朝の陽光が靄に差し込み、いい感じの景色となった。夜中にも雨が降ったらしく、ベランダが濡れていた。少しひんやりしているものの、おそらくこの時期らしい気温で、気持ちがいい。深呼吸をして頭も体もシャッキリする。予想はしていたものの、今週の忙しさはきつかった。今日の学会での講演を乗り切ればヤマは越えられるだろう。原稿の遅れは少し待ってもらうしかない。
昨晩、歌舞伎町の街娼の話があった(NHK クローズアップ現代+ 「助けて…」と言えない路地裏に立つ女性たち)。そんなことしたくはないけれど、それしかできることがなく、街角に立っているという話だった。この国は女性が生きづらい社会のようだ。世代間格差とともに、男女格差も深刻な問題だ。
連日放送されている総選挙の政見放送を見ていると女性の立候補者の少なさに驚く。私の住む神奈川県だと、18ある選挙区のうち、自民党は牧島かれん1人、立民も15人中3人だ。維新は全て男性(7人)だった。こういう状態ではなかなか女性に配慮した政策が出てこないのもうなづける。
女性議員が増えたとしても、2018年の西日本豪雨の時に問題となった赤坂自民亭のように、大臣経験者が女将だの若女将だのと言われているようでは、なんとも情けない。ただでさえ男女格差により社会的地位が脆弱なのに、女性は女性の間での格差もある。
以前、女性の地位向上について書いた時、なんでそんなことしなきゃならないんだというコメントをいただいた。コメントを入れた人は、女性は搾取する対象であり、搾取できるという既得権益を手放す必要などない、と考えているのではないだろうか。人間以外の動物を見ると全て雌雄同権のような気がする。人間だけ男偏重なのは、肉体的に弱い存在であったという太古の記憶があるからかもしれない。だが、誰かが誰かを搾取し続けていたら、搾取されている方は疲弊するばかりだ。
女性が生きづらい社会というのを変えていかなくては、この国の女性は疲弊してしまう。そのようなことにならないようにするには、まず、投票で行動する必要がある。
女性も男性も笑顔でいられるよう