現代社会は生きづらい。もちろん、いつの世も人間が幸せに生きていくのは難しいことは知っている。この前、うつ病などに関連する遺伝子がネアンデルタール人の世代から受け継がれているという論文が発表されたことからもわかる(Ancient gene flow from early modern humans into eastern Neanderthals. Nature. 2016 Feb 17.)。ある意味、人間の心なんてそんなに簡単には変わらないものだ。
それなのに、今日のIT技術の人々への急速な浸透は、人間が生きていくことをほんの10年前よりもはるかに困難にしている。社会人であれば、半数以上の人はそれぞれの携帯電話、スマートフォンといった情報端末を持っていて、日々様々な情報に接する。だが、それらの情報のうちどれだけのことが私たちがこの社会で生きていく上で必要となるだろう。
大臣や国会議員の不祥事・舌禍、元プロ野球選手の薬物事件、タレントの不倫騒動、その他もろもろの情報が同じレベルで連日大量に私たちに襲いかかってくる。私たちは知りたくもないことを知らされる時代に生きている。
どれが大事なことで、どれは後で考えればいいことなのか、これら大量の情報の取捨選択は個々の情報端末を持つ、私たち一人一人が行う。かつてはマスコミが行ってくれていたことだが、マスコミももう毎日無分別に情報を流しているだけになりつつある。そして、それらを受け止める私たちの脳は飽和状態となり、疲れ果てている。
こんなことでは、容易にキレたり、うつになったりする人も増える。さらにはそんな人が集まって、ろくなことはない。そのような意味で、今はとても生きづらい時代であり、これから私たち人類がどこへ向かっていくのか、予想もつかず不安が募る。
神様にはわかるのか