こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

医療チームの一員として嬉しかったこと

2020年01月07日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
新年早々、職場で嬉しいことがあった。

”病理”といっても、それが医療の一部にあることを知っている人は少ない。一般的に”ナントカの病理”などという言い方をすると、悪いことの正体、みたいな感じだ。実際、”病の理り”の意味だから仕方はないが、まあ良いイメージは無い。そして”病理医”というと、そんな職業の人がいること自体、一般の人はほとんど知らない。”ナイカ”とか”ゲカ””ショウニカ”は普通に生活していたら、一度は聞く言葉だが、”ビョーリ”は耳にすること自体ない。本人が、ガンとか皮膚病とかの病理診断が必要になる病気になっても、臨床医が検査の一部にまとめてしまうのが原因だろう。臨床医にしても、いちいち病理診断とはどーのこーのと説明している暇もなかろう。
医学部以外の医療系学部の学生のうち、臨床検査系を除けば病理医の存在を知っている人というのもあまりいない。医学生が将来の選択肢の一つに病理医を挙げることはあまりないが、それは病理医の存在自体を知らないからだ(私も、6年生の実習でたまたま迅速診断に立ち会うまでは知らなかった)。医療業界にいても病理という単語自体を聞くことが少ない。”無名”というのはなかなか辛い。そして、30年前からその状況はほとんど変わっていない。

だから、院長が仕事始めの挨拶のなか(それも始めのほう)で、「当院にはしばらく病理医がいませんでしたが、去年、〇〇先生(私のこと)が来てくれ、やっとチーム医療ができるようになりました。」とわざわざ名前を挙げて、病理とその役割を紹介してくれたのはとても嬉しかった。病理鏡顕室をカンファレンスルームに模様替え して、これまでなかった臨床との接点を増やしたことも紹介してくださった。事務方および看護、薬剤といった病理との接点のほとんどないコメディカルの人たちに、病理とか臨床検査といった”単語”が少しでも紹介されるだけでも、私たちのモチベーションは上がる。

この病院にはその院長に誘われてやってきたが、このような形でバックアップしていただくと、ありがたく、来て良かったと思う。1人病理医ゆえの心細さはもちろんあるが、病理も病理医も医療チームの一員だと思えば、それも乗り越えられそうだ。
もちろん、部屋に戻ってから、カンファレンスの準備を何くれとなく手伝ってくれる病理の技師さんや、セットアップに尽力してくれた技師長にお礼を言った。

浮かれずしっかりと

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