モロッコの女性監督マリヤム・トゥザニの『青いカフタンの仕立て屋』という映画が公開された。これは人々をじっくり見つめた静かな映画だが、非常に勇気ある映画で感銘深い。2022年カンヌ映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した。監督は昨年日本公開された前作『モロッコ、彼女たちの朝』でデビューしたが、イスラム社会で「未婚で妊娠した女性」を描くという勇気ある映画だった。ただ貴重なテーマだが、完成度には不満もあって、ここには書かなかった。
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今回は「伝統に生きる職人」を扱いながら、同性愛的志向をテーマとするという驚くべき作品である。主人公はハリムとミナという夫婦で、古都サレの旧市街でカフタンの仕立て屋をやっている。カフタンというのはアラブ社会の伝統服で、美しい刺繍を施している。特に結婚式などで使われ、母から娘へ受け継がれるという。長袖・前開きのガウンのようなもので、色は様々。今は頼まれた青いカフタンに刺繍しているが、もちろん各色の布を用意してある。題名だけでは、「青いカフタン専門店」みたいだけど、そういうことではない。
(カフタンの刺繍)
(カフタン)
夫婦で協力して店をやっていて、伝統的な手作業を重視している。客からはミシンを使って早くやってくれと言われているが、ミナは「夫は機械ではない」と言い返す。心配なのは、最近ミナの体調がすぐれないことで、時々倒れたりする。お金が掛かるだけだから、もう医者には行かないと言っている。最近ユーセフという若者を雇ったが、日本と同じく職人仕事は若者に嫌われるらしく、どうせまたすぐ辞めるだろうとミナは言っている。しかし、ユーセフは刺繍が上手で、案外職人仕事を苦にしないようである。
(ハリムとミナ)
舞台となっているのはサレという町で、特に陶工が多いらしいが手工業が盛んな町なのだという。首都ラバトと川を隔てた隣町で、一体になって発展してきた町であ。前作はカサブランカ旧市街のパン屋が舞台だったが、今回も迷路のような旧市街が映し出されている。市場にはミカンが山積みになっていて、ミナは食欲もなくなっているがよく買ってくる。そのような日常をエキゾチックにではなく、庶民目線で描いていて興味深い。
(サレの位置)
だけど、やっぱり一番重要なのは主人公ハリムのセクシャリティである。彼はミナと巡り会い支え合って生きてきたが、自分は正直じゃなかったと告白する。彼は時々公衆浴場に行って、個室を借りている。それが意味することを察するとき、彼がいかにイスラム社会で危険な生き方をしているかが見えてくる。そして、職人肌のハリムに憧れるユーセフが現れて、ハリムとミナの関係にもさざ波が立つようになる。その当たりの心理を繊細に描いていく手際が前作より遙かに上手だし、心に触れる。ここまで描いてモロッコで公開出来るのか心配になるが、実際に何度か延期された後に最近ようやく上映されたということである。
(左からユーセフ、ミナ、ハリム)
マリヤム・トゥザニ(1980~)はモロッコに止まらず、世界の若い女性監督として注目すべき存在だ。この勇気ある映画を作るに当たって、今回日本公開に寄せたインタビューで「表現しなくてはいけないこと、語るべきことがあるなら、勇気は関係ありません。欲望や愛は、タブーやスキャンダルの対象ではないのです。他の国々と同じように、モロッコも同性愛を禁ずる法律を廃止するために立ち上がらなくては。」と語っている。
(マリヤム・トゥザニ監督)
ミナ役のルブナ・アザバル(1973)はイスラム世界を代表する女優で、『パラダイス・ナウ』『灼熱の魂』『テルアビブ・オン・ファイア』などに出ている。監督の前作『モロッコ、彼女たちの朝』でも主演している。ハリム役のサーレフ・バクリは『迷子の警察音楽隊』に出演した人で、アラブ人俳優はアラブ世界でどこでもキャスティング出来るのだろう。ユーセフ役のアイユーブ・ミシウィという人は、モロッコの俳優で映画デビュー作だという。
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今回は「伝統に生きる職人」を扱いながら、同性愛的志向をテーマとするという驚くべき作品である。主人公はハリムとミナという夫婦で、古都サレの旧市街でカフタンの仕立て屋をやっている。カフタンというのはアラブ社会の伝統服で、美しい刺繍を施している。特に結婚式などで使われ、母から娘へ受け継がれるという。長袖・前開きのガウンのようなもので、色は様々。今は頼まれた青いカフタンに刺繍しているが、もちろん各色の布を用意してある。題名だけでは、「青いカフタン専門店」みたいだけど、そういうことではない。
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夫婦で協力して店をやっていて、伝統的な手作業を重視している。客からはミシンを使って早くやってくれと言われているが、ミナは「夫は機械ではない」と言い返す。心配なのは、最近ミナの体調がすぐれないことで、時々倒れたりする。お金が掛かるだけだから、もう医者には行かないと言っている。最近ユーセフという若者を雇ったが、日本と同じく職人仕事は若者に嫌われるらしく、どうせまたすぐ辞めるだろうとミナは言っている。しかし、ユーセフは刺繍が上手で、案外職人仕事を苦にしないようである。
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舞台となっているのはサレという町で、特に陶工が多いらしいが手工業が盛んな町なのだという。首都ラバトと川を隔てた隣町で、一体になって発展してきた町であ。前作はカサブランカ旧市街のパン屋が舞台だったが、今回も迷路のような旧市街が映し出されている。市場にはミカンが山積みになっていて、ミナは食欲もなくなっているがよく買ってくる。そのような日常をエキゾチックにではなく、庶民目線で描いていて興味深い。
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だけど、やっぱり一番重要なのは主人公ハリムのセクシャリティである。彼はミナと巡り会い支え合って生きてきたが、自分は正直じゃなかったと告白する。彼は時々公衆浴場に行って、個室を借りている。それが意味することを察するとき、彼がいかにイスラム社会で危険な生き方をしているかが見えてくる。そして、職人肌のハリムに憧れるユーセフが現れて、ハリムとミナの関係にもさざ波が立つようになる。その当たりの心理を繊細に描いていく手際が前作より遙かに上手だし、心に触れる。ここまで描いてモロッコで公開出来るのか心配になるが、実際に何度か延期された後に最近ようやく上映されたということである。
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マリヤム・トゥザニ(1980~)はモロッコに止まらず、世界の若い女性監督として注目すべき存在だ。この勇気ある映画を作るに当たって、今回日本公開に寄せたインタビューで「表現しなくてはいけないこと、語るべきことがあるなら、勇気は関係ありません。欲望や愛は、タブーやスキャンダルの対象ではないのです。他の国々と同じように、モロッコも同性愛を禁ずる法律を廃止するために立ち上がらなくては。」と語っている。
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ミナ役のルブナ・アザバル(1973)はイスラム世界を代表する女優で、『パラダイス・ナウ』『灼熱の魂』『テルアビブ・オン・ファイア』などに出ている。監督の前作『モロッコ、彼女たちの朝』でも主演している。ハリム役のサーレフ・バクリは『迷子の警察音楽隊』に出演した人で、アラブ人俳優はアラブ世界でどこでもキャスティング出来るのだろう。ユーセフ役のアイユーブ・ミシウィという人は、モロッコの俳優で映画デビュー作だという。