尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ロシアはなぜファッショ化したのかーウクライナ侵攻1年②

2023年02月21日 23時09分11秒 |  〃  (国際問題)
 ロシアは「特別軍事行動」開始以来、「ウクライナの非ナチ化」というスローガンを掲げた。そのプロパガンダを真に受けて、日本でもウクライナは「ナチズム」に冒された極右国家だと説く論者も結構現れた。「ファシズム」「ナチス」「極右」といった言葉は、定義を厳格にしてから使わないと事態を正確に理解できなくなる。ここで今回書くのは、ロシアの宣伝とは異なって、実はロシアの方が「ファシズム」化しているという認識である。ロシアのファシズムは何故起こり、どう理解するべきか。

 ロシアのファシズム化を象徴するのは、最近よくニュースに出て来る民間軍事会社ワグネル」だろう。2014年のドンバス侵攻頃から、「プーチンの料理人」と呼ばれるオリガルヒ(新興財閥)エフゲニー・プリゴジンが作り上げたワグネルの名前をよく聞くようになった。(「プーチンの料理人」とは、プリゴジンが創設したレストランやケータリングサービスが外国高官のもてなしに使われたからと言われる。)プリゴジンは資金提供者で、実質的な創設者はドミトリー・ウトキンという人物だとされる。この人物がナチスに親近感を持っていて、ヒトラーが愛好した作曲家リヒャルト・ワグナーから「ワグネル」と名付けられた。
(プリゴジンとプーチン)
 「民間軍事会社」というのは、イラク戦争でアメリカ軍占領地域の警備などに「活躍」したとして知られるようになった。しかし、「ワグネル」はそんな裏方みたいな仕事に止まらず、囚人に恩赦を与えると約束して戦闘に駆り出すなど、常識を越えた活動をしている。ウトキンはチェチェン紛争を経験し、残虐な行為をいとわない。ウクライナで起こった様々な残虐行為にも、ワグネルが関わっているものが多いらしい。シリアでも活動したし、中央アフリカやマリなどアフリカ諸国でも暗躍したという。ロシア政府が公然とは関与を認めない国でも、ワグネルを通じて影響力を行使しているのである。

 現在の話はちょっと置いて、歴史的に考えてみたい。現在のウクライナ地域は、19世紀後半にはロシアとオーストリアに分割されていた。ウクライナの大部分は、ロシア帝国時代に属し「小ロシア」などと呼ばれていたのである。第一次大戦でロシア帝国とオーストリア帝国がともに崩壊し、西部には一時リビウを首都とした西ウクライナ人民共和国が成立するも、ポーランド系住民が蜂起しポーランドが勝利した。ソ連(ソヴィエト連邦)が成立すると、各民族を「ソヴィエト共和国」に再編して連邦国家としたが、その時にも西ウクライナ地方はポーランド領に残された。
(独ソ不可侵条約以後のヨーロッパ地図)
 1939年に結ばれた独ソ不可侵条約には秘密条項が存在し、ドイツがポーランドに侵攻した後に、ソ連もポーランド東部を占領した。つまり、ここで西ウクライナ(リビウなど)は初めてソ連の一部とされたのである。その後、ソ連はウクライナ中部、東部と同様に急激な農業集団化を進め、激しい反発が生まれたという。そこに1941年になって、突如ドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻を開始した。当初は優勢だったドイツ軍は、リビウでは「解放軍」として歓迎された。ウクライナの映画監督セルゲイ・ロスニツァが作ったドキュメンタリー映画『バビ・ヤール』で、その当時の映像を見ることができる。
(映画『バビ・ヤール』)
 もちろん最終的にはソ連が勝利し、リビウは再びソ連領に戻った。ナチス・ドイツと協力してソ連軍に抵抗した人々は、反革命犯罪者集団とされ厳しい弾圧にさらされた。それでも1960年代までは、ソ連支配に対するテロが散発したとされる。こうした「反革命犯罪者」は歴史の中で抹殺されてきたが、2014年の「マイダン革命」後に評価が逆転し、ソ連(ロシア)への抵抗者は「民族の英雄」と認定されたのである。「反ソ連」「反ロシア」がウクライナでは正しいこととされたわけで、これをロシア側から見れば「大祖国戦争」を冒涜する「ネオ・ナチ」に見えるかもしれない。

 世界のどの国にも極右支持者は存在する。当然ウクライナにも存在し、マイダン革命後はかなり力を持ったとも言われる。だが、ウクライナは独ソ戦で500万人以上の死者を出したとされ、常識的に考えてナチスを前面に出して政治活動を行うことは不可能だろう。ウクライナがソ連崩壊で「独立」した後も、94年、98年と共産党が選挙で第1党となった。親ロ派のヤヌコヴィッチが率いる「地域党」が成立すると共産党は小政党になったが、それでも2012年選挙までは存在していた。2014年以後にロシア寄りの政党の存在が問題になって、事実上ロシア派の共産党も禁止された。しかし、そのための法律は「共産主義・ナチズム宣伝禁止法」であり、ウクライナでは共産主義とナチズムを掲げる政党は結成できない。
(極右と言われたウクライナのアゾフ連隊)
 ネオ・ナチというなら、イタリアやフランスはどうなんだろう。イタリアでは、ネオ・ファシスト党である「イタリア青年運動」を継ぐ「国民同盟」の指導者ジョルジャ・メローニが首相に選ばれた。フランス大統領選では2回続けて、極右出身のマリーヌ・ルペンが決選投票に進出した。しかし、イタリアやフランスをネオ・ナチ国家とは言わないだろう。国内で言論の自由が確立しているからだ。一方、ロシアではプーチン政権の強権化が進み、反体制ジャーナリストや野党政治家が何人も暗殺された。ノーベル平和賞を受けたロシアの人権団体「メモリアル」も解散させられた。

 ファシズムの定義にもよるけれど、ロシアの状況はドイツや日本の1930年代を強く想起させる。プーチン体制をそのまま「ファシズム」とは呼べないかもしれないが、現段階は明らかにただの強権体制を越えている。市民的な自由が一つずつ崩されていった様子は、1930年代の「満州事変」から「日中全面戦争」にかけての日本社会に似ている。当時の日本もファシズムと呼ぶべきか論争があったが、そのような学問的定義は今どうでも良い。ロシアは一時「主要国首脳会議」に招かれ、その時点では「G8」と呼んでいた(1998年から2013年)。2006年にはサンクトペテルブルクでロシア初のサミットが開催されたのである。

 2014年のクリミア侵攻で、ロシアの参加は停止された。つまり、ロシアを世界の重要国として遇し、国際的秩序の中に包摂していこうという試みは完全に挫折したのである。もう皆が忘れてしまって、ずっと「G7」だったかに思い込んでいる。どうして、ロシアの民主化は失敗したのだろうか。それを考える時、1920年代ドイツのワイマール共和国を思い出すのである。文化の花開いた時代でもあったが、自由の下でナチスが支持を広げていた。ベルサイユ条約でドイツに課せられた巨額の賠償金がドイツ人の民族感情を傷つけたのである。ソ連崩壊後、別に巨額の賠償金などはなかったけれど、ソ連の優位性を教えられて育ったロシア人は、ソ連崩壊と経済危機に深く傷ついたのだろう。そのルサンチマン(遺恨感情)が30年代ドイツと同じく、強権的、好戦的国家として蘇ったプーチンのロシアを作り出したのだと考えられるのである。
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ウクライナ戦争は終わらない、ありえない「中立」ーウクライナ侵攻1年①

2023年02月20日 22時21分10秒 |  〃  (国際問題)
 ロシアのウクライナ侵攻から1年近く経って、マスコミの報道も多くなってきた。前から何回かまとめて考える必要があると思っていたが、書きたいことに追われて延び延びになっていた。そろそろ書かないといけないだろう。この「ウクライナ戦争」(ここではそのように呼びたい)は、世界の秩序を大きく変えてしまった。その影響は未だはっきりと見えないことも多い。まず書かないといけないのは、しばらく「戦争は終わらない」という冷厳なる現実である。

 最近ブラジル大統領に返り咲いたルラ氏がアメリカを訪問して、バイデン大統領と首脳会談を行った。ルラ氏はアメリカでCNNのインタビューに答えて「もし武器や弾薬を(ウクライナに)送れば、戦争に参加したことになる」と語ったという。しかし、僕はこの発言が理解できない。ロシアとウクライナの軍事的、経済的、人口的規模は、「非対称」である。ロシアが圧倒的に大きいのだから、ウクライナに軍事的支援を行わなければ、ロシアが最終的に勝利するのは目に見えている。だから、ウクライナに軍事支援を行わないということも、ロシア寄りで「戦争に参加した」ことになる。
(ルラ大統領の訪米を伝えるニュース)
 「ロシアの最終的勝利」が何を意味するかは、現段階では僕にはよく判らない。ただ、ロシアはウクライナの東南部4州(ルハンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソン)を2022年9月に「併合」した。これは各州の「住民投票」を受けて、ロシア最高会議が承認した、ロシアから見れば合法的な措置になる。しかしながら、現時点でドネツク州やザポリージャ州のほぼ半分はウクライナの支配下に残されている。これはロシアから見れば、「ウクライナが不当に支配している未解放のロシア領土」になるはずだ。
(ロシアは4州の「併合」を宣言)
 もちろんウクライナ側からすれば、4州は不当に侵略された自国領土以外の何物でもない。双方の認識には両立する余地が全くない。もちろん戦争はロシア側が仕掛けたものだから、ロシアが攻撃を中止して撤退すれば戦争は終結する。しかし、北方領土交渉で言われたように、ロシア憲法は領土割譲を禁止している。「領土の一部を譲渡しようとする行為及びそのような事態を発生させる行為は認めない」と規定され、政府がそのような交渉の場に就くこと自体を禁じているとのことである。国際法に対する憲法優先の原則を定めた第 79 条もあるという。

 従って、常識的に考えれば、プーチン大統領が4州を「返還」することは不可能だし、それどころか「和平交渉」に応じることさえ不可能である。プーチンが「返還」を口にすれば、国内の強硬派に足をすくわれるだろう。「プーチン以外に交渉可能な者はなく、プーチンの政治生命を保証して、停戦を実現するしかない」というような主張する人もいるが、僕に言わせればそれは無理というもんだ。プーチンはウクライナ各地を無差別にミサイル攻撃を行った「戦争犯罪者」のイメージをもはや免れられない。ウクライナを支援する側も、国内世論上安易に妥協はできないだろう。

