Kobby loves 埼玉&レッズ

埼玉と浦和レッズを愛する管理者のブログです。

戻ってきたあの試合(1999年リバプール戦)

2012-12-23 19:41:45 | ワールドサッカー
昨日書いた通り、私は1999年のGW、イングランドとイタリアをはしごしたマニアックなサッカー観戦ツアーに出かけています。もう13年も前のことですから、試合自体は楽しかったものの、誰がどうやって点を取ったかなどは忘れかけていました。しかし、今日家を片付けると、当時の記録を書いたノートが見つかり、あの日の感動がよみがえってきました。

日本ではGWの時期はシーズン序盤ですが、欧州のリーグ戦では5月は佳境の時期です。当時、リバプールもトットナムも欧州CL圏からも残留争いからも遠く離れた位置にいて、この試合は消化試合でした。当時、リバプールの正GKはのちにW杯にも出るジェームスでしたが、このシーズンのジェームスの出来には首脳陣は不満としてスタメンを外し、代わりにアメリカ代表GKフリーデルが入っていました。

また、当時リバプールで最も有名な選手だったオーウェンや点取り屋ファウラーは両者とも負傷欠場で、マクマナマン、リードレの2トップでした。リバプールのオフィシャルショップはリバプール側ゴール裏の下にあり、7番が好きな私はマクマナマンの7番の入ったレプリカを買いました。

これを着てリバプールを応援しようと思っていたら、私の席はなんとアウェイ側のゴール裏最前列で、周りはトットナムサポばかりですから、とてもリバプールのレプリカは出せず、黙々と記録を書いていました。13年も前で、まだまだサッカー観戦歴は初心者の部類だった私のノートは今見ると短時間でメモする能力などに未熟さも感じましたが、自分で書いている以上意味はわかります。

そのノートによれば、トットナムの1トップはアームストロングという筋肉質のアフリカ系選手でした。前半は目の前にアームストロングが来るサイドだったので、このアームストロングが体を張ってキープするプレーは結構テクニックを感じました。

先制点はアームストロングが起点で、右サイドを上がっていたデンマーク代表MFイベルセンにはたき、イベルセンのドリブルからのクロスをリバプールDFキャラガーがオウンゴールしてトットナムに先制点が入ります。

リバプールはマクマナマンのドリブルや左SBマッテオのクロスで対抗しましたが、トットナムGKウォーカーの壁は破れず、25分のマッテオのシュートはポストを直撃します。前半終了間際の39分、トットナムMFアンダートンのFKから混戦になったところをイベルセンが押し込んで2-0とアウェイのトットナムがリードして折り返します。

もっとも、この試合はトットナムが前半終了間際に退場で左SBタリッコを失っています。トットナムベンチはボランチのクレメンスを下げて左SBにキングを入れ、トップ下のアンダートンをボランチに下げて残り45分を戦うことにしました。長くなったので、続きは明日書きます。
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霧の街ミラノ

2012-12-23 19:11:20 | 雑記
またオフネタですが、私にとってイタリアは憧れの地です。ピザやパスタなど食事も日本人にもお馴染みのものです。ただ、イタリア人は日本人より胃袋が大きいので、サイズを指定できる飲み物は必ず「ピッコロサイズ」(S)を注文しないとバケツのような大量の飲み物と格闘することになります。

イタリアの中では、初めて降り立った地のミラノは印象的です。私は卒業旅行で行ったので季節は2月だったのですが、ミラノ空港に降り立ったときの乳白色の夜霧の景色は、遠くに来た印象を受けました。

冬の欧州はどんよりと曇る日が多く、日も短いので明治時代にロンドンに留学した夏目漱石は憂鬱な気持ちになったと自伝で語っていました。確かに私が行ったミラノでは快晴の日はなく、曇り空の中での試合観戦になりました。

私の旅はマニアックなサッカー観戦で、イタリアに2度行きながらベネチアに一度も行ったことがないのですが、自由行動のあったミラノはある程度街も見ています。ミラノのサンタマリア・デ・グラッチエ教会ではダビンチの最後の晩餐の壁画を見ました。

この世界遺産級の壁画が、教会の食堂として使われていた部屋に無造作に描かれていたのは驚きでした。聖職者だから大事にしたとは思いますが、500年前のルネサンスの絵ですから残っているだけでも驚異的です。

ミラノの場合、古い街並みの景観を残すために新しいビルは意図的に郊外に建て、車もタクシー以外は街の中心には入れませんでした。インテル優勝のときにファンが集まった旧市街のドゥオモ前の広場も、それほど広い場所ではありません。

都市国家が並ぶ分裂国家だったイタリアの場合、街は城壁の中にあり、農地は街の外に置いて戦争のときは城壁の中に逃げ込むのが常でした。最近の街では城壁を取り壊したところに幹線道路を通すことも多く、ミラノの街の城壁も残ってはいません。

それでも、アーケードの走りだったガレリアという古い商店街や、大理石のドゥオモ、領主のいたスフォルチェスコ城など、ヨーロッパらしい伝統を守ろうとしていることはわかりました。ブランド物の本場なのでそういう店も目につきますが、男性の私が入った店は「ミランポイント」(ACミランのオフィシャルショップ)だけです。
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冬将軍

2012-12-23 11:55:01 | 埼玉
以前、秋の名残と葉の残っていた銀杏の木を載せましたが、今回同じ場所を見ると銀杏の葉はほぼ完全に散っていました。いよいよ本格的な冬将軍の到来で、今週一週間は寒い日が続く予報です。走る趣味を持っていた私はどちらかといえば冬の方が強いですが、風邪は引きやすいので気をつけないといけません。
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