変わったタイトルと、印象的な表紙に惹かれて。
図書館で予約して借りました。『掃除婦のための手引書』
ルシア・ベルリンという、アメリカの女性作家の短編集。
表紙の女性は作者ご自身とのこと‥美しい方ですね。
1936年アラスカ生まれ。残念なことに2004年にお亡くなりに
なっているのですが、幼少期は鉱山技師だった父の仕事の
関係で、北米の鉱山町を転々とし、その後チリに引っ越し、
3度の結婚と3度の離婚、4人の息子を育てながら、高校教師、
掃除婦、看護師、電話交換手として働き‥アルコール依存症
にも苦しみ、そして(もちろん)文章を書いていたという、
なんと波乱万丈な(?)人生でしょう。
訳者あとがきにはこのように記されています。
ルシア・ベルリンの小説は、ほぼすべてが彼女の実人生に材を
とっている。そしてその人生がじつに紆余曲折の多いカラフルな
ものだったために、切り取る場所によってまったくちがう形の
断面になる多面体のように、見える景色は作品ごとに大きく変わる。
そして、この本に収められている『短編』を、実人生の「どのあたり」
だったのかを、分けています。
/鉱山町で過ごした幼少期 『マカダム』『巣に帰る』
『ファントム・ペイン』
/テキサスの祖父母の家で過ごした暗黒の少女時代
『ドクターH.A.モイニハン』『星と聖人』『沈黙』
『エルパソの電気自動車』『セックス・アピール』
/豪奢で奔放なチリのお嬢時代 『いいと悪い』 『バラ色の人生』
/四人の子供を抱えたブルーカラーのシングルマザー
『掃除婦のための手引書』『わたしの騎手』『喪の仕事』
『エンジェル・コインランドリー店』『今を楽しめ』
『ティーンエイジ・パンク』『さあ土曜日だ』
/アルコール依存症との闘い 『最初のデトックス』『ステップ』
『どうにもならない』
/ガンで死にゆく妹と過ごすメキシコの日々 『苦しみの殿堂』
『ママ』『あとちょっとだけ』『ソー・ロング』
※太字になっていない短編のタイトルは、私自身が(勝手に)、その時期に
いれてよいのでは?と思った短編です。
好きだなと思ったのは、最初に読んだ『エンジェル・コインランドリー店』。
うらぶれたランドリーで出会った背の高い、年寄りのインディアンが
出てくるはなし、と、『ソー・ロング』。ニューヨークで、夫と、二人の
子供とともに暮らしていたのに、ある日、三番目の夫になるマックスが
電話をかけてきた。ハロー、と彼は言った。いますぐそこの角の電話ボックス
なんだ。そして、子供たちを起こし、アカプルコへ行ってしまう‥。
時は流れ、メキシコで妹の看病をしているところへ、そのマックスから
時折電話が来る、そんなはなし。幼少期の話の中では『巣に帰る』もいい。
あったかもしれないもうひとつの人生、パラレルワールドを、年老いた自分が
振りかえる。
わたしはたまたま町にやって来たダイヤモンド掘りと駆け落ちし、そのまま
モンタナに行き、そしてどうなったと思う?なんとわたしの人生は今と
そっくり同じになっていただろう、ダコタ・リッジの石灰山のふもとで、
カラスを見ながら。
テキサス時代の話はどれも読んでで胸が痛くなるが、今朝起きた時に
ジョン叔父さんが何と言ったのだったかが、とても気になったので、
このはなしが実は一番響いているのかもしれない。
230ページ、『沈黙』の中のジョン叔父の言葉。
「こら、嫌いなんて言葉を使うんじゃない!だいいちお前さんは
メイミーを嫌ってるんじゃない、自分を好いてくれないから
腹を立ててるんだ。メイミーはお前が外をほっつき歩いて、
シリア人やこのジョン叔父さんとつるんでるのをさんざん見てきた。
それでお前のことをろくでなしの、モイニハンの血の者だって
思ってるのさ。お前さんはただメイミーに愛されたいだけなんだ。
いいか、もし誰かのことを憎く思ったら、その人のために祈ることだ。
やってみればわかるさ。そしてメイミーのために祈りながら、
ときどきは家の手伝いもしてあげろ。お前みたいな可愛げのない
ガキんちょでも好きになる理由を、メイミーに作ってやらなきゃ」
(メイミーは祖母の名前、自分の妹ばかりを可愛がっていると
主人公は思っている‥)
いずれにしても、どの短編も、切りたての果物みたいな、新鮮な印象が
ココロに残る。物語の終わり方がどれも鮮やか。日本語訳がとても
リズミカルで読みやすいこともきっと影響しているのだろうと思う。
よい時期によい本に出会い、いい読書ができたなと思うと同時に、
こういう短いはなし、書いてみたいなーと久しぶりに思いました。