思うことを。
最近のニュースには様々な「パワハラ」に関して書かれる。仙台市では顧問が生徒に部活動の練習試合で「このままだと1回戦も勝てず、負け組になるぞ」と発言したことにより指導を受けたと書いてありました。相応しくない発言だったということでしょう。鼓舞することさえ許されないのか。これを市教委に訴え出るという感覚もすごいと思いますが。「負け組」という単語がダメなのでしょうか。
今は本当に難しい時代だと思います。学校は完全なサービス機関となっている。何かあれば保護者から言われるので極力言われないようにする。生徒に対して指導すればその事が気に入らないといわれ電話がかかってる。なんでもっと面倒を見てくれないのか、気にかけてくれないのかと言われる。
「気に入らない」と思えば保護者に伝えてクレームを入れてもらう。頑として否定する、突き放すというのは今の教育機関ではほぼ出来ないのではないかと感じています。言い過ぎかもしれませんが。何かあれば悪いのは指導した教員。その指導の背景にある一つ一つの行動が考えられることはほぼない。そうであれば事なかれ主義を徹底してやる方が無難です。何も言わなければ何も言われないのですから。いや、「何もやってくれない」と言われるのかもしれないですが。
色々な場面を見ていく。良くないなと思うことに関しては指摘します。練習中も指摘します。10年前と比べると本当に言わなくなったと思います。玉ねぎの話ではないですが環境が異なるというのもあると思います。生徒自体もかなり変わってきている。指導も変化していく必要はあると思います。大切な事が伝わるかどうかはハッキリと分かりませんが伝え続ける事しかないと思っています。
練習をする。めちゃくちゃハードな事をやっているとは思いません。それでも故障者が出ます。そこに対してどのように話をするか。練習がどこまでできるのか、何ができて何ができないのか。これをどう把握するか。練習を抜けていたら「どうした?」「足が痛いのか?」と指導する側が気にかけて声をかけなければいけないのかどうか。もちろん、突発的な事であれば声かけは必須です。毎回練習が出来なかった場合はどうでしょうか?
最低限、現場は報告してもらわないといけないと考えています。「痛いからやらない」という選択肢もあると思います。しかし、どのような状況でどんな感じなのかはこちらも把握しておかなければいけない。1ヶ月も2ヶ月も休んでいたら体力が落ちてしまうのは明白です。骨折したというような外傷は安静にしなければいけません。それ以外であればある程度のことは出来る。限られた高校生活ですからどのように使うかは考えなければいけないと思います。
痛みを我慢して練習していることもあると思います。見ていて動きが不自然だったり、スピードが出ていないと感じた時は練習を止める事があります。これら具体的に示すもこがあるわけではない。見ていて「今日は無理だな」と感じたら「走るの終わり」という事もある。判断はこちらでやります。「なんで練習したらダメなのか」という不満も生まれるかもしれない。明らかに崩れている時に走り続けても意味がないと考えます。やらないのにはそれなりの理由がある。
偏った考え方と言われるのかもしれません。今の時代にはそぐわないのかもしれない。それでも自分なりにどうするかを考えていきたい。
考えさせられます。
最近のニュースには様々な「パワハラ」に関して書かれる。仙台市では顧問が生徒に部活動の練習試合で「このままだと1回戦も勝てず、負け組になるぞ」と発言したことにより指導を受けたと書いてありました。相応しくない発言だったということでしょう。鼓舞することさえ許されないのか。これを市教委に訴え出るという感覚もすごいと思いますが。「負け組」という単語がダメなのでしょうか。
今は本当に難しい時代だと思います。学校は完全なサービス機関となっている。何かあれば保護者から言われるので極力言われないようにする。生徒に対して指導すればその事が気に入らないといわれ電話がかかってる。なんでもっと面倒を見てくれないのか、気にかけてくれないのかと言われる。
「気に入らない」と思えば保護者に伝えてクレームを入れてもらう。頑として否定する、突き放すというのは今の教育機関ではほぼ出来ないのではないかと感じています。言い過ぎかもしれませんが。何かあれば悪いのは指導した教員。その指導の背景にある一つ一つの行動が考えられることはほぼない。そうであれば事なかれ主義を徹底してやる方が無難です。何も言わなければ何も言われないのですから。いや、「何もやってくれない」と言われるのかもしれないですが。
色々な場面を見ていく。良くないなと思うことに関しては指摘します。練習中も指摘します。10年前と比べると本当に言わなくなったと思います。玉ねぎの話ではないですが環境が異なるというのもあると思います。生徒自体もかなり変わってきている。指導も変化していく必要はあると思います。大切な事が伝わるかどうかはハッキリと分かりませんが伝え続ける事しかないと思っています。
練習をする。めちゃくちゃハードな事をやっているとは思いません。それでも故障者が出ます。そこに対してどのように話をするか。練習がどこまでできるのか、何ができて何ができないのか。これをどう把握するか。練習を抜けていたら「どうした?」「足が痛いのか?」と指導する側が気にかけて声をかけなければいけないのかどうか。もちろん、突発的な事であれば声かけは必須です。毎回練習が出来なかった場合はどうでしょうか?
最低限、現場は報告してもらわないといけないと考えています。「痛いからやらない」という選択肢もあると思います。しかし、どのような状況でどんな感じなのかはこちらも把握しておかなければいけない。1ヶ月も2ヶ月も休んでいたら体力が落ちてしまうのは明白です。骨折したというような外傷は安静にしなければいけません。それ以外であればある程度のことは出来る。限られた高校生活ですからどのように使うかは考えなければいけないと思います。
痛みを我慢して練習していることもあると思います。見ていて動きが不自然だったり、スピードが出ていないと感じた時は練習を止める事があります。これら具体的に示すもこがあるわけではない。見ていて「今日は無理だな」と感じたら「走るの終わり」という事もある。判断はこちらでやります。「なんで練習したらダメなのか」という不満も生まれるかもしれない。明らかに崩れている時に走り続けても意味がないと考えます。やらないのにはそれなりの理由がある。
偏った考え方と言われるのかもしれません。今の時代にはそぐわないのかもしれない。それでも自分なりにどうするかを考えていきたい。
考えさせられます。