 ところで、この問題は本来どのように解決されるべきだったか。国連加盟国が他の加盟国から全面的攻撃を受けた。国連発足後に、ほとんど起こらなかった事態である。(起こっても短期間で軍事衝突が終了したことが多い。)本来は安全保障理事会が責任を持って解決を探り、経済制裁等で解決を目指す。しかし、それで解決できなかった場合は、軍事的手段を排除しない。最後は「国連軍」を結成して、紛争を解決することになる。ただ、戦後の軍事的衝突の大部分は「米ソ冷戦」時代に起こった。なぜかソ連が欠席を続けていたときに起こった朝鮮戦争(1950年)を除き、国連軍は結成されなかった。

 今回は拒否権を持つロシアが他国を侵攻したのだから、当然国連軍や(1991年の湾岸戦争時のような)「多国籍軍」も結成できない。それどころか、直接軍隊を送るなど共同軍事行動を行うと「第三次世界大戦」につながりかねないとして、NATO各国も武器支援に止まっている。世の中には、ウクライナに武器支援を続けるから戦争が長引くのであって、「まず停戦を」と論じる人がいる。だけど、ウクライナの「自決権」を全く無視するような議論には疑問がある。自国領土を占領されたままの状態で「停戦」してしまったら、国土を取り戻せなくなるのは目に見えている。(ロシアが交渉で領土を返還することは憲法上できない。)
(ミュンヘン安全保障会議)
 ロシアの侵攻を正しいものと考える人が今も日本に存在する。アメリカなどによって、ウクライナがロシアから引き離されたのが真の原因だと考えるのである。しかし、このような考え方は全く間違っている。ウクライナがロシアと結ぶか、西欧諸国入りを目指すか、それはウクライナ国民が決める問題だ。そして、ウクライナ国民はロシアに支配された歴史を否定したいと考えている。従って、ロシアと妥協してウクライナ領土の一部を譲り渡すことはありえないだろう。

 それらを考えると、戦争がまだまだ続くと予想せざるを得ない。ロシア経済は少なくとも数年間は崩壊などしないと思われる。ウクライナに支援軍を送ることは難しいから、支援国はそれぞれのできる範囲で武器を支援することことになる。それは戦争を延ばしウクライナ、ロシア双方に大きな犠牲をもたらす。ロシア国内で、大きな反戦運動が起きるのも現段階では考えにくい。我々としては、それがどれほど効果を上げるかはともかくとして、「ロシアはウクライナから撤退せよ」と言い続けるしかないと思う。半世紀前に「アメリカはヴェトナムから手を引け」とデモをしたのと同じように。
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小泉悠『ウクライナ戦争』、年末必読の書き下ろし新書

2022年12月17日 22時39分46秒 |  〃  (国際問題)
 2022年も残り少なくなってきたが、今年最大のニュースは間違いなく「ウクライナ戦争」だ。世界のあり方を大きく変えてしまい、その影響は今後も長く続くだろう。年末の日本で起こった「防衛政策の歴史的大転換」もその一つの表れと言える。その問題はいずれじっくり書きたいが、取りあえず「ウクライナ戦争はなぜ起こり、どのように推移してきたのか」を振り返っておくことは大切だ。そのために役立つ本が年末に出された。小泉悠ウクライナ戦争』(ちくま新書)である。
(『ウクライナ戦争』)
 この本の帯には「戦場でいま何が起きているのか?」「核兵器使用の可能性は?」「いつ、どうしたら終わるのか?」「全貌を読み解く待望の書き下ろし」と出ている。早速読んで、とても役に立つ本だった。先の問いを中心に、今までの経過をていねいに追っていく。そのことではっきりと見えてくることがある。僕はこの戦争が起こるまで、小泉悠という人を知らなかったが、2021年5月に出た『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)を読んで、ここで紹介した。(「小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』ープーチン政権の危険を暴く」)その後、文春新書から9月に出た『ウクライナ戦争の200日』も読んだので、一年間で3冊も読んでしまった。自分のほとんど知らなかったロシアの軍事思想を細かく研究している人がいるのに驚いた。
(『現代ロシアの軍事戦略』)(『ウクライナ戦争の200日』)
 12月上旬刊行ということで、脱稿は9月だと出ている。だから1年間すべてを書いているわけではないけれど、晩秋からは少し情勢が停滞している感じがある。ロシアのミサイル攻撃は続いているし、ウクライナ側と目されるロシア軍事基地へのドローン攻撃もあった。だが、恐らくは季節的要因(秋以後に湿地が広がり戦車の進軍などが難しいと言われる)や戦備上の要因などで大きな変化はないようだ。それに一番重要なのは、開戦へ至る経緯と直後の問題、およびプーチン大統領が述べる戦争の原因が正しいのかという問題である。それを具体的な資料に基づいて検討している。年末に是非読んでおくべき本だ。
(小泉悠氏)
 2014年の「マイダン革命」(親ロ政権の崩壊)後のクリミア半島併合ドンバス侵攻を、著者は「第一次ウクライナ戦争」と呼ぶ。しかし、本書ではそれは詳しくは触れられない。この本では2021年春の軍事的危機から論じられている。この時点でアメリカでバイデン政権が誕生し、あからさまにロシア寄りだったトランプ大統領が退陣する。ウクライナ国内でも親ロ派政治家が活動し始めて、ゼレンスキー政権には焦燥の色が見え始めた。ゼレンスキーは親欧米派のポロシェンコ大統領のもとで対ロ交渉が進まないことを批判して大統領に当選した。だから当初はプーチン政権と交渉しようとするが、プーチンに相手にされない。

 この開戦前夜に至る分析こそ、他書にはない貴重な部分だと思う。日本では結構「ロシア派」が存在している。もともと「大国主義的価値観」を持つ人々(森喜朗元首相など)、自国の過去の過ちをきちんと清算出来ない人々がロシアの侵略戦争に宥和的なのはある意味当然である。しかし、何故かヴェトナム戦争では小国の抵抗を熱く支援していた人、「左派・リベラル」と呼ばれる層の中にも、「どっちもどっち」とか「すぐに停戦を」とか「侵略責任」をあいまいにする主張がある。そういう人たちはゼレンスキー政権の対応がロシアの侵攻をもたらしたかの主張をするのだが、実際はプーチンの方が着々と侵攻作戦を計画していたことは明らかだ。

 それでも何故「2月24日」だったかは、現時点では判らないとする。遠い将来ロシア側の資料が公開されるまでは確定できないが、プーチンの頭の中で起こったことである。当初は明らかに「電撃作戦」でキーウを陥落させ、ゼレンスキー政権を崩壊させることを考えていた。そのためにウクライナ国内で「内通者」を確保していたという。それらの「スリーパー」は実際には全く役に立たなかった。軍事施設ではない市民の居住地域にもミサイルを撃ち込むロシアに対する怒りが全土で燃えあがる中で、とてもゼレンスキー政権に取って代わるような動きは出来なかっただろう。(小泉氏はそもそも「内通者」グループは、ロシアから金を巻き上げるペーパー・カンパニーだったのではないかと推察している。)

 戦争はロシアの攻勢から、次第に膠着状態に陥り、やがてウクライナ側の反撃も始まった。反撃をもたらしたのは欧米の武器支援が大きい。小型ミサイルの「ジャヴェリン」を抱く聖女が描かれて大ブームになったのは、その典型例である。ただ、それだけではなくロシアの戦争指導の問題も指摘している。プーチンの「マイクロ・マネジメント」がロシア軍を悩ませているのではという指摘もある。つまり、何事もプーチンの決定がないと進まない、プーチンが現場に口を出しすぎるというか、誰もプーチンに反対できないことから「上ばかり気にする」状態になっているという。
(アパートに描かれた「聖ジャヴェリン」)
 今後どうなるかは予測出来ないが、ロシアは「まだ本気を出してないだけ」ということも言える。だが大々的な動員を掛けて大軍を送り込むことは、現在ではヴェトナム戦争のアメリカ軍のように「反戦運動」として跳ね返る可能性もある。核兵器を使用するとか、大規模な都市空爆をするというのも、リスクが大きすぎると著者は考えている。僕も同じだが、それを言えばこのような大規模侵攻作戦も難しいと著者も考えていた。結局、プーチンの頭の中をのぞけない以上、誰も確定的なことは言えない。

 最後に未だに「マイダン革命はアメリカによるクーデタだった」とか「ウクライナ政府はネオ・ナチだった」「ドンバスではウクライナ軍による親ロ派住民の虐殺が起こっていた」など、極度に偏ったロシア(というかプーチン大統領)の主張を日本でも主張する人は、本書の最後にある「プーチンの主張を検証する」を熟読玩味するべきだろう。本書の中にはロシアの軍事思想など難しい部分もある。しかし、おおむね判りやすく、公平な叙述になっていると思う。ウクライナ、あるいはゼレンスキー大統領側の問題点も指摘している。だが本質はロシアの侵略戦争なのである。
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「ミサイル防衛」と「分散システム化」ーミサイル攻撃をどう考えるか②

2022年11月19日 22時55分13秒 |  〃  (国際問題)
 ロシアは何故執拗にウクライナにミサイルを撃ちこむのだろうか。季節的に平原が湿地化するので軍の展開が難しく、完全に冬になって凍結するまで戦車などを動かせないとも聞く。その間も発電所などを狙って、ウクライナの抵抗意識をくじこうとするのだろう。ロシアのミサイル保有量が尽きたという説もあったが、どうなっているのかは判らない。ロシアは経済大国だから、経済制裁があっても数年間は戦争継続が可能だろう。だがいくらミサイル攻撃を受けても、ウクライナの抵抗意思はくじけない

 これは当然と言えば当然で、ミサイルはピンポイントで何かの施設を破壊出来るが、社会そのもの、国家組織そのものは破壊出来ないのである。イスラエルはかつて湾岸戦争時にイラクのミサイル攻撃を受けたが、アメリカの要請に応じてあえて反撃しなかった。そこでイスラエルが出て来ると、イスラエル対アラブ諸国という構図になってしまうからである。イスラエルは今もガザ地区からミサイル攻撃を受けることがあるが、ほとんどが迎撃されている。小さくて持ち運べるミサイルもあって、ミサイルは今では小国、あるいは国家ではない武装組織の武器となっている。

 日本付近では最近「北朝鮮」によるミサイル発射実験が相次いでいる。日本上空に掛かりそうなときは「Jアラート」なる警報が鳴り渡るらしい。最近では日本を通過した後に警報が出たと問題化したケースがある。また「排他的経済水域」に着弾した場合は、特に大きく報道されている。この問題はちょっと冷静に考えてみる方が良い。長距離弾道ミサイルの開発は国連安保理決議違反で、非難されるべきである。だけど、ミサイルが頭上に落ちてくるかのような恐怖は意識過剰だろう。
 
