熊切和嘉監督『658km、陽子の旅』は、出色のロードムーヴィーでいろいろなことを思う映画だった。陽子(菊地凛子)は、一応テレワークで働いているが、ほとんど引きこもりみたいな暮らしをしている。後で判ってくるが、家を飛び出て20年以上も家に帰っていない。夢を持って上京したのに、夢破れたまま過ごしてきたらしい。そんな時、突然いとこ(竹原ピストル)が訪ねてきて、陽子の父が突然死んでしまって明日出棺、車で来ているから一緒に行こうという。陽子の兄から連絡が付かないから、見に行ってくれと頼まれたというのである。故郷は青森県の弘前市。突然始まった青森までの旅である。
現代では皆がスマホを持っているから、連絡が付かない「行方不明」という設定は難しい。陽子の場合、たまたまスマホが壊れてしまったばかりで、そのまま連れて行かれたのである。だけど、普通は銀行のカードぐらい持ってるから、多少の金は何とかなるものである。ところが、この映画では陽子がお金もないままヒッチハイクせざるを得なくなる。つまり、いとこの車に置いていかれるのだが、そんなバカな。それをバカなと思わせずに、なるほどと思わせる設定が上手い。なるほど、こういう手があったか。それで陽子は高速道路のサービスエリアで金もなく一人ぼっちである。
(車に出てくる死んだ父)
車には時々死んだ父(オダギリジョー)が出て来て、陽子は昔の恨みをつぶやく。その時はともかく、現実の人間と話す時は陽子の声はほとんど聞こえない。というか、何も言えなくなってしまう。長いこと人と接してなくて、声も出なくなってしまったのか。それとも乗せてもらった男に言われるように「コミュ障」(コミュニケーション障害)なのかもしれない。そんな陽子はヒッチハイクするにも、ほとんど声を掛けられない。やっと乗せて貰った車の女性ドライバー(黒沢あすか)からは、ほとんど車も来ない小さなパーキングエリアで下ろされてしまう。
(菊地凛子)
そしてそのPAには怖がり屋の女の子が転がり込んで来るが、夜になっても車は全然見つからない。ようやく「くず男」に拾われるが…。中には親切な人もいるし、いろんな人に少しずつ乗せて貰うのだが、果たして青森まで行けるのか? それが見どころではあるが、僕はもうどうでもいいかもしれないと思った。ようやく陽子は自分の境遇をちゃんと話せるようになってきたからだ。家を出た時、父は42歳だったが、今は自分が42歳。まさに「就職氷河期世代」を生きてきたのだった。そんな「陽子」が声を取り戻すまでの「658㎞の旅」だったのである。
(上海国際映画祭で)
菊地凛子はアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』(2006)で聾唖の少女を演じて、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ脚光を浴びた。その後、内外の映画、テレビに出ているが、これが初の単独主演だという。上海国際映画祭で、最優秀作品賞、女優賞、脚本賞を受賞した。熊切和嘉監督は大阪芸大を卒業後、映画監督としてコンスタントに活躍してきた。代表作は『私の男』『海炭市叙景』などで、前作は『マンホール』。脚本は室井孝介のオリジナルで、ツタヤの賞に応募して審査員特別賞を受賞したものだという。音楽のジム・オルークも素晴らしかった。
現代では皆がスマホを持っているから、連絡が付かない「行方不明」という設定は難しい。陽子の場合、たまたまスマホが壊れてしまったばかりで、そのまま連れて行かれたのである。だけど、普通は銀行のカードぐらい持ってるから、多少の金は何とかなるものである。ところが、この映画では陽子がお金もないままヒッチハイクせざるを得なくなる。つまり、いとこの車に置いていかれるのだが、そんなバカな。それをバカなと思わせずに、なるほどと思わせる設定が上手い。なるほど、こういう手があったか。それで陽子は高速道路のサービスエリアで金もなく一人ぼっちである。
(車に出てくる死んだ父)
車には時々死んだ父(オダギリジョー)が出て来て、陽子は昔の恨みをつぶやく。その時はともかく、現実の人間と話す時は陽子の声はほとんど聞こえない。というか、何も言えなくなってしまう。長いこと人と接してなくて、声も出なくなってしまったのか。それとも乗せてもらった男に言われるように「コミュ障」(コミュニケーション障害)なのかもしれない。そんな陽子はヒッチハイクするにも、ほとんど声を掛けられない。やっと乗せて貰った車の女性ドライバー(黒沢あすか)からは、ほとんど車も来ない小さなパーキングエリアで下ろされてしまう。
(菊地凛子)
そしてそのPAには怖がり屋の女の子が転がり込んで来るが、夜になっても車は全然見つからない。ようやく「くず男」に拾われるが…。中には親切な人もいるし、いろんな人に少しずつ乗せて貰うのだが、果たして青森まで行けるのか? それが見どころではあるが、僕はもうどうでもいいかもしれないと思った。ようやく陽子は自分の境遇をちゃんと話せるようになってきたからだ。家を出た時、父は42歳だったが、今は自分が42歳。まさに「就職氷河期世代」を生きてきたのだった。そんな「陽子」が声を取り戻すまでの「658㎞の旅」だったのである。
(上海国際映画祭で)
菊地凛子はアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』(2006)で聾唖の少女を演じて、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされ脚光を浴びた。その後、内外の映画、テレビに出ているが、これが初の単独主演だという。上海国際映画祭で、最優秀作品賞、女優賞、脚本賞を受賞した。熊切和嘉監督は大阪芸大を卒業後、映画監督としてコンスタントに活躍してきた。代表作は『私の男』『海炭市叙景』などで、前作は『マンホール』。脚本は室井孝介のオリジナルで、ツタヤの賞に応募して審査員特別賞を受賞したものだという。音楽のジム・オルークも素晴らしかった。
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