my favorite things

絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

2021年最初の絵柄もVEVARASANA

2021-04-23 15:28:32 | 好きなもの・Tシャツ

※すこしの間このログをトップにします。
昨年の8月にVEVARASANA Tシャツというのができ、
私も愛用していますが、その第2弾の、今度は文字だけではなく、
絵も入ったヴァージョンを、店長が密かに考案しておりました。

半年余りの製作期間を経て、できあがったのがこちらです。

【VEVARASANA(hand of the heart)Tシャツ】




例によっていろいろ凝った作りになっているのですが‥
アップにしてみますね。VEVARASANAの文字の白いポツポツは
ハートの形になってるんですって。

さらなる細かな説明は、ぜひこちらの店長ブログで。


バックの衿元にはこのような言葉が‥手の絵柄の横にも同じ言葉が
入っています。文字の上と下にあり模様は紫苑の花だそうで‥
その花言葉についても店長ブログに言及してありました。

ボデイの色が変わると雰囲気も変わり、ちょっと怪しい?感じ笑??



ほとんど区別がつきませんが、上が黒ボディで、下がネイビーです。
白のダイカラーでプリントしていますが、オリジナルカラーの
バナナイエローでもプリントできます。





もうショッピングカートのページに入れましたので、すぐに
お買い物していだけます。

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そんなふたりにあこがれる

2021-04-22 15:49:47 | 好きなもの・音楽や本

図書館の文庫の棚で見かけて、借りてみました。



表紙の二人が主人公の、女の子がヘガティーで男の子が麦くん。

第2章で小学6年になっていたので、第1章では「その2年前」
の4年生。

走るのが誰よりも速くて、映画のビデオを観るのが大好きな
ヘガティー。ほぼ一日中寝ているおばあちゃんの部屋で、
おばあちゃんに話しかけながら絵を描くのが好きな麦くん。
ヘガティーにはお母さんが居なくて、お父さんは映画評論の
(ような)仕事。麦くんのところはお父さん居なくて、
お母さんは、なんかスピリチュアルなシゴトをしています。

二人とも、若干浮いてる?感はあるものの、すごく大人びて
いるわけでも、閉じこもっているわけでもなく、フツーの
小学生なんですが、その内面を知っていくうちに、こんな
ナイーブな小学生って居るのかな、という気持ちに満たされ
ていきました。それは二人がそれぞれお母さんお父さんと
幼い時に死別していることに関係あるかも、とも思いながら‥。

でも気が付けば、二人の気持ちを丁寧に掬い取っていく
文章を、次々にページを繰って追っていました。
そうだよね、小学生とはいえ、考えるときにはとことん考え、
悩み、悲しみ、怒り、恐れるよね‥。

それにしても、大泣きしていた同級生に、
「肩くもう」「肩くむとね、ちょっとらくになるんだよ」
って、言える麦くんって素晴らしい。


親友が男子って、素直に、羨ましいです。




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遠くても近くても

2021-04-07 14:43:26 | 好きなもの・音楽や本

図書館の文庫の棚「よ」の所で、そうだ久しぶりに
吉本ばなな本を読んでみようと思い、迷ったあげく
この本を選びました。

「不倫」「南米」をで接続するなんて、すごい
タイトルだーと思いつつ‥。


どうせ読むなら今の自分から最も遠いものが
いいなあと思って(笑)。
そして山口昌弘さんによる写真や原マスミさんの
挿画(表紙ももちろん)が、魅力的だったので。

世界の旅③とあったので、シリーズものみたいです。


ブエノスアイレスやその周辺が舞台で、7つの短編が
収められています。

電話
最後の日
小さな闇
プラタナス
ハチハニー
日時計
窓の外

最初の話「電話」の冒頭で、読み手は自分の知らない
南米の街をこんな風に知ることになります。

はじめて見たブエノスアイレスは、ヨーロッパの街並に
確かに似ていた。しかし、そこに息づく濃厚な南米のムードは
至るところから漂い出て、すべてを覆いつくしていた。
壁の落書き、広告の激しい色彩、ごみの舞う舗道、見たことも
ない街路樹は激しく枝を伸ばし紫や赤の花をつけ、子供たちは
どんな狭いところでも空間さえあればめったやたらにサッカー
をしていた。空の青も、強烈だった。押さえても押さえても
にじみ出る南米の大地の力が街を行く人々の顔に刻み込まれていた。

そんなところでの不倫の話はすごい展開になっているのでは?
と、ちょっと思いましたが笑、主人公が不倫真っ最中の話もあれば、
すでに過去のものになっていたり、自分の肉親がかつてそういう立場に
居たという話もあったりで、全体的には、むせ返る空気の中でも
その人たちが居る場所は(逆に)ひんやりしている、という印象を
(私は)受けました。

物理的な距離と、ココロの距離は比例するわけではなく、かと言って
離れているほどに、想いは強くなる、なんてロマンチックでもなく。
すべては人のココロという、ブラックホールの中で、どこをどう
とらえていくかって、ことなのかあと思いました。

「最後の日」の中で、主人公がこんなふうに思うところがあって。

私にとって一日とはいつも、のびちぢみする大きなゴムボール
みたいなもので、その中にいるとたまになにかをふと眺めている時、
なんの脈絡もなく突然、蜜のように甘く、豊潤な瞬間がやってくる
ことがあった。(中略)私にとって生きるというのはそういう瞬間を
くりかえすことであり、続いている物語のようではなかった。
だから、どこでとぎれても、私は納得するのではないか、と思えた。

ここでは、一日という「時間」のことを語っていますが、
遠くに居る、すぐそばに居る、という「距離」も、こういう気持ち
のありようと同じことなのかもしれないと思ったのでした。