 1998年に日本上空を初めて通過したとき以来、今にもミサイルが落ちてくるかのように恐怖心をあおる人が出てきた。もちろん、そんなことは起こらない。100%ないと言えないけれど、それを言えば頭上に隕石が落ちてくる確率と同じレベルだろう。そもそも「領空」のはるか上を通る「ロフテッド軌道」を通るミサイルや、領海ではない「排他的経済水域」に落ちるミサイルを、そのことを理由に非難できるのかは疑問だ。(もちろん「領海」や「領空」に掛かれば主権侵害である。なお「国際海峡」を外国艦船が通過するのは問題ない。)
(ロフテッド軌道)
 僕が言いたいのは「北朝鮮」は独自の思惑でミサイル発射を続けていて、その行為は問題だとしても、今にも日本(あるいは日本国内の米軍基地)を攻撃する意図があるわけではないということだ。「北朝鮮」のミサイルがもし日本に落ちたら、政権が崩壊の危機に陥るだろう。意図せぬ故障で被害が出ても、そんなミサイルはどこにも評価されない。もしどこかの国のミサイルが日本国内に着弾すれば、それは被害を出して大問題だけど、すぐ日本社会が破滅するわけではない。今回は「北朝鮮」の目的をどう考えるか、国内の人権問題をいかに考えるかはテーマじゃないので省略する。

 僕が今回考えたいのは、「北朝鮮のミサイルが心配」だから、アメリカの「ミサイル防衛システム」を整備しなくてはならないという主張である。それが実際に意味があるのかをウクライナの現実で考えるべきだろう。ウクライナはロシアのミサイルをどの程度防げているのだろうか。それは5割から7割程度だという。ないよりはずっと良いが、100%には遠い数字である。なぜ100%にならないかは、迎撃ミサイルの量的な問題と同時に、いつどこに撃つかの情報の問題、さらに迎撃するウクライナ軍の成熟度など様々な要因が絡んでいる。南北も東西も広い日本で、100%近い迎撃を求めるなら膨大な負担が生じるのは間違いない。
(日本のミサイル防衛体制)
 ミサイルが落ちてくる確率に比べれば、大地震が襲う可能性は100%なんだから、そちらの方が優先だろう。それに「大地震」と「ミサイル着弾」には同じ問題がある。社会生活を維持するためのインフラ設備が破壊されたら大変だという点である。ロシアもそこを狙って攻撃し、ウクライナの発電所が大被害を受けているという。原発や火力発電所が被害を受けて、節電を強いられたのは記憶に新しい。一点集中型の大施設は効率上は良い点があるが、災害大国である日本では危険性も大きいのである。

 日本の安全保障面の危険は、対外的な戦争以上に、地震、津波、水害、土砂崩れなどの大災害である。災害をゼロにすることは出来ない。だが「社会システムを分散化させる」ことで影響を少なく出来る。エネルギーの「地産地消」を進めると言っても良い。日本においては「ミサイル防衛」より優先度が高いはずだ。(なお、「マイナンバーカード」はパソコンやスマホが使えること=電気が通じることを前提に成り立っている。もし大地震で一週間電気が停まってしまえば、スマホは切れてしまって自己証明も不可能になる。その意味でも保険証や運転免許証は一体化しない方が良い。逆に紙ベースの保険証や預金通帳が流されたり焼けることもありうるから、デジタル化を進めておくのも意味がある。)
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ポーランドの「ミサイル着弾」問題ーミサイル攻撃をどう考えるか①

2022年11月18日 22時47分28秒 |  〃  (国際問題)
 2022年11月15日午後にポーランドプシェヴォドフ村の近くで爆発が起こった。これはミサイルの着弾によると見られている。この日ウクライナ各地をロシアがミサイル攻撃していた。プシェヴォドフ村はウクライナ国境から約6キロにあるというから、これがロシアのウクライナ攻撃に関連があるのは間違いない。朝スマホを見たら、このニュースがあってビックリした。NATO加盟国であるポーランドをロシアが攻撃したのだとしたら、これは大変な事態になる可能性がある。
(ニュース映像)
 その当時インドネシアのバリ島でG20サミット(金融・世界経済に関する首脳会合)が開かれていて、バイデン米大統領を初め主要国首脳はバリ島にいた。バイデン氏は早速NATO各国首脳と協議のうえ、このミサイルはロシアのもではない可能性が高いと発言した。航跡からウクライナ側の迎撃ミサイルの可能性が高いというのである。とかくスピード感に欠けると批判されるバイデン大統領だが、ここではリーダーシップを発揮して、世界に的確な情報を発信したと言えるだろう。
(プシェヴォドフ村の地図)
 一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、ロシアのミサイルだと主張しポーランドでの調査に参加を申し出ている。(認められたらしい。)アメリカは常時監視しているらしく、その情報をある程度明かしてロシアのものではないと言っている。今の段階ではその可能性が高いんだろうと思う。ただ僕には疑問もあって、ロシアは東または南方向から撃っただろうから、ウクライナが迎撃するならそっちの方向になるはず。ポーランドは西北方向になるが、ウクライナはどこから撃ったのか。爆発音がしたというから、破片が落ちたのではないと思う。しかし、完全に迎撃できず方向がずれたという可能性はないのだろうか。

 この問題の真相は今後の調査によりいずれ明らかになるだろう。(防衛上の機密の観点で発表は遅れるかもしれないが。)ミサイルにはすべてシリアルナンバーがあるとのことで、破片を完全に回収出来ればどこのものか判明出来るらしい。それはともかく、結局は「偶発事件」だったのである。ロシアには戦争をポーランドに拡大する意図はなく、もちろんウクライナ側も同様である。ポーランドからすれば、偶発で死者が出ては困る。しかし、それが隣国で戦争が起きているという意味なのだ。ここではこの問題をきっかけにして、「ミサイル攻撃をどう考えるか」を考えてみたい。
(現地の調査の様子)
 ロシアによるウクライナ侵攻、東部・南部4州の併合はそれ自体が国際法違反である。従って、ロシアがウクライナにミサイルを発射することも、当然違法行為だ。だが、開戦当初からミサイル攻撃が続いていて、何だかそれが「日常化」してしまった。「ミサイル攻撃」にもいろいろあるだろうが、そもそもロシアがポーランド国境近くまでミサイルを撃つのは何故か。それは民生施設(今回は火力発電所らしい)を狙っているのである。当然民間人が犠牲になることが前提になっている。これまでもアメリカなどの軍事行動で民間人に犠牲が生じたことは何度もある。軍事行動には「予期せぬ犠牲」が避けられない。

 だから軍事行動(それは「戦争」だが)そのものを停めるしかないのだが、それにしても今回のロシアの異常なミサイル攻撃は歴史上かつてないことだと思う。「空爆」ならヴェトナム戦争中の米軍の北ヴェトナムに対する大空爆(「北爆」と呼ばれた)がある。だが「ミサイル攻撃」としては空前のものだと思う。このような異常な攻撃はどのようにしたら停められるだろうか。
(ロシアのミサイル攻撃地点)
 いろいろなことが今後起きるだろうが、この戦争はロシアが始めたものである。何が目的なのか、ウクライナ政府に「最後通牒」を突きつけることもなく、突然攻撃を開始した。(イラク戦争も国際法違反だと考えるが、それでも「最後通牒」は存在した。フセイン政権には戦争を避ける余地があった。)その後も「宣戦布告」をせず、一方的にウクライナ領土の一部を自国に併合した。そういう国際法違反のオンパレードの一つとして、今回のミサイル攻撃がある。G20サミットではロシアを名指ししないものの戦争非難決議が採択された。そのさなかに公然と大規模ミサイル攻撃を行ったのである。

 このような経緯を考えてみると、「ポーランドに着弾したミサイルは、ロシアのものかウクライナのものか」という問題は、一番重大なものとは言えない。全体的に考えて見れば、「ロシアの戦争犯罪の中で生じた偶発的な悲劇」という評価になる。もちろんウクライナ側の迎撃ミサイルだとすれば、謝罪が必要だろう。ウクライナのミサイル迎撃システムはアメリカの提供したものだろうから、どうしてこのようなことになったのか究明が大切だ。日本もアメリカのシステムに頼って、「北朝鮮」(もしかしたら中国も)のミサイルに対応するとしている以上、日本こそ重大な関心を持つ必要がある。そして、そもそも「ミサイル攻撃をどう考えるか」に進んでいきたい。
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ネタニヤフ政権の復活ーイスラエル総選挙2022

2022年11月05日 22時55分21秒 |  〃  (国際問題)
 イスラエル第25回総選挙が11月1日に行われ、ネタニヤフ政権の復活が確定的になった。この4年間で5回目の総選挙である。長く続いた右派リクードのネタニヤフ首相は、2021年6月についに退陣して8党派連立のベネット政権が発足した。その時に「イスラエルの政権交代をどう考えるか」を書いて、「明日にも崩壊してもおかしくない」と書いたのだが、案の定1年半持たなかった。連立政権は最初の2年はベネット首相、後半2年をラピド首相と約束して始まったが、連立を離脱する議員が出て過半数を割り込んでしまった。そのため、ベネットは6月末で辞任し、7月からラピド首相に交代して選挙に臨んでいた。
(選挙勝利を喜ぶネタニヤフ元首相)
 イスラエルの選挙は重大な割りに日本の報道が少ない。そこで書いているわけだが、やはり一番重大なのは「中東和平への影響」になる。というか、これで中東和平がしばらく頓挫することが決定的になったと言えよう。それとともに、「完全比例代表制」という世界でも珍しい選挙制度がどのように機能するかという問題もある。だが、それ以上に重大なのは、スキャンダルを抱えた右派政治家が復権できるのかという問題である。すでにイタリアのベルルスコーニはメローニ新政権の与党に復権した。イタリア、イスラエルで起きたことは、次はアメリカでトランプが復権することを予告するものなのか。

