電車やバスに乗っている人の7、8割がスマホをいじっている。メール、ゲーム、SNS、買い物、マンガ、ドラマ、小説・・・、一体どれほどの数のコンテンツというかアプリがあるのかよくわからないが、各人思い思いにやっているのだろう。私だって、先日ちょっとした大作を読み終え、その余韻に浸っているところで読書は一服しており、このところはもっぱらスマホいじりだ。こうやってブログのエントリーを書いたり、日経新聞電子版を読んだり、もちろんLINEで妻と連絡を取り合ったりとそれなりに忙しい。
それでも、見るともなく目に入ってくるすぐ隣に座っている若い人の手元で目まぐるしく移り変わる画面を見ると驚いてしまう。Twitterとかインスタ、ファッションやヘアスタイルのページやらなにやらを、瞬時に開いたり閉じたりしているのを見ると、ろくに中身を見たり読んだりしていないんじゃないかと思う。まあ、写真だったらパパッと、それこそ一瞥できるのでちゃんと見ているだろうし、Twitterにしても5、6行なら2、3秒で読むことができる。ファッションやヘアスタイルなんてそれぞれコンマ以下で興味の有無が判別できるに違いない。
これに対して紙媒体で本を読んだり、新聞を読んだりするというのは圧倒的に時間がかかってしまう。今やこういう行為はそれに取り組む、ということで情報収集において不利だが、さて、心にはどちらがどれだけ残るだろう。以前は、紙媒体の方が圧倒的に心に残る刻まれると考えていたが、iPad 一枚がポンと置いてある近頃の若い医者のデスクをみると自信がなくなるが、人それそれ適切な勉強方法があるのだろう。ただ、日本電産会長の永守重信氏が「投資の勉強はネットとかでやっています」と言った学生に向かい「日経新聞を読みなさい」と指導しているのをテレビで見て、少し安心している。
スマホをいじって各種の情報を得るというのはお手軽ではあるが、なんだか暇つぶしの延長のようにもみえる。その究極の姿が歩きスマホ、(運転し)ながらスマホなわけだが、こういう暇つぶしのスタイルが蔓延したら人間の思考力というものは一体どうなっていくだろう。結果としては深く考えることが億劫になって、表面的なことばかりに振り回されてしまう人が増えていってしまうのではないだろうか。Twitterやらなんやらに並ぶ140字程度の情報だか主張だかわがままだかよくわからない言葉の垂れ流しに巻き込まれ、深いところで考えるという人間にしかできない作業が喪失していくように思う。ただ、こんなところでそんなことを叫んだところで、読んでくれる人は少ない。中学生までの漢字でわかりやすく書けば少しは読んでくれるかもしれないが、残念ながらこんなに長いエントリーではそうしたところで難しいだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございます
ツイッターは文字数制限で言葉足らずになってしまい意図しない方向へ伝わったりしますね。分かりやすい言葉も大事ですが、深く考えることも大事ですよね。おっしゃる通り、この人の言ってることだから大丈夫と深く考えずに同調してしまっている人達が多くてうんざりしてます。コロナしかりウクライナ問題しかり…
情報通の一回り以上年下の知人から盛んにTwitterをさりげなく勧められますが、どうも好きになれずアカウント作らずその都度覗くだけです。
「情報だか主張だかわがままだかわからない」のところ、同感です!
でも災害時には役立ったと報道されますね。Twitterやらない私は助からないかも。😞
ありがとうございます。
いくら考えているつもりでも上手に考えられないとか、上手に表現できないとか、いろいろありますが、それでもめげずに頑張っていこうと思っています。
Twitterは今やフェイクだなんだと言うことで、どこまで本当かわからないのではないでしょうか。3.11の時よりは公的な防災情報もずいぶん増えて、私はそれらを信じたいと考えています。まあ、最後は自分が後悔しないと信じる道をいくしかありません。