***     ***     ***



数日前の明け方にみた夢の中で、私は20代前半で、サークルの
先輩にボーイフレンドを紹介されたり、友だちがやっていた
テレビの仕事が3月で終わってしまうことを悲しがったりしていて、
その気持ちがとてもリアルだったので、目覚めた時に、24歳の娘が
居る自分の方が、長い長い夢だったのではないかと思え、なんとも
不思議な気持ちを味わいました。前の晩読んでいた、小説が影響
していたのかもしれません。

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本屋さんが出てくる本はたいてい面白い

2021-04-03 12:15:33 | 好きな本

図書館の文庫本の棚を、なんとなく見ていたら、その
タイトルが引っかかり、以前からお名前だけ知っていて、
その作品は未読だった、柚木麻子さんの小説を借りてみました。



先日読み終えた『赤いモレスキンの女』も、もう少し前に
読んだ『グレート・ギャッビーを追え』
にも、魅力的な
書店の店主が登場してまして‥もとより、本屋さんや
図書館が出てくる話はそれだけで好きなので、内容説明に
ほんのちょっとだけ「?」を感じましたが、結果的には
読んでみて、大正解でした。

主人公の名前は大きい穴と書いてダイアナ。小学3年生。
キャバクラで働いているお母さんに無理やりされた
金髪が大嫌い。当然小学校の教室でも浮きまくり、いじめの
対象にも。でも、3年のクラス替えで初めて一緒になった
彩子ちゃんが、毅然とした態度で、いじめから彼女を守って
くれて、二人の交流がはじまります‥。

「?」は、小学3年女子が主人公だということと、そもそも
大穴(ダイアナ)なんて名前を付ける親が、いくら小説の中とは
いえ、存在するのだろうか?でした。もしかしてありえない
設定のマンガ原作が映画化されたみたいな??

そんな私の「出だし」の心配は、2章に進む頃には杞憂だった
ことがわかり、主人公のダイアナや彩子、その両親、友だちに
魅了され、前のめりで読み終えました。

面白かった大きな理由は、ダイアナと彩子の共通の趣味が
読書だったこと。接点が持ちにくい環境で育った二人を結んだ
のは、共通の読書体験でした。
そして、そもそもこの小説は、主人公の名前からも察せられる
通り『赤毛のアン』が底本になっているのです。

その仕掛けもさることながら、ダイアナのお父さん探しや、
二人が別々の環境で、もがきながら成長していく様子、また
彼女たちの母親の気持ちにも、共感しまくりでした。

物語の終盤でダイアナがこう言います。

「本当にいい少女小説は何度でも読み返せるんですよ、お客様。
小さい頃でも大人になっても。何度だって違う楽しみ方が
できるんですから」

ほんとうにその通りですよね。

40年以上前に読んだきりになっている『赤毛のアン』
『若草物語』をこの春は再び手にしようと思います。


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ノマドランド@MOVIX川口

2021-04-01 15:10:39 | 好きなもの・映画やDVD

J-WAVE のナビゲーターが何人も、この映画を推して
いたのと、初めて知った「ノマド」という言葉に
好奇心を刺激されて、先週の土曜日に観てきました。



ノマドが「遊牧民」や「放浪者」を意味する言葉だと知り、
リーマンショック以降、家を手放さざる負えなくなり、
定住を諦めた人たちを描いた重い感じのものと思っていました。
あらすじにも、企業の破たんとともに、亡き夫の思い出をつめ
一人キャンピングカーで季節労働の現場を渡り歩く主人公‥
とあったし、原作本の紹介も厳しい現状が書かれていたので。



しかし、映画の中に描かれている人たちは(本当のノマドも
多数出演していて、そういう方々を含め)必ずしも負の気持ち
を抱えたまま仕方なくそうしているわけではなく、自らの意思
で「現代の遊牧民」として生きることを、選んだというか、
望んだことがわかり、(実際は少数派に違いないと思いながらも)
観ている私の気持ちをすこし軽くしてくれました。

ある人は、限られた時間の中で、より多くの美しいものをみたい
と願い、またある人は、いつも自然の中に、自分の身を置いて
おきたいから、と言うのです。

嘘やごまかしだけで点から点への毎日を続けられるはずはなく、
何より彼らの顔は生き生きと輝いています。
そういう生き方もいいのかもしれない、でも‥、と自問自答して
いる私同様、主人公であるファーンも、「でも」と「なぜ」の
気持ちをココロの中で転がし続けているように見えました。

ふと、既視感を覚えました。
ずっと前に観た『ノルウェーの森』の終盤の場面を思い出したのです。

直子に死なれた主人公ワタナベは、その現実から逃れるために
簡単な装備だけ持って、キャンプ生活を続けるのです。
ひどく簡単なテントの中で、激しい雨に打たれている松山ケンイチ
(ワタナベ役)の孤独が痛いほどに伝わってきたのを覚えています。

一番遠ざけておきたいのは、内なる孤独、なのだと思いました。
愛する人とともに過ごした家や思い出の場所に居ることが、何よりも
つらいから、そこからできるだけ離れていたい、そう思って旅を
続けているのではないかー。
そして、そんな自分を癒してくれるものは、大いなる自然だけだと
本能が告げるのではないかー。

ファーンは、あのあとどうしたのでしょう、どのような道を
選んだのでしょう。ノマドとして生きていくのか、ノマドだった
自分を振りかえりながら生きていくのか。いずれにしても、
思い出は常に自分の内側に、自分自身とともにあるので、どこまで
逃げたところで、いつまでも付き纏ってくるのです、良くも悪くも。


私はこの先、逃げたいものに出くわしてしまった時、どんな選択を
するでしょう。
アメリカの美しい風景とともに、思いを巡らせることを教えてくれた
大切な映画になりました。ノマドランド、お薦めです。







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