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エリートではなかった(今野泰幸)

2010-05-17 18:51:19 | 他チーム
W杯も日本代表メンバーが決まり、J1も中断に入ったので、不定期に代表選手のことを書いていこうと思います。今回は守備的なポジションならどこでもこなせるユーティリティプレイヤーの今野泰幸選手です。

今野は岡田監督が指揮を執っていた札幌で高卒1年目から試合に出ており、2003年のワールドユースUAE大会ではキャプテンとして不動の存在と、順調にプロとしてのキャリアは積んでいますが、東北高校を卒業した時点では無名の存在でした。

当時は、地元のJFLチーム(おそらくソニー仙台)への入団がほぼ決まっており、札幌は安定したサラリーマン生活を捨ててまでプロで勝負してくれるかと説得して、本人がプロを選択してJリーガー今野が誕生します。

最初、今野は自分の何が評価されてプロになれたかわかっていなかったようで、岡田監督に球際のスピードと指導を受けたことがきっかけでボランチのポジションを不動にします。なかなか浦和戦で相手チームのボランチに着目するのは難しいので、今野を初めて生でじっくり見たのはU-23代表の親善試合です。

その印象は相手の攻撃の芽を摘むワイパーのような選手でした。同タイプの森崎和幸を押し退けての選出は非凡さを感じました。ただ、当時の今野はボランチ一筋の選手でした。今のようにCBやSBをこなすようになったのは、当時の代表監督のオシム氏のコンバートがきっかけです。

所属チームのFC東京でも、当時の原監督が急造CBに置き、今野といえばユーティリティプレイヤーという評価はこの頃から確立します。ただ、こういう選手の宿命として、代表チームでは途中出場が多くなります。

代表でフル出場した選手は休ませ、出なかった選手は通常の練習をさせると言っていた原監督は、今野のように途中出場した選手の扱いは難しいと言っていました。そんな中、常に代表に呼ばれ続けた今野は、W杯のように登録人数が限られる大会では貴重な選手です。

出番があるかどうかは展開次第で、同タイプの阿部勇樹との選択もあるでしょうが、本人はスーパースターを完封して名を成したいと言っているので、そうなるといいと思います。
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