尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『リアル・ペイン~心の旅~』、「悲劇のユダヤ人歴史ツァー」のロードムーヴィー

2025年02月11日 21時44分46秒 |  〃  (新作外国映画)

 日本では映画興行の中心が夏休みとお正月の邦画アニメになっている。シネコンのスクリーンが空いているのが、2月から春休みまでの間。ちょうどその頃に米国アカデミー賞のノミネートが発表になるので、賞レースに合わせてアート系注目作品がこの時期に公開されることが多い。「アカデミー賞最有力」とか「アカデミー賞○部門ノミネート」とか大々的な宣伝をするわけである。ということで、しばらく新作を一生懸命見て紹介していきたい。

 今回はジェシー・アイゼンバーグ監督『リアル・ペイン~心の旅~』である。ゴールデングローブ賞で助演男優賞を獲得し、アカデミー賞でも助演男優賞、脚本賞にノミネート中である。確かに脚本が面白く、こういう話が映画化出来るところがアメリカ映画の懐の深さだなあと思う。典型的なロードムーヴィーだが、それが「集団ツァー」だという点、またポーランドに「ユダヤ人の悲劇の歴史を訪ねる」というところに新味がある。お勉強映画じゃないけど、見ていて勉強になる点が幾つもある。

 冒頭でデヴィッドジェシー・アイゼンバーグ)が空港に向かいながら、何度もベンジーキーラン・カルキン)に電話しているが一向に返信がない。空港に着いてみると、ベンジーはもう何時間も前に来て人間観察をしていたんだという。この段階ではデヴィッドが落ち着きがなく、ベンジーが落ち着いているのかと思うが実は違った。ベンジーこそ何かと「独自の見解」を語り出し、集団行動が苦手なのである。飛行機の目的地はポーランドの首都ワルシャワ。二人はユダヤ人のいとこ同士で、昔祖母が住んでいたポーランドを訪ねて「ユダヤ人の悲劇の歴史を訪ねる旅」に参加するのである。

(参加者の皆)

 現地集合で集まってみたら、ガイドはイギリス人でメンバーは6人だった。ユダヤ系の夫婦、離婚したばかりのユダヤ系アメリカ女性、そして何故かアフリカのルワンダ出身の黒人。(何で彼がいるのか映画で確認を。)そして、ワルシャワ各所の記念碑をめぐりワルシャワ蜂起の歴史を学ぶ。デイヴィッドは静かに見たいタイプだが、ベンジーは誰とでもすぐに打ち解ける。記念碑の人々と同じ格好をして写真を撮ろうと呼びかける。歴史的に複雑な経緯もあるわけで、それは冒涜なのか。ベンジーは「守るべき常識」など囚われず、ホテルにマリファナを送りつけていて一緒に吸おうぜというぐらいである。

(二人の従兄弟)

 そんなベンジーは時々苛立つ。過去のユダヤ人の苦難をしのぶ旅なのに、自分たちは一等車に乗って移動していて良いのか。あるいはユダヤ人墓地を訪ねて、これは何百年前の墓だと歴史の知識を学ぶだけで良いのか、地元のポーランド人との交流もないし。彼らの祖母は最近亡くなり、特にベンジーはショックを受けてウツになったとデヴィッドは言う。だから仕事と妻子を置いて、デヴィッドがこの旅を申し込んだのである。だけど「祖国を捨てた祖母の苦難」を「高級ホテル」に泊まって「美味しいディナー」を食べてしのべるのか。そういう旅行に参加していて心が苦しくならないか。それがベンジーの気持ちらしい。

(ついに収容所跡に)

 そして、いよいよクライマックスの収容所訪問になる。ポーランド南東のルブリン近郊、マイダネク収容所である。ここは「表現が難しい」がソ連軍の進攻が急だったためドイツが急いで逃げ「保存状態が良い」のだという。そして、そこで二人は一行を離れて、祖母が住んでいた町を目指す。この後半の展開は是非映画で見て欲しい。二人のいとこが出ずっぱりで、ほぼバディ映画の趣である。デイヴィッドのジェシー・アイゼンバーグが脚本、監督、製作、主演の大活躍。誰かと思ったら『ソーシャル・ネットワーク』でザッカーバーグを演じてアカデミー賞にノミネートされた人だった。『僕らの世界が交わるまで』に次ぐ監督2作目。

(祖母の住んでいた町で)

 しかし非常に高く評価されているのは、ベンジー役のキーラン・カルキン。圧倒的な演技で見る者の心を鷲づかみする。この人は『ホーム・アローン』のマコーレー・カルキン少年の弟だった。そのシリーズで子役デビューしている。その後『17歳の処方箋』(2002)でゴールデングローブ賞にノミネートされた。今回の映画が壮年期の代表作になるだろう。ポーランドの風景が美しく、修復された都市が見事。ほぼ全編ショパンが流れるのもポーランドムードを高めている。

 この映画は是非「歴史ファン」あるいは「歴史教員」に見て欲しいと思う。「歴史を学ぶとはどういうことか」が大事なテーマとなっている。ロードムーヴィーは数多いが、今回のような「ダーク・ツーリズム」を描くのは珍しい。歴史教員は仕事で沖縄や広島の修学旅行に携わることがある。そういう立場からすると、大事な視点がこの映画には出ている。誰しも歴史には戦争や虐殺などの悲劇があったことを知っている。しかし、それらを「学ぶ」とはどういうことか。ただ知識を得るだけで満足してしまう「歴史ファン」も世に多いだろう。本当に「苦難をしのぶ」ことについて考えるヒントが詰まっている。

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