あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

奥村晃作歌集「ビビッと動く」を読んで

2016-11-22 09:51:54 | Weblog


照る日曇る日 第909回



わが敬愛する歌人の15冊目の最新の歌集です。

まずはこの題名、「ビビッと動く」に驚かされますね。誰でも作者は若者かと思うでしょうが、著者の奥村氏はじつは1936年生まれのちょうど八〇歳なんですね。その年齢を超えた軽やかさは、この超ベテラン歌人の精神を支える大きな特性だと思われます。

そこで「ビビッと動く」という小題のついた歌を探しましたら、179ページから181ページにかけて4首ありました。

 宮 柊二先生に逢い学生の佐藤慶子と間なくして逢う

 俊敏の佐藤慶子の鳥のごとビビッと動く脳を思えり

 敢然と敵に向かって突き進む吾妻に従う病身われは

 メダカ愛強き吾妻は餌をやり過ぎ水が濁って次々死んだ

 ビビッと動くというから、作者お得意の運動や囲碁のことかと思っていたら、なんと愛妻への相聞歌でした。宮柊二に師事した奥村氏は、大学在学中に「コスモス」に入会されたとウィキペデイアに出ていましたから、この会で同じ学生の未来の奥様に出会われたんですね。「逢い」と「逢い」が弾むように繰り返されています。

 そして、その佐藤慶子選手の頭の回転が超速かった。ここで「賢い」とか「機敏」とかいわずに「鳥のごとビビッと動く脳」を思うところがいかにも奥村流。まるで医者がレントゲン写真を撮るようなデジタルな視線で、愛する人の脳内を客観的に透視しています。

 私のカメラはふつうのバカチョン(←差別用語にあらず)ですが、氏の脳内カメラはエイト・バイ・テンの大型ですから、余人には見えない、見ない光景が、くっきりはっきり目に映じ、氏はそれを五七五七七に焼き付けるのです。

 一本の茎から分かれし五百余の茎の先端に黄菊を咲かす

 火の上のフライパンの卵、液体がたちまち白き固体に変わる

というように。

すると、あら不思議。その超精密とはいえ単なる写実であるはずの映像が、「ただごと」であることを止めて、ある種の抽象、「ただならぬ象徴」へと転化するのです。ちょうどホッパーの夜の街角の絵が都会の孤独を、アンディ・ウオーホルのモンローの絵が、美女の儚い生を象徴するように。

それはともかく、本題に戻りましょう。
昔の恋人は三首目、四首目で、押しもされぬ堂々たる妻となります。
二人だけが知る喜びも悲しみも幾歳月が流れると、愛妻はますますその本領を発揮して、か弱き夫を力強く領導したり、身の回りの細部へのこだわりが激しくなってくる。
しかしそんな妻の姿を、夫は寛容と忍耐の精神で優しく見守っているのでしょう。

このように「ビビッと動く」というたった四首の中には、ことし傘寿を迎えた歌人の生涯の愛のエッセンスがものの見事に籠められているのです。

はい、もうお時間参りました。美術詠、紀行詠、原発詠、死刑囚詠についても触れたかったのですが、またの機会にということで。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。


   フクシマの悪夢また甦り天災は忘れた頃にやって来る 蝶人


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