 イスラエルはユダヤ人国家であるとともに、民主主義制度を取る国である。従って、人数的には少数である「超正統派ユダヤ教徒」の政党や、イスラエルに残ったアラブ人の政党が議席を取れるシステムを取らざるを得ない。だから、比例代表制しかないのである。そのため、日本の参議院比例代表区が多党化するように、非常に多くの政党から立候補する。一党で過半数を握ることは不可能で、建国以来一度もない。連立政権しかないのである。しかも、この数年は「ネタニヤフか否か」が争点になって、何か事あれば数人が連立を離脱して政権が崩壊する。何回選挙をやっても、宗教保守派やアラブ系は自分たちの政党以外には投票しないから、結果は大きく変わらない。だから、同じことの繰り返しである。
(新勢力)
 今回はネタニヤフ氏が率いるリクードが32議席(2議席増)、ラピド首相が率いるイェシュ・アティドが24議席(7議席増)、極右の「宗教シオニズム」連合が14議席(8議席増)、中道右派の「国民連合」(「青と白」など)が12議席(2議席減)、ユダヤ教超正統派の「シャス」が11議席(2議席増)、同じく超正統派の「トーラー・ユダヤ連合」が7議席(同数)、右派の「イスラエルわが家」が6議席(1議席減)、アラブ系諸政党が合計10議席(1議席増)、労働党が4議席(3議席減)という結果になった。
(今回の選挙結果詳細)
 ちょっと細かくなったが、リクード、宗教シオニズム、シャス、トーラー・ユダヤ連合の合計で64議席となる。かつては右派のリクード、左派の労働党が2大政党だったが、労働党の凋落は著しく、今回は最少党派となった。日本やフランスの社会党と同じ道をたどったのである。また長年議席を獲得してきた左派政党メレツが前回の6議席から一挙にゼロと壊滅してしまった。一方で極右政党が第3党に躍進しているのを見ても、イスラエルの世論が右派を支持したのは明らかだ。反ネタニヤフ連合のベネット、ラピド政権にはアラブ人政党も参加した。参加しないと過半数に達しないからである。このイスラエル政治の「禁じ手」が右派系ユダヤ人に全く受け入れられなかったのは明らかだ。

 かくして、中東和平など夢のまた夢となった。それどころではなく、「ヨルダン川西岸地区」(1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したままになっている地域。国連安保理決議で認められていないが、イスラエルは事実上自国の領土と見なして入植を進めてきた)を正式に領土にしてしまうなどの「暴挙」もありうる。ただ、それではウクライナを侵攻して自国領にしたロシアと同じになるので、アメリカが認めるはずがない。いくらネタニヤフ政権でもそこまでは踏み込めないはずだが、何が起こるか判らない。アラブ諸国の中でもイスラエルと国交を結ぶ国が続いている。見通しが立たない、暗くなる話題はあまり書きたくないが、現実は直視しないといけない。司法訴追されたネタニヤフでも有権者が拒否しないというのも驚きである。
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習近平終身体制の確立ー中国共産党第20回大会を考える

2022年10月26日 22時22分22秒 |  〃  (国際問題)
 中国共産党第20回党大会が終了し、新指導部が決定した。日本のマスコミは習近平が中央委員会総書記に選出されたことを「異例の3期目」と書いているが、それは前から判っていたことだ。真に異例なのは、党中央から習近平に近い人以外がいなくなったことである。胡錦濤前総書記が党大会閉幕式を途中退席した様子が報道され世界を驚かせたが、「公式」には「体調不良」になるのだろうが、ベースには明らかに新人事への不満があるに違いない。
(退席する胡錦濤前総書記)
 中国共産党には「不文律」として「68歳以上は退任する」というものがあるとされる。不文律だから公表されたものではないが、それに従うとすれば、1953年6月15日生まれで現在69歳の習近平総書記は退任するはずである。しかし、それはまあ、もうなし崩しになっていた。一方で、現在67歳の李克強首相は憲法の規定で首相は2期だから、来年の全人代で首相は退任することになる。しかし、党人事では政治局常務委員に止まり、全人代常務委員長に就任するのではないかとの観測が強かった。

 しかし、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが李克強首相は完全に引退すると18日に報道した。また20日には首相の後任に李強上海市共産党委員会書記が有力と報じた。どうやらそれが当たっていたのである。新人事が発表されたら、一時は上海のコロナ封鎖問題で失脚寸前とも言われた李強がナンバー2になっていたから、恐らく来春に李強が首相に就任すると思われる。

 それとともに、非常に驚かされたのは、胡春華副首相が常務委員に昇格するどころか、政治局員にも選出されず、これこそ異例の降格になったことである。胡春華は胡錦濤に重用された「団派」のホープだった。中国共産党青年団は胡耀邦、胡錦濤、李克強が第一書記を務めて、党中央リーダーへのエリートコースとされてきた。胡春華も2006年から08年にかけて第一書記を務めて、次代のホープと呼ばれちょっと前まで首相の有力候補とされていた。政治局員は25名から24名に削減されているから、まさに胡春華が最終段階で消されたと想像出来る。

 新指導部発表翌日の人民日報は、習近平ばかりが異様に大きな写真で報じられた。同紙は「偉大な事業には人々の期待を集める領袖(りょうしゅう)が必ずいる」と書いているそうだ。「偉大な領袖」とまで呼ばれていないが、もはや誰も並ぶものなき「領袖」の位置に習近平は存在する。他の6人は3面で紹介されたという。一応名前を挙げておくと、李強趙楽際王滬寧蔡奇丁薛祥李希で、僕はコアなチャイナ・ウォッチャーじゃないから、李強以外は名前も知らない。丁薛祥(てい・せつしょう)は現在60歳で、唯一次回党大会時に「引退年齢」ではない。上海出身の技術者で、習近平が上海書記時代に秘書長として支えていた。今後副首相に就くとされるが、地方幹部を経験していないので、総書記の後任候補にはならない。
(新指導部を伝える人民日報)
 この布陣を見る限り、習近平は4期目もやるつもりである。というか、永遠にやるのではないか。終身体制が確立したと思わざるを得ない。それがどのようなものになるかは判らない。党大会がなくなってしまうということまではないだろう。5年後にあるだろうし、そこで習近平が総書記に選出されるのではないか。5年後もまだ74歳で、バイデン(11月20日で80歳)、トランプ(76歳)、インドのモディ首相(72歳)、プーチン(70歳)などと比べても、この難局を率いるのはとても無理だなどとは言えない。しかし、そういう問題ではなく、もしかしたらどこかで総書記、国家主席を退くかもしれないけれど、党中央軍事委員会主席は退かないと思う。鄧小平と同じ道を歩むのである。それがはっきりしたと思う。
(新指導部)
 冷戦終了後、フランシス・フクヤマが「歴史の終焉」と考えたのは、経済成長に伴い中間層が力を付け、世界中どこの国でも自由民主主義体制になると見込んだからだ。しかし、ロシアや中国の現状はその見通しが全くの誤りだったことを明確にした。その文明史的意義はまだ完全には判らないが、この問題は非常に重大である。一般的に言えば、内部から「外様」を完全に排除した組織は腐敗するだろう。安倍政権末期に「公私混同」が目立つようになったことを思えば想像出来る。プーチン政権の場合は露骨な帝国主義的侵略戦争を始めてしまった。そうなると、習近平政権が今後どのような路線を取るのか、十分な注意が必要だ。

 中国共産党は「経済成長」を成し遂げることで、一応国民の消極的承認を取り付けてきたと考えられる。そのため、本格的な「台湾解放」(侵攻作戦)を始めるのは非常に大きなリスクを負うだろう。西側諸国からは経済制裁を科され、大きな経済的影響を受けるに違いない。また、小泉悠ウクライナ戦争200日』(文春新書)が指摘しているが、ロシアも中国も少子化が進行している。特に中国で軍事的、政治的に実務の中心となるのは、ほぼ「一人っ子政策」の世代と考えられる。「台湾解放」とはただミサイルをぶち込んで終わる問題ではない。台湾省政府を機能させるまで、軍人だけでなく文官の大規模な動員が必要になる。「一人っ子」が1万人死ぬことに今の中国が耐えられるだろうか。その意味でも習近平はウクライナの今後をじっくりと見つめているだろう。
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河出新書『ウクライナ現代史』を読む

2022年09月12日 23時05分19秒 |  〃  (国際問題)
 河出新書から出た『ウクライナ現代史』の紹介。ロシアのウクライナ侵攻という事態をどう理解するべきか。そのためにも、ウクライナの歴史をきちんと知りたいという人は多いだろう。しかし簡単に入手出来る本としては、今まで中公新書の黒川祐次著『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』しかなかった。著者はウクライナ大使を務めた外交官で、複雑なウクライナ史を興味深く叙述した好著だが、何しろ2002年刊行である。2004年の「オレンジ革命」、2014年の「マイダン革命」に触れられていないのは、やむを得ないとはいえ、今ではもっと新しい本が欲しいところである。

 そこにアレクサンドラ・グージョン著『ウクライナ現代史』(鳥取絹子訳)が出た。2022年8月30日に出たばかりの本である。本屋で一度見た時は買わず、次に買おうとしたときには河出新書なんてどこにあるんだという感じだった。何とか新書売り場の片隅に見つけたけど、宣伝もほとんどないから知らない人が多いだろう。著者はフランスの女性研究者で、侵攻直前に刊行されフランスで評判を呼んだという。それを早速翻訳してくれたのはありがたいんだけど、訳文にはかなり問題が多い。以下のような感じ。

 「ウクライナでの第二次世界大戦のビジュアルな表現は、ナチス兵士によるユダヤ人銃殺のイメージを通してのことが多い。これらのイメージは、ウクライナ自らが犠牲者であり処刑人でもあった視点を差し引いても、1941年から1944年のあいだドイツ軍に占領された時代の残忍さをあらわしている。」
 「2013ー2014年の冬、一般にマイダンと呼ばれるキーウの中央広場に居座って行われた抗議運動は、ロシアの指導層や一部のヨーロッパの専門家からは決まって、西側の強国に支援された過激派勢力による反乱と紹介されている。この紹介の狙いは、この運動とそれによる政権交代の信用を失わせ、彼らの民族主義的で危険な性格を強調するところにある。そうしてヨーロッパとアメリカの首脳陣は、ロシアの影響を制限する政権の到来を渇望する反乱を支援し、さらには引き起こしたと非難されているのである。」

