尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『宮本から君へ』訴訟、最高裁判決の画期的意義

2023年11月26日 20時50分32秒 | 社会(世の中の出来事)
 映画『宮本から君へ』訴訟で最高裁判決が出た。この問題は映画に出演していたピエール瀧が薬物使用で逮捕・起訴されたことから、日本芸術文化振興会(芸文振)が内定していた助成金1千万円の交付を取り消したことの是非が争われたものである。11月17日に最高裁第二小法廷は助成金交付取り消しを「違法」とし、助成金取り消しは「表現を萎縮させる恐れがある」とする画期的判断を示した。製作会社スターサンズの社長河村光庸は判決を待たず訴訟中に亡くなった(2022年6月11日)が、映画のチラシにある「負けてたまるか」を実践するかのような大きな意義を持つ判決が出されたことを喜びたい。

 この訴訟は製作会社スターサンズが取り消し決定の取り消しを求めて2019年12月20日に提訴したもので、一審東京地裁は2021年6月21日に芸文振の措置は違法として取り消しを命じた。しかし、二審東京高裁は2022年3月3日に決定は適法として訴えを棄却したため、原告側が最高裁に上告していた。原判決を取り消すために必要な弁論が開かれていたので、二審判決が破棄されることは想定していたが、これほど明確なメッセージが出て来るとは思わなかった。判決が出たのはちょうど退院した日で、この問題を書くのが遅くなったが、忘れないうちに記録しておきたい。
(故河村氏の写真を掲げる四宮隆史弁護団長)
 一審判決が出たときには、『映画「宮本から君へ」から君へー助成金不交付訴訟、勝訴から控訴審へ』を書いたが、二審逆転判決の時はガッカリして書く元気が出なかった。最高裁はどうせ二審判決を維持して終わってしまうだろうと思い込んでいたのである。それなのに最高裁第二小法廷が4人全員一致で原判決破棄、再逆転判決を出したことには正直驚いた。日本は文化予算が他の先進諸国に比べて非常に少なく、その中で特に演劇、バレエなどの舞台芸術、映画製作などでは芸文振助成金の持つ意味が非常に大きい。他にないのであって、新劇や独立プロ映画はこの制度で維持出来ているといっても良いぐらいだ。

 製作会社のスターサンズは『かぞくのくに』『新聞記者』のようなキネマ旬報ベストワンや日本アカデミー賞最優秀作品賞を送り出してきた。菅義偉首相(当時)を取り上げた『パンケーキを毒味する』など安倍・菅政権に「忖度なし」の製作を続けてきたため、助成金取り消しは「狙い撃ち」ではないかとまで言われた。製作当時は知らなかった俳優(それも脇役)の不祥事を理由にして助成金を取り消されたりしたら、自由な映画作りが難しくなるのは間違いない。

 芸文振は「公益性に反する」として助成金を取り消したが、最高裁判決は公益性を理由に取り消す場合には「公益性が害される具体的な危険性がある場合に限られる」と判断した。その上で、助成金を交付してもピエール瀧が利益を受ける立場ではないから、「助成金を出しても芸文振が『国が薬物犯罪に寛容である』との誤ったメッセージを発したと受け取られることは、出演者の知名度や役の重要性にかかわらず、想定しがたい」とした。常識的な判断だろう。
(映画のチラシ)
 映画『宮本から君へ』は傑作だった。異様な熱気を持って、不義に立ち向かう池松壮亮の姿が忘れられない。ピエール瀧は「敵役」側の方であり、この映画を見て薬物犯罪に寛容だと思う観客はいないだろう。むしろ「立ち向かう」ことの大切さを描くメッセージが、裁判を通じて完結した感じがする。誰かが難癖を付けそうな企画に勇気を持って取り組む人が今に日本では少なくなっている。故河村氏が遺したといっても良いこの判決は、芸術に関わる多くの人に勇気を与えるだろう。
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