JR堺市駅の構内で「たこ焼き売ってる!」と思ったら
折り紙でした。
アンブロジウスは、ローマ帝国の高級官僚の息子で法学を学んだやはり官僚でしたが、ミラノの司教の後継問題を調整するうちに、人望が集まり逆に司教就任を要望されます。
折り紙でした。
すごい!
何も食べず、まっすぐ帰ったので本物のたこ焼き食べたかった〜🤤
ダリウス ミヨー(1892-1974年)
フランス共和国エクス・アン・プロヴァンス生まれ、スイス シュネーブ没
交響曲第3番「デ デウム」op271
1946年に作曲されました。
バリ6人組の1人。
ユダヤ人の家系に生まれ、小児麻痺を患っていて車いすに乗ることも多く、晩年はリウマチにもかかりました。
この曲はフランス放送から、依頼されました。
「デ デウム」とはキリスト教のカトリック教会、ルーテル教会、正教会の聖歌の一つで歌詞の初めの一部「“Te Deum laudamus”(われら神であるあなたを讃えん)」
をとって、テ・デウムと呼ばれています。
ミヨーはリュリとベルリオーズの「テ・デウム」を並べてみて参考にできないと思い、「アンブロジオ賛歌」をテキストにしました。
「アンブロジオ賛歌」は、
4世紀のミラノの聖人アンブロジウス
を讃える歌です。
アンブロジウスは、ローマ帝国の高級官僚の息子で法学を学んだやはり官僚でしたが、ミラノの司教の後継問題を調整するうちに、人望が集まり逆に司教就任を要望されます。
それを回避するために、売春婦を家に留めたり、ロバに乗って逃げようとしますが、発覚。
結局引き受けます。
宗派で対立する相手を、弁舌を使って威嚇し排除したり、政治的力学を利用して退けたりして、宗派を広げました。
第1楽章 Fièrement (大胆に)
第2楽章 Très recueilli (非常に内省的に)
第3楽章 Pastolale (田園風に)
第4楽章 Hymnus Ambrosianus (アンブロジオ賛歌)
なぜ、テ・デウムではなく、アンブロジオ賛歌になったのか?わかりますか?