 これ以上挙げても仕方ないと思うけど、翻訳調というか、AI自動翻訳というべきか。意味は判るけれど、文章としてこなれていないので、読むのに時間がかかる。また大きくは通史的な構成になっているが、各章はテーマごとの叙述、例えば『「ウクライナはコサックの土地」なのか』『「ドンバス地方の紛争は内戦」なのか』『「ウクライナは腐敗した国」なのか』などというテーマで書かれている。そのため、ちょっと判りにくいのである。しかし、現時点では類書がないので一応紹介しておきたい。
(著者のアレクサンドラ・グージョン)
 21世紀の歴史の部分だが、「腐敗」の問題は極めて重大だ。旧ソ連は一体として経済的まとまりが作られていたため、突然各共和国が「独立」を与えられてもうまく行かない。国土の6割近くを占める黒土地帯(チェルノーゼム)の農業、ドンバス地方の石炭を利用した重工業がウクライナを支えていた。(ドンバスの鉱工業のためにロシア人労働者が移入して、ロシア語人口が多くなった。)突然の「資本主義化」で、明治当初の日本と同じように、有力政治家と結びついた政商が私利私欲を図ることが多くなった。警察や税関職員などに賄賂が横行しているという話もよく聞かれる。要するに給与が少ないからだろう。

 それらの事情は「改革開放」下の中国でも起こり、腐敗に反対する人々が1989年に天安門広場に集結した。全く同じ構図が、2013年から14年の「マイダン革命」でも言える。ただ、そのような激動が社会を分断してしまった。ウクライナの複雑な歴史から、東西で投票行動が全く異なる「地域対立」が生じたのである。選挙で地域差があると言えば、韓国が知られている。2022年の大統領選でも、僅差で当選した尹錫悦候補は、南西部の全羅南道では11.44%しか得票していない。この地域では李在明候補がなんと86.10%を得票しているのである。一方、南東部の慶尚北道では、逆に尹候補が72.76%、李候補が23.80%となっている。
(2010年ウクライナ大統領選挙の得票)
 このような地域差は歴史的に形成されたものだが、同じような地域差がウクライナにもあったのである。2010年の大統領選では、親ロシアのヤヌコヴィッチ、親欧州派のティモシェンコの二人による決選投票が行われた。上記の地図で茶色のドンバスとクリミアはヤヌコヴィッチが75%以上、オレンジ色の地域はヤヌコヴィッチが過半数を得票した地域である。一方、西部の濃紺地域はティモシェンコが75%以上、青い地域がティモシェンコが過半数を得票した地域である。見事なまでに色分けされている。中部と西部が親欧州、東部と南部が親ロシア派である。ロシアは2014年に茶色地域、2022年にオレンジ地域に侵攻したわけだ。

 このような差が生じたのは、歴史的な経緯による。今回報道によく出てきたのが西部の中心都市のリヴィウである。リヴィウは複雑な歴史をたどった街で、ロシアによる「ポーランド分割」(1772年)ではオーストリア帝国領とされた。ロシア革命後、一時「西ウクライナ人民共和国」の首都となったが、ポーランドとの戦争に負けてポーランド領とされた。中部、南部、東部はソ連のもとで「ウクライナ社会主義共和国」となったが、西部はポーランド、及び一部がチェコスロヴァキア領だったのである。

 1939年に独ソ不可侵条約の秘密条項によりポーランドを独ソで分割したときに、ソ連に引き渡された。しかし、1941年に独ソ戦が始まると、ドイツが占領したのである。西部ではソ連支配への反発が強く、ドイツ軍を「解放軍」と迎えた人もいた。戦後になってソ連に組み込まれても、反ソ連のテロ活動が続けられた。それらはソ連からすれば、ドイツと協力した「ファシスト勢力」と呼ばれる。しかし、ウクライナ独立後に名誉回復がなされ、特にマイダン革命後には英雄視されている。この反ロシア(反ソ連)を優先してドイツと結んだ人々を歴史的にどのように評価するか。

 中にはユダヤ人虐殺に関与したケースもあったようで、それは批判しなければならない。ただロシアが「ウクライナ政権はナチス」というのは言い過ぎだろう。議会では極右勢力は大きな割合を占めていない。ロシアからすると、「反ソ連」「反ロシア」はすべて「ファシスト」になっているのである。アジアでも似たようなケースがあった。反イギリスを優先して、日本と協力してインド国民軍を結成したチャンドラ・ボースである。このような歴史のねじれをどのように評価するべきか。歴史の難問をウクライナ史は突きつけている。
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習近平とプーチンを利した「ペロシ訪台」

2022年08月06日 22時24分15秒 |  〃  (国際問題)
 アメリカのナンシー・ペロシ下院議長がアジア歴訪の途中で台湾に立ち寄ったことに、中国が激しく反発し台湾を取り囲むように中国海軍の大演習を行い、日本の排他的経済水域にもミサイルが着弾する事態になっている。(7日までの予定。)この問題をどう考えるべきだろうか。僕ははっきり言えば、ペロシ氏は訪問を自重するべきだったと思う。どうしてもペロシ氏の個人的動機が大きい訪問だと思う。もともと政府高官ではなく、議員外交である。今必ずしも台湾を訪問しなければならない理由はないだろう。
(ペロシ議長と蔡英文総統)
 もちろん「議員外交」なんだから、中国が大騒ぎするのもおかしいわけだ。日本でも昔、中国(国交樹立前)との関係は議員を中心に行われた。北朝鮮とも「金丸訪朝団」のように、与野党の国会議員が訪問したことがある。功罪はともかく、議員の立場で「国交のない国」と交流するのは意味があることだ。「三権分立」なんだから、行政のトップ(アメリカ大統領)が国会のトップの行動を決める権限はない。ペロシ議長が行きたければ、行く権利はあるとしか言えない。

 しかし、この理屈は中国には通じない。中国は一応国家的組織としては三権に分かれるけれど、共産党が指導することが憲法で定められた「一党独裁国家」である。外国留学者も多いし、「三権分立」という概念はもちろん知っているだろう。でも日本だって、本当の意味で「三権分立」と言えるのか疑問だ。世の中にはタテマエもあるけれど、実際の世界は「人治」で動くと思っていると思う。ペロシが共和党ならともかく、大統領と同じ民主党である。本気で止めれば行かなかったはずと中国は考えるだろう。

 ナンシー・ペロシ(1940~)は1987年にカリフォルニア第8区から下院議員に当選した。2007年1月から4年間、アメリカ初の女性の下院議長となった。その後、共和党優位が続いたが、2019年に民主党が勝利して再び就任した。(第60代、63代下院議長。)下院議長は副大統領(上院議長)に次ぐ大統領継承順位第2位にあたる。中国はそのこともあって、単なる議員外交だとはみなしていない。もっとも正副大統領が同じ飛行機に乗って移動したりしないから、実際には下院議長が大統領に昇格したことはない。

 ペロシはもう82歳である。63代議長に就任するときも高齢という議論があった。今まで議長に就任したときも、ブッシュ(子)、トランプの中間選挙の時だった。中間選挙は与党が敗北することが多く、今年秋の中間選挙もバイデン政権の支持率低迷から民主党敗北の可能性が高いとされている。仮に勝っても、年齢から新議会では交代だろう。そこで「ペロシの卒業旅行」として今回の東アジア訪問が計画された。そういう事情なんだから、訪問地に禍根を残して終わるような旅行は避けて欲しいと思うわけである。
(台湾を包囲する中国軍の演習)
 中国の習近平主席は直前にバイデン大統領との電話会談を行い、ペロシ訪台を止めるよう要請していた。最高首脳が直接折衝して無視されたとき、中国は厳しい対応をするものである。実際に台湾を取り囲むように軍事演習を行い、大陸から直接台湾を飛び越えるようにミサイルを発射した。今までやりたかった大規模演習を実施するきっかけをアメリカ側から作ったことになる。だからすぐに台湾を侵攻するというわけではないにせよ、なかなか出来ないことを今回やったのは中国軍にとって貴重だったのではないか。

 中国では夏に渤海に面した河北省の海浜リゾート北戴河に党首脳が集まって非公式の会議を行う。その北戴河会議が事実上、その後の中国共産党の人事を決めることになる。今回もまさに開催中とも言われるが、非公式のものなので期間は未発表になる。今年は当然のこと、秋に予定される共産党大会の人事が協議されるだろう。習近平三選が事実上決まっているとも言えるが、長老を中心にして独裁に反対する暗闘が繰り広げられているとの観測もある。
(北戴河)
 東京新聞6月29日掲載の加藤直人論説委員の「視点」は「独裁反対の長老らと暗闘か 習近平氏の暑い夏」と題されている。3月にネット上で朱鎔基元首相によるとされる「上申書」が出回ったという。朱氏によるものかは不明だが、ゼロコロナ政策を批判し、個人崇拝に反対しているという。一方で、5月には党中央弁公庁が引退した幹部に党の規律順守を求める意見書を出した。今まで党トップ2期目になると、事実上後継含みの幹部が党中央政治局常務委員会に昇格してきた。5年前は選ばれていないので、習近平三選は疑えないが四選はないだろう。李克強首相は来年の全人代で引退する予定だから、次の首相を誰にするか。次期国家主席をどうするか。党上層部で様々な動きがあるのは間違いない。
 
 しかし、今回のペロシ訪台で事情は大分変わったのではないか。「今は党内でもめている場合ではない」ということで、人事は習近平の思うとおりになるに違いない。軍事演習は「大成功」と総括され、ますます軍事力による解決に頼ることになる。コロナ政策をどうするかなどを科学的に検証することはないだろう。カンボジアで開かれていた東アジア首脳会議参加国の外相会議では、日本の林芳正外相の演説時に中国の王毅外相、ロシアのラブロフ外相が退席した。アメリカとしては、ウクライナをめぐってロシアと対立している今、中国とロシアを近づけてしまうのは愚策としか言いようがない。

 ペロシ議長が実はそれを目的としていたということはないだろう。ペロシ氏はもともと反中国で知られた人だという。民主主義の原則に基づき、大統領から止められても、あえて行くことこそ三権分立を世界に示す好機だと思ったのだろう。中国共産党に「民主主義」を教えてやる的な意識があったのかもしれない。「リベラル派」の中には、このような「原則順守原理主義者」のような人が結構いる。ペロシ氏はもともと外交以外でも、原則的主張を曲げない人だったらしい。国内的にはそれでもいいけど、外交は自国と違う原則を持つ国家が相手である。良いと思ったことが逆効果になることもある。今回の訪台はウクライナ戦争中に、中ロの絆を深めてしまうという逆効果の典型例になった気がする。
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許してはならないミャンマーの死刑執行(附・日本の死刑執行)

