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最後の同世代(ファン・デル・サール)

2012-06-22 19:52:48 | ワールドサッカー
今回の欧州選手権は、私にとっては初めて同世代のいなくなった大会です。4年前の欧州選手権にはチュラム(フランス代表)、ラーション(スウェーデン代表)、ファン・デル・サール(オランダ代表)という最後の同世代がいて、彼らの頑張りを応援していました。

彼らにも少しずつ引退のニュースが舞い込んできましたが、最後まで頑張ったのは昨年5月に引退したファン・デル・サールでした。GKは選手寿命の長いポジションではありますが、名門マンチェスターUで最後までポジションを譲ることはなく、最後まで世界トップレベルのGKだったことは彼の誇りを感じます。

ファン・デル・サールは奥さんが病気だったらしく、子育てを代わるために引退したという話もありますが、クラブレベルでも代表レベルでも常に世界トップレベルだったことは素晴らしいことだと思います。

ファン・デル・サールの名前を世界にアピールしたのはアヤックス(オランダ)時代の1995年の欧州CL優勝です。その年のトヨタ杯で来日して120分をゼロに抑えましたが、MVPはDFのブリントが受賞しました。195cmの長身に手足の長い体型はGK向きで日本にもファンはいました。

このアヤックスでの活躍が認められて、イタリアのユベントスへ移籍したあたりは彼の最初の全盛期だったと思います。1998年フランスW杯は4強の活躍でした。しかし、当時ワールドサッカーを映像でチェックするのは困難な時代だったので原因はわかりませんが、ファン・デル・サールはユベントスを放出されて、イングランドでも強豪とは言えないフルハムへ移籍する挫折を味わいます。

ちょうど、この時期は2002年日韓W杯の予選の時期だったので、彼の不振もオランダ代表の予選落ちの理由だったかもしれません。日本でファン・デル・サールを見られる機会は一つ消えました。

もっとも、ベテランGKを探していたマンチェスターUが前年のフランス代表GKバルテズの出来に満足できなかったので、後がまに指名されたのはファン・デル・サールでした。彼にとっては世界トップレベルに返り咲くラストチャンスでしたが、見事にものにして2008年の欧州CL優勝に貢献します。

いい選手だが生では見られないだろうと諦めていたファン・デル・サールを、クラブW杯のピッチで見られました。手足の長さがクローズアップされますが、ボールに対する反応の速さも超一流で、世界のGKはこんなにすごいんだと教えてくれました。
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