尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『雪の花ーともに在りてー』と天然痘の話

2025年02月03日 21時46分03秒 | 映画 (新作日本映画)

 末廣亭に行った後、金曜日は新宿で『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』を見に行ったけど、土曜日に体調を壊した。咳ものどの痛みもないが、吐き気がする。お腹に来るタイプの風邪か。風邪気味のときに昔よく目が赤くなっていた。自分で「風邪目」と呼んでいたが、今回も赤かったから風邪だと思う。日曜もダウンで、ようやく少し良くなってきた。しかし、今日はまあ簡単に書けるテーマで書いておきたい。

 映画『雪の花ーともに在りてー』は松坂桃李芳根京子役所広司出演で、けっこう宣伝もしていたのに第1週の興収ベストテンに入らなかった。僕が見たのは一週間ほど前だが、確かにあまり流行っている感じじゃなかった。僕もまあ大傑作だから是非見逃すなと思ってるわけじゃない。小泉堯史監督は丁寧で良心的な作風で知られた人で、演出にケレンがある人じゃない。「史実」の映画化という意味でも、どうなるどうなると固唾を呑んで見守ることはなく、静かに感動を見守ることになる。

 この映画は日本に種痘(しゅとう)を広めようとした人々を描いている。特に福井藩の笠原良策が取り上げられていて、藩内に根強い種痘反対派の妨害があった中、藩主松平春嶽の支持を得て次第に広まっていく様が丁寧に描かれている。美しい景色、良心的な人々、とても良いんだけど、まあ「想定内」という映画ではある。松平春嶽(慶永、1828~1890)は幕末四賢公と言われた人で、かつて『葉室麟「天翔ける」と松平春嶽』を紹介したことがある。ちなみに小泉監督は葉室麟の『蜩ノ記』『散り椿』を映画化している。『蜩ノ記』は直木賞受賞作だが、役所広司の名演もあって感動的な作品だった。

(松平春嶽)

 もう一つ触れておきたいのは、ここで扱われている病「天然痘」の恐怖がもう忘れられているんじゃないか。奈良時代に流行した時は、藤原四兄弟が相次いで亡くなったことで知られる。それを描いたのが直木賞作家『沢田瞳子「火定」(かじょう)ー天平の天然痘大流行を描く』で、これは歴史小説ではあるがどんなホラーより怖い小説だった。その天然痘ももう大分前に根絶されている。それはWHOによる長年の根絶作戦の成果で、その作戦を率いた蟻田功氏の訃報を書いたことがある。WHOは今ポリオの根絶を進めていて、『ポリオ、アフリカで根絶ーWHOの成果』で紹介した。そのWHOをトランプ政権は脱退しようとしているが、『中公新書「人類と病」を読むーアメリカは前からWHOを敵視してきた』を読むと、アメリカ政府はずっとWHOを敵視してきた。

(笠原良策)

 映画のモデル、松坂桃李が演じた笠原良策は1809年に生まれて、1880年に亡くなった。明治13年まで生きた人だから、写真が残っている。福井藩の種痘は笠原が推進したが、それは何も日本初ではない。長崎近辺ではすでに実施されたところもあった。しかし、足で運ぶしかない時代に北陸まで「痘苗」(牛痘の苗)を運ぶのが大変で、それを大変な苦労の末に成功させたのである。そして福井だけでなく、金沢や富山にも広めた。種痘は世界初のワクチンで、日本でも1972年頃まで小学校で全員接種が行われていた。僕も受けた記憶がある。しかし、同時に「種痘脳炎」という副反応が一定程度生じることも知られている。種痘で天然痘を撲滅できてが、その影で犠牲になった子どもたちも相当程度いることを忘れてはいけない。

(東京国際映画祭で)

 小泉堯史(1944~)監督は黒澤明に長く師事したことで知られる。黒澤監督没後に、黒澤のシナリオを映画化した『雨あがる』(2000)で監督になった。その後『阿弥陀堂だより』(2002)、『博士の愛した数式』(2006)、『明日への遺言』(2008)、『蜩ノ記』(2014)、『散り椿』(2018)、『』(2022)と作ってきた。まあ『博士の愛した数式』がベストだろう。こういう「良心的作風」の人が数年置きとは言え、ずっと映画を作り続けて来られたのは奇跡だと思う。原作者の吉村昭は数多くの歴史ノンフィクション小説を書いている。あまりにも緻密な作品が多く、歴史系では『桜田門外の変』しか映画化されていない。(相米慎二監督の『魚影の群れ』も吉村昭原作である。)僕の愛読してきた作家だけに長く読み継がれて欲しい。


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