2022年07月27日 22時10分49秒 |  〃  (国際問題)
 ミャンマーの軍事政権民主派活動家4人の死刑を執行した。絶対に許してはならない暴挙である。国営紙が25日に伝えたもので、執行日時は不明である。遺体の返還も許可されていないという。死刑判決は1月に出されていて、国際的な批判を浴びていた。早速在日ミャンマー人が抗議に立ちあがったが、日本のマスコミでは報道されない状態である。青山の国連大学前には26日午後にミャンマー人ら400名が集まり抗議の声を挙げた。「テロ軍がミャンマー国民を無差別に殺害していることに沈黙するな」「ミャンマーをたすけてください」という横断幕を掲げて抗議している。
(国連大学前で抗議する人々)
 死刑が執行されたのはアウンサンスーチー氏の側近、ピョーゼヤートー氏(41)や著名な民主活動家のチョーミンユ氏(53)ら4人。「ら」の2名が誰かは名前が判らないが、「男性2人が、女性を国軍の協力者と疑って殺した罪で死刑を執行された」という。その男性の情報はないけれど、先の2人に関しては「行政関係者らを殺害するなどのテロ行為に関与した」というのが死刑判決の理由とされる。これは明白な政治犯であるというしかない。ミャンマー国軍はあってはならない一線を越えたというしかない。
(死刑を執行された2人)
 かねてよりミャンマー寄りで知られたASEAN議長国カンボジアのフン・セン首相もミャンマー国軍トップのミンアウンフライン最高司令官に宛てた書簡で「ミャンマーの正常化に向けたASEANやカンボジア政府の努力に壊滅的な影響を及ぼす」と懸念を示していた。今までミャンマーでは政治犯以外でも終身刑に減刑されることが多く、僕も何となく水面下の折衝で執行が避けられるように今まで思い込んでいた。2021年2月1日の国軍クーデタ以後、1万2千人以上が拘束され、10代を含め117名が死刑判決を受けているという。(東京新聞7月26日)このままでは酷薄な軍事政権はどこまで非道を行うか判ったものではない。
(タイの抗議デモ)
 すでに多くの国がミャンマーを非難している。ミャンマー担当の国連人権理事会のアンドリュース特別報告者は25日の声明で「人権と民主主義の擁護者である人々の死刑が執行されたとの知らせに憤慨し、打ちのめされている」と非難し「東南アジア諸国連合(ASEAN)と全ての国連加盟国は相応の行動を取るべきだ」と訴えた。日本政府もEU上級代表、アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、ノルウェー、韓国の外務大臣と共同で、林外務大臣が共同声明を出した。「ミャンマーの軍政による民主化活動家及び反体制派指導者の死刑執行は、軍政による人権と法の支配の軽視を更に例証する非難されるべき暴力行為である」とた上で、「不当に拘束されている全ての人々の解放」「更なる暴力ではなく、対話を通じた平和の追求」などを求めた。

 しかし、ただ声明を出すだけでは効果が期待できない。僕もロシアのウクライナ侵攻や国際的な多くの問題に気を取られて、ミャンマーのことをあまり書いて来なかった。日本にはミャンマー出身者が多く、歴史的なつながりも多い。持続的な関心が必要だ。まさかミャンマー軍政代表者を「安倍元首相の国葬」に呼んだりしないように、厳重に監視していかないといけないと思う。

 ところで、日本ではミャンマーの死刑執行が伝えられたその日に、秋葉原事件の死刑囚の死刑が執行された。日本では例年、7月末か8月初め、及び12月下旬に死刑が執行されることが多い。これは国会の開会中ではない時期に行われているのである。22日に法務大臣が執行を命じているというから、ミャンマーと重なったのは偶然だが、何かミャンマーを支援するような感じになってしまった。もちろん政治犯と刑事犯だから、全然違うわけではあるが、EUなどではそうは見られないだろう。世界の先進国ではほとんど死刑が廃止されている中で、日本だけが全く聞く耳を持たず毎年の執行を続けている。

 では、なぜ秋葉原事件の死刑囚が今回執行されたのだろうか。もっと前に確定していた死刑囚は他にたくさんいる。(それはネット上に死刑囚や執行死刑囚のリストが掲載されているので、簡単に確認できる。)それは恐らく「安倍元首相銃撃事件」の影響だろう。かつて神戸の少年事件が起きた年に、順番を変えて永山則夫が執行された。それは「少年犯罪への厳格な姿勢」を示すという意図だったとされる。今回も「街頭で起きた大事件」には峻厳に対処するという国家権力の意図を示すということだと考えられる。そういう思考法をするのが法務省なのである。
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中公新書『新疆ウイグル自治区』(熊倉潤著)を読む

2022年07月21日 23時04分04秒 |  〃  (国際問題)
 中公新書6月新刊の熊倉潤著『新疆ウイグル自治区』は、この問題の理解のための必読書だ。まあ、関心がある人はもう読んだかも知れないが、やはり紹介しておきたい。著者の熊倉潤氏は1986年生まれで、アジア経済研究所研究員などを経て、2021年から法政大学法学部准教授。古代から現代まで簡潔に叙述されて、とても判りやすい。30代の注目すべき筆者が現れたと思う。

 まず「新疆ウイグル自治区」だが、「新疆」は「しんきょう」、中国語では「シンチャン」。「」は「境界」「果て」という意味で、この地域を征服した清朝から見た行政上の地域区分である。1884年に初めて「新疆省」が置かれたが、地名ではない。「ウイグル」も地名ではなく、民族名である。では、地名では何と呼ぶかと言えば、「東トルキスタン」ということになる。清朝崩壊後、そのまま中華民国の支配下にあったが、ムスリム住民によって2回ほど「東トルキスタン共和国」の建国が宣言されたことがある。「東」があれば「西トルキスタン」もある。現在のウズベキスタンからトルクメニスタンなどの旧ソ連の中央アジアである。

 「トルキスタン」というのは、中央アジア一帯に広く住んでいるトルコ系住民の住む土地のことで、イスラム教徒の社会である。大昔から中国史では「西域」(さいいき)と呼ばれた地域で、ずいぶん複雑で興味深い歴史がある。それはここでは省略する。この本は中華人民共和国成立後の新疆統治を現在に至るまで細かく追っている。中国共産党の政策、幹部の異動などにも細かいが、関心のある人には非常に興味深いと思う。特に「解放」直後にウイグル族への扱いに関して、王震習仲勲の対立があったという指摘は重大だ。習仲勲は現在の党主席である習近平の父である。そこに中国現代史における「新疆」の重要性がある。
(熊倉潤氏)
 ロシアのウクライナ侵攻ですっかり忘れられた感があるが、その直前まで国際情勢の焦点は「ウイグル問題」だった。北京冬季オリンピック、パラリンピックを前にして、欧米は「ウイグル族へのジェノサイド」が行われていると激しく非難した。新疆産の綿花を使う企業は批判され、新疆産は扱わないとすると、今度は中国で批判されたりした。ウイグル問題を正しく理解することは、このように国際人権問題に止まらず、我々の日常生活や企業経営にも重大な関わりがある。

 僕も読んだのは参院選前で、細かなことは忘れ掛かっているので、以下は簡単に。この地域は中ソ対立期には「対立の最前線」だったが、改革開放以後も「ソ連崩壊」によって中央アジア諸国が独立し警戒が必要な地域となった。2001年後はイスラム過激派のテロも起こった。「ウイグル自治区」ということで、一応自治区政府のトップはウイグル人になっている。しかし、もちろん中国の真の支配者は共産党であり、新疆の党委員会書記は漢人が務めてきた。その中でも様々な人がいて、書記人事の細かな話は僕もそこまで知らなかったので、判りやすい。
(2014年のウルムチ爆弾テロ)
 僕も全然知らなかったのだが、新疆には「新疆生産建設兵団」という「屯田兵」が存在する。この地域は国境の向こう側に宗教と民族に共通性を持つ人々が住んでいるという独自性から、中央から漢人を送り込んで支配を固めたわけである。実はこれはソ連を訪問した劉少奇にスターリンが助言したことから始まったという。漢人の移民も推進し、1949年には20万人だった漢人が、1962年には208万に増え、全体の3割を超えたという。ウィキペディアの記載では、民族分布はウイグル族45%、漢族41%、カザフ族7%、回族5%、キルギス族0.9%、モンゴル族0.8%…になっている。すでにウイグル族は過半数を割っているのである。

 そのような中で、ウイグル人の苦難を象徴するのがラビア・カーディルだろう。改革開放の波に乗り実業家として成功した女性で、一時は入党が認められ、政治協商会議のメンバーにも選出された。しかし、民族問題をめぐる発言で失脚し、逮捕・投獄された。2005年に出国が認められ、アメリカに亡命した。その後、世界ウイグル会議議長として活動している。日本も何度か訪れているが、日本では「反中国政権」という共通性からか、保守派と相性がよく靖国神社を訪問したりしている。それはともかく、ウイグル現代史の有為転変を象徴するような女性である。
(ラビア・カーディル)
 今回読んで、非常に驚いたのは「親戚」制度である。ウイグル人と漢人の対立が激しくなって、それを緩和する民族宥和政策として、両者を「親戚」として交友させる制度が出来た。良いように思うかもしれないが、強制的に「友好」を押しつけても逆効果だろう。特に漢人が押しかけて来て、相互理解のためと称して「豚肉料理」を作ったりするというのに恐怖を感じた。宗教上忌避する食材を押しつけられても、拒否出来ないだろう。しかし、この屈辱感は屈折して永遠に残るに違いない。著者は「ジェノサイド」とは違う概念だという立場だが、僕はここまでやるのは、「文化的ジェノサイド」と言われても当然ではないかと思う。
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おかしなアメリカー銃規制や妊娠中絶をめぐる分断、最高裁と上院はどうなるか

