京田辺の酒屋神社の裏の池。
波1つ無くて静か。
樹木が映っています。それだけのことで心が落ち着いて来るのでした。
シベリウスの「トゥオネラの白鳥」を思いだしました。
交響詩「トゥオネラの白鳥」
はフィンランドの神話の中の英雄レミンカイネンのお話し。
好きになったポホヨラに求婚するとその母親から死の国のトゥオネラに行き、そこの白鳥を射てくるように言われます。
第二曲「トゥオネラの白鳥」
は、死の国の湖に浮かぶ白鳥が描写されています。
レミンカイネンは白鳥を射ることに失敗し殺されてバラバラにされます。
悲劇を暗示するだけで、白鳥は静かに湖を行きます。
最後には、レミンカイネンは魔法の呪文によって復活しますが、この楽章は深く沈みこんだまま終わります。
誰も死から逃れることはできません。
しかし避けたい死の国をなぜシベリウスは描いたのでしょう?
神話「カレワラ」に描かれているのは、創世と死。
死と生。
何度も亡くなり、復活し、また、死へ。
人類は長く死の恐怖を、今よりもずっと身近に感じて来ました。
人々は飢えや病い、理由もよくわからないまま亡くなりました。
喜びとともに生きるか、死の恐怖に囚われたまま生きるか?
今よりずっと勇気がいったかもしれません。
目に見えないものは恐ろしいもの。
美しい音楽を通してみることで、死の国を想わせ、逆に恐怖が和らいでいく。
そんなことかもしれません。