照る日曇る日 第906回
1920年にドイツで生まれアメリカをのんだくれ、ファックしながら放浪し、94年に白血病で死んだパンク作家によるエッセイ&小説集ずら。
この人は郵便局での労働と酒と女と放浪の合間に超マイナー紙誌に無慮無数のエロ話を書き飛ばしたが、すべての散文が見事な即興詩であり、これは異端のように見えてじつはアメリカ文学の正統派ではないかと思われれてならない。少なくとも彼の10行の前ではフィッツジェラルドのギャッビイなぞ霞み飛ぶことは間違いない。
2人の絶世の美女が、2度に亘って、全裸で激しく乱闘と接吻を繰り返す合間に、主人公がオナニーしたり、ファックしたりするという阿呆らしい光景を、これくらい煽情的かつ藝術的に書ききった作家が世界中のどこにいるというのだろうか。
ブコウスキーが師と仰ぐジョン・ファンテとの出会いと別れを描いた「師と出会う」も泣かせます。
彼は変態と言えば変態、色気違いと言えばその通りで、その人生は確かに無軌道で波乱に満ちているようにみえるが、詩人文学者としての芯はまことにストイックであり、なぜか質実剛健なジョージ・ギッシングを思わせるところがある。
本書は、彼の死後膨大な遺稿の中からステファン・カロン選手が編んだセレクションなので内容的に玉石混交であるが、「LAフリー・プレス」に寄稿した「スケベ親父の告白」などから試されてはいかがだろうか。
現在各地のライブハウスを巡業中の中川五郎選手の翻訳も深く静かにグルーヴしていて見事である。
欲望を押さえられなかったと君がいうその欲望が私にはない 蝶人