今日は、rの中学校で、担任の先生との三者面談がありました。
去年も同じ担任だったので、私も娘も慣れているし、私自身もPTA役員を
やっているので、学校にも先生と話すことにも慣れているし、受験に向けての
面談内容も、特に心配なところもないので、緊張もドキドキも、まったくありませんでした。
終わったあとに、rに聞いたら、すっごく緊張してたというので、それに逆に驚いたほど。
あの声の小ささは、キンチョーしてたからなんだぁ。
やっと終わってほっとした、という気持ちでもないし、2,3のアドバイスがあり
それに不安を煽られたというのでもないし‥
でも、なんか、胸の中がなんかすっきりしないというか、なにかがひっかかっているような
感じがしていて。
それは小さな違和感(またはギャップ?)みたいなものだということに気がつきました。
母として、娘の三者面談に参加していながら、かつて、その中学校のどこかの教室で
中学生だった自分が、母と、当時の担任と「三者」で話している姿というか、そのときの
自分の気持ちが思い出せるので、タイムスリップのような、間にあるおよそ30年という
時間の蓄積が嘘のような、ちょっと不思議な感覚が、私の周りだけに漂っていたから
なんです、きっと。
大人の自分を受け入れられないわけでも、受け入れたくないわけでも
なくって、ただ、そこに、15歳の自分が居るのをまだ感じることができるような‥。
***
やっと、長い長いアーヴィングの話を読み終わったので、一昨日くらいから
『第二音楽室』を読み始めました。『聖夜』まで、どんどん読んじゃおうと思っていたのですが
ちょっと、テンポが落ちています。
オーディションに落ちて、金管鼓笛のメンバーに選ばれなかった子たち、とか、
小学校5先生だったり、中学生だったりが、主人公の話はなんかとても身近に感じ過ぎて
それはそれで、たびたび立ちどまってしまうものなのですねー。
ついこの間まで、小学生だった娘のことも思うけど、自分が5年生だったときのことも
思い出されてきて‥思い出したくないと思って、いろんなところに隠してきたことも
ふいに表れてしまうからなのかなーと思ったり。