尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

落語協会百年興行ー上野鈴本演芸場3月上席(昼の部)

2024年03月01日 21時50分24秒 | 落語(講談・浪曲)
 一般社団法人落語協会が百年を迎えたということで、3月1日から記念興行が始まった。会場の上野・鈴本演芸場にはマスコミもいっぱい集まり、超満員の観客が開場前から並んでいた。ということは全くなく、昼の部開場(12時半)のころは半分も埋まらず、トリの時間になっても3分の2も入ってない感じだった。ま、平日の昼間に行ける人なんて、一部高齢者に限られているんだろう。しかし、最近見た新宿末廣亭は夜や日曜だったから、ほぼいっぱいの観客が入っていて今日は寂しい感じを受けた。

 ところで落語協会は2月25日設立をうたっていて、実はこの前末廣亭で見た時はその当日に当たっていた。何人もの演者がマクラでそのことに触れていたが、僕はそれを書かなかった。関東大震災で寄席も大きな被害を受け、東京の落語界がまとまろうという機運が高まったのは間違いない。Wikipediaによれば、今までの様々な会が解散して1923年10月に「落語協会」を称したとある。その後、何度も分裂していて、正直何年が協会発足なのか僕にはよく判らない。法人化されたのはずっと遅く1977年のことだという。今の寄席には「落語協会」か「落語芸術協会」に所属していないと原則的には出られない。

 つまり落語協会を脱退した「三遊亭圓生一門」(現・五代目圓楽一門会)や「立川談志一門」(現・落語立川流)は寄席定席には出演出来ないが、近年は芸術協会の寄席に特別出演していることが多い。(また余一会には時々出ている。)特別に認められれば会員以外が出ることもあるが、普通はない。そういう「独占」的な特別な位置を占めているし、落語界の「名人」と呼ばれた人は落語協会所属だった人が多い。まあ、それはともかく、この機会にしか見られない特別興行が続くので見逃せない。

 今回は「百年目」という長い噺を二人の演者が前後に分けて演じるという趣向である。「百年目リレー」と称する試みは、面白いのかというと僕には判断出来なかった。やはり一つの噺は一人で演じきった方が良いのでは? それぞれ持ち味が違うので、どうも違和感もある。今日は前半が林家正蔵、後半が柳亭市馬。正蔵は副会長で百年記念企画実行委員長、市馬は会長で口上を述べていた。師弟で前後をやる時はまた別かも知れないが、何も二人に分ける意味があるかなと思った。しかし、それを言うなら「二度と無い試み」には間違いない。「百年目」という噺そのものは、多くの政治家や教師などに是非聞いて欲しい名作である。
(柳亭市馬会長)
 今日の色物は、日曜に見たばかりの「アサダ二世」(奇術)や「にゃん子・金魚」(漫才)なので、ちょっと飽きたかな。金魚ちゃんと言っても後期高齢者だそうだが、ゴリラの真似を始めるとバナナを差し入れする客が出て来るのも、今や定番になった。でも受けているから、良いのかな。紙切りの林家二楽は「百年目」というお題を見事に噺の中身に即して再現していた。
(にゃん子・金魚)
 人間国宝の五街道雲助は、狸が恩返しでサイコロに化ける「たぬさい(狸賽)」を軽く語った。トリが長いから、他の人は軽い噺が多い。今日だけ出ている古今亭菊之丞は、親子で断酒を誓うがという「親子酒」。酔った様子が絶品。新作派の林家彦いちは久しぶりだったが、高校生の息子がエッチな雑誌を持っているのを見つけたおしゃべりな母が…という「みんな知っている。」というネタで、面白かったけど無理があるかも。元会長鈴々舎馬風は椅子に座りながらの漫談。でも毎回同じ内容だから飽きてしまったかな。他に古今亭志ん陽柳家小平太など。上野は自分の家から近くて良いけど、一週間のうちに寄席2回、芝居1回は疲れた。今回の興行はチケットぴあで前売りしているが、完売でも前売り以上の当日券を販売する。
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