kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

まぁ

2018-10-16 | 陸上競技
日曜日。先日、突然の審判依頼がありました。一般県体が実施される中で審判が足りないという話でした。中国新人に参加していないチームの顧問で手伝って欲しいとのこと。まー確かに参加できていないので。スターターが不足するということで手伝うことに。普段はスターターはやらないのですが人数不足ということで。

思う事はあります。今回はスポ少と合同開催のようでした。毎回そうなのかもしれませんが。朝の段階で競技場練習の時間が決まっています。練習終了になってもやめない。うーん。何度も放送されていました。10分以上オーバーして実施しているところも。これが許されるなら競技場使用時間は決める必要はありません。かなりストレスを感じました。きちんと守っているチームが大半でした。一緒にいたスポ少のコーチの方は「いつもあんな感じだから」と言われていました。うちも気をつけなければいけないなとは思います。そういう評価を受けることになる。

一般県体。20年前とは大きく様変わりしていました。昔は2組くらいしかなかったのに。今は8組ありました。各市町村から2名ずつという感じだったのにかなり多くの選手が参加していました。決勝に残れるのは各市町村から2人ずつという形になったそうです。おかげてレベルが高くなっていました。11秒1を出さないと決勝へは進めない。なかなかのレベルです。

親しい選手も走っていました。毎回11秒0台を出す。いつになったら10秒台に入るのか?!今回も予選で11秒03。奇跡的に向風0.2。その前の組まで追い風1mを超えていました。山縣選手が9秒台に入るのが先か、彼が10秒台に入るのが先か。ある意味注目だと思います。風に恵まれないレベルが半端ない。

ぼちぼちお手伝い。これにより全く休みがなくなりました。選手引率でもなく試合の手伝いをするというのはほとんどありません。いつから休みがないのかよく分かりませんが。働き方改革という言葉は本当に何処へ行ったのか?意味のある話なのか。別に休んだからといって何かが変わるとは思いませんが。

まぁ。書いても仕方ない部分ではあります。記録として。
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時間をかけながら

2018-10-16 | 陸上競技
土曜日。この日は朝から。広島では中国新人が開催されている。その舞台に立てず学校で練習。現実を受け入れるしかないですね。元々強豪校ではない。数年間の活躍はその時に在籍してくれた選手の存在が大きい。今はまだ力が足りないというだけ。少しずつでもいいので前進していかなければいけない。

この日はトレーニング系を少し減らす。反発系やジャンプ系を中心に負荷をかけたいと考えていました。最も基本にある動きの部分を時間をかけて話していきたいと。全ては走るための準備動作でなければいけない。単純にあれこれ練習をしているだけではない。その辺りからもう一度丁寧な話をしたいなと。こういう部分が無くても強い選手は強いのだと思います。陸上競技というのはシビアです。だからこそ対抗するために何をするか。

軸作りの話から。なぜやる必要があるのか。バランス系や軸系の練習を見ていると「やるだけ」になっている部分がある。狙いが明確ではない。DM投げなどは全国的にかなり流行っています。強豪校が実施しているためそれがDVDなどで紹介されました。実際その学校に行って指導者のレクチャーを受けました。何を意識するのか。ここができていなければ効果はない。痛感しました。至る所でその練習を見ますが「身体を動かす」という練習になっている。

反発をもらう。地面に力を加えてそれを推進力に変えていく。これはイメージがしにくいのかもしれません。骨盤の動きが、パワーポジションがという表現よりは分かりやすいなと思います。難しい言葉を使わずに体感できる部分を大切にしたいとは思っています。力を逃がさないという部分。何人かは考えてやったことはないと思います。練習をするだけで精一杯だったはずなので。時間をかけて競技力を上げていきたい。理解させることにどれだけエネルギーを注ぐか。

毎回毎回この手の話はできません。練習の流れが止まってしまう。毎度確認をしなければ意識できないというのでは本来は目指す場所には届かないと思います。ある程度はこちらが牽引する必要はある。しかし、一定レベルからは本人が意識して取り組まないといけない。グランドに来て練習をすればそれで結果を出せるというものではない。その中身だと考えています。どう工夫してくれるか。やりたい動きがある。その前段階でさらにやらなければいけないことがある。単純に身体を動かしてたら強くなるという話ではないと考えています。

