こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

今すぐにでも謝りたい。

2013年06月21日 | 日々思うこと、考えること
今すぐにでもその人のところへ行って謝りたいこと、というのが私にはいくつかある。

“今すぐ”といって、数年、なかには数十年謝ることができないでいることがある。
それらの中には、今更謝っても取り返しのつかないものも含まれている。

去年の今頃、『なぜ、心にも無いことを口を滑らせて言ってしまうのか』(2012年7月5日)『なぜ、心と裏腹なことを言ってしまうのか。』(同7月6日)という記事のなかで、私の口の軽さを後悔し、少しでも良い生き方をしたい、と述べた。
だが、もっと根っこのところで、私は謝らなくてはいけないことがあった。

多少なりとも、互いの間に不満や誤解があって私が相手を傷つけたり、迷惑をかけたりしたのであれば、相手にも“何らかの落ち度”があったわけで、今更謝って、過去を蒸し返す必要は無い。

だけど、相手に落ち度が全くないのに、傷つけたこと、迷惑をかけたことがある。それらのことについては、謝りたいのだけど、今となっては相手との連絡はつかなくて、謝ることができない。

本当の意味での後悔、というのはこういうものを言うのではないかと思う。

妻や子供に対して、何も悪いことをしていないのに、怒ったこともある。だが、家族には謝ることができるし、実際にそんなときにはすぐに謝った。

だが、傷つけた、迷惑をかけた相手が、家族以外であったら、謝罪、釈明する機会というのはなかなか無い。というか、そのことがきっかけで、二度と会わなくなってしまうこともあろう。
実際、私が謝りたくても謝れない人とこの先、“偶然”出会うことはないだろうし、仮に会ったとしてなんと言って謝ればいいのかもわからない。

「あの時は、あんなことを言って、ごめんなさい」などと謝ったところで、相手の心は少しも晴れないだろう。もし、ずっとそのことを根に持たれていたら、おかしなことになりかねないし、せっかく忘れていてくれたら、思い出させることになる。

日々、思慮深く、心を広く持って、人に優しい気持ちで生きていなければ、結局のところ自分自身につらい思いが返ってくる、ということだろう。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
祖父に謝りたいこと (コロ健 to KEIKOさん)
2013-06-22 14:00:03
ありがとうございます。
もうなくなってしまった祖父に謝りたいことがありました。
でも、もう謝ることができません。子供たちに祖父のことを話して聞かせてあげることがせめてもの贖罪。そうですね、忘れることなく、思い出話をすることにします。
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せつない気持ち (KEIKO)
2013-06-22 09:52:57
コロ健先生、おはようございます。

生きてくれている人なら謝りにもいけますから いいんですけれど・・・
私は父が52歳のときの一人娘で(兄がいたはずですが、死産だった)文字通り、乳母日傘で育ちました。そのうえ、母が中学の時に亡くなったので、父には不憫という気持ちが強かったのでしょう、ずいぶん我がままを聞いてくれました。
結婚を見届けるように他界しましたが、子供を持って初めて 私も親の気持ちも分かるようになりますと、
「あの時、あんなことを言って~」「あんな態度をして~」と、悔やむことばかりです。
父の孫、その子供へと父のことを語り伝えることが贖罪になるのでは~と思ったりしています。
死んだ人を思うと、せつないですね~~

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