。それぞれができることを最大限にやって「勝負の舞台に立つ」のです。走る選手を「勝負の舞台に立たせる」のです。重要なことだと思っています。
また、「個」としての「エネルギーの使い方」に関しても話をしました。人間のエネルギーの総量は決まっています。残念ながらその「個」のエネルギー総量には「差」があります。MAXが100の選手もいれば120の選手もいる。厳しいようですが「覆すことのできない力の差」は存在します。どれだけやっても「生まれもって才能にあふれる選手」には簡単には勝てない。うちの選手が努力をすればボルトに勝てるのか?難しいですね。それから目を背けることはできない。
だからといって全員が「100」の力を使えるわけではない。遊びに行きたい。テレビが見たい。彼女と過ごしたい。お菓子を食べたい。毎日寝て過ごしたい。こういう様々な要素の中で競技に対して何%の力が使えるのかです。図で書いたほうが分かりやすいのですが。100の力の選手と120の力の選手がいる。100の選手は普通の選手です。特段強いわけではない。が、この選手が自分の持っている80%の力を競技に使う。残りの20%は勉強に使う。そうすれば持っているエネルギーの「80」は競技に向かうのです。120の選手が「50%を競技」に使い、40%は「遊び」に使う。残り10%を「勉強」につかう。そうすると120の50%ですから「60」しか持っている力は出せない。そうすれば「普通の選手」にも可能性が出てくるのです。
個人個人が力を高める。その高めた力の方向性を定める。そうすることでこれまでとは全く異なるチームとなる。私はそう信じてやっています。これをきちんと感じ取って真剣に競技と向き合ってくれるかどうかだと思っています。
分かりにくい内容ですね。それでも書いておきたいなって感じています。もう少しだけ書きます。