練習の流れ。体幹を意識した部分を最初に行いますそこからどう動かすのかを考える。接地のポジションなどはドリルの中でやっています。それも本来狙いとする動きになっているかどうか。単純に動いていたら解決するわけではない。実際は本人がどのような意識をしてやっているかです。感覚が鋭い選手であればある程度で身につきます。そうでなければひたすらやる中で身につけるしかない。が、繰り返しやることでマンネリを生み出し狙いとする動きは「惰性の動き」になってしまう。ここは難しいところです。飽きさせない工夫してというのも必要だとは思いますが本当にそこまでする必要があるのか?自分の中での疑問ではあります。

かなりの時間を使ってその部分をやりました。走りに繋がるための練習をする。ここが大切だと思っています。どのように繋がるのか。繋がらないのであればそれは無意味になる。ドリルが上手くなったとしてもそれは本来の目的ではない。トレーニングにしても「筋力をあげる」ことがメインの目的ではない。走るために必要な筋力を身につけていくことが大切。必要ない筋力アップは重りにしかならない。鍛えた後にそれをいかに走りに繋げていくか。動きに繋げていくか。ここが大切だと考えています。

あれこれやって最後にタイヤ引き。ここも追い込み練習ではないと思っています。技術的な部分がどれだけ意識できるか。タイヤの重さに負けないように前傾し続けると脚が流れ始めてしまって進まなくなる。狙いとする中間の動きとは別物になります。走りきることが狙いとなる練習はしたくない。ここも難しい部分ではあるのですが。

あれこれ思うことがあります。とりあえず記録しておきます。
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どれだけ伝わるか

2018-10-16 | 陸上競技
まとまりがないと思いますがとりあえず記録しておく。

金曜日にテスト終了後、ミーティング。話をしてから練習開始。私は会議が入っていたのでそれが終わってから練習に参加。きちんとした練習を見るのは久しぶり。前日も見ていますが、やはり短時間ではなく計画的な練習を見るというのは必要だなと感じています。

練習時間が長くなるだろうなと考えていました。時折練習に対する意識や強化するポイントについて話をしていけばその分、話説明を要します。そうすれば自然と練習が長くなる。

国体、アップの時にNはいい動きをしていました。ここ最近で一番かなとずっと感じていました。上手く加速に乗っていて中間への繋ぎも上手くいっていた。これだけ走れればという感覚でいました。その時にNが「身体が起きるのが早い気がする」という話をしていました。そう?という感じでしたが気になるならもう一本、我慢して走る方が良いかなという話をしていました。結局、その一本が余計な話でした。前段階で良い動きをしていたのに本人が「起きたらいけない」という気持ちになってしまい普段よりも余計に我慢することになってしまった。それにより足が流れ上手く中間に繋げなかった。全て私の責任だと思っています。

その辺りも含めて全体に話をしました。なぜ上手くいかなかったのか。加速する時に前傾を保つことは必要。しかし、それによりマイナスになる部分もある。1年生の時はスタートがめちゃくちゃ悪くてそのあと一気に追いつくというパターンでした。しかし、加速段階が悪すぎるで少しずつ修正を加えていった。ある程度の水準まできました。が、それの意識が強くなりすぎてしまって必要以上に加速での前傾を我慢するようになってしまう。ここの兼ね合いというか折り合いというか。もう少し本人の感覚と擦り合わせておかなければいけなかったなと深い反省があります。

普段前半マークを行う時に色を変えています。その理由は何か。そこを明確に示してきたつもりでしたがいつのまにか一部分が特化して伝わっている。これでは上手く組み立てはできない。その部分も含めてかなり話をしていきました。理解ができるかどうか。加速段階もいくつかに分けています。そこの部分がどれだけ自分のものになるのか。説明をすると練習が長くなるのはわかっていますが必要なことは伝え続けたい。

シャフト補強の話もしながらひたすらやりました。走りに繋げるための動きをする。しつこくしつこく言い続ける。それでどれだけ意識するか。走りに必要な動きをどのように身につけるか。事前負荷という形で使う部分に刺激を入れたい。しかし、単にやるだけの練習であれぼそうはならない。股関節主導で動きたいのに末端の動きを意識した走りになってしまう。そうならないように「使う部位」に関して示しておく必要があります。

原点に帰る。というか、なにをやろうとしているのかをもっともっと明確にしていく必要があります。意識してできないのであれば仕方ない。できるようにしていくしかない。しかし、根本的に「何をやろうとしているのか」が分かっていなければ先には進まない。この数ヶ月言い続けている「身体を動かすだけにならない」という意味がどれだけ伝わるか。具体例を挙げながら話をしてきました。何を言っているのか分からないというのもあると思います。

模索します。自分の中のモチベーションを高く保ちたい。競技に対しても。生きることに対しても。教育に関しても。
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