2022年05月29日 22時31分49秒 |  〃  (国際問題)
 ロシアの批判は今後も書かないといけないが、他の大国である中国がおかしいだけでなく、アメリカ合衆国もとても変で、おかしなことが多すぎる。内政問題は不干渉であるべきだが、それにしても今頃「銃規制」でもめているなんて、まともな国と言えるだろうか。何回悲劇が起こっても、銃規制が進まない。「銃の保持の権利」が憲法で認められているといっても、自衛用なら普通のピストルで十分だろう。テキサス州の小学校襲撃事件で使われたようなM16自動小銃(製品名はアーマライト社のAR-15)をなぜ18歳の少年が合法的に買えるのか。この銃は「ゴルゴ13」が使用しているものである。
(AR-15)
 アメリカで銃規制が進まない原因は、全米ライフル協会(NRA)という強大なロビー団体があるからだと言われる。たまたま銃撃事件の起きたテキサス州で、NRAの大会が開催された。そこにトランプ前大統領が出席し、「銃を規制するのではなく、教師が銃を持つことで学校のセキュリティーが強化される」などと持論を述べた。また、「銃を持った悪人を止める唯一の方法は銃を持った善人」とも述べた。こんなことをアメリカ以外で政治家が演説したら、すぐに失脚するに違いない。「銃を持った悪人を止める唯一の方法」は、「悪用されるかどうか事前に判らないのだから、一般人の銃の購入を厳格に規制する」こと以外にはない。
(NRAでのトランプ演説)
 子どもが子どもに発砲するような事故も何度も起きている。何も解決への道を探らないアメリカという国は、一体どうなっているのだろうか。何でも銃の購入規制を今までより厳重にする法案はすでに下院を通過しているという。しかし、上院で採決の見通しが立たない。上院は民主党50、共和党50なので、共和党の議事妨害を跳ね返して採決するための「60人」が確保出来ないのである。NRA大会では、トランプは学校に警察官や武装した警備員の配置など警備強化なども求め、ウクライナに巨額の援助をするよりこっちに金を使えというような発言までしている。未だにトランプが共和党支持者の間で人気があるというのが実に不思議だ。

 この秋の「中間選挙」では、上院議員の3分の1、全下院議員が一斉に改選される。今回の改選は、2016年選挙での当選組で、現職は共和党20人、民主党14人の全34人である。ところで、中間選挙は大統領の与党に厳しいことが多く、バイデン政権の支持率もアフガニスタンでタリバン政権が成立した辺りから低迷を続けている。はっきり言ってしまえば、民主党に厳しいと予測されていて、このままではバイデン政権は上院を抑えられなくなる。その場合、2024年の大統領選挙にバイデンが出られるかという問題も浮上するだろう。すでに諸外国はバイデン政権後半は国内的に行き詰まるということを前提に考えているだろう。

 「上院の過半数」がアメリカにとって重要なのは、単に予算や法案を成立させられないというだけではない。最高裁判所判事の任命に影響するということが大きい。最高裁判事は大統領が指名して、上院の承認が必要となる。一端認められれば「終身」で務めるから、大統領は最長8年しかやれないのに対し、むしろ何十年も米国を拘束してしまう最高裁判事の方が重大とも言える。「終身」の判事が死亡または辞職した場合、次の判事を決めることになるが、これが何故か共和党大統領が指名した判事が6人民主党大統領が指名した判事が3人と、現時点で「保守派」が「リベラル派」を圧倒している。

 大統領の所属党派は、過去半世紀ぐらいでは、民主、共和がほぼ同じ年数である。1972年以来の大統領を見ると、ニクソン(共)→フォード(共)→カーター(民)→レーガン(共)→レーガン(共)→ブッシュ父(共)→クリントン(民)→クリントン(民)→ブッシュ子(共)→ブッシュ子(共)→オバマ(民)→オバマ(民)→トランプ(共)→バイデン(民)である。フォードはニクソン辞任後の昇格で選挙を経ていない。選挙だけでは、共和党7回、民主党6回になる。

 最高裁判事の名前を全員書いても詳しすぎるだろう。そこで任命時の大統領を挙げると、現時点ではブッシュ父(1人)、クリントン(1人)、ブッシュ子(2人)、オバマ(2人)、トランプ(3人)ということになる。終身在職だから、大統領を2期やった人でも2人ぐらいしか最高裁判事指名の機会がない。それなのに、たまたま4年しかやってないトランプ時代に3人も欠員が出てしまった。その一人が映画にもなって日本でも知られたルース・ベイダー・ギンズバーグ(2020年死去、クリントン大統領指名)である。

 RBG(ギンズバーグ判事)が最高裁にいた意義は大きかったが、87歳で亡くなったことを考えると、結果論だけどオバマ時代に辞職していた方が良かったのではないかと言われたりする。そのような議論もあって、同じくクリントン大統領指名のスティーブン・ブライヤー(83歳)に中間選挙前の辞職を求める声が強くなった。その結果、本人も辞職を選んで、後任には初の黒人女性判事、ケタンジ・ブラウン・ジャクソン(1970~)が指名され、上院で53対47で承認された。6月17日に就任予定である。

 ところで「保守派」判事の年齢を見てみると、70代前半2人、60代1人、50代3人となっている。トランプ時代の3人がすべて50代なので、後30年ぐらい務める可能性が高い。健康状態がどうなるかは誰にも予測出来ないが、まあ80代前半ぐらいまで務める判事が多い。だからバイデンが再選されたとしても、もう最高裁判事指名は行われない可能性が高い。そこで、「ここ20年ほどは保守派優位の最高裁」を前提にして、妊娠中絶訴訟で今までの判例が覆る可能性が高い。判決要旨がリークされるというあり得ないような事態が起こって、アメリカでは賛成、反対両派の対立が激化している。ポーランドのように他国にもこの問題でもめている国はある。だが、超大国アメリカがこれほど宗教票に左右されるという事態は普通には考えられない。
(「女性の選択権」を擁護するデモ)
 米政治では、中絶禁止派を「プロ・ライフ」(生命重視派)と呼ぶが、僕にはそのネーミングが全く理解出来ない。本当に「生命を大切にする」という意味で妊娠中絶に反対するんだったら、銃規制に賛成、死刑制度に反対でなければ、論理が一貫しないではないか。ところが実際は銃規制反対、死刑制度賛成で、かつ「レイプでの妊娠中絶にも反対」なのである。僕の感覚では全く意味が判らない。(なお、中絶賛成派は「プロ・チョイス」(選択権重視派)と呼ばれる。)

 その背後にあるのは、右派的なキリスト教福音主義団体である。アメリカはもともと建国からして、「宗教国家」的な側面があるけれど、最近ではイランと同じような「原理主義」がはびこっている。しかし、日本はアメリカとも中国とも付き合わないわけにはいかない。せめて注目していくことしか出来ないが、アメリカも「おかしな社会」だなと思う。それは日本が「普通」だという意味ではないけれど。
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コロナ、香港、ウィグルー中国の現在を考える

2022年05月28日 22時25分56秒 |  〃  (国際問題)
 2月末のロシア軍のウクライナ侵攻によって、多くの国際的な問題が忘れられたようになってしまった。もっともウクライナ報道も4月終わり頃から日本の報道も一段落したかの感じである。知床の観光船沈没事故山梨県のキャンプ場で行方不明になっていた女児(と後に証明された)骨の発見などが起きたことが大きいと思う。そんな中で、ウクライナ以外の国際問題への関心も忘れてはいけない。ここでは中国に関する問題を取り上げておきたい。

 新型コロナウイルスの問題は最近全然書いてない。どういう経過をたどるか、もはや僕には予測出来ない。自分だけに関しては、ワクチンとマスクでほぼ予防できる感じなので、他の人、他の国に関してあれこれ考える元気が無くなってきたのである。そんな時に、武漢の大流行を収束させた後は、ほぼコロナウイルスを押さえ込んでいたかに見えた中国でオミクロン株の流行が始まった。その結果、上海でロックダウンが始まり、外出できないほど厳重な措置が2ヶ月続いている。コロナ対策をどうするかは、それぞれの国で違いがあって構わないし、僕にはこの措置を正しいとか間違っているとか判断するだけの基準はない。
(続く上海のロックダウン)
 しかしながら、報道されている情報によれば、ほぼ外出できない暮らしが長く続いてるということで、やはり行き過ぎではないか。もちろん、日本でも2020年には強い措置が取られたが、買い物には行けた。仕事もテレワークが奨励されたけれど、その時でも全員が仕事に出てはいけないということではなかった。もしそのような強い措置を取るならば、当然「国家補償」という問題が出て来るだろう。一体、中国ではどうなっているんだろうか。あまりにも厳しい措置に、かえって栄養失調になったり体力が衰えたりするのではないか。ちゃんと探してないけど、悲鳴のような投稿が相次いでいると言う。

 そのような強権的やり方を見ていると、「自由選挙」があることの大切さがよく判ると思う。選挙があると思っていれば、政治の担当者はここまで強い措置は取れないのではないか。日本で2021年秋に菅義偉から岸田文雄に首相が替わったのは、もうすぐ衆院選があるという事情が大きかった。内閣が替わって果たしてどれだけ意味があったかとも思うが、それでも普通選挙が全然行われないのとは大きく違う。「選挙」といっても、誰もが立候補できて、自由に投票できるという社会でなくてはいけない。イランやロシアでも大統領選をやっているが、それは実質上は自由な選挙と言えないものだ。

 中国では今まで2022年秋の共産党大会を目標にして、「ゼロコロナ」を徹底してきた。今さらそれを変えることは出来ないと、オミクロン株も強硬に押さえ込もうというのだろうが、これは日本を含む諸外国の対応と全く違っている。その結果、かなり生産・流通に支障が出ていて、日本でも自動車工場が休業したり、家電製品が品薄になり始めたという。中国は広大な国土に医療施設も不足がち、高齢化も進んでいるという事情も判らないではないが、どこまでロックダウンを続けるんだとも思う。

 今まで確実視されてきた習近平三選にも暗雲が漂ってきたという観測まで聞かれる。それは言い過ぎだと思うけど、このままでは経済成長率への影響が大きくなりすぎる可能性がある。ウクライナ戦争でロシアを実質上支持していることと絡んで、今後内外の批判が大きくなるか。中国に関するニュースとしては、香港で11日に90歳の元枢機卿(カトリック)や歌手のデニス・ホーらが逮捕された。香港では8日に行政長官選挙が行われ、李家超(ジョン・リー)が選ばれた。間接選挙であり、結果は決まっていた。新長官の強硬方針ということだろうが、全く先行きの希望がない状態が続いている。
(陳日君元枢機卿)
 またウィグル問題では、ウイグル族収容所に関する中国内部の秘密文書が大々的に報道された。収容所の実態を物語る資料や写真が多数含まれていて、ホンモノとみられている。これらの文書で、強制労働や宗教の自由への厳しい制限強制的な出産制限や大規模投獄などが政府によって組織的に行われてきたことが証明された。その実態は今まで語られていた通りとも言えるが、内部文書で裏付けられたことに衝撃は大きい。当面解決へのメドが立たないのだが、注目していかなければいけない。
(ウィグル族への迫害を裏付ける文書)
 ところで「中国脅威論」をあおるだけでは何も解決しない。中国とは経済的に深く結びついていて、中国側から切れないほどもっと深くするべきだという意見もある。一方で政治的に左右される中国に過度に依存してはならないという意見も強い。日本では企業や大学での研究活動への予算投下が少ない。どんどん中国に「頭脳流出」するという観測もある。中国だからどうだという問題ではなく、日本があらゆる面で「正道」を歩むことこそ、中国に対する牽制にもなるだろう。
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ロシアの露骨な資源外交ーラブロフ外相の産油国訪問

2022年05月24日 23時07分09秒 |  〃  (国際問題)
 タイで開かれていたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の貿易相会議で、ロシア代表の演説中に日米を含む5ヶ国の大臣が会議を退席したというニュースがあった。退席したのは、日本、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5ヶ国。その後、韓国とチリが加わった7ヶ国で声明を発表し、「ロシアに対し、直ちに武力行使を中止し、ウクライナから無条件で軍部隊を完全に撤退させることを強く求める」と主張した。

 こういう報道があると、何かロシアが国際的に強く非難されているかのように感じられるのだが、APECの参加国・地域は全部で21である。つまりロシア非難国は、数で言えば圧倒的に少数ではないか。1989年発足時の原加盟国の中では、ASEAN諸国のインドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、ブルネイ、タイはすべて加わっていない。これは開催国のタイ、G20議長国のインドネシアなどを抱えるASEANとして足並みをそろえているということか。後に台湾、中国、香港、さらにメキシコ、パプアニューギニア、チリ、ペルー、ロシア、ヴェトナムが加わった。こうしてみると、東南アジアを中心に中国やロシアにも配慮せざるを得ない国々が相当多い現実が明らかだろう。

 そんな現実がある中で、ロシアのラブロフ外相は北アフリカのアルジェリアとアラビア半島のオマーンを最近訪問した。下記に天然ガス原油の産出国のグラフを載せておいたが、2014年段階でアルジェリアは9位となっている。天然ガスに関しては、1位がアメリカ2位がロシアである。このロシアと取引しないということになると、西欧諸国は地理的に近いアルジェリアの天然ガス、あるいはリビアの原油をもっと輸入したいという思惑がある。
(ラブロフ外相とアルジェリアのテブン大統領)
 そこでラブロフ外相が何しに行ったかというと、アルジェリアが生産量を増やして西欧諸国へ輸出を増やすことを牽制するためだろう。この間、天然ガスの先物価格は前年末から比べて4倍ぐらいになっている。増産余力があるならば、むしろ少し増やして輸出にまわしてもおかしくない。いつ戦争が終わって価格が下がるか判らないんだから、この間に西欧諸国との信頼感を強めておく方が得策とも言える。そこでロシア企業がアルジェリアとの共同事業に関心があるというような話を持ち込んで、牽制しているわけである。アルジェリアは独立戦争以来、ソ連の武器援助を受けてきて、ロシア製兵器への依存が強い。国連総会でも棄権に回った国である。そういうところをロシアがてこ入れしているのである。
(ラブロフ外相とオマーンのハイサム国王)
 それが5月10日のことで、翌11日に今度はオマーンを訪問した。オマーンはOPEC(石油輸出国機構)に入ってはいないが、原油と天然ガスの産出国である。サウジアラビアやアラブ首長国連邦の隣国だが、イエメン内戦には関わらず、イスラエルとの関係も良好という中東アラブ諸国の中では独自の外交姿勢を保ってきた。そこではOPECの合意(今回の事態を受けた原油の増産はしない)を確認したという。ラブロフ外相はあえて西欧諸国を困らせようとしているのである。「どうして貧しくなるのか、国民に対して弁明させればいい」と述べたという。ロシアへの経済制裁によって、国民生活の悪化を招くのだと言いたいわけである。
(天然ガス産出国)(原油産出国)
 天然ガスが一番だが、原油もロシアの産出量は大きい。自国の産出が多いアメリカはいいけど、西欧諸国にとってはロシアからの輸入を止めるのは痛い。量的には可能だとしても、価格上昇にどこまで耐えられるか。日本は、ロシアの侵攻を見逃せば中国に何も言えなくなるという波及を恐れて、アメリカに付いていくしかないということだろう。純経済的観点からは無理なことをやりきるしかないという問題だろう。日本の報道ではロシアが苦戦しているということがよく報じられるが、軍事的にはともかく、ロシア経済が崩壊寸前だとは思えない。「肉を切らせて骨を断つ」ような恐竜の対決みたいなことになってしまった。

 このままでは、米欧は持ちこたえるかもしれないが、ロシアより先に音を上げる中小諸国が出て来そうだ。スリランカやエクアドルなどは、もうすでに政情が混乱しているようだ。もっとも自分の政権運営の問題ではなく、ロシアやアメリカが悪いんだなどと責任転嫁出来る側面もあるだろう。それにしてもエネルギーや小麦の価格高騰は、普通ならいくつかの政権が吹っ飛ぶレベルになるだろう。この夏から秋にかけて次第に世界的な食糧危機などが現れてくると思われる。その前にウクライナ戦争が終結する可能性はないと見て、準備しておく必要がある。
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ロシアの「捕虜戦犯調査」発言で思い出す「シベリア抑留」

2022年05月23日 22時54分34秒 |  〃  (国際問題)
 ウクライナ戦争でロシアの猛攻撃を持ちこたえていたマリウポリの「アゾフスタリ製鉄所」が陥落したと伝えられる。いや、まだ残っているとの情報もあるようだが、その詳しい状況は判らない。製鉄所には地下壕地下壕があって、多くの市民も避難していたと言われる。その市民の救出を国連や国際赤十字が進めていたが、具体的に何人が外へ出られたのか判らない。日本では、この製鉄所に立てこもって抵抗を続けた「アゾフ大隊」が市民を「人間の盾」として利用していると批判する人もいたが、ロシアの攻撃自体が不法なんだから、その評価には従えないだろう。
(廃墟化したアゾフスタリ製鉄所)
 この「アゾフ大隊」の性格をいかに理解するべきかは、日本でも様々な議論がある。ロシアは戦争開始から、ウクライナを「ネオナチ」だと非難してきた。それを受けてかどうか、日本の議論でも「ネオナチ」という言葉でウクライナを語る人がいる。この言葉は非常に定義が難しく、安易に使う人は信用出来ないと思っているが、今はその問題には深入りしない。問題は投降したウクライナ兵を「捕虜」ではなく、「戦争犯罪人」として扱うようなロシアの動きが気になるのである。そのようなニュースを聞くと、どうしても第二次大戦後のシベリア抑留を思い出してしまうことになる。
(投降するウクライナ兵)
 検索してみると、このようなタス通信(ロシア)の報道があった。「「ロシア連邦捜査委員会」が製鉄所から出てきた兵士を対象に戦争犯罪疑惑などを調査する計画だと報じた。捜査委員会もソーシャルメディアを通じて「(ウクライナ東部の)ドンバス地域でウクライナ政権が犯した犯罪に対する調査の一部として、アゾフスタリ製鉄所で降伏した兵士を調査する」と明らかにした。委員会は兵士らの国籍、民間人を対象とした犯罪介入の有無などを調査し、この過程で確保された情報をロシアが自ら入手した犯罪事件の情報と照らし合わせることになる。」というのである。(太線=引用者)
(ウクライナ戦闘地図)
 「戦争犯罪」とは何だろうか。そもそもロシアは「戦争」という宣言をしていないが、それは置くとしても疑問が尽きない。ここで言う「戦争犯罪」は、第二次大戦後のニュルンベルク、東京などで行われた戦争犯罪裁判で言えば、「B級戦犯」(通常の戦争犯罪)に当たるだろう。民間人に対する虐殺、略奪等である。しかし、今回の戦争は完全にウクライナ国内でしか行われていない。ウクライナ軍がロシアに侵攻したわけではないから、ウクライナ兵によるロシア国民に対する戦争犯罪は起こりえないではないか。(一部、ウクライナがロシア領内をドローンで攻撃したような報道もあるが、それは通常の戦闘行為である。)

 「ドンバス地域でウクライナ政権が犯した犯罪」「兵士らの民間人を対象とした犯罪介入」というものがあったとして、それはどこで行われたものか。それはウクライナ国内、あるいはウクライナから「独立」したと称する「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」で起こったものだ。この両人民共和国は、ロシアが「独立を承認した国家」であったとしても、現時点ではロシア領内ではないからロシアの法的管轄権は及ばない。(それとも軍事や裁判権はロシアに委託するというような「秘密協定」があるのかもしれないが。)ロシア国外で行われた「犯罪」をロシア当局が調査して訴追する権限はない。

 ここで僕が思い出したのは、第二次大戦後のシベリア抑留だ。それ自体が国際法違反の積み重ねだったが、今はその全体像には触れない。特に問題なのは、当時のソ連が独自の「戦犯裁判」を行ったことである。日本とソ連は、たった一週間ほどしか交戦していない。一体、どれほどの「戦争犯罪」があったというのか。しかし、問題はそんなレベルを遙かに超えていた。若い頃に大きな影響を受けた詩人の石原吉郎(いしはら・よしろう、1915~1977)のケースが典型的である。
(石原吉郎)
 僕は石原吉郎の全詩集を持っているが、今はウィキペディアから引用。「翌1949年(昭和24年)に石原も呼び出しを受け、同年2月旧ソ連刑法第58条第6項違反 (スパイ罪) で起訴され、有罪を宣告された。呼び出し前に既に調書が作成済みであり、毎夜呼び出しを受けては調書を認めるよう強要されるだけで、実質的な取り調べは何も行われなかった。また、裁判は全く形式的なもので、証拠調べ、弁護人、本人弁論もない極めていい加減なものだった。(略)石原は他の日本人と共に裁判を受けた際、判決に先立って、ソ連の領土以外で、ソ連の参戦前に行われた行為を、ソ連の国内法で裁くことに抗議したが、まったく意に介されなかった。起訴後は独房に2か月間収監され、1949年(昭和24年)4月、石原に有罪、自由剥奪・重労働25年の判決が下った。」

 このようにかつてのスターリン統治下の裁判で、「ソ連の領土以外で、ソ連の参戦前に行われた行為を、ソ連の国内法で裁くことに抗議」した日本人がいたことは、よくよく記憶に留めておきたいことだ。ソ連がロシアになっても、同じように「ロシアの領土以外で行われた行為をロシアが裁く」のだろうか。このようなことを書くと、やはりロシアはソ連と同じなのだなどと言う人がいる。しかし、僕の認識は違っている。同じような「越権」は、アメリカやイスラエルなども何度も行っている。しかし、今はそれはともかくとして、ロシアが「戦争犯罪」を裁くのは理由がないということを書いておきたい。
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